「……、じゃあこういうことか? 倒されたグリムが集まって巨大化したって?」
偵察に出ていたヘリキャリアのパイロットは、ジョーン・アークの素っ頓狂な声にはい、と短く返した。
ビーコンより南の位置にある港町のゲート付近に発生した百体弱のグリムの出現報告を聞き、ビーコン・アカデミーがチームJNPRに出撃要請を出したのが15分前。丁度任務を終えたハンターたちを乗せ、帰投する所だったヘリキャリアのパイロットだった彼はビーコンに戻る途中、その戦闘の一部を見たのだという。
いわく、たった三人のハンターが街の目の前で防衛戦を繰り広げていた。殆どを全滅させたところでグリム達が一つに固まり大型の見たこともないタイプに変化したと。
ジョーンは眉唾もののその話を語るパイロットの落ち着いた口調から、それが出任せやパニックからなる幻覚ではないことは感じ取った。
その上で事態を断定するのを躊躇ったように隣に腰掛ける青年に顔を向けた。
「どう思う、レン」
「彼の口振りからしてグリムの件はほぼ間違いないでしょう。出撃要請が取り消されなかったことを見ても、その三人のハンターは未だ戦闘中か……あるいは」
「パクっと食べられちゃってたりして!」
背中の中ほどまである黒い髪を細く束ね、左右に分けた前髪に一房ピンク色のメッシュを入れた青年、ライ・レンは右目を片眼鏡越しに細めて言葉を紡ぐ。落ち着いたその分析はしかし、横から口を挟んできた跳ねっ毛気味の明るい茶髪の女性に遮られた。
「ノーラ、縁起でもないことを言わない」
レンがすかさず渋面で言葉を被せた事で唇を尖らせ、乗り出した身体をシートに戻した跳ね気味の茶髪を持った女性、ノーラ・ヴァルキリーはつまらなそうに肩を竦めた。
「レンこそ悲観的じゃない? 百体くらいいたグリムをほとんどやっつけたんでしょ? その人ら。だったらそう簡単にやられたりはしないんじゃない?」
「それは、そうかもしれませんが」
脚を組み、膝に頬杖をついたノーラの言葉にレンとジョーンは顔を見合わせる。ヘリキャリアのパイロットの語りぶりから見ても、手練のハンターだろう。
「でも、戦いに絶対なんて無いだろ。気を引き締めていくに越したことない」
「ジョーン! あなたの言う通りです!」
それまで会話に参加せずにきょろきょろとその視線を代わる代わる声の主に忙しなく向けていた少女が徐ろに声を上げた。
チームJNPR最後の一人、アトラスにおいて開発されたオーラを生み出すことの出来る世界初の存在。人造人間ペニー・ポレンディーナ。
五年前のヴァイタル・フェスティバルにおいて、シンダー・フォール達の企みに利用され、破壊された彼女はビーコンで回収されており、秘密裏にバックアップファイルを修復したボディにインストールされて再びその稼働を再開したのである。
戦線を離脱したJNPRのメンバー、ピュラ・ニコスに代わってチームへと入り、生来の素直さでチームにも上手く溶け込んでいる。
彼女は内巻きに癖のついたショートボブの髪を揺らすほどこくこくと頷き、およそ人間と変わらないような表情と流暢さで言葉を続ける。
「ここ数年、各地のハンターの交戦記録からも、グリムの予期せぬ行動、また新種のグリムの目撃報告は増加傾向を示しています。つまり、油断大敵ですね!」
ふん。と拳を握り込んで一人意気込むその様に何やら弛緩しかけた空気の中、頭をがしがしと掻いた後、ジョーンはゆっくりと腰を上げた。窓の外を見れば既に作戦区域上空だ。
高度を下げるにつれて見えてくるのは、巨大な身体を八本の大木のような脚で支える蜘蛛型のグリムだ。その足元に光がちかちかと明滅している。ダストの閃光だろう。
ヘリのハッチが開いたところで、覗き込んだ四人は一様に目を丸くした。
「あれは……!」
「まさか、ワイス!?」
「ブレイクとヤンもいる!」
「助けましょう! 防戦一方です!」
ペニーは我先にとヘリキャリアのハッチから空中へ身を投げた。オーラで身体能力を強化していることに加え、そもそもそのボディ自体が頑丈な彼女はその質量自体が武器にもなる。
「やぁぁあっ!」
落下の加速を乗せたかかと落としが、グリムの頭部、鎧兜のように発達した硬質の甲殻を打ち据えた。砕くには至らず、しかし大きく身を沈ませたグリムの身体を蹴りつけて宙返りを決めたペニーはワイス達の前に着地した。
「……な、ペニー!?」
「お久しぶりですね、お元気でしたか?」
首をひねり、背後で驚愕の声を上げるワイスたちに向けてにか、と笑みを零してペニーは何でもないことのように挨拶を交わした。
「ぃいいやっほおお!」
直後、頭部に受けた衝撃で動きを鈍らせたグリムが立ち直る。やおら沈んでいた身体を八本の脚で持ち上げた所に、その上空からなんとも上機嫌な気勢が響く。
思わずワイスらが見上げた先、文字通りグリムの頭上に鉄槌が降ってきた。見紛うはずがない。その天真爛漫で破天荒な攻撃を行うのはワイスの旧知の仲でもルビーを除けば彼女一人だ。
ノーラ・ヴァルキリーは柄にピンクのリボンのような意匠を施した白いハンマー、まるで稲妻を模した装飾の『ニョルニル』を叩きつけ、そのグリップに備えたトリガーを引くとヘッドの反対側からダストが爆発的に噴射され、更にその勢いで完全にグリムの頭部を地面にめり込ませた。
「ハーイ! 元気してた?」
「ノーラ後ろ見て!」
グリムの頭に乗り、ハンマーを杖にしながら右手で敬礼しつつウィンクを決めてみせたノーラだったがヤンの声に慌てて背後を見ると、グリムの尻部分が開き、まさに蜘蛛の糸と呼ぶべき粘質の糸を吐き出す所だった。
慌ててハンマーで殴り返すもそのヘッドに絡みついた糸は叩き潰すことも出来ず、グリムの頭部の上でノーラがジタバタと身を捩る。
「ノーラ、そのままで!」
「うおおお!!」
緑色の旋風が直下してきた錯覚とともに、ノーラが力いっぱい引っ張って綱引きの様相を呈したそれを真上から断ち切った。
両手両足に装備された刃付きの小型機関銃を備えた赤銅色の『ムーシュー』による渾身のかかと落としでノーラを救出したライ・レンに続き、気勢を上げながらジョーン・アークが降下してくる。
直剣、『クロケア・モルス』で粘糸の噴出器官を斬りつけて、ノーラとレンが飛び退くのを見てから深追いすることなく己も横飛びにグリムの上から飛び降りた。
直後頭を半ばめり込んだ地面から引き上げて咆哮したグリムを前に、ワイス達三人との間に立ちふさがるようにJNPRの面々が構えた。
突然の再会に驚くばかりのワイス達に向けてジョーンが首を向ける。
「ワイス、ブレイク、ヤン。久々だな、大丈夫か?」
「え、ええ……でも、あなたたち」
呆気に取られながらも彼らの参戦により少なくともワイスは『ミルテンアスターDD』の操作の手を緩めることが出来、その集中力を回復したし、ヤンの肩を借りていたブレイクもファウナス由来の回復力で立ち直りを見せた。
「積もる話はお互いに。ですが今はこいつを」
ノーラとペニーの頭部への強烈な打撃をもってしても怒り狂って暴れるほどの体力を誇るそいつに振り返らずに継げたレンの言葉にワイスたちも頷いた。
七人が並び立ち、それぞれに獲物を構えて蜘蛛のグリムへと殺到する。槍の雨のような八本の脚を潜り抜けて、ブレイクとレンが守りの弱い腹側からの攻撃を狙うべく肉薄した。
「レン!」
「ええ……!」
ブレイクの投擲剣が二本真っ直ぐに飛び突き立てられるとその上をレンが綱渡りの曲芸のように疾走し、腹部に腰だめから繰り出した掌底を打ち込んだ。
ライ・レンのセンブランスである、相手の体内へと攻撃力に変換したオーラを叩き込む能力で蜘蛛のグリムは一瞬身を浮かせた。
「っおらぁあ!」
「おらー!」
僅かに身を浮かせたその隙を逃さず、ヤンとペニーががら空きの顎を打ち上げるようにアッパーカットで掬い上げる。跳ね上げるようにして完全に腹部を見せた蜘蛛のグリムの腹にワイスの『ミルテンアスターDD』が殺到し、幾重にも斬り刻む。
それでもその闘志を陰らせることなく粘糸が真っ直ぐにワイスの方に打ち出された。それをジョーンが盾で受け止め、『クロケア・モルス』で断ち切った。その影からノーラが爆発的なダストの加速で飛び出してゆく。
「そーれ、もういっちょ!」
渾身の一振りが露わになったままのグリムの腹部を強打する。その瞬間、トリガーを引ききった事で駄目押しの加速をつけた『ニョルニル』の一振りで、グリムは十数メートル後ろに吹き飛んだ。
背中から地面を削り倒れ伏したグリムへと、とどめとばかりにジョーンが疾駆する。それに気づいたノーラが『ニョルニル』を下段に構え腰を落とす。
「ノーラ!」
「がってーん!」
ジョーンの跳躍に合わせ、下から上にノーラがハンマーを振り上げる。靴底にその力を受けて高く跳躍したジョーンが盾に剣を重ねるように構えた。
「おおお!」
次の瞬間、盾が左右に割れ、刀身を挟み込むように展開。更に剣先に向かって盾自体が伸長してゆき、幅広の大剣の刀身となった。更に柄が伸び、両手で保持するように変形し、刀身からはジョーンの莫大な量のオーラを変換した純白の光の刃が伸びる。
自身の二倍はある光の大剣とかした『クロケア・モルス』の強化発展形態、『リベレーションオブオルレアン』を大上段に構えたジョーンは落下の勢いを乗せて渾身の一刀を起き上がろうともがくグリムの身体に叩き込んだ。
「━━!!」
グリムの断末魔が響き、同時に真っ二つとなった蜘蛛は醜く蠢いた後に完全にその動きを停止した。
「やりました! チームの勝利です!」
ジョーンが再び鞘と剣に分離した得物を納めると同時に、ペニーがきゃっきゃと飛び跳ねながら歓喜の声を上げる。
「……助かりましたわ、ジョーン」
ぐずぐずと融けるように塵となって消えてゆくグリムを見ながら、ワイスはかつて己に好意を寄せていた青年に声をかけ、薄く笑みを浮かべた。それに気付いたジョーンは眉尻を下げてはにかむような表情を浮かべる。
「元気してた? みんな」
『ジョニーブレイズ』を右手の手袋を嵌めて納めたヤンも改めてテンガロンハットを被り直し、それぞれ得物をしまうレン達に笑いかけた。ノーラはブイサインでそれに応え、レンもその傍らで薄く笑みを浮かべた。
「えへへ! もちろん!」
「おかげさまで。あなた達も息災なようで安心しました」
「それにしても……何で私達がここで戦ってるとわかったの?」
ブレイクは近場にあった岩に腰掛けると一息をついてから、問いをJNPRに投げかけた。ワイスとヤンもその言葉にそういえばとリーダーであるジョーンの方へ視線を向けた。
「ああ、俺たちは今ビーコン直属のハンターをしててさ。ビーコンに連絡があったんだよ、ハンターチームを寄越してくれって」
「そこで駆けつけてみたら驚き、あなたがたと再会しました!」
ペニーが大げさなリアクションを付けて驚きを表現する。そのオーバーな動きに皆の表情からは和やかな笑みが漏れた。
「ジョーン、あのことも」
「ん……そうだな。なぁ、ワイス、ブレイク、ヤン。三人にも頼みたいことがあるんだ。急がないならビーコンに寄ってくれないか?」
耳打ちしたレンの言葉にその雰囲気を抜け出してジョーンがワイス達に声を掛けた。かつての学び舎への招待、それは本来喜ぶべきことながらワイス達は二つ返事とは行かなかった。
「ジョーン、私達もビーコンには行きたいのですけれど……」
困ったようにワイスが切り出そうとした言葉をジョーンが再び遮った。
「俺たちは今、ある調査を命じられてるんだ。とある人物への接触、可能ならその逮捕を」
「ねえ、それ……」
ヤンが僅かに色めきだったのが全員に伝わった。ちり、と和みかけた空気の中でヤンの髪が炎のように輝き始めるのを見ながら、言葉に詰まったジョーンへ助け舟を出すように、レンが一歩前へと出てきた。
「ええ、お察しのとおりです。我々は、連続殺人事件容疑者、ルビー・ローズへの接触、また逮捕を命じられ、調査に取り掛かるところなのです」
再会の喜びを塗り潰す重苦しい沈黙が、グリム達のいなくなった事で警報が解除された街のゲートが開く音だけをやたらと大きく響かせていた。