佐藤浩志の普通とはほど遠い日常   作:はるのいと

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第一章 「僕の純潔を返せっ!」

日本全国で多い苗字ランキング第一位はサトウ。名前の方はヒロシだそうだ。

サトウヒロシ――良く言えばこの名前は日本のスタンダードである。

そして悪く言えばどこにでもある普通の名前ということだ。

因みに僕の名前も佐藤浩志(さとうひろし)だ。

このような事を口にすると、大概は皆は ”そんなに自分の名前を卑下するなよ” と、悲しげな表情を浮べる連中が多い。

誤解しないで欲しいのだが、僕はただ一度として自分の名前を卑下した覚えはない。

何故なら僕という人間は普通という言葉をこよなく愛する ”没個性男子” だからだ。

 

周りを見渡すと自身の個性をみがく事に必死な人種たちであふれている。

奇抜なファッション・斬新なメイク・過剰なダイエット等々……。

皆一応に美しくそして目立つために必死な努力を日々重ねている。

忌憚(きたん)なき意見を言おう。

これは突き詰めて考えていくと、異性にモテる為だけの行為だ。

 

例えば細マッチョが良い例だろう。

これは程よく筋肉のついたしなやかな体の事を指す言葉だ。

女性の多くはこのような細身の体型の男性を好む、と何か本で読んだ事がある。

だがなんの努力もしないでこのような体は手に入らない。

日々の筋トレに加え高タンパクな食事と糖質制限――。

全国の細マッチョはそれなりに努力をしているのだ。

 

これはひとえに美しい女性と素敵な時間(・・)を共にしたい、というエロく不純な動機のなせる業である。

おっと、話しが脱線したので元に戻そう。

結局、何が言いたいのかというと、個性などというものはその程度の事なのだ。

 

だから僕はいつものように心の中でこう叫ぶ――。

没個性上等、普通最高っ! 意味のないオリジナリティーや、はりぼてだらけの個性なんてクソくらえだっ!

このように全くもってくだらない事をウダウダ考えながら、僕はいつものように電車にゆられていた。

すると真向いの席から鋭く突き刺さる強い視線に気付く。

顔を上げるとそこには一人の少女が僕を見つめていた。

 

日本人形を思わせる、肩口辺りで切り揃えられた綺麗な黒髪。

透き通るような白い肌。黒目がちな大きな瞳はどこかネコ科を思わせる。

自称美少女評論家の僕から言わせれば10点満点中……文句なしに10点である。

 

うーん、それにしても……これは ”見つめている” というよりも ”睨んでいる” といったほうが言葉的にはしっくりとくる。

何故なら目の前の美少女は眉間にくっきりと皺を寄せて、明らかに憤慨した表情を浮かべているからだ。

こんな美少女のお知り合いなど、当然ながらいるはずもない。

加えて僕は女性を怒らせるような事が大嫌いだ。

だからこそ目の前の見知らぬ美少女が、憤慨している理由が全く分らなかった。

 

って言うか、さっきから全く瞬きしねえなこの女……。

因みに先程、目が合った瞬間から僕は彼女と同様に眉間に皺を寄せながら、鋭い眼差しを返していた。

こう見えても売られた喧嘩は必ず買う。

そして僕はこのようにくだらない争い事だけには、絶対に負けたくない性分なのだ。

 

男子高校生と美少女の睨み合いは、それから15分ほど続いた。

その後、程なくして美少女は静かに溜め息を漏らしすと、僕を一人残してふくれっ面のまま下車していった。

勝った……勝負を挑んでおきながら、敵前逃亡とは何とも情けないヤツだ。

そこには勝手に勝負に参加して、勝手に勝ったと思い込み、勝手に喜んでいる男子高校生姿の姿があった。

言うまでも無くそれは僕だった。

 

一人きりになった僕には、当然のことながら周りにいた乗客たちからの ”このガキ、あの女の子になんかしたんじゃねえ?” 的な視線が容赦なく降り注いでくる。

あっ、ハメられたっ! あのクソアマ……今度会ったら有無を言わさず顔面パンチだ。

そう心に誓いながら拳をにぎりしめていると、隣に座っていた老婦人(推定65歳)が僕に声をかけてきた。

 

「お兄ちゃん、彼女と喧嘩でもしたのかい?」

 

「彼女? 何のことですか」

 

「いまさっき電車から降りてった、あの可愛らしい女の子だよ。随分とお兄ちゃんのこと睨んでたじゃないの」

 

老婦人の言葉に、周りにいる乗客たちの耳がデカくなってゆくのが、手に取るように分る。

タブロイド紙よろしくの下世話な興味――。

よしっ、ここは一つ僕の得意技(・・・)で切り抜けよう。

 

「あれはね、ただの嫌がらせですよ」

 

「嫌がらせ?」

 

「ええ。いま、女子校生の間で流行っているゲームです」

 

「ゲーム?」

 

「はい。まずは先程みたいに、見ず知らずの男性を睨むわけです。そうするといまお母さんが勘違いしたように、カップルの喧嘩だな? と周りは思う訳ですねえ。そうやって男性に気まずい思いをさせて、精神的苦痛を与える最低のゲームですよ。これが原因で最悪 ”ガンミサレティックシンドローム” という、精神疾患になる事も稀に有るそうです」

 

「あらー怖いっ。でもそんな悪戯をして一体何が面白いのかねえ」

 

「まあ、若気の至りってやつでしょうねえ。彼女たちも一刻も早く自分たちの過ちに気付いて欲しいものです」

 

少し遠くを見つめながら、僕はしみじみと呟いた。ちょうどその時だった電車が目的地の駅へと到着する。

 

「それでは僕はここで」

 

礼儀正しく一礼すると、ゆっくりと降り口へと向かう。

すると老婦人は僕の背中に声をかけてきた。

 

「親切に教えてくれて、有難うね」

 

「いえいえ、それではお気をつけて」

 

 

あのようなお人好しの老人たちが、卑劣な詐欺に引っかかるんだろうなあ……。

僕は駅の階段を上りながらしみじみとそう思った。

すると背後から聞きなれた声が鼓膜に届く。

 

「お年寄りにいい加減な知識を刷り込んじゃダメでしょっ!」

 

「僕は嘘なんて言ってないよ」

 

「じゃあ何なのよ、ガンミサレティックシンドロームって! そんな病気無いでしょ? って言うか人が話してる時は、ちゃんとこっちを見なさいっ!」

 

相変わらず彼女は礼儀に口うるさい……。

溜め息交じりで振り返ると、そこには予想通りふくれっ面を浮かべる美少女がいた。

 

(だん)美鈴(みれい)――。

胸元まで伸ばされた艶やかな栗色の美髪。

光の加減によって表情を変える色素の薄い瞳。

一見するとハーフにも見えるその容姿は、常に我が校の男子生徒たちを魅了していた。

かくゆう、僕もその一人である。

 

「別に詐欺のような悪意のある嘘じゃないだろ?」

 

「でも嘘は嘘でしょ」

 

「じゃあ、壇蜜(・・)さんは嘘を吐いた事はないの?」

 

「私はあんなに際どい恰好はしないわよっ!」

 

「こりゃ失敬。でも際どい恰好はしなくても、嘘くらいは吐いた事あるだろ?」

 

「いいえ、無いわ」

 

「ふん、それこそが嘘だ」

 

「……浩志君は相変わらず意地悪ね」

 

壇さんは呆れ顔で溜め息を漏らした。

彼女は同じクラスになって以来、僕の事をファーストネームで呼ぶ。

クラスメイトの男子生徒の中で唯一、僕だけを……。

もう一度言うぞ、僕だけをだっ!

この状況に対し没個性男子は色めき立ち、そして大いに暴走した。

それは ”男はつらいよ” の主人公も真っ青の超ド級の勘違いだった。

 

事件が起こったのは今から、ちょうど2か月前の放課後だった。

その日の空は夕焼けがとても美しく、二人きりの教室は(あかね)色に染まっていた。

これ以上ない程のにロマンティックな状況……よし、イケるっ! 僕は心の中で呟いた。そして意を決して行動に出たのだ。

 

「壇さんて好きな人とかいるの?」

 

「えっ……突然どうしたのよ」

 

「いやあ、壇さんってモテるから好きなヤツとかいるのかなあ、と思って」

 

「……うん、いるよ」

 

壇さんは僕から視線を逸らすと、照れくさそうに俯いた。

はい、来たっ! これはどう考えても間違いない……。

 

「それって、もしかして僕?」

 

「えっ、どうしてそう思うの?」

 

「だって壇さんって、僕のことだけ名前で呼ぶから……」

 

「ああ、そっか」

 

壇さんは納得するように、手のひらをパチンと合わせる。

そしてすぐに気まずそうに俯くと、静かに口を開いた。

 

「うちのクラスって佐藤って男子二人いるじゃない? ややこしいから区別してただけなんだけど……」

 

えっ? 一瞬、自分の耳を疑った。 いいや、まだ諦めるな。まだ可能性はあるっ!

 

「因みに他意は?」

 

「ごめん、皆無」

 

はい、終了――。

 

「じゃあ……お疲れっした」

 

僕は鞄を手に取ると、逃げるように教室をあとにした。

もう、嫌っ! いっつも、いっつもこうじゃないっ!

赤面する顔を両手で覆いながら、僕は夕日が差し込む廊下を全速力でかけ抜けた。

 

その後は3日間学校を休んだ。

この顔から火が出て消火不能になるような出来事から、僕は彼女に素っ気ない態度をとるようになっていた。

それは自身の尊厳を守る為には、しょうがない行動だった……。

いいやここは潔く認めよう。僕はこのようにかなり器の小さい人間なのだ。

 

唯一の救いといえば壇さんがこの一人勘違い男の所業を、他の人間に口外しなかったということであろう。

想像したくもないがもしそのような自体に陥れば、僕はストレスの余りハゲ散らかしていたことだろう。

その優れた容姿と同様に、どうやら彼女は性格の方も美しいようだ。

 

「僕が意地悪? なら言わせてもらうけど、壇さんの方こそ少しは男心を理解した方が良いと思うよ」

 

「どういう事よ?」

 

「おたくの一挙手一投足が、我が校の男子生徒に多大な影響を与える、って事だよ」

 

「……どういう意味?」

 

小首を傾げる美少女――この天然小悪魔がっ!

僕はそう心の中で叫ぶと、彼女を残して足早に駅の階段を上って行った。

 

 

 

翌日の電車内は昨日と打って変わって快適そのものだった。

辺りを見回しても例の ”ガン見女” の姿は見当たらない。

実に優雅なひと時だ……と言いたいところだが、いまの僕にはそんな余裕は微塵もなかった。

理由は自明――。

簡単に言うと愚母が、おもいっきり寝坊をしたのだ。

そして普段から目覚まし時計を掛けていない僕も、当然のように寝過ごした。

あのババア、今日という今日はただじゃおかねえ……。

僕はそう思いつつ昨日と同様に、眉間に皺を寄せながら電車に揺られた。

 

 

 

「遅いっ!」

 

「あっ、すんませーん」

 

教室に到着すると、既に朝のホームルームが始まっていた。

僕は担任である海老名みどり子に苦笑いを向けながら、足早に窓際の席へと向かった。

うん? 僕はもう一度、教壇の前で眉間に皺を寄せている担任に目を向けた。

すると彼女の隣には見知った顔があった。

おいおい、嘘だろ……。

そこには昨日のガン見女が相変わらずの表情で、僕を睨みつけながら佇んでいた。

 

一体これはどういうことだ。

僕は眉間に皺を寄せながら静かに席に腰を下ろした。

状況から察して、どうやらガン見女は転校生らしい。

ヤツは相変わらずの挑戦的な眼差しを、僕に向けながら自己紹介をしている。

全くもって気に入らねえ……あまりの苛つきに鼓膜が外界の音を遮断してゆく。

 

暫くするとガン見女は自己紹介を終えたらしく、担任に促されるままに僕の隣の空席へとすたすたと向かってきた。

それと同時に遮断されていた、外界の音が徐々に回復しつつある。

丁度その時、ふと黒板に目を向けてみた。

黒柳徹男……黒板には確かにそう書かれている。

 

ふん、ったく何ともふざけた名前だ。親の顔が見てみたいもんだよ。

僕は窓の外に視線を移すと、頬杖をつきながらニヒルに微笑んだ。

それにしても黒柳徹男とはねえ……。

もうちょっとで、あのお昼の顔として有名なご婦人と同じ名前じゃないか。 

ホントに全くもってあり得ないよ。

 

 

しかし、徹男とはなあ……

 

 

               うーん、徹男ねえ……

 

 

                             ……て、徹男っ!!!

 

僕は慌てて黒板に視線を戻す。

するとそこには何度見ても、やはり黒柳徹男という名前があった。

えっ、何で? どういうこと? あの子、女じゃないの?

いいやどう見ても女でしょ。ねえ? うん、間違いないよっ!

だよなあっ! あれっ、あれっ……。

僕は完全にパニックに陥った。

そんな際どい精神状態のまま黒板を呆けた顔で眺めていると、ガン見女もといガン見男は僕の目の前まで来ていた。

そして不機嫌そうな顔から一転すると、天使のような微笑みを浮かべたのです。

 

「愛してるよ、ヒロちゃん」

 

黒柳徹男はそう言って僕の唇を優しく塞いだ。

その瞬間、思考力は完全に宇宙の彼方へとぶっ飛び、頭の中が真っ白になった。

体が硬直してしまい全く身動きがとれない。

一方、教室は歓喜と怒号に包まれている。そんな中、僕は心の中で静かにこう呟いた。

 

ああ、いままで大切に守ってきた()純潔(・・)が……。

 

佐藤浩志・16歳。

普通という言葉をこよなく愛する、健康優良没個性男子高校生。

だが僕のファーストキスは普通とは程遠い形で、転校してきた()()()に突然奪われたのだった。

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