暴れん坊コキュートス   作:空想病

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物語はいよいよ最終段階です。

というか、某将軍のパターンをなぞってるだけのような気が(´・ω・)



後編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クレマンティーヌは、ナザリック城下の屋敷で待機していた。

 こうも暇だと辻斬りにでも赴きたいところだが、さすがに時期が時期だ。自重しておかないと幹部連中から何を言われるか判らない。カジット一人の小言なら無視できるが、さすがに盟に属する全員を敵に回すのは厳しい。その程度の思考能力は、いくら大名級の性格破綻者であろうと残されている。

 

「退屈ぅ……」

 

 あまりにも退屈なので、大名としての威厳も何もなく、着物の帯は緩み、肩の線を外に露出していた。肩苦しいのが少しは緩和されるので、屋敷ではもっぱらこういった格好で過ごしていた。

 我慢するのは性に合わない。奴隷を数人くらい買っておくべきだっただろうか。そいつらを使ってイロイロと(たの)しんでおけば、少しは無聊(ぶりょう)(なぐさ)めになったかも。そんな益体もない考えを巡らせてしまうほど、暇というのは女大名の思考を麻痺させる毒だった。

 いいや。奴隷で愉しむなど、クレマンティーヌの矜持(ポリシー)に反する。自分は野に放たれた獣を狩る猟師(ハンター)なのだ。鷹狩の為だけに集められた野兎を捕まえ嬲っても、これっぽっちも満足できない、そんな不感症を患っている。実に困った悪癖であるが、それが紛うことなき自分なのだ。それを変えるつもりはさらさらない。

 

「いっそのこと……陽光聖典を嗅ぎまわっているとかいう、どっかの旗本を斬りにいけばよかったかなぁ?」

 

 何やら陽光聖典が使っている下っ端の下っ端である町娘が何処へ行ったのか、執拗に行方を追っている変な武家のぼんぼんがいるので困っているらしい。クレマンティーヌとしては旗本と事を構えるのは、やはり時期的な問題がある為できなかったので、屋敷の武家連中を行かせて対処するしかない。無論、連中には身元がバレないように浪人などに変装させているから、とりあえず問題はないはず。

 

「クレマンティーヌ様」

 

 陽光聖典の伝令役である魔法詠唱者が、しどけなく窓辺に佇む大名に声をかけた。

 屋敷に常駐している彼は、クレマンティーヌと組織を繋ぐ伝声管でしかなく、着物をはだけさせた格好を見せつけるのも、これが初めてのことではない。無論、彼の一点が女体美を前に熱を帯びていることに気付いてはいるが、その程度のこと別に知ったことではなかった。万一、我慢ならず襲い掛かってきても返り討ちにしてしまうだけだし。

 

「……なに?」

「最後の荷が本国から運び出されることになりました」

 

 決行は明日と聞かされ、クレマンティーヌは興味なさげに頷いた。

 レエブン候が意外にもすんなり盟への参入を希望してきたことで、予定よりも早く計画を推し進めることができた。所詮、大大名と言えども人間だ。目の前に現れた危難を回避するためなら、いくらでも我々のような存在にしっぽを振るのも理解できる。あんな石高帳をつけていたことからも、奴の御正道に対する姿勢――人間性とはその程度のものなのだ。

 しかしながら、盟においてはあまり頭脳派な存在でないクレマンティーヌであったが、彼の翻意は違和感があった。

 無論、彼をそのような行動に走らせたのは自分の言動、脅迫があればこそ。愛妻家と子煩悩で知られる大大名に、あの脅し文句は臓物を捩じ切るほどに覿面だったのだろう。幹部たちも大大名を参画させたクレマンティーヌの功績を高く評価しているが、それとこれとは別に、得体の知れない流れが生じていることを戦士の勘が告げていた。あまりにも上手くいきすぎているような、そんな気がする。

 まぁ――そんなことどうでもいいか。

 自分が愉しめさえすればそれでいい。

 たった一つの単純(シンプル)な法則に従って、クレマンティーヌは着物を肩にかけなおす。

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

 養生所でひとしきり楽しんだ少女は、遊び疲れていながらもはっきりとした態度で、滅組の居候の膝の上に座っていた。聞けば、アインズもよくこうしてくれるというので、少しだけコキュートスはネムの体格が羨ましく思えた。自分もこの少女程度の身体であれば、御身の膝に乗せていただけたかもしれないと思うと、否、それでは至高の御方々への忠義が果たせないがしかしアウラやマーレのような例もあるのだから当然のごとく自分だって否しかし――

 

「コキュートスさん、お姉ちゃん、何処にいるのかなぁ?」

「……サテナ」

 

 少女の声に意識を現実へ引き戻した将軍は、ネムの寂しげな様子をつぶさに感じ取る。

 

「心配ハ要ラヌゾ、ネム。キット、コノ私ガ姉上ト会ワセテヤルトモ」

「本当に?」

 

 コキュートスは滅多なことでは冗談を飛ばさない男だ。

 そんな武人の首肯に気を良くしたネムは、コキュートスの腕の一本に手を伸ばし、ひとつのおまじないをしようと提案する。

 

「それじゃ、指切りしよう!」

「指切リカ……イイダロウ、受ケテ立ツ!」

 

 勿論、コキュートスは少女の言葉を物理的な行為だなどと勘違いはしていない。

 これが子供の約束事の風習なのだという知識ぐらい、この世界のコキュートスは持ち合わせている。

 それにしては随分と気合が入っているのは、それだけ彼が義理深い男だということ。

 武門の頭領として、約束は決して違えない。

 

「指切りげんまん、嘘ついたら、針千本、飲~ます――指切った!」

 

 約束だよと微笑む少女の小指の感触を爪の先に感じながら、コキュートスは確かに誓ったのだ。

 夕飯を食べに滅組の屋敷へ戻ったアインズやネムたちと別れ、養生所を後にした蟲の武人は、暗い夜道の裏通りを一人で歩む。

 将軍としては実に不用心なことこの上ないが、これは釣りのようなものに過ぎない。コキュートスのレベルを考えれば、彼を打倒し得る存在などありえないのが現状だ。無論、油断は禁物。さらに、弱いものを侮っては、至高の御身の言葉に反することになる。一瞬たりとも気は抜けない。

 その時、物陰からほっかむりを被った浪人と思しき連中が姿を見せた。

 

「何者カ?」

 

 誰何(すいか)の声には誰一人として答えない。

 問答無用に刀を抜いて襲い掛かる悪漢たちに、コキュートスは四つの腕を振るって軽く受け流す。手刀一発でも人間の頭蓋を粉砕してしまうコキュートスは、手加減をして戦うことが難しい。下手したら爪の先で一押しするだけで、胸骨を砕き心臓を容易く貫くことも可能だ。冷気のオーラを解放するだけでも、この程度の連中なら全滅させることが出来る。

 だが、それでは意味がない。

 連中の拠点を割り出すためには、どうあっても生きて帰ってもらわねば。

 コキュートスは仕方なく、腰に佩いた斬神刀皇を抜き払う。峰打ちになるように柄を返したが、果たして、こんな強大な力を秘めた武器で本当に峰打ちなど可能なのか。

 しかし、連中は得物を抜いたコキュートスの本気を感じ取ったのか、潔く撤退を始める。

 上手く事が運んでくれたことでコキュートスは胸を撫で下ろし、斬神刀皇を腰の位置に戻す。ここで連中が遮二無二突っ込んで来たら、いよいよコキュートスは相手を皆殺しにしていただろう。

 まぁ、その時はあとでペストーニャあたりにこっそり蘇生させてから送り返そうとか思っていたのは、内緒である。

 

「上様」

 

 くのいちが〈転移〉を用いて、コキュートスの前に現れた。

 

「ナーベラル、探査ノ結果ハ?」

「既にエンリ・エモットの位置は特定しました。こちらです」

 

 ナーベラルから二枚の紙片を受け取った。一枚はエンリが潜伏していると思しき場所の地図。もう一つは、ネムが肌身離さず握っていたエンリの書き置きであった。涙の滲んだ小汚い書き置きだが、何故(なにゆえ)かコキュートスはこの書き置きをネムから預かってくるように厳命したのだ。

 

「スレイン領地カ。ヨクヤッタ、ナーベラル」

「はっ……今しがた襲って来た下等生物共(ショウジョウバエ)を追いますか?」

「ソレニハ及バナイ」

 

 コキュートスの視線の先を認めたナーベラルは了解の意を示した。

 自分もよく知っている滅組の女中たち――ソリュシャンとエントマが月明かりに照らされた屋根の上で微笑み、連中が走り去った方向へ駆けて行った。彼女たちであれば、遺漏なく連中の巣穴である拠点を(あば)いてくれることだろう。

 連中がコキュートスを襲った理由は、口封じのために違いない。今の自分は八代将軍ではなく、貧乏旗本の三男坊だ。そんな相手を殺そうとする理由など、それ以外に考えられない。

 ついに直接的な妨害工作をうってきた、その理由。

 

「ヤハリ、エンリノ行方ヲ知ラレテハマズイ(ヤカラ)ガイルヨウダナ」

 

 コキュートスは微かにだが、エンリの行方について聞き込みを行っていた際に、不穏な影が接近してくるのを感知していた。無論、その場でひねり潰して自白させる手も悪くはなかったが、それでは「勘違いだ」なんだと理由をつけられ、逆にコキュートスの立場が危ぶまれる。魔法で魅了洗脳する方法もあるが、生憎(あいにく)コキュートスにはその手の魔法の覚えはない。故に、連中が直接的な手段に訴え出るのを待ちわびていたのだ。

 ちなみに、ああいった手合いが無辜の町民たちに危害や脅迫を加えないよう、料亭や養生所などにはすべて影の悪魔(シャドウ・デーモン)などの隠密能力に秀でたシモベを配置している。彼らの安全は、ナザリックの庇護の下に保障されているわけだ。

 

「サテ、連中ノ狙イガ見エテキタカ」

「やはり、エンリ・エモットのもとへ?」

 

 無言の肯定を受け取ったナーベラルは、無言の首肯を送り、コキュートスのもとを離れる。彼女にはさらにエンリの動向を監視させねばならない。万一、危地に立たされることになれば、その時は有無を言わさず全力で救わねばならない。だが、今はまだその時ではないのだ。

 向かうしかない。

 向かう以外に道はない。

 姉を思って眠れぬ夜を過ごす妹のため。

 さらに養生所で後悔に沈む若者のため。

 このコキュートス、必ずやエンリ・エモットを救い出してみせる。

 そして同時に、至高の御方への忠義の為――逆徒共をひねり潰す。

 天下の将軍は決然と、輝く夜空の下に誓うのだった。

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

 朝露の香る早朝。

 陽光聖典の元締を務める若い男は、頬を両断する傷を撫でる仕草をやめて、隊員たちに向き直った。

 

「各員傾聴」

 

 静かで厳かな、まるで宗教音楽のような音色が、その場にいる全員の耳に入る。

 声の主はピンと気を張った隊員たちの態度に対し、堂々とした口調で語り始める。

 

「我々陽光聖典は、ついに神への信仰を取り戻す日を迎えた。愚昧な人類はついにその目を覚まし、我らが六大神の威光を完膚なきまでに思い出すことになるであろう。諸君らは、そのための(さきがけ)として、人々の花道を飾る英雄豪傑として、永劫に渡り語り継がれる存在に昇華されるであろう!」

 

 つい今しがた、法国の盟から部隊出動の指令が届いた。

 協力者たちからの上納金は目標に達し、さらに直轄地を治める大大名の参画を認めさせたという。盟の幹部たちには感謝しかない。これで、化物たちの脅威から人類を守護する大命(たいめい)を遂行できるのだから。

 

「汝らの信仰を神に捧げよ!」

 

 ニグン・グリッド・ルーインは宣言した。全員が黙祷を捧げ、これから起こる戦いへの機運を高めていく。人類の興廃は、自分たちの双肩にかかっている。

 陽光聖典はそのための尖兵。そのことに恐れや怯えはない。

 人類は我々の犠牲のもと、正しい人としての在り方を思い出し起ち返るのだ。

 誉れ高い大役に耽溺できる栄華に思いを致しながら、ニグンは懐の水晶を撫でながら、部隊員らと共に隣接する直轄地を目指す。

 

「隊長、もとい元締。例の麻薬運搬係については?」

「問題ない。すでに用済みだと達しているから、次の仕事で消されるだろうよ」

 

 新しい運搬役は町娘をだましてやらせていると聞いている。うら若い乙女だと聞いているが、ニグンたちの使命の為には、致し方ない犠牲のひとつでしかないのだ。

 

「そんなことよりも、我々の役目に心血を注げ。これまでは準備だ。これからが、本当の戦いなのだからな」

 

 彼らの変装した姿は、旅芸人のそれに偽装したもの。

 大量の召喚用の巻物や、最低限の武器を大量の積み荷に紛れ込ませ、彼らは反撃の進軍を開始した。

 

 

 

 

 

 陽光聖典たちが立ち去った此処は、クレマンティーヌの大名屋敷ではなく、また如何なる幕閣の武家屋敷でもない。

 廃寺、もとい廃神殿だ。あばら屋のように壁は剥がれ、柱は腐り、屋根には大きな穴も空いている。朽ちて忘れられた神を祀る御殿は、数十人を収納してもあまりある広さを誇っているが、集まっていた隊員たちというのは、近郊の宿場町を寝泊まりに利用していた。中々の立地条件だというわけである。

 そして地下には、大量の武器や装備、薬物の原料や大量の金子――軍資金まで備えられていた。

 

「……ふむ」

 

 陽光聖典の隊員の一人に紛れ忍び込んでいた町人は、卵頭の御庭番の姿に戻って、その空間を検分した。

 賊徒の群れにしては、なるほど頭を使ったようだと、パンドラズ・アクターは感心すら覚える。

 てっきり大名屋敷や幕府施設に証拠を隠匿しているものと思っていたが、コキュートスの読みは当たっていたわけだ。

 きっかけは、ネムが休んでいたという道祖神の社のことを思い出したことに始まる。

 土着の信仰というのは簡単に引き剥がせる類の風習ではないが、信仰の自由をナザリックは原則認めてはいない。ナザリックの信仰はすべて至高の四十一人への崇拝以外に他ならず、今は町火消に身をやつしている神君アインズ・ウール・ゴウンへの尊崇以外、まったくありえないとされている。にもかかわらず、幕府はそういった寺社神殿の取り壊しを強行することはしなかった。これは別に宗教施設に寛容であるからではない。

 単純にナザリックへの反意を抱く賊徒を釣るための餌の一種に他ならないのだ。

 人間という下等生物は、見たことも触れたことも会ったことすらない不確かな存在“神”を長らく信仰し続けて来た。しかし、彼らはこの世に顕現した神性の極みたるアインズ・ウール・ゴウンを認めようとはしなかった。これは無理からぬことだ。神とは即ち不確実で不確定で不明瞭で不安定な存在であることを大衆は望んでいた。確たる形と力とを諸共に保有する存在を目の前にして、けれども彼らはそれを神だなどとは認めなかった。認められるはずがなかった。それは彼らの望む(モノ)ではなかった。それだけの理由で、人間はアインズ・ウール・ゴウンに反意を抱いた。実に悲しむべきことであり、実に憐れむべき愚鈍ぶりである。パンドラズ・アクターはそう嘆くより他になかった。

 これを恐怖政治と捉える向きが一定数の人間に見られたというと、実はそうでもない。

 ナザリックの統治が素晴らしいものであると実感すればするほど、彼らはナザリックによる統治を甘受していくようになった。下位アンデッドによる農業改革や工業革命、エルダーリッチなどによる教育体制の浸透、神殿勢力を廃退させるほどの医療制度の拡充、様々な魔法や武器の流通による人間たち個人の戦力強化……そのどれもが、今までにない革新的な成果を人間たちの上に実らせ始め、これまでにないほどの繁栄と享楽が実現され始めたのだ。それはいわば、口を開けているだけで天から恵みの蜜が下されるのと同義。これを受け入れないような人間など、偏執的なまでの人間至上主義者か、一部の馬鹿だけである。

 そういった人間至上主義者たちというのは、自分たちの信じるもの――神とやら――を奉り縋りつくことで、刹那の安心感と須臾の団結力を生む。そういう風に思考が方向づけられているのだ。本当の神を――神すらも超越し凌駕し蹂躙する存在を知らないが故に。

 残され廃れた神殿の機能とは、そういった愚物たちを呼び込む、巨大な定置網漁なのだ。

 もっとも、ここまで上手く逆徒たちを誘導したのは初めてのことではあった。廃れた神殿に目をつけることがなかったのは、完全にこれまでの慣れから除外していた可能性である。

 コキュートスにまんまと一本取られたような気分になるが、彼がナザリックの守護者として優秀であることの証左とも言えた。これは嘆くことではない。むしろ同胞の躍進を喜ぶべきだろう。

 

「これだけの証拠があれば、申し開きも出来ますまい」

 

 一つ一つだった点が一本の線に結ばれ始めた。

 法国の盟、陽光聖典、そして八本指。

 ナザリックに弓引く賊徒共を、これで(ようや)く一網打尽にしてやれる。

 

『パンドラズ・アクター様』

「ナーベラル、どうかしましたか?」

 

 御庭番の同胞にして同種のくのいちの〈伝言〉が頭の中で心地よく響く。

 

『エンリ・エモットなる人間の探査に成功しました。上様も向っておりますが、どうやらパンドラズ・アクター様の近辺に潜んでいるようですので、出来れば彼女の様子を御確認いただければと』

「ありがとうございます、ナーベラル。上様、そしてアインズ様も、お喜びいただけることでしょう!」

 

 はにかむかのように言葉を詰まらせる同胞に、陽光聖典の最終目的を伝え終えると、パンドラズ・アクターはすぐさま指示された近くの宿場街に向かった。

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

 エンリを探査させた張本人たるコキュートスも、指示された国境付近の宿場町を訪れていた。ここまでの脚については〈転移門〉を使っている。これまた時代劇にはそぐわない設定だが、あるものは有効活用するのが正しいやり方だ。〈転移門〉の供給役になった少女は「これで出番はおしまいでありんすか?」と愚痴をこぼしていたが、コキュートスはあまり気にしないことにする。

 

「ココガ、スレイン領地カ……」

 

 最初から探査を使えば良かったよねと思われるかもしれないが、探査魔法というのは必ずしも万能ではない。探査を阻害するアイテムもあれば、探査してきた相手を爆破してしまう反撃手段(カウンター)まで充実している。それほどの相手に対して何の対策も講じずに探査を行うことは愚の骨頂。相手の手の内がどの程度のレベルなのかを推察しきった段階でないと、探査魔法を行使することは原則禁止されているのだ。そのような危険を冒すよりも、確実に相手の情報を収集していく方が安全だと訓示を受けている以上、(いたずら)に探査魔法に頼ることは許されない。

 今回の件については、エンリは盟の魔法詠唱者から探査を妨害し誤った情報を与える魔法で囲まれていたらしいが、幾重もの防衛網を布いたナーベラルの手腕のおかげでそれを突破できた。彼女をニグレドが手伝ってあげたことは、当人たち同士の秘密である。

 

「ナーベラルモ腕ヲ上ゲタヨウダナ」

 

 それを知らないコキュートスは、同胞の成長を心から祝福していた。

 大名の跡目争いという可能性は潰え、陽光聖典という組織についてパンドラズ・アクターが内偵を行い尽くしたことで、相手はナーベラルを上回る魔法を使えないと分かったからこそ、彼女の力を存分に発揮できたのだろう。実に喜ばしいことである。

 

「ソレニシテモ……」

 

 宿場街と聞いていたが、何やら雰囲気が悪い。行き交う人は少なく、行き会うことができた人間には力がない。これでは低級の動死体(ゾンビ)の群れと変わらんだろう。街そのものが死んだように萎えていた。まぁ、麻薬の密造に手を染めている村というのは、こういう感じなのかもしれない。

 コキュートスが期待して止まない「輝き」は何処にもないかのように思えた、その時。

 

「それじゃあ、行きましょう」

 

 快活な声が、ある宿屋の門前から聞こえた。

 

「おう。今度は直轄地への大事な荷だ。気を付けて運ぶぞ」

 

 馬車の御者台に座った「輝き」を持った少女は、明るい金髪をなびかせて頷いていた。共に手綱を握るロンデスが、荷と共に乗り込む親方と何か合図を送っていることには気づいていない。

 街道を進み始める二頭立ての馬車の前に、コキュートスは迷うことなく踏み出した。馬の嘶きが周囲に響き、瞠目した少女が蟲の武士を丸い瞳の中に捉えた。

 

「失礼。ソコノ少女、ヒトツ(タズ)ネタイ」

「な、何ですか、いきなり?」

 

 荷物が揺れて倒れていないか不安を覚えつつも、少女はコキュートスの問いを待った。

 

「貴殿ノ名ハ、エンリ・エモット……カ?」

「い、え……違い、ます。私の名は、エーリといって、しがない荷運び女中です」

 

 不安げに揺れる瞳の奥を眺めながら、コキュートスはその真意を推し量る。

 

「……ソウカ。スマナイ、突然呼ビ止メテシマッテ。謝罪トシテ、コレヲ受ケ取レ」

 

 コキュートスは謝辞と金子の詰まった袋を投げて、馬車とは反対方向に歩き始める。

 その巨大な氷柱の突き出す背中を見送った後、ロンデスは少女の顔を覗き込んだ。

 

「おい、エーリ。今の侍、おまえの知り合いか?」

「いいえ。知らない人、ですけど…………?」

 

 エンリは袋の中の金子に紛れた紙片――どこかで見たような――に気付き、咄嗟にそれを懐に隠した。

 

「噂に聞く公儀の隠密……? それにしてはおかしな感じだが」

 

 ロンデスは武家の去った後を追うように眺めており、少女の行動は見えていなかった。彼は風聞される御庭番なる存在を想起するが、それにしては奴から漂っていた気配は完全に武士のそれだ。身分を偽る隠密の完成された姿ともなれば百姓町民に変装するのは容易いと聞くが、あんなにも武家として自然としていられるものなのだろうか。……別に蟲の外見をおかしいと感じているわけではないから、そこは安心していい。

 

「ロンデスさん……私やっぱり、この仕事が終わったら、奉行所に出頭します」

「何を言ってやがるんだ、エーリ!」

 

 少女の覚悟を踏み躙ったのは、世話を焼いてくれていた岡っ引きではなかった。

 傍で聞き耳を立てていた親方が、エンリの胸倉を掴んで突き飛ばした。その拍子に、金子袋もひったくられる。

 

「手前がやったことをもういっぺん思い出しやがれ、馬鹿が! おまえはもう罪人なんだよ! いくら自分から出頭したところでお情けなんて少しも期待できねぇ! 妹共々、刑場に引き立てられるのがオチだろうが! それを突然現れた、わけわからん御武家さんが出てきて臆病風に吹かれやがって!」

「でも! こんな生活、続けていたって」

 

 言い返そうとする少女の口を、親方は強か打ちのめした。

 

「こんな生活とは聞き捨てならねぇぞ! 誰のおかげで雨露をしのげている? 誰のおかげで飯にありついていられる? 俺のおかげだぞ! 違うってのかぁ!?」

 

 親方の言う通りだ。親方にはロンデスと同様に恩義を感じている。

 それでも、それとこれとは話が違った。

 

「……心配するな、エーリ。いくら国でそれなりの資産家な俺でも、おまえさんをいつまでも匿いきれるもんじゃねぇ。俺よりももっと偉い方にかけあって、おまえを他の遠い領地に移住させてやろうじゃないか。そこに妹を呼んで細々と暮らせばいい。家族が離れ離れなんて、これ以上の不幸はねぇからな。それがあんまりだから、俺はロンデスの奴と一緒に、おまえを匿ってやったんだ。心配することは何もない。そのための支度金も用意してやるよ。これまでの仕事に対する給金だと思えばいい……わかったな?」

 

 毅然と抗弁しようとした瞬間、優し気な口調でそのように言われてしまっては期待せざるを得ない。

 この仕事はあと一度で終わる。この一度ですべてが終わってくれる。

 妹と共に、また生きていける。その為に必要なものを揃えて貰える。

 そう思えば親方には頭が上がらない。

 荷車の上で平身低頭し感謝の言葉を紡ぐ少女は、欲望に塗れ金子袋の重みを確かめる親方の表情と、ロンデスの溜息を完全に見逃していた。

 あの侍の素性は気にかかったが、とにかくエンリは自分の仕事に励もうと、痛む頬を拭い御者台に座り直した。

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

 ヒルマは八本指の麻薬部門――ライラの粉末という黒粉の生産売買――を一手に仕切る傍ら、農作物の卸売(おろしう)りを(あきな)う問屋の女主人としての偽装身分を使って生計を立てている。もともとは遊女として名を馳せた時代もあり、身請けされ自由を得た今でも、かつての美貌と肉欲の残り香を漂わせていた。女だてらに店を切り盛りし、八本指という商家の連合に加われたのも、すべてはそういった労苦と美貌とが重なり合った結果である。誰もが羨む華美も遊興も、すべては自分の意のままであった。

 そのはずだった。

 そんな人生の成功者たる自分が、どうしてこんな目に合っているのか理解できない

 

「我が盟友の頼みにより参上(さんじょう)(つかまつ)りましたが、あまり歯ごたえのある相手ではありませんな」

「す、すいません、恐怖公さん。この人で最後らしいですから、あの、その」

 

 町娘に扮している金髪の少年は、長く突き出した耳を垂れて、傍らに仁王立つ二足歩行の蟲に心から謝罪した。その瞳には同胞に対する負い目はあっても、目の前で悲劇に見舞われ硬直している人間の女と、その仲間である者らへの関心は些かも覗かせない。

 恐怖公と呼ばれた貴族然とした口調の蟲は、そんな少年の謝辞をやんわりと返却する。

 

「ああ、お気になさらずに、マーレ殿。これも重大な御役目。ナザリックに唾吐く者共への教育となれば、不手際があっては末代までの恥となります故」

 

 何がどうしてこうなったのか、ヒルマは必死になって数刻前までの出来事を思い出す。

 八本指の定例会議。内容は法国の盟とやらへの物資供給。大目付役の女大名への(まいない)について。

 議場に突如として姿を現した杖を握る少年に対し、手足を潰された警備部門の長と、その生え抜きの部下たち。あたりに充満する血飛沫と臓物。絹を裂くような悲鳴。少年の影から姿を現した一匹の蟲。幾万からなる咀嚼音。逃げ惑い恐慌する仲間たち。

 そして、今。

 

「さぁ、存分に御賞味ください。我が眷属の味を」

「えと、それじゃ、あの、が、頑張ってください」

 

 結局、部屋のすみで膝を抱えながら何一つとして理解できぬまま、ヒルマは黒い津波に飲み込まれた。

 

「ああ、ご心配なく。死んでもすぐに蘇生させてあげますから、遠慮なさらず死んでください」

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

 コキュートスがエンリたちの馬車から身を引いてからしばらくして、近隣で陽光聖典の拠点を発見した御庭番が合流してきた。

 

「上様。奴等この郊外にある廃神殿に、大量の魔法武器やアイテム、そして軍資金、さらには(まいない)用の麻薬を山のように抱え込んでおります。上様の睨んだ通り、これは今日明日にでも謀反を起こす企みかと」

「ヤハリ、ソウデアッタカ」

 

 大目付の役儀を悪用したクレマンティーヌが、諸大名を強請り収集したのだろう。

 彼女が何か邪な企みに加担していることは予期していたことだが、よりにもよって謀反を首謀する立場にあったというのは驚きだ。本来であれば、大目付こそがそういった企てを未然に阻止する立場にあるはずなのに。

 彼女が陽光聖典と繋がりを持っていることも、彼女の屋敷に出入りする魔法詠唱者の存在がきっかけだったか。

 

「エンリヲ連レ去ッタ、グランプトイウ名ノ岡ッ引キニツイテハ?」

「偽物であったようです」

 

 より正確には、本物だったが今は偽物というべきか。

 岡っ引きとは、奉行所に正式に雇い入れられた役人ではなく、あくまで同心たちが手札の小遣いを渡して使う協力者、下働きのような存在だ。その業務は犯罪の密告や下手人の捕縛なども認められているが、当然ながら大名の死の隠蔽など出来るはずのない役職である。さらに、エンリは与り知らぬことではあったが、ロンデスのように四六時中に渡って十手を懐に忍ばせている岡っ引きなど存在しない。業務が終われば必ず奉行所に返すことが原則とされているのだ。

 ロンデス・ディ・グランプという岡っ引きは、数ヶ月も前に奉行所での職を追われ、行方知れずとなっていることをデミウルゴスは御庭番に説明した。御上から下賜される魔法の十手は返却されているが、調べてみると、とある幕閣が横流しを行っていたとか。当然ながら、その幕閣は横流しが判明した今、ナザリックの氷結牢獄“真実の部屋”の主と大変よろしくやっているらしい。

 奉行所に勤める者の証である十手を見せられれば、なるほど料亭の人間たちが公儀の役人が居合わせたのだと誤認したのも頷ける。

 精巧な上、写真のように精緻に過ぎる人相書きが、先ほどの馬車に乗っていた者の顔と一致することを認めたコキュートスは、パンドラズ・アクターを伴ってエンリたちの馬車を追うように、城下へ戻ろうとする。

 そう決めた直後、〈伝言〉の魔法が頭に響く。

 

『コキュートス様ぁ』

「エントマ。ソチラノ塩梅(アンバイ)ハ?」

『コキュートス様を愚かにも襲った連中はぁ、大目付クレマンティーヌの屋敷に逃げ込みましたぁ』

「ヤハリナ」

『それとぉ、何だか旅芸人の一座のような連中がぁ城下に入ったという報告がぁ』

 

 特徴を訊いてみると、一座の首領は頬に傷があるとか。

 

「間違イナク、ソイツラハ陽光聖典ダ。必ズ通セ。ソシテ、目ヲ離スナト伝エヨ」

『御意ぃ』

「ソレト……アインズ様ニヒトツ、言伝ヲ」

 

 エントマの了解する声を聴いて、〈伝言〉を切った。コキュートスの意を汲むかのように、パンドラズ・アクターは君主を伴い〈転移〉の魔法を使用する。

 四本指で印を結び「(ニン)(ニン)!」なんて御庭番が叫んだような気がするのは、たぶん何かの聞き間違いだろうと、コキュートスは思った。

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

 エンリはこれが最後の仕事だと聞かされていた。

 これが終われば、自分はもっと安全な領地に送られ、そこで妹とつつましく暮らしていけると教えられた。

 訪れた先は、なんとナザリックの城下だ。

 今まであちらこちらへ荷運びをさせられてきたエンリにとっては、絶対に忌避せねばならない世界だった。

 大名の息子を殺した下手人として追われている自分が、こんなところをうろうろするのは確実に駄目なはず。なのに、ロンデスも親方も大丈夫と一点張りに主張して、緊張するエンリを宥めすかした。魔法のアイテムのおかげで、おまえの顔は別人になっているのだから安心しろと。

 それでも、見知っている与力のガゼフや同心のブレイン、岡っ引きのクライムの姿とすれ違うのは心臓に悪かった。彼らはまるで私に気付くことなく街道を巡回していった。それが安心なような、不安なような。

 知っている街並みが見えてくると、途端に家が恋しくなる。残してきた妹の暮らしぶりが気にかかったが、今はどうすることもできない。ンフィーは今日も養生所に詰めているだろうか。長屋の皆は。

 

「次の辻を左だ」

 

 親方の指示に従って、ロンデスは手綱を引いた。馬はゆっくりと街を抜け、とある屋敷の門前に辿り着いた。

 玄関札を掲げた立派な大名屋敷である。これまでエンリが訪れたことがないほどに荘厳な雰囲気を醸し出している。なんとも場違いな空気しか感じないが、仕事である以上は逃げるわけにもいかない。ロンデスと親方がいたのは幸いだったかもしれない。自分ひとりでは絶対に粗相を働いていた自信がある。

 

「ほら。さっさと荷を運べ!」

 

 親方は二人を小間使いにして、自分は屋敷の玄関へ向かう。きっと納品先の家主である御武家様に挨拶に行ったのだろうと判る。

 

「でも、どうして大名様が薬草なんて」

「黙って運べ」

 

 ロンデスは少女を手伝いはするが、一切おしゃべりに応じる気配を見せない。緊張しているのだろう、それほどに格式ばった家主なのだろうか。

 

「ロンデス君、我々も手伝おう」

 

 エンリは突然の声に身構えた。振り返ると、馬車の近くに体格のよい男衆が集まり始めた。その内の一人、金髪を短く刈り上げた、頬に傷を負った頭目らしい人が、気さくな笑みを浮かべて岡っ引きと話し込む。

 岡っ引きは専業である与力や同心とは違い、他に家業などを営むことで生計を立てるものがほとんどだ。彼のように、宿場町で親方の右腕のように働いたりするのも、割と自然な副業であり、そういった関係からかとても顔が広いように思われた。少なくとも、エンリにはそうとしか見えなかった。

 二人はエンリに聞こえないほどに声を潜める。

 

「……荷の中身は」

「……〈召喚〉などの巻物が百本。これだけあれば、あの化外の居城も落とせることでしょう」

 

 薬草の壺に忍ばせた巻物を、ロンデスが男に見せつけ破願する。これで総計千本近い魔法の巻物が入手できたというわけだ。

 ロンデスは、陽光聖典の元締であるニグンのもとから、あの親方のもとに派兵された連絡役兼監視役でもあったのだ。当然、親方の仕事というのは、隊員たちへの宿の提供と、麻薬の密造、そして運搬。

 彼らが積もりに積もらせた長年の努力の結晶は、今日この日、ようやっと日の目を見ることになるわけだ。

 

「ご苦労だったね」

 

 ニグンは部下を労いながら、馬車の荷をすべて屋敷の奥へ運び込ませる。

 すでに、刻限は夕刻を過ぎていた。エンリたち以外にも、様々なものが屋敷の奥へ運び込まれていく。

 エンリのような町娘じみたものは一人もいない。皆が何かしら統制された動きをしており、有体に言えば組織じみた連帯感を備えていた。身に着けている服も統一されており、時間が経つと今度は鎧や剣を帯びて武装するものまで現れ始めた。随分と物々しい雰囲気に変わりつつある。

 ふと、エンリは親方の声が聞こえた気がして、屋敷の中庭に面している座敷の方へ顔を向けた。

 覗くような意図があったわけではないが、存外に大きな女性の声が気にかかって近寄ってしまう。自分以外にも働いている同性がいるとなると、自然と気にかかるような状況だったのも悪かった。

 その瞬間、折悪く金髪の女が襖を開け放って廊下に歩み出る。

 

「八本指の誰とも連絡が取れないって?」

「……はい。予備の伝令役とも連絡が」

「ちっ。使えねぇ連中だ。何が幕府御用達だ。こんなタイミングでこんな不手際を起こしやがって。詫びとして何人かの首を貰わなきゃ示しがつかねぇぞ。日付の変わる前、夜が明ける前に、計画は実行に移さねぇといけねぇのに……」

 

 などと大声で喚く女が、エンリの視線に気づき語気を少しばかり和らげる。

 

「……しようがない。とりあえず上に報告しときな。それからどうするか考える」

 

 この屋敷内での最上位に位置する女大名――クレマンティーヌは顔を歪める。

 まるで耳元で裂けてしまったような微笑みだった。

 

「は~い♪ やっと最後の荷が全部届いたんだね、待ちくたびれたよ♪」

「クレマンティーヌ様」

 

 ロンデスをはじめ、居並ぶ男衆すべてがその女性に膝をついて頭を垂れた。慌ててエンリもそれに倣ったのは、彼女が身に着けているのは、大名が着ているような紋付などではなく、和服や着物と言えるようなそれでは決してなかったせいだ。

 鱗状の金属を張り合わせた軽装鎧。その中でも、最低限の防備しか考えていないほどに、彼女の肌は露出されている。珠のように瑞々しい肌が、見る者を蠱惑的な雰囲気に落とし込むような雰囲気すらあった。

 

「あんた、もしかしてエーリ、じゃなくてエンリ・エモットちゃん?」

 

 女性の傍に控えている親方に視線をやりながら、エンリは即座に頷いていた。

 

「そっかそっか♪ お役目は大変だったでしょ~? 女の子がこんな臭くて重いもの運ばなきゃなんてさぁ?」

「い、いえ。これぐらいは、へっちゃらです」

 

 こういう時にどういう会話をしてよいのか全く分からないので、それっぽく応答してみるしかないが、やはり何処か礼を失しているかもしれないと思うと冷や汗が止まらない。……それとも、これは別の恐怖だろうか?

 

「強いんだねぇ……エンリちゃんってば!」

 

 その瞬間、エンリは自分がどうなったのか理解できない。

 突然、目の前の女性の姿が消えた気がしたら、自分の身体が数間ほど吹き飛ばされていたことが辛うじて分かった。途端、腹部からせりあがる痛みと嘔吐感に襲われる。女が消えたのではなく、身を屈めて蹴りをお見舞いされたのだ。

 ほんの一瞬。たった一撃。

 それだけでエンリは世界が崩れたかのように身動きが出来ない。

 

「あっれ~? 強いんじゃなかったの、エンリちゃ~ん? 大名の息子を、一発で殴り殺したんでしょ~?」

 

 あの女は危険だと遅まきながらに気付いた。しかし、どうすることも出来ない。思考がまとまった方向に定まらない。息も出来ないほどに全身が痛い。

 

「ちょ、ちょっと大目付様! あの娘は、私が愉しんでから」

「あん? 何か文句あるの~? べっつにいいんじゃない? 死体になってから愉しめば~?」

 

 親方と女性が何を言っているのかよく理解できない。否、理解できない方が却って幸せなのかもわからない。

 

「大丈夫だって。ウチの盟にいる魔法詠唱者は優秀だから、死体になってもいい具合になるって」

動死体(ゾンビ)と何を愉しみたいというのだ、貴様は?」

 

 現れた人物に助けを求めるべきか迷う。

 禿頭の魔法詠唱者はエンリに一瞥を送ると、まるで道端の生ごみでも見るような視線を投げてきた。

 

「下らん遊びはその辺にしておけ。我らの大命遂行に支障が出かねん」

「分かってるよ~、カジっちゃ~ん」

 

 無い眉をピクリと動かすカジットだったが、クレマンティーヌはやはり応えた風も見せずに、エンリに事実を突きつけようと近づき始める。まるで翅をもがれた蝶を玩ぶような笑みを浮かべて。

 エンリはたまらず立ち上がろうとしたが、脚に力が入らない。石壁に手を這わせて、何とか身を起こそうとするが、そうするより先に女の蹴りが容赦なく少女の腹を抉り飛ばす。庭の中央にまで吹き飛ばされたエンリは、けれども気を失うことなく、クレマンティーヌに視線を飛ばす。

 

「た……たす、け……て」

「馬っ鹿だなぁ。(たす)けなんてくるわけないじゃん♪」

 

 存外にしぶとい町娘の耐久力に感心しながらも、女戦士は弱っぽちい少女へ宣告する。

 

「冥土の土産に教えといてやるよ。あんたが殺したと思ってるバルブロだけどさぁ、実は肝心の大名家が病死で事を片付けてたんだよね、これ意味わかる? あんたはさぁ、別に罪を裁かれる必要はなかったって寸法なんだよ。奉行所はあんたを追うどころか、存在そのものも完全に認知していない。かわいそうに騙されてたんでちゅね? ほんと、酷い話でちゅよね?」

 

 陽光聖典に所属する偽の岡っ引きと、箔をつけようと参加した資産家は対照的な表情を浮かべる。

 一方はバツが悪そうに顔を歪めて。もう一方は欲望にまみれた顔を輝かせて。

 

「そ、そんな……そんな、こと、って……!」

 

 この世の終わりのような表情で、エンリは堰が切れたように涙を流す。

 あまりにも酷い。憤るのを通り越して呆れ果ててしまう。これが同じ人間のやることなのか。

 痛いのも苦しいのも忘れるほどに悔しいことがあるのだと初めて知った。これまでの苦労は、これまでの逃避は、いったい何の意味があったというのか。あの日、妹にもたらした悲しみは何だったというのか。

 エンリは這いつくばりながら、何処かに救いはないかと見回したが、そこに並ぶ顔はどれもエンリの救いにはなりえないことに気付き愕然とする。地獄の鬼でも、これほど醜悪な笑みと蔑みの表情はしないだろうに。

 咄嗟に、少女は懐に忍ばせた紙切れに縋りつく。

 この紙切れを寄越した御武家様に妹の無事を祈念する一心で、エンリは背中を丸め、紙切れを握りしめる。

 

「じゃあね♪」

 

 無慈悲な女大名が抜き放った剣尖が、小動物のように丸まる少女の背中を貫こうとした。

 その瞬間、何処からか投げ飛ばされた扇子が、戦士の手から得物を弾き落とした。

 正義降臨。

 扇子に(したた)められた四字熟語は、至高の四十一人が一人、たっち・みーの代名詞である。

 

「だ……誰だ、手前(てめぇ)は!」

 

 クレマンティーヌは、注意深く影に潜む気配を睨み据えた。

 この場の誰も扇子の投げ飛ばされた方角を見失っている最中、彼女だけは、そこにいる何者かを捉えている。自分ほどの戦士から、不意打ちとは言え、たった一撃で獲物を弾き落とす手腕は並大抵のものではない。そう解りきっているからこその警戒だった。

 

 

 

「大目付、クレマンティーヌ。勘定吟味役、カジット。陽光聖典元締、ニグン」

 

 

 

 現れたのは白銀の“蟲王(ヴァーミンロード)”の偉丈夫。凍えた声は重く響き、けれどもよく透き通った音色は、彼の怒りをまっすぐ露わにしていた。

 

「其ノ方ラ、大目付、吟味役トイウ役職ニアルコトヲ悪用シ、ソコナル陽光聖典共ト結託。ナザリックヘノ謀反ヲ企テル賊徒共“法国ノ盟”ニ手ヲ貸シ……アマツサエ、罪ナキ乙女ヲ騙シ囲イ者ニスルトハ……見下ゲ果テテ何モ言エヌワ!」

 

 その大音声は、聞く者の心臓を魂から凍えさせる威力が秘められているかのようだ。

 気の弱い庶民だったら間違いなく気を失っていてもおかしくはないが、幸か不幸か、この場にはそのような虚弱な者は存在していなかった。

 

「はぁ? 手前なんかに関係あるのかよ? 何にしろ、そこまで分かっている以上、生かして帰すわけにはいかねぇよなぁ? ああん!?」

「お、お武家……様?」

 

 エンリは信じ難いものを見ていた。

 確かに彼は、今朝方宿場町で出会った侍に他ならない。

 彼の寄越した金子袋に入っていた紙切れが、彼をこの場に呼び寄せたとでもいうのか。

 

「大丈夫か?」

「あ、あなた、は……?」

 

 肩に手を回された感覚に驚いて見上げると、そこには白い骨だけの顔があった。彼の後ろには、門のように聳える闇の空間が開いており、数秒後には消えていた。

 

「町火消組・滅組のアインズだ。さぁ、これを飲むんだ」

 

 差し出されたのは血のように赤い液体の満ちた硝子瓶だったが、不思議と白骨の人が悪い人に思えなくて、躊躇うことなく飲み干した。瞬間、身体からすべての痛みが拭い去られたことを実感する。

 

「え、嘘……?」

「よし。痛みはなくなったな。私のそばにいれば大抵は安全だ」

 

 彼がそういうのと同時に、何処からか忍び装束の男女二人組が姿を現す。

 

「えと、アインズ……様? あなたたちは、一体……」

 

 エンリへアインズが事情を説明する前に、コキュートスは女大名に問いを投げておく。

 

「クレマンティーヌ……余ノ顔ヲ見忘レタカ?」

「は? 余だとぉ?」

 

 クレマンティーヌは闇の奥へ目を凝らした。

 刹那、城の謁見の間で出会った存在が想起される。

 白銀に輝く外皮。雪のように冷たい複眼。何よりも醸し出される冷気のオーラが決定的だ。

 

「う、……上、様っ?!」

 

 その場にいる全員(アインズ以外)が即座に平伏の姿勢を見せた。エンリでさえも、ナザリック城下を統治する存在の呼称は聞き知っていたが、まさかそれがあの御武家様だなんて。

 

「クレマンティーヌ、戦士トシテ、武門ノ端クレトシテ、其ノ方ラノ行状ハ目ニ余ル。コノ場ニテ、腹ヲ斬レ!」

 

 それがせめてもの情けだと、武門の頭領は吐き捨てた。

 そんな彼の恩情を不意にして、クレマンティーヌは身体を起こす。半ばやけくそのように、周囲で平伏している低能たちを焚きつけた。

 

「ええい! 上様とて構わねぇ! 出合え! 出合え!」

 

 屋敷の奥に控えている連中も総動員だ。陽光聖典たちも含めると、その総数は五十人以上になるだろう。

 

手前(てめぇ)ら、斬れ斬れ! 斬って捨てやがれぇ! 元より上様の首は頂くつもりだったんだ! 覚悟を決めやがれっ!」

 

 騎士……ではなく、武士たちが刀を抜き、奥から現れた魔法詠唱者たちが手を構える。

 コキュートスは我が意を得たと言わんばかりに、腰の刀剣を抜き払う。

 

「私ノ命ハ天下ノ命。三葉葵(ミツバアオイ)ノ風ガ吹ク……貴様ラノゴトキ下等ナ(ヤカラ)ニ、私ノ命、渡センナ!」

 

 斬神刀皇が閃いた。

 (はばき)の三葉葵、もとい、アインズ・ウール・ゴウンのギルドサインの威光が見る者を圧倒する。

 それでも、愚昧な(ぞく)は無謀にも将軍に切ってかかり、あえなくその命を散らせていく。花が散る光景というよりも、血袋が壁に叩きつけられたかのような光景であったが。

 確実に峰打ちにしているはずなのだが、鎧武者や魔法詠唱者は木っ端のように呆気なく吹き飛び、その四肢を奪われ、臓物が肉の残骸と化すが、まぁ関係ない。運よく――運悪く?――生き延びたとしても、斬首獄門程度の処置では生温(なまぬる)かろう。血肉は同胞たちの糧秣となり、脳髄はデミウルゴスの実験にでも使ってやろう。魂は未来永劫、拷問官たちの慰め者として生かされ続けてやれば、少しは己の無知蒙昧を悔やむかもしれない。

 悔やんでも救ってやる気は微塵もない。餓食孤蟲王が巣食ってしまうかもしれないが。

 あまりな蹂躙劇に、人間共は悉く降伏の意を表して刀や飛礫を投げ捨てる。

 だが、コキュートスは寛容にも、賊徒たちへ言葉をかけてやった。

 

(コレ)コソガ、慈悲ダ。

 ソノ命ノ全テヲモッテ、ナザリックノ(イシズエ)トナルガヨイ」

 

 エンリを騙していた親方は、成り行きを見守る以前に逃亡の道をひた走っていた。俺は、こんなところで死んでいい人間ではない。あいつらには俺が逃げる時間を稼いでもらう。

 そう考えたことが、彼の命の残り火を目減りさせた。

 玄関の外には、暴力の化身ともいえる異形が待ち構えていた。

 

「オオオァァァアアアアア――!!」

 

 コキュートスがエントマを伝手にアインズへ願い出ていた内のひとつが、屋敷を完全に包囲する中位アンデッドたちの派兵であったのだ。

 咆哮をあげる死の騎士(デス・ナイト)に迫られた親方は、頓狂に過ぎるほど声をうわずらせながら、自分の盾になる者を募り出した。百両、二百両、五百両と報酬をつり上げていくが、彼の前に颯爽と飛び出そうという馬鹿は一人もいない。もともと人望など絶無だった男は、絶望のあまり涙と涎と汚い何かを垂れ流しながら仰向けに倒れ失神する。

 だが、気を失った程度で暴力的な死の塊は消えやしない。

 死の騎士は何の躊躇いもなく、倒れた男の胴体に揺らめく刀身を突き刺した。

 

「ああ、おかね! おかね、あげましゅ! なんっでもお! しましゅ、ぎゃは! おぎゃねぇえええええ!」

 

 死の騎士(デス・ナイト)に胴体を縦に鋸引される悪徳親方の断末魔が(こだま)する。

 至近で恐慌状態に陥る者たちに「落ち着け!」と声を張り上げたロンデスは、次の瞬間には首と胴体が泣き別れる。さらに死の騎士は殺戮の檻に憐れな獲物たちを囲い続け、蹂躙の限りを尽くしていく。

 

「しっ!」

Gute(グーテ) Reise(ライゼ)!」

 

 ナーベラルとパンドラズ・アクターが握る白刃も、過つことなく反逆者共を処断していく。

 二人は背中を合わせ、互いの無事を確かめ合う。

 

「腕を上げましたね、ナーベラル」

「あ……ありがとうございます!」

 

 御庭番たちと死の騎士の立ち回りによって、敵は屋敷から退く道を悉く封殺された。

 逃げ道を失った者の一人が、無様にも命乞いを敢行する。

 

「ま、ままま、待ってください上様! 私の命を(たす)けて下さるならば、望む額を用意、用意いたしま」

 

 平伏し嘆願に嘆願を重ねる自称人類の守護者、ニグン・グリッド・ルーインの胴に、将軍の氷柱のごとき尾が叩きつけられた。叩き潰される単細胞生物よりもあっけなく、陽光聖典の元締は粉砕されてしまう。

 

「……ウン?」

 

 乱戦を極めた状況下であったが故、意図せずにコキュートスは拷問対象を抹殺していたが、彼奴(きゃつ)の掴む反乱者たちの分布図は、今後の計画に不可欠なものだ。あとで蘇生させて、さらなる尋問を強行したことは言うまでもない。三回の質問に答えると死んでしまう魔法が施されており、そのたびに蘇生させて尋問を繰り返していくのは手間と言えば手間だったが。

 そうして、中庭で繰り広げられた殺戮の中心で、最後まで残った戦士と魔法詠唱者が一人ずつ。

 

「ア、〈酸の投げ槍(アシッド・ジャベリン)〉!」

「っ、なめるなぁ!」

 

 杖の先端から吐き出された魔法が外皮を溶かし、獣のような戦士の疾走がコキュートスの頭を貫く。

 なんて事態は万に一つも起きなかった。

 

「効カヌワ」

 

 強固な外皮が酸を弾き飛ばす前に無効化され、剣尖はあまりの衝撃で自壊し、破片がクレマンティーヌの肌にいくつも突き刺さった。

 魔法詠唱者としての自信も、超級の戦士としての誇りも地に落ちた。

 あまりにもつまらないので刃を交える気にもならない。その様に絶望を深める二人は運命に抗い、さらなる魔力を練成し、さらなる武技の発動を試みる。だが、そんな猶予を与えてやるほど八代将軍は寛容ではなかった。

 仕方なくコキュートスは、御庭番二人に対して下知を与える。

 

「――成敗ッ!」

 

 将軍の声が響き渡った刹那、クレマンティーヌとカジットの身体を、忍の刃が引き裂いた。

 その身体は苦悶の呻きに震えながら、流血が大いに滴る土の味を口に含む。

 しかし、二人とも死んではいない。

 この二人にはナザリック五大最悪ツアーに招待し、さらなる不正の温床となっているだろうスレイン領地と“法国の盟”の情報を洗いざらい喋らせる必要があった。死こそが救いであったと気づいた頃には、何もかも手遅れだろう。

 何はともあれ、これにて一件落着。

 刃こぼれを起こすどころか、神速の峰打ちによって血の一滴も付着していない斬神刀皇を儀礼として血振るいしてから、腰元に収めた。その様は、鞘に刀を戻す(サムライ)の所作そのものである。

 

「エンリ・エモット」

 

 声をかけられた少女は、慌てて中庭の隅で平伏してみせる。

 

「う、上様とは存じ上げず、これまでの失礼の数々――も、申し訳ありません!」

 

 血まみれのエンリは、滂沱の涙を流しながら、深々と頭を垂れる。

 その様子を前に、コキュートスは満足そうに両顎を打ち合わせた。

 

「ネムガ待ッテイルゾ。急ギ、妹ノモトヘ帰ルガイイ」

 

 コキュートスが笑っていることを理解したエンリは、今一度深く、額を大地にこすりつけた。

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

 狩根(カルネ)(ちょう)の長屋横丁に、一人の少女が帰還を果たした。

 連れて歩くのは、()(ぐみ)(かしら)であるアインズと、居候の旗本コキュートス。

 二人に挟まれる位置を歩くエンリは、血まみれの身体を湯で浄め、真新しい着物に袖を通して身綺麗になっている。

 

「今回は散々だったな、エンリ」

(かしら)、いえアインズ様には、妹共々、大変お世話になりました」

「アインズ様はよせ。私は、大したことは何もしていない。ああ、そうだ。これを渡しておこう」

 

 アインズは小さな二つの角笛を少女に下賜した。アイテムの名は、小鬼将軍の角笛という。

 

「今後、これで身を護るがいい。このような騒動に巻き込まれないためにも」

「あ、ありがとうございます!」

 

 アインズからアイテムを下賜される栄誉に羨望の眼差しを送りそうになるのをぐっとこらえ、コキュートスは一歩を踏み出す。

 

「あの、上様……」

「エンリ……私ハ天下ノ風来坊、コキュートス、ダ」

「あ、そうでしたね……えと、どうしてコキュートス様は、この書き置きを、私に?」

 

 エンリは自分で握って皺くちゃになった書き置きを、ネムに残しておいたそれを見つめる。

 あの時点で、コキュートスはエンリの居場所をある程度は知っていた。それでも、疑問があった。エンリは顔を別人のものに変えるアイテムで偽装していた。彼はそういったアイテムを看破する能力や道具は使っていないという。では、どうしてエーリと名乗ったエンリに、この書き置きを託したのか。

 

「オマエニハ「輝キ」ガアッタ。イズレ強者トナリウル、戦イニ身ヲ置クニ相応シイ“戦者”ノ輝キガ」

「はぁ……」

 

 拳を握り力説されても、エンリにはこれっぽっちも理解できなかった。

 

「アインズ様は、どう思います」

「え、そこで話振るの? ああ、と……いずれエンリにも、判る時が来るのだろう。なぁ、コキュートス?」

「マサニ、御身ノ仰ル通リカト! サスガハアインズ様!」

 

 首を捻る二人。

 それを知ってか知らずか、コキュートスは明敏な戦士としての知覚能力で、大量の人の気配を察知した。

 角を曲がり、朝日を背に歩く三人の前に、人だかりが出来ているのを発見。報せを受けて待っていた人たちが、エンリたちの姿を認め歓声を上げる。

 その中で、もっとも幼い少女が真っ先に駆け出し始めた。

 

「お姉ちゃん!」

「ネム!」

 

 駆け寄って来る妹を、エンリは腕を広げて迎え入れた。

 

「ごめんね……ごめんね!」

 

 謝ることしかできない自分を許してほしい。

 

「よかったぁ、お姉ちゃん……本当によかったぁ」

 

 ネムは実際のところ、姉の身に起こったことなどほとんど知らない。

 ただ、大変なことが姉の身に起きた。それをアインズとコキュートスが救ってくれた。

 その程度の認識しかなかった。

 

「よかった……本当に……よかったぁ」

 

 その様子を見つめるンフィーレアもまた大粒の涙を流して、姉妹の再会を喜んでいる。

 

「いやぁ、これでめでたしめでたしッス!」

「ええ。本当に……よかった」

「…………ユリ姉、泣いてる?」

「シズ? アンデッドは泣くはずないわよ?」

「ソリュシャンのぉ、言う通りぃ」

「えへへ! よかったね、ネム!」

「えと、あの……おめで、とう?」

 

 滅組の皆もお祝いムード一色だ。

 

「くぅぅぅ! あの子を養女に迎え入れ、アインズ様との子育て生活を送る計画が!

 ……いや、エンリも養女にすればワンチャン?」

「ねぇよ、そんなもん! 本当にいい加減にしとけよ、大口ゴリラァ!」

 

 ただ一部を除いてだが。

 

「ヨカッタナ、エンリ……ソシテ、ネム」

「本当に、ありがとうございました」

「ありがとう、コキュートスさん!」

「約束ダッタカラナ……否」

 

 そんなものがなくても、民の、市井の平和は私が護る。

 コキュートスは微笑み、二人の笑顔をいつまでも眺めていた。

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

 ナザリック城内。大白球(スノーボールアース)を見上げる庭園で、コキュートスたちは此度の騒動について意見を述べる。

 

「上様。此度の綱紀粛正により、人間の牧場……失礼、町民の暮らしぶりも、いくらか改善されることになるでしょう」

「ソレハ重畳」

 

 弓射の代わりに、〈穿つ氷弾(ピアーシング・アイシクル)〉で藁人形を破壊する。

 友の語る綱紀粛正は、町民を取り締まるものというよりも、大名などの幕府重臣たちへの取り締まりという面が強かった。あのクレマンティーヌのような悪党がのさばることがないよう、人間の臣下たちのほぼ全員に影の悪魔たちが派遣されることになる。それも秘密裏に。

 これでさらに、人間たちの管理がしやすくなったと大義名分を与えてくれた法国なる存在に、コキュートスとデミウルゴスは感謝の念すら抱きつつあった。

 

「ところで、デミウルゴス様」

 

 傍近くに控える御庭番の乙女は、ひとつの疑問を発した。

 

「あの人間の小娘……エンリ・エモットは、どのような罪咎で処されることになるのでしょうか?」

 

 彼女は知らなかったとはいえ、法に照らせば謀反を企てた郎党の片棒を担いだも同然な咎人。

 このまま放免しておくことは、天下の御正道に瑕疵(きず)がつくはず。それを懸念しての疑問であったが、奉行が口を開くよりも先に、御庭番の片割れが同僚の言を封じる方が早かった。

 

「その必要はないでしょう、ナーベラル」

 

 デミウルゴスは、パンドラズ・アクターの言葉を認めるように頷いた。

 

「法国に協力した町娘のエーリであれば、憐れにもクレマンティーヌと陽光聖典共に、口封じに殺されてしまったではないですか。お忘れですか?」

 

 疑問符を浮かべる御庭番の乙女に代わり、コキュートスは頼れる友の采配を褒めちぎる。

 

「ウム。天下ニ名ダタル、デミウルゴス裁キダ。コノコキュートス、アノ姉妹ニ代ワッテ、礼ヲ言ウゾ」

「ありがとうございます」

 

 恭しく一礼する友から視線を空へ移すと、天下を一陣の風が撫でた。

 ――すべては神君、アインズ・ウール・ゴウンのために。

 

「コノ天下ヲ、御身ノ元ニ――」

 

 コキュートスはこれより、さらなる人間たちの反抗因子の取り締まりに邁進し、世界征服を盤石の態勢に整えるべく奮闘する。

 ふと、仲睦まじい姉妹が微笑み合う声が、この耳管に届くかのような想いを抱く。

 彼女たちのつつましくもおだやかな幸福(これから)を心から願う、コキュートスであった。

 

 

 

 

 

               【完】

 

 

 

 

 

 









「……トイウ時代演劇ヲ計画シテイルノダガ、皆ノ意見ヲ聞キタイ」

 ナザリックの威を示す物となれば、不完全なものを披露するわけにはいかなかった。

「はいはーい! もっと私の出番欲しい!」
「お、お姉ちゃん。無理言ったら駄目だよ。これは、コキュートスさんの考えた演劇なんだから」
「私の役目ひどすぎやしんせんか? いきなり土座衛門から始まるなんて」
「あら、そう? ひとり二役だなんて、とてもおいしいんじゃないのかしら? 私が不満を言うとしたら、アインズ様との伽のシーンがないのはちょっと」
「アルベドォ! 厚かましすぎるぞぉ、おんどりゃあ!」
「ク・フ・フ……負・け・惜・し・み、かしら?」
「私はとても満足だけどねぇ。出来ればアインズ様とのシーンを追加してくれるとありがたいんだが」
「検討シテオク。戦闘メイドノ皆ハ、ドウカ?」
「私は、特に問題ないかと」
「私は殺陣のシーンに参加したかったっす!〈吹き上がる炎〉で、バァっとこう蹂躙して!」
「ルプゥ。町火消が火を放つのは、言語道断です」
「でも、ナーベラル。姉様の言う通り、殺陣には私も参加したかったわ」
「…………私も、銃、撃ちたかった」
「でもぉ、シズの武器はぁ時代劇に合わないんじゃないぃ?」
「フム、殺陣ヘノ参加……ソレモ面白ソウダナ」

 やいのやいのと騒ぐ輪の中心で、渡された脚本を持ちながら深い沈黙を保っていた御方が、ほんの小さく一言。

「コキュートスに、こんな才能、が……?」



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 ここまで読んでくれたあなたに、感謝の極み。

 
 やってみると判りますが、時代劇って本当に難いです(´・ω・`)
 時代考証は間違ってないか。価格相場は。風習は。制度は。
 いろいろ考えながら作った結果が、この始末です。
「ギャグに逃げてるとしか言いようがない気が……」
 お目汚しでしたら本当に申し訳ない<(_ _)>
 

 いい勉強になりました。
 ……自分に時代劇は無理らぁ(´Д⊂(^^♪ヨワネイッテンジャネェヨ


 それでは、また次回。          By空想病



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