安藤物語   作:てんぞー

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Episode 1
Blue Sky Blue - 1


 授業の終わりを告げるベルが鳴り響くのと同時に、デスクの下に押し込んでいたショルダーバッグを取り出し、そこに急いでノート等を押し込んで行く。少しだけ形が歪んでいる気もするが、そこら辺は気にしない事とする。そのままバッグを肩に背負い、教室から出る為に席から立ち上がろうとする。

 

「おーい、明人(アキト)氏!」

 

「ん?」

 

 教室を出ようとしたところで名前を呼ばれた。振り返れば、後ろの席で立ちあがる男の姿が見えた。自分と同じ、大学の友人である西田だ―――若干オタク趣味があって口数が多い為嫌厭されがちだが、付き合ってみると悪くはない奴だ。西田はわざとらしくメガネをワンアクション淹れてクイ、と持ち上げると此方をポーズを決めながら指差してくる。

 

「お前、最近付き合いが悪いな―――彼女か!? 姫サーにでも引っかかった!? それともアレか、俺で内緒でなんか楽しい事をやっているな? んン? 解るぞ……その急ぎ方は何かを楽しみにしている時の急ぎ方だからなぁ!」

 

「バイトだよ、バイト! 馬ー鹿。まぁ、楽しい事に間違いはないんだけどな」

 

「えー、最近、明人氏付き合い悪くない? PSO2でも一緒に遊ばないというか」

 

「あー……」

 

 確かにバイトが楽しすぎてそちらの方を完全に投げっぱなしだったなぁ、と思ってしまった。とはいえ、流石に友人を放置しすぎるのも悪いか、と結論付ける。そこまで考えた所でそうだなぁ、と呟き、良い事を考え付いた―――どうせバイト先でもやる事はPSO2なのだから、一緒に遊んでしまえばいいのではないだろうか? それを思いつき、小さく笑い声を零す。西田が不振がって首を傾げるが、気にする事無く、

 

「んじゃあ四時からイン出来る?」

 

「余裕のよっちゃんすなぁ!」

 

「表現がクッソ古いなぁ……何年前のネタだよそれ……」

 

「んん……しかし二人揃ったのなら久しぶりにTA(タイムアタック)でも回せそうっすな!」

 

「せやの……まぁ、俺は行くから」

 

「おぉ、そうだった。四時な!」

 

 西田が手を振ってくるのを軽く無視しながらデスクを飛び越え、そのまま教室を飛び出す。目指す場所は大学の外へ―――自転車で通学できる距離に住んでいる場所がある為、さっさと駐輪場で自転車を回収し、そのまま全力でペダルを漕いで家へと向かう。道中、他の人にぶつからない様に気を使いながらなるべく全力で自転車の車輪を走らせ、

 

 見慣れた道路を駆け抜ければ十分ほどで住んでいるアパートへと帰宅する。駐輪場に軽いシュートを決める様に自転車から飛び降りて自転車を隙間に捻じ込み、ポケットからキーホルダーの付いた鍵を抜く。自転車がどうなったのかも確認せず、そのままアパート内の階段を駆け上がって行く。エレベーターはあるのはあるのだが、それよりも疲れるが階段をダッシュで駆け上がった方が遥かに速いのだ。だからそうやって階段をダッシュで駆け上がり、三階の自分の部屋の扉を一気に開けて中に入る。

 

 大学の紹介で今、一人暮らしをしているアパートメントだ。部屋はそんなに大きくはない。ダイニングもキッチンもない、男のワンルーム。ただ快適になる様にソファやテレビ、冷蔵庫は運び入れてある。

 

 靴を脱いで部屋に上がり、靴下を脱ぎ捨てて、ショルダーバッグをソファの上に投げ捨てる。ベッドの横へと視線を向ければ大型のデスクにデスクトップPCが設置されてある―――不思議と、そのPCにはルーターなどへとつながるケーブルが存在しない。それに一切気にする事無くマウスを軽く動かし、スリープモードから復帰させながら洗面所へと戻って手を洗う。

 

 それが終わったところでPCの前へと戻る。

 

「さて、さて、バイトをし始めますかねー」

 

 ワイヤレスマウスを動かし、クリックするのはデスクトップに表示されるPSO2のアイコンだ。どうやら修正かアップデートがあったらしく、ランチャーが表示されてからはゲームのアップデートを開始している。ただその受信速度はありえない程に凄まじく、ランチャーのダウンロード表示が出た瞬間には終了していた。それを見てやはり、驚く。

 

「流石()()()()()()様だな……」

 

 アルバイトの内容を思い出し、思わず笑みがこぼれる。エーテル通信、それがこの超高速で通信をPCが行っている正体だった。PSO2のランチャーからゲームにスタート画面へとOPを眺めつつ、進める。なんでもこの世の中には、この世界、地球にはエーテルとかいう粒子が存在するらしい。らしい、とはまだ完全に判明した事ではなく、その研究中だからだ。ともあれ、その研究にかかわっている知り合いがいるおかげで自分は今、こんなボロいバイトが出来る。

 

 エーテルを利用した高速通信、エーテル通信。そのテストをPSO2というゲームを遊びながら行えばいい。バイトの内容はそれだけだった。だがそんなクソの様に軽いバイトの内容と比べ、エーテル通信の恩恵は桁違いだった。ログイン画面でシップを選び、そしてキャラクター選択画面へと移る。そこには明菜(アキナ)と名前の表示された、女のキャラクターが存在している。ENTERを押し込み、選択する前に、

 

 部屋の入口、玄関を、そして窓を確かめる。どれも開いていないし、外からは見えない様になっている―――これで良し、と小さく呟き、キャラの選択を完了する。ゲームスクリーンが青と白の電子の海を泳ぐ様なロード画面へと変更する。

 

 それと同時に世界は一変する。

 

 視界を光が満たしたと思った瞬間、見える光景が一期に変化する。

 

 ―――先ほどまでスクリーンに映るだけの光景が、目の前には広がっていた。

 

 まるで体を失ったかのような浮遊感。その中で電子のトンネルを抜けて行く様な感覚を味わっていた。言葉ではとても言い表せない、そんな不思議な感覚だ。だがそれも長くは続かない。語るなら大よそ五秒程だけ、たったそれだけの時間。それが終わると肉体の重みが帰ってくる。足に感覚が戻り、そして立っている、という肉体の感覚が生まれて来る。

 

 閉じている目をゆっくりと開けば、先ほどまではPCのスクリーンを捉えていた視界が、別の光景を捉える。それは先ほどまでのアパートのワンルームとは違う、広い光景だった。若干暗いのは照明が足りないからではなく、すぐ傍に見えるガラス張りの窓、或いは壁ともいえる物の向こう側に見える光景がそこにあるからだ。正面にがゲート、その左右のガラスの向こう側に見えるのは、

 

 ―――宇宙だ。

 

 星が輝き、そして鋼鉄の船を浮かべ、ひたすら闇を無限に見せる漆黒の宇宙の姿がそこには広がっていた。当たり前だがそこは東京に存在するアパートではない。そもそも地球という星ですらなかった。周りへと視線を向ければSFチックな光景が広がっており、妙にメカメカしいロビーの姿が見える他、機械的な武器を背中に担いだり、誰もいない所を登ったり、踊ったりしている人達の姿が見える。その人たちも美少女が多かったり、明らかに異常なサイズのデブがいたりで、誰もかれもが恰好が実にユニークになっている。

 

 右手を持ち上げて指を動かして拳を握り、同じ動作を左手で繰り返し、指の先まで触覚が通っているのを確かめ、

 

「―――良し」

 

 感触を確かめて漏れる声はもっと高い、男の声ではなく、女の声だった。視線を下へと向ければ胸の盛り上がりが見え、体をくねらせれば足元が見える。磨かれた鉄の床に自分の姿が反射して映し出され、生まれて二十年以上慣れ親しんできた姿とは全く違う、別人の()()姿()がそこには映って見えた。だがそれで問題はなかった。()()()()()()()()なのだから。

 

「ほんと、新技術様々だよな……」

 

 エーテル通信。その超高速回線を通した本命はこのオンラインゲーム、PSO2をフルダイブ―――ゲームの中そのものへと入り込んで遊ぶことが出来る、という事にあった。ただこれは誰にでも出来る事ではないらしく、バイトを持ってきた人物曰く才能、そして資格が必要との事だった。ただ自分には才能が、資格があったらしい。その為、このエーテル通信のテスター、みたいなバイトを紹介された。

 

 正直どうして、とか色々あるが―――遊んでいるだけでお金がもらえるのだから、そういう疑問はどうでもよかった。お金が色々と入用に大学生活で、遊んでお金がもらえるという状況はまさに神の恵みに等しいものだった。そういう事もあり、今は純粋に楽しむ事だけを目的としていた。正直エーテル粒子、通信、その詳しい事を説明されても自分の専門外なので全く意味が解らないのだから。

 

 自分にとって重要なのはVRMMO環境でプレイできる、という事だった。

 

 ―――そうだった。四時から西田と遊ぶ予定だったな。

 

 ゲーム内へとログインした以上、言葉を口から吐けばそれはチャットのログに乗る。不用意な発言はログが残って面倒になるから少しだけ独り言には気を付けつつ、時間を確認する。一直線に帰って来てログインした以上、時間はまだ割と余っていた。少なくとも三十分は余裕で遊べるだけの時間があった。こうなってくるとTA―――つまりはタイムアタッククエストを軽く一人で走ってくるだけの余裕はあるのだが、西田の発言を思い返す限り、一緒にやりたいという事なのだろう。先に終わらすのも可哀想だ。となると適当に四時まで時間を潰すのが賢明だろう。

 

 幸い、時間を潰す手段には事欠かない。

 

 ロビーの端へと視線を向ければビジフォンと呼ばれる端末が設置されている。その横には倉庫用の端末も設置されている。このゲーム、PSO2は基本的にMMORPGのジャンルに入る。ただ多くあるMMOの中でもキャラのクリエイトが非常に凝っており、キャラの動きも非常に多く、他のMMOと比べるとハッキリ言って次元が違うとも表現が出来る。

 

 無論、キャラの表現の方法はクリエイトだけではなくファッションにもある。ビジフォンを使えばプレイヤーが出品している他のアイテム、たとえば武器や服装などを購入することが出来るし、その横の倉庫端末を確認すればなんだかすごい技術で保存されている自分の装備品などを取り出す事が可能となる。

 

 ―――そこらへん、設定色々とあるらしいけどあんまり興味ないんだよなぁ……。

 

 自分にとってPSO2は楽しいゲームだ。特にエーテル通信によってフルダイブが可能になってからは更に楽しいゲームになってしまった。おかげで色々と目覚める物があったのは否定できない。

 

 たとえば美少女になったから似合う服装を着て楽しむとか。

 

 武器を振るったり技を使ったり飛んだりで本来は出来ないアクションを体験するとか。

 

 様々なフィールドへ降りて地球では絶対見る事の出来ない景色を見るとか。

 

 スクリーンで見ていたことを自分の体で体験する―――それはまるで、じゃなくて本当に別の人間になったかのような感覚だった。だからそれに合わせて、深く考える事は止めている―――ゲームなのだから、ロールプレイぐらい当然だろう、と。余り深く考えようとすると頭がパンクしそうになるし、結局のところはゲームだ、深く考える物でもないだろう。楽しめばいいのだ、楽しめば。

 

 とりあえずビジフォンのマイショップで他人の販売しているアイテムを確認する事が出来る―――今着ているポップスコアも2M(200万)でマイショップ経由で購入したものだ、TAをすればそこそこお金は溜まる。装備は現在実装されている装備の中では最高ランクの星13はほとんどないが、最大強化された☆10、11がある為、ユニット(防具)を含めてそこまでは興味はない。となるとファッションやアクセサリー、ある意味装備よりも金のかかる所が気になってくる。

 

「四時市街地緊急野良募集中ー! カウンターからー!」

 

「いれてくださーい!」

 

「おねー」

 

「四時緊急か……」

 

 聞こえてきた会話に思わず言葉を零してしまい、少しだけ恥ずかしく思い、歩を進めてビジフォンの前まで移動する。緊急―――つまりは緊急クエスト、緊急ミッションだ。公式のウェブサイトを見れば突発ではない限り、スケジュールされた緊急を確認する事が出来る。ただ自分の場合、面倒なのでそこらへんあんまりチェックせず、最近は動くのが楽しくて自由にやっている。

 

 が、四時緊急……西田が早めにログインするようだったら一緒にやるのも悪くはない。ガチ勢ならレアドロがクソだから放置してUL(アルティメット)に籠るだろうが、実際に体を動かしてプレイできるようになってからは効率とかは割とどうでもよくなった。

 

 この技術がもっと広まって、正式なものになればいいと思う。そうすればガチとか効率とか、自分の様に割とどうでもよくなると思う。せっかくのゲームなのだから、楽しまなくては損、そうではないだろうか。

 

 まぁ、どうでもいいことだ。

 

 自分はバレたり晒されたりしない事に注意しつつ全力でバイトと言う名の遊びを堪能すればいいのだ。ビジフォンに触れれば、操作方法は既に何度も試しているのだから、すぐにわかる。出現するホロウィンドウに触れて、それをタッチしながら操作する。

 

―――見つけた―――

 

「……?」

 

 呼ばれた気がし、振り返る。が、自分へと向けられた言葉は見つからず、ログにも何も残ってはいない。気のせいだと判断し、ビジフォンへと向き直る。やはり髪型やボイス系はアホの様に値段がインフレしているなぁ、なんて事を考えながら、時間を潰した。




 という訳で久しぶりににEsの方を遊んだので息抜きにこんなものを。現在は☆13が確定で手に入る様になって色々と緩和されてきましたなー、野良のハードルも大分下がった感じだ。てんぞーも割と楽しんでます。エーテルとかの話を聞けば大体何時頃かなぁ、とか話は分かってくるかと思いますが、作内実装状況はEP3中盤な感覚で。

 PSO2、地味に好きなんだよなぁ、キャラクリが楽しくて楽しくて。

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