コミュ障長門の提督奮闘記 作:不知火
当の張本人は気づいていないようだが、この鎮守府内において、長門に憧れを抱く艦娘は多い。
戦艦の枠組みを超えた圧倒的な強さ。英雄と呼ばれて、なお慢心せず、休暇も返上して己の鍛錬に明け暮れるその姿。
そして何よりも戦いの場における圧倒的な統率力。長門は言葉で多くを語らない。しかし誰よりも多く前線に出て、難攻不落といわれる敵棲地を攻略する。
絶体絶命のピンチに陥った時、長門は必ず、絶望に心の折れた皆の前に立っていた。その寡黙な後姿に、いったい何人の艦娘が救われただろうか。長門のように強く、美しくなりたくて、いったい何人の艦娘が練度の向上に励んだのだろうか。
しかし長門は多くを語らない性格。それに加え、その艶やかな黒髪の映える凛然とした美貌に見る者を射抜くその鋭い眼光――言うなればオーラだろうか。絶対的な強者のみが持ち得るオーラに皆、気圧されて話しかけることは愚か、傍に寄ることさえ叶わない。極稀に言葉を交わせた時は嬉しさのあまりパニックに陥ってしまう程で、皆、下手に憧れの存在の前で格好悪い姿を見せてしまうのが恐くて近寄れないのだ。
しかし、そんな皆の内情とは裏腹に、陸奥の知る実際の長門はいろいろな意味で不器用だった。
もともとあがり症で、そんな自分を隠すために普段から冷静な自分を演じるようにしていた。多くを話そうとするとついどもってしまいそうになるから、話すときの言葉は短く。自分が会話に加わると話の流れが途切れてしまうから、自分から話しかけるようなことはまずしなかいようにした。そして、自分が『世界のビッグ7』に相応しいカリスマ性が無いことが解っていたから、せめて戦闘面では貢献しようと、訓練に明け暮れ、いつしか最強の艦娘と呼ばれるようになり、周りからはさらに孤高の存在として崇められるようになってしまった。
憧れを抱くあまり萎縮してしまい、歩み寄れない皆と、あがり&コミュ障であると自負しているが故に自分からは決して歩み寄ろうとはしない長門の皮肉ともいえる誤解はこうして広まっていったのだ。
しかし陸奥は知っている。そんな長門が自室で熊のぬいぐるみに向かって「寂しくなんかないよーだ」と話しかけているその姿を。
どこまでも不器用で、それと同じくらいに真面目。陸奥にとってそんな姉はどこまでも愛おしく、守ってあげたい存在だった。
それなのに長門は皆の前では愚か、妹である自分の前でも、作り上げたその鋼鉄の仮面を外してはくれない。
皆と長門を繋ぐ架け橋になりたいのに――それがなんとも寂しかった。
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「そこをどけ! どくんだ!!」
「……! ……!」
鎮守府の片隅にある工廠。その出入口にて凛とした美声を怒号に変えて、怒鳴るのは長門だった。なお工廠の出入口をその小さい身体を懸命に広げて長門の進行を防いでいるのは、工廠の管理を任された『妖精』と呼ばれる小さき者たちだった。
「なぜだ!? 私はもう使い物にならないというのに……提督の指図か!?」
「……! ……!」
長門の言葉に妖精はその首をブンブンと大きく横に振って否定する。鬼神と呼ばれる長門の鬼のような形相に、逃げ出したい思いを精一杯堪えて、妖精たちは尚も長門を通せんぼする。
「姉さん!? 何やってるの!?」
振り向くとそこにいたのは顔を青ざめさせた妹艦の陸奥だった。食堂を飛び出した長門を探していたところ、慌てて駆け付けた妖精から自らを解体しようとしている長門のことを告げられ、慌ててここまでやって来たのだった。
「見ればわかるだろう! 解体しようとしているのさ! ……使い物にならないゴミは解体するのが条理だろう!」
喚き散らす長門をどうにか宥めるべく、陸奥は安心させるような笑顔を浮かべ、長門にゆっくりと近いていく。
「お願いだから、そんなことは言わないで姉さん。――そうだ、まだ朝食が途中だったでしょう? 間宮さんに頼んで……」
そんな陸奥の言葉を長門は途中で遮る。
「なんだ……お前もそうなのか……? 私には解体され、資材になる価値すらないと……そう言いたいのか?」
「そんなこと……思っているわけないじゃない」
悲しげに眉をひそめる陸奥の言葉も、今の長門には届かない。
長門はヒステリックな笑みを浮かべながら己の頭をわしづかみにする。
「私には戦うことしかできないんだ……私から戦いを取ったらもう何も残らない……こんな惨めな想いをするくらいなら……あの時、死んだ方がマシだった!!!」
「――!!」
その言葉で陸奥の中の何かが切れたような気がした。
パァン!
何かを鋭く叩く音。そして、茫然と左頬を赤く腫れさせた長門の姿があった。
「死んだ方がマシだった……本当にそんなこと思ってるの? あなたは私の姉さんなのに……この世でたった一人の姉さんなのに!!!」
静かに告げられたその言葉に長門はハッ、と顔を上げる。そこには目じりにいっぱいの涙を溜め込んだ陸奥の姿があった。
陸奥は普段醸し出す大人の妖艶さとは無縁の、まるで幼い子供に戻ってしまったかのように、泣きじゃくりながら言葉を続ける。
「あの日、主砲の火薬爆発事故で沈んじゃってから、もう二度と会えないと思っていたのよ……ずっとずっと一人ぼっちで、それでも艦娘になって、また姉さんと出会えた時、私は本当に嬉しかった……」
「……」
「それなのに姉さんは私を避けてばかりで! ぶっきらぼうで! 愛しい家族と再会出来て嬉しかったのは私だけだったっていうの!?」
「陸奥……」
思わず長門の口から漏れた妹の名前。その単語に弾かれたように陸奥は長門の身体に抱き着いた。
「お願いだから死なないで……生きて……私はもっと姉さんと一緒にいたい……お喋りだってしたい……生きて……生きて……」
「……」
長門はそんな妹の祈るような呟きを、ただ茫然と立ち尽くしたまま聞いていた。その左腕が僅かに持ち上がり、陸奥の腰に添えられようとするが――次の瞬間、力なく垂れ下がる。
「……それでも戦うことしか能のない私だ。戦えなくなった今、私はただのお荷物でしかないんだ」
陸奥の言葉は長門の胸の奥にたしかに染み渡った。
誰からも好意を寄せられていないと思っていた長門にとって、妹のこの言葉は純粋に嬉しかった。
自分の今までの行動がどれだけ目の前の妹を傷つけたかということも理解した。もし時間を遡れるのなら、過去の自分の顔を殴り飛ばしてやりたいくらいだ。
しかし、それでも自分の存在が現状、お荷物であるという事実もまた変わりはない。
激しさを増す深海棲艦の脅威。枯渇していく資材。そんな中、戦うこともできない艦娘である長門はその身体を維持するために資材を無駄に浪費する飯喰らいでしかない。
しかし、そんな自分でも解体すればある程度の資材を提供することができる。先ほどは感情的に自らを処分するつもりで行動していたが、合理的に考えても長門は処分されるべき存在なのだ。
「……だから、すまない」
そう言って、自分から陸奥の身体を引き離そうとしたその時だった。
「……何を勝手な真似をしようとしているんだ、長門」
よく通る男性の声。ハッ、と視線を持ち上げると、そこには白い軍服に身を包んだこの鎮守府の提督の姿があった。
「提督……」
無意識にそう呟いてしまってから、長門はバツが悪そうに顔を伏せる。
提督はそんな長門を見て、やれやれと溜息を吐きながらも言葉を続ける。
「覚悟を決めているところ悪いが、お前の解体はしないつもりだ。当分、いや、これから先、ずっとな」
「何をいってるのですか……私にはもう戦う力は……」
その言葉を提督は肯定する。
「ああ、残されてはいない。ただ、別の道で人類に貢献する道がまだ残されているんだ。この役目を受け入れられる艦娘は後にも先にもお前一人しかいない。――どうだ、長門。お前、提督になってみる気はないか?」
「は……?」
続けられた提督のその言葉に長門は目を丸くするのだった。