夏侯の鬼才   作:聖:

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第6話

 曹操軍が受け持つ左翼は中央や右翼の袁紹と袁術軍に比べると兵数の差がはっきりとわかる程だ。後方の劉備軍を加えても微々たる足しにしかならない。

 董卓軍の軍師、いや呂布の軍師である陳宮は戦が始まると第一陣と第二陣に分けていた兵の間を短くして敵左翼へぶつけた。

 数の力により敵左翼を突破、そのまま本陣へと攻め袁紹の首を取る。陳宮は思い描いた通りに事が運ぶと確信していた。

 しかし、戦場は今膠着状態といってもいい。

 何故?っと陳宮は首を傾げる。

 自分が慕う呂布が思いの外、両軍の間の戦場にて足止めをくらっている。止めているのは夏侯家の当主にして鬼才と恐れられる曹操軍の将、夏侯慈燕だ。更に後方にいた劉備軍が前線へと出てきている。

 陳宮は曹操軍と後方の劉備軍の将の力を見誤っていた。

 

 

 

 陳宮が自分の予想が外れていたと気付く少し前。

 戦が始まると慈燕は駆けた。

 董卓軍右翼の兵が全て前進して来る。

 慈燕は予測の範疇と側にいた兵に笛を鳴らすよう指示。

 戦場に甲高い笛の音が響く。

 すると曹操軍の後方に展開していた劉備軍の関羽、張飛が前進へ向け駆ける。

 慈燕は戦が始まる前に劉備軍と示し合わせていた。

 一騎当千と言われるほどの猛将が慈燕を合わせ三人。

 それぞれの兵を足すと三万。

 対して敵兵力は五万を超えている。

 数としては絶望的だがその差を慈燕、関羽、張飛の武が覆す。

 そして、ぶつかる。

 最前線の槍兵達が衝突。槍兵は道を斬り開く。

 その道を騎馬隊が駆ける。

 敵歩兵を切り捨てながら敵の中へ侵入する。

 初撃は慈燕率いる曹操軍が勝った。だが、直ぐさま次の敵が押し寄せる。

 慈燕はそのまま騎馬隊に突撃を指示。自分も騎馬隊中央で突撃する。

 二回目のぶつかり合い。

 先ほどより規模が大きい隊だったが、慈燕直属の騎馬隊は鋭く抉る。

 ここも突破かと思われたその時、敵の背後に見える赤い『呂』と書かれた文字が入る旗。

 慈燕は騎馬隊に後退を指示。それと同時に敵兵も後退していく。

 そして兵が退いたその空間に残ったのは慈燕と呂布。

 両者、馬上から睨み合う。

 駆けた。

 慈燕は双剣を、呂布は方天戟を握り締める。

 

 ーー武神と鬼神ーー

 

 互いに馬上から一振りを交えるが互いに防ぐ。

 両者は即座に馬首を返し追撃する。

 呂布の方天戟が慈燕と飛影共々、首を斬り飛ばそうとするが飛影は首を逸らしつつ胴を右へ回転させ慈燕の双剣で受け流される。

 慈燕は方天戟を左の剣で防ぎ、飛影が呂布へと近づかせると共に右の剣で脇腹を狙う。呂布は方天戟を引き戻し防ぐ。

 攻防入れ替わりながら慈燕と呂布は乱撃を繰り返す。

 その間、後退した兵達は陣形を立て直して慈燕と呂布を避けるように進撃する。

 慈燕と呂布は馬上では勝負がつかないと思い互いに馬から降り遠ざける。

 地上に降りた二人の戦いは苛烈さを増す。

 呂布の繰り出す攻撃は凄まじくまともに受けることができない慈燕は素早く身をこなし双剣で軌道をずらす。

 慈燕の双剣による連撃は速く、そして死角を作るよう誘導する。

 呂布はさせまいと方天戟で防ぎ反撃を狙う。

 神速と云われる慈燕と神の一撃、神撃と云われる呂布。

 両者の服や肌に切り傷が増えていく。

 二人の戦いは周囲にも影響が出ている。

 慈燕率いる軍は慈燕による調練の賜物で近づかないよう注意を払っているが、呂布率いる董卓軍はそのような調練など行われていないために直属の配下以外は二人の戦いに巻き込まれ地に倒れ伏している。

「ふふ。」

 慈燕の口から笑いが零れる。

「……ふ。」

 呂布もまた然り。

 慈燕は今まで感じた事のない喜びを感じている。

 男としての喜び、兄としての喜びは今まで何回も感じたが戦場の中でここまで喜びを感じたのは初めてだ。

 その気持ちは呂布にも伝わったのか。

 呂布もまた無表情ながら口角が上がっている。

 二人とも本気でぶつかることが出来る相手など今まで居なかった。

 互いに心の底では孤独を感じていた。

 鬼才や武神と恐れられ鬼神と畏怖される。互いの心が満たされながら溢れ出す気持ちに心躍るようだ。

「呂布殿、貴女とはまた会えると思って居りましたが敵同士としてこんなにも早く会おうとは…。」

「……恋も会えると思ってた。」

 得物を交えながらの会話。他者が入ることの出来ない二人だけの空間。

「私は今…心の底から楽しいと思ってしまっている。戦場ではあるまじき事だが。」

「恋も今、楽しい。恋の力で壊れない者がいるなんて。」

 一撃一撃に殺意を込める。

「はは。互いに恐れられる者同士という事ですかね。」

「……恋は、みんながいればいい。」

 慈燕は呂布の心起きた一瞬の揺らぎを感じた。

 慈燕はどれだけ恐れられようが主である華琳と妹達と共に生きられたらそれでいいと思っている。

 呂布は如何だろうか。

 呂布は割り切れるだろうか。

 呂布にそのような存在がいるのか。

 恐れず自分を見てくれる者がいるのか。

 似たような者として気になった。

 戦場で動きがあった。

 連合軍の右翼、袁術が後退したようだ。

 それにより董卓軍左翼は本陣急襲を狙う。先頭を指揮するのはあの張遼だ。

「如何やら本陣が危ないようだ。」

「行かせない。」

 呂布の攻撃に激しさが増す。その激しさから慈燕は目をそらすことが出来ない。

「いや、向こうには他の者が行くだろう。その前に呂布殿に聞きたい事がある。」

「……何?」

 呂布の戟を捌き、双剣で斬りこむ。呂布は素早く戟を手元に戻し双剣を防ぐ。

「董卓殿について。些か今回の事には何人もの思惑が交錯しておるようで真実が掴み辛い。」

「……月は良い子。悪いのは十常侍。」

 呂布の瞳に怒りが見えた。その瞳に慈燕は確信めいたものが頭を過る。

「ふむ…。この董卓軍の中にも十常侍の手の者が?」

「…いるって霞が言ってた。だけど中々見つけられないって。」

「……なるほど。」

 呂布は答えつつ驚いた。

 何故この者に状況を話しているのだろうと。

 自分は嘘が苦手。

 答えたくないことは黙る。

 しかし何故喋ったのか。

 慈燕は呂布の話を聞き確信した。

 慈燕は昨夜、洛陽に送っていた『影』の者達から情報を得ていた。

 如何やら洛陽で帝の力を使っているのは十常侍だった。

 董卓と賈詡は帝の側にいるようだが監視されており身動きが取れないらしい。

 話を聞き、華琳と今後の事を話し合った。

 そこで一つ、慈燕から提案がもたらされた。

 最初、華琳は猛反対したが慈燕が出来ると判断した場合、やらせて欲しいと願い出た。華琳は渋った。わざわざそこまでして董卓を救う事に意味があるのかと。

 慈燕は結果として董卓を救う事になるだけで、目的は帝を十常侍から救う事である。

 華琳の覇道には追々帝の力は必要になるから叩ける時に十常侍を叩き華琳の名を帝の覚えに厚くしておくべきだと説得した。

 慈燕の説得に不承不承といった感じではあったが納得した。

 そして今、呂布からの答えにより作戦を実行しようと決意した。

「呂布殿…。董卓殿を救いたいと思わないか?」

「……思う。けど貴方には関係ない。」

「いや、関係はある。私が真に救いたいのは帝であるが間接的に董卓殿を救う事になる。」

「………。」

 呂布は口を閉ざす。これは甘い罠なのでは、と。しかし、目の前の青年の瞳を見た呂布は自身の警戒心が緩むのを感じた。

「私を捕虜として捉え…虎牢関へ帰還した後、直ぐさま洛陽へと上り帝を救い出す。勿論この中に潜む十常侍の手の者より先に。」

「……貴方がそうするとは限らない。」

「御尤も。今私が見せれる最大限の誠意は私の真名を差し出す事、そして私の一部であるこの髪を切り貴方に捧げましょう。」

「………。」

 己の一部を切り差し出すことは己の一部を捨ててでも信じて欲しいという思いが込められる。そして真名を差し出す事、これも最大限の信頼の証。

 呂布は悩む。何時もなら陳宮や張遼が考えてくれるのに今は自分しかいない。この者を信頼して良いのか…と。

 呂布は再度慈燕の目を見た。

 その真剣な瞳には助けを求めるような少女が映し出されていた。

 この者を求めていたのは自分のほうではないのか。

 そんな思いがこみ上げて来る。

 そして呂布は決めた。

「……わかった。貴方を信じる。」

 

 

 

「……兄……者……。」

 秋蘭は眼前で起きた出来事を理解できなかった。

 華琳の護衛、及び第二陣の指揮を任された秋蘭は華琳の指示があるまで側にて戦場を静観していた。

 兄である慈燕と呂布がぶつかり互いの強大な武を持ってしても決着がつかない様子に少し焦りのような感情が過った。

 あの兄と相対してこれほどまで討たれなかった武将は今まで見たことがなかった。

 慈燕が負けるはずなど無いと確信していても嫌な想像は決して消えることが無かった。

 そして今、慈燕が呂布の一撃を貰い地に倒れ伏している。

 象徴たる青の羽織が地に広がり真紅の双剣が転がる。

 秋蘭は思考が追いつく前に弓を手に持ち駆け出そうとするが華琳に止められる。

「秋蘭!待ちなさい!」

「ですが華琳様!兄者が!…兄者がっ!!」

「落ち着きなさい!!」

「っっ!!」

 華琳の剣幕に我を取り戻し息を呑む。

「よく見なさい!」

「……え?」

 秋蘭は華琳から再び戦場へと視線を移す。地に倒れ伏した慈燕を肩に担ぎ上げ、虎牢関へ退く呂布の姿。ご丁寧に双剣までも回収している。

「普通ならその場で首を斬り落として掲げ、敵の戦意を削ぐわ。でもそうしないということは……。」

「……と、いうことは?」

「……慈燕の計画通りに進んでるようね。」

「計画…ですか?」

「ええ。」

 華琳は溜息を吐きながら落ち着いた秋蘭に昨夜、慈燕と話したことを秋蘭に話した。

 今回の檄文の不信感、慈燕が述べた憶測、『影』からの情報、真意を確かめる為の慈燕の計画などを掻い摘んで話す。

 秋蘭は気持ちを落ち着かせつつ華琳の話を聞き終え頷く。

「……なるほど。ですが私には事前に教えて欲しかったです。」

 秋蘭が不満そうな顔をする。

「それは昨夜の話し合いにより急遽決まったことだから仕方ないわ。不満なら廉に言って頂戴。」

「わかりました。兄者には何かしらやって頂こう。」

「ふふ、そうしなさい。」

 華琳は秋蘭の不満顔を見て苦笑しながら、慈燕の無事を密かに祈る。

 

 

 

 張遼は昂る気持ちのまま、敵陣へ突っ込む。

 戦が始まり敵右翼の袁術とぶつかった。袁術軍は兵の数は連合内で2番目に多い。

 しかし張遼は怯むことなく敵陣へ切り込み陣形を抉る。

 ”袁術軍恐るゝに足らず”

 張遼は高らかに言い放ち自軍を鼓舞する。そこからの勢いは烈火の如く袁術軍を蹂躙していく。対して袁術軍は即座に後退、控えていた孫策軍が援護に回ろうとしている。袁術軍の後退により敵本陣までの道が出来る。

 張遼は一瞬悩む。孫策と闘うか本陣へ向かうか。個人的には孫策と是非とも闘いたい。

 しかし張遼は本陣急襲を選択し袁紹の首を狙う。この戦は月の為である。

 袁紹の首さえ取れば連合は瓦解する。

 袁紹の次の大きさの袁術には連合を纏め切るのは不可能だ。

 袁紹の軍と衝突。

 袁術軍よりは歯応えのある兵だが、今の張遼には有象無象に過ぎなかった。無数の首が飛び、切り裂かれた兵が地を埋め尽くす。

 視界の端にて袁紹を捉えた。

 傍にいる者が何やら袁紹を急がせている様だ。

 恐らくあれが顔良と文醜だろう。

 逃すまいと突撃の勢いを上げる。

 だが、その突撃もある者により止められる。

「貴様が張遼か!」

 七星餓狼を振るい張遼の青龍偃月刀を止める。

「そういうお前さんは確か…曹操軍の夏侯惇か?」

「その通りだ!」

 春蘭は口角を上げ嬉しそうに張遼へ斬りかかる。

「華琳様の命により嫌々ながら袁紹の助太刀に来た!」

「はは!本音は隠しとかんとあかんで!」

 青龍偃月刀で春蘭の斬撃を防ぐ。

(なんちゅー馬鹿力や。恋には劣るが重い攻撃に変わらんな)

 内心とは裏腹に余裕そうな表情を作り、春蘭へと偃月刀を振るう。

「いいんか?」

「何がだ?」

 春蘭は片方の眉をピクリと動かし聞き返す。

「向こうには鬼神と言われる呂布がおるんやで?お前さんの主は大丈夫なんかぁ?」

 張遼は挑発を込めた笑みを浮かべる。だが春蘭は、ふんっと鼻を鳴らし挑発には乗らない。

「貴様こそ知っているのか?向こうには武神と誉れ高き兄上がおるのだ!」

「聞いたことあるで。武神と共に夏侯の鬼才と言われとる夏侯慈燕やろ?出来ればうちが戦いたかったわ。」

「ふん…残念だったな。だが今は私に付き合ってもらうぞ!」

 春蘭の七星餓狼が空間を切り裂くが如く勢いで張遼を襲う。張遼も負けじと応戦。流石、董卓軍最強の呂布に次ぐ強さを誇る張遼。

 と、その時。

「張遼様!伝令!」

 声を聞き、張遼は春蘭を払うように偃月刀を振るう。春蘭は七星餓狼で防ぎつつ勢いを逃す為後方へ跳ぶ。張遼が声の主に怒鳴る。

「なんや!!今敵将と交戦中や!」

「しかし!呂布将軍からの伝令であります!」

「……恋から?」

 張遼は思ってもいなかった者からの伝令に少し冷静になる。張遼が聞く体制になったと思い伝令兵は言う。

「直ちに帰還されたし、との事です。」

「敵本陣が目の前なのに…どないしたんや恋は…。」

「何でも、我らが主の為に、との事です。」

「……分かった。」

 伝令を聞き終えた張遼は迷う事なく帰還を決める。

「全軍!直ちに後退!」

 張遼は伝令を伝え春蘭を見る。

「夏侯惇!決着はいずれ!」

 春蘭の返事も聞かず馬に乗り背を向けて後退の指揮をとる為に駆けて行った。

 

 

 

 董卓軍が虎牢関へと撤退していく。呂布からの伝令の真意を確かめるべく張遼は虎牢関へと帰還し、呂布がいるという軍議場へと急ぐ。

 すれ違う兵達は突然の撤退に困惑しているようだ。

 軍議場に入ると呂布と陳宮、そして知らない男が居た。

「恋殿!なぜ敵将を連れて帰ってきたのですか!」

「月を助けるため。」

「それでなぜこの者を!しかもこの者は夏候の鬼才ではないですか!我らの陣営に置いとくのはあまりにも危険です!」

「……なぜ?」

「この者が我軍を内部から崩壊させようとしている可能性があるからです!」

 陳宮が珍しく呂布に食ってかかっている。張遼は陳宮をなだめながら呂布の隣で眠っている慈燕の顔を覗き込む。

「……陳宮、こいつ起きとるで。」

「ええ!?」

 陳宮の驚愕する声に笑いを零しながら慈燕は起き上がる。

「はは、張遼も来たから気を失ったふりはここで終わりだな。」

「ん?うちを待ってたんか?」

「ああ、呂布が信頼できる董卓軍の武将は張遼と軍師の陳宮だと言ったからな。二人が来てから話すつもりだった。」

「そか。んで、お前さんが捕虜として捕まってまでここに来た理由はなんや?」

 張遼と陳宮は呂布からの信頼に照れながら慈燕の言葉を待つ。慈燕は一拍置いてから三人の顔を見てからこれから行う計画を話す。

「これから俺たちは洛陽へ行き……董卓および帝を殺す。」

 慈燕の首に張遼の偃月刀が、一線する。

 

 

 




髪を切り渡して信頼を得るというのは、私の勝手な妄想の中から出てきたものですので、そういうもんだ!っと思うようにして下さい。
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