オシャレって一体何? 柄にもなく、そのようなことに思考を巡らせてみる。ファッションとは、自己を表現する為の手段の一つだ。当然のことながら、それは個人の趣味嗜好によって大きく様変わりする。
ボディービルダー。例えば彼らなどは、もう既に筋肉という名の衣服を纏っているといっても過言ではない。したがって彼らにとって最大のオシャレとは、ビキニパンツ一丁なのである。
もう少し分りやすく説明しよう。良い例が高校球児の帽子だ。頭頂部につけられた、あの不自然な
結局のところ何が言いたいのかというと、オシャレというものは場所や年代、状況や環境等によって様々に変化するという事だ。要するに絶対的なオシャレというものは存在しないし、その逆も然りということだ。しかし、物事には常に例外というものが存在する……。
場所はちょんまげ通りの、某セレクトショップ。店内では個性的なファッションに身を包んだ客たちが、これまた個性的な商品たちを物色している。そんな中、没個性男子こと僕は狭い試着室で、鏡に映る自身の姿を冷静かつ客観的な眼差しで見つめていた。
胡散臭さと卑猥な印象を相手に与える、ショッキングピンクのTシャツ。因みに乳首が浮き上がる程のピチピチ。加えてキンタマがポロリしそうな程に、丈の短いデニムのショートパンツ+膝下までの純白ハイソックス。極めつけは、おでこに巻いた真っ赤なペイズリー柄のバンダナ。
ダ、ダサっ……というかこの格好で街中歩いたら、捕まるんじゃねえ? 因みにこのきっつい全身コーディネートを提案したのは、ファッションリーダーとしても名を馳せている、自他ともに認める女好き、カンタ・マエダである。
正直言って、鏡に映る自分がオシャレだとは到底思えない。と言うよりギリギリのキワキワだ、とさえ思えるくらいに今の僕はかなり厳しい。
だが選んだのは洋服にはうるさい、オシャレボーイの幹大だ……これは単純に僕の価値観が間違っているのだろうか? それとも、さっき気絶させられたことを根にもって、わざとダサい洋服を? 僕は狭い試着室の中で、被害妄想と疑心暗鬼に襲われた。
そんな中、先程から試着室に籠りきりの僕を案じたのか、徹男が外からノックと共に声をかけてきた。
どうする? どうするんだっ、浩志っ! この格好で出てっていいのか? 本当に大丈夫なのか? 暫しの自問自答――程なくしたころ、僕は意を決して試着室のドアに手をかけた。
「おおっ! いいじゃん」
幹大は指パッチンと共に、満面の笑みを向けたきた。すると徹男や女性人たちからも、同様のリアクションが起こる。僕の予想とは裏腹に、この服装は思いのほか好評を博した。
どうやら、僕の価値観がずれていただけのようだ……親友、疑ったりして悪かった。よしっ、ヤツにはあとで大好物のたまごボーロを買ってあげよう。
僕は心の中でそう呟くと、試着室には戻らずそのままレジへと会計に向かった。今日一日は、このナイスで最先端なファッションで過ごすのだ。
「今日は日差しが強いので、サングラスなどはいかがですか?」
会計の途中、綺麗な女性店員はティアドロップ型のサングラスを勧めてきた。確かに彼女の言う通り、UVは危険だ。僕はそう思いつつ、サングラスを手に取った。
「とってもお似合いですよ」
女性店員は、胸の前で手を組むと可愛らしい笑顔を向けてきた。うーん、悪くない……よしっ、これも購入だ。一応断っておくが、女性店員が可愛らしかったから購入したのではない。僕が危惧したのはあくまでUVだ。そこだけは肝に銘じていて欲しい。
結局、セレクトショップではトータル1万5000円の買い物をした。正直なところ結構イタい出費ではあったが、これでオシャレさんの仲間入りを果たせたんだ、安いものだろう。
当初の目的であった、買い物も無事終了。僕ら一行は喉の渇きと空腹を満たすために、壇さんが行きつけのカフェへと歩みを進めていた。
そんな中、僕には一つ気がかりなことがあった。恐らく只の勘違いであるとは思うのだが……すれ違う人たちが僕の姿を見た途端、何故だかプっと噴き出すのだ。それだけならまだしも、スマホで写真を撮る輩まで出現する始末だ。流石に不安になった僕は恐々ながら、幹大に尋ねることにした。
「おい、本当に僕はイケてるんだろうな?」
「当たり前だろっ! ほら、周りを見ろよ。みんなお前に羨望の眼差しを向けてんじゃねーかよ」
「羨望の眼差し言うより……笑われてる気がするんだけど」
「大丈夫、大丈夫っ! 気のせいだよ、気のせいっ!」
幹大はケラケラと笑いながら一蹴した。だが不安はまだ消えない。取りあえずは、愛しの徹男に聞いてみよう。ヤツなら僕を
「徹男、僕のファッションどう?」
「超最高っ!」
徹男は親指を立てると、可愛らしくウィンクをしてきた。どうやら徹男には本当に好評らしい……だが、どうだろう? ヤツは僕がやることなすこと全てを、アガペーの如き無償の愛で根こそぎ肯定してしまう。
ゆえに徹男の意見は、当てにならないということだ。とすれば花村さんはどうだろう? いいや、彼女とて徹男と同様だ……そうなってくると、頼れる羅針盤役は只一人ということになる。僕は意を決し、壇さんに顔を向けた。すると彼女は10数メートル程先を、眉間に皺を寄せながら睨んでいた。
壇さんの視線先――そこには、明らかにガラの悪い連中たちに絡まれている、一人の少女の姿があった。なるほど、正義感の強い彼女のことだ、恐らく助けに行こうとでも思っているに違いない。
だがそうはいかない。今はそんな些末な問題に付き合っている暇はないのである。
現在、最も重要な案件は僕の恰好が本当に
「壇さん、義勇心に燃えているところ悪いんだけど、僕の格好って――」
「助けてあげて……」
ポツリと呟く壇さん――まあ、当然そうなるわなあ。とは言え、すんなりいう事をきくのも芸がないしなあ……。
「見て分かるように相手は3人だよ? ひ弱な僕には無理――」
「お願い。助けてくれたら、何でも言うこと聞くから……」
ハイっ、きたっ! ”何でも言うこと聞くから……” 頂きましたよっ! 何でも言う事をきくという事は、あんなことも、こんなことも、そして、そして……あっ、ヤバッ。急激な血圧上昇で頭の血管が切れそうだ。
落ち着け、落ち着くのよ、浩志っ! よし、取りあえずは軽く深呼吸だ。ふう、はあ、ふう、はあ、ふう、はあ……程なくして、僕は無事に平静を取り戻した。
それにしてもこんな甘美で魅惑的な台詞が聞けるのであれば、クサレ外道の一人や二人、三人、四人の相手くらい喜んで引き受けよう。僕はそう思いつつ額のバンダナをキュッと引き締め直すと、ヒーローよろしくとばかりに、ニヒルな笑みを湛えながら颯爽と悪役のもとへと向かっていった。
「ヒーちゃん、頑張ってー」
徹男の声援には振り返らず、僕は背中で語るように片手を振って応えた。完全にヒーロー丸出しである。僕からは見えてはいないが、恐らく女性陣たちは頬を、薄桃色に染めポーッとなっていることだろう。
「おい、キミたち止めたまえ。
「なんだ、てめえっ! ……っていうかダサっ、こいつ」
えっ、いま何と? 聞き間違いじゃなければ確かに ”ダサっ” て言ったぞ。いいや、落ち着け、落ち着くんだ、浩志っ! 相手の恰好をよく見るんだ。時代錯誤のヤンキーファッションじゃないか。こんな野郎に ”ダサっ” と、言われたところで何を狼狽することがある? そうだろ? 確かにそうだ。僕は気を取り直し、クサレ外道に向き直った。
「もう一度言う、彼女が嫌がってるんだから止めたまえ」
「はあ? どっか消えろ、このダサ坊がっ!」
クサレ外道の怒号が通りに木魂すると、ヤツらに絡まれていた少女は震えるように怯えた表情を浮かべた。 ま、まずい。このままでは恐怖の余り、この少女は泣き出してしまう。よし、ここは一つ例の必殺スマイルを繰り出すしかない。
僕はこれでもか、というほどの慈愛のこもった微笑みを、少女に向けた。恐らくそれが効いたのだろう、少女は途端にプっ、と噴き出し笑みを浮かべた。
よしっ、幼気な少女のメンタルケアはこれで完璧だ。次は本丸のクサレ外道たちの相手だけだ。僕はそう思いつつ、静かに奴らを見据えた。
ええと、この中で一番強そうなのは……コイツだな。一番ガタイがいい野郎に当たりをつけると、僕はそいつに鋭い視線を向けた。
「貴様らみたいなクサレ外道は、大豆の角に頭をぶつけて、豆乳になっちまえっ! このチンカス野郎どもがっ!」
僕の秀逸な挑発が辺りに響き渡ると、案の定クサレ外道の一人が顔を紅潮させながら拳を繰り出してきた。
素人丸出しの大ぶりな右フック――脇を絞めろ、状態を起こすな、そんなパンチじゃ蚊も殺せないぞ。
それに運が悪いことにお前の相手は蚊じゃなくてこの僕だ。悪いけどこちとら下の毛も生えてない頃から、トレーニングと称した虐待を毎日のように受け続けてるんだ……元全日本女子の最強チャンプからなっ!
大ぶりフックを軽いフットワークでかわし、0.2秒で相手の懐に潜り込む――と同時にショートアッパーを野郎の顎下に繰り出してゆく。当たれば脳が揺れて確実に失神コース。だが当然のことながら、寸でのところで止めた。
「おい、次は本気で当てるぞ。それが嫌ならさっさと消えろ……っていうか頼むっ!そうしてくれないと、僕は壇さんのオッパイを――」
言い終える前にヤツらは一目散に逃げて行った。危なかった……折角ニヒルに決めたのに、もう少しで本音を吐露するところだった。僕は義勇心から少女を助けたヒーローというスタンスを保たなければならないのだ。間違っても壇壇さんのオッパイを揉んでみたかったという、不埒な思いから少女を助けたなどとは、絶対に悟られてはいけないのである。
「ヒーちゃんお疲れ」
徹男が微笑みながら、労いの言葉をかけてきた。その隣では花村さんが羨望の眼差しを向けてくる。その表情は完全に僕に参っている、といった感じであった。
ふっ、我ながら罪作りな男だな、僕は……苦笑いを浮かべながら僕は当たり前のようにナルシスト丸出しの自己陶酔を始める。そして今しがたまで、クサレ外道に絡まれていた少女に目を向けた――と同時に愕然とした。
何故ならその少女は幹大の手を握りしめ、涙を浮かべながらお礼の言葉を繰り返していたからだ。助けたのはこの僕だ。幹大は100%何もしていない。
それにも関わらずこの状況は一体どういうことだ? 本来であれば少女は涙ながらに僕に抱き着いてきて、胸に顔を埋めながら震える声でお礼の言葉を述べるのが然るべきのはずだろ? それが何故に、このような
理由は単純明快、幹大がイケメンだからである。それ以上でもそれ以下でもない。これには海より広い心を持つ、僕でも堪忍袋の緒が切れた。しかし僕が女性には優しく、をモットーにしているのは、皆も知っていよう。というわけで、ここは一つ慈愛を込めて少女を
「おい、女っ! 助けたのは僕だろ? それにも関わらず恩人を差し置いて、そこのイケメン馬鹿に礼をするってのは、一体どういう了見だ? 100字以内で簡潔に述べろ」
「別に頼んでないし……っていうか超ダサいんですけど」
少女はそう言って、僕に冷やかな眼差しを向けてきた。小柄な体躯、色白なツインテール。黒目がちな大きな瞳は、どこかで見覚えがあった。ともすれ、文句なしのロリロリ美少女だ。
いや、いや、今はそんなことはどうでもいい。それより、まただ。またダサいって言われたぞ……これは一体どういうことなんだ? 僕が心の中で自問自答してると、少女の救出を依頼してきた張本人が口を開いた。
「
珍しく壇さんが声を荒げた。隣では徹男が、そうだっ! そうだっ! と言って騒ぎ散らしている。相変わらず可愛げのあるやつだ……っていうかいま鈴羽っていったけど、このと少女と壇さんは知り合いなのであろうか? その疑問はすぐに解決することになった。
「浩志? ってことはコイツがお姉ちゃんの彼氏?」
壇さんはコクリと頷いた。
お姉ちゃん?……ああ、なるほど妹か。どうりで目元が似ているわけだ。それにしても僕としたことが、とんだミスを犯してしまった。壇さんの妹ちゃんにあの態度はマズかったなあ……よしっ、今からでも遅くない、路線変更だ。僕はそう思いつつ、鈴羽ちゃんに優しい笑顔を向けた。
「妹さん、怪我はなかったかい?」
「壇美鈴の妹と分った途端、コロッと態度を変える男……」
冷めた眼差しが僕の瞳に注がれた。こ、このガキ、意外に出来るな……だが所詮は子供だ、僕の敵ではない。
「態度を変えた覚えはないよ。僕はね、いつだって女性には優しいんだ。そうだろ? 徹男&花村君」
偉大なる、YESマン&YESウーマンは何度も首を縦に振った。自分の意見が弱いと思った時は、こうやって人を使うんだ。分ったかい? お嬢ちゃん。
「太鼓持ちたちに自分に有利な意見を言わせる男……」
相変わらずの冷めた眼差しが、僕の瞳を見据えてきた。前言撤回、このガキはかなりの手練れだ。なぜなら一瞬で僕の本質を見抜いている。これはかなり由々しき事態だ。このままでは、折角築き上げてきた汚れを知らない僕の純朴なイメージが……
「全てを言い当てられて、ぐうの音も出ない情けない男……」
も、もう嫌っ! それ以上、僕の心を丸裸にしないでっ! 声に出さずにそう叫んだ時だった、救いの女神が手を差し伸べてきた。
「いい加減にしなさい、どうしていつもそうやって憎まれ口ばかり叩くのっ!」
「だって――」
「だってじゃないっ!」
「……ご、ごめんなさい」
姉の剣幕を見て小生意気な妹は途端にしなびた花のように、しおらしくなった。いくら生意気少女とはいえ、姉上には逆らえないらしい。うちの愚妹もこれくらい素直であればいいのだが……そんなことを考えていると、鈴羽ちゃんが姿勢を正し僕を静かに見据えてきた。
「この度は危ないところを助けて頂き、誠にありがとうございました。至らぬ点もございますが、今後とも愚姉ともに宜しくお願い致します」
冬羽ちゃんはそう言って頭を深々と下げると、すぐに壇さんに視線を移した。
「……これで良い?」
妹の顔を溜め息交じりで見つめると、壇さんは渋々といった様子で頷いた。
ったく全くもって可愛くねえ、ガキだ……僕が心の中で毒づいていると、おねむの入った徹男が抱っこをせがんできた。しょうがないなあ……抱きかかえるとヤツは速攻でスヤスヤと寝息を立てた。
天使の寝顔――先程の苛つきが嘘のように消えてゆく。すると壇さんが僕のほうに近づき、耳元でこう囁いた。
「さっきの約束はちゃんと守るから……どんなマニアックな要求にも応えて、あ・げ・る」
壇さんの吐息が耳を擽る……
プスッ……プスップスップスッ
脳内崩壊 回線ショート 要再起動……
気が付くと、僕は自宅のダイニングで夕飯を食べていた。壇さんのあのエロ過ぎる囁きを聞いてからの記憶は、皆無といっていいほど無い。自分がどうやって帰ってきたかさえも、全く覚えていないのだ。まあ、時々あることなので、さして気にも留めていないのだが……僕がそんなことを考えていると、不機嫌な表情をした愚母が、おもむろに口を開いた。
「ツッコミ入れるのも嫌だったから、ガン無視ぶっこいてたんだけど……それもそろそろ限界だから、あえて聞くんだけどさあ……」
愚母は僕を見つめると、呆れるように口ごもった。それは出来の悪い子を憂う母親の顔だった。全くもって気に入らねえ。上から目線で人を勝手に憐れんでんじゃねえっ! 僕は愚母に鋭い視線を浴びせた。
「おい、ババア。言いたいことがあるんなら、ハッキリ言え」
「じゃあ、言うけど……アンタ、その服は一体どういうつもりなの?」
「えっ……ダメなの、これ?」
僕の問いかに愚母は溜め息で応えた。すると愚妹が自身のスマホを僕に手渡してくる。画面にはとある画像掲示板が映し出されていた。そして驚くべきことに、そこには僕の姿が乗せられていた。タイトルには……驚異の激ダサ男、発見とあった。
ハ、ハメられた……あ、あの野郎……翌日、血反吐を吐くまで、僕が幹大のボディー責め続けたのは言うまでもない。そして誠に遺憾ではあるが、野郎のせいで僕は学園を代表するダサ男に任命されることとなった。
というわけで、今回の教訓――慣れないことはするべからず。それでは、おあとがよろしいようで。