檄文が送られて来た。
逆賊董卓を討つべし、と。
「…逆賊…ねぇ。」
華琳は檄文を見て疑わしそうに溜息を吐く。
「袁紹は我慢出来なかった様だな。」
慈燕も呆れたように溜息を一つ。
前大将軍の何進は妹が帝の寵愛を受けることによって肉屋の倅からの大出世を果たし、その地位にて権力を振り回していた。
袁紹は名門の誇りとして庶民の出である何進に頭を下げることに屈辱を覚えていた。
だが、それでも耐えてきたのは、何進が名門である袁紹に一目置いている態度を少し見せていたので袁紹の無聊を慰めていたからである。
その何進に変わり、大将軍の地位に就いた董卓は、袁紹など目にも止めず、名門である自分の言葉に聞く耳も持たないなど、董卓の袁紹に対して扱いが軽すぎたことに、袁紹は我慢できなかったのだろう。
「この檄文には麗羽の私怨が入っていて誇張されてるように思えるわ。」
「俺もそう思うが、同様の檄文が有力な諸侯らに送りつけているだろうから無視する訳にはいかないな。」
「馬鹿でも名門なのよね。……慈燕はどう思う?」
「……うむ。」
慈燕は顎に手を当てながら考える。この檄文、確かに麗羽の私怨が入っているとは思うが、全てを捏ち上げた訳ではない気がする。
実際に洛陽内では董卓の振る舞いが傍若無人であるという噂が広がっている。
しかし、それも麗羽が流した噂ではないか。
洛陽にいる『影』の者達も宮中に入るのには苦労している様で、中々真相が見えて来ない。
「俺が推察するに四つ。
一つはこの檄文通り、董卓が酒池肉林を謳歌するかの如く傍若無人に帝の力を使っている。
二つ目はこの檄文は殆ど袁紹の私怨により作られた嘘である。
三つ目は三つ目と似ているが、少なからず董卓が行っている物を誇張している場合。
そして四つ目は……」
「何かしら?」
華琳が少し身を乗り出す。三つ目までは華琳も予想していた。
「董卓がしているという悪虐は宦官、それも十常侍により吹聴、その真実味を持たすために裏工作が行われている場合だ。」
「……へえ。何故そう思ったの?」
「この前の何進大将軍が殺された事件。袁紹は宦官を見つけるや否や斬り捨てていた。だが、袁紹がいくら名門だからといってそう簡単に宮中へ入り込めるのか?」
「…確かにそうね。では袁紹を手引きしたのは……。」
「直接ではないにしろ入りやすくしたのは十常侍だろうと思う。知っていたから帝を手筈通り連れ出すことができた。だが、何進が呼んだ董卓が洛陽の外門近くに駐屯していたことは知らなかった。」
慈燕は溜息を一つ吐き整理する。
「十常侍の目的は自分らに反対する宦官を袁紹に殺させ、帝を確保することだった。しかし、宦官の殺害までは予定通りだったが帝の確保は董卓に取られたってところかな。」
「ふむ。考えられるわね。」
華琳は頷く。
曹家は宦官だった祖父の代から十常侍にいくつか煮湯を飲まされてきた。宦官だった祖父のことは華琳の中で拭いきれぬ恥であると思っているが、祖父の遺した莫大な遺産は有効に使わせてもらっている。
華琳が知っている十常侍なら目的のためなら何でもやるだろう。
「でも、その話の根拠はあるの?」
「ない。」
慈燕は躊躇いなく言い切る。その答えに華琳は溜息を吐く。
「証拠もないんじゃ、ただの貴方の妄想話にしかならないわよ。」
「確かにそうだな。その前の三つも予測の範疇を出ない。だが、証拠もないが俺がこう考えた要因はある。」
慈燕は頬を掻きながら苦笑する。
「董卓を見た時にそんな事をする様な者とは思えなかった。」
「………はぁ。貴方は時々、勘で物事を考えるわね。しかもそれが良く当たるから困るわ。」
華琳は大きく溜息を吐きながら笑う。慈燕は少し恥ずかしそうにそっぽを向く。
「でも、檄文が出回ってしまった以上参加せざるを得ないわね。檄文の真意は分からないけど。」
「そうだな。出来れば連合に加わってから暫く前線は控えたいな。『影』の者から真実が分かる情報が入るかも知れない。」
「ええ。でも参加した以上は勝つわ。」
「ああ。そのつもりだ。」
華琳と慈燕が顔を見合わせ笑う。この戦どう転んでも世の乱れを漢王朝は修復する事が困難になるだろう。
乱世の序章
これから始まる時代に慈燕の心が静かに燃えるのを感じていると、華琳突然が立ち上がる。
「ところで廉。董卓はどんな者だった?」
「遠目でしか見ていないが、儚げの美しい少女だった……かな。」
しまった、と慈燕は内心焦る。
だがもう遅い。
華琳は慈燕と向かい合うように胡座の上に座ってくる。その顔は笑っているが瞳の奥には強い何かを感じる。
「へえ。少女って事は私と体型は然程変わらないのかしらね。」
「……でも華琳の方が美しいよ。」
流れを変える為にも、華琳を刺激しないようにするが。
「ありがとう。でも貴方は一目見ただけで董卓の事を信頼しているかのようね。」
「いや、信頼って訳では無いけど…俺にはそう見えただけ……んっ。」
慈燕の言葉は華琳の唇に遮られる。どうやら華琳の嫉妬心を煽ってしまったようだ。
慈燕の膝の上に座る華琳との高さは余り変わらないが少し華琳の方が上の為、絡ませた舌先から熱い唾液が慈燕の口に流される。
まるで自分の物に印をつける様に。
慈燕も拒む事なく華琳の唾液を飲む。慈燕が喉を鳴らす音に華琳は心臓が気持ちの良いくらいの甘い締め付けを受けているような感覚を味わう。
衣越しに華琳の体温や柔らかさを感じる。それはどんな男でも虜にする魔性の温もり。太腿を少し撫でると漏らす吐息は己の理性を痺れさせる。
華琳は唇を一旦離す。
その表情は、女の妖艶さが溢れ出でおり、その微笑みは男の心を鷲掴みにされる。
そして華琳は慈燕の顔を見て背筋を震わせる。慈燕が少し頬を赤く染め瞳を潤ませ上目遣いで此方を見ている。
慈燕の顔は美しいと皆がいう。
戦場では雄々しく戦い、情事の時も慈燕が攻める事が殆どであり、男らしさを見せつけられる。
外を歩けば慈燕の美形に女は振り向き惹かれ、農民や商人だからと差別する事のない慈燕に、気さくに話しかけられその笑顔に魅了され更に惚れる。
慈燕は気づいていないが、志願してくる兵や文官に女性の割合が多い理由の一つに慈燕とお近づきになりたいと思っている者がいるからである。……その中で気に入った女性を閨に引きずり込む華琳も華琳だが。
その慈燕が私のものだと思うと、人には余り見せたく無いが優越感と独占欲に身が震え心が満たされる。
基本的に床での攻めは慈燕で華琳は他の者には見せない受けで快楽を求めるが、時々、華琳が慈燕は自分の物だと刻むように攻める事がありその時の慈燕が快楽に満たされている表情は華琳の心を掻き立てる。
今日は華琳の独占欲の火が燃え盛る。
華琳は両手で頬を固定し慈燕の唇を奪う。舌を絡ませ唾液を交換する。そしてそのまま慈燕を押し倒し、華琳が満足するまで快楽に身を委ねた。
翌日、華琳は配下の将や官を集め董卓討伐の為に連合軍に加わる事を伝えた。将は今いる兵達を編成に、官は兵糧の調整や更なる兵を募る為に慌ただしく城内を駆け廻る。
慈燕は春蘭と秋蘭の三人で軍の編成をしようと思い二人に声をかけるが秋蘭は少し不機嫌そうにそっぽを向き、先に行ってしまった。
秋蘭が不機嫌なのは、昨夜慈燕の首元に華琳がつけた自分の物だという意味が込められた所有痕せいだと侍女に指摘されるまで慈燕は首を傾げた。
連合軍の兵数は三十万を超える勢いで膨れていく。
連合の中で兵の数が多いのは袁紹、続いて袁術だ。やはり名門ということが人々を惹きつける証となっているのか。今、連合軍の諸侯が集まり総大将を決めようかとしており、軍議が進まない。
誰も総大将に立候補及び推薦をしないからである。
総大将に立候補すれば連合の最高指揮官となるが、無名は勿論のこと平凡な太守又は普通の刺史というだけでは従う者が少ない。
この場で一番の適任者は名門である袁紹なのだが、自分から立候補しようとはしない。誰かからの推薦を待っている。
そしてその推薦も総大将を選んだとして責任が問われる可能性がある為、誰もしない。
袁紹が皆に適役はいるかと聞くが誰も何も言わない。連合軍はまだ集まっただけの集団に過ぎず、こうしてる間にも洛陽の民が檄文通りなら董卓の悪政に苦しんでいる。
慈燕は華琳の後ろで目を瞑り耐えていた。
この時間も『影』の者達からの情報を待つ時間稼ぎになっている。だが、民が苦しむのをただ見ている事しか出来ないのかと歯痒い気持ちだ。
軍議が行われている幕に新しく五人入ってきた。一人は席に着き残り四人は後ろに立っている。
座るのは公孫瓚で後ろの四人は前に義勇軍として戦っていた劉備と北郷、そして諸葛亮と関羽だ。
劉備が此方に気づいて挨拶してこようとしたのを諸葛亮が止めている。
そして諸侯が全員集まったので軍議を再開するが、進展なし。
と、そこで劉備が停滞する軍議に痺れを切らし袁紹が総大将をやれば良いと推薦する。袁紹はそれに食いつき劉備を責任者にし袁紹が総大将となった。
更に袁紹は劉備軍を前線で戦うよう命じたが、御使いである北郷が袁紹を上手く持ち上げ兵を借り受けることに成功した。
最後に袁紹から作戦は『優雅に、そして雄々しく攻める』と馬鹿丸出しの作戦を諸侯らに伝え軍議は終了した。
諸侯らが幕から出て行く中、華琳を春蘭に任せ慈燕は劉備達に近づく。
「お久しぶりです。劉備殿。」
「あ、お久しぶりです。慈燕さん。」
劉備が微笑む。慈燕は内心怖がられるかと思ったが、如何やら前より逞しくなったのか怖がる素振りも見せない。
「…失礼ではありますが以前よりお強くなられたようですね。」
「ありがとう御座います。あれから義勇兵として賊徒と何度か戦をしました。慈燕さんのお陰で私は戦を知る事が出来ました。」
強くなったと慈燕は本心からそう思う。戦場で後ろにただ居るだけでは無くなったのだろう。
慈燕は劉備に頭を下げ、北郷を見る。
本郷の顔には幾つか傷がある。戦場でできる傷ではなく鍛錬で出来た傷だろう。
「北郷殿も逞しくなられた。」
「ありがとう御座います。…そしてすいませんでした。」
北郷は深々と頭を下げる。
「俺は何も知りませんでした。慈燕さんに怒られ、朱里から学んで初めて兵糧や武器、武具の重さを知る事が出来ました。数々の非礼をお許し下さい。」
慈燕は深々と下げる頭を見て、少し男らしい顔をするようになったなと慈燕は笑う。だが、人を殺したことはまだ無いのだろう。北郷の心が成長していくのはこれからだ。
「頭を上げられよ、北郷殿。その謝罪は我が主にしてやってくれ。あのとき貴方達に譲った物は全て我が主の、延いては主が治める民達の物なのだから。」
「……はい。」
北郷が真剣な表情で頷く。それを見て慈燕は口角を上げ、横にいる軍師を見る。
「…貴方はこれから世に名を馳せる軍師となりましょう。」
「これも夏侯の鬼才、慈燕殿のお陰です。」
諸葛亮がにこりと笑う。以前会った時おどおどと怯えていたが今はそれが消えて堂々たる姿で慈燕の前に立つ。
「はは。私はとんでも無い者に成長の機会を与えてしまったのか。」
「ふふ。まだまだ私は強くなります。」
慈燕は諸葛亮を心から欲しいと思ってしまった。だが、それは心の奥にしまう。彼女は劉備玄徳を主としてこれからも離れる事は無いだろうと確信しているからである。そんな仲に水を差すのは無粋の極みだ。
「関羽殿も久しいな。壮健で何より。」
「慈燕殿も。黄巾の乱での武勇、素晴らしきものでした。」
武人は多くを語らず。短い挨拶に武を持つ者同士何か感じるものがあり、それだけで充分であった。そして最後に、
「廉、私への挨拶が最後とは如何いう事だ?」
「いやいや、旧知との挨拶を最後にとっておいたんだよ。」
此方を睨む女性、公孫瓚に慈燕は苦笑する。彼女は公孫瓚、字は伯圭、真名を白蓮という。
彼女は幽州遼西郡の太守で華琳の治める沛国譙県とは離れているが親同士が旧知の仲だったそうで、数回親に連れられ会う機会があった。
最初は上辺だけの会話をしていたが白蓮が統治の勉学をしていると聞いて、軍略や統治学の助言をしたことに始まり親交を深め、今では真名で呼び合うほどには親交がある。
「では改めて、久しぶりだな白蓮。」
「ああ。久しぶりだな。廉の噂は幽州にも流れてきているよ。」
「そうかい?尾ひれが付いた噂を信じるんじゃ無いぞ?」
「いやいや、尾ひれなど付いていないよ。尾ひれがついたような事を廉はしているんだろうからね。」
白蓮はクスクスと笑う。
「劉備殿達は何故白蓮の元に?」
「私が客将として迎え入れたんだ。幽州は人材不足だから助かっているよ。」
「なるほど。」
慈燕もつられて笑うが劉備達が置いてけぼりになっているのに気がつき咳払いをする。
「んんっ。挨拶はこの辺にして私は主の元へ戻るよ。関羽殿、前線という大役にてその力、存分に両軍に知らしめて下され。」
「ええ。私の武にて貴方目を釘付けにしましょう。」
関羽が笑いながら慈燕に軽く頭を下げる。横にいた劉備がニヤニヤ笑いながら関羽を弄り始める。
「愛紗ちゃん。それって慈燕さんを虜にするってこと?」
「な!ち、違います!私はただ…!」
「愛紗さん。が、頑張って下さい!曹操さんから奪うのは難しいですが!」
「朱里まで!違うと言っているでしょう!!」
姦しい。そんな雰囲気に苦笑しながら劉備達に頭を下げ、幕を出る。
洛陽へ至る道には二つの関がある。
一つは汜水関、そしてもう一つは虎牢関が道に立ち塞がる。洛陽は崖に囲まれておりそこから飛び降り洛陽を襲うなどできないほど高さの断崖絶壁である。しかし、洛陽への道は一つではない。崖に囲まれた狭い街道は存在する。
だが、この道を大軍で通るには細く、一列になり進まなければならないため、守る方は待ち構えて弓矢で攻撃すれば守り易い。
大軍で攻める時には崖が広く開けている道があり、そこを通るのが行軍し易いが、その道には汜水関と虎牢関に阻まれており、洛陽は難航不落の天然の要塞となっている。
袁紹が汜水関と対峙するような場所を連合軍の本陣としたのはあながち間違ってはいないと思うが、作戦がざる過ぎて溜息しかでない。
なぜ、暗殺を目的とした少数部隊を編成しないのだろうか。
洛陽へは細いが街道があり大軍では無く、少人数の部隊を汜水関攻略戦と同時に洛陽へ送り込むなど考えないものなのか。
慈燕には幾つかの腹案が思い浮かんでいるが、袁紹に入れ知恵してやる気は更々無い。時間が欲しい。
慈燕は目の前に注意を向けると前線を任された劉備軍が董卓軍を蹴散らしているのが見える。関羽、張飛、そして公孫瓚のところで客将として仕えている趙雲子龍という者の働きが凄まじい。
意外にも指揮は劉備がちゃんと取っている。軍略や指揮官としての勉学を必死に覚えたのだろう。劉備の傍にいる諸葛亮と龐統は戦局を見極めて伝令を送っている。
「なかなか形になっているわね。」
慈燕の隣、華琳が関心したように呟く。
「ああ。前とは見違えるな。」
「貴方が余計な御世話を働いたからじゃない。」
「はは…確かに。諸葛亮には刺激を与え過ぎたかもしれん。」
二人は笑い合う。関羽や張飛といった猛将、諸葛亮や龐統が持つ軍略、その者達を惹きつける劉備や本郷。劉備軍はこれから強くなるなと慈燕は思った。
「だが…汜水関はそう簡単じゃ無いな。」
「そうね。今関から出て来ている董卓軍は関の前に堀を掘るための時間稼ぎですもの。董卓軍の猛将、張遼と華雄が見当たらないわ。」
「関から出る理由は無いからな。兵糧の補給は潰したいが洛陽から虎牢関を経由して持ってきている。連合の大将は目の前の汜水関にしか目がいってないから汜水関の攻略は時間が掛かるな。」
「真正面からぶつかり勝つ。名門という楔が視野を狭くしているわね。」
華琳は溜息を吐く。連合軍の総大将は袁紹か袁術くらいしかいないかったがどちらも馬鹿だから結果こうなっていただろう。
「ま、前線の劉備軍がどうやって華雄や張遼を関から引っ張りだすか見物しようじゃないか。」
「そうね。でも貴方は何時でも動ける準備をしておきなさい。」
「御意。」
袁紹は苛立っていた。
汜水関攻略を始めて七日、未だに敵本体とまともに戦っていない。
そればかりか連合軍の足並みの悪さにつけこまれて夜襲を二度受ける始末。
前線にて戦う劉備軍と袁術の子飼である孫策が、兵糧の届きが悪いと伝令が来た。
如何やら袁術が出し渋っているようだ。
そしてもう一つ袁紹が気になっているのは曹操軍、その将である慈燕だ。華琳とは旧知の仲であり慈燕とも会ったことがある。
慈燕の武、軍略の才を見せつけられた袁紹は自ら仕えないかと申し出た事がある。
しかし結果は見ての通り、袁紹の隣には居らず、華琳の隣にいる。
この時袁紹は華琳に初めて心の底から嫉妬した。
今まで華琳の方が学も武も上であったが、華琳にない名門という誇りが袁紹の心を癒していた。
だが、慈燕は名門である袁紹の申し出を断り華琳を選んだ。
袁紹はまだ慈燕を諦めてはいない。
必ず手に入れる…名門の誇りに賭けて、と。
袁紹は伝令を出す。曹操軍も前線で戦うようにと。
袁紹は自分が曹操軍ないし慈燕を配下のように使える事に内心興奮していた。
戦局が動いた。
華雄が汜水関から兵を率いて出て来た。
これは劉備軍の働きによるところが大きい。
その方法は関の中に閉じこもる華雄を臆病者だと罵倒し董卓を非難するという口撃だった。
劉備軍はどこかで華雄の性格を知っていたのだろうか。疑問に思うが罵倒に耐え切れなかった華雄を引っ張り出す事に成功した。
劉備軍、孫策軍が突撃し董卓軍を蹴散らす。
その後、華雄の首が掲げられた。討ち取ったのは孫策軍のようだ。連合軍から地を揺るがす程の歓声が上がる。
停滞していた戦が動き始めたからだろう。
華雄が討たれると董卓軍は直ぐさま反転して汜水関へ撤退する。今の戦に張遼は参戦して来なかった。
劉備軍と孫策軍はそのまま汜水関へ入る。
だがそこは蛻の殻だった。
如何やら張遼率いる董卓軍は虎牢関まで退がり虎牢関を守る軍と合流したようだ。汜水関には持てなかった兵糧は焼かれ武具も無く、井戸はあるが毒が仕込まれている可能性がある為使うべきでは無い。
「……はぁ。ここから一気に虎牢関へ攻めるのだろうな。」
袁紹ならこの勢いに乗り虎牢関へ突っ込むだろう。
「そうね。次は麗羽が直々に前線へ出ると思うわ。私達もね。」
「……ふう。総大将が討ち取られたら笑えるな。」
「笑えないわよ。」
慈燕は華琳と冗談を言い合い肩を竦める。
数刻後、日が暮れてから連合軍の軍議が開かれた。内容は予想通り袁紹が前線、巻き込まれる形で袁術、曹操軍も前線となった。
翌日の夕暮れ時に虎牢関へ到着した連合軍は驚愕する。なんと関の前に大軍が陣を展開していた。連合軍も直ちに陣を展開。
袁紹は高笑いしながら勝利を確信したような事を言っている。虎牢関にて籠城戦に持ち込まれたらこちらの兵の士気が下がることを警戒していたが、敵は愚策にも原野での総力戦を狙ってきたと。
高笑いする袁紹に慈燕は呆れながら敵陣を見るとそこには紅く『呂』と記された旗が靡いているのを見つける。
黄巾討伐戦にて圧倒的な武を知らしめていた者を思い出し、全身の血が騒ぎ出したような錯覚を覚える。
華琳や春蘭、秋蘭が慈燕の昂りに気づく。
「廉…如何したの?」
「兄上。闘気が溢れ出ているぞ?」
「……兄者?」
「……ああ…すまん。あそこに見える旗。」
三人は慈燕が指差す方を見る。春蘭は首を傾げたが華琳と秋蘭は分かったようで驚愕している。
「真紅の旗に『呂』の文字…鬼神の呂布ね。」
「そうだ。」
華琳は慈燕が何を言いたいのか分かったようで笑みを浮かべる。
「廉!貴方の本気、この私に見せて頂戴!」
「!…御意!」
慈燕の思いを汲んでくれた華琳に心から愛おしい気持ちが溢れる。
「私のことなら心配要らないわ。秋蘭と春蘭がいるし私より麗羽が前に出るでしょうから。」
「ふふ。袁紹が囮か。」
華琳の大胆不敵さに慈燕は笑みを零す。
袁紹から間も無く開始の合図が鳴ると伝令が飛んできた。
陣形として曹操軍が左翼を担い袁紹が中央で袁術が右翼を務める。両翼の後ろに劉備軍、孫策軍が控える。
袁紹は元々そのつもりだったのかは分からないが敵右翼には呂布がいた。
手に持つ真紅の双剣から熱が伝わってきているように感じる。
日が明けるまで両軍動く事はなかった。
慈燕は飛影に跨り戦いの合図を待つ。慈燕から放たれる殺気や闘気が存在を大きく見せているように華琳は感じた。
あそこまで慈燕が本気になるのは見たことがない。
華琳は少し不安が心に湧き上がる。華琳は自分が思っているより、慈燕への依存が強い。それは周りに頼ろうと思ってしまう程の者が慈燕以外に居なかったからだ。
そんな不安を他所に中央袁紹の陣から大きな銅鑼が鳴り、両軍の兵達は走り出す。