暴れん坊コキュートス   作:空想病

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中編はシリアス重視です(ギャグがないとは言ってない)



中編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南町奉行所を顔パスしたコキュートスは、何食わぬ顔で屋敷奥で政務の準備に勤しむデミウルゴスに、狩根(カルネ)(ちょう)のエンリのことを(たず)ねていた。

 

「エンリ・エモットですか。その娘は確か、料亭“呼萬田(こまんだ)”で仲居をしていたとか」

「ソノ料亭デ、エンリハ何カ罪ヲ働イタノカ?」

「いえ、そういう報告はうけておりませんが……その料亭で何やら奇妙な事件があったのは確かです」

「奇妙ナ事件?」

「ええ、つい先日(せんじつ)の事ですが、その料亭で一人の大名の息子が病死したとか。非常に壮健な若者であったらしいので病死というのは奇妙ですが、遺族の大名家がそのように主張しており……それぐらいですかね?」

「ソノ息子トヤラノ名前ハ?」

「バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ……随分と長ったらしい名前ですね。ああ、父である大名の名は、ランポッサ三世とのことで」

 

 その息子には覚えがなかったが、さすがに大名である父のことは知っていた。

 白い髭を蓄えた、枯れ木のように細い老爺であったはず。

 

「大名ノ息子ガ急死……跡目争イノ可能性ハ?」

「それも考慮したのですが、バルブロという息子は長男の割に次期大名としての自覚が薄く、野卑で女遊びに溺れ、金に汚く、そのくせ自尊心だけは人一倍だったらしく、まるで下種が着物を羽織って歩いているような人物だったようで、一族からも大層疎まれていたとか。新しい後継については次男にして優秀であるザナックに、早々決定しているとも聞いております。そういった意味では、可能性はなくはないでしょうね」

 

 疎ましい正当後継者を排除し、優秀な予備を奉り上げる。実に陰惨な手口だが、まったくないとは言い切れない。大名とは言うなれば、天下の御正道を貫く規範たる存在たちなのだ。その自覚のない愚物がその地位についても何の益にもならない。悪くすれば万の害毒にしかなりえない。その可能性がある人物が地位につく前に死んだことについては別に何とも思わない――むしろ溜飲が下がる思いすら抱く――のだが、それでも死者を悼む気持ちくらい八代将軍は持ち合わせている。

 この場合はむしろ、ランポッサたちが虚偽の報告をしていることこそが問題視されるだろう。

 

「真相ガ気ニカカルノデアレバ、イッソ蘇生サセテミテハドウダ?」

 

 この世界には蘇生の魔法がある。低位の魔法では蘇生対象が弱いと灰になったり、いろいろと制限がついているのだが、ナザリックに属するものについては「死人に口なし」という諺は通用しないのだ。世界観ブチ壊しであるが、気にしたら負けである。

 

「蘇生させる利点があまりありませんので、公儀(こちら)ではまず蘇生はさせないでしょう。ランポッサが私財を投じて蘇らせる分には問題ないですが……まぁ、一人の蘇生で一万石以上の出費と考えると、まずやらないでしょうね」

 

 一万石はナザリックにしてみれば“はした金”でしかないが、一大名にとっては目が飛び出るほどの値だ。そんな余裕があったら、困窮している民百姓一万人を一年間養った方がまだ意義深いだろう。

 

「デミウルゴス様」

「プルチネッラ、どうかしましたか?」

 

 廊下で膝をついた奉行所に勤める同胞の道化師が、恭しく一礼する。

 

「病死と報告されていたバルブロなる男の死体わ、拷問官――もとい検死役のニューロニスト殿が秘密裏に回収検分したところ、どうやら頭を強く打ったことで死んでいたことが判明しました。これわ事実関係を再精査する必要があると具申いたします」

「ありがとう、プルチネッラ」

「それと蒼の薔薇によって、麻薬村を数か所焼き払ったとの報告が届いております。詳細についてわ、後程(のちほど)書面にて。それでわ」

 

 謹直な道化師が去っていくのを見送って、二人はタイムリーに過ぎる報告を改めて考える。

 

「エンリ・エモットハ、マサカ……バルブロ殺シノ下手人(ゲシュニン)?」

「可能性はありえますが、今のところは何とも……」

 

 エンリは、大名の跡目争いの渦中に投げ込まれた一石(いっせき)なのか、それとも――

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

「馬鹿げている! 何だ、その根も葉もない噂は!」

 

 エ・ランテルの統治を信託された大大名、レエブン候は、いきなり訪問してきた女大名の申し出に声を張り上げた。

 彼女の行為は、普通であれば考えられないような暴挙であった。大目付役と言えども、相手は直轄地を治める統治者。数十万石を担う重責を負った上位者なのだ。職制上の立場はほぼ互角なれど、統治者としての格の違いは厳然として存在している。

 にも関わらず、この女は堂々と表玄関から上がり込み、茶を催促して屋敷の主と対面を果たしている。

 短気な家主であれば手打ちにしていてもおかしくなほど不遜な態度だったが、如何せん、相手はあのクレマンティーヌ。上様の信任の篤い忠臣というよりも、その乱暴狼藉ぶりでまことしやかに風聞される女戦士だ。彼女が目を付けた大名は、悉くが不正を暴かれ御家存続を危ぶまれる危難に見舞われたとか。

 それを知っているからこそ、レエブン候は慎重に、彼女の出方を窺わざるを得ないのだが、あまりな展開に腰を上げて刀に手を伸ばしてしまいそうになる。

 

「我が領土で年貢米の横流し? 馬鹿も休み休み言え!」

「それじゃ、米価の操作でも行っているのかな? どう見積もっても御宅の石高と産出量は一致してないみたいだって、吟味役は睨んでるみたいよ?」

 

 勘定吟味役という幕府の財政を監査する役儀を負った同輩の禿頭を思い出しながら、クレマンティーヌはにこやかにレエブン候の抗弁を受け入れる。

 まるで慈母が聞き分けのない子を宥めるような美しい微笑みだったが、その内実はドブ川のような腐臭に満ちているかのようで、レエブン候は大いに眉を顰めた。

 

「……エ・ランテルの年貢米は、すべてナザリックに運ばれており、石高の操作隠蔽など!」

「じゃあ、これはなにかな?」

 

 彼女は手品のような早業で、袖口から一冊の帳簿を取り出してみせた。

 レエブン候は目を瞠る。門外不出の落款を押された石高帳が、どうしてクレマンティーヌの手の中にあるのか。

 彼は苦々しく呟く。

 

(わた)中間(ちゅうげん)を使ったか!」

 

 渡り中間とは、口入屋という業者から派遣された武士ではない武家奉公人で、門番や使い走り、厩舎番や掃除夫、雑用係全般を命じられる使用人として、武家に出入りした町民などである。イメージとしては、現代での派遣社員やアルバイトに近いだろうが、実際には武家屋敷に住み込みで働いていたので、完全な生業として成立していた。

 彼らは臨時に雇い入れられる人材であるため、急な人員補充の必要に迫られた状況下などでは大変重宝される存在なのだが、あくまで臨時の奉公人にすぎないため、奉公先への忠誠心が極めて薄く、奉公先で仕入れた秘密や醜聞などを使い、奉公先を脅し強請るなどということもしばしば。無論、全員が全員、そのような卑劣漢であったわけではないのだが、職務上、そういった連中は一定数湧いてしまうようなのだ。

 いかに直轄地を治める大領主であろうとも、否、大領主だからこそ、そういった掛かる総賃金の安い存在の出入りを認めるのは、質素倹約の道を期するならば致し方ないことなのである。

 

「さぁね? そのあたりはどうでもいいんじゃな~い?」

 

 クレマンティーヌは薄く微笑みながら、レエブン候を追い詰めていく。

 

「問題はさぁ、こんな不正を上様の直轄地を任されている手前(テメェ)が率先して行っているってことなんだよ。ねぇ、わかる? こんなことが知れたら、上様の説いてる御正道とやらに瑕疵(きず)がつくんじゃないかなぁ?」

 

 言っていることは確かに事実だが、その口調からは一片たりとも上様や御正道に対する敬意は見られない。それだけで、この女の腹の底にある欲望は透けて見えるようだった。

 

「……(あたい)は、いかほどか? 千両か? 二千両か?」

 

 相手の真意が見えているからこそ、彼は早々に、この件を落着させる手に打って出る。

 だが、女の狙いをレエブンは完全に見誤っていた。

 

「五千両♪」

「な、何だとぉ!?」

「ほんとは、一万両にしてやろうかと思ったけど、今回だけ出血大特価(サービス)ってことで♪」

 

 それは途方もない額面だ。あまりにも法外に過ぎる。

 五千両とは参勤交代で使用される総経費と同等か、場所によっては倍近い値になるだろう。

 

「そ、そんな大金……いくら私でも」

「大丈夫だって、アンタ直轄地を任される大大名なんでしょ? だったら、これぐらい掻き集めるなんてお茶のこでしょ?」

 

 帳簿を改竄したように、幕府の支給金から金策を行えばいいのだと提案しているのだと分かる。

 否、それ以外にどうやって五千という大金を用意しろというのか。御用商人たちに片端から借り受けることができても、とても工面できる道理がない。

 

「そ・れ・と・も」

 

 女は悪戯を思いついた悪童のように唇の端を吊り上げた。

 

「あたしらに協力する? 人類の守護者・法国の盟に……ねぇ?」

 

 そうすれば五千両はチャラだと宣言する。

 馬鹿げた申し出だ。盟とやらが何なのか皆目見当つかないが、こいつらに協力などしては、子々孫々に渡りたかられ続ける光景しか見えてこない。

 

「別に断ってもいいんだよぉ? 無理強いなんてしたくないしぃ? でもさぁ……」

 

 女大名の眼光は、血に飢えた肉食獣のそれのように輝いている。

 

「そうなったらアンタのトコの奥方と跡取り……どうなっちゃうか想像できる?」

 

 レエブン候は、臓物に白刃を突き立てられたような気を味わった。

 下卑た声で、クレマンティーヌは歯を剥き出しながら喚き始める。

 

「ああ、安心してよ。リーたんとかいう可愛い男の子! 稚児(ちご)にでもなれば好事家の目に留まっていい具合になるかもしんないしさぁ! そうなったら見物だよねぇ! お情けで私が今の内に筆を御してやっておこうかなぁ? 処女はさすがにもらえないけど! キャハハハ! ウケる~! 奥方は今二人目だっけ? お腹もだいぶ膨らんできたよねぇ? アンタはやんないかもだけど、世の中にはああいう腹の女で()っちゃうクソ以下な連中もいるんだよぉ? そいつらにアンタのことを紹介しちゃってもいいのかなぁ? ンフフフフフ♪」

「やめろ! やめてくれ! もう、やめてくれ……」

 

 繰り返す声には覇気がない。大大名としての威厳も何もない。

 そんな彼の様子にご満悦な表情を浮かべ、大目付はしたり顔で最後の(くさび)を差し込んだ。

 

「じゃあ五千の話、一週間以内でよろしくね♪」

 

 払えば、御正道には完全に背くことになるだろう。

 それこそがクレマンティーヌの狙い。どう足掻こうと、レエブン候には更生の目など巡っては来ない。

 その時にあげる大大名の絶望を夢想しながら、女は悠々と部屋を辞していった。

 

「……ふぅ」

 

 震えていた肩をすっぽりと落として、レエブンは気持ちを完璧に切り替える。

 女の楔など(ぬか)(くぎ)とでも言わんばかりに冷静になって、彼は懐にある〈伝言〉の巻物を開いた。周囲に聞き耳を立てる影や、魔法での盗聴はないことをアイテムで確認してから、一人の名奉行を呼び出す。

 

「デミウルゴス様」

『どうかしたかね、レエブン君? 女豹にでも噛みつかれたような声をして?』

 

 顔は見えていないのに、声のみで相手の心の機微を読み解く悪魔の業に、レエブンは驚嘆も恐怖も抱かず、慣れた調子で応対する。

 

「今まさに、その女豹が私のところに強請(ゆすり)を働きに来たもので、そのご報告をと」

『おお! ありがとう、レエブン君! 君は本当に優秀な人間だよ! 君の作った餌の精度は、他のどの大名たちよりも早く、そして大量の獲物を確実に捕らえてくれるね!』

「……光栄でございます。きっと、至高にして偉大にして絶対なる御方にも、お喜び頂けることでしょう」

 

 上機嫌な悪魔の表情が目に浮かぶ思いに吐き気を覚えつつも、レエブンは与えられた使命の完遂に勤め、彼との〈伝言〉を終えた。

 

「はぁ……」

 

 こういう時、必ず思う。

 自分は悪魔の手先になって何をやっているのだろう。

 あのクソ以下な女については、まったく同情はしない。だが、自分のしていることを思うと、どうあっても罪悪感が降り積もる感覚が拭えない。心が破綻していても、彼女は人間だ。レエブンと同じ種族なのだ。なのに、自分はそいつを売って、自分と家族の安全を買っている。

 あの女は罰せられるべき存在だ。それは理解している。けれども、心の奥底では、悪魔に魂を売り払ったことへのささやかな抵抗が続いていた。いっそのこと、自分も悪魔にでもなってしまえれば、この懊悩から解放される日も来るのだろうに。

 だが、それだけはまっぴらごめんだ。

 私は人間だ。弱い人間のまま、家族を愛していたいのだ。

 扉を叩く音に意識を引き戻す。向こう側から現れた天使の微笑みは、まっすぐに父親の腕の中に納まった。

 

「ぱぱ!」

 

 また一回り大きくなった息子が自分の肩を揉むように手を伸ばす。その後ろを、静かな笑みを浮かべた妻が、大きくなったお腹をいたわるようにゆっくりと追ってやって来る。

 レエブンは確かに思った。

 妻と子らを護る。

 それこそが夫として、父として、人として、愛するものたちに対して抱く、ささやかな祈りだった。

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

 ナザリック城下から離れたここは、スレイン領地。

 国境にほど近い宿場町の屋敷の一室で、男たちはとある帳簿に目を通していた。

 

「ここんとこ、どうにも上がりが悪いな。葉を横流ししている野郎でもいるのか?」

「それが親方。何でも最近、ナザリック近くの村が公儀御用達の冒険者の一座に焼かれたとかで」

「はぁ? 糞ったれ……もう少しってところで……魔法と異能で成長を早めさせろ!」

「それだと質がガタ落ちしますが?」

「とにかく量が大事なんだよ! あの人たちを怒らせてぇのか、ロンデスッ!」

 

 滅相もないと男は頭を下げる。

 だが、目の前で激昂の唾を吐き飛ばす男への敬意はこれっぽっちも抱いていない。

 こんな男が自分の上司だと思うと頭痛が酷くなる。これも神の思し召しだと幾度も自分を慰めているが、目の前で金勘定と悪巧みに勤しむ男の罵倒と八つ当たりを聞いていると、神なんていないのではという思いが込みあがってきて仕方ない。

 これも人類守護という大義の為。

 そう思うほどに、自分の雇い主のあまりな馬鹿さ加減に辟易する度合いは深まってしまうのが、ロンデス・ディ・グランプの悩みの種になっていた。

 

「ロンデスさん」

 

 部屋の襖の向こうから、柔らかな少女の声が聞こえてくる。許して入室を許すと、少女は快活そうな表情で荷運びの仕事の完了報告を行った。

 

「今日の配達、全部終わりました」

「おう、御苦労さんだな、エーリ。今日はもうあがりな」

「ありがとうございます、ロンデスさん」

 

 丁寧にお辞儀して、金髪の少女は与えられた自室に帰参していく。

 その背中が見えなくなったのに合わせて、二人は顔を突き合わせて話し出す。

 

「エンリ……いや、エーリの様子は?」

「罪人と自覚しているだけあって、よく働いてくれていますよ。ここを追い出されたら、どうなってしまうのか分かりきっていますからね」

「応とも。ああいう手合いは、こういうことに使いやすいからな。情報も漏らさねぇし、それにいざ使い物にならなくなったら……うひひひ」

「……下品ですよ、親方」

 

 匿ってもらっているという自覚と恩義は、少女を鎖のように繋いでくれている。

 自分が運んでいる荷が何なのかも知らずに、エンリは彼らのもとで働き続けている。

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

 コキュートスは、料亭“呼萬田(こまんだ)”の暖簾をくぐった。

 エンリの妹を預かっている(むね)を店の主人に知らせ、エンリと仲の良かった者に話を伺おうと単身乗り込んだのだ。

 この程度のことは奉行所などの役人があらかじめ済ませているだろうと思われるが、いかに庶民とはいえ、全員が役人に対して胸襟を開いて何もかも話を聞かせてやるはずがない。不正や秘密を抱えていれば尚更、役人たちには聞かせたくない事情の一つや二つはあるものなのだ。

 その点、コキュートスの世を忍ぶ仮の姿は効果覿面だ。役人ではなく、庶民たちの完全な味方である町火消組の居候兼用心棒となれば、自然と色々な情報を開示してくれるものである。別に、町火消組の圧倒的な軍事力を背景に脅しているようなことは一切ない――はずだ。

 客間の一室に通されて程なくしてから、乱雑に赤毛を伸ばした仲居が現れた。

 名は、ブリタ。姿を消したエンリ・エモットの同僚は、コキュートスの身の上とネムのことを聞かされた瞬間に緊張を解いた。

 

「本当に、とんだ災難だったよ、エンリちゃんは」

「災難、トハ?」

 

 ブリタは周囲を見渡して、コキュートスの耳管の位置に顔を近づける。

 

「お武家さん、ここだけの話……あのバルブロとかいう馬鹿息子……エンリちゃんを手籠めにしようとしてさぁ」

「フゥム……大名ノ息子ガ、仲居ニ手ヲ出ソウトシタト?」

 

 無論、惚れた腫れたというのは珍しい話ではないが、そのバルブロは確実に邪な皮算用で平民の娘に手を出そうとしたのだろうと理解できる。でなければ、目の前のブリタがこんなにも不快気な表情でこんな話をしたりはしないはず。ただの町娘が次期大名に玉の輿となれば、誰もが羨む道理なのだから。

 唾でも吐きそうな面持ちで、ブリタは語気を荒げて語り続ける。

 

「本っ当にいけすかない下郎だったよ。あんなのが大名の息子だってんだから世も末さ。でね? エンリちゃん、馬鹿息子にしつこく言い寄られた挙句、無理やり迫られて、着物をはだけさせながら座敷を飛び出したんだけど、バルブロのクソはそれを追っていってさ。でも、私らが止めるわけにもいかないでしょ? 相手は次期大名様なんだから」

「ナルホド。抵抗シ揉ミ合ウ内ニ、エンリハ衝動的ニ何カ鈍器的ナモノデ後頭部ヲ殴打シタ、トイッタ所カ?」

 

 コキュートスはそう推測してみたが、ブリタはあっけらかんと否定した。

 

「いや? エンリちゃんが咄嗟に顎の先をちょんと当てただけで馬鹿が脳震盪を起こして、千鳥足になったあげく廊下の柱に後頭部を強打して、お陀仏!」

 

 これはひどい。

 仮にも大名家として、武門の端くれとして、町娘の一撃で自滅するなど言語道断。ランポッサたちが隠匿しようとしたのも無理はあるまい。それほどの醜態に違いなかった。

 あの右フックは綺麗だったよ、などと感心しきる仲居の様子に、コキュートスもそのエンリという娘の戦闘力に興味が湧いてしまった。

 それはさておき。

 

「ト言ウコトハ、エンリハ罪ニ問ワレル前ニ逃ゲタノカ?」

「いやぁ、どうなんだろう。その場に居合わせた岡っ引きに連れられて、それっきり見てないから心配は心配なんだけど。さすがに役人に正面きって尋ねるなんてさぁ……」

 

 ブリタはしきりにエンリとその妹の身を案じているのが、言葉の端々から感じ取れた。

 しかし、解せないことがある。

 ブリタの証言だと、エンリは岡っ引きに奉行所へ連行されたということ。だが、デミウルゴスの務める奉行所でそんな話は聞かなかった。おまけに、エンリは自分の家へ荷造りをしに戻っている。ネムに引き留められたのはその時だろう。これでは矛盾が生じてしまう。

 二人を何とか救ってくれと願い出る仲居に対し、武門の頭領は期待に応えるべく質問を続ける。

 

「ソノ岡ッ引キノ名前、判ラナイカ?」

「何だったっけなぁ。確か……ロンデ、デ、グランプ? とか言ってた気がする」

 

 有益な情報を仕入れたコキュートスは、ブリタと別れ料亭を出る。

 その時を待っていたかのように、二人の町人が近づいてきた。

 荷を背負った町人の男はパンドラズ・アクター、そして町娘はナーベラルに相違ない。

 パンドラズ・アクターについては落書きのような卵頭ではなく、それなりの年を取った人間の男の顔になっていたが、これは彼の得意とする変装――というよりも変身――術である。

 

「上様」

 

 お辞儀を送る御庭番たちに、コキュートスは無言で先を促した。

 

「まず、審議中につき〈伝言〉を使えないデミウルゴス様からの言伝(ことづて)を。『クレマンティーヌがレエブン候と接触。法国の盟なる組織への参画を提示した』とのことです」

「法国ノ盟? ……陽光聖典トノ繋ガリハ?」

「それについては、まだ何も」

 

 話し終えたナーベラルに続いて、パンドラズ・アクターが人間の顔を君主に近づけた。

 

「クレマンティーヌの城下の屋敷を探索しましたところ、魔法で隠匿した地下蔵に様々な大名の帳簿や記録などの強請の品を発見。さらに幕府御用達の商屋からの(まいない)を受け取っていたことが判明しました。賂の一部が――これに」

 

 パンドラズ・アクターが差し出した紙包みには、乾燥した何かの草が挟まっていた。

 

「フム、薬草ノヨウニシカ見エヌガ、コレハ?」

「私の方で詳しく鑑定いたしましたところ、これは麻薬の原料でございます」

「……ナント! 幕府御用達ノ商人ガカ! ソノ商人ノ素性ハ?」

「確か、八本指という商家の連合のようなものだったかと」

 

 抑えきれぬ憤怒を極寒の息吹に変えながら、コキュートスは御庭番たちに命じた。

 

「我ガ盟友、恐怖公ニ〈伝言〉ヲ頼ム、ナーベラル。ソノ後、エンリノ居場所ヲ探査セヨ」

「畏まりました」

「パンドラズ・アクターハ、ロンデスナル岡ッ引キニツイテ、デミウルゴスニ聞イテオイテクレ」

「御意……上様は、この後どうされるのです?」

 

 彼はエンリの交友関係の総ざらいの完遂につとめる。

 

「トリアエズ、エンリノ友人、ンフィーレア・バレアレヲ訪ネテミル」

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

 その建物の門に掲げられた札には、ンフィーレア養生所と書き込まれていた。

 ここは八代将軍(コキュートス)南町奉行(デミウルゴス)が主導で建立し運営している町民たちのための医療施設のひとつだ。ほぼ無料で治療や病気の診断、治癒薬(ポーション)の処方を行ってくれる為、神殿勢力などはナザリック城下では完全にお払い箱な状況に追い込まれている。

 そもそも、ナザリックにおいての神とは至高の四十一人以外は完全に認めていないため、神殿が信仰している何大神とやらは、クソみたいにマイナーな信仰に成り下がっているのが現状だ。

 

「ンフィーレア医師ハ居ルカ?」

 

 話に聞く前髪で視線を隠す医療者の若者を探していると、見知った少女が駆けて来たのを発見する。

 その少女は今朝会ったネム・エモットに相違ない。

 

「コキュートスさん!」

 

 彼女の後ろには、白骨の玉体――至高の四十一人のまとめ役たる御方の姿が随伴していた。

 

「アインズ様!」

 

 慌てて膝をつきそうになるコキュートスを、アインズは手で制した。

 これではどちらが上位者なのか分からないが、堅物な武人のコキュートスのすることだから、大目に見てもらうしか他にない。

 蟲王(ヴァーミンロード)はほぼ単身でいる死の支配者に対し、たまらず苦言を呈する。

 

「御身一人デ、コノヨウナ所ニ参ラレルノハ不適切デハ?」

「……よく見ろ、コキュートス」

 

 周囲を複眼に映すと、滅組(めぐみ)戦闘女中(プレアデス)が二人――ルプスレギナとシズがネムの背後に控え、さらに八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)十五名が不可視化を行って追随しているのが理解できた。

 

「護衛ハ万全デシタカ。失礼イタシマシタ、アインズ様」

「よい。コキュートス、おまえのミスをすべて許そう」

 

 相変わらず町火消の頭に謙る将軍の様子に、至高の御身は諦めの吐息を吐き出す仕草を取る。

 アインズはコキュートスがこの養生所を訪ねた理由を訊いてみた。

 理由はおおむねコキュートスのものと合致していたが、ネムの健康診断も兼ねてとのことらしい。

 直後、奥の部屋から一人の若者が薬袋を持って現れた。

 

「お待たせしました、ゴウンさん。こちらが子供用に調合した睡眠薬になります」

「ありがとう、ンフィーレア」

 

 実は、ネムは姉が失踪してから眠れぬ夜に苛まれていたのだ。今朝の明るく屈託のない笑顔の裏で、少女は大変な苦労を抱えていたのである。アインズの魔法を使えば問題は解決するかもしれないが、この幼い少女にアインズの強大無比な魔法が強い副作用をもたらすのを忌避した結果、懇意にしている養生所の若者を頼ってきたというわけだ。ちなみに今そのネムは女中二人を伴って、近所の子らと共に中庭を駆け回って遊んでいる。

 新たに数日分の処方箋を受け取ったアインズの隣に立つコキュートスは、この時はじめて若者と視線を交わすことになった。

 

「えと、そちらの御武家様(おぶけさま)は?」

「滅組の居候をしている御旗本のコキュートスだ」

「ハジメマシテ」

「はじめまして、コキュートスさん。僕は、ンフィーレア・バレアレと言います」

 

 丁寧な挨拶を交わす彼は、将来きっと好漢として市中に名を轟かせることだろう。そう予感させる「輝き」を、コキュートスはつぶさに感じ取った。

 

「僕に何か御用でしょうか? ちょうど休憩時間ですので、よろしければ部屋でお話ししましょう」

 

 そう対応してくれる彼に対し、将軍は言葉を飾ることなく、自分が集めた情報をすり合わせていく。

 どうやらエンリの失踪について聞き知っている彼は、事件の責任の一端が自分にあるものと考えているようだった。

 

「たぶん、エンリは僕が患者さんから聞いていた関所の抜け道を使ってしまったんだと思います。でなければ、こんなことには……」

 

 休憩室に移動したンフィーレアは、ある関所は朝早い時間だと通行人をほぼ素通りさせる悪習が定着しているという情報を友人のエンリに話したことがあった旨を話し出した。金もなく役人とのコネもない少女は、その抜け道を通る以外に城下から逃げ出す手段はないと判断したことは想像するに難くない。

 彼の声に宿る後悔の念は、見ている方が痛ましいほどに切実なものがあった。

 

「嘆く必要はないとも、ンフィーレア」

 

 至高の御身から御言葉を賜る若者は、静聴の姿勢をもって応える。

 

「コキュートスの調べたところ、彼女の失踪には何か裏があるようだ。ここは彼に任せておくといい。きっと、エンリを救い出してくれるだろう」

 

 御方からの信任を受け、コキュートスはただでさえ強かった事件解決への情熱をさらに燃え上がらせることになる。

 

「ゴウンさん、コキュートスさん……不躾な頼みだと承知していますが、エンリをどうか、どうかよろしくおねがいします」

 

 若者の真摯な祈念を胸に抱いて、二人は重く頷いて見せた。

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

 エンリは二階に与えられた納屋のような自室で物思いに耽る。

 自分を匿ってくれたロンデスや宿場の親方には感謝している。いつだったかンフィーから聞いた抜け道と同じ関所を使うように指示を受け、彼らの手引きのまま、自分は何とか命を繋ぐことができた。

 バルブロという大名の息子を殺した……死なせてしまった自分の罪は重い。

 大名とは即ち上様の膝元に仕える御武家様なのだ。その身分は、エンリたちのような庶民などとは雲泥の差がある。跡継ぎを失えば、その大名家は悪くすれば御家断絶の憂き目を見て、最悪、家臣や一族など万単位の人々が路頭に迷い困窮を極めるという。それほどの相手を、不可抗力とは言え自分は(あや)めてしまったのだ。良くて遠島。最悪の場合は家族である妹共々獄門晒首の死罪だってあり得ると、ロンデスから語られた。その時に抱いた恐怖を思い返すと、手足が氷のように凍えてしまう。自分だけなら耐えられる。けれど、妹まで諸共に処されることは避けたかった。あの子さえ生きていてくれたら、自分はどうなっても構わない。

 そうならないために、ロンデスが協力をしてくれた。バルブロ殺しを隠蔽し、下手人であるエンリを匿い、こうして隠れ家と仕事を与えてくれた。自分だけでは、こう上手くはいかなかったはずだ。

 すべては上手くいっている……そのはずなのに。

 

「……ネム」

 

 妹は今頃どうしているのか。

 お腹を空かせているだろうか。長屋の皆は、あの子のことを気にかけてくれているだろうか。

 置いてくるべきではなかったのかも知れない。ロンデスに頼んで妹も共に匿ってもらいたかったが、ただでさえ迷惑をかけている相手に、さらに厄介の種を背負わせる気にはなれなかった。

 

「……ンフィー」

 

 友人は自分の罪を知って何を思うのだろうか。

 呆れているに違いない。怒っていても不思議ではない。何て女だと軽蔑しているかもしれない。

 

「……帰りたいなぁ」

 

 その祈りはけっして届かない。

 届いてしまっては意味がない。

 出口の見えない閉塞感が、エンリの胸を軋ませる。

 自分はこれから先どうなってしまうのだろう。そう思う度、少女は目の端を熱くしてしまう。

 エンリは今日も、小窓から覗く星空に祈る。

 天国へいった両親に、妹の幸せを祈願する。

 そして、いつか……

 きっと、いつか……

 

「皆にまた逢えますように……」

 

 

 

 

 

                   【続】

 

 

 

 

 

 




タタタターン、タタタッタッタタッ!(波打ち際をソウルイーターに騎乗して駆ける上様の画
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