真剣でヤツらに恋しなさい! 強者たちの恋愛譚 作:佐治フジヒロ
その日は夏真っ盛りな日だった。全国各地で三十度を超える記録的な暑さになると気象予報士の姉ちゃんが言っていたがそんなことは気にせずに俺、
病院に入ると、息も絶え絶えになりながら受付に向かう。
「すい、ません……ッ、和泉、……
受付の姉ちゃんは俺のあまりにも見苦しい姿に目を白黒させていたが、少し間を置いて「四○五号室です」と教えてくれた。
「そうかい、ありがとなッ!」
受付を離れ走り出す。後ろから何か言われているような気がしたが耳に入ってこなかった。そんなことより、今は娘と孫のことだ。
壁の表記にしたがって階段に向かう。エレベーターに乗ろうかとも考えたが待っている時間すらも惜しい。
階段の上り口にたどり着くと息を整える。目指すは四階。娘と孫のもと。
動悸が落ち着いたことを確認すると、階段を一気に駆け上がる。
クソッタレ、なんたって四階なんかにしたんだ。こちとら、好い歳した爺さんだぞ。心の中で悪態をつく。
四階にたどり着く頃には、汗やらなにやらで身体中びしょ濡れになっていた。足元がおぼつかないが構わず病室へ向かう。病室を一つ一つ確認していき、ようやく目的の病室が見つかった。
扉を開けようとすると、疲労感のためかずっしりとした重さを感じる。それでも、なんとか扉を開けると、ベッドから上半身を起こして赤ん坊を抱いている女性とそれに付き添うようにして男性が立っていた。
扉が開く音で気がついたのか、女性がこちらに向けて笑いかける。
「あら、父さん。よく来たわね」
出産後の疲れを感じさせず、涼しげな表情を見せる娘の舞海。相変わらずタフな娘だった。
「ご無沙汰してます。お義父さん」
舞海の夫である吉成が恭しく頭を下げる。盛暑の中、スーツを着ているというのに、汗一つ掻いていなかった。
「おう。なんだ、けっこう元気そうじゃねえか!」
安心した俺は近くにあったパイプ椅子に遠慮なく体を預けた。ようやく一息つけられる。張り詰めていた緊張の糸が緩んだせいか、今頃になって汗がドッと垂れてくる。
「もう、汗びっしょりじゃない。そんなに急いで来ることなかったのに」
「馬鹿いうな、こちとら待望の孫が産まれんだぞ! そんな悠長にしてられっか!」
息も絶え絶えに俺が言うと、二人が顔を見合わせて苦笑する。
「それで? その子がそうなのか?」
「ええ、見て。元気そうな男の子でしょ」
舞海が赤ん坊の顔がよく見えるように俺に見せてくる。
「ほおー。なんとまあ、おとなしそうな顔をしてやがる。こりゃ、父親似だな。性格の方もそうだとありがたいんだがなぁ……」
「ちょっと、それどういう意味よ?」
「あん? そのまんまの意味だよ。お前みたいにがさつで馬鹿みたいに問題ばっかり起こすようなやつになったら大変だろうがよ」
「よーし、よく分かった。言いたいことはそんだけかジジイ。今すぐぶちのめしてやるからそこに直れ」
凄みを利かせた表情で物騒なことをぬかしてくる。ほんとに女か、こいつ。
「まあまあ、二人ともそのへんで」
「チッ、仕方ないわねッ!」
夫に窘められて怒気を静める舞海。
しかし、本当にうちの娘にはもったいないくらい出来た人だな吉成君は。昔から叱られることしかしてこなかったこいつに唯一褒められることといえば、和泉流剣術を継いでくれたことと、この出来た男性を捕まえたこと、あとは無事赤ん坊を産んだことくらいだろうな。
そんな他愛もないやり取りの中、騒がしいのが気に入らなかったのか舞海の腕の中で赤ん坊がぐずりだした。
「ああ、ごめんごめんッ! うるさかったね、おーよしよし」
舞海が慌てて赤ん坊をあやす。
「そうだ! お義父さん、よかったらこの子を抱いてやってはくれませんか?」
吉成が手を打って提案する。
「いいのかい?」
「もちろん、舞海もいいだろ?」
「うん。ほら、せっかく来てくれたんだから抱いてあげて」
そう言うと、赤ん坊をこちらに渡してくる。俺が言われるがままに赤ん坊を受け取った途端、収まったはずの緊張が再び押し寄せてくる。全身が強ばっているのが分かる。なにせ、赤ん坊を抱いたことなんて何十年も前のことだ。
「ちょっと落とさないでよー」
「馬鹿野郎! 縁起でもねえことぬかすなッ!」
舞海を怒鳴りつつ、落とさないように精一杯赤ん坊をあやす。
ふざけたことをぬかしやがって、こっちも余裕がねえんだっての。
そんな必死さが通じたのか、赤ん坊が楽しげな笑い声をあげながら喜んでくれた。
「おおッ!! 見ろッ! 笑ってるぞ! かわいいなあ。おい、よく見るとなかなかに男前じゃねえか、お前将来もてもてだぞー」
「うわー……、見事なくらいに爺馬鹿だー……」
「ははは、仕方ないさ。なにせ、初孫だもの」
そんなやり取りをしているときだった。わずかにだが俺は確かに感じ取った。この子のただならぬ気質を。並外れた闘気を。
なんだ今の感覚は……。まさか、この子が。 産まれながらにしてこの闘気、いずれは俺と同等――いや、俺すら超えるかもしれん。
「あの、お義父さん……? 大丈夫、ですか?」
吉成の声で我に返った。余りの出来事に放心していたようだ。
「大丈夫? 暑さでやられたんじゃないでしょうね?」
「うるせえ、平気だ平気!! 少し考え事してただけだ」
ごまかしてはいるが、内心では未だに驚愕していた。まさか、自分の孫がこんな桁外れな可能性を秘めていたことにだ。ひょっとすると、和泉流剣術創始以来、最強の剣士が生まれるかもしれない。
そう思うと、思わず気持ちが高揚してくる。
「名前は?」
「へ?」
「だから、この子の名前はもう決まってるのかって」
「ああ、そういうことね」
舞海は鼻高々といった表情を見せる。
「もちろん決まってるわ」
「ほう、それで? なんて名にしたんだ?」
すると、舞海はもったいぶるようにいくらか間をおいて、口を開く。
「私の名前から一字取って海斗。
「和泉海斗か……。悪くない、悪くないな」
「でしょ?」
赤ん坊の顔を覗きこむ。疲れてしまったのか、よく眠っていた。こいつはきっと数奇な人生を送ることになるな。
そんな漠然とした予感ではあったが、俺はそう思わざるを得なかった。