RT公式サイト、またはYouTubeにて配信されるほか、日本語吹替版も公開されている。
五年前。
「ヤンの止血は済んだぞ! 運び込め、ゆっくりな!」
「ピュラ! おいしっかりしろ! ピュラ!」
「落ち着いて、ジョーン! 息はある!」
担架に乗せられ運ばれていくのは胸から血を流す、深い紅の髪を持った少女。その理知的で大らかな瞳は伏せられている。医療スタッフに運ばれる彼女の横についた金髪の少年は今にも泣き出しそうな声で横たわる彼女に呼びかけている。
「状態は?」
「オーラが戦闘中に切れたのでしょう。生身で攻撃を食らっていますから、擦過、切り傷、打撲…それにこの胸の傷。今のところ一命は取り留めていますが適切に処置しなければ危険です」
「そんな、ピュラ…!」
黒髪に一房桃色のメッシュが入った東洋風の顔立ちの少年は硬い表情で容態を尋ね、それを聞いた短い髪の少女が泣き崩れる。
「おい、ワイス。ルビーはどうした」
ピュラと呼ばれた満身創痍の少女が運び込まれるのを見送って、猿のような黄金の尻尾と短い髪を持った浅黒い肌の青年が声をかけてくる。
「……居ませんの」
「はぁ? おい冗談抜かしてる場合じゃ」
肩を掴み、珍しく怒気を孕ませた口調で青年が詰め寄る。肩を掴まれた白い髪の小柄な少女はそれを切っ掛けに感情を爆発させるように掴みかかる。
「冗談を言っている顔に見えて!?」
「……っ」
「ルビーは、CCTに登っていったピュラを助けに行きましたわ……そこにはあの、グリムを産み落とすグリムも……」
金髪の青年、サン・ウーコンは声を震わせ始めた白髪の少女、ワイスから思わず手を離した。いつしか他の友人たちも、固唾を呑んで己の言葉に耳を傾けているのを、ワイスは感じた。
「大きな光は皆も見えましたわよね? それが収まったら周りのグリムも消えていて。慌てて屋上に上がった時には……倒れているピュラと、これが」
ワイスが両手に包んでいたのは、彼女を知るものなら誰しもが見たことのある、赤いフード付きのマントだった。それはボロボロに破れ、一部は焼け焦げて、一夜にして起こった混沌の凄まじさを如実に物語っていた。
「じゃあ……なんだよ、ルビーは、ルビーは死んだってのか!?」
「……今、CCTは一時的な通信障害を起こしてますわ。アトラスは増援を送るでしょうから、私は本社の人間と現場を徹底的に調べます。あのルビーが、そう簡単に死ぬはずありませんもの……そうよ、死ぬはず、ない」
硬い表情で生徒避難用のヘリポートから、ワイスは踵を返した。うわ言のように呟く言葉にも生気はなく、サンは一瞬躊躇ってから常よりも細く、小さく見える後ろ姿に手を伸ばそうとして、空を切った。
「おい、ワイス。どこ行くんだよ!?」
呼びかける仲間たちの声に、一度も立ち止まることなく。ワイスは足元に加速用の魔法陣を展開すると、瓦礫と噴煙に塗り込められたビーコンアカデミーへと再び消えていった。
ビーコンアカデミー学長、オズピン教授 行方不明
チームRWBYリーダー、ルビー・ローズ 行方不明
チームRWBY所属、ヤン・シャオロン 右腕切断の重傷
チームJNPR所属、ピュラ・ニコス 意識不明の重態
他死傷者多数
勝者などなく、あまりに大きな喪失に少年たちは立ち竦む。完膚なきまでに破壊された学び舎を、半ばまで砕け散った月が白く照らしていた。
時は戻り、現在。
どこかの街、深夜。人々はほとんどが眠りにつき、明日も変わらぬ日々を過ごす間での束の間の休息の時間。ほぼ七割がた砕け、三日月のようにも見える白い月が薄暗く汚れた路地をほのかに照らしている。
日中の賑わいからは想像もつかない静寂に包まれた街のメインストリートに石畳を蹴り、息を切らして走る音は街の隅々にまで響くのではないかというほどに大きく音の主の男に聞こえていた。
「なんなんだ、あれ…!」
恐怖に駆られ、乱れた呼吸の中に男の嗚咽めいた声が混じる。自分はなぜ逃げているのか、何から追われているのか。それすらもわからない。
ただ一つ、刹那の時間ですら脳裏に強烈に焼付いたのは、風もないはずなのに、近くに花など植えられてもいないのに吹き荒れる赤い花弁と、絵本の死神よろしく大仰な真っ赤な大鎌。そして、何より垣間見たあの銀色の瞳。
思い出し、全身から冷や汗が噴き出るのを感じた男はたまらず路地に駆け込んだ。それが気休めにしか過ぎないとしても、あの赤い死神の目から逃れるには、月が白々と照らす通りにいてはならないと本能的に考えたからだ。
この街の路地は細く、狭く、入り組んでいる。本来であればならずものがたむろするような近づきがたい場所ではあるものの、男にはそこが格好の逃げ場に思えた。めちゃくちゃに逃げ回れば、奴は俺を見失うのでは?
そんな楽観的な考えすら浮かんできた。頭上から聞こえた轟音と、まさに足を踏み出そうとしていた地面が何かがぶつかったことでひび割れているのを見るまでは。
ふわり、と狭い建物の隙間を高さなど感じさせない柔らかな所作で「それ」は降りてきた。右手には銃だろうか、赤い何かを携えたそのシルエットは思ったよりも小柄だ。性別は、わからない。頭をすっぽりと覆うフードとマントは白で、先程ちらりと見えた銀の瞳も今は見えない。
ひ、と男の喉から悲鳴ともつかない音がこぼれた。そいつの持つ赤い銃のようなものが、がしゃがしゃと音を立てて鎌の形をとったのだ。それはまさに男にとって死刑宣告のように思えた。
「なん……なんだよ、俺が何したっていうんだよ!!」
泣きわめくような声。足にはもう力が入らない。目の前の死神に恐怖で体がマヒしている。わけのわからない怒りと恐怖に任せて吠えた男の声は、次第にしわがれ、獣のうめき声のようになる。どす黒い感情が湧きあがり、理不尽な恐怖を植え付けられた怒りに視界がかすむ。頭の中に己のものとも、他の誰かのものとも取れる声がちらつく。
『ころしてやる』
そうだ、殺してやる。内にたまった怒りが突き上げてきて、外側に発露するかと思われた瞬間、目の前から白い影が消えた。呆気にとられ、黒い感情が引き潮のように収まってゆく。
「ごめんね」
それは若い、女の声だった。気が付けば己の隣に薔薇の花弁を散らしながら現れた彼女の言葉の意味がわからず、一瞬内に収まった怒りと引き換えに、男は女越しに路地に捨てられた姿見に自身の姿を見た。黒い、泥のように崩れた体が、獣と混ざるようにいびつに捩くれている。自分のものとわかる赤い瞳が、鏡越しにこちらを見つめ返していた。
『ァ……』
ひゅ、という風を切る音を最後に、何かを言いかけた男は首から上ごとその意識を永遠に刈り取られた。
『……続いてのニュースです。悲惨な殺人がまたしても深夜の街で起こってしまいました。被害者の男性は昨晩、何者かにより首を鋭利な刃物で切断されており、早朝発見されたとのことです』
ニュースキャスターが液晶画面から淀み無い声で事件を伝えている。真剣な表情で原稿を読み上げる若い女性キャスターの下に表示されるテロっプを見つめながら、眠気を払うように飲んだコーヒーが、口内一杯に苦味を伝えてゆっくりと覚醒を促していく。すっかりと癖になってしまった寝起きの習慣だ。
カップをテーブルにおいて、ワイス・シュニーは壁に掛けられたモニターに目を向ける。その青い瞳は僅かに険しく、揶揄混じりに雪の女王と呼ばれるその美しい顔は眉間に寄った皺も相まって冷たさを増した。
その間にもキャスターは尚も原稿を読み続ける。犯行現場の中継映像が映るとそこには被害者が倒れた場所に規制線が引かれ、その周りに赤い何かが散らばっているのが見えた。見慣れた彼女の痕跡に、ちくりと胸の奥が痛む。
『また、現場には花弁のようなものが落ちており、これまでの事件との類似性から連続殺人容疑で現在国際指名手配されているルビー・ローズ容疑者による同様の犯行ではないか、と言われています。五年前、ビーコンアカデミーの英雄とまで言われた彼女が何故……街では疑問や抗議の声なども少なくありません。本日は犯罪心理学の専門家でもある……』
遮るように、スイッチを切る。詰めていた息を吐き出すかのように大きな溜め息が漏れた。どうにも最近増えている。
父から『シュニー・ダスト・カンパニー』を継いでからというもの、一企業の主として気を張ることが増えた。勿論それは自分自身が望んだことでもある。ビーコンを卒業した今では四つの国の中でもその名を知らぬとは言わせないハントレスとして自ら現場で先陣を切ることもある、充実しているといえよう。
漏れ出た溜め息はそこから起因するものではない。
五年経った今でも思い出す、ビーコンが怒号と悲鳴、硝煙と破壊にまみれたあの日。ワイスは大切な相棒を失ったはずだった。それが今にして、予期せぬ形でその名前を耳にしている。連続殺人の容疑を掛けられた国際指名手配犯として。
五年もの間、探し続けてきたのだ。卒業するときには彼女は死亡扱いされていたし、それからずっと、彼女の手がかりは見つからなかったのだから。生きていてくれたという喜びと安堵、そして言いようのない不安感と疑念。SDCの情報を駆使しても真相に辿りつけない焦燥。それが溜め息として胸の中の言いようのない感情を吐き出させていた。
「R.O.X.Y、ドローンでの現場検証の結果を」
ワイスの声に反応するように、先程までニュース番組を写していたモニターに光が灯る。代わりに映し出されたのは彼女が個人的に扱っているアシスタントAI、R.O.X.Yだ。青い瞳に白い犬を模した顔、その身にまとう衣服は執事服。まるでおとぎの国の召使い然とした人工知能は、張りのあるテノールで声を紡ぎ始めた。
それに呼応するようにモニターは、先程のニュース映像で出た現場と同様の場所を真上から見下ろす形で映る画面へと切り替わる。
『おはようございます、お嬢様。過去の六件と同じく、現場から検知されたオーラの残滓と、近くにあった弾痕は、ルビー・ローズ様と『クレセントローズ』の物と一致しております。戦闘の形跡はなく、被害者男性はほぼ無抵抗のまま……』
「もう結構。もう一つの案件の方は」
『はい、お嬢様。現在ヤン・シャオロン様、並びにブレイク・ベラドンナ様はヴェイル王国に滞在しておられるようです』
ヴェイル。かつてワイス達が共に学び、育ったビーコンアカデミーのある国。郷愁の念にふ、と瞳を柔く伏せ、すぐにまたその青い瞳に強い意志を湛えたワイスは椅子から立ち上がりざま言葉を続ける。
「……そう。暫く留守にします。R.O.X.Y、動けるヘリを五分以内に確保なさい。そこに『ミルテンアスター』を積むように。それから先方に来週の打ち合わせと会食のキャンセルを。業務に関しては打ち合わせているとおりに。私も逐一見ているから」
『ですがお嬢様、』
「二度は、言いませんわ」
困惑したと見られる犬頭の紳士を言い含めるように矢継ぎ早に伝えたワイスは、ぴしゃり、と何か言いたげな忠実なる執事へと指先を向け、残ったコーヒーを飲み干して颯爽と部屋を後にしていった。
その後ろ姿が扉の外に消えるのを見送ってから、まるでやれやれと言いたげに画面に取り残されたR.O.X.Yが肩を落とすのと同時に、モニターは映像を途絶えさせた。
かつかつ、と廊下を小柄な身体をそれなりに見せるために履き始めたヒールで鳴らしながら、白のパンツスーツの上から薄青のロングコートを羽織ったワイスは、廊下をすれ違う社員の挨拶もそこそこに返しながら逸る気持ちを抑えるように深呼吸を繰り返した。
「ルビー、必ず見つけ出してやりますわ……待っていなさい」
屋上に併設されたヘリポートに出ると、冬の刺すような風が吹きつけてきた。襟元を立て、険しい寒さの中でワイスは、旧友のいるかつての学び舎のある大陸の方へと視線を向け、小さく呟いた。