足したけど2で割らなかった   作:嘴広鴻

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隻眼の王

 

 

 

「うーん、これは……」

「おや、宇井準特等。何を唸っているんだい?」

「きょ、局長!? いえ、実は有馬さんから例の小説のチェックを頼まれてまして……」

「ん? あの高槻泉が書くという、貴将が主人公で半人間って設定の?

 貴将のヤツめ。自分がチェックするから、と言ってきたから許可を出したのだが、君に押し付けたのか?」

「あっ、いえ。流石の有馬さんも小説のチェックなんか初めてだから、念のためということで私が再チェックを頼まれたんです。それに私もどういう話か興味がありましたし。

 それと半人間は例の金木くんが止めたらしいですよ。流石にパクリはマズいだろうと」

「フッ、確かにパクリはマズいな」

「まぁ、設定が二転三転しているみたいなので、最終的にどうなるかはわからないみたいですが……。

 それよりも主人公の上司、つまり和修局長にあたる人物の描写がちょっと……」

「ほう、私の描写が? いったいどんな人物に書かれているのかね?」

「釣竿を持ちながらバスケとサッカーのボール両方を同時にドリブルして走り去る変な人物に描写されてます。

 何なんですかね、コレ? 高槻泉が何を思って局長をこんな変態に書いたのかわからないですよ」

「…………」

「……え?」

「…………変態、かね?」

「ど、どうかしましたか、局長?」

 

 

 

 

 

━━━━━安久クロナ━━━━━

 

 

 

 アオギリの樹。

 “力によって弱い喰種や人間を支配する”という思想を持っている好戦的な喰種集団。

 普通の喰種なら避けるCCGにも怯まずに敵対していて、去年には喰種収容所のコクリアを襲撃して多数の強力な喰種を解放して傘下に加えるなど、積極的に東京で勢力を広げている。

 おそらく東京23区内では一番の規模と強さを誇る喰種集団だろう。

 

 パパと私とナシロも先日から、そのアオギリに所属することとなった。

 実を言うと、入った当初は人間と半喰種の私たちでは排斥されるのではないか、それどころか危害を加えられるのではないかと密かに不安だったけど、入っても拍子抜けするほど特に何もなかった。

 

 本当に何もなかった。

 

 排斥されるわけではないけど、歓迎されるわけでもない。誰かが訪ねてくるわけでもなく、私たちも誰かを訪ねるわけでもない。たまに廊下で喰種とすれ違うことがあっても、ほとんどの喰種は私たちを一瞥してそれっきり。

 タタラさんやエトさんなんかはよくパパに会いに来て話をしているけど、そのパパ自体が研究室に閉じ籠り気味。

 たまに外に出てきても、お兄ちゃんに出された宿題が難しいのでなかなかやりたい研究する暇が出来ないと愚痴っているので、パパはパパで忙しいみたいだった。

 だからアオギリに入った当初の私たちは自主訓練をするか、たまにあんていくに遊びに行くついでのお兄ちゃんへのメッセンジャーぐらいしかすることがなかった。

 

 ……私たちは何のためにアオギリに入ったんだろう。

 

 パパとママを殺したCCGに復讐をするためにも、以前はパパの言うことを聞いていれば安心出来ていた。それが私とナシロの目的に一番近道だと信じていたし、信じられていた。

 だけどお兄ちゃんと出会って叩きのめされてからは、どうも安心出来ない。どこか心が宙ぶらりんでフワフワしている。

 やっぱりエトさんやお兄ちゃんの言った通り、パパ(嘉納)が私たちを見ていないということに気付いてしまったからだろうか。今では何をしたらいいのかがわからない。

 

 ……何で半喰種なんかになっちゃったんだろう。

 

 でも私たちが迷っていたとしても、周りは目的のために動いている。アオギリもCCGもVも、そしてお兄ちゃんも。

 私たちは一応はアオギリ所属で、パパの手伝いぐらいしか仕事をしていなかったために、しばらくしたらタタラさんから仕事を言い渡されたりもするようにもなった。だからニートじゃない。

 とはいえ仕事といってもCCGとの戦いに駆り出されるというわけではなく、人間としての知識やCCGに関する情報など、喰種からするとなかなか手に入らない情報を提供するのが主な仕事だった。

 

 でもナキさんに勉強を教える先生役は無理。

 お兄ちゃんがタタラさんにアドバイスしたらしく、今の私たちは主に喰種相手に先生の真似事をしている。しているんだけど、やっぱりナキさんに勉強を教える先生役は無理。

 アヤトくんぐらいに物分かりが良かったり、承正さんみたく自発的に漢字ドリルをやってくれるぐらいに熱心だったら教える気力も沸いてくるけど、ナキさんは同じ日本語で会話出来ていないんじゃないかってぐらいに話が通じないから無理。

 人間と喰種の違い以前の問題だよ、アレ。

 そもそもタタラさんですら「ナキは……気長に教えてやってくれ」って言葉を濁す感じだったから、最初から諦めてるっぽいんだけどね。

 

 私たちはこのまま喰種の先生役として終わるのかな、と嘆いていた。

 だってせっかく……と言っていいかわからないけど、半喰種になったのにやってることは教師役。これじゃ何のために半喰種になったのかわからない。

 せめてお兄ちゃんみたく人間の食べ物を食べることが出来るならまだ気晴らしなんかも出来たのだろうけど、半喰種となった私達が食べられるのは人間の肉のみ。

 ホント何で半喰種なんかになっちゃったんだろうかと思ってしまう。

 

 そんな鬱屈したアオギリでの生活を送っていたある日、

 

 

「それでは今日から僕が二代目隻眼の王ってことでお願いしますね」

 

 

 カネキのお兄ちゃんがアオギリを乗っ取った。

 乗っ取ったというか、主な幹部を叩きのめしてアオギリをそっくりそのまま傘下に収めたというか。“力によって弱い喰種や人間を支配する”というアオギリの思想としても完膚無いほど叩きのめされてしまった。

 

 それとなんかエトさんがトーカちゃんと向こうでキャットファイト繰り広げている。

 一応、最初はエトさんが赫者になってトーカちゃんと激闘を繰り広げていたんだけど、お兄ちゃんたちの戦いに注目して目を逸らしてたら、いつの間にか髪の毛を掴み合うようなキャットファイトに移行していた。

 今のところはトーカちゃんがマウントポジションを取っているので優勢みたい。赫者となったエトさん相手にも有利に戦っていたけど、エトさんもトーカちゃんも同じ羽赫のはず。それなのに赫者じゃないトーカちゃんの方が強いのは、やっぱりお兄ちゃんの血を常飲してるからなのかな?

 

 それにしても、やっぱりお兄ちゃんは強い。今回の戦いでも本気を出していなかったようにしか見えない。

 SSレートのタタラさんにノロさん、鯱さんを筆頭に、Sレートのナキさん率いる白スーツチーム、同じくSレートで最近加入したミザさん率いる刃という喰種集団。

 それにアヤトくんなんかも含めたそうそうたるメンバーでお兄ちゃんと戦ったけど、お兄ちゃんにかすり傷一つ負わせることも出来ずにアッサリと全滅させられた。

 

 甲赫の赫者のタタラさんは、開幕と同時にお兄ちゃんの強力な鱗赫の一撃で倒された。

 アオギリの中でも飛び抜けた再生力を持っていたノロさんは、再生する端からお兄ちゃんの尾赫で喰われ続けてしまって、遂には再生出来なくなってギブアップ。

 安久の家でお兄ちゃん相手に卓越した戦闘技術で有利な戦いをしていた鯱さんは、逃げられないぐらい広げられたお兄ちゃんの甲赫のスタンプでペシャンコにされた。

 ナキさんやミザさん、アヤトくんたちは一斉に挑んだけどお兄ちゃんの羽赫の散弾で薙ぎ払われて終了。

 

 しかもお兄ちゃんがちゃんと手加減したらしく、あれだけの戦いで死人が出ていないという、ぐうの音も出ない程の負けを喫している。

 まぁ、手加減間違ったのか、死にそうになってるヒトは多いけど。

 でもそのおかげで、戦闘に参加しなかったその他大勢の喰種はお兄ちゃんに挑む気概も見せずに、ただ怯えているだけの状態になっている。

 

 周りの喰種の視線が痛い。きっとお兄ちゃんと私たちの関係を知っている喰種の視線だろう。

 私とナシロを見て「アイツらもあんなバケモノなのか」とザワついているけど、私たちはあんなお兄ちゃんみたいなバケモノじゃないから! アオギリの中でならおそらく上の下ぐらいの強さだから!

 

 

 あ、遂にトーカちゃんがエトさんに勝ったみたい。トーカちゃんが「ッシャア! 約束守れよ!」って叫んでる。何の約束かな……って、どうせお兄ちゃんに関することだよね。

 しかしそっかー、SSSレートのエトさんに勝っちゃうんだぁ、トーカちゃんて。

 

 ……お兄ちゃんは何であんなになったんだろ?

 パパはあくまでテストヘッドのつもりでお兄ちゃんに喰種化施術をしたって言ってたのに、そのテストヘッドのお兄ちゃんだけが成功品じゃん。どうせなら私たちもお兄ちゃんみたくしてよ。

 

 そもそも4種の赫子持ちって何なのさ? しかも赫子4種全てが強力過ぎるって。

 いくら相性の良い甲赫とはいえ赫者のタタラさんを一撃で倒したリゼさんの鱗赫。私たちも同じものを持っているはずだけど、威力に限っては全くの別物。

 アヤトくんやナキさん達を薙ぎ払ったトーカちゃんの羽赫も強力だし、喰種としても異常な再生力を持つノロさんを再生出来なくなるぐらいに端から喰い続けていった尾赫。というか尾赫はノロさんのなんだよね。

 そして地味に一番厄介なのはヒナミちゃんの甲赫。

 あの戦闘技術に優れた鯱さんを、戦闘技術なんて関係ねぇと言わんばかりに直径50mぐらいに広げた甲赫のスタンプで強引に叩き潰した。アレはいくら身体能力に優れた喰種だったとしても、こんな開けた場所じゃ避けられない。

 言い触らしたら駄目って言われてるけど、聞いた話だとCCGの白い死神と言われている有馬特等もアオギリの先代隻眼の王も同じ方法で倒したらしいし。

 技を超えた純粋な強さ。それがパワー。

 しかもお兄ちゃん本人が強いだけでなくて、お兄ちゃんの血を飲んでいるトーカちゃんがSSSレート以上の力を手に入れることが出来るみたいな反則も出来るみたいだし。

 

 

「でも予想はしていたけど…………弱いな、アンタたち」

 

 

 ……お兄ちゃんグレた?

 

 グレたというか、最近のお兄ちゃんは初めて会ったときよりもドンドンやさぐれてきている感じがする!

 エトさんと店長さんと鯱さんたちによる訓練ってそんなに辛かったのかな?

 

 やっぱり私としては、初めて会ったころの優しいお兄ちゃんの方がいいなー。

 いや、最初に会ったときは敵同士で私とナシロは鎧袖一触で負けたんだけど、それでも私たちを殺さずにいてくれて、それどころか自分の血を飲ませて治療までしてくれた。

 あのときはもう瀕死で意識も途切れ途切れの状態だったけど、とても温かい液体が喉を通ったと思ったら身体がスゥッと楽になったのは覚えている。その後に怪我が急激に修復したせいで激痛が走ったのも覚えているけど。

 

 でも何だかんだいってパパのやっていたことを知った後でも、お兄ちゃんは私とナシロには優しくしてくれている。

 あんていくに遊びに行ったらコーヒーを御馳走してくれたり、アオギリ拠点に来てエトさんとの話し合いが終わったあとにお土産を持って私たちに会いに来てくれたり、来るたびにパパを篠原の刑に処すけど私たちには何もしなかったりと、色々と気を使ってくれている。

 何だかもうお兄ちゃんと仲良くなった後だと、どうにもパパのことが胡散臭く感じられてきちゃってるんだよね。

 まぁ、どうせお兄ちゃんとパパが敵対することになったとしたら、パパに勝ち目なんてあるわけないからお兄ちゃんの味方をするってことはナシロと一緒に決めているけど。

 

 

「ごちゃごちゃうるせえんだよ」

 

 

 喰種たちの喧騒がピタリと止まる。お兄ちゃんの出した殺気でガクガクと震えている喰種もいるぐらいだ。

 これでもう、アオギリの樹は完璧にお兄ちゃんの支配下に置かれることが決まった。

 

 私たちとしてもお兄ちゃんがトップだった方が使い捨てにされる心配もなくなるだろうから都合が良いけどさ。

 お兄ちゃんから恨まれているパパは不都合かもしれないけど、それはパパの自業自得ということでお願いします。私とナシロは嘉納とは関係ありませんです。ハイ。

 

「クロナちゃん、バケツを。それとナシロちゃんは水を持ってきて」

「「は、はいぃぃ!?」」

 

 ますます注目されてしまうから今のお兄ちゃんにはあまり近づきたくなかったけど、名指しで呼ばれてしまったので私はお兄ちゃんから戦いの前に預かっていたバケツを、ナシロは普通の市販されている2リットルの水が入ったペットボトル1ケースを持ってお兄ちゃんに近づく。

 最初に預かったときからこれは何に使うのかと不思議に思っていたけど、私からバケツを受け取ったお兄ちゃんはいきなり手刀で自分の左手首を切り裂き、流れ出る血をバケツに注ぎ始めた。

 コーヒーカップの半分にも満たない血を注ぐと、今度はナシロからペットボトルを受け取って水をバケツに注いでいく。ちなみに血を注ぎ終わったら手首の傷は一瞬で治った。

 バケツの中で出来たのは1ケース12本、計24リットルの水と0.1リットルにも満たないだろうお兄ちゃんの血が混ざりあった液体。普通、100倍以上の水で血を薄めたら血の色なんか薄まってほぼ透明になるはずだろうに、何故かバケツの中の液体はまだうっすらと赤く見えている。

 

「じゃあ、怪我したヒトはこれを飲んでください

 このぐらい薄めたら男の人が飲んでも大丈夫みたいだから」

 

 ……ヒトに飲ませても大丈夫なヤツなの、コレ?

 あ、でもそもそも私たちは薄めていないお兄ちゃんの血を飲んだことあるんだから、この薄めたヤツでも普通に大丈夫だよね。

 だけどあのときの私たちや普段のトーカちゃんみたく直で飲むのよりも、バケツに入ったこれを飲む方がハードル高い気がするのは気のせいかな?

 

「タタラさん」

「……何だ? 新たな王よ」

「しばらくは引き続きアオギリの取りまとめをお願いします。エトさんから今後の方針は聞いていらっしゃるでしょうから、それに従ってアオギリを運営してください。

 念押ししておきますが、アオギリ構成員の食料については僕が何とかします。今後は人間を襲ったりしないように」

「…………承知した」

「それでは後は任せます。僕は嘉納先生のところに顔を出しますので。

 クロナちゃん、ナシロちゃんは一緒についてきて。トーカちゃんは…………アヤトくんの傍にいる? それともその前に血飲む?」

「ん、そうする」

 

 そう言ってお兄ちゃんがシャツの第一、第二ボタンを外していく。

 そしてお兄ちゃんに近づいたトーカちゃんは、まず先程切って血がついたままのお兄ちゃんの左手首を手に取って、ペロペロと舐めて綺麗にしていく。

 手首についていた血を全て舐めとったと思ったら、次に晒されたお兄ちゃんの首元にカプリと噛みついて血を飲み始めた。

 

 ……いや、エトさんとの戦いで流石にトーカちゃんも少なくない傷を負ったから、それを治すためなんだってわかってるけど、よりにもよってこんなアオギリのメンバーの目の前でやる?

 エトさんとした約束ってのもどうせお兄ちゃん関連なんだろうし、明らかにトーカちゃんはお兄ちゃんは自分のモノだって周りに見せつけているよね。

 

 お兄ちゃんはお兄ちゃんで「髪の毛乱れてるよ」なんて言いながら、首元に噛みついて血を飲んでいるトーカちゃんの髪を手櫛で優しく整える。

 ……何か羨ましい。というか何かエロい。トーカちゃんがたまにお兄ちゃんの鎖骨に垂れる血を舐めとるのが何かエロイ。

 お兄ちゃんは私たちに優しくはしてくれるけど、ああいうスキンシップのような真似は絶対してくれない…………じゃない。しようとはしない。

 

 でもトーカちゃん、やっぱり羨ましいなぁ。

 こんな半喰種の身体になった私たちだけど、別に色恋に興味がないわけじゃない。ああいうバカップルに憧れてしまうのは女の子として仕方がないことだと思う。

 でも私たちは半喰種。今更人間とは恋仲になんかなれないだろうし、喰種相手に恋愛する気も起きてはこない。

 というかアオギリの喰種は個性的過ぎ。一番常識的なのは、最近加入したミザさんじゃないかな。

 

 ハァ、トーカちゃんがいなかったらお兄ちゃんにアタックしていたかもしれないけど、流石にあの二人の仲に割って入ろうとは思えないし、そもそも割って入れるような仲とも思えない。

 

「逆に考えるんだ。王様なら愛人がいてもいいと考えハウッ!?」

「約束守れって言ったよな?」

 

 あ、エトさんのお腹にトーカちゃんの羽赫が突き刺さった。

 

 そもそも半喰種になる前からイイ男の人なんて周りにいなかったからなぁ。怜なんか特に駄目でしょ、アレ。

 昔、アカデミーに講義に来てくれた亜門さんは大人の男って感じがしてカッコイイと思ったけど、お兄ちゃんから聞いた話だと恋人いるみたいだし、亜門さんはその育ちの境遇上、半喰種になった私たちなんか駆逐の対象としか見れないだろうけどね。

 このままだと私たちは一生独身かなぁ。

 

「……最近の私の扱い、いい加減酷くね?」

 

 ま、それでも私たちはエトさんよりはマシか。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「フム。エトさんから随分とアタックをされているようだが、カネキくんは彼女のことは好みではないのかね?」

「微妙です。天然と人工の違いがあれど、同じ半喰種ということからエトさんのことを気にかけているのは否定しないですし、エトさんのお父さんの店長にはお世話になってますので。

 ……でも、そもそもエトさんは僕のことを本気で好きってわけじゃないと思うんですよねぇ」

 

 それは私もそう思った。

 エトさんはお兄ちゃんがアオギリの拠点に来るたびにチョッカイをかけてるけど、そのチョッカイのかけ方がどう考えても小学生レベルにしか思えない拙さなんだよね。

 何というか……お兄ちゃんと恋愛関係になりたいというよりも、ただ単に構ってほしいからチョッカイかけて反応を窺っている。もしくはあくまでからかっているだけで失敗することわかっていると言わんばかりのチョッカイと言えばいいのだろうか。

 多分だけど、逆にお兄ちゃんがエトさんに迫ったりしたら、エトさんは顔を真っ赤にして狼狽すると思う。

 まさに好きな子を虐める小学生レベル。

 

「まぁ、エトさんの境遇上、天然と人工の違いはあれど、同じく半喰種の僕のことは気にかかっているんでしょうね。

 しかもその僕がエトさんの悲願を達成するのに不可欠の存在ならば、余計に僕のことを意識せざるをえないんでしょう」

「はい、お兄ちゃん。コーヒーとケーキです。といってもケーキはお兄ちゃんからの頂き物ですけど」

「ああ、ありがとう、クロナちゃん」

「? 私にはケーキはないのかな、クロ?」

「ない」

 

 これが最後のケーキだもん。お客様で今日からこのアオギリのトップに立ったお兄ちゃんに優先して出すのが当然でしょ。

 それにこのチーズケーキ自体だって、お兄ちゃんが先週ここに来た時にお土産として持ってきてくれたケーキだよ。こんな賞味期限ギリギリになっても、研究にかまけて食べてなかったパパが悪い。生クリームを使っているケーキだったらとっくにゴミ箱行きだよ。

 

「やれやれ。最近のクロシロは反抗期のようだ。カネキくんからも何か言ってやってくれないかね」

「なんで僕がアナタみたいなゴミ助けなきゃいけないんですか?」

「……ハ、ハハハ、相変わらず私には辛辣だね」

「何度でも言いますけど、僕を半喰種にしたこと忘れたわけじゃありませんよ。

 ただ元人間としてアナタみたいなゴミであろうと人殺しにはなりたくないのと、今のところ役に立っているから殺していないだけです。

 もし研究というアナタ唯一の利用価値がなくなったら、まずはナッツクラッカーさんに引き渡しますからね」

「ちょっ!? それだけは勘弁してくれ」

「言ってて僕もキュッとなりました」

 

 ナッツクラッカーさん? 先週お兄ちゃんが叩きのめしたとかで、連れて来た喰種たちの誰かのこと?

 でも何で強いお兄ちゃんが微妙な顔をしてるの? それにキュッて何?

 

「エトさんからのアドバイスでしてね。アナタはただの危険なマッドサイエンティストとして扱います。

 利用価値があったら生かす。利用価値がなくなったら処分する。研究出来なくなるのが嫌だったら、余計なことを考えずに僕が望む研究のみをしていてください。

 アナタの心情を慮ったりする気はありません。それがアナタとの一番良い付き合い方でしょうから」

「……変わったね、カネキくん。病院で入院していたころとは雲泥の差だ」

「今が泥で昔が雲ですか。

 まぁ、地獄の特訓でアレだけ転がされたら泥まみれになるのは当然か」

 

 ど、どれだけ酷い特訓だったの!?

 お兄ちゃんの目が死んでるよぉ。

 

 それとパパとの付き合い方はそれで正解だと私も思う。

 

「うィ~~~す。カネキュンお待たへ。

 いやー、トーカちゃんヤベーわ。まさか負けるとは思ってなかった。この調子じゃもしかしたらちゃんヒナにも負けちゃうかねぇ。しかも変な約束させられちゃったし。

 あ、クロナちゃん、私にもコーヒー頂戴」

「はい」

「本格的な戦闘訓練を受けていないヒナミちゃんは無理でしょう。でもアヤトくんになら勝てるかな?

 それとトーカちゃんとの約束って何なんですか? トーカちゃんに聞いてもはぐらかされるんですけど」

「それ聞くとまたアヤトくんが落ち込みそうだね。それと約束の内容は秘密。だけどバカップル死ね。

 まぁ、それはいいや。んで、話はどこまで進んでんのさね?」

「いえ、本格的な話はエトさんが来てからと思いまして。

 それじゃあ嘉納先生、報告をお願いします」

「ウム」

 

 お兄ちゃんの声を受けて、パパが研究室に置いてある巨大なガラスケースに近づく。

 そして照明をつけてガラスケースの中を明るく照らした。

 

「長々と説明するのは好まないだろうから簡単に言うと、現段階では実に順調な生育状況だよ。

 このRc細胞合成赫子とも言うべき、カネキくんの体内で合成された新式赫子。もこ○ちくんと佐藤くんは」

 

 ガラスケースの中にいたのは人間でもなく喰種でもない、エトさんの赫子とノロさんの赫子が合わさったような合成獣(キメラ)というべき物体だった。

 もちろんちゃんと生きてます。

 

「も、もこ…………ちょいカネキュン。何でそんな名前にしたんよ?」

「いや、月山財閥の伝手で、トルコからの安いオリーブオイルを大量に仕入れることが出来たんで……」

「ちなみに佐藤くんの方は食事が砂糖だからだね」

「それより増えてません? 僕が渡した赫子は1……匹? 体? ソレは何て数え方したらいいかわかんないですけど、渡したのは1つだけだったはずですが?」

 

 エトさんがもこみ○くんたちを見て呆れながら呟く。

 ガラスケースの中にいる物体は名状しがたきというか形容しがたきというか、とてもグロテスクな形状をしている。むしろ現在進行形でその形をうねって変化させているけど。

 一番近いと思われる生き物はヒドラ。

 ただしヒドラと言ってもギリシャ神話に出てくる多頭の蛇のことではなくて、現実に存在しているクラゲやイソギンチャクの仲間のヒドラの方だ。

 

 とはいえあくまで近いというだけであって、見た目はやはり違いがある。

 色はどす黒いというか赤黒い。何本もの触手が枝分かれしているけど、特に本体というか根元の部分らしき箇所はなく、箇所によって細かったり太かったり、太い触手から更に細い触手が生えている個所もある。

 そして一番の特徴は、全身のアチラコチラから生えている口だろう。その口からタンクに入ったオリーブオイルを飲み、砂糖を喰らっている。

 あと何かたまにその口から笑い声がしたり独り言を喋ってるのが怖い。

 

「ポッ。この子たちが私とカネキュンの間に生まれた子」

「半分以上はノロさんですけどね。それと分離赫子とかの色んな赫子。

 むしろ僕の要素が全然ないから、エトさんとノロさんの間に生まれた子って方があってるんじゃ?」

「流石に育ての親とそーいう仲になる気はないかなー」

「カネキくんの無性生殖が一番近くないかい?

 それとカネキくんの要素は人間の食べ物を食べられて、Rc細胞を体内で合成出来るということがあるじゃないか。

 といっても、それがカネキくんの喰種としての最大の要素だが」

 

 何でこのヒトたち、アレを前にして普通に話せるんだろ?

 私は見てるだけでSAN値が削られそうなんだけど。

 

「再生速度も良好だ。半分にしてもちゃんと食事をとらせれば、Rc細胞値までは無理だが3日もあれば元の大きさまで身体は回復出来る。

 というか最初にカネキくんから貰ったのはも○みちくんだけだが、半分に切ったらヒトデみたいに2つに無事に別れたのには驚いたね。なので急遽、増えた方を佐藤くんとして、準備しておいた砂糖を食べさせて育成させることにしたんだよ。

 これからは効率のいい食物の選定の実験を進めるつもりだ」

「やっぱ私やカネキュンみたく1日じゃ無理か」

「無茶言わないでくれ。それに言ったがRc細胞値の回復までは無理だ。あくまで身体のガワを治しただけだ。

 君たちだって体内にRc細胞が貯蔵しているからこそ尋常ではない速度で身体を再生出来るが、例え身体を回復させることが出来ても減ったRc細胞までは回復しないだろう?

 それと可能な再生回数と寿命についてはまだ不明だ。これらの研究には時間が必要だからね」

「で、肝心なことですけど、食べても大丈夫なんですか? 特に男のヒトは?」

「……ナキくんは大丈夫だったよ」

 

 ナキさんにコレ食べさせたの!?

 パパはニッコリ笑ってるけど、絶対に本人には知らせてないでしょ!!

 

 

 

 

 

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「――――くしちろくじゅうさん! くはしちじゅうに! くくはちじゅういちぃっ!」

「ナ、ナキが九九を言えただとぉっ!?

 何か変なモノでも喰ったんじゃないのか!?」

「お見事です! ナキのアニキ!」

「これで九九は完璧ですね!」

「へへっ、どーよ。ミザ、承正、ホオグロ!

 いやー、なーんか最近頭が冴えてきてんだよなぁっ!」

 

 

 

 

 

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「赫子の大きさは“Rc細胞の数(素質)”、赫子の形は“想像力(知性)”。エトさんの言葉だったか。

 ○こみちくんたちを見る限り、やはりカネキくんは素晴らしい。雑種強勢などという言葉では表せることが出来ない凄さだ」

「……実を言うと、教えた私もここまで上手く行くとは思わんかったけどさ」

「っ!? 上手く行くと思わない方法を試すために、アオギリ所属の喰種の赫子とか有馬さんから横流ししてもらったクインケをあんなに喰わせたんですか?」

「カ、カネキュンの覚えが良かったからダヨ。上手く行ったんだからいいじゃん」

「というか、何でカネキくんは喰えば喰うほど強くなるのかね? しかも赫子の特性もちゃんと使用出来るし……」

「……確かにこれで喰種の食事につきましては目途がつきましたけどね。

 ああ、タタラさんにも言いましたけど、前みたいに人間を狩ってきたりしないでくださいよ」

 

 喰種と人間が分かり合えない最大の原因。

 それは喰種は人間を喰らうことでしか生きられないということなんだけど、アッサリとその原因の解決法が見つかってしまった。

 もちろん分かり合えない物理的な原因が解決したからといって、今までの喰種と人間の殺し殺されていた関係では直ぐに心情的に分かり合えるわけではない。

 だけどこれは大きな一歩だろう。

 

「となると次は…………資金か。

 高槻先生って年収いくらです?」

「フォアッ!? い、いくら私が売れっ子作家でも、流石にこれだけの喰種を養うだけのお金はないよ!

 しかも計画だとカネキュンが大学卒業するまでに東京のほぼ全ての喰種を引き入れるんでしょ? この子たちを量産すれば食料についてかかる費用は少なくなりそうだけど、他にも必要なものはたくさんある。

 私だけの稼ぎじゃムリムリ」

「じゃあ、やっぱりある程度は喰種の数を減らす“選別”が必要ですか。

 人間オークションを開いている連中なんかはどうせ仲間に引き入れることは出来ないでしょうから、そのうち資金稼ぎを兼ねてビッグマダムあたりでも狩るとして…………和修家はどうでしょうかね?」

「裏金は当然持ってるだろうね。アイツが調査してくれているけど、あまり当てにしない方がいいと思う。

 それよりも月山財閥はどうよ?」

「お世話になってるから、あまりご迷惑はかけたくないんですけどね。

 でも最終段階になったら月山家が喰種の集団だとバレる可能性が高いから、そこら辺も何とかしないと……」

 

 ……どうしよう。お兄ちゃんたちが具体的に凄い計画を話し合っちゃってるよ。

 もちろんCCGとその裏に隠れている連中を叩き潰す計画なんだから賛同するけど、それよりも話し合っている時のお兄ちゃんが怖い。

 カネキのお兄ちゃんじゃなくてハイセとしての顔をしている。あのアオギリの皆をまるでそこらの虫を潰すときかのように作業的に薙ぎ払ったときの冷酷で容赦がなくて、人間も喰種も何とも思っていないかのようにしか見えないハイセ。

 

 最近のお兄ちゃんは何だか怖い。

 いや、普段のあんていくで働いているようなときは、今まで通りに優しくて人の好いお兄ちゃんだ。それは変わらない。

 けれどマスクとウィッグを付けて、ハイセとして行動しているお兄ちゃんはどんどん冷たい眼をするようになっていった。赤い赫眼なのに、睨まれただけで凍えてしまいそうな無機質な眼。

 訓練が酷いこともあるのだろうけど、エトさんたちと企てている計画も関係していると思う。

 

 お兄ちゃんは元人間の、現半喰種…………半、喰種? まぁ、それに近……いモノだ。きっと。

 いや、それはともかくとして、少なくとも元人間。

 

 喰種に襲われて半死半生になって、

 人間に喰種化施術をされて半喰種となって、

 飢えに襲われているところを喰種に助けられて、

 半喰種だけど人間の食事も取れることがわかって、

 それでもただの人間の身体にも未練があって、

 だけど最終的に喰種以上のバケモノになってしまった。

 

「ところで話は変わるが、新組織の名前はどうするのかね?

 “あんていく”でも“アオギリの樹”でも誤解を招くと思うのだが……」

「あ、そっか。それも必要ですね」

「私に良い考えがある。新組織の名前は“全てを照らす光”とい「言わせねぇよ」ギニャッ!? わ、割れるっ! 頭割れちゃうっ!」

 

 まぁ、そんなわけで普通の人間にも普通の喰種にもなれないお兄ちゃんは、どうやら人間と喰種の争いを一時的にも止めるような計画を企んでいるみたいだった。

 お兄ちゃんとしては小さい頃からの親友は人間。だけどお兄ちゃんを半喰種にした仇人も人間。

 お兄ちゃんを襲って食べようとしたのは喰種だけど、その後に助けてくれた恩人兼恋人は喰種。アルバイト先の雇い主も同僚も喰種。

 

 お兄ちゃんには人間にも喰種にも恩人と仇人がいる。そして私たちと違って自らこの血塗られた世界に足を踏み込んだわけじゃない。

 だから人間と喰種の争いから目を瞑って耳を塞いで、大切なヒトだけを守っていく暮らしをしていく権利をお兄ちゃんは持っていると思う。

 

 だけどお兄ちゃんはそれを選ばなかった。

 確かにお兄ちゃんの性格からすると人間と喰種の争いを見過ごすことが出来ないだろう。そして何の因果かその争いに一石を投じるだけの力をお兄ちゃんは持っていた。

 もしお兄ちゃんが私たちと同じくらいの強さの半喰種だったら、今みたいにアオギリを傘下に収めたり人間と喰種の関係に一石を投じるようなことなんて思いつきもしなかったんじゃないかと思う。

 

 ……お兄ちゃんの運命が激動的過ぎる。

 私たちは両親をCCGに殺されて不幸のどん底にいたような気持ちになっていたけど、お兄ちゃんには一歩も二歩も劣るわ、コレ。

 しかも“最終的に”じゃないよね。まだ発展途中だよね、きっと。

 

 

「あ、もしもし价子さんですか?

 ちょっとトーカちゃんのお父さん助けるためにCCGラボ襲撃したいんですけど構いませんかね?」

『ファッ!? ちょ、ちょっと待て!!』

 

 

 そしてそんな激動過ぎる運命も何のそのと言わんばかりに突き進むお兄ちゃん。

 うん。タタラさん辺りには、パパと一緒にいたときみたいに思考停止していると言われるかもしれないけど、とりあえずお兄ちゃんについていこうと思う。

 そうすれば安全でしょ。

 

 

 

 

 

━━━━━霧島董香━━━━━

 

 

 

「皆して、僕のことバケモノみたいに言う……」

 

 

 仕方ねぇじゃん。

 

 せめてもの情けとして、その言葉だけは口に出さないでおいた。

 

 今日、アオギリを〆た。これでカネキは喰種からも東京内で一番強い喰種と認識されたはず。

 でもSSSレートのエトに勝てたんだから、下手したら私が2番目か? それもカネキの血のおかげなんだろうけどよ。

 

 まぁ、アオギリの拠点から帰ってきてカネキの家で一服していたら、その東京内で一番強い喰種のはずのカネキが弱音を吐いて甘えてきた。

 こうなるとコイツはめんどくせーんだよなぁ。ヒナミのことは入見さんにお願いしてあるけど、アオギリとケンカしに行くって言って出たから心配してるだろうな。早めに顔を出さないと。

 

 いや、そもそも私たちあんていくの喰種はカネキのトンデモに慣れているから平気だけど、アオギリの喰種は慣れてないんだしさ。

 それに初めてアオギリの拠点にカネキを殴り込みに行かせたときに瓶兄弟って奴らと少し戦ったって聞いていたけど、当時の拠点にいた喰種は白鳩による殲滅作戦でほとんどが死んでいる。ミザ率いる“刃”みたく、今日初めてカネキの力を知ったって喰種がほとんどだったんだろう。

 だからカネキの強さに脅えるのは仕方がないと思う。

 

 ……まあ、エト倒した私もちょっと引かれていたけど、カネキよりはマシだったし。

 

「あー、はいはい。そんなに凹むなよ」

 

 カネキの頭をわしゃわしゃと撫でる。

 今の私は正座していて、カネキは膝枕の変形というか私のお腹に頭を突っ込むように抱き着いてきているので、カネキの頭をいじりやすい。

 ……一時期は髪の毛が硬くなって大変だったけど、今はかなり落ち着いているよな。

 エトが言っていた赫子の大きさは“Rc細胞の数(素質)”、赫子の形は“想像力(知性)”という言葉だけど、どうやら髪の毛にRc細胞がまわらないように想像するのも同じように効果があるみたいだった。

 

 って、コラ。深呼吸すんな。しかも鼻で。

 いくらシャワーを浴びたばかりとはいえ、流石にこの状況だとそれは恥ずかしい。

 

「そんなに嫌なら……別に止めてもいいよ」

 

 人間と喰種の争いを止める計画。

 止めると言っても世界中で一斉に永遠に、というわけじゃなくて、とりあえず東京内で一時的に、というだけだけど。

 

 カネキの人間の食料からRc細胞に変換出来る特性のおかげで、お金さえあればある程度の数の喰種は人間を襲わなくても生きていけることになった。もちろんまだ検証は必要みたいだけど。

 だからまずカネキがアオギリを〆たみたいに東京23区の喰種を支配下に置いて、その後に24区も支配下に入れたら喰種全員が24区内に引き篭もる、という身も蓋もない消極的な計画を考えている。

 それだけだとCCGは喰種殲滅の手を緩めないだろうけど、そこはCCGの裏にいるVの存在と、元CCG解剖医の嘉納に半喰種にされたカネキの存在を世間にバラすことで人間社会に大きな衝撃を与え、そこから何とかなしくずしに休戦みたいな状況へもっていこうとするみたいだった。

 

 将来的には自治区のような広大な土地を山の中にでも貰って、人間と喰種のわだかまりがなくなるまで“余所は余所、ウチはウチ”の精神で共存するのを目指す。

 だけどまずはお互いに冷静になることを第一とするらしい。

 わだかまりが強く残っている状態で最初っから地上の土地に喰種を集めると、空からのミサイル攻撃とかで一網打尽にされそうだから当分の間は地下に引き篭もる。カネキが化学兵器とか細菌兵器とか核兵器とか難しいことを言ってたな。

 

 とりあえずVとカネキのことを世間にバラすだけでCCGは動けなくなるはず。

 バラした後にカネキの力を世間に見せつけるために、コクリアやCCG本局へ襲撃も考えているみたいだけど、でもこの計画は矢面に立つカネキへの負担が重過ぎる。

 今でもあんていくと大学と訓練と三足の草鞋で大変だったのに、これからは隻眼の王業務も加わることになる。

 そして世間にカネキの事情をバラすことで、カネキが人間からいったいどんな目で見られるのかわからない。

 裏切り者と思われるのか。人喰いのバケモノと思われるのか。それとも人間と喰種の間に立つものと思われるのか。

 

 

「……ねぇ、トーカちゃん」

「ん?」

「トーカちゃんのご両親のことだけど、やっぱり有馬さんは許せない?」

 

 ……有馬貴将、か。

 私のお母さんを殺した喰種捜査官。店長とも戦ったこともあって、店長の両腕を奪った捜査官でもある。

 そして喰種と人間との間に生まれた半人間であり、陰でエトと手を組んでいた先代隻眼の王。実際にアオギリのリーダーとして活動したことはないらしいけど、それでもCCGを裏で操っているVに対してはエトと組んでいると聞いている。

 ってか一番強い捜査官が裏切り者ってガバガバじゃねーか、CCG。

 

 私は有馬とは会ったことはない。

 何度かカネキの特訓場所に顔を出したことはあるけど、有馬が特訓場所に来ること自体は珍しいらしいし、おそらく私のことを避けているのか会うのは大抵は鯱のオッサンだけだ。

 ただし避けているのは有馬じゃなくて、きっとカネキや店長が私と有馬を会わせないように調整しているんだと思う。

 多分だけど四方さんは有馬と会ったことがあると思う。一時期あんていくに顔を見せなくなったことがあって、顔を見せたと思ったら不機嫌で身体には治りかけの怪我があった。返り討ちにされたんかな?

 

 チラリと部屋の片隅に目をやると、そこにはお母さんの赫子を使って作られたクインケ“ナルカミ”がトランクに収まった状態で置いてある。

 私の事情を知った有馬がCCGには壊れたことにして返してくれたって聞いたけど、どうやらその事情を教えたのがエトらしい。

 計画を止めてもいいと思ってしまうのも、何だかエトの思い通りに踊らされているような気がするからだ。

 カネキがエトや有馬と組むことを決めたのも、人間と喰種の間に立って少しでも不幸な目にあう人間と喰種を減らそうとしているのも、結局は自惚れかもしれないけど私のためなんだと思う。

 

「思うところはある。今は落ち着いているけど、実際に有馬と会ったらどうなるかはわかんない」

「うん」

「でもそれ以上にお前が心配だ。

 別に霧島の家と有馬の確執で計画を止めたりはしなくていいし、逆に計画を進めなくてもいい」

 

 ただでさえ今でも潰れそうなのに。

 ヒナミなんかの前では顔に出さないけど、今みたいにカネキの家で2人っきりになったときはこうやって甘えてくる。

 遠慮がなくなったのか、それとも余裕がなくなったのか。前者だったら……まぁ、嬉しいけど、後者だったら心配だ。

 

「私はどっちでもいい」

「うん」

「確かに不幸な目にあう人間や喰種がいなくなればいいとも思うけど、今みたいに皆で一緒にいられるのならそれでもいい」

「うん」

「酷い女と思うかもしれないけど、顔も知らない人間や喰種たちよりも、あんていくの皆やお前の方が大事だ」

「うん。僕もだよ」

「計画だと、お前が大学卒業と同時に世間にVとお前のことをバラすんだろ」

「……トーカちゃんが大学卒業するまで待ってもいいけど」

「いや、それはマズいだろ」

 

 いくら私が自分勝手な方だとはいえ、計画の準備が出来たのに不幸な目にあう人間や喰種を放っておいて大学に通うのはしたくないぞ。

 それにそれだとカネキが一時的にとはいえ、Vに就職しちゃうことになっちゃうだろ。

 まぁ、そもそもカネキが大学卒業するまでの2年ぐらいで、全24区の東京中の喰種を支配下に置くってのが難易度高いと思うんだけどさ。

 

 でも、カネキはそれでいいの?

 世間にバラしたら、もうカネキは人間として生きていけなくなるよ。

 今でさえ私たちと縁を切れば、ちゃんと人間社会に紛れ込んで生活していける。というより私たちと一緒にいるから、未だにカネキは喰種の世界に足を踏み入れている。

 

 少し前までは、カネキの強さが羨ましかった。

 あの強さが私にあれば、お母さんもお父さんもいなくなったりしなかった。アヤトのことも守れたから今でも一緒にいれたと思う。

 だけどカネキがあの強さを持っていなかったらエトに目を付けられることもなく、こんな大それた計画なんか立てなかったはずだ。

 あの強ささえ持っていなくて、アオギリなんかなくて、CCGなんかいなかったら、きっと私たちは喫茶店でも開いて過ごしていったんだと思う。そんなありえたかもしれない未来も捨て難い。

 

 だけどカネキはそれを選ばなかった。

 誰かを助けることが出来る強さを持っていたから、誰かを助けることを選んだ。もしかしたら最後には避けえない破滅が待っているかもしれない道を。

 ニシキに言われたことだけど、私がカネキを喰種の世界に引き込んだ。

 だから責任を取るため、ってわけじゃないけど、ここまで来たならずっとカネキに付き合うよ。ううん、付き合わせて。

 

 

「Vには月山財閥のことはバレてるから、月山さんたちにも迷惑がかかる」

「今のうちに影武者とかを用意しておくみたいだけどな。それにちゃんと速攻でVを攻めて証拠隠滅する準備もしてるんだろ。

 月山のヤローはどうでもいいけど、カナエさんたちは何とかして助けないとな」

「世間にバラしたら、あんていくも閉めなきゃいけない」

「店長は理解してくれてんだろ。入見さんも古間さんも」

「依子ちゃんにも知られる」

「……依子、は」

 

 どう思うんだろう、依子は。

 やっぱり騙してたって怒るかな?

 

『い、今まで差し入れしててゴメンね。嫌がらせのつもりはなかったんだけど……』

 

 依子だったら案外こんなもんかな?

 

『ゴメン。トーカちゃんのことよりも、カネキさんの境遇の方が驚いちゃった。

 っていうかトーカちゃんってば、いったいどこの恋愛小説のヒロインなのっ!?』

 

 ……いや、依子ならむしろこうだな。

 カネキの境遇のインパクトが凄すぎるからなぁ。私のことは霞むか。

 

『せっかく上井に受かったのに、もったいないことするんだね、霧島さん』

 

 田畑うッさい。女子の会話にいきなり横から入ってくんじゃねーよ。

 ってか田畑ってマジでこんなこと言いそう。

 フンッ、顔もガタイも学力も服もお金も車も持ってる物が全部上のカネキを見て自信喪失してた癖に。

 

「よし、今度クラスの連中と勉強会するからまた教師役して。ついでに差し入れ持ってきて」

「何でさ?」

「見せびらかすから」

「いや、僕が言いたいのは話の前後が…………まぁ、いっか。気分転換も必要だしね」

「そうそう。それと来週の休みは付き合えよ。水着買いに行くから」

「う、うーん……難易度高いなぁ」

「いいだろ、別に。もう何年かしたら、自由に外を出歩けなくなるかもしれないんだし」

「……それもそうだね。トーカちゃん、海の他に何かある? 自由に、というか戸籍があるうちにやっておきたいこと。

 大学に入学してからになるけど、スキーとか温泉とか海外旅行……は流石に無理かな?」

 

 うん。未来のことはどうなるかわからないけど、Vのおかげでしばらくは平穏だってわかってるんだ。

 その間くらいは色んなことして楽しんで、思い出をたくさん作ろう。

 

 それと戸籍があるうちにしか出来ないことか。

 私も車の運転してみたいから、大学に入ったら免許を取っ…………こ、戸籍があるうちに、か……。

 

 

「……あ、あのさ……」

「うん?」

「こ、戸籍があるうちに、さ……」

「うん」

「婚姻届けって出して……みたい、かな?」

「うんうん…………うん!?!?」

 

 

 ガバッ、と起き上がろうとしたカネキの頭を、思わず掴んでまた私の太ももに押し付けた。そしてそのままカネキの背中へ倒れこんで抱き着いてカネキの身体をロックする。

 コラ、ジタバタ暴れんな!

 

 言っておいてなんだけど、今の私の顔を見られるのはマズいから! 顔めっちゃ熱いから!!

 

 

 

 

 

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「バカップル滅びろ」

「どしたの、お姉ちゃん?」

「いや、何か電波届いた。もこみ○くんたちの側にいるせいかな?」

「そんなことあるわけ…………ないよね?

 でもそんなことよりもこ○ちくんたちへのエサやり手伝ってよ」

「私は昨日やったじゃん。今日はナシロの番でしょ」

「でも最近のも○みちくんたち怖いんだよ。

 タンクへエサ追加しにガラスケースの中に入ったら、ジッとコッチを見つめてるような気がするんだよ」

「ああ、まるで隙を窺ってるみたいだよね」

「気付いてたの!?

 う~~、食べられそうで怖いよ。エサやりは今日から2人でやらない? 2人なら襲い掛かられても平気でしょ」

「えー、だけど当番は私から始めたんだからさぁ、せめて今日だけでもナシロ1人でやりなよ」

「でもぉ『ナニモシナイヨ』…………おおぅ。遂に人語を解し始めた」

「ナシロ、ガンバ!」

「お、お姉ちゃ「おや、クロシロ。何をしているんだい?」…………よし!」

「だね」

「ど、どうかしたのかね?」

「ね~え~、パ~パ~?」

「ちょっとお願いがあるんだけど、イイカナ?」

「待ちたまえ。笑顔が怖いぞ、2人とも」

「おい、黒白姉妹。ちょっと数学でわかんねぇとこ「アヤトくんも来た!」「これで助かったね!」……オイ、何で俺をそんな眼で見る?」

 

 

 







 地雷を踏んだ宇井さん。
 後日、単独で24区に特攻させられます。

 カネキュンが蟻……じゃない、隻眼の王になったことですし、とりあえずそろそろ完結させます。
 この作品のカネキュンの数少ない不幸は、かっこいいことをするだけの強さを持ってしまったことでしょうか。

 だけど死ねるかどうかは別です。
 むしろ原作でIXAで脳味噌ブッ刺されても生きてたんだから、ウチのカネキュンなら頭吹っ飛んでも大丈夫そうですな。そこまでするかは決めてませんが。

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