暴れん坊コキュートス   作:空想病

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ナーベの逢瀬・第四話で着想を得た話です。

某暴れん坊な将軍様のリスペクトという名の意味不明な何かです。

時代劇のくせにギャグ成分過多です。

というか、ナザリックの時代劇とか、ギャグにしかならなくね(´・ω・)?



前編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明け方の空は、未だ暗闇を湛え動く気配を見せない。

 今の時間であれば、関所を安全に突破できると、以前友人から聞いたことがあったが、あの時はまさか実際にやる羽目になるなんて、予想だにしなかった。

 最低限の荷物――僅かばかりの食料を風呂敷に包んで、家を出る。

 

「……ごめんね」

 

 布団の上では、妹が安らかに眠っている。

 目覚めれば、この子は姉がいなくなったことに気づき、きっと泣くだろう。そういう子だ。父と母が生きていてくれたらと思わずにはいられない。けれど、もはやどうしようもない。自分は咎人として追われるのだ。ここに残っていても、どの道いいことにはならない。

 書置きを残していくのは、妹のためである。友人から読み書きについてそれなりに手ほどきを受けておいてよかったと心から思う。逃亡した姉の居所を吐かせようと役人が無茶なことをしてくれないための予防線だ。それでもこんな紙切れ一枚で、果たして幼い妹が本当に守れるのかと考えると、決意が大いにぐらついた。

 いけない。

 このまま寝顔を見続けていると、覚悟が鈍るのを実感する。

 今は朝の七つ時。国境(くにざかい)を越えるにはギリギリな時間帯だ。愚図愚図していては元も子もなくなる。自分の為にも、この子の為にも。

 妹の寝顔から目を背け、立て付けの悪い玄関扉を慎重に開け放つ。音を立てることなく外へ。

 その時だった。

 

「お姉ちゃん?」

 

 妹の声が聞こえた。振り返るべきじゃなかったかもしれない。

 眠気眼をこする少女が、普段はおさげに結んでいる髪を肩に流して、戸口に立つ姉を視界に収める。

 

「……どうかしたの?」

 

 何でもないよと言って聞かせてやるべきだったかもしれない。

 だが、妹との最後の会話が、そんな嘘を交えたものになり果ててしまうことを思うと、姉は何も言えなくなる。

 やがて完全に目を覚ました女の子は、姉の手にある荷を見止めて顔を青く染める。

 

「お姉ちゃん!」

「ごめん!」

 

 かすれた声で妹の顔から目を背ける。起き上がった妹は裸足で追ってきた。妹の手が姉の着物の裾を掴めたのは、彼女の脚が特別速いからではなかった。

 妹は泣きじゃくり、事態を上手く呑み込めないながらも理解した。

 自分は今、姉に置いて行かれるのだと。

 

「お姉ちゃん! 待って!」

「ごめん、ネム……私、行かなきゃ」

 

 小さな掌だ。

 父と母が死に、たった二人きりの家族となった時、決してこの手を放すまいと誓った。

 なのに自分は今、自分自身の意思で、この子の手を振り解かなくてはならないなんて。

 

「待って! 置いてかないで!」

 

 どこまでもついて来ようとする妹を押しのけ、少女は歩幅を広げ、着物の裾を振り乱しながら、一心不乱に駆け出し始める。

 

「ごめん……ごめんね、ネム」

 

 少女、エンリ・エモットは駆けた。

 彼女は罪を働き、今こうして罪を重ねた。

 たった一人の妹の手を振り解いて、大粒の涙を流しながら、妹の声を背に走り抜ける。

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

「上様ノォ――オ成ァリィ」

 

 小姓の蟲の戦士たちを従えて、白銀の“蟲王(ヴァーミンロード)”が上段の間にのぼる。

 城内でも最高の贅を凝らした謁見の広間だ。おそらく、この世界で二番目に尊い場所だと言っても過言にはなるまい。最高品質の畳の上を滑るように足を運ぶ。

 座布団の上に腰を下ろし、左の膝置きに二つの手を添え終えると、彼はその威を正す。

 

「面ヲ上ゲヨ」

 

 コキュートスの冷たい声が謁見の畳間に響く。凍てつく息吹が聞く者の耳から入り、心の臓腑を止めてしまいそうになるほどだが、この場には冷気のオーラに耐性を備えたものたちばかりではない。上段にはあらかじめ、外へ冷気がもれないように封印が施されているのだが、彼ほどの力となると、その封印さえも破壊してしまいそうな威力になる。これは必要なことなのだ。将軍は、将軍としての威を示さねば話にならない。

 上様の御尊顔を拝謁する機会に恵まれながら、しかしそこに控えた大名の武家服に身を包んだ金髪の女性は頭を上げない。僅かに体を起こし、上段の間の敷居の辺りに視線を動かすだけだ。これは儀礼的に正しい。面を上げる行為というのは、そのままの行為を意味するのではなく、あくまで上位者が下位者と言葉を交わす(てい)を整えるための方便のようなものだ。顔を合わせることができるのは、本当に腹心とも言うべき限られた部下だけの特権なのである。

 女性は非常に美しい声を、上位者に謙る重い調子で奏で始める。

 

「上様にはお変わりなく」

「ウム」

 

 変わるはずがないだろうとは、コキュートスは口には出さない。蟲の外皮はこれ以上成長なんてしないし、外気や環境の変化ごときで彼ほどの強者はビクともしない。熱い風呂に入ったら別なのだが、彼の湯浴みは常に氷を抱いた水風呂のことを示すので心配はいらない。

 

「南町奉行、デミウルゴス叡智全守(えいちぜんのかみ)

「ははっ」

 

 下知を受けた黒髪に薄黒い肌の悪魔は、御審議を進める進行役としての務めを与えられたことを了解する。

 彼はコキュートスに代わり、下座に控えた女大名に、眼鏡越しの視線をくれてやった。

 

「大目付、擦印(スレイン)領地守(りょうちのかみ)

「ははっ」

「どうにも近頃、貴殿のやり方に不満を抱いている大名たちが数多く噴出しているご様子。いくら御役目であるとは言え、諸大名と要らぬいざこざを呼び込むのは愚行だと考えますが……あなたは、どのように御考えで?」

 

 悪魔の表情が柔らかく崩れた。見る者を幸福に誘うような笑みであったが、その内実は悪夢へと誘う魔の相貌に他ならない。その下に滾るのは、天下の御正道を蔑ろにするかもしれない下等種族への憤怒と失望の焔。煉獄の熱など涼風に等しい暴力と嗜虐心の塊に他ならなかった。

 それを承知しているのかいないのか、顔を伏せた女大名が言葉を連ね始める。

 

(わたくし)、大目付役として、諸大名方には何かと煩わしい目の上の(こぶ)として、憎まれ役を買って出ることこそが本分と心得たる所存。されば、諸大名方から悪辣鬼面の(そし)りを受けることこそが、上様より仰せつかった重大な役儀であると考えておりますれば、何卒ご理解のほどを」

 

 彼女の賜る役儀とは、確かにその通りであった。

 大目付とは、職制上の所属は老中(ろうじゅう)の次に位置し、老中の耳目(じもく)に成り代わり大名らを監視することで謀反から幕府を守る、いわゆる監察官の役割を担っていた。旗本でありながら万石級の大名を監視することから、その在任中は万石級の格式を与えられ、「○○守」の官位が叙任されるのが習わしとなっている。

 言うなれば、彼女はスレイン領地を守護し安土する役儀を御上から賜った、外地領域守護者に相当するのである。

 

「デミウルゴス。大目付ハ、職務ニ邁進スルト言ッテイル。政務ニ励ムコトハ良イコトダ」

「まさに、上様のおっしゃる通りかと」

 

 あっさりと追認の意思を見せる名奉行に首肯しながら、コキュートスは彼女の役儀と任務に対する姿勢を褒めつつ、決して正道に反することがないよう釘を刺すことにした。

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

「フン、フフ~ン♪」

 

 釘を差された旗本役人は、先ほどまでの審議検めなど忘れ果てたかのように、常のような軽薄に過ぎる態度で磨き上げられた白木の廊下を歩いていく。別に褒められたから上機嫌というわけではない。

 ここへ来るのは初めての事ではない。御役目就任の際に始まって、こうして審議と称して近況報告や高説を取り交わすべく召喚に応じているのだ。それでも若輩の身の上、数えるほどしか登城を許されてはいないのだが。

 素晴らしい場所だ。

 まるで神が住まう神殿にも似た空気が心地よい。

 そんな空気を存分に味わえる廊下で、目当ての人物と行き会うことができた。

 

「カジっちゃ~ん。おっはよー!」

「その挨拶と呼び方は止めないか。誰が聞いているか分からんだろうが」

 

 と言っても、魔法で探査している限り、この近辺に人の気配はなく、とりあえずは安心していいと禿頭の魔法詠唱者は思っている。骸骨のように落ちくぼんだ視線は、軽薄そうな女の視線が一転して獲物を狙い定める獣のような眼光を灯したことを見止めた。

 

「……首尾の方は?」

「まぁ、上々だな……ほれ」

 

 袖口から差し出したのは、白い台帳。いかにも重要機密っぽい落款が施されている。

 

「へぇ? ()蘭照(ランテル)石高帳(こくだかちょう)? ……も・し・か・し・て?」

「ああ。中を(あらた)めてみたが、どうにも実際の石高と産出量が明らかに違っているようだぞ」

「な・る・ほ・ど~♪」

 

 年貢米の横流しか、あるいは流通している米の価格操作か――いずれにしても。

 

「こりゃあ、いい強請(ゆすり)の種になるんじゃな~い?」

「ああ。だが、それだけではない」

 

 カジットは潜めた声をさらに潜めるように大目付の耳元で嘯く。

 

「我らが盟の一員に、彼奴等を参入させることも可能だろうて。上様の直轄地で、このような不正を働く大領主・レエブン候を我らの陣容に加えれば、計画は速やかに実行へ移せるだろう」

「ふ~ん?」

 

 ま、そのあたりはどうでもいい。そう言わんばかりに女大名の反応は薄い。

 

「じゃあ、ちゃっちゃっと行って、ちゃちゃーと終わらせちゃおー?」

「少しは緊張感を持て! 遊びじゃあないんだぞ!」

「はいはーい♪」

 

 手をひらひら振りながら、女は着物の袖に台帳を忍ばせる。

 盟もクソも関係ない。

 ただ自分の欲求不満が解消されればそれでいい。

 大名級の性格破綻者の背を、カジットは憎々し気に眺め見送るしかない。

 スレイン領地守(りょうちのかみ)に任じられた女戦士――クレマンティーヌは、(よこしま)な笑みを深めつつ、“(まつ)の廊下”を鼻歌混じりに歩いていく。

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

「などということを彼女は考えているでしょうね、上様」

「ナルホド」

 

 エ・ランテルでレエブン候が不正に石高帳を偽装していることは、二人は知り尽くしている。

 というか、これはデミウルゴスの策謀に他ならない。二人はあえてレエブン候にそのような石高帳を作らせたのだ。彼は実に優秀な人員として、将軍と奉行の指図に従ってくれている。何が彼をそこまで従順にしているのかは、二人には与り知らぬことであったが。

 直轄地の大名が、御正道に反した振る舞いをしているというのは、あのような連中にとっては渡りに船というべき存在だろう。

 ちなみにだが、当然のことながらデミウルゴスは、クレマンティーヌらを魔法やスキルで監視・盗聴・読心しているわけではない。

 これらはすべてデミウルゴスの設定の一種。人間の心理や精神を読み解き、言葉巧みに誘導し、操作し、望む結末へ至らしめる、悪魔が得意とする悪逆非道な叡智の成せる業の一つに過ぎない。

 

「イズレニセヨ、コノママ泳ガセテ、叛意(ハンイ)(イダ)賊徒(ゾクト)一網打尽(イチモウダジン)ニスレバ良イ……ソウイウコトダナ、デミウルゴス」

「御意」

 

 その通りだと頷く奉行の顔には、憐れな生贄の子羊たちを嘲虐(ちょうぎゃく)する色が、ありありと浮かんでいた。

 自分たちに逆らう下等生物を、一体どのようにして地獄の底のさらに奥底へ追い立てようかと考える同胞の真意を、コキュートスは見誤ったことは一度もない。そういった姦計謀略については、彼の右に出るものは少ししかいないのだ。その叡智は将軍職を賜る自分の及ぶところではなく、全面的に信用してよい。

 しかし、そのために無辜(むこ)の民が危難に見舞われるというのは心苦しい。

 この遍く天地はすべて、至高の御方より賜ったもの。いくら民百姓の安寧のためとはいえ、その者たちにかかる苦労を思えば、同情の念を禁じ得ない。

 義を見てせざるは勇無きなり。

 コキュートスという一人の武人として、彼奴等(きゃつら)を野放しにしておくわけにはいかないのだ。

 

「デミウルゴス」

「町へ行かれるのですね? まぁ心配無用でしょうが、くれぐれもご用心ください」

「ワカッテイル。ソレト――パンドラズ・アクター、ナーベラル」

 

 呼び出しに応じて参上したのは、片膝をついた二人の男女だ。パンドラズ・アクターと呼ばれた男は、卵頭にまん丸の深淵が三つあるだけの落書きのような顔であったが、その隣に従うナーベラルは眉目秀麗な黒髪の乙女である。

 

「「はっ!」」

 

 重く低い、重責を担っていることを認める者たちの声が重なった。どちらとも、隠密の忍がする黒衣に身を包み、コキュートスの身辺警護と諜報活動を任された、腕ききの御庭番たちである。まさに腹心中の腹心と呼ぶべき部下二人に、コキュートスは淀みなく下知を飛ばした。

 

彼奴等(キャツラ)の“盟”ナル組織ニツイテ、早急ニ調ベテ参レ」

 

 二人の忍は生真面目に頷き、〈転移〉を使ってその場から姿を消した。

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

 ナザリック城下の市井では、ひとつの事件が巻き起こっていた。

 

「死体だ! 死体が上がったぞ!」

 

 河の岸辺に、人だかりができていることを見止めた蟲の戦士……武士は、堂々とした歩調で近寄り、人垣の向こうを見渡した。身長二メートルを優に超す彼の体格であれば、この程度の人の壁は何の障壁にもなり得ない。

 死体を検めていた奉行所の同心、ブレイン・アングラウスが驚愕の声をあげた。

 

「こいつぁ行方知れずだった、越後屋……じゃなくて、えっち小屋(ごや)のシャルティア嬢だ!」

 

 水をたっぷりと吸った土座衛門は五体をぐったりと投げ出して、胸に詰め込んでいたものも凹んでどっかいってしまっている。うら若く美しい銀髪の乙女が、実に見るに堪えない光景だ。

 シャルティアは最初から死体のような気がするが、そこは考えてはいけない。

 

「痛マシイナ……」

 

 報せを受けて駆け付けて来たのだろう、岡っ引きのクライムに連れられた吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)たちが血の涙を流して愛する主人の死を大いに悼み慟哭している。

 だから、アンデッドは死なないだろいい加減にしろ、とか言ってはいけない。

 

「コノヨウナ事件ガ起コッテイテハ、町民ハ安心シテ生活スルコトモデキナイダロウニ」

「いえ、上様。人間というものは出歯亀な下等生物(アメーバ)。割と、こういう事件が目の前で起こっても、平然と日々を暮らしていけるものです」

「ソウイウモノカ、ナーベラル?」

 

 いつの間にか姿を現した黒髪の乙女にコキュートスは視線を落とす。生真面目に頷く御庭番のくのいちの姿は、忍装束ではなく、町民の娘に扮した自然とした格好だ。しかし、その着物や荷物の中には、非常時に備え、小刀や手裏剣などの暗殺道具が忍ばせてある。魔法詠唱者が暗殺者の装備を持っていることは、この際、無視していただけると幸いです。

 対して、コキュートスは城内に居た時とは違って、将軍の着ていた仕立ての良い着物を脱ぎ捨て、貧乏旗本の三男坊程度がしていても不思議ではない出で立ちをしている。鞘に収まるはずのない斬神刀皇が、抜き身のまま腰にぶら下がっているように見えるのは、気のせいだ。

 

「シテ。何カ分カッタノカ?」

「パンドラズ・アクター様の調べによりますと、やはりあの下等生物(ゾウリムシ)の雌は、陽光聖典なる組織と繋がりがあるということが判りました」

 

 デミウルゴスの推測はぴたりと的中していたということだ。

 さすが、ナザリックが誇る最高知恵者の一人である。

 

「アトハ確カナ証拠ガイルナ」

 

 たとえば、幕閣に着任した人間のいずれの勢力から支援を受けているか判る密書とか、彼奴らの不正の証拠となりえる帳簿や記録、ゆすりたかりの道具に使っていた物品、捕らわれて苦役を課せられた町民などがあれば、確定だ。すぐに奉行所のデミウルゴスが踏み込んで、証拠を押さえてしまえばこちらの勝利は確定する。

 

「申し訳ありません。潜入したパンドラズ・アクター様でも、そこまでの証拠は見つかっておりません。おそらくですが、連中そういった証拠が見つからぬよう、本物の拠点は隠匿しているのではないでしょうか?」

「ウム。単純ダガ、妥当ナ手ダ。アルイハ、シカシ……」

 

 焦りは禁物だ。

 

「ソノ陽光聖典ナル組織ニツイテ、何カ判ッタラ報セヨ。ジックリト調ベ上ゲ、奴等ノ正体ヲ探ルノダ」

 

 了承のお辞儀を主君に送り、町娘はそそくさと別れていく。

 川辺の死体――シャルティアのあたりから「何でこんな役になったでありんすか?」という涙声があがったが、コキュートスは聞かなかったことにしてその場から離れた。

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

 八代将軍コキュートスは、時にこうして市井に紛れ、人々の息吹を感じながら暮らすことを日課としていた。その熱の入れようは、日頃から行っている鍛錬に勝るとも劣らぬほどと称されている。

 ここでは、城内にいては分からないことが数限りなく存在する。

 民百姓がどのような生活を送っているのか、つぶさに判るのだ。

 米や野菜の値段に一喜一憂し、日々を穏やかに過ごす町民の姿。

 彼らが着ているものはすべて和風な着物で、日本でいうところの江戸時代のような街並みをしているが、ここはナザリック城下の町。薬や香辛料が魔法で作られ、武士のように刀や剣を帯びるものもあれば、弓や槌など多様な装備品を携行したものたちの姿もある。

 今、コキュートスとすれ違った四人組二つのグループも、その典型例だ。

 

「アルシェさん、新調した杖の調子はどう?」

「ニニャさんの目利きのおかげで、とてもいい感じです。ありがとうございます」

「ヘッケラン。次の魔獣狩り、何処に行く予定なんだ?」

「実は昨日、穴場を見つけてなぁ。今なら格安で教えるぜぇ、ペテル?」

「意地の悪いところ見せるんじゃないよ、リーダー! 恥ずかしいったら」

「イミーナちゃんってば、旦那様に対しては相変わらずキビシィ!」

「ルクルットよ! 奴は金に汚いのだから、これくらいしておかないとだ! なぁロバー!」

「まったくだよ、ダイン。そのくせ使う時は馬鹿みたいに散財するのだから質が悪いのなんの」

 

 皆がそれぞれ帯びているのは、ナザリックが流通を許している魔法の武器だ。

 城下などの整備されている場所では実感しにくいのだが、町の外は魔獣や悪霊が跋扈する魑魅魍魎の世界となっている。そういった外の脅威に対抗すべく、幕府が派遣しているのが“冒険者”と呼ばれる退治師たち。彼らは徒党を組むことで、強壮な魔獣たちとの戦闘に打ち勝つ術を心得た「輝き」を持つものたちなのだ。

 もっとも、それはあくまでコキュートスの見立てや印象に過ぎず、デミウルゴスやとある御方は別の見方をしているそうだが。

 何はともあれ、コキュートスは町の中心地――というか、中心そのものへ向け歩を進める。

 人の往来は激減し、気づけば人っ子一人いない草原の上に、その建物はあった。

 彼が訪れたのは、この物語――否、この世界の中心とも言うべき、とある町火消の屋敷である。

 

「オオ……!」

 

 コキュートスは敬服の意思に従うまま、その建物に一礼を送りそうになるが、ぐっとこらえる。

 その土地には東西南北の四箇所に霊廟があり、中央にはそれらを遥かに超える巨大な霊廟が(そび)えている。周囲を取り囲む戦士像八体もまた壮麗だ。何度も来ているはずだが、いつもこうして墳墓の前で立ち止まってしまう癖がついてしまっていたのは、無理からぬことである。それほどまでに素晴らしい墳墓――聖域だということなのだ。

 もう一度、念のために言っておくが、この墳墓は誰が何と言っても、ただの町火消の屋敷である。

 

「あら、コキュートス。いらっしゃい」

 

 墳墓の入り口付近にあるログハウス……ではなく、二階建ての日本家屋から現れたのは、純白の悪魔のような絶世の美女。百人に聞けば千人が美しいと答えて然るべき傾城傾国の美の顕現。二本の角と黒い翼、長く艶のある黒髪を流した姿は「鬼の姫」とも称されてもおかしくない異様であるが、コキュートスには見慣れた同胞の着物姿でしかない。

 

「オカミ、タダイマ戻ッタ」

「あ、あらやだ、「おかみ」だなんて、そんな!」

 

 何やら線虫のようにウネウネ腰を踊らせる鬼の姫は、妄想に耽溺した金色の瞳で夢の国に羽搏(はばた)きそうになる。

 

「……アルベド、話ヲ先ニ進メタイノダガ?」

「ああ、ごめんなさい……こほん……さぁ、上がっていきなさい」

 

 コキュートスは履物を履いていないので、そのまま日本家屋の玄関に上がり込むが、その程度の事をとやかく言う気配はアルベドにはない。

 中は毎度おなじみの日本家屋然とした装いになっており、実に心安らぐ。コキュートスのような偉丈夫でもくつろげるほどの高さと広さがあり、その材質や意匠の数々は究極の一言が付随する超一級品で固められているが、やはりここは、通い慣れた町火消の屋敷のひとつなのである。

 彼が通された居間には、花札に興じていた人影が五人。

 町火消の法被(はっぴ)――背中には「滅」の一文字――を肩にかけた娘御(むすめご)たちが、居候という身分のコキュートスを歓迎した。

 

「いらっしゃいませ、コキュートス様」

「ちわーす! コキュートスさん!」

「…………いらっしゃい」

「お久しぶりですわ、コキュートスさん」

「コキュートス様ぁ、こんにちはぁ」

 

 コキュートスと挨拶を交わした彼女たちは、この家屋に――正確には、この家屋から通じる地下世界に――住まう、ナザリック城下にその名を轟かせる誇り高き町火消組。

「め組」ならぬ「()(ぐみ)」の誇る戦女中(プレイアデス)の、七人の内の五人である。

 彼女らの声に釣られ、奥に続いている台所からは、金髪の闇妖精の双子が姿を現した。

 

「コキュートス! やっほー!」

「お、お姉ちゃん、だ、台本と違うよ?」

「いいんだよ、マーレ! 難しく考えないの!」

 

 二人とも幼い町娘の格好をしているが、これでも滅組のれっきとした一員だ。主に台所などの家事を担当する女衆の役割を務めるはずなのだが、姉は使役した魔獣の世話にかかりきりで、弟の魔法でもっぱら代用しているのが現状である。ちなみに、料理に関してはユリが一手に引き受けているので、食事は割と普通なようだ。何人か食べなくても済む種族であるが、とりあえずそういうことになっているとのこと。

 

「ウム。皆、息災デ何ヨリ――アノ御方ハ?」

 

 コキュートスは、この家の、ひいては外に聳える大墳墓の主の姿を探す。

 

「久しいな、コキュートス」

 

 降りかかる声は、死の前兆(さきぶれ)。組頭専用のローブ……ではなく、法被(はっぴ)と着物を着込んだ人物は、他の人間然とした滅組の女たちとは明らかに異質な姿をしている。

 骨だ。

 肉も皮も、臓物や脳髄すらない、完全完璧な白骨の立ち姿。深い叡智と闇のオーラを纏う最高峰の魔法詠唱者の登場に合わせて、その場にいた全員が臣下の礼を畳の上で行った。

 

「アインズ様! モトイ、(カシラ)! オハヨウゴザイマス!」

「「「「「「「「 おはようございます! 」」」」」」」」

「ああ……うん、おはよう」

 

 アインズ・ウール・ゴウン。この滅組の頭として君臨する絶対者は、慣れない様子で頬を掻いた。

 

「ええと、コキュートス? 将軍のおまえが膝をつくのは、正直どうかと思うのだが?」

「イイエ! タトエ単ナル町火消ニ身ヲヤツソウトモ、御身ノ御威光ハ(イササ)カモ衰エテナドオリマセン!」

 

 アインズの威光の正体。

 絶望のオーラⅤ。火消が携行する鳶口(とびぐち)ではなく、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを握った御身から立ち上る絶対的な死の王気は、どのような英雄豪傑も屈服せしめる滅組のシモベたちをも容易く捻じ伏せる威光となって輝いているかのよう。これほどの気迫を前にして平伏すことができないものは、ナザリック地下大墳墓にはまず存在しない、というより存在できないであろう。

 ……まぁ実際は、あまりの緊張に気づかないうちにアインズがオーラを振り撒いているだけなのだが、そのあたりの事情などコキュートスたちには関係なかった。

 

「そ、そうか? それでおまえがいいというのならいいが……」

 

 何だか変な空気を感じつつ、アインズは視線を彷徨わせた。ふと、王気が途絶える。

 その様子は誰かを探しているように感じられたが、滅組に属するものはとりあえずこの場に揃っているはず。

 コキュートスが怪訝に思った矢先、快い声が外から響いた。

 

「アインズ様、おはようございます!」

 

 庭先から飛び込んできた少女は、髪をおさげに結んだ活発そうな人間の女の子だ。

 そんな少女に対し、至高の御身は骨の顔を微笑ませ、まるで父が子にするような優しい手つきで頭を撫でてやった。

 

「ああ、起きていたのか、ネム。何をしていたんだ?」

「フェンとクアドラシルと遊んでました! 周りをグルーと一周して!」

「そうか。二匹を貸してくれたアウラに、感謝しないとな」

 

 にっかりと微笑むネムは、アウラとマーレの手を握って感謝を伝え、そのまま二人を伴って庭へ飛び出していった。その後に、滅組の戦闘女中(プレアデス)たちが従っていく。

 

「まったく、一時はどうなるかと思ったものだが……コキュートス?」

 

 アインズは沈思に溺れる八代将軍に目をやった。

 途端、コキュートスの歓喜が冷気と共に口から(ほとばし)り出す。

 

「ナント! アインズ様ニハ、スデニ御嫡子ガ! コレデヤット爺ト呼ンデイタダケルノデスネ!」

「いや、待て! 待つのだ、コキュートス! あの子は一時的にここで預かっているだけだ!」

 

 そういうシナリオだっただろうと、アインズはコキュートスの暴走を食い止める。

 

「ソウ……デシタナ。アマリニモ仲睦マジク見エタモノデ、ツイ」

「うむ。早とちりをさせて、一応すまない……気にするな、コキュートス。私も子どもは、嫌いではないからな!」

 

 平静になったコキュートスの様子に頷いて、アインズは人間の少女の事を説明しにかかる。

 

「ええと……そう、あの娘はネム・エモットと言って」

「アインズ様ぁぁぁあああああ!」

「ふぁ!?」

 

 そうしようとした矢先、さらなる暴走者がアインズの肋骨にタックルを仕掛けて来た。

 

「ど、どうしたというのだ……アルベド!」

「アインズ様! 私も、子供は大好きです! いえ、むしろ今すぐ産んで育ててしまいたいくらいに望んでおります!」

 

 何を言っているんだ、このおかみ。などとアインズが思うよりも早く、彼女は着物の帯をすばやく解き、扇情的な色香と濡れそぼった吐息を至高の御身に吹きかけながら、夫役である至高の御身に馬乗りに跨る。

 

「アインズ様! 江戸の女は月に一度しか湯浴みが出来ませんので、香を焚いて匂いは誤魔化しておきますから、ご安心を! ああ勿論そのままの匂いの方が良いとおっしゃるのであれば、いくらでも」

「ちょちょちょ、ちょっと待て、おまえ!」

「ゴォラァァァ、アルベドォォォアアア!」

 

 コキュートスが止めに入る間もなく、怨念にまみれた罵声が家の屋台骨を震わせた。

 銀の弾丸のように襖を突き破り、見た覚えのある少女がアルベドの身体を吹き飛ばしてみせる。

 

「テメェ、黙って見ていればいい気になりやがってェェェ!」

「ちょ、シャルティア! あなた、役を間違えてない?!」

「んなことぁ、この際どうでもいいんじゃボケェェェ!!」

 

 予備である滅組の法被を着込んだ銀髪少女が、どこからか取り出した神器級アイテム(スポイトランス)を取り出し、応戦する女将は巨大な戦斧(バルディシュ)を取り出して対抗する。

 二人の白熱した戦いは、この後さらに四半刻ほど続いたことは、今はどうでもいい話である。

 

「た……助かったぁ」

「ア、アインズ様、御無事デ!?」

(かしら)って、こんな役なのか? ああ、いや……無論、無事だともコキュートス」

 

 貞操の危機は何とか回避され、居住まいを正したアインズは、精神を安定化させて悠然と語り出す。

 

「それで……どこまで話したか……そう、ネムとはカルネ村、じゃなくて狩根(かるね)(ちょう)近くの街道で出会ってな」

 

 御方の言によると、ネムは裸足で、泣き腫らした顔で道祖神を祀る(やしろ)で途方に暮れていたのだとか。ネムは両親と死別しており、家族は姉が一人だけいたのだが、その姉も数日前から行方知れずとなっている。

 

「姉の名は、エンリというらしい。ネムは家を出る姉を引き留めようとしたのだが、それっきり会っていないらしい。方々(ほうぼう)を捜し歩いている内に、疲れて社の中で休んでいたというわけだ」

「ソンナコトガ」

 

 たった一人の幼い妹を置いていくエンリなる娘に憤懣やるかたなくなるが、その気配に気づいた御方はコキュートスに語り掛ける。

 

「冷静になれ、コキュートス。何か事情があるのだろう。聞けばエンリという娘は、しきりに妹に対して謝っていたとか。何か妹から離れなければならないほどの事情があるはずだ」

「確カニ! サスガハ、アインズ様! 見事ナル慧眼!」

「いや……ああ、うん。そういうことだ」

 

 アインズは諦めたように(かぶり)を振った。

 

「エンリについて、何か公儀で判ることはないのか? 逃げるとなると、何かの罪を働いて、その為に出奔(しゅっぽん)したと考えられる……だったか?」

「ハッ! 早速、デミウルゴスニ確認シテ参リマショウ!」

 

 言うが早いか、コキュートスは奉行所に詰めているだろう友のもとへ駆けていく。

 そんな将軍の背中に、残されたアインズは呟いた。

 

「いや……〈伝言(メッセージ)〉使えば早くね?」

 

 

 

 

 

                   【続】

 

 

 

 

 

 




タタタターン、タタタッタッタタッ!(CMバン)
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