慈燕が曹操軍の陣営に戻った時には、黄巾軍の第一陣は壊滅しており第二陣と連合軍がぶつかっていた。張三姉妹が居なくなっていることにはまだ気づかずに戦い続けている。
「これが傀儡としての末路か。」
妖術の恐ろしさを改めて認識させられる。
慈燕は飛影を兵に任せ、張角を自分の幕に入り床に寝かす。張宝と張梁にここにいるよう指示し、守兵を三人程幕の前に立たせ、華琳の下へ向かった。
華琳に張三姉妹の捕縛を伝えた後慈燕は戦場へ向け、飛影を走らせる。
張角を討ち取ったと偽装するため死んでいる黄巾兵の首を切り落とす。
張角の素顔を見た者は少ないと聞くが、張宝と張梁の顔は軍の指揮をとっていたため見た者は多いかも知れない。偽装を成功させるために、太平妖術の書の力はどこまで催眠効果が強いのかは分からないが黄巾軍は出来るだけ殲滅しておきたい。
自分もいち早く戦場に立つために、持って来た麻袋に首を入れ曹操軍の陣営へ戻る。
華琳と秋蘭を連れて慈燕の幕へ向かう。幕に入ると三人寄り添ってこちらを見ている。
「まず確認するわ。貴方達が張角、張宝、張梁ね。」
華琳の問いに三人は無言で頷く。
「そう…では少し聞きたいことがあるの。なぜ貴方達は漢王朝に反旗を翻したの?」
「そんなことしたかった訳じゃない!」
張宝が噛み付くように否定する。
「私達はただ歌っていたかったんだ。変な奴に太平妖術の書っていうのを貰ってから私達の歌を聞いてくれる人が一気に増えた…。」
張宝の言葉がだんだん小さくなる。それは後悔か、それとも怪しげな妖術書を使ったことへの後ろめたさだろうか。そんな姉を助けるように張梁が続ける。
「私達は歌っている途中、熱くなった気持ちの勢いで天下が取ってやるぞと叫んだ。そしたら皆、人が変わったように彼方此方で賊徒のような事をし始めた。勿論、止めてと叫んでお願いしたわ。でも、なぜか止まらなかった。」
「……そう。それで太平妖術の書は持っているのかしら?」
華琳は逸る気持ちを隠し冷静を装いつつ太平妖術の書の所在を張梁に聞く。
「逃げる時に置いてきてしまった。多分、もう…。」
「………ふむ。」
華琳は話を聞き考え込む様に目を閉じる。返事が遅れたのは太平妖術の書が手に入らないだろうと思ったからだろう。やはりあの書を欲していたんだなと慈燕は内心溜息を吐く。
三姉妹は最後の審判を待つかの様に固唾を呑む。暫くして華琳は目を開け、慈燕を見る。
「貴方がこの子達を連れてきた理由は何?本来なら首だけ持って来ればそれだけで終わっていたのに。」
張三姉妹が肩を震わす。慈燕がここに連れてきたのは華琳に裁決を取らせるためであり、華琳の言葉は暗に殺しても構わないと言っているようで三姉妹は恐怖する。
「この子達は覇道の役に立つと思ったから連れて来た。」
「へえ…どんな役に?見た感じ兵としては使えないと思うわよ?」
華琳は張角達の華奢な体を一瞥する。
「兵としては使わない。この子達には…これから広がるであろう領地を転々としながら歌ってもらう。」
「……歌う?それが何の役に?」
華琳が訝しむように慈燕に続きを促す。
「勿論歌うだけじゃない。各地に赴き現地の情報収集をしてもらう。」
叛乱は、地方の民が賊となり数が増えることにより起こるもの。今も地方の官が課す重税や賄賂により民が苦しみ賊へとなり続けている。
「……偵察を兼ねているわけね。確かに私達が本拠と決めた地から遠い領地の情報は入りづらくなるものだから。でも、この子達にそれが務まるの?」
「そこは俺が仕込む。まだ華琳の覇道は歩き出したばかりだ。時間はまだあるから俺はできると思っている。」
「………ふむ。」
華琳の意識はまた思考の海に沈む。慈燕と張三姉妹は華琳が下す判決をジッと待つ。考えが纏まったのか華琳は目を開けて張三姉妹を見る。
「貴方達、私の覇道を手伝いなさい。」
「……覇道?」
「ええ。」
華琳は口角をあげ続ける。自分の夢を誰かに語る。心が躍っているのだろうと慈燕は見えないように苦笑する。
「覇道とは己の力でこの世に覇を唱えんとすること。そしてこの世は、これから乱世へと突き進むわ。そして私はその乱世を覇道をもって突き進み、そして天下を統一し治める。」
「……乱世?そんなものが本当に?」
「起こる。」
華琳は確信しているように言う。これから世は乱れると。
「それにきっかけはどうあれ、現に貴方達が叛乱を起こしている。この叛乱がここまで拡大した理由としては漢王朝の衰弱があるわ。」
以前の漢王朝なら、叛乱は早期又は事前に芽を潰すことができただろう。
「貴方達は私が治めた領地を巡り、情報収集をして欲しいの。表向きは民の心を癒すために歌いに来たという事にして。」
「私達は、また歌えるの?」
「ええ。勿論、仕事として情報収集をやらなきゃ駄目よ。」
張三姉妹は顔を見合わせる。張角はよく分からなそうに首を傾げているが張宝と張梁が同時に頷く。そしてよく分かっていない張角に簡単な説明をして三姉妹は片膝を着き、拱手礼をとる。
「我ら三姉妹。これより曹操様の下で微力ながらお力をお貸し致します。」
三姉妹を代表して、張梁が華琳に告げる。…残り二人はこの場では喋らない方がいいという張梁の考えだ。
「ええ。まだ私自身で名乗っていなかったわね。性は曹、名は操、字は孟徳。」
「私達のことは張角、張宝、張梁改め、天和、地和、人和とお呼び下さい。これからは性と名は名乗る事は出来ませんので。」
「分かったわ。なら私の事も華琳と呼びなさい。貴方達に真名で呼ぶことを許しましょう。…それから…。」
慈燕は華琳に目で促され一歩前に出る。
「では俺も改めて。性は夏侯、名は晋、字は慈燕。真名は廉。俺も君達に真名を預けよう。」
「はい。…私達の居場所ができたのも廉様のお陰です。誠にありがとう御座いました。」
張梁改め人和が感謝の意を込め、頭を下げる。慈燕は気恥ずかしくなり頬を掻く。
「大した事はしていない。それに様付けじゃなくていいぞ。」
「…分かりました。」
頬を微かに緩めた人和を見て、慈燕は無意識に頭を撫でた。急に頭を触られ驚いたが、振り払う事をせず撫でられる。横にいた天和が声をあげる。
「あー!人和ちゃんだけズルーい!廉さん!私も!」
「え?…あ、ああ分かった。」
人和の頭から手を離し、天和を撫でる。
「…はふぅ。気持ちいー…。」
天和はふにゃっと頬を緩める。その後、更に横にいた地和にも強請られて頭を撫でた。三人とも平等に撫でてやると満足そうにしていた。
……後ろで華琳と秋蘭が睨んでいる気がする。
「さてと…華琳、戦場へ行ってくる。」
「……ええ。貴方の武勇、私に見せて頂戴。」
「御意。」
華琳の事は秋蘭に任せ、慈燕は幕を出て二百の兵を率い戦場へ舞い戻る。
青い旗が風に靡く。
その旗には赤く『夏』と書かれている。青は慈燕の羽織る衣、赤は慈燕が振るう双剣。その旗は正しく慈燕を表す。
慈燕は馬上から戦場の方へ目を細める。黄巾軍により円が出来てその中央に一人立っている。長い得物を振り回す赤髪の女性。
黄巾軍に囲まれているが、長い得物で敵を薙ぎ払い近づけさせない。
円は黄巾軍があの武将に近づけない為できたものか。
取り敢えず、助力しようと飛影を急がす。黄巾兵が此方に気づき剣や槍で攻撃してくる。慈燕は真紅の剣を両手で構え、馬上から敵を斬り倒す。飛影の胴を内腿で挟み込み、巧みに双剣を扱い黄巾軍の首を、腕を切り飛ばす。飛影も剣や槍を躱す。そして慈燕が剣を扱い易いように敵に近づく。
相棒の頭の良さに慈燕は口角を上げる。
伊達に相棒として戦場を掛けてきた訳じゃない。阿吽の呼吸が如く一分の隙なく敵を屠る。
その笑みと苛烈な勢いに黄巾軍が怯み、その隙に慈燕は一直線に武将の下へ駆ける。
「要らぬかと思うが、御助力致す。」
「……ん。」
武将はこくんと一度頷くと長い得物、方天戟を振り回し黄巾軍を薙ぎ払う。慈燕も負けじと飛影で敵に突っ込み敵を切り裂いていく。
ーーー屍山血河ーーー
まさに字の如く、屍が山のように重なり、流れ出る血が大河のように大地を濡らす。恐怖に逃げ出そうとする黄巾軍に追撃せよと部下に命じる。
残虐ではあるが後に逃げた兵が賊徒となって周辺の村や集落に牙を剥く可能性がある故に手を抜かない。先ほどの武将も逃げる暇さえ与えずに屍を量産していく。慈燕はその武に感嘆する。
辺り一面にいた黄巾軍は殆ど殲滅し終えた頃に慈燕は武将に話し掛ける。
「見事な武でありますな。」
「……そっちも。」
「ありがとう。私は夏侯慈燕。貴方は?」
「恋。」
「それは真名ですよね?私はまだ呼ぶことはできません。」
「………呂布奉先。」
「呂布殿か。その名とその武、しかと心に刻みました。…ん?」
「恋殿ーー!!」
「音々音。」
大きな声で誰かを呼ぶ声に呂布が反応する。恋とは呂布の真名か。
「どうやら援軍が来たようですね。では私は自軍へ向かいます。」
「……ん。」
「また会える日があれば酒を飲み交わしたいものです。では…さらば。」
慈燕は前線の曹操軍へ駆け寄る。春蘭率いる軍が掲げている黒字で書かれた『夏』の旗を見つけた。どうやらこちらも殆ど終わっているようで潰走した黄巾軍の追撃を諸侯達が行っているようだ。
飛影に乗る慈燕に気づいた春蘭が手を振っている。
「春、怪我は無いか?」
「当たり前だろう。私を誰だと思っている!」
「ふふ、生意気な奴だ。」
慈燕は乱暴に頭を撫でてやる。人前だからか恥ずかしがり嫌がる素振りを見せるが本気で振り払わないのは撫でられるのは嬉しく思っているようだ。
「残党狩りは?」
「ほとんど狩った。今は焼き落ちた砦から四方に逃げた黄巾共を各諸侯が追っている。間も無くそれも終わるだろう。」
「そうか。…では華琳の元へ戻ろうか。新しい者もいるしな。」
「新しい者?」
「ああ、兵としては使えはしないが、これからの世に必要な力を集める際に役に立つ人材だ。」
慈燕は兵を纏め、曹操軍の陣営へと帰還する。
慈燕の率いた兵は負傷者はいたが奇跡的に死者がいなかった。これも慈燕の武と指揮能力、更には近くにいた呂布の武のお陰だろう。
華琳に戦場での報告の後、慈燕は自分の幕へ向かう。中に入ると3人は肩を寄せ合い眠っていた。
仕方なく華琳のところで今回の戦いで消費した物や亡くなった者を数えるなどの戦後処理をしようと華琳の幕に向かうが、途中で秋蘭に捕まる。
そしてその夜。慈燕は秋蘭に滅多に見せない我儘で共に寝る事になった。
張角が死んだという報が各地を駆け巡った。
張角の首は洛陽に晒された。
首を引き渡す際、己の顔を知られぬよう顔皮を半分以上剥がされていたと連合軍の大将である皇莆嵩に伝えたが疑うような目で慈燕を見ていた。
だが、張角が羽織っていた黄色の衣を共に渡したため張角の首であると認められた。この羽織は慈燕が集めた上質な黄色の生地で作った偽物だ。慈燕は手の者の情報から推察して黄色の衣を用意していた。
張宝と張梁は生きていると言われているが姿を見せることが無く、砦の陥落と共に死んだのではと噂された。
だが、黄巾軍は消えなかった。
各地でまた叛乱が起こしている。
黄巾軍の生き残り、張角達に魅了され太平妖術の書で催眠状態だった者達は元に戻り自分達の国に帰ったが、税の重さや官の腐敗は消えていないために、民達は耐え切れずに逃げ出し賊徒になっている。
その中で黄巾軍は叛乱の象徴として分かりやすく、未だに黄巾の乱は民達の記憶に新しく強く残っているために利用されているようだ。
しかし、各地で起きている叛乱は挙兵した諸侯らにより鎮圧されていった。
だが、ここに来て悪い流れは途切れる事が無く、西の叛乱が鎮圧されたのと同じ中平六年の四月、霊帝が崩御された。
新帝になったのは大将軍何進の姪である弁皇女である。
皇位継承者はもう一人、側室が生んだ協がいたが、何進が素早く宮中にいる自分の賛同派である宦官で固め、弁皇女を擁立した。何進を排除しようとしていた宦官は次々に処刑され、波乱尽くしの新帝の誕生だった。
霊帝が崩御してから慈燕は華琳の命により、洛陽へと来ていた。宮中や何進、宦官の情報収集の為である。専らその任は華琳手の者達、『影』と呼称している者達を使っている。
更に洛陽には袁紹が来ていた。袁紹もどうやら何かを嗅ぎつけたようだ。できれば顔を会わせたくなかったが、袁紹も慈燕が洛陽にいることを知っていたようで向こうから会いに来た。
袁紹は慈燕に手を貸しなさいと言ってきた。慈燕は華琳の命で此処に来ており、勝手な事は出来ないと丁重に断った。
そして数日後、宮中で騒ぎが起こった。何進大将軍の首が塀の上から投げ出されたと知らせが入る。慈燕は直ぐさま『影』を宮中に送り自分も向かう。
恐らくこれは袁紹が起こした騒ぎだろうと慈燕の脳裏に過ぎった。 では何の為か。理由は簡単だ。慈燕も宮中に入り探す。
探し物は袁紹と同じく、帝。
やはり袁紹によるものだった。あんな目立つ格好の兵は見たことがない。だが、帝は何処にも居ないようだ。隠れていた宦官を脅し聞き出すと、数人の宦官が帝と共に外へ出て行ったらしい。慈燕は宮中を飛び出し洛陽の外門へと急ぐ。外門を抜け、街道を見ると先に着いた袁紹と馬上にいる何者かが話しているのが見える。
(あれは確か…董卓軍の賈詡?)
慈燕は董卓が何進大将軍から呼び出しを受けていたのを思い出した。
董卓軍の囲まれ警護されている帝の御車が見える。
袁紹が何やら叫んでいるが董卓軍は無視するかの如く洛陽へと進んで来る。
慈燕は直ぐに外門近くの民家に身を隠した。
目の前を董卓軍が通り過ぎて行く。慈燕は眼を凝らす。御車が少し揺れて中が一瞬見える。二人の少女がいた。
一人は見た事のない純白の衣を見に纏っており、乳白色の長い髪と幼いながらも顔が何とも美しい。あれが帝だと推察。
もう一人は帝に寄り添う様に帝の話に頷いている。儚げな美しい少女だった。
(あれが董卓か?すると袁紹と話していたのはやはり賈詡か。)
董卓に仕える軍師。賈詡は行軍を指揮している。
董卓軍が洛陽の中へ入り終わった頃を見計らい『影』の者達を集め、洛陽に残る者を選定し慈燕は事の顛末を華琳に伝える為、飛影に乗り帰路を急いだ。
張角らが討たれて3ヶ月、黄巾の乱が一時の終息を迎えた。
華琳率いる曹操軍は自領の沛国譙県で黄巾の乱で浪費した兵力を補給しようと人材発掘に力を注いでいた。
「廉様!」
その成果の一人である彼女は姓を楽、名を進、字を文謙。真名を凪という。
曹操軍が黄巾討伐から戻ってきて一ヶ月経った頃に、領内の農村が賊徒に襲われているという情報が入り、慈燕と秋蘭が出兵。
春蘭が来たがっていたが、現段階の曹操軍主力である春蘭と慈燕が華琳から離れることは避けなければならないため置いてきた。
慈燕と秋蘭が出兵して一日で農村を見たわせる丘の上に着いた。村の状態を確認すると、村人と賊徒が”戦っていた”。
普通なら村人は逃げるか、山奥に隠れて賊徒が居なくなるのを待つか領主がもつ軍が来るのを待つはず。
しかし、目の前では賊徒と戦っている。しかも賊徒達の侵攻を抑えている。
「秋、部隊を三つに分ける。一つは俺と共に村へ駆ける。残り二つは左右から農村の反対側へ向かい展開、包囲するよう農村へ進軍。逃げて来た賊徒は一人とて逃すな。」
「御意」
慈燕は秋蘭に出陣を伝える。賊徒達を抑えているとはいえ村全体を守りきるのは難しい。
二つの部隊が先行してから暫くすると慈燕は部隊を率い飛影で緩やかな下り坂となっている街道を駆け下りる。農村に近づくと賊徒達が慈燕率いる曹操軍に気づく。
だが遅い。気づいた時には賊徒の首が次々と宙に舞う。躊躇いの無い殺意に晒された賊徒達は四方へと逃げ始める。慈燕は部隊に追撃の指示を出すと、賊徒と正面で戦っていた少女達に駆け寄る。
「遅参容赦、私は曹操軍の将、夏侯慈燕と申す。」
「あ、貴方様が夏侯慈燕様で御座いますか。私は楽文謙と申します。」
手に武具をはめる傷だらけの少女は深々と頭を下げる。
「そう畏まらなくていい。それで後ろの二人は?」
慈燕が二人を見ると、一人はニカッと笑い、もう一人はウインクを慈燕に飛ばす。
「うちは李曼成と申しますー。」
「私は于文則なの。お兄さん格好いいなのー。」
「真桜!沙和!慈燕様に対して何だ!その名乗り方は!」
「っ!!凪ちゃん痛い!!」
「本気で殴ったなー!」
楽進の拳骨が李典と于禁の脳天に突き刺さる。二人は涙目になりながら頭を抑え楽進を睨むが、楽進の迫力に直ぐさま目を逸らす。
「三人とも、まだ賊徒の掃討が終っていない。話はその後だ。」
「は、はい!」
「わかったなのー。」
「任せとき!賊徒なんか木っ端微塵や!」
慈燕の指示の下で三人は賊徒を追い詰める。山奥に逃げ込もうとする賊徒だが、先に伏していた曹操軍により逃げ場を失い、前方の曹操軍と背後からの慈燕達による追撃で全員討たれた。
曹操軍を村へ集めつつ被害状況を確認すると、数人の死人と負傷者が出た程度で済んだ。村で収穫した穀物も無事だった。
兵を集め終え、賊徒と村人の死体を埋める。賊徒でも死ねば皆同じ、弔ってやらなければならないと慈燕は思っている。
「慈燕様。」
弔いを終えたところで楽進が慈燕に声をかける。振り向くと沙和と真桜もいた。
「どうした?」
「私達はこれから慈燕様、曹操様のところへ兵として志願するつもりでここまで来ました。」
「三人はこの村の者ではなかったのか?」
「偶々通りかかっただけやー。賊徒共に襲われそうになってたから助けたろと思ってな。」
「そうだったのか…なら、俺達と来るか?」
「よろしいのですか!」
「お、おう。大丈夫だ。」
楽進の喜びように慈燕は戸惑う。すると于禁がニヤニヤしながら楽進を揶揄う。
「凪ちゃんは慈燕様に憧れてたの!だから憧れの慈燕様に会えて気持ちが溢れ出ているの!」
「なっ!沙和!それは言わなくてもいいだろう!」
キャーッと声を上げながら逃げ回る于禁と追いかける楽進に、慈燕は、若いなーと少し年寄り臭いことを考えてしまう。
「兄者。」
秋蘭が兵達の支度ができたことを慈燕に伝えに来た。慈燕は楽進達を呼び戻し、帰路に着く。慈燕と寄り添うように馬に乗り会話をしている姿を楽進は少し羨ましそうに眺めていた。
「凪、今日も警邏ご苦労様。」
「ありがとう御座います。廉様はいつお戻りに?」
「つい先日だ。」
村から共に華琳の下へ来た凪達は後日に志願兵の軽い試験を受けて無事兵卒になった。しかし、凪達の兵卒では勿体無いほどの実力なため今や一つの部隊を預かる部隊長へと昇格した。
そして今日は、凪の部隊が持ち回り担当する日である。
「凪。」
「はい。何でしょう?」
兵卒になったときに三人と真名を預け合ったとき、凪の嬉しそうな顔はとても可愛く、今でも真名を呼ぶ度に嬉しそうな顔をするが、慈燕の真剣な表情から察して、凪も気持ちを引き締める。
「これから、大きな戦が起こるだろう。それも一つや二つでは無い。俺や春蘭達だけでは手が回らなくなるときが来るかも知れない。」
慈燕は一旦言葉を切り、凪の瞳を真っ直ぐ見る。
「そのときは、凪や沙和、真桜が頼りだ。よろしく頼むぞ。」
「………」
ゾクリ、凪は全身の毛が逆立つかのような感覚を味わう。勿論嫌悪からではなく、憧れの存在である慈燕からの信頼に歓喜しての気持ちだ。
「はい!楽文謙、命を賭けて廉様の期待に応えたいと思います!」
「ああ。」
凪の嬉々とした表情に頬を緩ませながら、慈燕はこれから始まる乱世と華琳が歩む覇道に思いを巡らすのだった。