コミュ障長門の提督奮闘記   作:不知火

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第1話

 「……戦えないとは……どういうことですか?」

 

 提督より告げられた事実に、長門は医務室のベッドの上で、衝撃というよりも戸惑いの声を上げた。

 その身体には至る所に包帯が巻かれ、血がにじみ出ている。普段見せる凛々しさは微塵たりとも感じられない。

 

 「言ったとおりだ。お前の艤装は深海棲艦の手によって完全に破壊され、破棄された。艤装が無ければ戦うことができないのはお前たち――艦娘が一番理解できていることではないのか」

 「それでも……そんな…………そんなことが……」

 

 血の気の失せた、絶望したような表情を見せる長門に提督は静かに言葉をかける。

 

 「先の戦闘で敵戦艦の砲撃の直撃を喰らったお前は本来なら轟沈してもおかしくないほどのダメージを負っていたのだ。同伴していた陸奥がお前を抱え、帰還していなければ、お前は当に海の底へ沈んでいたのだからな」

 

 ――命が助かっただけありがたいと思え。

 そう言って提督は医務室を後にする。

 長門型一番艦戦艦『長門』は、かつて八八艦隊計画の第一号艦として広島・呉海軍工廠にて起工され、完成した1920年代以降、連合艦隊の旗艦に任命されるなど、あの戦艦大和や武蔵と並び、日本海軍の象徴とされていた戦艦だった。

 そんな在りし日の艦艇の魂をその身に宿す艦娘。人類の脅威である深海棲艦に対抗できる唯一の存在である。

 長門はそんな戦艦『長門』の魂を持つ艦娘で――現存する艦娘でも屈指の実力者だった。

 ……実力者であったが……この長門にはどこか感情……人としての心に欠けるところがあった。

 人と接するのが苦手で、提督とも、他の艦娘たちとも必要以上のコミュニケーションを交わさない。否、交わさないのではなく交わせない。

 他人と一緒にいると――話していると頭の中が熱くなってきて、自分が何を言っているのかわからなくなるのだ。どうにか二言三言、言葉を交わすのが精一杯な長門には、皆をまとめ上げられるようなカリスマ性もリーダーシップもなかった。

 

 そんな長門であったが、彼女には自分がかつての艦の力を備えた()()であるという自覚があった。

 自分が戦艦という絶大な力を持つ存在だということも理解していた。

 自分には戦う力しかない。戦うことでしか、この艦隊に、鎮守府に貢献できない。

 故に長門は戦いを求めた。積極的に自ら作戦に志願し、あらゆる戦線に出向いた。

 極まれに出される休暇も、他の艦娘たちがそれぞれの休暇を満喫する中、一人演習に明け暮れ、鍛錬を欠かしたことはなかった。

 

 その結果としていつしか手に入れたのは最強の艦娘としての座。

 その拳はどんな頑強な装甲を持つ深海棲艦相手でも貫いた。

 その主砲はどんなに離れた位置に存在する深海棲艦にも外すことなく、放たれれば必中の腕前だった。

 しかし艦娘は人の姿を模しているがあくまでも兵器、戦いの道具だ。

 いくら強かろうが、多大な戦果を挙げようが、使えなくなった艦娘はただのゴミ。

 不必要となった艦娘は解体されるのが条理なのに、自分は解体されない。

 戦うことしかできない自分なのに、戦うことすらできなくなってしまった自分なのに、なぜ解体されない。

 

 (惨めだ……)

 

 長門はどさっと力なくベッドに体を横たえた。

 

 ***

 

 長門がようやく歩けるようになったのは、それからおよそ一週間後のことだった。

 まだ頭と右目の包帯、そして右腕のギブスは取れないが鎮守府内を一人で歩けるようになった。

 

 「……」

 

 長門は一人、食堂の席に腰掛けていた。

 長門の周囲の席はぽっかりと空いていた。

 周囲には幾つか同じように朝食を採ろうとする艦娘たちの姿があるが、決して彼女の近くに座ることはない。

 人類の英雄と称されていた長門ではあるが、それはあくまでも長門の挙げた莫大な戦果によるものである。

 決して長門の人間性やカリスマ性が長門を英雄と至らしめたものではない。

 むしろこの鎮守府内において長門は、戦闘中におけるそのあまりに苛烈な戦いぶりから、周囲からこう称されていた。

 

 鬼神、と。

 

 荒々しく恐ろしい神。ばけもの。

 鬼神とはそういう意味である。

 決して味方から付けられる二つ名ではない。

 そう。長門は味方である艦娘にも畏怖され、避けられていたのだ。

 自分に対する周囲の認識を、長門は知っていた。

 鬼神と呼ばれていることも。敵である深海棲艦以上に恐れられていることも。 

 けれど、長門にとって、そんな周囲の視線などどうでもよかった。

 戦うこと。強くなること。

 それだけが長門の存在意義だった。

 長門の世界は長門の中のみで完結していた。……今までは。

 

 「……」 

 

 周囲の視線が妙に突き刺さる。

 今までは気にならなかったというのに。気にせずにいられたのに――。

 卓上に置かれるは丁度いい焼き加減の鮭の塩焼きに甘めの味付けの卵焼き。ほうれんそうのおひたしには鰹節と醤油がかけられ、豆腐とわかめの味噌汁からは出汁のいい匂いが湯気となって立ち昇っている。

 

 「……」

 

 右腕のギブスがまだ取れないため、長門はたどたどしく左手で箸をとる。

 ズズッと片腕で味噌汁をすすり、温もりと出汁の絶妙なハーモニーを無感動に胃に流し込む。

 そして鮭の身をほぐそうとして……その左手から箸がぽろっと零れ落ちる。

 

 「……ち」

 

 小さく舌打ちをして、長門は再度箸を取る。骨を取り除かなければ鮭は食べられない。

 つたない動作で箸の先を赤橙の身に差し込み、まずは大骨から取り除こうと試みる。

 しかしその骨を取り除くには、利き腕ではない腕では少しハードルが高すぎた。

 

 「あっ……」

 「くそっ……」

 「ちぃ……」

 

 そして数分後には。

 

 「くそっ!!」

 

 バンッ!!

 荒々しく箸を机に叩き付ける長門の姿があった。 

 これまで離れたところから、四苦八苦する長門の姿をさりげなく見守っていた艦娘たちもビクッ! と身を竦ませる。

 

 (なぜこんな魚などに私が……!)

 

 プルプルと拳を震わせる長門の元に現れたのは姉妹艦の――陸奥の姿だった。その手には朝食の乗ったお盆があり、どうやら彼女も朝食のためにやって来たようだ。

 

 「あらあら、随分と荒れているのね」

 

 状況を見た陸奥はおかしそうな笑みを浮かべながらそう告げると、何の躊躇いもない自然な動作で長門の隣に腰かけた。

 

 「……何の用だ」

 「朝食を採りに来ただけよ。姉さんの周りが空いていたのでね」

 「……」

 

 陸奥の言葉に返せる言葉を見つけられなかった長門は再び慣れない手つきで箸を取る――がすぐにまた落としてしまう。

 

 「ふふっ。姉さんって、不器用なのね」

 「うるさい。……私のことなど放っておいてさっさと食べたらどうだ。朝食が冷めてしまうし、何よりお前には今日も任務があるだろう」

 

 そう言ってから、長門は今の自分の状況に歯ぎしりする。

 もう自分には兵器としての価値はない。

 周囲は自分を英雄やら救世主やら崇め奉っているようだが、今までの恩義があるが故に自分を解体しないようだが……英雄になったつもりなど長門には一度もない。

 ただ自分の本能の赴くままに戦い、戦って、戦い続けた。

 その戦いの果てに死ねるのならば、それが本望だった。

 それなのに―― 

 

 (……艤装も失い、戦うこともできなくなった私がなぜこんなところでのうのうと生きているんだ?)

 

 自己嫌悪に陥る長門を他所に陸奥は「仕方ないわねぇ」と長門の箸を手に取る。

 

 「このままずっと魚と奮闘していても仕方がないわけだし、私が食べさせてあげるわよ」

 「……」

 

 鮭の身をほぐし終えた陸奥はその身を一口ぶんだけつまんで、長門の口に運ぶ。

 

 「はい、あーん」

 

 そんな陸奥をぼんやりと見つめていた長門であったが、やがてハッと目を見開くと羞恥で顔を真っ赤に染めた。

 

 「やっ、やめろ!」

 「あっ」

 

 反射的に陸奥の手を振り払ってしまう。振り払った際に鮭の身は箸ごと地面に落ちてしまった。

 

 「余計なお世話だ!」

 

 そう言い捨てるや、長門は朝食をそのままにその場を後にした。

 

 ***

 

 陸奥との一件後、長門は一人、鎮守府の波止場にて佇んでいた。風に乗って漂ってくる潮の香りと穏やかな波音。元々が海に浮かぶ戦艦だからなのか、こうしていると心が落ち着くのだ。

 

 「……」

 

 鬼神と称され、敵のみならず味方までにも恐れられる存在である長門であったが、ただ一人の妹艦である陸奥だけはそうではなかった。

 無論、長門の人付き合いの悪さは妹に対しても決して例外では無かったが……いくら長門にぶっきらぼうに対応されようとも、陸奥が長門の傍から離れることはなかった。

 戦うことしか能のない姉のことなど放っておけばいいというのに――。

 

 「……」

 

 一言謝れば、それで終わるはずだった。艦娘としての生命線を絶たれ、気が滅入ってしまうのは仕方のないことであるし、そうでなくとも妹から食べさせてもらうというのは、姉として恥ずかしいと思うこともあるだろう。

 ただ一言謝れば――しかし長門はその一歩が踏み出せないのだ。

 

 「……惨めだ」

 

 戦うこと。自分にはそれ以外に何もない。

 何もない自分にたった一つ矜持があるとしたら、それは戦える力を持っていることだった。

 しかし戦いには負け――戦う力すら失われ――挙句の果てに解体されることなく生き長らえている。これほどまでに惨めなことはない。

 

 「……こんな想いをするくらいなら……解体されたほうがマシだ」

 

 解体され、資材の一部として再利用されたほうが、よっぽど鎮守府に貢献できる。温情で生かされ、鎮守府内で置物になるくらいなら――。

 

 そして長門は気が付いた。

 そうだ。解体されないのなら、自分で自分を解体してしまえばいいのだ。なぜこんな簡単なことに気が付かなかったのだろう。

 

 「はは……」

 

 ずるずると足を引きずりながら長門は工廠に向けて歩き出す。そこにはかつての鬼神とまで称された最強の艦娘の姿はなく、ただただ生きることに絶望した憐れな女性の姿しか存在していなかった。

 

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