機体の横に雪の結晶を模したエンブレムとともに『シュニー・ダスト・カンパニー』のロゴが印字されたヘリが着陸態勢に入る。ダストによる推進力で動くそれは風を吹き上げながらやがて完全に着陸し、そのハッチを開いた。
タラップを降りるワイスは、眼前に発つ二人の友人を認め、改めて再会の喜びに口元が緩むのを自覚した。
風で飛ばされそうになったテンガロンハットを片手で抑え、黒に彼女のエンブレムである燃えるハートを黄色でプリントしたチューブトップの上から丈の短い革のジャケットを羽織り、スカーフを巻き、デニム地のホットパンツにブーツという出で立ちのカウガールのような女性が先に声を掛けた。
「わお。背、伸びたんじゃない? 大人っぽくなったよ」
ヤン・シャオロンは右手のみに着けた肘まで隠れるグローブ越しの手で帽子を取って軽口を挨拶とした。その美しい金の髪は五年前と異なり、肩口までで短く切っており、左右に跳ねていた。
「元気そうね、ワイス」
ヤンの隣から静かな再会の言葉を紡ぐのは黒の外套にどこの言葉か、不思議な紋様にも見える文字を幾重にも編まれたものにすっぼりと身体を包む影のような黒の女性。
豊かに波打つ黒髪と、頭頂部に存在を主張する猫の耳が特徴的なファウナスのブレイク・ベラドンナもまた歩み寄って笑みを浮かべてみせた。
「ええ、二人こそ元気そうで良かったですわ……ヤン、あなたそんな格好で寒くありませんの? 見てるこっちが風邪引きそうですわ」
白のジャケットの下に黒のベスト、真っ赤なネクタイをきっちりと締め、同じく白のパンツルックの上から薄い青のコートを羽織るワイス・シュニーはサイドポニーで前に流した白い己の髪に僅かに触れながら笑みを浮かべた。勿論、ヤンへの軽口の反撃は欠かさない。
ここはビーコン・アカデミーから程近い港町だ。指定した二人との再会場所へとワイスを送り届け、離陸するヘリを見送り改めて二人と向き直った。タラップを降りきった彼女は数年前に比べ、確かに背が伸びていた。
「場所を移しましょうか」
三人は連れ立って港湾区に設けられたヘリポートから歩き出す。ヤンが徐ろに口を開く。
「それで?SDCの社長さまが自ら出張るってことは、ある程度あの子の居場所の目星は付いてるの?」
「……? いいえ?」
歩き出した傍から、ヤンとブレイクは完璧なタイミングで転びかけて前につんのめった。
それをさも不思議そうにワイスが眺めている。極めつけは仲良しですわね、という揶揄混じりの言葉だ。
「そうじゃなくてさ! え、何、ノープランなの!?」
普段から物静かなブレイクですら信じられないというように目を丸くしている。ぽかんとした表情はどこかやはり猫を思わせる。
「まさか。私がそんな無計画に見えて? ルビーの動向を予測することの方がよっぽど無意味ですわ。あの子の奇想天外ぶり、姉のあなたなら十分に理解していると思ったのだけれど」
「そりゃあ……そうだけど」
街中に入ると、人々の奇異と好奇の目が三人に集まるのを肌が感じ取った。それもそのはず。『ビーコン・アカデミーのチームRWBY』といえばヴェイルに住まう人々には特別な意味を持つ。
一つは、五年前の戦いの英雄ルビー・ローズが率いたハンターチームとして。
もう一つは、国際指名手配されている殺人犯ルビー・ローズが居たチームとして。
こと、ヴェイルにおいてはその功績もあってか前者の好意的な捉え方をするものが多数だ。昨今の彼女の容疑に関しても、『ヴェイルの英雄がそんな事をするはずがない。彼女の名を騙った偽物だ』という意見が主流である。
ワイスがヤンたちとの合流場所をヴェイルに決めたのもそれが理由である。彼女の事を調べるにしても、協力的な姿勢を示してもらえる確率が高い。妨害や風評被害による行動の制限を受けなくて済む。
「さて、話の続きですけれど……これを見てもらえる?」
三人は程なくしてカフェへと入った。普段はオープンテラス席が賑わうそこは、冬場ということもあり温かな店内に客は固まっている。ワイスたちもその例に漏れず店内の席に腰掛け、長旅に疲れた身体を背もたれに預けて小さく吐息を漏らしたワイスは己のタブレット型のスクロールを取り出した。画面を展開し、幾つかの写真を二人に見せる。
「これ……グリムね。戦ってるのは、まさか」
「ええ。ルビー、と思われるわ」
画像は粗いが、そこには確かに巨体のグリムを複数相手取る赤い大鎌を携えた女性の後姿が映っていた。
「ルビー……っ!」
ひりつく熱を肌に感じ、顔を上げたワイスはヤンの瞳が菫色から炎のような赤に転じたのを見た。ブレイクが今にも炎を噴き上げそうな彼女の拳を掌で包む。言葉こそ無いものの、落ち着けと言わんばかりのそれにヤンははっと我に返ったように瞬きすると、済まなそうに肩を落とした。
「ごめん、二人共。……大丈夫」
咳払いを一つ、仕切り直しとばかりにワイスは画像を閉じた。そうして運ばれてきたコーヒーを一口啜りながら言葉を続ける。
「この画像も、ヴェイルで撮影されたものですわ。そして、彼女はグリムと戦っている。五年前の一件以来、一時期目撃の減少したグリムがヴァイタル大陸全域で増えているのは知っていますわね」
「ええ。私達もその討伐だったり、ホワイトファングがそれをまた悪用しないようにこっちに渡ってたから」
ブレイクの言葉にワイスも一度頷いた。スクロールに表示されているのは、五年前からここ数週間にわたるヴァイタル大陸におけるグリム被害に対する通報件数のグラフだった。数年の間、低い位置を横ばいになっていたそれはこの一年足らずで右肩上がりに上昇している。
ワイスはその上からいくつかの写真を同じように表示させた。それはどれも少なくとも数十はいると思われるグリムの中、鎌を振るうフードをかぶった白いマントの女性だ。
「我が社のドローンで撮影したものだけでもこれだけの枚数、あの子はグリムとの交戦を繰り返している。他のハンターの証言では、グリムの大群に囲まれてもうだめだと思った時、薔薇の花びらが突風と一緒に吹き荒れて、気が付いたらグリムがあらかた全滅していた、なんてものもありますわ」
「増加しているグリムを、ルビーが狩りに来ている……ってこと?」
「……それじゃ殺人事件の方は?グリムとは何の関係もないじゃない」
ブレイクの言葉に二人共が黙り込む。そこに手を焼いている、と言わんばかりに大きな溜め息を漏らしたワイスは更に幾つかの画像を表示させた。今度はグリムとの交戦ではなく、ニュースなどでも報道された殺人現場の写真だ。規制線を引かれた現場を上空から撮ったものになる。
そこに被害者となった人間の顔写真が浮かぶ。更にその横に表示された文字はいずれも個人情報だ。
「それがわかりませんの。殺された被害者の共通点は……強いて言えば全員が五年前のあの時、ビーコンもしくはその周辺に居た人間、ということね。ヴェイル内の犯行なのだから当たり前といえば、そうなのですけれど」
いよいよ検証に行き詰まったという三人が一様に難しい顔で唸り始めた頃。不意にけたたましい警報音が鳴り響いた。
『緊急警報。緊急警報。グリムの出現を感知しました。ゲートを封鎖します、市民のみなさんは落ち着いて、職員の指示に従い最寄りのシェルターへ避難してください。繰り返します、グリムの出現を感知しました……』
「店主!ここに連絡して、後で代金を請求なさい!ヤン、ブレイク!」
「オッケー!」
「ええ……!」
逃げようと店外に出てきた店主と思われる初老の男性に詰め寄ったワイスは自身の名刺を押し付けてヤンとブレイクに声を掛けた。二人共跳ねるように椅子から立ち上がり街の外側、内陸の街道へと繫ぐ道へと駆け出し始めている。
それを確認したワイスは駆け出した二人を追いかけながらスクロールを開く。
「R.O.X.Y! 『ミルテンアスター』を指定の座標に投下! レーダーの感度を最大にしてルビーのオーラを見逃さないように!」
『かしこまりました、お嬢様。ご武運を』
液晶の中に現れた犬顔の執事に指示を飛ばし、ワイスは足元に加速の魔法陣を展開し、随分先を行った二人に追いつくべく、アスファルトを滑るように駆け出した。