徹男との学園生活も早いもので2週間が経過していた。
この頃になるとお互いの思考パターンも、なんとなくだが理解出来るようになってくる。
いまでは壇さんと同様に、僕の数少ない友人の一人となっていた。
とは言うものの相変わらず他の生徒たちからは、厳しいご批判を頂く毎日が続いている。
だが変わり者というのは何処にでもいるものだ。
なんとこの僕にファンクラブなるものが作られたのである。
それは江戸時代に隠れキリシタンが密かに信仰するかのごとく、ひっそりと活動を行っていた。
何故なら浩志ファンクラブの会員=即いじめ、という図式が出来上がっているため、大っぴらに活動は出来ないのである。
よって会員数などの情報は一切こちらにおりてこない。
挙句の果てには僕の顔写真で、踏絵を行い異教徒探しを行う始末だ。
この愚行には流石に心の広い僕でも、いささか苛つきを隠せないでいた。
ハッキリ言ってこれなら、ファンクラブなど無いほうがマシである。
人の気持ちが分らないヤツは風邪ひけ、そして死ねっ!
僕は心の中でそう叫ぶと、電車に揺られながら静かに溜め息を漏らした。
教室に到着すると僕の席には小さな人だかりが出来ていた。
何事かと思いながら近づいて行くと、見慣れたクソッタレの姿が目に飛び込んでくる。
この野郎、どの面下げて……。
「おお、ヒロっ! 元気だったか?」
「どけ、アホ幹」
僕は前田幹大に鋭い視線を向けた。
艶やかな栗色の髪とネコ科のような可愛らしい瞳――。
中性的なその見た目は、即アイドルとしても通用しそうであった。
因みに野郎とは幼稚園時代からの腐れ縁であり、誠に不本意だが世間的にいうところの ”親友” というやつである。
「なんだよ、人がやっとの思いで退院してきたってのによお……っていうかお前なんで一度も見舞いに来ねえんだよ」
「お前は人として最低だ。そんな野郎を見舞うなんていう愚行を、この僕がすると思うか?」
因みに幹大は徹男と入れ違いに、2週間ほど入院生活を送っていた。
右腕と肋骨の骨折。全治3週間の大怪我だった。
大怪我の原因――。
野郎は可愛い彼女さんがいるにも関わらず、浮気を何度も繰り返した。
怒り狂った彼女さんはホームセンターで金属バット購入すると、一目散に幹大の自宅へと歩みを進めたらしい。
その後はご想像通り殴打による殴打が繰り返され、程なくして浮気野郎は救急車で搬送された。
「相変わらず手厳しいなあ。まだ怒ってんのかよ」
「当たり前だ。この人間のクズが」
入院中の野郎はこともあろうか彼女さんのフォローを、僕に丸投げしてきた。
その内容は被害届は出さない代わりに今後は二度と自分に近付くな、という男として最低なものだった。
そしてその最低な申し入れを直接告げに行ったのは、なにを隠そうこの僕である。
当然のことながら、僕の左頬にはクッキリと手形の痣が残った。
「悪かったって……この通り」
幹大は仰々しく頭を下げてきた。
このクズ野郎のせいで、なんど煮え湯を飲まされてきたことか……。
そう簡単に許せるはずがねえっ!
「放課後の飲み食い1週間――これでどうだ?」
「ふざけるな、そんなことで僕の心の傷は癒えない」
「じゃあ、二週間っ! これでどうだ?」
「よし、いいだろう」
幹大はゆっくりと顔を上げると、微笑みながら握手を求めてきた。
断っとくが、これはなにも食べ物に釣られたわけではない。
人とは許すことの出来る生物だ、ということを身を持って証明したかっただけだ。
僕はやつの手を力強くにぎると、清々しい微笑みを浮かべた。
「よくぞ戻ってきたな、親友よ」
「ありがとう、我が心の友よ……それよりさっきから気になってることが、一つあんだけど」
「気になってること? 一体なんだ」
「お前の背中にしがみ付いている、その可愛らしい物体は一体なんだ?」
「ああ、これか? こいつはお前がアホ面で入院している間に転校してきた、ミスター・テツオ・クロヤナギだ」
「ミスター?」
「徹男、ご挨拶しなさい」
「ヒーちゃん専属奴隷の黒柳徹男だよー。よろしくねークズ幹っ!」
徹男は僕の背中におぶさりながら幹大に微笑みを向けた。
それにしてもクズ幹とは、言い得て妙である。今度から僕も使わせてもらうことにしよう。
「あ、あのさあ……徹男って、もしかして?」
「ああ、その通りだ。よって現在お前が抱いているであろうエロい下心は無駄、ということだ。分ったか? クズ幹」
「……俺はべつにエロい下心なんて抱いてねえよ」
「ウソを吐け、これでも10年以上一緒にいるんだ。顔をみれば大体のことは分る。それに――」
「朝からなに揉めてるのよ」
聞きなれた綺麗な美声――。
振り返ると僕の心のオアシスである、壇さんが微笑みながら佇んでいた。
いつもながら彼女は朝一でも完璧な美少女っぷりである。
そんな中、幹太の瞳がきらりと光るのを僕は見逃さなかった。
「久しぶり、美鈴ちゃん。相変わらず可愛いね」
「ありがとう、それと
「流石に今回は命の危険を感じたよ」
「なら浮気癖を直したら?」
「美鈴ちゃんが付き合ってくれたら直るかもね」
「ごめん、それ無理。だって私はこの人のものだもん」
壇さんはそういって僕の腕に絡みついてきた。
すると周りの男子生徒たちの表情が一気に険しくなる。
因みに徹男は僕が女性から、過度なスキンシップをされることを極端に嫌う。
だがなぜか壇さんだけは特別にそれを容認されていた。
「……ウ、ウソだろ?」
「ホントよ。もうキスも済ませたし、ねえ?」
「はあ……」
また、ややこしいことを……。
壇さんの問いかけに僕は曖昧に頷いた。
「なによっ、その気のない返事はっ!」
「……す、すんません」
「はーい、みんな席についてー」
丁度のその時だった、教室の入り口から担任の海老名が姿を現した。
ナイスタイミングっ、三十路っ! 心の中でガッツポーズ。
すると幹大は僕の席から腰を上げると、ニヤけた顔を向けてきた。
「後でゆっくりと聞かせろよ」
野郎はそう言って僕の肩を小突くと、まんざらでもない表情で自分の席へと戻って行った。
この分だと昼休みは野郎からの事情聴取になりそうだな。
ったく面倒くさいこと山の如しだ……。
それもこれもすべてはこの美少女のせいだ。
「これ以上事態をややこしくしてどうするんだ?」
「別にややこしくした覚えはないわよ」
僕の問いかけに壇さんは悪戯っぽく小首を傾げた。
相変わらず小悪魔っぷりが全開である。
だがここは今後のこともあるので、引き下がるわけにはいかない。
というわけで、僕は偉大なるYESマンに頼ることにした。
「徹男、ややこしくなったよな?」
「うん、超ややこしくなった」
徹男は人間椅子に腰を下ろしながら僕の胸に顔を埋める。
そしていささか汗ばんだ
男の娘とはいえ、自分いささか照れます。
「ほらみろ、徹男はこう言ってるぞ?」
「徹っちゃんは貴方のYESマンなんだから、そりゃ首を縦に振るでしょうよ」
「僕はコイツほど公平なヤツを見たことがない。そうだろ、徹男?」
「うん、ヒーちゃんの言う通りっ!」
徹男は微笑みながら僕の頬を両手でスリスリしてくる。
因みにヤツの掌はスベスベでとても気持ちがいい。
例えて言うなら最上級の絹のようだ……。
男の娘とはいえ、自分こころもち照れます。
「なによっ! そんなに私と付き合ってるって思われるのが迷惑なわけ?」
「そうは言ってないだろ。だけど現実には――」
「ヒーちゃん、喧嘩はメッ!」
徹男はそう言って僕の耳たぶを弄ぶ。
そしてロリ系男の娘にはあるまじき妖艶な表情を浮べながら、優しく吐息を吹きかけてきた。
「ああ……耳は感じちゃうからヤメテね、っていつも言ってんだろうがっ!」
僕のあられもない怒号が教室中に響き渡った。
その後、ホームルームが終わると同時に僕は担任の海老名みどりに腕を引かれながら、生徒指導室に連行されたのは言うまでもない。
因みに生徒指導室でのやり取りはこうだ。
「言いたくなければ答えなくていいんだけど……」
「なんですか?」
「黒柳君のことなんだけどね……貴方たちって、そのなんていうか――」
「肉体関係の有無ですか?」
「……こ、これまた随分とハッキリ言うわね」
海老名はハンカチで汗を拭った。確かにこの貧乳の担任が疑うのも無理はない。
僕と徹男の日々の様子を見ていれば普通の神経の人間なら、当然浮かんでくる疑問である。
だがこのようなプライベートなことを詮索されるのは、どうにも納得がいかない。
ゲスの勘繰り、昔からこのような人の覗き見感覚が大嫌いだった。
だから僕はいつものように得意技で応戦するのだ。
「勿論、ヤッてますよ」
「ええっ!!!」
「ほぼ毎日のようにね」
「ほ、ほぼ毎日のようにっ!!!」
「ええ、因みに徹男が
「マ、マジでっ!!!」
この担任は一体何をそんなに興奮してるんだ?
ははーん……
よしっ、そういうことならもう少しサービスしてやろう。
「あんな可愛らしい顔してアイツ結構責めてくるんですよ。グイグイってね」
「えっ! グイグイって?」
「そう、高速で」
「えっ! 高速で? あっ、ヤバっ鼻血が……」
余程興奮したのか海老名は両の鼻から大量の血液を放出させた。
こころ優しい僕は彼女にポケットティッシュを手渡す。
程なくして
「先生! お願いです、内緒にして……」
海老名の両手を握りながら、涙目で懇願す僕――。
すると薔薇好き女教師、真剣な眼差しを向けてきた。
「安心して、佐藤君。私、絶対に誰にも言わない」
「あ、ありがとう、先生……」
貧乳三十路の胸に顔を埋めながら、僕は涙ながらに呟いた。
っていうか、普通騙されるか? と心の中でそうほくそ笑みながら。
「そりゃ災難だったな」
「ああ、最悪だ」
場所は昼休みの屋上――。
僕は手すりに体を預けながらここ2週間、自身に降りかかった厄災の数々を隣のバカに説明していた。
野郎はそれを神妙な面持ちで聞いていたが、内心は”ざまあみさらせ”とでも思っているに違いない。
でもまあ、今まで愚痴を溢す相手すらいなかったので、その点だけは喜ばしいことだ。
僕がそんなことをあれこれ考えていると ”す、すみません” という蚊の鳴くような声が鼓膜に届いてきた。
僕と幹大が同時に振り返るとそこには、黒縁メガネにもっさいお下げ髪の”ザ・地味女”が一人佇んでいた。
制服から察するにどうやら中等部の生徒のようだ。
よく見ると彼女の手にはレター封筒が握られている。
恐らくそれはラブレターであり、そして意中のお相手はモテモテのアホ幹大であろう。
「あ、あのうこれ読んでくださいっ!」
「あっ、ちょっとっ!」
地味女は幹大にラブレターを手渡すと返事も待たずに、全力疾走でその場から去って行った。
その走りっぷりは陸上選手も顔負けであり、地味な見た目とは裏腹にとてもアグレッシブなものであった。
あのてのタイプが急に豹変して、ストーカー殺人とか起こすんだろうなあ……。
僕は身震いしながら親友に哀れな眼差しを向けた。
ヤツも恐らく同じようなことを考えていたようで、珍しく顔を引きつらせている。
暫く無言が続くと幹大は意を決したようにラブレターを読み始めた。
そしてすぐにニヤケ顔を浮かべると、僕にその手紙を手渡してきた。
拝啓 時下ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
この度は突然のお手紙、誠に申し訳ありません。
ですが如何してもお伝えしたい事がありましたので、失礼ながら筆をとらせて頂きました。
単調直入に申しますと、私は浩志様の大ファンなのです。
神と言っても過言ではありません。
現段階ではその事実を隠し陰ながら応援させて頂いておりますが、いつかは公に宣言したいと思っております。
もう一度言います、私は浩志様を心の底から――
途中で読む気が失せた。この文面、明らかにイターい妄想女子だ。
これはまずいぞ……数か月後、ストーカー行為のすえ、包丁を握りしめたザ・地味女が僕を追いかけ回す姿が脳裏に過った。
「悪い事は続くもんだな……心の底から同情するよ」
心ない親友の言葉……僕はゆっくりと空を見上げた。
綺麗な晴天だなあ。ああ、鳥になって自由に飛び回りたい……。
佐藤浩志、16歳……この時、心の底からそう思いました。
放課後は久しぶりに親友と街中をぶらつきながら、時間を忘れてくだらない会話で盛り上がった。
自宅に戻った頃にはちょうど夕飯時になっていた。
何故か今日の食卓は”質素こそ命”の佐藤家にしてはとても豪華であった。
そして一番気になったのは中央に置かれた山盛りの赤飯である。
「ババア、この赤飯はなんだ?」
「お祝いよ」
「妹に遅い生理でもきたか? それとも貴様のが上がった祝いか?」
言うまでもないが、この後の記憶は翌朝になるまで一切なかった
学習能力のない僕はまたまた懲りもせずに、余計な暴言を吐いた。
そして当然のことながら愚母はいつものように、強烈な左フックを放つ――。
それは狙いすましたようにテンプルに命中して、程なくして僕は気を失った。
因みに昨晩の豪華な夕食は ”祝・浩志ファンクラブ設立” のお祝いだったそうだ。
愚妹の話によると、ババアはまるで自分のことのように喜んでいたという。
いつもながら、やつは単純単細胞だ。
ったく祝いなんて誰も頼んでねえっつうの……。
僕は軽く微笑むと、愚母お手製の不味い手料理をつつきにリビングへと向かった。