First kissからはじまる~ふたりのコツのHistory
そんな感じ
室内に朝の陽光が窓から差し込んでいる。部屋は十二畳程の広さがあり、南に硝子の嵌まった窓、北に木製の扉、東に大きいタンス、西に柔らかいベッドが置かれ、それら調度品は高価なアンティークに見えただろう。椅子の一つに腰掛けているその少女を見れば、桃色がかったブロンドの髪が陽光に照らされ光っている。宝石のような鳶色の瞳。透き通る白い肌。高貴さを感じさせるつくりの良い鼻。まるで一つの絵画のように部屋の景色は完成していた。
しかし一方で、絵画の題名を変更せざる終えない『それ』が対面の椅子に腰掛けている。それは闇を切り取った様な漆黒のローブを纏い、見る者に【死】を予感させる真っ白な骨を、珍妙な仮面と無骨な籠手で隠している存在であった。昨日はしていた両肩の装備を、今は外している。
『邪悪な魔法使い』から『禍々しい魔法使い』くらいまで落ち着いた姿になっている。二人はテーブルを挟んだ椅子に腰掛けて、話をしていた。
「聞くのが遅れたな。使い魔は基本的に何をすればいいんだ?」
「そうね、まず使い魔には主人の目となり、耳となる能力が与えられるわ」
目や耳になるか。主人に使い魔の見た景色や聞いた音を共有させる事だろうな。<不死の奴隷・視力>の様なものだろうか?
「でも無理みたいね。わたし、何にも見えないもん」
「理由はわかるか?」
「知らないわ。それから、主人の望む物を見つけてきたりするわ。たとえば秘薬を集めたり」
「秘薬?」
「特定の魔法を使うときに使用する触媒よ。硫黄とか、珍しい薬草とかね」
鈴木悟のビルドは死霊系に強化している。そのため生産系の職業を持つ余裕が無く、その手の技能を一切持ち合わせていない以上、ヴァリエールが望むような素材を集めることは期待出来ないだろう。
「そして、これが一番なんだけど・・・使い魔はご主人様を守る存在であるのよ!敵を追い払い、主人を守るのが役目なの!」
ヴァリエールを守る。昨晩の間に魔法や特殊技術、アイテムや装備の簡単な確認は終わっている。巻物、短杖、杖、武器、防具、装飾品、宝石、ポーションに代表される消費アイテム。膨大な数の魔法の道具。間違いなく使用出来ることが分かった。これらを駆使すれば問題無くヴァリエールの身を守ることが可能だと思える。
しかし、この世界特有の魔法や武器、マジックアイテムの存在に対し情報がない以上絶対ではない。
(情報が足りていない現状、慢心するのは愚かだ。学院から得られる情報以外に街や都市からも情報を集めなければな)
「そうね、あとやっぱり、掃除、洗濯、その他雑用ね!」
ヴァリエールが指を指した先、籠に一杯になった洗濯物らしき物が置いてある。正直先程から視界の端に写り込んでいたが、努めて無視していたのだ。
薄々気付きながらも一応確認する。
「なんだそれは」
「決まっているじゃない。洗濯物よ」
それを俺にどうしろと?言葉に出そうなるが口の中に留める。
「少し溜まっちゃったからそれ、全部洗っておいて」
「俺は言ったはずだが?隷属はしない。出来る限り対等に扱えとな」
「あら、十分対等に扱っているつもりだけど?それにあなた言ったじゃない。『精一杯サポートする』って」
「サポートとはそういう意味じゃないと思うが?」
「じゃあ、あなた何が出来るの?」
言葉に詰まる。魔法や特殊技術は問題無く使用出来たが、この世界の住民にとって悟の出来ることは普通じゃない可能性が在るのだ。・・・逆に自分の出来ることが彼女らにとってショボい可能性が在るにはあるが。
(俺の出来ることがショボく、意味のないものだった場合、本当にサポート出来ることが洗濯、掃除、雑用しかないんじゃ無いだろうか)
割烹着を着込み、シンデレラの様に働く骸骨を想像し、頭を振って霧散させる。
(そういえばシンデレラって『灰被りのレラ』って意味だったか?誰かにそんなことを教えてもらったような?しかし灰被りか、シンデレラは実は煙突掃除の女性だったんだろうか)
そのように現実逃避していると、悟の精神を追い詰める爆弾が投下される。
「文句無いようね?じゃあまずは洗濯をお願い。下着もあるから優しく洗ってね」
下着を洗えと聞いた瞬間、悟は迷わず洗濯物の篭に<清潔>の魔法をかけた。女性の下着を破かない様に丁寧に洗う自分の姿を想像した為だ。…あと、何故だろう。雄々しい二対の翼を幻視した気がした。
(冗談じゃない!)
悟の手は肉も皮もない。骨のみの手だ。先は鋭く尖っており、容易く破いてしまうだろう。ガントレットを装着したまま洗うのも論外。そしてなにより、傍から見れば、それはあまりに情けない姿に映るだろうから。
魔法を受けた洗濯物の篭から清潔感のある香りが漂う。これで洗濯物は文句在るまい。そう言おうとヴァリエールを見ると顔がひきつっているのが見えた。両手の拳が握られており、微妙に震えている。
「あ、あんたやっぱり魔法が使えたのね」
「まあ、少しはな」
「それにしてもあんた、今どうやって魔法を使ったの『杖もなしに』?」
「え」
自身の犯した間違いを瞬時に悟り、正すために行動に移す。懐からアイテムボックスに手を入れ、一本の短杖を取り出す。それは象牙でできており、先端部分には黄金をかぶせ、握り手にはルーンが掘られ、神聖な空気を放っていた。
「…いやいや杖なら持っていたぞ?ちゃんと服の下にな」
危なかった。どうやらメイジは杖がないと魔法が使えないらしい。とっさの思い付きで懐から『蘇生の短杖』を取り出したのだ。
蘇生の短杖に込められている魔法は<蘇生>であり、死者を生き返らせる効果がある。当然<清潔>なんて魔法は込められていない。こういうところでもメイジと魔法詠唱者の違いを知る。
「へー、あんた、幾つも立派な杖を持っているのね?そういえば昨日持ってたあの黄金の杖は?」
「ああ、それならここに仕舞ってあるぞ」
アイテムボックスから、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを少し引き出し、七匹の蛇が絡まった部分を見せる。なぜだかヴァリエールの目が段々と鋭くなっている。
「なにそれ?空間から物を取り出すなんて見たことも聞いたことも無いんだけど?」
「・・・そ、そういうマジック・アイテムなんだよ」
今後、何か突っ込まれたらマジックアイテムのせいにしよう。悟はそう決意する。
準備を済まさせ、共に部屋を出ると。同じような木製の扉が三つ並んでいる。その扉の一つの前に、燃えるような赤色の髪を腰まで伸ばしている女性が立っていた。
ヴァリエールよりも背が高く、彫りが深い顔に、健康的な褐色の肌をしている。突き出るような大きい胸を見せつけるようにブラウスの一番上、二番目のボタンが外されており、むせるような色気を振りまいている様だった。なにもかもヴァリエールとは対象的、そんな印象を受ける。だが一瞬、悟を見る瞳になにやら鋭い物が含まれていたことは誰も気がつくことはなかった。
「あら、おはよう。キュルケ」
「・・・おはようルイズ。思ったより元気そうね」
良かった。と呟かれた言葉はヴァリエールには届かず、悟の優れた聴力にのみ届く。
(この娘もしかして、ヴァリエールの体を心配している?昨日もやたら顔色が悪かったからな)
「お嬢様のご友人でしょうか?」
「違うわよ!誰がゲルマニアなんかと友達にならないといけないのよ!」
いきなり強く否定され、女性の口角がつり上がり、剣呑な空気が漂い始める。
「こちらも『ゼロのルイズ』なんて願い下げですわ」
ルイズの肩が上がり表情が険しくなる。まずい。これはよくない。流れを変えるために、女性の後ろに控えている、虎程の大きさを持ち、尻尾が燃えさかる炎で出来た『それ』について尋ねる。
「し、失礼!私は鈴木悟と言います。そちらの使い魔は、サラマンダーでしょうか?」
「そう。サラマンダーの『フレイム』よ。見てこの尻尾。ここまで鮮やかなで大きい炎の尻尾は、間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ?好事家に見せたら値段なんかつかないんだから。私はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。二つ名は『微熱』ですわ。でもスズキ・サトル?へんな名前ねぇ」
話しを狙った方向に転がすことが出来、安堵する。レア物と聞き、若干コレクターとしての興味が湧くが、一旦置いておく。
しかし、二重の意味でお前もか、と思った。
(だから!名前が長いんだよ!しかも、こいつも変わった名前って・・・。やっと思い出せた親からもらった名前なんだ。そりゃたしかに?貴族の立派な名前と比べりゃ劣るかもしれないけどさあ)
「ゲルマニアの貴族の名前なんて覚えなくてもいいわよ。それにしても何?自分の使い魔を自慢するために廊下に立ってたの?」
ゲルマニア?・・・確か帝政ゲルマニアだったか。このトリスタイン王国の隣国に位置し、地図を見た限り、およそ領土が十倍くらい大きかったな。
隣国の貴族、つまりは留学生か。よその国からも生徒が集まるなら、この学院はかなり位が高いといえるだろう。
「…ええそうよ。でも満足したからもういいわ」
「…あっそう。行くわよサトル」
ルイズは朝食をとるために食堂に向かい歩き出す。悟はキュルケに一礼し、ルイズを追った。
廊下の角を曲り、の二人の姿が見えなくなると、ぽつりと呟く。
「…なによ、心配して損しちゃった。私らしくもない」
しかし思う。ルイズが召喚した使い魔のことを。トライアングルメイジとして、それなりに実戦経験を持ち、優秀なキュルケですら見たことも聞いたこともない動く骸骨のことを。
「ミスタ・・・ミスタで良いのかしら?サトルか」
昨日、あれほど恐ろしい雰囲気を放っていた存在が、挨拶してきたり、気をつかって話をそらそうとしたりと、まるで『普通』の人間のような。そう、まさに一般人。そんな印象を受けた。服装は全く普通ではないが。
「・・・普通の人間?そんなわけないじゃない」
そう呟き、自らの使い魔であるサラマンダーのフレイムを見つめる。彼らは気付かなかったようだが、瞳には明らかに怯えの色が宿っており、キュルケに甘えるようにきゅるると鳴いている。
「フレイムがこんなに怯えてる。やっぱり警戒は必要ね」
トリステイン魔法学院の食堂は、学院の敷地内の塔で最も大きい、中央の本塔の内部にある。食堂には長大なテーブルが川の字に三つ並び、百人は優に座れる程の長さを誇っていた。二年生であるルイズらのテーブルは真ん中である。マントの色で学年は決まっており、三年生は紫色。一年生は茶色のマントを羽織っている。朝食、昼食、夕食を学院にいる全て—生徒も教師も含め—のメイジがこの食堂で食事を摂るのだ。一階の上にはロフトの中階があり、教師達が歓談しているのが見える。全てのテーブルに、いくつもの蝋燭や、フルーツが盛られた籠が乗せられ、豪華に飾りがなされている。
「ずいぶんと立派な食堂だな」
「当たり前じゃない。いいこと?トリステイン魔法学院で教えるのは魔法だけじゃないの」
「ほう」
「『貴族は魔法をもってしてその精神となす』。ここではね、貴族たるべき教育を存分に受けるの。だから食卓も貴族が食事するにふさわしいものでならなければならないのよ。なんたってトリステイン魔法学院が誇る 『アルヴィーズの食堂』。平民は絶対入れないんだからね。今回は特別にあんたを入れてあげたんだから私に感謝なさい」
なぜか自慢気のルイズを横目に、ふと気になるものが目に入った。それは小人のような外見をしており、たくさん壁際に並んでいる。
「あの石像はなんだ?」
「『アルヴィー』よ。この食堂の名前の由来になった」
「あれらは動くのか?」
「よく分かったわね。というか踊ってるわ」
ゴーレムの一種だろうか。後でこっそり<道具上位鑑定>を使ってみようと考えた。
「それより早く椅子を引いてちょうだい。ご主人様の立場を尊重してくれるんじゃなかったの?気が利かない使い魔ね」
偉そうに言われ少し苛つくも、相手は子供であり、立場がある以上この言い様は仕方がないと諦め、椅子を引いてやる。
全ての生徒が席に付き、お祈りが唱和される。ルイズも目を瞑り、それに加わった。
「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうことを感謝いたします」
テーブルの上には豪華な食事が並べられている。この一食だけでも、所得が少ない者にとってとんでもない値をするだろう。いかにも上位階級が腹に納めそうな内容になっている。
(これでささやかなお恵みか、どこにでもいるのだな)
・・・勝ち組は。一瞬頭に過る暗い考えを溜息と共に吐き出す。そもそも自分は食事が出来ない種族『超越者』。彼女達に嫉妬する必要はないし、彼女達がなにかしたわけでもない。格差があるのは当たり前で、社会が『そう』あるだけだ。
だが。
「俺は少し外を見てくる。食事が終わったらまた会おう」
食べることが出来ない以上、美味しそうに食べている姿を見るのは苦痛なため、学院の庭を散歩することにする。ヴァリエールの隣の床に皿が置いてあったが、何かペットでも飼っているのだろうか。彼女の部屋の隅に藁が積んであったし、今度聞いてみよう。
上空で眺めていた時気付いたが、学院は五角形の壁に囲まれており、それぞれの頂点と学院中央に塔が立てられている構造になっている。中庭の芝生は綺麗に狩り揃えられており管理が行き届いていることを知らせてくれる。
人目につきにくい場所に移動したら探知魔法を使用し、誰も見ていない事がわかると次に、<完全不可知化>を発動する。夜間に思い付いた情報収集を試してみるのだ。
悟が使用できる特殊技術の一つに、上位アンデッド創造がある。一日に四体、七十レベルまでのアンデッドモンスターを創造することが出来る能力だ。
これに自身の切り札である暗黒儀式習熟によるアンデッド創造特殊技術の強化を組み合わせ、上位アンデッド創造を二回分消費し、最大九十レベル弱のアンデッドを創造出来るのだ。
「とりあえずこいつで様子を見るか」
召喚したのは九十レベル台の隠密に特化させたアンデッドモンスター。これをまず食堂のど真ん中を通過させ生徒の中にこいつを看破できる者がいるか確認する。次に学院内を一周させ、セキュリティの程度や、教師陣の索敵能力を試すのだ。<不死の奴隷・視界>も発動し、学院内の構造も確認するのである。十分もしない内にアンデッドは戻って来た。悟は安堵のため息をつく。
(看破されなかったか・・・。学院内の情報収集はこれで目処が付いたな。今のでいくつか気になる場所も見つけたし、夜中に調べてみるか。そろそろ朝食の時間も終わるだろうし、ヴァリエールと合流しなければな)
魔法学院の教室は、大昔の資料で見た大学の講義室の様だった。それが石で出来ており、一番下の段に教師が立っている。そこから階段の様に、生徒が座る席が続いている。ルイズに続き悟が中に入ると、先に教室に集まっていた生徒達が一斉に振り向き、そしてすぐ視線をそらした。
先程廊下で会ったツェルプストーもおり、周囲を男子達が囲っていた。まああれほどの色気を振りまいていたのである。まるで女王のように祭り上げられていた。
皆様々な使い魔を連れていた。梟、烏、黒猫や、窓からは巨大な蛇が覗いている。キュルケのサラマンダーも椅子の下に潜り込んでいた。悟が教室に入ると、殆どの使い魔や生徒が静かになり、明らかに歓迎されていない空気が漂う。
若干居心地が悪くなったため、ヴァリエールに告げ、外で待っていることを伝える。少女は何か言いたげだったが、「分かったわ。じゃあ大人しく待ってて」と了承してくれた。
(・・・なんてな。折角この世界の常識を得られるんだ。この機会を逃す手はない)
人気がないとこまで移動し、すぐに<完全不可知化>を使用し教室に忍びこむ。そして解読の眼鏡を装着しノートとペンを取り出す。
・・・もし看破できる者がいれば、眼鏡を掛けた骸骨が、懸命に授業を受ける姿を見ることが出来たことだろう。
教室では紫色のローブに身を包み、帽子を被っているふくよかな体型が優しそうな雰囲気を放つ、妙齢の女性が教壇にたち、授業を行っていた。彼女もメイジだろう。二つ名を『赤土』と名乗っていた。
「皆さん春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔達を見るのがとても楽しみなのですよ。あらミス・ヴァリエール。あなたは使い魔をお連れにならなかった様ですわね」
ルイズは俯き、面白くなさそうな顔をしている。教室に含み笑いが広がった。短めの金髪にぽっちゃりとした体型を持つ少年が、ルイズに茶々をいれる。
「ゼロのルイズ!召喚出来ないからって、どこの墓からあの骸骨を掘ってきたんだ!?」
「な!ち、ちがうわ!私成功したもの!召喚したところあんたも見てたでしょ!」
「眩しすぎてよく見えなかったな!光らした間にどっかの棺から連れて来たんだろ!『ゼロのルイズ』」
「ミセス・シュヴルーズ!侮辱されました!風っ引きのマリコルヌが私を侮辱したわ!」
「な!誰が風っ引きだ!俺は『風上』の・・・」
「ミスタ・グランドプレ、どうしました?」
「いえ、なんでもありません。言いすぎました。すまなかったよルイズ」
「え?・・・わ、わかったらいいのよ」
「そうですね。お友達をゼロだの風っ引きだの呼んではいけません。すぐに謝ったのは偉いですよ、ミスタ・グランドプレ。でしょう?ミス・ヴァリエール」
「・・・はい、そう思います」
「では、授業を始めますよ」
マルコルムの態度が急変したうえに、瞳にあった光が失われていた。皆怪訝な表情をするが、すぐに誰も気にしなくなる。マルコルヌの様子もすぐに戻り、納得いっていない様子だったが、なにも言うこと無く、黙っていた。
そうして授業は順調に進んでいく。
(なるほどな、まったく良い勉強になる。しかし『錬金』とはとんでもない魔法だな)
教師は早速実演として、机の上の石に魔法をかけ、石を真鍮に変えてしまったのだ。
教師いわく、系統魔法とは『火』『水』『風』『土』の四系統があり、失われたとされる『虚無』と呼ばれる幻の系統を合わせて五つだということ。
メイジにはレベルがあり、足せる系統によりドット、ライン、トライアングル、スクウェアと区別されることだ。つまり最大、足せることの出来る系統は四つまでということ。そしてこのシュヴルーズという教師はトライアングルメイジだという。
スクウェアメイジともなれば、道ばたの石ころも黄金に変えることができるそうだ。・・・今は持ってないが、エクスチェンジボックスがあれば査定に変化がないか試したかったが。
(だが、大雑把な区分けだな。それだけでは正確な戦闘力が分かりにくいじゃないか)
「それでは、どなたかにこの石に『練金』を施していただきます。そうですね、ではミス・ヴァリエール。お願いしますよ」
指名されたルイズは立ち上がらない。身動ぎするのみで困ったような顔をしている。不思議そうな顔をした後、再び教師が催促すると、キュルケが止めた方が良いと忠告したり、他の生徒がそれに同意する。何でもこの教師はルイズを教えるのは初めてだそうだが・・・
(なにが起きるというんだ?)
教師が三度催促し、ルイズはついに了承する。他の生徒は真剣に制止するも、無視して教壇へ立ってしまう。
「よろしい。ではミス・ヴァリエール。錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのですよ」
頷いて、手に持った杖を振り上げる。真剣な顔で呪文を唱えようとしている少女は、なるほど確かに愛くるしい。
しかし、教壇近くに座っていた生徒達が慌てるように椅子の下に隠れてしまう。まるで危険から身を守るように。
少女は短くルーンを唱え、杖を振り下ろした。・・・瞬間、石は机ごと爆発した。
爆風を受け、ルイズとシュヴルーズが黒板に叩きつけられる。生徒からは悲鳴が上がり、使い魔は驚いて暴れ回り、教室内は阿鼻叫喚となった。
だが、当の犯人であるルイズは、煤で真っ黒になり、服も無残に荒れ果てた事に、意に介した様子も無く立ち上がり、淡々と。
「ちょっと失敗したみたいね」
などと言い放った。被害を受けた生徒から盛大にバッシングを受ける。
(なるほどな。『ゼロのルイズ』なんて呼ばれていたのはこれのことか)
どんな魔法であれ、望んだ結果は得られず、爆発で終わってしまう。魔法の才能『ゼロ』。それがこの少女に対する周りの評価であり事実なのだろう。どんな理屈でそうなるのか想像つかないが、このままでは留年や退学も見えてくると言うわけだ。
(やれやれ、『卒業するまで』か。できれば順調に卒業してもらって、俺は冒険に行きたいんだけどなぁ)
他の生徒や使い魔が退室したのを見計らい、一旦外に出て、不可知化を解除する。そして素知らぬ顔で教室に入ると、ヴァリエールがこちらに気付き、気まずそうに目をそらしたが。
「気にするな。さぁ、とっとと掃除を済まして次の授業に備えようじゃないか」
トリステイン王国きっての名門トリステイン学院の長にして、若い頃は天才ともてはやされ、国内では偉大な賢者として名高いオールド・オスマンは現在、学院長室で暇をもて甘していた。
秘書のミス・ロングビルのスカートのなかを使い魔で覗いたあげく、セクハラしまくったせいで、制裁を受けていたのだ。この、他の教師から陰で「変態ジジイ」とも呼ばれる様は、とてもじゃないが国内でのイメージとは甚だ乖離している。
そんな平和を満喫していたときに、来客はやってきた。
「た、大変ですぞオールド・オスマン!」
「五月蝿いのう。大変な事などあるものか。全ては小事じゃ。ところで君はなんて名前じゃったかの?」
「ジャン・コルベールですぞ!忘れないで下さい!」
「そうじゃったそうじゃった、ミスタ・コルベールはあわてすぎていかん」
「これが慌てずにいられませんぞ!これを見て下さい!」
コルベールは古ぼけた本とルーンのスケッチを広げ、オスマンに手渡す。瞬間、オスマンの表情が厳しいものになる。
「ミス・ロングビル。席を外しなさい」
ロングビルが退室するのを見届け、オスマンは口を開く。
「では、ミスタ・コルベール。詳しく説明してくれんか」
結局、滅茶苦茶になった教室が片づいたのは昼休みの前となった。〈修理〉や〈清潔〉を使えばすぐ終わることであったが、罰として魔法による掃除を禁止されたのだ。使い魔である悟までそれが適用されていたかは知らないが、せっかくなので魔法を使わず教室を片付ける。その間、ルイズはなにもしゃべることは無かった。
ルイズの昼食のため、食堂まで移動する。道すがら話をした。
「ヴァリエール、位階魔法って聞いたことあるか?」
「・・・知らないわ。何よそれ」
「そうか。いや、何でも無い」
系統魔法が使えないなら、実はルイズが位階魔法の使い手ではないかと憶測を立てた。位階魔法には〈爆裂〉という、対象を爆破する魔法がある。実はルイズは系統魔法とは繋がりの無い人間であり、位階魔法の〈爆裂〉しか使えない魔法使いなのでは、と。威力は大したことなかったが、〈爆裂〉自体は高位に属する魔法だ。
・・・もしくは『虚無』の系統使いの可能性があるか、くらいか。
(まあ『虚無』は失われた系統だっていってたし。実在したのかも怪しいし、微妙だな。だが位階魔法の使い手だという仮説は悪くないんじゃないか?相性が良い使い魔が召喚されるってオスマンが言ってたし)
だから位階魔法の使い手である悟が召還されたのではないか。
しかし判断材料は殆どない。ルイズの本質は一旦置いておくとして、このまま〈爆裂〉しか使えないのでは卒業が危ぶまれる。先程の爆破で、少しへこんでいる様子だし、なにか気の利いたことを言って励まし機嫌を直してもらおう。
「魔力はあるんだし、いずれ魔法が上手くなるはずだ。慌てる必要はないさ」
根拠がなく薄っぺらい事を言ってしまったと思ったが、もう遅い。ルイズは勢いよく振り向き、悟に怒鳴る。
「同情なんていらないわよ!あんたは良いわよね!魔法が使えるんだから!しかも、いろんなマジックアイテムまで持ってるんだからね!どんな気分!?魔法が使えないご主人様を持つのは!」
なにも言えなくなる。貴族であることを誇っていた彼女は、魔法が上手く出来ないことで、これまで周囲からどんな罵りを受けていたのか想像もつかない。しかも主人である自分は魔法を成功させることが出来ていないのに、使い魔は魔法が使えてしまう。その華奢な肢体に、どれほどの感情が渦巻いているのか。
怒らせてしまった彼女は、「もういい!しらない!」と悟を置いて行ってしまった。
その背中に向かい、こっそり<魔力の精髄>を発動する。そこには、確かにルイズの魔力量は間違いなく、非常に多いことが分かる。
(心配いらないと思うぞ、ヴァリエール。きっと他の魔法も使える様になるさ)
『爆発』を周りは失敗だと評価するが、悟はそうは思わない。何故なら確かに魔力を消費し、机を爆破せしめたのだから。自分がこの世界の常識に当てはまらないことと同様に、ルイズもまた、メイジとしての常識に当てはまらない存在なのかも知れないのだから。
ルイズの機嫌が落ち着くのを待つために、しばらく庭で散歩することにする。少し歩き、建物の角を曲がったところで、メイドと思わしき少女と目が合う。少女は大きめな銀製のトレイを持ち、カチューシャで纏めた黒髪と、同じ色をした黒い瞳、頬にはそばかすが可愛らしい少女だった。少女は悟を見て、少し困惑しているようだった。
「こんにちは。お嬢さん」
「あ、こんにちは。あの、私はシエスタといいます。あなたは?」
「私は鈴木悟と言います。昨日、ミス・ヴァリエールと契約した使い魔ですよ」
「えっ、あなたが噂の・・・」
「噂?」
「ええ。なんでも、召喚の魔法で・・・が、骸骨を呼んでしまったって、学院中で噂になってますわ。・・・いやですね!そんなデタラメな噂が流れているなんて」
「はははそうですか、そんな噂が・・・」
「いえ、なんでもないんです!それでは私仕事があるのでこれで失礼します」
そう言い残し、シエスタと名乗った少女は悟から離れていった。
すでに噂が学院中に流れているとは。正直ごまかすかどうか迷った。なにせこの骸骨の顔は大勢の生徒にすでに目撃されており、隠しているのはむやみに学院内にいる人々に恐怖を与えないためだ。考えてる間にシエスタは行ったために安堵したが。
中庭には多くの生徒がお茶やお菓子を食べながら談笑している。そこでシエスタと名乗った少女もトレイからケーキを貴族達に配っていた。
そんな中、貴族と思わしき、金色の巻き髪に、フリルをあしらったシャツを着て、気障ったらしくしている少年がいた。その少年は薔薇をシャツのポケットに挿している。他の貴族の少年達となにやら楽しそうに話をしていた。そんなとき、少年のズボンのポケットから、小壜らしきものがこぼれ落ちた。小壜は硝子で出来ているらしく、中で紫色の液体が揺れているのが見えた。
「落としましたよ」
たまたま近かったために、小壜を拾い、少年のテーブルに置いてやる。少年は此方を見て一瞬驚いたような顔をするが。
「・・・知らないよ。これは僕のじゃない。君はなにを言っているんだい?」
少年は素知らぬ顔で否定する。しかし、周りの男子生徒は壜の正体に気付いたのか、次々とはやし立てる。
「おお?その香水はもしや、モンモランシーの香水じゃないのか?」
「そうだ!その鮮やかな紫色は、モンモランシーが自分のためだけに調合している香水だぞ!」
「そいつが、ギーシュ、お前のポケットから落ちてきたってことは、つまりお前は今、『香水のモンモランシー』と付き合っている。そうだな?」
ギーシュと呼ばれた少年が慌てて否定しようとするも、話を聞いていたのか、後ろのテーブルに座っていた茶色のマントを羽織い、栗色の髪をした少女が立ち上がり、少年に近づく。そこからは修羅場だった。
少年は誤解だと弁明しようとするが、ケティと呼ばれた少女が思い切り頬をひっぱたいた。少女が泣きながらその場を離れたと思ったら、今度はその騒ぎを聞いていたのか、長髪の金髪を見事にロールさせた少女が近付いてくる。マントの色から同級生らしかった。
その顔は明らかに怒りで歪んでおり、今にも噴火しそうな活火山を思い起こす。
「・・・ギーシュ。やっぱり、あの一年生に『も』手を出していたのねぇ?」
この娘がモンモランシーだろうか?。ギーシュは冷や汗かきながら懸命に弁明するも、彼女に様子をみるに、焼石に水だろう。聞くに耐えなかったのか、少女は激怒した様子で近くに置いてあったワインボトルを掴み、少年の頭にワインをぶっかける。
「うそつき!」
そう吐き捨て、少女は去ってしまった。そして。
(思い・・・出した・・・)
修羅場を見たことによって、自分が今被っている仮面の正体を思い出す。そう、思い出てしまった。
持たざる者にのみ与えられる仮面『嫉妬マスク』。クリスマスに一人で過ごしていると天より授けられる祝福。もしくは冥府からの呪いを。そしてこの仮面を大量に持っていた自分が、生粋の『持たざる者』だったことを。
(・・・なんで。どうして。よりによって。こんなしょうもないことを・・・)
出来れば永遠に思い出せなくてもよかった。あまりの悲しさに感情が平坦化する。少し落ち着いたことで、改めて少年を見る。かなり悲惨なことになっていた。さすがに居たたまれなくなり、その場を離れようとするが。
「待ちたまえ君」
いやです。と言えたらどれだけ世界は素敵になるだろう。変なことを言われる。そんな予感がしたため、そう言って断ろうと思ったが仕方がないので振り返った。
「なんの用でしょうか?」
「君の軽率な行動のせいで、彼女達の名誉に傷がついたではないか。どうしてくれるんだい?」
とんだ言い掛かりである。
「・・・私は壜を拾っただけですが?」
「そこは空気を呼んでくれたまえよ」
あまりにも傲慢な物言いにイライラするも、相手は貴族の子供だ。よっぽど我が儘に育てられたのだろう。此方の常識は通用しないのも仕方が無いと諦める。
「やれやれ、何が望みですか?」
ギーシュは立ち上がり、気障ったらしい動きで言い放った。
「僕と決闘したまえ!ちょうどいい腹ごなしだ」
周囲がざわめく。先程はやし立てていた生徒達も、顔色を変え、ギーシュを止めようとする。
「おい!ギーシュ!」
「何をいってるんだ!?止めておけって!」
「静かにしたまえ。僕はいま彼に話し掛けているんだ。どうした『骸骨』君、決闘を受けるのか?その尾骨を巻いて土に帰るのか?選びたまえよ」
「本気でしょうか?今なら聞かなかったことにしても良いですが?」
「くどい」
「・・・はっ、はははは!いいでしょう、受けましょうその決闘」
周囲の生徒のざわめきが益々大きくなる。
「場所は何処でする?ここでヤるのか?」
「決闘に向いている場所がある。『ヴェストリの広場』だ。そこでしよう」
了承し、ギーシュについていこうとすると。ルイズが後ろから駆け寄ってきた。
「あんた!何してんのよ!見てたわよ!」
「やあ、お嬢様」
「やあ、じゃないわよ!・・・あんたどういうつもり?なに勝手に決闘なんか約束してんのよ。ギーシュがなに言ったか知んないけど、今すぐ止めなさい!」
「忠告はした。決めたのは彼だ」
「そのとおりだよルイズ。水を差さないでくれたまえよ」
「・・・ギーシュ。あんた、どういうつもりなの?わかってるの?」
「貴族にはね、決して避けられない戦いがあるのさ。さあ!こんなところで突っ立ってないで、さっさと行こうじゃないか」
「・・・あーもう!バカばっかり!」
ヴェストリの広場は『風』と『火』の塔の間にある、中庭である。西側にあるためか日中でもあまり日が差さず、決闘にはうってつけの場所だった。広場へ到着すると、どこで噂を聞き付けたのか、多くの生徒で溢れかえっていた。ギーシュと悟が向かい合い、ギーシュが薔薇の造花を掲げると、生徒から歓声が上がる。
「今すぐやめなさいギーシュ!そもそも決闘は禁止されているはずよ!」
「禁止されているのは貴族同士の決闘だ。彼は貴族どころか『ヒト』ですらない使い魔だ。なんの問題もない」
「あんたもあんたよ!私の使い魔でしょ!?ご主人様の言うこと聞きなさい!」
ヴァリエールの言うことはあえて無視する。この世界で初めてのPVPなのだ。折角の機会、逃す手はない。悟は心の内で暗く嗤った。
学院長室では、コルベールが泡を飛ばしながらオスマンに説明していた。
「あの骸骨殿の左手に表われたルーンが気になり、夜通し調べたところ、あれは伝説の使い魔≪ガンダールヴ≫のルーンと一致することが分かったのです!」
「・・・なるほどな、では君の結論は?」
「これは大発見ですぞ!あの骸骨殿は≪ガンダールヴ≫なのであります!」
「カーッ!やかましい、落ち着かんか!ルーンが同じだとしても、それだけでそうと決めつけてしまうのは早計かもしれん。そうじゃろ?」
「そうかもしれませんが・・・」
議論に熱が帯び始めた頃に、学院長室の扉がノックされた。
「誰じゃ?」
「ロングビルですわ。オールド・オスマン」
「なんじゃ?」
「ヴェストリの広場で、決闘している生徒がいるようです。すでに大騒ぎになっており、止めに教師がいったところ、生徒達に邪魔をされているようです。教師達は『眠りの鐘』の使用許可を求めていますわ」
「アホか。たかが子供の喧嘩に秘宝を使ってどうするんじゃ。そもそも大人が口出しするんじゃないわい。ところで誰が決闘するんじゃ?」
「ギーシュ・ド・グラモンとミス・ヴァリエールの使い魔です」
「やれやれ、グラモンとこの馬鹿息子か。親父のほうも色の道では剛の者じゃったが、息子も輪をかけて女好きじゃ、それが原因じゃろう?まったく・・・え?相手誰って?」
「ですからミス・ヴァリエールの使い魔ですよ。噂の骸骨です」
「な、なんですとおおおお!?」
「ま、まあまあ落ち着かんか。うん、あーミス・ロングビル?心配はいらん。と、思う。放っておきなさい」
「わかりました」
ミス・ロングビルは了承し、去って行く足音が聞こえる。コルベールは禿頭に浮かんだ汗をハンカチで拭きながら震えた声でオスマンに尋ねる。
「心配はいらない?オールド・オスマン。本当ですか?」
「うむ、取り敢えず『遠見の鏡』で様子を見ようじゃないか」
そう言いオスマンは学院長室の壁に掛かった大きな鏡に杖を振る。これは秘宝の一つ『遠見の鏡』。使用者が望む場所を映し出す魔法の鏡であり、オスマンはこれを用い、学院内の様々な場所を覗き・・・もとい監視している。今回も件の決闘が行われようとしているヴェストリの広場を写しだそうとした。
しかし・・・
「・・・何も映りませんぞ?」
「・・・おかしいのう。故障かの?まあいいわい。モートソグニルに頼もう」
モートソグニルは小さなハツカネズミであり、オスマンの使い魔である。オスマンは使い魔の視界を得ることで女性の下着や、着替えを盗み見て・・・もとい、大事な生徒達を見守っているのだ。今回も決闘を見守るためにモートソグニルをヴェストリの広場に向かわせたのだ。優秀な使い魔は間もなく広場に到着した。
しかし・・・
「・・・モートソグニルとの視界が途切れた・・・」
「・・・」
「・・・まあ、なるようになるじゃろう。見た目はともかくとして、かなり理知的な骸骨殿じゃったし。とりあえず、ミスタ・コルベール」
「はい」
「君は急いで広場に向かい、決闘を見届けてくれ。そして、わしに内容をおしえるんじゃ」
コルベールは了承するやいなや、風のように広場へ向かった。
広場は大勢の観客で賑わっていた。歓声に対し、腕を振って答える。皆、この僕を応援してくれているようだ。先程のささやかなハプニングでささくれた心が、水を与えられた薔薇の様に潤っていく。
薔薇を象った杖を弄りつつ、これから叩きのめす相手に向き直る。およそ十歩ほどの距離だろうか。
「さあそろそろ始めようじゃないか骸骨君」
「・・・私の名は悟だ。鈴木悟という。決闘ならば君も名乗ったらどうだ?」
スズキ・サトル?変な名前だ。動く骸骨とは変な名前を持つのだろうか?・・・まあ、どうでもいいか。
「骸骨に名乗る名など無いが良いだろう。僕はギーシュ・ド・グラモン。二つ名は『青銅』さ。ところで早く杖を構えたらどうだい?」
「そのまえに聞きたいことがある。君はトライアングルメイジか?それともラインメイジか?」
質問の意図が分からない。それを知ったところで、なんだというのだろうか。
「・・・ドットだが、それがどうかしたかい?」
「ならば杖は必要ないな」
「・・・なんだって?」
今こいつはなんて言った?貴族であるこの僕に対し、この骸骨は何をほざいた。
ギーシュの顔から笑みが消え、赤みが差し、目が鋭くなる。
「聞こえなかったか?こう言ったんだよ。君程度なら素手で十分、とね」
「抜かしたな骸骨!」
「さあ、ギャラリーもお待ちかねだ。来たまえ」
薔薇を象った杖を振り、二枚の花びらが舞う。そして、甲冑を着込んだ女戦士の見た目をした、二体の人形を出現させる。
「ゴーレムか」
「言っただろう?僕は青銅のギーシュ。したがって君にはこの青銅の『ワルキューレ』がお相手しよう!」
『青銅』ギーシュ・ド・グラモン
陸軍元帥であるグラモン伯爵家の四男として生を受けた。貴族といえども四男となると価値は大分低くなる。家名を受け継ぐのは通常長男であり、次の嫡子程予備としての価値が低くなるからだ。
それでも名門トリステイン魔法学院に入学出来たのは本人に魔法の才があり、グラモン伯爵が偉大だったからに他ならない。
ギーシュは偉大な父より日頃から、名誉は命より重いと教えられてきた。ギーシュはそれを律儀に受け止め、教えを実践しようと努力していた。
なにもギーシュだけが特別と言うわけではない。貴族の子供にとってその教えは『一般的』なのだ。
だがギーシュにとって、それが昨日の出来事で揺らいだのである。闇を纏い、黄金の杖を持った骸骨に恐れをなしたのだ。闘わずして、敗北を認めそうになったのだ。偉大な父の息子として、メイジとして、貴族として許されることではない。
浮気がばれたことはきっかけに過ぎない。そう決して浮気をばらされたことに腹を立てた訳ではないのだ。
この骸骨を自分の魔法で倒し、偉大な父に報いるために、決闘を挑んだのだから。
ギーシュは確かに最もレベルの低いドットではあるが、最大で七体もの青銅のゴーレムを召喚し操ることが出来る。青銅は柔らかい金属であるが、ワルキューレが金属の塊である以上、普通の人間なら骨が砕け、肉が裂けてもおかしくない攻撃であり、場合によっては命に関わる。レベルが低かろうと、平民がメイジに勝つことはほぼ不可能なのだ。
二体のワルキューレを差し向け、骸骨に青銅で出来た拳をたたきつける。
ギーシュは警戒していた。メイジでありながら(実際魔法が使えるか見たわけではないが)杖を持とうとせず、『素手』で貴族である自分と戦おうと言うのだ。何かしらの小細工があるかもしれない。そう思い骸骨の動きを注視していた。
しかし・・・何もしない。
そう。目の前の骸骨は何もせず、その身にゴーレムの拳を受け入れたのだ。魔法も回避も防御も、何一つせず、拳が叩き付けられた。警戒が嘲笑に変わる。
全てハッタリだった。あの強大な杖も、恐ろしい外見も、傲慢ともとれる発言も。こいつは最初から魔法なんて使えなかった。そもそもこの骸骨はあの『ゼロのルイズ』が呼び出した使い魔なのだ。一体なにを警戒していたのか、ギーシュはハッタリに恐れた自分を恥じた。
先程はこの骸骨のせいで彼女たちの機嫌を損ねてしまった。とりあえずむかっ腹が収まるまで痛めつけるとしよう。
あまりの光景に周囲は唖然となる。ワルキューレの攻撃に対し、悟は動こうとせず、ワルキューレの殴打を黙って喰らっている。
それを前に悟は防ぐことも避けることもしない。興奮した男子生徒からは喝采が湧き、女子生徒からは見ていられないのか顔を手で覆っている者もいる。・・・だが、遠巻きにて静観していた一部の生徒にとっては全く違う感想があったが。
「ふふ、やっぱり見かけ倒しだったようだね!」
「気がすんだでしょ!?もう止めなさいよ!」
ルイズが大声を上げている。煩わしいとも思ったが、彼女の言うとおりだ。正直気が済んだし、ワルキューレを操り続ける事はドットである自分には少し精神の消耗が大きい。そろそろお開きにするためにも、この骸骨から一言、謝罪させよう。
ギーシュはそう思い、声をかける。
「男同士の決闘に水を指さないでくれたまえ。だが、そうだな。やあ骸骨君!今すぐ命乞いするならワルキューレを止めてあげようじゃないか。そして名誉を傷つけたことを謝罪したまえ。それで今回は水に流してあげよう」
骸骨は平然とした、痛みというものを一切感じてなさそうな平坦な声でただ一言呟く。
「本当に・・・下らん」
「なに?」
次の瞬間、理解不能なことが起こった。
二体のワルキューレの頭部を両の手で掴み、あろうことか持ち上げたのだ。ワルキューレが金属の塊である以上、『ヒト』の筋力で片手で持ち上がる訳がない。ワルキューレに振りほどく様指示をとばすが、びくともしない。頭部より金属のひしゃげるような音が響く。
「・・・僕の攻撃が、効いていなかったのか?」
「今までのつまらん児戯が攻撃だったのか?やはりドットではこの程度か。だが良い勉強になった。さて・・・このゴーレムは邪魔だな」
悟は、両手にそれぞれ掴んでいたワルキューレを、拳ごと地面に叩きつけた。大地が揺れたかと思ってしまう程の力を込めて。ゴーレムは原型を留めずぐしゃぐしゃになる。
ギーシュは、自分のゴーレムのあまりの惨状に声にならないうめきを上げる。
「それでは、反撃と行こうか」
「ひっ!」
そう言うと悟は、ギーシュに向かい歩きだした。決して早い歩みではない、しかしギ-シュにとって、それの接近は【死】が迫っているかのごとく威圧と恐怖に満ちたものだった。
ギーシュは慌てて次々にゴーレムを召喚する。ゴーレムにはそれぞれ武器が握られており、悟の接近を防ぐのに全力を尽くした。
しかし、悟の歩みを一歩でも留めずことができない。
三体目、裏拳を受け吹っ飛ぶ。
四体目、上から殴り付けられ潰される。
五体目、腹部をかちあげられ爆散する。
六体目、両肩を掴まれ二つに引き裂かれる。
最後の七体目、頭部を握り潰され後ろに放り投げる。
・・・そして、ギーシュに掌が伸ばされ・・・顔の寸前で止まる。悟は呟くように言った。
「続けるか?」
「ま、参った」
ギーシュは腰が抜けてしまったのか、その場にへたり込んでしまった。
周囲の生徒は静寂に包まれる。本当に素手であのギーシュに勝ちやがった。とか、何なんだよ、あいつ。とか、ぽつりと、化け物。とかが聞こえる。
そして教師達が広場に集まってきてかと思えば、次々に生徒を捕まえ説教をしはじめた。
(元々卑怯な戦いなんだよなぁ。この少年には悪いことしたけど、まあ教育の一環だと思えば。しかし、誰も俺のこと応援してなかったな。演出は悪くなかったと思うんだが・・・。まあ同じ学院の生徒を応援したくなる気持ちは分かるし、仕方ないか)
<上位物理無効化>
魔力量の少ない武器や、六十レベル以下の物理攻撃を完全に無効化にする特殊技能である。上位魔法無効化Ⅲの発動も期待していたが、今回は魔法で生み出したとはいえ、ゴーレムの攻撃だったために物理攻撃と見なされたようだ。
昨夜の内に発動の確認をしていたが、これでメイジが扱う魔法に対しても、特殊技能が問題なく機能することが分かった。
(もしもの為に、さっき創造したアンデッドも見張らしていたしな。そういえばコルベールも見に来ていたな。生徒が傷つけられないか心配していたのか?ふふ、良い先生じゃないか。しかし、次は俺の魔法がメイジに通用するか試してみたいな)
先生、その言葉を意識したら・・・一瞬、巨大なガントレットを幻視する。
「この・・・馬鹿骨!勝手なことばっかして!」
考え事をしていたためか、ルイズが後ろまで近づいていたことに気がつかなかった。見ればかなり怒っているみたいだ。
「ああ、待たせてしまったなお嬢様」
「ところで!・・・さっき思いっきり殴られてたけど、どこも痛くないの?」
「なんだ、心配していたのか?」
「バカじゃないの!?あんたは私の使い魔なのよ!自分の使い魔が怪我したら嫌に決まってるじゃない、誰が世話すると思ってるのよ!それなのにあんたときたらご主人様に言うことむ、む無視したのよ無視!わかってるの!?」
「それはすまなかったな。申し訳ない」
対等に扱ってくれと言ったが、そこは雇用者と披雇用者の関係。雇用者の命令を無視したのはたしかにいただけない。素直に謝罪することにする。
するとルイズは桃色がかったブロンドの髪を揺らし、指を立てた。深い鳶色の目が、悪戯っぽく輝いている。勝ち誇った様子で、悟に告げる。
「忘れないで!あんたは私の使い魔なんだからね!」
この運命に魔法かけた! ホネがとつぜ~ん あらわれた!
つづくといーーーー↑↑なーーーーーーー↑↑↑