夏侯の鬼才   作:聖:

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修正:帝の名が間違っていました。
修正前の『協』は『弁』腹違いの兄弟です。


第7話

 鉄と鉄がぶつかる甲高い音が軍議場に響く。

 張遼が繰り出した偃月刀の一撃は、慈燕の首を飛ばすことは叶わず呂布の方天戟に防がれる。

「恋っ!なんで止めるんや!こいつは月を殺そうとしとるんやで!!」

「まだ話は終わって無い…と思う。」

 自信があるのか無いのか曖昧な言葉を言いながら、呂布は首を傾げる。

「そうだ。まだ話は終わっていない。偃月刀を退げてくれないか?」

「……ふん。なら続きを聞かせてもらおうか。」

 張遼は偃月刀を引っ込める。

 陳宮は目の前の攻防に腰を抜かしてへたり込んでいるが、慈燕は時間が無いため気にせず話を続ける。

「殺すと言っても董卓自身の首を取るわけでは無い。この世から董卓は死んだと思わせればいい。」

「……よく分からん。」

「この戦は董卓の首が討ち取られるまで終わることは無い。だから変わり身の董卓の首を用いて董卓が死んだことにする。」

「そんなことできるんか?月の素顔を知っとるやつもいるやろ?」

「確かにそうだが、少なくとも連合軍には董卓の素顔を知る者はいない筈だ。軍議で確認済みだから後々知っていると言いだしても何故言わなかったと責められるだけだ。」

 連合軍が汜水関を攻め始める前に行われた軍議にて、董卓の容姿や素顔を知っている者はいるかと袁紹が諸侯達に問いかけた。

 しかし、誰一人進言する者は居らず、所詮田舎娘と袁紹が高笑いしていた。

「連合軍ではそうかも知れんけど宮中には知っとる者がおる。そいつらはどうすんねん?」

 いくら董卓が人前に顔を見せないからと言っても、宮中で誰とも顔を合わせないことなど不可能だ。

「それは帝の保護及び何皇后を救いだし、帝に変わり身として用意した首を董卓だと言って頂く。陛下直々の御言葉に反抗しようとする者はいない。」

「おる。というか、今の陛下が己の意志で何か言うとは考えられへん。陛下の周りは屑どもが固めておるで?」

 張遼が悔しそうに言う。

「…十常侍か。」

「そうや。奴らがおる限り、陛下に御言葉を伝える事ができへん。」

「ならば、十常侍は皆抹殺する。」

「んなっ!!そんなこと…できるんか?」

 張遼が陳宮に尋ねる。陳宮は難しい顔をして首を傾げる。

「むむむ〜、考えていなかったわけでは無いのですが、それは洛陽に全員が集まればの話です。一人二人殺したところで現状は変わらずに叛逆罪として我々の首が刎ねられるだけです。」

「そうだな。だが今、洛陽には十常侍が全員いる。」

 慈燕がニヤリと口角を微かに上げて笑う。

「なぜいると分かるん?」

「それは………悠!」

「はっ!お側に。」

 慈燕が呼ぶと軍議場に忽然と少女が姿を現した。呂布と張遼が警戒心を露わにするのを慈燕は手で制した。

「大丈夫だ。彼女は俺の手の者で洛陽の情報収集を担ってくれた。」

 慈燕の言葉に二人は手に持つ得物をとりあえず退げた。

「悠、洛陽の様子は?」

「はっ、洛陽内において十常侍は全員集まっております。残念ながら一箇所には集まって居りませんが居場所は把握済みです。おそらく連合軍が董卓の首を討ち取った後、帝を確保するためだと推測致します。」

 

 予想通り。

 董卓の死後、十常侍で帝の周りを完全に固めて自分らの思いのままに帝を、いやこの国を支配しようとしている。

 

「そうだろうな。帝と董卓は見ることはできたか?」

「申し訳ありません。お姿は警戒が厳しく見ることはできませんでした。しかし、何皇后は地下の牢に幽閉されております。」

「悠、ご苦労。」

「いえ、貴方様のためなら、この身が滅びようとも。」

 悠を労い慈燕が頭を撫でてやると、恍惚とした表情で気持ちよさそうにしていた。

「…仮にもし、お前さんらの言葉が真実だとしても、だからと言ってお前さんらを信じることにはならん。月を助け、十常侍を殺すことに利があるんか?」

 張遼の警戒心はそう簡単には無くならない。それほど、董卓を思っているということか。

「御尤も。勿論、利があるから俺は今この場にいる。十常侍を殺すのは、これから我が主の敵となることは目に見えている。

 帝と何皇后を助けだすのも我が主の名を印象づけること。何皇后がまだ幼い帝の摂政を取っていただくのも後々には利がある。」

 その先に待っているであろう”漢王朝は近いうちに滅びる”ことは口には出さない。

 何皇后には、華琳が力を付け帝を自ら築いた都へ御所を移動して頂くまでの間、繋ぎとして帝を守ってもらう。

「それで、月を助ける利は?」

 張遼が問う。最も知りたかったであろう、董卓を助ける利。

 慈燕は一瞬、本当のことを言うか悩んだが、本心をそのまま告げる。

「一つは帝から董卓を遠ざけること。これは連合が結成された理由、つまり袁紹がしたかったことだ。」

「そんな理由でっ!」

 私欲でしかない理由に張遼は激昂する。それでも流れ出した大河を止めることはできない。

「ああ、私怨も甚だしいがその私怨を諸侯達は己の利のために利用して連合軍はできている。結果を得るまで動き出した軍は止まらない。」

 その中に華琳が入っていることも慈燕は重々承知している。華琳の覇道のためならすべてを利用する覚悟はある。

「……それで、他にはあるんか?」

 張遼は、幾人の私欲から出た嘘から始まったこの戦の不条理さに気持ちが沈んでいる。

「ああ、それは……呂布殿の目が助けて欲しいと言っていたからだ。」

「恋の?」

 皆が呂布を見る。呂布はこくりと頷く。

「私と同じだと言った。だから…助けて欲しいと思った。」

「同情なのかどうかは自分でも分からないが俺も助けようと思った。無論、不利益があるのならするつもりは無かった。」

 慈燕の中では董卓を最初殺すつもりでいた。しかし、情報や話を聞く限りでは、董卓と帝は親しい間柄のように思える。

 ならば董卓を助けた方が、帝の印象も悪く無いはずだ。

「何でもいい。信じる。それと私のことは恋と呼んで。」

 ここまで信頼を受けることをしただろうかと思ったが、これから共に戦うのだから、信頼して貰えるのならそれでいい。

「分かった。君の真名はしかと心に刻んだ。俺のことも廉と呼んでくれ。」

 呂布と慈燕のやりとりを見ていた張遼と陳宮は気のない溜息を吐く。

「恋がそこまで言うやなんて……」

「信じられないのです。」

「……んんっ!!廉様、時間がありません。お急ぎを。」

「ああ、分かった。」

 悠に促され慈燕は立ち上がり張遼達三人を見る。

「これから洛陽へと行き、十常侍の殲滅及び董卓、何皇后を救う。それぞれ二手に別れ遂行したいと思うが、異論はあるかい?」

「いや、あらへんよ。」

「ない。」

「あるとすればお前が仕切っていることが……ひぃ!!何もないのれす!」

 陳宮は悠に睨まれて黙る。

「では細かいことは道すがら話すとして、これより洛陽へ向かう。」

 

 慈燕の開始の言葉にそれぞれが動き出す。

 必要な物は手元にある得物と洛陽までの足である馬。

 この董卓軍の中に十常侍の手の者がいるのは分かっているため、張遼の配下であり、最も信頼できる部隊長に今より二刻後に開封し全軍に知らせよと竹簡を渡す。

 

 竹簡には部隊長の一人、 を将軍とし即時洛陽へ撤退、陛下への忠誠を誓い直属の軍となるか涼州へ帰れという指令が記されている。

 現将軍である呂布と張遼は、董卓が死にこの軍が董卓軍で無くなるのなら将軍をやる意味が無いと躊躇いなく将軍職を捨てた。

 慈燕は馬を拝借しようと陳宮に頼もうと思ったが、悠が戦場にいた飛影を連れてきていたことに歓喜して悠を抱きしめた。

「時間がないんやろ?さっさと行くで!」

 張遼に叱咤されて慌てて飛影に跨り、悠を前に乗せ呂布と陳宮、張遼と共に洛陽へと駆ける。

 

 

 

 

 

 

 

 ー洛陽宮中ー

 

 

「……ふふ。」

 張譲は間も無く帝を手に入れられると自然に笑いが出た。

 十常侍の中には私に刃向う者など誰もいない。

 中常侍の中には私の行いが帝を利用する者だと罵る者がいるようだが、帝を手に入れさえすればどうとでもなる。

 前回の失敗と同じにならないよう洛陽内は勿論のこと、洛陽郊外にも目をやった。

 他の十常侍が欲を出して帝を確保しに行くことの無いよう細心の注意を払っている。

「早く来るのだ、愚かな袁家の娘よ。」

 杯に満ちている酒を煽る。窓から見える夜空は残念ながら曇り、日中に降り出した雨が今も尚降り続いている。

 ふと、耳に誰かが廊下を駆ける音が聞こえる。

 どうせ侍女や衛士が雨が屋敷に入らぬようにしているのだろうと鼻を鳴らして再び窓の外に目をやる。

 足音が聞こえなくなると同時に視界が窓から転げ落ち、壁、床、天井と視界がぐるりと一周する。

(何だ…)

 声に出そうとするが出せない。視界の回転が治まると片手に方天戟を持つ者の顔が映り驚愕する。

(呂布!?だ…と……)

 思考はそこで止まり、最後に目にしたのは立ち去っていく呂布の後姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

「恋、そっちは片付いたか?」

「うん。」

 呂布は慈燕の言葉に頷く。

 虎牢関から洛陽へ駆けて丸一日。

 張遼と呂布の乗っていた馬は途中で力尽き死んでしまった。

 悠が中継として馬を用意していなかったら到着は更に遅くなっていただろう。慈燕の乗る飛影は途中、悠が用意していた馬のところまでは休憩を兼ねて軽く駆けさせたので、何とか洛陽まで生きて駆け抜けた。

 途中、雨も降り出し今は疲労困憊のようだが。

 

 洛陽に到着してからはすぐさま行動に移した。

 呂布と慈燕で十常侍を狩り、張遼と陳宮で董卓と帝の確保を、悠率いる慈燕直属の部隊『絶』には地下牢にいる何皇后の救出を頼んだ。

「では行くか。」

 頷いた呂布とともに宮中にいる帝の下へ向かう。

 正確には帝の下へ行けば董卓もいるだろうと推測しているため、帝と董卓の下へ向かう。

 宮中入り口には斬り殺された兵士、十常侍の兵が無数に転がっていた。

 

 宮中の中を進み、拝謁の間の前に張遼がいた。

 何やら怒鳴っている。

 張遼と話しているのは陳宮では無く、以前に一瞬だけ見たことのある少女と話していた。

「何でや!月は何も悪くないやないか!」

「……ありがとう、霞。でもこの戦の責任は取らないと。」

「せやかて、月が死ぬこと無いやろ!」

「私の首で治まるのでしたら、私の首を差し出します。」

 月と呼ばれる少女、董卓は自らの首を差し出す事で今回の戦を治めようとしているようだ。

 確かにそれが戦を治めるには手っ取り早い。

「待たれよ。董卓殿。」

 慈燕が張遼の隣に立つ。

「貴方は?」

「私は夏侯慈燕と申します。この戦を終わらせに来ました。」

「……そう、ですか。なら……」

 董卓は息を呑む。

 自分の首を差し出す者が目の前に来たのだ。

 董卓は慈燕に頭を下げる。

「私の首を差し上げます。貴方のお陰で帝も何皇后と共にいれるそうですね。なら私の首をどうかお取り下さい。」

「いいのですね?貴女を信頼している者がいるのに?」

「はい。」

「では……」

 慈燕は腰に帯剣していた双剣を董卓の首にかける。

 その真紅の双剣は血を啜ることを待ち望んでいるかのように雨に濡れて怪しく光る。

「その首…貰いうける。」

「やめっ!!」

 董卓の傍らにいた少女、賈詡は董卓の前に庇い出ようとする間もなく、慈燕は握る剣の柄で董卓の首を突く。

 膝から崩れ落ちる董卓の体を賈詡が支える。

「許されよ……今は話している暇は無い。さて、今は董卓の首と帝及び何皇后の救出が先決だ。見知らぬ侍女の話を聞いている暇は無い。そして董卓の首はここにある。」

 慈燕は十常侍の護衛をしていた兵士の首が入っている麻袋を開けて見せる。

「この子恐らく宮中で働く侍女だろう。董卓に脅され身代わりを請け負っていたのか。」

 慈燕の真面目くさった喋りに張遼は呆れた顔をする。

「あんた容赦あらへんな…まあ、あのままやったら自分で首を切る勢いやったからええやろ。」

「ああ。それで帝はどこに?」

「奥に居られる……やけど…」

 張遼は顔を曇らせる。

「傀儡は自我を持たんか…」

 慈燕は張遼の気持ちを察して肩を叩くと、慈燕は謁見の間に入る。

 広い部屋の奥には数段の階段があり、その頂にある玉座には一人の少女が座っている。

 慈燕は帝に向けて歩き出す。

 不敬にも帝に近づいてくる慈燕に対して身じろぎどころか反応も示さない。

「陛下の御前にて帯剣や具足での失礼は百も承知ですが、陛下と言葉を交わしたくご尊顔拝謁致します。」

「………」

 帝はこちらを見るが反応がない。しかし慈燕は気にせず続ける。

「陛下、陛下の置かれた環境及び周りの欲望に満ちた蛆虫どもの言葉を信じなければならなかったのは、私めにもご想像固くありません。誰も陛下自身の言葉、陛下御身を必要として頂けるものはいなかったのでしょう。陛下が御生誕になられてから実の母である何皇后とも数度しか会うことがかなわなかったことも聞き及んでおります。」

「………」

 帝は天の子。

 しかし慈燕には今の帝は人の子としか思えない。

 既に徳を無くしているように見える。

 しかし、今はまだ、帝であって貰わなくてはならない。

「ですが今、この宮中で暗躍していた十常侍は今宵、我らが殲滅し、何皇后は我が配下が救い出しこちらへ向かっているはずです。」

「………っ、」

 帝に初めて反応とよべるものが起きた。

 慈燕は見逃さず続ける。

「陛下、ここが貴方様の自らの意志にて立ち上がる時でございます。思考を止めてはいけません。漢王朝の帝として民を導いて下さいませ。」

「………朕の、意志…」

 長らく言葉を発していなかったのか、掠れた声が帝の口から漏れた。

「はい。貴方様は天の子であらせられるのですから。望むままに。」

「弁!!」

 入り口から帝の名を呼ぶ声が響く。

 そこには悠と地下牢から助けられた何皇后が立っていた。

 皇后が着るにはみすぼらしい服を身に纏っているがしっかりとした足取りで近づいてくる。

 慈燕は帝の御前から下がり道を開ける。

「弁!」

「………母上…」

 何皇后は帝を抱き締める。

 

 この親子を利用する。

 

 心の中に燻る僅かな罪悪感を慈燕は表情に感情を出さないようにしているところに悠が近づいてくる。

「廉様。連合軍が近づいてきているようです。」

「…そうか。」

「夏候家の者よ。」

 帝と抱き合っていた何皇后がこちらを向く。

 何皇后の声は力強く透き通るような美しい声だった。

「話はそこの者から聞いています。董卓を助けて頂けるのですね?」

「はっ!そのつもりで御座います。何皇后と陛下にはこの首を董卓の首だと申し上げて頂きたいのです。」

 口を閉じた麻袋を掲げる。

「ええ、董卓には弁の傍で弁を助けて欲しいという私からの願いをあの小さな体で守ってくれました。あの子を救うためなら、私たちはそうします。」

「感謝致します。」

 慈燕と悠は深々と頭を下げる。

 これで何皇后と帝の印象は悪く無いはずだ。

「ではこれにて、失礼致します。」

 もう一度深く頭を下げ謁見の間を出る。

 入り口には董卓を肩に担ぐ張遼達が待っていた。

「…んで、これからどうすんねん?」

 今までのことを一部始終見ていた張遼は、帝が自己を取り戻したことで少し表情が晴れやかだった。

「目的も果たしので解散……と言って君たちをそのまま原野に放つのは惜しいな。どうだ?俺と来ないか?」

 これは彼女たちへの同情ではなく本心からだ。

 張遼と呂布の武、陳宮と賈詡の才は捨てがたい。

 そして彼女たちが一つに纏まるための董卓も欲しい。

「詠はどうすん?」

「僕は月と共に生きると決めているから月に付いていくよ。」

「なら共に来い。我が主を己の目で見て決めるといい。」

「……分かった。」

 賈詡は董卓を気絶させたことを少し怒っているようだ。

「では、一度散開してから陳留で落ち合おう。董卓とはその時話そうか?」

「分かった……それとお前さんに預けるわ。うちの真名は霞や。」

 張遼が慈燕に真名を預けた。

 董卓が去ろうが張遼は共に来るようだ。

「霞。君の真名をしかと貰い受けよう。俺の真名は廉だ。受け取ってくれ。」

「廉。受け取ったで。」

 笑いあう張遼と慈燕。賈詡と陳宮はまだまだ慈燕に対しての警戒心があるようで真名を預け合うまでには至らなかった。

 

 

 

 

 

 

 戦は終わった。

 連合軍の目的であった董卓の討伐は帝自らが董卓の首を洛陽にて掲げたことにより達成された。

 全体の目的は達成されたが、諸侯それぞれの思惑が成就したかは別である。

 袁紹が狙っていた帝は何皇后が傍に付いたことによって手に入れることができなかった。

 結局、”肉屋の倅”から”涼州の田舎娘”、そして”肉屋の娘”と帝の力が流れただけで、袁紹の嫉妬は晴らすことはできず、得たものは新たな称号である”牧”であり冀州一つだった。

 曹操は兗州牧と大出世を果たした。

 公孫瓚と孫権はそれぞれ幽州牧、揚州牧を拝命、残りの九つの州牧も決まった。

 董卓軍は洛陽へ入り、帝直属の軍として再編成されることとなった。

 

 董卓達とは陳留で落ち合った。

 董卓はなぜ助けたのかと慈燕を責めたが、賈詡や張遼の生きて欲しいという願いを聞いて涙を流し、慈燕に命を救ってくれたことの礼を言い深々と頭を下げた。

 董卓の名はもう使えないため、月という名だけで曹操に侍女として仕えると志願した。

 賈詡はそれに反対していたが、董卓の意志の強さに折れて自分も侍女として仕え董卓を支える事を選んだ。

 

 

 

 

 

「……ふう。」

 戦から二ヶ月ほど経った。

 沛国譙県から居を移してから、慈燕達は兗州内での賊徒の討伐、税の調整や治世に力を注いだ。

 その結果、兗州での賊徒による被害が減り、商人や農民が徐々に流れて来た。

 

 そんな日々の中の一夜。

 

 慈燕は夏侯の屋敷の自室にて酒を呑み少し前の事を思い出していた。

 戦の後、華琳と妹達と合流した時、何も言っていなかった妹達から責められ続けた。

 華琳はニヤつきながら眺めているだけで助けてはくれなかった。

 慈燕は秋蘭からの、一つだけ言う事を聞く、という提案を渋々のむことで事なきを得た。

 春蘭は慈燕との仕合を申し出てきた。

 秋蘭は落ち着いたらお願いを言うと言った。

 そして春蘭との仕合も済ませ、兗州も落ち着いた頃、華琳と秋蘭が一緒に夏侯家にある慈燕の自室を訪れてきた。

 秋蘭からのお願いを聞いた慈燕は……暫し固まった。

 秋蘭からの想いを慈燕はじっと聞いていた。

 華琳を横目で見ると、微笑んでいた。

 どうやら知っているようだ。

 慈燕は秋蘭を見る。

 秋蘭は儚げに慈燕を受け入れてくれる事を待っていた。

「秋、お前を抱く。」

 慈燕には、秋蘭を拒むことは出来なかった。

 儒教において、近親姦は禁忌である。

 しかし、慈燕にはそれよりも妹の愛おしさの方が勝っていた。

 その夜、慈燕は秋蘭、そして華琳と共に一夜を過ごした。

 

 

 先の戦において最大の戦果は、張遼や呂布の獲得だろう。

 兗州牧の拝命は華琳の名声を高めるために使える地位ではあるが、絶対に必要であったかと言われると、違う。

 今、曹操軍に必要なのは兵の増強、鍛錬のための時間、そしてきっかけだ。

 兵の増強、鍛錬の時間は今の所大丈夫だろう。

 流れてくる流民を兵として積極的に採用しつつ、鍛錬は三日に一度休養を与えている。

 問題はきっかけだ。

 帝が新たに設けた牧により一旦の平和が続いているが、各地に黄巾党の残党が未だにいるようだ。

 だが、それはもう唯の賊徒に過ぎない。

 慈燕は卓に広げた兗州とその周辺が記された地図を見る。

「次は……お前か。」

 慈燕は地図の一点に軍議に使う駒を置く。

 

 そこは冀州。

 

 袁紹がこのまま黙っては居られないはずだ。

「華琳の覇道のために贄となって貰うぞ…袁紹。」

 

 

 

 此度の戦で多大な出世を果たした者もいれば、結果として不満をくすぶらせる者もいる。帝から与えられた地位により一時期の平和がもたらされたことになるが、乱世の火種は各地に落ちており、誰かが火をつけることを今か今かと待ち続けている。

 




少し書き貯めたいので来週、再来週の更新は出来ないと思います。
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