なんと変な所で終わっていますが、どうかご容赦下さい。
「なんでか聞いてもいいですか?」
明確な拒絶、全く彼女達のことを考慮せずに出した結論は、やはりというべきか直ぐには納得してくれなかったらしい。
恐らく高海さんが大声を出すと思ったのか、彼女が騒ぎ出す前に渡辺さんが俺の真意を確かめに来た。
「えぇ、構いませんよ。ただ……」
別に理由を聞かれた所で困らない(全て正直に話すとは言っていない)と、彼女の質問に快諾するが、一度目を瞑るようにして机の上の時計を確認すると、
「……もう直ぐ授業なので、放課後にでもまたここに来てください。待っていますので」
無意味に間を置いて、もったいぶってからの引き伸ばしを行った。
このことに本当に意味なんて無く、しいて言えば勤務態度の問題で、なるべく授業時間は守りたかったのだ。
「はぁ。わかりました。じゃあ放課後にまた来ます」
いくよ、千歌ちゃんと言って、襟首掴んで引っ張っていく姿は、なんとなくドナドナを思い浮かべさせられる。うん、実に失礼なことだ。
さて、受講者を授業するという名目で追い払った以上、このままここで眠ってしまう訳にはいかない。
どのみち、先程のやり取りで既に目が冴えてしまっている。これ以上ここにいても眠ることなんて出来そうにない。
「くぁ……」
少し訂正、寝ようと思えば眠れそうだ。
大きなあくびと共に出てきた涙を拭いつつ、授業の用意や出席簿を持って立ち上がると、そのまま音楽室へと向かって行った。
◆◆◆
取り付く島もないとはこういうことを言うのか。
生徒会長には部活設立を拒否され、東京からの転入生、桜内梨子さんからは勧誘を拒否、顧問になってもらおうと朝からお願いしに行った天草先生に至っては、顧問になってくださいと言う前に拒否された。
拒否、拒否、拒否の三重苦に、お昼ごはんを食べる千歌ちゃんはぷりぷりと天草先生に向けて怒りをぶつけている。
「もうちょっとさ、言い方とかあるじゃん!なんでよりによってアイドル部の顧問だったらお断りします、なんて言うのさ」
千歌ちゃんのいうことも分からないではないが、なんとなくこの子を見ていると、苦笑いが浮かんできてしまう。
他の先生に頼むしか無いのか、とも思いつつ、現状やこれからの事を考えると、恐らく天草先生は巻き込んでおいた方がいいのだと思う。
聞いた話によると、桜内さんはどうやら作曲が出来るらしい。しかし、その彼女は一緒にスクールアイドルをやってくれないときた。
やっぱり彼女にも一緒にスクールアイドルをやってほしいとは思うが、現状優先すべきは顧問の確保だと考える。
私が水泳部と掛け持ちでアイドル部を作ろうとしているように、他に部活をやっていることでも、もしかしたら掛け持ちで入ってくれる可能性はある。
しかし、顧問の掛け持ちは基本的に無理だと思っている。あっちもこっちもだと、先生が大変だろうから。
だからもしも別の誰かが、別の部活を作るとなった時、天草先生に話を持ちかけられると先生を持っていかれる可能性があるのだ。
現状、私か千歌ちゃんがのどちらかが作曲をしなければならないが、二人共そんな知識も、経験もない。そもそも、楽器なんて小学校でやっていたリコーダーくらいだ。
現在勧誘中の桜内さんも作曲は出来るとのことだが、ピアノの演奏をしている事もあり、あまり負担はかけられない。
しかし、音楽の先生である天草先生であれば、今まで作曲をしてこなくとも、私達に比べて知識がある。ピアノも弾けるし、ギターも弾ける。授業でやっていたし。
だから天草先生には顧問兼作曲家になってほしい。後は、貴重な男の人の意見という意味でも。
けれども、唯の予感でしか無いが、先生こそが一番の強敵の様な気がしてならない。味方に引き入れようとしているのに敵とはこれ如何に。
「まぁまぁ、先生だって、今日の放課後に理由を話してくれるっていってたじゃん」
「そうだけどさ~」
しかし、こうも拒否続きだと気が参ってしまうのか、千歌ちゃんはどうにも煮え切らない様子だ。
繰り返しになるけど、千歌ちゃんの言い分もわからないわけではない。
大人の男の人、それも先生なんだから、生徒の背中を押すくらいしてくれてもいいのに、だとか、思わないでもない。
「「ごちそうさまでした」」
一先ず、こうして考えていてもどうにもならないのであれば、一度考えるのをやめよう。
お昼ごはんも食べ終わったし、それにまだ時間もある。ならば、練習あるのみだ。
それからお昼の練習、午後の授業と時間は過ぎ去り、いよいよ先生のところへ赴く時がやってきた。
私も千歌ちゃんも気合は十分、といっても、振られた、もとい断られた理由を聞くだけなんだが。
「失礼しま~す」
少し呼吸を整えてから扉を叩こうとしたが、その前に千歌ちゃんが扉を開いてしまい、そのままズカズカと踏み込んでいってしまった。
千歌ちゃんこの行動力というか胆力は凄いものだと思うが、もう少し私のことも考えて欲しかったな、なんて内心苦笑いを浮かべつつ、先生のもとへと歩いて行く。
「天草せんせ~」
音楽準備室へ、声をかけながら入って行くも、部屋の主の返事が返ってこない。一体どういうことだろうかと思いつつ、今朝の先生が居た辺りまで辿り着くと、そこには机の上に突っ伏して眠る先生の姿があった。
そういえば、今朝会った時もどことなく眠たいように見えたが、気の所為では無かったのだろう。
「寝ちゃってるね」
私が一言呟くと、千歌ちゃんはおもいっきり息を吸い始めた。きっと先生の耳元で大声を出すのだろう。
これは不味いと思い、とっさに千歌ちゃんの口を塞いで、大声を出すのを防ぐ。流石に、寝ているところに耳元で騒がれるのは自粛すべきだ。
「千歌ちゃん、それはやっちゃ駄目だよ」
「じ、冗談だよぉ」
目線を泳がせながら冗談などと嘯く千歌ちゃんをみて、やっぱり止めたのは間違っていなかったと思い、胸を撫で下ろす。
朝の時点で断られたとは言え、こちらが頼みごとをしている立場なのだから、今千歌ちゃんがやろうとしたことは絶対にやってはいけない。最悪の場合、頼み込むことすら許してもらえない可能性があるからだ。
「天草先生、天草先生!」
ここは無難に、普通に、肩を揺らしながら声をかける。
横になるのならばともかく、今の先生の姿勢は辛いはずだ、ならばこの程度でも直ぐに起きるだろう。
「んっ……」
そして、ゆっくり、のっそりではあるが身体を起こし、こちらの方へ視線を向けた。
「……うん、あれだね」
寝起きは良い方なのか、私達を見て直ぐに要件を思い出したらしい。
さて、どんな理由が聞けるのかと思っていると、
「女子高生に起こされるって言うシチュエーションも、なかなか乙なものだね。美少女ってのがこれまたGood!」
どうやら寝ぼけてはいないが、呆けてはいるらしい。
美少女と言われて悪い気はしないが、如何せん天草先生だ。異性として魅力的に感じない人に褒められても、照れるなんてことはないらしい。
もっとも、千歌ちゃんは「やだ~もう」なんて言って体をくねくねとさせているが。
「さて、私が顧問を引き受けない理由、ですよね?」
私が千歌ちゃんに呆れていると、突然先生の方から話を切り出した。
流れを持って行かれた事に不安を覚えるも、そもそも不利なのはこちらなのだから、今更どうってことはないだろう。
「理由は幾つかあるのですが……それはそうと、渡辺さん、運動部でしたよね。だからかな、スカートから覗く、白い引き締まった脚がとても綺麗ですね」
「なっ、セクハラですよ!」
いよいよ理由がと思ったが、まさかのセクハラだった。
この教師はあろうことか、私の脚をいやらしい目で見ていたらしい。
スカートの手で掴み脚を隠そうとするも、普段から短いのが祟り、あまり効果はなかった。ついでに、キッと睨みつけておく。
「そうそれ、それが一つ目の理由です」
「ん……?」
いきなりそれと言われて、理解できなかったのはどうやら私だけではないらしい。千歌ちゃんが頭をひねっていると、先生は言葉を続けた。
「言っておきますが、男性教師がスクールアイドルの顧問をするなんて、それ自体がセクハラみたいなものですよ?」
先程の突然のセクハラ――褒め言葉もあり、先生の言いたいことが分かった気がした。
脚が綺麗という褒め言葉など、今後そういった身体的特徴について言及する可能性が出てくるだろう。
例え褒めると言う行為だったとしても、先程私が不快感を感じたように、いずれ仲間になる子達が嫌がるかもしれない。
「せんせ、私は私は?」
先生の話を聞いていなかったのか、聞いたうえで理解できなかったのか、それとも聞いたうえで理解して、それでも褒められたいのか。
理由は分からないが、千歌ちゃんが突然私も褒めて欲しいと言い出した。
正直に言うと、先生が千歌ちゃんのどこを褒めるのかは気になったりする。
「高海さんは……うる……そうぞ……天真爛漫さが普段の言動によく表れており、見ているととても和やかな気持ちになりますね」
先生の言ったことを直訳すると、子供っぽさが愛らしいとのこと。
それ以前に、煩いとか騒々しいとか言いそうになっていたが、その辺りは先生としてどうなのだろうか。
もっとも、千歌ちゃんは喜んでいるしあまり追求せずともいいだろう。
「そして二つ目の理由ですが、所謂、音楽性の違いというものですね」
気を取り直し、別の理由について話し始めた。
音楽性の違いにより解散した、なんて話が浮かぶほど、とても重要なもの。
先生曰く、ヘヴィメタルだとかハードロック、それからパンクロックなんかが好きだとか。
加えて作曲は出来るが、主に激しい曲調が多く、可愛らしい曲は無理だとか。
「そして最後にもう一つ」
いよいよ最後の理由らしく、間を置き、勿体つける先生の雰囲気に、私も千歌ちゃんも息を呑む。
一体どんな理由が飛び出してくるというのだろうか。握った手が汗をかくことさえ気にならない。
「それはですね」
「「それは……」」
じれったいとは思うも、それを声に出して言うことはしない。いや、出来無かった。
今まで天草先生と言えば、授業時以外は気が抜けてる、だらけてる、不良教師、そんな碌でも無い印象を抱いていたのが、今はどうもそうは思えない。
まるで何か過去を悔やんでいるような、憂いを帯びた表情を見せているのだ。
「っ……ふぅ。サビ残をしたくないからです」
は?
あれだけ溜めておいて、いかにもな空気を作りつつ今までにない真面目な表情を作っておいて。
サービス残業がいやだから顧問を引き受けたくないと、そうおっしゃるのか。
「部活の顧問って、給料は出ないんです。そのくせ土日が潰される事もあるし」
そしてまた、あっけらかんと言い放つなんとも言えない言葉を、私は一度無視して考えをまとめる。
これならばまだ引き込める事が出来るのではないのか、と。
まず一つ目、先生が顧問をしたくないのは、セクハラと言われるのが嫌だから。
これに関しては、私達がおいおい慣れていけばいいだけの話。若しくは、先生に禁止事項を言い渡しておけば解決する。
お互いに不可侵領域を作っておくのだ。
次に二つ目、音楽性の違い。私達が先生に対して特に求めるのは、発声の指導、活動の後押しなど、直接的に音楽そのものに関わらなくても問題が無いはずだ。
歌そのものに関しては、なんとかお願いするしか無いが、発声に関して指導を求めるくらいならば構わないだろう。
最後の三つ目、先生にとって何かしら利となる事を提示できれば、サービス残業をしても良いと思わせられる事が出来るはず。
例えば、
・女子高生との触れ合い――何故か天草先生相手にはダメな気がした。
・金銭面――私達は学生で、相手は大人。端から勝負にならない。
・風評の改善――現時点で一番実現できそうな事だと思ったが、授業中の態度は真面目で、授業自体も面白い。あまり評判が悪い先生ではなかった。
あれ、詰んだ?
とっさに思いついた事はどれも良いものではなく、しいて言えば一番最初の女子高生との触れ合いくらいなもの。
私は別に、この先生のことを毛嫌いしているわけではないし、意外と気は合いそう――千歌ちゃんをいじるという意味で――ではあるため、特に抵抗はない。
先ほどのセクハラ発言も、あくまで顧問を断るためのものだし、もう気にしても居ない。
千歌ちゃんも先生に対して、嫌悪感を抱いている様子もないし、何より天草先生に顧問になってもらおうと言い出したのは千歌ちゃんだ。
ならば後は、この女子高生との交流という利を、どうにかプレゼンしなければならない。
「ねぇ、天草せんせ」
私が必死の思い出立てた作戦を煮詰めていると、千歌ちゃんが先生に問いかけた。
「さっき、何を言おうとしてたの?」
千歌ちゃんは一体何を言っているのか、ほんの数瞬だがわからなかった。
漸く行き着いたのは、先生がゴミクズの様な発言をする直前、息を呑み、そして吐いていた事。
特に気にしていなかったその動作も、千歌ちゃんにはどうやら何かが引っかかったらしい。
私はせいぜい、溜めすぎて息を吐きだしたのだと思っていたが。
「ふむ、バレてしまってはしかたがありませんね」
今度は一体何だというのだろうか、もう何を言われても驚かない自信は無いが、少なくとも貪欲に勝ちを拾いに行くだけの覚悟は出来た。
どんと来い。
「実は私……」
……それにしても、どんと来いとは言ったが、まさかの答えが返ってくるとは思わなかった。
曜ちゃんの可愛さは世界一ィィィイイイ!!