「すまない、エト……すまない、憂那……」
『あー、もう! いい加減にし……え、何さねタタラさん? …………ええ~、しなきゃ駄目?
ハァ、わかったよ。あーっと…………おとーさん?』
「……な、何だね、エト?」
『お願いがあるんだけど聞いてくれるー?
聞いてくれたらこれからも“おとうさん”って呼んであげる』
「そ、そうしてくれるのなら嬉しいが、それよりも25歳なのに年下の男の子に“キュン”付けしたり語尾を“にゃ”にしたり全裸包帯をファッションにしたりするのをやめてくれ!
私は憂那にっ、憂那に何て詫びれば……」
『……ソッチかよ。ハイハイ、わかった。わかりましたよー。
えーっと、それで頼みたいことは『しかし改めて聞くと酷いな、エトの行動は』タタラさんうっさいわ!』
━━━━━金木研━━━━━
安久邸から帰還後、あんていくに戻って店長に安久邸で起こったことの報告と、今後のことについての相談をした。
おそらく今回の証拠隠滅とVによる手配を含めて、これでCCGからの追及は気にしなくともよくなると思う。あとは健康診断や公共機関にたまにあるRcゲートに気を付けさえすれば、人として穏やかに暮らしていけるんじゃないかな。
ちなみにヒナミちゃんは先に四方さんにトーカちゃんの家まで送ってもらった。
安久邸ではヒナミちゃんにはショッキングな光景があったから、トーカちゃんにフォローをして貰えるようにメールを出しておいたので、今頃ゆっくり休んでいると思う。
でもヒナミちゃんはああ見えて芯は強い娘だから、意外と大丈夫そうかもしれない。
そして店長への報告と相談が終わったあとに、最近は証拠隠滅のための外出が多くてあんていくにあまり出れていないことを店長に詫びた。
もうすぐ貴未さんの出産予定日なので西尾先輩はしばらくは店に出れなくなってしまう上に、トーカちゃんの受験勉強も本格化するところだったので、何とか西尾先輩が育児休暇をとるまえに一連の証拠隠滅が終わってよかった。
これでようやく僕も本格的に店に出ることが出来る。
ロマさんが新しくバイトで入ったけどまだまだ仕事に慣れていないし、僕も大学があるのでフル出勤するわけにはいかないけど、それでもトーカちゃんと西尾先輩が抜けても大丈夫なぐらいの人手は確保出来るだろう。
そして相談が終わったあとに休憩を兼ねて、コーヒーを淹れる腕が鈍っていないかどうかを店長に確認してもらうために店に降りてコーヒーを淹れたんだけど、コーヒーを淹れて上の階に戻ったら店長が部屋に置いておいた僕の携帯を握り締めて咽び泣いていたのは驚いた。
そういえば事態の報告をしたときに、同行したエトさんの行動を話したときにも顔色を悪くしていたなぁ。エトさんのことをやけに聞いてきたし。
落ち着いた店長から勝手に電話を取ったことを謝られて、店長とエトさんの関係を聞かされたけど…………うん、まぁ、ご愁傷さまです。
そりゃ生き別れの娘さんからの電話がかかってきたら、思わず出たくなるでしょうね。
「――とまぁ、エトさんは表では高槻泉という作家で活躍されてますよ。
明日にでも僕の持ってる先生の著作を持って来ましょうか?」
「ありがとう、カネキくん。お借りするよ。
しかしエトがあの有名な高槻泉だったとは驚いた。それなら経済的には不自由していないだろうから安心出来たが、そこまで経済的に余裕があると逆に悪い遊びをしていないだろうか心配になってくるな。
それこそ、それこそホスト遊びのようなことをっ!」
「……ど、どうなんでしょうかね?」
とりあえずコーヒーどうぞ。
店長の咽び泣きが収まってよかったけど、まだまだエトさんの奇行には心を痛めているみたいだった。
まぁ、気持ちはわかりますけどねぇ。
それにしても店長が荒れてるなぁ。そんなにエトさんのことがショックだったのかな?
でもエトさんをからかった僕が言うのは何ですけど、今の時代の25歳ぐらいならああいう行動しても別におかしいというわけではないとは思いますよ。
だから店長もそう落胆されなくてもよいのでは?
「カネキくん、想像してみなさい。
25歳になったヒナミちゃんが年下の男の子に“キュン”付けして呼んでいる姿を。語尾に“にゃ”をつけたり全裸に包帯というファッションをしている姿を。
そんなことしてたら、もしかしたら悪い遊びを覚えているんじゃないかと考えてしまうんじゃないかい?」
「ヒナミちゃんはそんなことしません」
「思考停止しないで、さあ!」
「いやいやいやいやいやいや! そんなこと想像させないでください!」
「それが現実に起きてるのが私なんだよ……」
お、おおおっおおお落ちおお落ち着け、僕! あの純粋なヒナミちゃんがそんなことするわけないだろう!
そうだ。エトさんには悪いけど、ヒナミちゃんにはリョーコさんもアサキさんもトーカちゃんも僕もついているので、そんな悪い遊びなんて覚えたりしません。
ウチのヒナミちゃんに限って!
……いや、でも純粋なヒナミちゃんのことだからこそ、騙されてしまうことなんかはあるかもしれない。
それこそ新学期になってから大学で、昔ニュースにもなったいわゆるスーパー○リーのようなよからぬサークルや、サークルの皮を被ったカルト宗教団体とかからのサークル勧誘についての注意喚起があった。
ヒナミちゃんはそういう人間の悪意には慣れていないから、今から注意をしておいた方がいいかもしれないな。
ヒナミちゃんもトーカちゃんに影響されたのか学校に行ってみたいって言ってたからなぁ。そのためか最近は読書だけでなく、数学や理科社会の勉強も頑張っているし。
まぁ、中学・高校は今から準備しても間に合わないから、もし学校に行くとしても大検を受けて大学生から始めるとかになるだろう。トーカちゃんが持ってる上井大学のパンフレットとか興味深そうに見てたことだし。
でも海千山千の悪者がいるそんな大学生の中にヒナミちゃんを放り込むのは……というか、トーカちゃんもそういう意味では危ないな。トーカちゃんも根は素直だから。
上井大学はマンモス校だから、そういう不埒者もいるかもしれない。
……一般の人間相手には喰種としての力を振るったりしないと心に決めてた僕だけど、トーカちゃんが入学する前によからぬ団体を探して潰しておくか? 喰種がやったことにすれば……いや、そうしたら大学にCCGを介入させることになるかもしれないな。
トーカちゃんについては僕がついていればいいか。
だけどもしものときのことを考えるとアレだな。証拠隠滅が終わったのでハイセとして動くのはもうないと思っていたけど、最悪の場合はどうやらもう一度マスクを被らないといけないのかもしれない。
まぁ、人殺しはしないから大丈夫大丈夫。でも今の話とはあまり関係ないけど、中学生の頃に史記を読んだ覚えがあるなぁ。史記の作者が受けた刑罰って何だっけかなぁ?
……ウン、ヒデに頼んでそういう悪徳サークルを調べておいてもらおうか。
「今更私があの子に何かを言える立場ではないのはわかっている。
だがアオギリのような組織を作ったのはともかく、まさか25にもなってそんな年甲斐もないことをしているなんて……」
「入見さん、帰っててよかったですね」
聞かれたら絶対不機嫌になると思います。入見さんは今年で……いや、考えるのはやめておこう。
それとエトさんも血酒じゃない酒は飲めないんだから、わざわざそういうホストクラブみたいなところにはいかないと思いますが?
ああ、でも確かにエトさんのあのノリだったら嵌まるかどうかは別として、ホストクラブみたいなところに行く機会があったら楽しんで遊びそうかな? 嵌まるというよりホスト弄り回して楽しみそう。
というか僕としては、エトさんが店長の娘さんということの方が驚きです。
店長と高槻先生では顔はあまり似ていないから母親似? それと匂いではわからなかったけど、それは男女の差と年齢の差があるからかな?
現にヒナミちゃんとリョーコさんは似ている匂いだけど、アサキさんとヒナミちゃんでは臭いはかなり違うし。エトさんはお母さん、憂那さん似ということなのだろうか。
喰種になって五感が鋭くなったのはいいことだけど、あまり五感に頼り過ぎてしまうと思わぬ落とし穴に嵌まってしまいそうで怖いな。今後は気を付けよう。
「……それでだね、カネキくん」
「どうかしました?」
「いや、エトのことなんだが……ちょっと困ることを頼まれてしまって……」
「はぁ?」
「それが私一人ではどうにも出来ないことなので、いったいどうしようかと思ってね」
「……もしかして、僕になら出来ることですか?」
「出来たらでいいんだがね。
すまない。カネキくんは私たち父娘については関係ないというのに」
「いえいえ、店長にはお世話になっていますから。僕が出来ることでしたら構いませんよ。
でも出来ることと出来ないことがあります。元人間としてアオギリに参加するようなことは出来ませんし」
「いや、そこまでは言われていない。
その……何だね。エトが今度カネキくんと会いたいらしいんだが……」
「ん? それは安久邸で言われましたね。僕のRc細胞値が100万越えたと伝えたときに。
エトさんは凄く驚いてましたよ」
「ああ、そのことはちょっと学のある喰種は驚くだろうね」
「なるほど。エトさんは僕の身体について聞きたいんですか」
僕の身体は食事をすればするほどRc細胞値が増えていくからなぁ。
しかも時間が経つにつれて、僕の身体がヒトの肉を食べれば1ヶ月は持たせられる省エネの喰種の身体に慣れてきた上に、人間としての身体がRc細胞を分泌するのに慣れたせいか、食事のRc細胞への変換効率が向上してきたみたいだし。
オリーブオイルを1瓶一気飲みした翌日にRc細胞値が1万近く増えてたのは皆で笑っちゃったな。1kcal=1Rc細胞値の増加なのか?
でも人間の摂取カロリーとRc細胞値を考えたらそのぐらいになるのかもしれない。
確か人間の1日の摂取カロリーが約2000kcalで、基礎代謝で消費するのが約1500kcal。この肉体を維持する基礎代謝のカロリー内で一般の人間の250~500というRc細胞値も賄っているんだから、下手をしたら1kcal≦1Rc細胞値になるかもしれないな。
とはいえオリーブオイル1瓶は気持ち悪くなったから流石にもう飲まないけどさ。
だからRc細胞値を増やすとしたら、カロリーの高いアイスクリームとかが適しているかな。油単体とか砂糖単体はもう勘弁。
「そういうことでしたら、別にエトさんに会うのは構いませんが……」
「いいのかい? ……2人っきりでということなんだが?」
「あ、すいません。お疲れさまでしたー」
「ま、待ってくれ! カネキくんとの仲を取り持ったら、エトは私を父と認めてきちんと更生して真面目に生きてくれると……」
ちょっ!? エトさんそれズルくないですか!? お世話になっている店長にそんなこと言われたら断りにくいじゃないですか!
というかしがみつかないでください、店長!
帰らして! トーカちゃんとヒナミちゃんが待っている家に帰らしてください! これからトーカちゃんの模試の結果を聞きに行かなきゃいけないんですよ!
「わかってる! カネキくんとトーカちゃんの関係はわかっている! だが私を父と認めてくれるということだけならともかく、エトが真面目に生きてくれるという未来がかかっているんだ!
それにソッチ方面での話をするためではないと思うから!」
「じゃあ、どういう意味で2人っきりで会いたいと言ってきてるんですか!?」
「電話ではおそらくタタラだと思われる声がしていた! あくまでアオギリ関連としての面会希望だと思う!」
「は? タタラさんが?」
「ああ、タタラらしき声で『ちょうどいい。芳村に取り成すように頼め』と聞こえた。その後にエトから君と2人っきりで会いたいと言ってきてね……。
噂に聞くタタラの性格ならソッチ方面でエトに指示を出したりしないだろう。最悪でアオギリに勧誘されるぐらいじゃないかな」
あの真面目なタタラさんがか。それなら確かにエトさんのおふざけに付き合ったりはしなさそうだな。
それに僕と2人っきり、つまり僕1人で来いということなら、騙し討ちというわけでもなさそうだ。
僕1人ならば逆に動きやすい。もし騙し討ちを企んでいるのなら、むしろ足手まといになりうるヒナミちゃんや万丈さんたちも連れて来いと言うだろう。
「それにエトはカネキくんと2人っきりで会わせてくれとは言っていたが、それ以外のことは何も言っていなかった。
いや、私としてはトーカちゃんのことがなければ、カネキくんならエトを任せられると思っているのは確かなんだが……」
「そういうこと言われると困るんですけど……」
「あの子の事情が事情だからね。カネキくんの他にあの子と似た立場に立てるとしたら……ニシキくんのお子さんぐらいになるのかな。
とはいえもうすぐ生まれてくる子供には両親であるニシキくんと貴未さんが揃っているし、そもそも赤ん坊にエトの仲間になってくれとは言えないよ」
……そういえばエトさんというかアオギリには、西尾先輩のお子さんのことは伝えてないよな。アヤトくんも西尾先輩の彼女が妊娠してることはあんていくで働いていたときに耳に挟んでいたとしても、貴未さんが人間だということまでは知らないはずだ。
それをエトさんに伝えたらどういう反応をするんだろうか?
まぁ、西尾先輩たちの意向が第一だから、僕から伝えることはしない方がいいだろう。
エトさんもアヤトくんもアオギリの一員であることには変わりないんだし。
「待ち合わせ場所や日時については、また後日にでも電話で伝えると言っていた。
もちろんカネキくんの判断が優先だ。だから私からはこうやって頭を下げてお願いすることしか出来ない。カネキくん、出来ればエトと会ってやってくれないか…………2人きりで」
「会うのはいいんですけど、2人きりというのが……まぁ、日時や待ち合わせ場所を聞いて判断するということでいいですか?
この場での返事は“前向きに考えておきます”ということで」
トーカちゃんの下校時刻に合わせて、下校ルートにある喫茶店とか指定されたら困りますし。
いや、そんなことじゃないと思うんですけどね。でもエトさんならからかい目的でしてきそうな気もします。
「トーカちゃんが学校に行っている平日の昼間に、20区以外の場所でなら……」
「ああ、もちろんだ。
何だったらトーカちゃんには仕事を頼んでおくか、もしくはカネキくんは私からの頼みごとをこなしているということにしておけばいいだろう。
会うのはカネキくんだけでも、途中まで同行してサポート出来るように四方くん……には流石にコレは頼めないか。古間くんかカヤちゃんにサポートしてもらえないか頼んでみよう」
「その方が安全ですね」
人目のつく場所で会うんだったら問題はないだろうし、ここで考え込んでいても仕方がない。
やはりエトさんからの電話で判断するしかないか。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
……で、待ち合わせ場所が24区か。
24区の中へこんなに奥深く入り込んだのは初めてだ。いつもは店の地下の広間で訓練するだけだったからなぁ。
こんなところで会うのには僕だけじゃなくて店長も難色を示していたけど、喰種関連についての話だから一般の人間がいるような喫茶店なんかではもちろん話せない。
そして新しいアオギリの拠点もあまり組織外の喰種を入らせたくない上に、エトさんのプライベートにも関わることだから余人の混じらない場所にしたい、と言われてしまったので仕方がない。
それに最悪の場合、戦闘になることを考えたら一般人がいない場所で、尚且つCCGにも嗅ぎ付けられない場所といったら、確かに24区は適当な場所ではある。
むしろアオギリの拠点じゃなかっただけ、僕に配慮してくれているということなのだろうか。
とはいえ訪れるのが初めての場所なので不安はある。
まぁ、待ち合わせ場所までの24区の地図をもらったので道に迷うことはない。
問題は24区に住んでいる喰種との遭遇による偶発的戦闘があるかもしれないことと、Rc細胞壁で帰りの道が変わったりしないだろうかという不安があることか。
しかし予め喰種払いは済んでいたのか喰種とは出会わないし、帰りの道が変わったとしても最悪は天井を掘り進んで地上に出ればいいだけだ。時間はかかるかもしれないけど、僕なら出来る。
なので古間さんの同行は断った。
古間さんの強さならなら足手まといになったりしないということはわかっているけど、最悪は羽赫を乱射しまくって逃げるので同士討ちになることを避けるためにも僕1人の方が身軽だ。
だけど人目のつかない場所ということの不安は残っているとはいえ、そもそもアオギリに僕と争う理由は今のところないはずなんだよな。
いや、タタラさん辺りが僕のことを目障りとは思っているかもしれないけど、安久邸でエトさんに少し力を見せたことだし、僕と争うメリットよりもデメリットの方が大きいと理解しているだろう。
そういう意味では危険はないとは思うけど、今のアオギリには嘉納先生がいるからなぁ。あの人が何か企んでいるっていうのはありえるだろうか?
でも嘉納先生もアオギリに入ったばかりなので影響力はあまりないだろうから、僕をリゼさんの代わりの素体にするとかを企んでいるわけでもないだろう。いや、企んでいるかもしれないけど、まだ実行には移せないだろう、が正しいか。
……リゼさん、か。
僕とデートした人で、僕を喰い殺そうとした喰種で、僕がこんな身体になった原因を作った1人。リゼさんに襲われたときの恐怖はまだ覚えている。
でも実際に会っても、思ったより何とも……怖いとも憎いとも思わなかった。
1年も前の話だし、僕も無意識のうちに吹っ切れていたのかもしれないなぁ。いや、それ以上にリゼさんが以前のリゼさんと重ならないぐらいに衰弱してたのが一番の原因だろうけど。
最初見たとき別人かと思ったぐらいに変わり果ててたからなぁ。メガネもしてなかったし。
だけど次にリゼさんに会うときは、どんな顔して会えばいいのかがわからなくて困る。今度、鯱さんのお店に招かれているんだけど、どうしよう?
リゼさん自体がこの1年間の監禁生活のせいで記憶が不安定というか朦朧としているらしく、事故の直前に会った僕のことは全然覚えていないらしい。もう僕としても彼女のことを初対面の人として扱った方がいいんだろうか?
ただリゼさんは11区で暮らしていた時代のことはうっすらと覚えているらしいので、万丈さんのことは何となくわかるらしいから、万丈さんが喜んでいたので万丈さんを応援すればいいかな。
その方が色々と面倒事が少なくなるし。
それにしても1年間。あれから1年かぁ。あれからいろいろあったなぁ。
改めて考えてみると、もう何て言うか1年前に比べたら感覚や価値観のズレが大きすぎる。
例えば安久邸で戦った鯱さん。戦ったとき、頭では鯱さんの一撃一撃が人間相手なら致命傷になる攻撃とわかっていても、実際に感じた恐怖は小学生の頃にやったドッジボールの球が当たるぐらいのものでしかなかった。
1年前の僕なら、あの凄い威圧感の鯱さんと相対しただけで尻込みをしていただろうに、
そしてその少しのダメージも、僕の身体ならあっという間に治ってしまう。
トーカちゃんと一緒に訓練を始めた頃は痛みに慣れていなくて喚いていたけど、痛みに慣れたと思ったら今度はRc細胞値が増えすぎたせいで怪我自体をしなくなった。
そのせいか明らかに鈍感になってきている気がするので、大学なんかの周りが人間ばかりの場所では気を付けているけど、この1年は本当にいろいろあったなぁ。
こんな身体になった直後は絶望しか感じられなかったけど、不幸中の幸いでトーカちゃんや店長たちと出会うことが出来た。
そして何よりもクロナちゃんとナシロちゃんとは違って、人間の食事を食べることが出来たのが一番の幸運だろう。
2回しか、しかもそのうちの1回は無意識でしか食べたことがないヒトの肉だけど、やっぱり今でも…………いや、今だからこそ食べたくない。もし大怪我をしてヒトの肉を食べなきゃいけなくなったときは、今では食べられるかどうかわからない。
Rc細胞値は100万越えても上昇し続けているみたいだから、僕の身体にこれ以上の変化がなければいいんだけど、僕の身体はいったいどこまでいくのかな。
でもヒトの肉を食べる云々以上に、最近のトーカちゃんが羽赫だけじゃなくて、自分の血を僕に飲ませようとしてくるのはどうしたらいいんだろう?
僕の血を首元から飲み終わった後に、赤い顔して「……私のも、飲む?」なんて言いながら自分の服をはだけて首元を近づけられたりすると、僕の我慢もいい加減に効かなくなるんだけどっ!
トーカちゃんの大学入学合否がわかるまであと半年以上。何とかそれまで我慢しなきゃ。
それに結局、月山さんのせいでヒナミちゃんの甲赫も齧ることになっちゃったしなぁ。
うぅ、喰種として強くなったとしても、やっぱり人間としては優柔不断なところは変わらないままだ。
しかし結局ヒナミちゃんの甲赫を齧ることになったのは、アヤトくんに何て言えばいいんだろうか。
安久邸での様子を見る限り、アヤトくんてヒナミちゃんのこと意識しているよなぁ。一時期トーカちゃんとヒナミちゃんとアヤトくんの3人で暮らしていたから、そのときから意識し始めたのかな?
トーカちゃんもヒナミちゃんならアヤトくんを…………逆か、アヤトくんならヒナミちゃんを任せることが出来ると思っているみたいだし、ちょっとした反抗期のせいでアオギリに入っている以外は言うことはないだろう。
何だかんだでアヤトくんはトーカちゃんやヒナミちゃんには甘いし、エトさんにお使い頼まれてもグチグチ文句言うだけでお使いするし、根が素直なんだよね、アヤトくんって。
だけど最近のアヤトくんは疲れてるような感じがするんだよなぁ。新入りがたくさん入って大変って言ってたから、さながら中間管理職のような苦労をしているんだろう。若いのに大変だ。
しかも新しく嘉納先生もアオギリに入ったんだから尚更かな。
それに嘉納先生のことはアレで本当によかったんだろうか。
人殺しをしないと決めているので嘉納先生を殺すわけにはいかないし、僕が殺さずにアオギリに殺してもらったらOKというわけにはいかない。
先日知り合ったCCGの亜門さんの反応からすると、CCGも嘉納先生を捜しているみたいなので人間の嘉納先生なんだから人間の法で裁いてもらうのが一番良いとは思うけど、生きたまま嘉納先生をCCGにつきだしたら僕が半喰種とバレてしまうのでそれは駄目だ。
だから結局はアオギリに任せることにしたんだけど、1200人ものヒトを喰種化施術で殺した嘉納先生は、その仕出かした所業に対する罰を受けていないとしか思えない。
もし僕のことがCCGにバレたら遠慮なく嘉納先生もCCGに放り込んだ上に、マスコミにも所業をバラして死刑になるように仕向けるんだけど、流石に今の生活を失ってまで行う気にはまだなれていない。
とりあえずアオギリで喰種がヒトを食べなくても生きていけるような方法を模索するようにと言っておいたけど、結局は時間稼ぎのようなものでしかないしな。嘉納先生をどうするか、早いところ決めておかないと。
喰種レストランの客や従業員は殺したのに嘉納先生は殺してはいけない、って考えはおかしいってのはわかってはいるんだけど、やはり元人間としては殺人の踏ん切りがつかない。
って駄目だ駄目だ。
いくら僕の足音が響く以外は物音一つしないほど静かな場所を、かれこれ30分ぐらい歩き続けているせいで集中力が切れてきてしまっているとはいえ、ここは敵地とまではいかなくとも危険地帯には変わりはないんだから、物思いに耽って周りへの警戒を怠ってたら駄目だ。
もうすぐ、地図によればこの通路を曲がった先にある広場が待ち合わせ場所だ。集中し直さないと。
……。
…………。
………………ウン、大丈夫。
エトさんは……いるのかどうかはわからないけど、30秒ほど耳を澄まして広場の様子を窺ってみても大勢で待ち伏せをされているとかはないようだ。
入見さんやヒナミちゃんに比べると格段に落ちるとはいえ人間のときよりは感覚が鋭くなっているので、ちょっとまだ遠いからハッキリとはわからないけど、話し声はしてないし大人数がいるような気配もないことぐらいは僕でもわかる。
というかあの2人が凄すぎるんだよなぁ。
初めてくる場所なので辿りつくまで余裕を見て行動したため、待ち合わせの時刻まであと10分ほどある。
だけどいつまでも様子を窺っているだけじゃどうしようもない。
エトさんが先に来てるかどうかはわからないけど、まずは待ち合わせ場所に行くべきだろう。もちろん罠の可能性は十分に考慮して、慎重に進もう。
さて、鬼が出るか蛇が出るか……。
「ん?」
「有馬……貴将?」
広場に辿り着いてみると、出たのは鬼でもなく蛇でもなく死神だった。
は? 事態の展開がいきなり過ぎてワケがわからない。
そして彼の足元には見慣れた赤いローブの人影が、エトさんが倒れ伏している。
「最悪だ……」
有馬貴将のことは店長と四方さんたちから聞いている。
CCGの死神と言われている、店長の両腕を奪った無敗の喰種捜査官。トーカちゃんのお母さんの仇。そして僕でも勝てないかもしれない相手。
彼とは決して戦うな。戦うとしても店長や四方さんか誰かが一緒にいるときにしろと、繰り返し注意されている。
彼は白髪が増えているようだけど、見せられた写真の通りの顔だ。見間違えようがない。
店長よりも、11区で戦った篠原特等たちよりも強い僕だけど、それでも無敵というわけじゃない。
弱点だってある、というより残っている。
例えば11区の戦いでジュウゾウくんが狙ってきたように、喰種でも鍛えようがない眼球や耳穴を通して脳を破壊されることだ。もしかしたら僕の回復力なら脳すらも回復出来るかもしれないけど、流石に怖くて試したことはない。
そして有馬貴将はその弱点を的確に突くことの出来る技量を持っているだろう捜査官。決して侮れる相手じゃない。
確か有馬貴将の仕事の一つとして、この24区の探索があると聞いている。
よりにもよって、その探索にかち合ってしまったのか。
「そのマスク。君が歯……イセか」
有馬貴将が僕を見て呟いた。
喰種レストランで宇井さんに名乗ったからか、僕のことは知っているようだ。それと何て言いかけたんですかね?
しかしどうするか。
……逃げるか? 有馬貴将は様子を窺ってくるだけで、僕に近づこうとはしていない。
百戦錬磨の店長が僕では勝てないかもしれないと言っていたんだ。こんなところで危険を冒す必要はない。
いくら有馬貴将が強いといっても、彼はあくまで人間だ。僕なら脇目も振らずに撤退すれば確実に逃げられる。
だけどこの場にはもう1人、エトさんがいる。店長の娘であるエトさんが。
店長のためにも彼女を置いて逃げるわけにはいかない。死んでいたとしても、せめて遺体だけは店長に届けなきゃ。
いや、それならまずはエトさんの生死だけでも確かめるのが先か。
相変わらず有馬貴将は近づいてこないので、意識を集中して耳を澄ませる。静かな場所でこの近距離ならば、僕の聴覚でも集中すればエトさんの心臓の音ぐらいは拾えるはずだ。
エトさんの心音は……聞こえる。大丈夫だ。彼女はまだ生きている。
この場で聞こえる心音は3つ。僕とエトさんと有馬貴将の3人分のみ。伏兵はいないようだから、エトさんを助ければ逃げ……ん?
「心音が3つ? 有馬貴将、あなた1人なんですか?」
「……それが、どうかしたか?」「…………」
あれ? おかしくないか?
有馬貴将は1人でここにいたのか? 聞いた話だと有馬貴将は0番隊という精鋭部隊の隊長をしているってことだけど、そんな彼が危険な24区に1人で足を運ぶのか?
それに辺りを見渡してみても戦いがあったような跡はない。
だけどエトさんはCCGにSSSレートで手配されている“隻眼の梟”だぞ。
僕は実際にエトさんの戦っている姿を見たことがあるわけじゃないけど、周りに被害を出さずにSSSレートの彼女に勝ったとでもいうのか? しかもエトさんは店長と同じ羽赫のはずだから、遠距離攻撃が出来るのにその攻撃跡もない?
「そのうえ血の臭いもしない?」
「(あ)」「(やっべ。カネキュンの感覚の鋭さ忘れてた)」
ちょっと待って。今エトさんの心音が跳ね上がったのは何でなんですかね?
いや、おかしくないか? エトさんの反応もおかしいけど、血の臭いがしないのもおかしくないか?
有馬貴将は右手に槍のようなクインケを、そして左手にはクインケを収納しているであろうトランクを持っている。
でも今手に持っている槍のようなクインケでエトさんを倒したというのなら、絶対に出血とかはあるはずだ。それなのに血の臭いがしない?
そもそも数分前から戦っているような音はしていなかったはず。いくら僕がここに来る途中で距離が離れていたとはいえ、この静かな空間では戦闘音があったら響くはずだ。
となると戦いが終わっていたのに有馬貴将はエトさんを殺さずに、傍でずっと立っていただけということなのか? それはいくらなんでもおかしいだろう。
っていうかエトさん、意識ありますよね?
「…………」
「…………」「…………」
「…………」
「…………」「…………」
しばらく睨み合いが続いていると、おもむろに有馬貴将が動き出した。
左手に持っていたトランクを開けて、新たなクインケを装備した。
そのクインケの形状はパッと見だとまるで西洋のレイピアのようだけど、ただのレイピアではなく握りはライフル銃の持ち手のように湾曲していて大きなナックルガードがついている。そして一番の違いは刃の部分が根元から4つに分かれていることだろう。
それで何をするかと注視していると、4つに分かれた刃の先端中心がバチバチと光り始め、まるで雷の玉のようなものが出現した。アレは剣ではなくてライフルなのか!?
そして有馬貴将はその雷球を僕に……ではなく、エトさんに放った。
「…………」「ビバラッ!?!?(ちょっ!? おまっ!?)」
雷球に撃たれたエトさんの身体がビクンビクンと痙攣して跳ねた。
悲鳴もあげたことだし、エトさんが生きてることは確定だな。
それにしても何だか、エトさんを攻撃した有馬貴将が少し得意げな顔をしているような気がするのは僕の目の錯覚だろうか?
というかもしかして、あれでエトさんを倒したから血の臭いがしなくて当然だとでも言いたいのだろうか? でもそれは逆効果でしかないんだけど……。
「あの……それだと血の臭いじゃなくて、肉の焼ける匂いがしてくるんですけど?」
「…………」「(ま、前から思ってたけどコイツ天然かよ……)」
いや、そこで不思議そうな顔してエトさんの方を振り向いたら駄目でしょ。
でも何だかエトさんが焼けた匂いを良い匂いだと思ってしまうのは僕が喰種だからなのだろうか? 近いうちにヒデを誘ってビッグガール……いや、焼き肉でも食べに行きたくなってきた。
まぁ、現実逃避はこれぐらいにしておこうか。
それにしてもどういうこと? 有馬貴将は敵じゃないのか? もしかしてエトさんが言ってた、アオギリのCCGの協力者って有馬貴将のこと?
「遠隔起動」「(ちょっ!?!? もうやめいっ!!)」
次は有馬貴将の右手に持ってた槍のクインケの先端が分離し、独りでに動き出してエトさんのお腹を突き刺した。
遠隔起動って呟いていたし、クインケってのはいろんなことがデキルンダナー。
「ウン、もう帰っていいですかね?」
「……君は、
「いや、もう無理。というかお前演技下手過ぎ」
あ、エトさん。お疲れさまでーす。
何だか漫才で忙しそうだから、僕は帰りますね。
━━━━━霧島董香━━━━━
「トーカちゃん、今日は何だか不機嫌だね?」
「え? ……別にそんなことないけど」
学校の図書館で依子と一緒に勉強中、勉強が一息ついたところで依子が急にそんなことを言い出した。
「ふーん、彼氏さんと何かあったの?」
「だからアイツはまだ彼氏じゃないってば」
「はいはい。トーカちゃんは素直じゃないんだからぁ」
そんな風に依子は微笑みながら私の文句を横に流す。
うー、依子にカネキを改めて紹介したのは失敗だったかな。ちゃんと依子にはカネキとの関係について話はしておいたはずなのに、事あるごとにこうやってカネキのことを話題に出してくる。
いくら学校の図書館でした勉強会で遅くなったとはいえ、カネキを呼び出して車で送らせるんじゃなかったわ。
でも私一人ならともかく依子も一緒にいたから仕方がない。今日はカネキが帰るのが何時になるかわからないって言ってたから、この勉強会は早めに終わらせないと。
……いや、私もちょっと自慢したい気持ちがあったのは否定しないけどさ。せっかくカネキが車持ったんだし……。
「でも今のトーカちゃんは逆に素直だったのかな?」
「え、何でさ??」
「トーカちゃん、さっき“まだ”彼氏じゃないって言ってたよ」
「……あー、あくまでケジメの問題だけで、お互い別に隠してるわけでも否定しているわけでもないから」
まぁ、私もカネキも面と向かって口に出したことはないんだけどね。
「わー、いいなぁ、トーカちゃん。羨ましい。
でもそうだよねぇ。一緒の大学に通えるようになるまでって聞いてなきゃ、トーカちゃんとカネキさんの仲で恋人じゃないって言われても信じないもん。
そういえばこの前の日曜日、カネキさんと腕組んで歩いてたでしょ?」
「色恋にかまけると落ちるよ、霧島さん」
「田畑うッさい。女子の会話にいきなり横から入ってくんじゃねーよ」
相変わらずネガティブな言葉を吐くヤローだな。
だいたい、それだから“まだ”彼氏じゃないって言ったんだろうが。
「でもこの調子なら、トーカちゃんも上井大学は大丈夫なんじゃない?
理数はほぼ満点だし、苦手な古文も順調に伸びてるでしょ」
「だといいんだけどねぇ。
ま、あと半年以上あるから何とかなればいいんだけど」
「古文はカネキさんに見てもらってるんでしょ?」
「アイツは文系だからね」
「……トーカちゃん、ホントに変わったねぇ。去年までならカネキさんのことで今みたいなこと言うと怒ったのに」
「フン、あれだけ言われたら慣れるって。
それにまぁ……カネキとの仲が進展したのは、今年になってからだし」
本格的に意識し始めちゃったのは、☆月にカネキがアヤトを助けてきてくれたからだけどね。
私のためにアヤトを助けてきてくれたり、疲れたときに私の顔を見たいって言ってくれたりしたら、その……やっぱりね。うん。
いや、今だから言えるけど、それより前からカネキが気になってたことは否定出来ないんだけどさ。
でもそれこそ去年の△月にカネキを連れて××デパートのランジェリーショップに行ったのを目撃された件は、依子に関わらずクラスの女子全員に大騒ぎされたんだから。
入見さんにもからかわれたけど、女ってのは人間も喰種も変わらずにこういう話大好きだよな。まったく。
そりゃ改めて考えると、大騒ぎするようなことだったんだけどさ。
あのときは私もカネキに対する遠慮がなくなってたというか、距離感が近すぎて逆にわからなくなってたというか、今から考えるとちょっと恥ずかしくなるんだけどね。
それにあのときは本当にお金を出させただけであって、別に下着を選ばさせたとかそういうことはまだしてなかったから! 今でもしてない!
……まぁ、今度水着買いに行くときにカネキに選ばせようかな、なんて思ってるけど。
「でも本当に今日はどうしたの? 顔に出てるよ?」
「……そうかな?」
「うん。カネキさんとケンカして不機嫌になったとかじゃなくて、うーん……何かに納得出来ないって顔してるかな」
納得出来ない……か。
依子の言ってることは合ってるといえば合ってるかな? というか私はそんなに顔に出やすいかな?
「……まぁ、ちょっとね」
「私でよかったら相談に乗るけど、私じゃ役に立たないかな? もちろん愚痴を聞くだけでもいいけど」
「うーん、そういう問題じゃないのよ。
今頃カネキがさぁ、女と会ってんのよ」
「え゛? カネキさん浮気!?」
「違う違う……と思う。少なくともカネキはそういうつもりはないの。相手はどうかは知らないけど」
「どゆこと?」
「えーっとね、私もまとめきれてないから事実だけ言うと、アルバイト先の店長の生き別れの娘さんと会ってんのよ、今頃」
「はい?」
「詳しいことは言えないけど、店長は事情があって昔に赤ん坊の娘さんを手離さなきゃいけなくなったことがあったんだって。
そして店長は別れても娘さんのことをずっと思っていたけど、10年ぐらい前に娘さんの行方がわかっても会わせる顔がないって感じで、大きくなった娘さんも娘さんで店長の行方は知ってたけど自分を捨てた父親に会いたくないって感じだったらしいのよ」
「お、おう……」
「で、最近になってカネキと店長の娘さんがひょんなことで知り合っていたんだけど、娘さんがカネキにかけた電話に店長が出ちゃってさ。
そのときに何やかんやあった会話のせいで、カネキが店長と娘さんが再会する仲介をすることになってんだけど……」
「…………」
「私、どうしたらいいと思う?」
「ゴメン。わかんない」
だよねー。私もわかんなくて困ってんだもん。
店長の娘。芳村愛支。喰種と人間のハーフ。アオギリのエト。カネキと同じ隻眼の喰種。高槻泉。カネキお気に入りの作家。ヒナミもお気に入りの作家。
私は高槻泉の本は読んでなくて、エトとはちょっと電話で話したことあるぐらいだけど、やっぱりどうも気にくわない。
だいたい何がカネキュンよ。年考えろっつーのよ。
……でもなぁ、あんまり私も他人のこと言える立場じゃないし、エトの事情とか聞いちゃうとエトに対してどうすればいいかホントわかんないのよね。
エトがアオギリ所属ってことも、私も弟のアヤトが所属してるからどうこう言える立場じゃないしさ。
店長の娘なのに店長のことを恨んでるっぽいのも元々の原因は店長にあるわけだし、傍からするとせっかく生きてんだから仲良くすりゃいーのにとか思っちゃうけど、そう上手くはいかないことぐらいはわかる。
カネキにチョッカイかけてくるのも……まぁ、エトのハーフで隻眼の喰種という立場からすると、多少事情が違ったとしてもカネキが唯一の同類として気にかけるのは仕方がないとも思う。
なーんかエトが企んでいそうなのが気にかかるしムカつくけど、お世話になっている店長のことを考えると、カネキにエトと会うなとか再会の仲介するなとかは言えないのよねぇ。
カネキのことを信じてないわけじゃないけど、エトは高槻泉っていうカネキお気に入りの小説家だっていうし、そもそもカネキがエトに靡く云々じゃなくて、エトがカネキにチョッカイかけてくるのがやっぱりムカつく。
……ハァ、どーしよ。
エト、古間さん辺りで妥協してくれないかなぁ?
「何考えてるかわからないけど、とりあえず今考えてることは駄目だと思うよ、トーカちゃん」
「え、何でよ?」
「今のトーカちゃん、テストでヤマを外したときに投げやりになったときの顔してたもん」
「うん、無理だとはわかってるんだけどさ。
でも古間さんも悪い人じゃないんだよ。ウザいけど」
「何の話してるの?」
ゴメン、自分でもわかんない。
というか、そんなに顔に出るのかな、私?
いや、別にアヤトでもいいんだけど、ヒナミがアヤトのことをどう思っているのかまだわかんないのよねぇ。アヤトは明らかにヒナミのことを意識してるっぽいんだけど。
世間から隠れ住んでいるせいで年齢より子供っぽいヒナミのことだから、アヤトのことはお友達って感じに思ってそうだけど、それはまだ恋愛とかを知らないからだろうし。それが大人になるにつれてどう変化していくことやら。
もしヒナミが義妹になってくれるなら嬉しいし、アヤトならヒナミを任せてもいいと思ってる。アヤトには教育は必要だし、真面目に働いてもらうけど。
そもそもアヤトとエトは10歳ぐらい離れてんのか。じゃあエトは駄目だな、うん。ザマァ。
……カネキから頼んでもらって、警備員とかでいいから月山財閥の仕事をアヤトに回してもらうかな?
でもそれだとカネキにばっかり頼んじゃうことになるから、アヤトには自力で仕事見つけさせて根性を見せてもらうぐらいしないと、ヒナミのことは任せられないか。
「えーっと、それで店長さんの娘さんだけど、トーカちゃんはどうしたいの?」
「それがわかんなくて困ってんのよ。
まぁ、カネキにチョッカイかけてこないんなら、店長と娘さんが仲直り出来れば良いとは思うけど」
「え? カネキさんとその娘さんってどういう関係なの?」
「ちょっとした知り合いっつーか、その娘さん作家やっててさ。カネキはその人の作品のファンなの。
まぁ、その娘さん本人のことは「いや、中身を知ったらちょっと……」って引いてたから、心配することじゃないとはわかってんだけどねー」
「……問題アリな人?」
「どうだろ? カネキは「作家という職業は変な人が多いから」って言ってたから、変人ってのが合ってんじゃないの?
私も一回だけ電話で話したことあるけど、テンションの高さに引いたし」
「……う、うーん。トーカちゃんが何を気にしているのかわかんないな。
そういうことならカネキさんを信じて待ってればいいと思うけど……」
「わかってる。それはわかってんのよ。
さっき依子も言ってたでしょ。事情は理解は出来ても納得が出来ないだけ」
「ああ、要するに拗ねてるんだ。トーカちゃんカーワイイ!
ホラホラ、私の作ったチョコクッキー食べる?」
「いらない」
「ええ~、まだダイエット中なの? 身体壊しちゃうよ」
「別に平気だって。むしろ受験勉強のせいで運動不足だし、夜食を食べたりしてカロリーオーバーしちゃってんだから。
成績も上がったことだし、夏休みになったら勉強の息抜きも兼ねて、ご褒美にカネキが海かプールに連れて行ってくれるって言うからそれまでは節制するの」
「んもう、すっかり恋する乙女さんなんだから。
(というか“ご褒美”って単語が自然に口から出てくるのが凄いなぁ)」
……このダイエット中って言い訳は使えるなぁ。カネキがいるからこそなんだろうけど、依子が納得してアッサリ引いてくれる。
依子には悪いけど普通の食事を食べるのはやっぱりツラいし、無理に断って悲しそうな顔させんのも嫌だからちょうどいいや。
それにカネキを信じて待つ、か。
うん、私もわかってるんだけどね。わかってるんだけど納得出来ないものは納得出来ないのよ。
雑誌の高槻泉の特集で彼女の写真を見たけど年上の美人って感じで、カネキの好みのストライクというか猫の皮被ったリゼに似てる感じがしてて、何か嫌な感じすんのよね。
外面は良くても、電話で話した感じだと中身はカネキの好みから外れてそうというか、イトリさんと同じカネキが苦手そうなタイプだったから別にソッチの意味での心配はしてないけどさ。
むしろ雑誌の写真みたく真面目にしてたら美人に見えるのに、あのテンションの高さで台無しになってもったいないとすら思えてくる。
まぁ、カネキの気を引きたかったら精々頑張れば……というか、あのテンションで頑張れば頑張るほどカネキが引きそう。頑張ればカネキが引いて、頑張らなかったらカネキとの接点がなくなる。
うん、エトは詰んでるな。だから好きにしたらいいんじゃない。
でもカネキにチョッカイかけられるのはムカつくことには変わりない。
うー、やっぱり大学入学してからのことを、お互いに口に出してないのが不安の原因なのかな。でも大学に合格したらお互いに言うことを1個ずつ聞くって約束してあるから、念を押してがっつくような真似をするのは恥ずかしいし。
それとも私からじゃなくて、ヒナミから何か言ってもらおうかなー。
「というか図書館で恋バナするのはやめてくれないかな。耳に毒だから。フフフ……」
「お、おう……」
「あ、ゴメンね」
……悪い、田畑。でもそんな世の中に絶望したような顔すんなよ。
ホラ、きっとお前でも良い大学に入れば女が寄ってくるからさ。きっと。
でもその髪型とメガネは何とかした方がいいと思うぞ。
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「たーだいまー」
「おかえりなさい、お姉ちゃん」
「おかえり、トーカちゃん」
あ、カネキ。来てたんだ。
今日は24区でエトと会ってきたみたいだけ……何コレ?
「カネキ、このトランクって……」
「うん、クインケ。
というかトーカちゃんのお母さんの形見」
は? 私のお母さん?
それに何だかカネキから肉が焼けたような良い匂いがしてくるんだけど、24区でいったい何があったのよ!?
「有馬さんはアレだね。今の僕じゃ正攻法だと勝てないね」
「有馬って誰!? 本気で何があったの!?!?」
まさか白鳩の有馬ってヤツじゃないよね!?
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「はい、コチラはカネキュンの師匠をしてくれることになった鯱さんです」
「ウムッ!! 功善と共に貴様の修行を本格的に見ることになった!!
愚娘が世話になった礼だっ!!」
「ハ、ハァ……」
「まだまだカネキュンの戦闘技術は未熟だからね。アイツも時間があったら来てくれるようだから修行に励むように。赫子の使い方は私が教えるね。
それとカネキュン、これノロさんの尾赫」
「ハ? え、コレどうしろと?」
「喰え。そして生やせ」
「何を!? というかノロさんは大丈夫なんですか?」
「おかわりもいいぞ。
まぁ、大丈夫大丈夫。今頃、嘉納先生製の再生槽に入って養生してるから。
それとカネキュンはトーカちゃんの羽赫にちゃんヒナの甲赫、そしてリゼさんの鱗赫って感じに赫子3種は持ってるけど、まだ尾赫は持ってないでしょ」
「そういう問題じゃないです」
「ノロさん、赫子で食事出来んだよね。人間の食事できるカネキュンがノロさんの赫子手に入れたら、いったいどうなるのか興味あるなー。
……あ、女の子の尾赫の方がよかった?」
「そういう問題でもないです」
「フム、実はノロさんはああ見えて女性で……」
「嘘つくな。店長からノロイさんのことは聞いてますから」
ヤモリの拷問を受けていない上に、リゼの幻覚は当物語開始前の馬糞先輩との一件以来見てませんので、リゼのことはあっさりとスルーです。
吹っ切れてたのが半分、触らぬ何とやらが半分。
色々と思うことはあるけれど今更蒸し返してもどうにもならないし、それにスルーしなかったらトーカちゃんが怒りそうだから仕方がないか、ぐらいの感じでしょうか。サンドバッグメンタル。
嘉納先生についても原作まで苦しむことがなかったので、現在の生活とか人殺しになることとかを考えたら、まぁ、こんな感じに先送りしました。
そして天然ボケと芸人ボケでは下手な演技しか出来ませんでした。
有馬さんは黙ってさえいれば秘密を周りに悟らせないことは出来るけど、自分から積極的に演技して騙そうとしたらあっという間にボロが出るタイプだと勝手に思っています。
それにしてもトーカちゃんは原作ではカネキとの付き合いは2ヶ月ぐらいだったのに、1人でもアオギリの拠点に乗り込んで助け出そうとしたり:Reまでの2年間をひたすら待ち続けたりと、かなり
……YGの精神科医による人物分析見れてないんですよねぇ。カネキとトーカよりも健全という月山習の分析を是非見てみたいと思っているのですが。
それと今日から2週間ほど出張なので、しばらく更新や誤字修正対応などは出来ません。