この世界では存外超能力がありふれています   作:水代

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『眼鏡さん』

 

 

 

 週末金曜日の放課後。

 学校からの帰路、ふとひゅう、と言う風を切る音が聞こえたので見上げてみれば。

 

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「あ、眼鏡さん」

 空を駆ける男のいつも呼び方を口にした時、偶然にも眼鏡さんの視線をこちらを向き、視線と視線がぶつかり合う。

 少しだけ驚いたように目を丸くして、やがて柔和な笑みを浮かべると、ゆっくりと、透明な階段でも降りてくるかのような動きで降下してくる。

「やあ、今帰りかい?」

 僕の目の前に降り立った眼鏡さんが、いつもの仕草で眼鏡をきらりと光らせながら尋ねる。相変わらずのイケメンである。学生時代さぞモテただろうことは容易に予測できる。

「ええ、まあ…………眼鏡さんこそ、今日は飛んで帰ってるんですね」

 飛んで帰る、なんてそれほどに急いでいると言う場合に使われる比喩ではあるのだが、眼鏡さんの場合、文字通りの意味で“飛んで帰る”ことができる。

 

 実際には、空を直接浮遊しているのではなく、空中に足場を作る、と言った感じの能力らしいのだが、一直線に返れることもあるのだが、踏みしめているのは空気でなく空間、そこに反発は無く、足への負担も無い。故に、地上を走るよりも大分速度が出るらしく、鈍くさい軽トラ追い抜いてやったよ、とは以前の眼鏡さんの弁だったので、少なくとも時速六十キロ以上の速度は出るらしい。

 

「まあのんびり空の散歩と洒落込みたい時もあるさ…………いつもいつも全力疾走してるわけじゃないよ? あれは疲れるからね」

 

 いくら足への負担は無い、と言っても全力で体を動かしているのには間違いは無いので、あまり長時間走っているとすぐに息切れしてしまうらしい。

 

「出張先とかもこの能力で行ければ安上がりなんだけどね」

 

 残念ながら新幹線などを使うような長距離を走るほど人間止めたスタミナは持っていない、とは本人の弁。

 空の旅とはなかなかに快適そうに見えるが、風に揺られたり、雨に降られたり、時折鳥に襲われたり、中々辛い現実があるようだ。

 

 まあそれを差し引いても素晴らしい景色があるがね、とは本人の弁。

 

「けど不思議ですよね、そんなに高いところを飛んでるわけでも無いのに、どうしてみんな気づかないんだろう?」

 実際僕が気づいたのは、朝遅刻しそうな時に時間を止めて登校していたら、空中で静止している眼鏡さんをたまたま目撃してしまったから、と言うだけの理由である。

 そんな僕の言葉に眼鏡さんが意外そうな顔で見つめてくる。

「おや、知らなかったのかい?」

 何を? と目をぱちくりさせながら呟く僕に、眼鏡さんが告げる。

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「…………え?」

 呟く僕に、眼鏡さんがはっとなって何か納得したように頷く。

「ああ、そう言えばキミの能力は…………そうだね、そもそも同じ超能力者ですら気づけないのだから、知らないのも無理は無いか」

 疑問符を浮かべる僕に、眼鏡さんが説明する。

 

「人は誰しも常識と言うものを持っている。これが意外と強固でね。自身の目で見た事、聞いた事ですら、それが自身の常識とかけ離れているとその事実を認めようとしないのだよ。例えば私が空を飛んでいるところを目撃した人間と言うのは実は少なくは無い。けれど誰もそれを理解はしない。だって()()()()()()()()()()だなんてこと()()()()()()()()()()だからだ、だから大抵の人間は見間違いか、そもそも無意識的に見なかったことにして、認識を歪めようとはしない。だから超能力は同じ超能力者にしか認識できない。理由はまあ分かるね? 超能力者は超能力の存在を理解している、認識している、だからこそ今更別の超能力を見ても、それで自身の常識が崩れることは無い」

 

 そう言えば。

 

 僕自身、自身が超能力者になってから“彼女”の超能力に気づいた。眼鏡さんが超能力を得たのは何年も前の話らしいが、それまで空を飛ぶ人間の存在なんて気づきもしなかった。

 

 何よりも。

 

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「なるほど…………そう言われれば納得できる部分も多いですね」

「だろ? まあこれが絶対かと言われると誰かが研究しているわけでも無し、確定的なことは言えないのだが、私の経験則からすると、恐らくそういう事なのだろうと思っているよ」

 

 歩きながらそんな話をしていると、ふと眼鏡さんが視線と足を止める。

 

「…………どうしました?」

 視線の先へ、目を向けると一件のラーメン屋。

「美味しそうな匂いですねえ、お腹空いてきました」

「ふむ」

 ちょうど客が出てきて扉が開かれた中からはじゅーじゅーと中華鍋で炒め物をする音、とんとんとん、と野菜を刻む音が聞こえ、食欲をそそり、鼻孔をくすぐる何とも良い香りが漂ってくる。正直、学校帰りと言うのもあって小腹も空いていたので、無意識的にごくり、と唾を飲んでいた。

 

「…………ふむ、どうだい? 一緒に食事でも?」

 

 気づけば眼鏡さんが一歩、足を踏み出し、ラーメン屋へと向かう途中、こちらへと振り向きそう尋ねる。

 

「えーっと…………ちょっと待ってくださいね」

 ポケットから財布を取りだし、中身を確認する。

「…………う、あんまり無いなあ」

 男子高校生の財布の中身などスカスカなものである、そんな自身に眼鏡さんがくすりと笑い。

「なあに、一人分くらい奢ってあげるさ、さ、行こう」

 キラリと光るイケメンスマイルをこちらに投げかけながら店の中へと入っていく。

「マジっすか、ゴチです!!」

 そしてタダ飯と言う事実に軽くテンションを上げながらその後をついていく。

 

 そして。

 

 ズ、ズズズズズ…………

 

 入り口すぐ傍のカウンター席に座り、傍らに解きかけのナンバープレースを置いた、豪快にラーメンを啜る老年の男を見つけ、男もまたラーメンを咀嚼しながら振り返って。

 

「「「あ」」」

 

 三つの声が重なった。

 

 

 




キャラ紹介

『眼鏡さん』

空を飛ぶ程度の能力。眼鏡かけたイケメンさん。学生時代はきっとモテてた。
趣味は空中遊泳。あとは空の散歩(どっちも同じ)。
能力は空中を自在に飛ぶ、と言うよりは宙に踏み出した空間を足場にできる、と言う感じ。
まあその辺は感覚的なので多分本人も分かってない。


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