安藤物語   作:てんぞー

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In To Blackness - 6

 ―――勢い良く扉を開ける。

 

 滑り込むように扉の向こう側へと入り込み、そして大きく腕を広げる。

 

「いらっしゃいませ―――違うな……おかえりなさいませぇ―――こりゃあメイド風だな……クッソ……ここはまるで芸が出来ない芸人の様に普通におかえりとしか言うことが出来ないのかよ……クソ……クソ……」

 

「そこまで芸に拘る必要があるのかな……?」

 

 脱力して腕をぷらーんと降ろしていると、呆れながらも笑っている彼女の姿が見える。少し躊躇する様に彼女はゆっくりとマイルームへと入り込んでくる。ゴシックの部屋を見渡し、ソファ、ポスター、ジュークボックス、暖炉、と、一つずつ家具を見渡して行く。それをひとしきり見渡してからゆっくりと彼女はその長い白髪を揺らしながらえーと、と言葉を置いた。

 

「おじゃま……します?」

 

「今日からここに住むウチの子なんだから図太くただいま、でいいんだよ。という訳でお帰りマトイ」

 

「う、うん」

 

 そう言うと彼女(マトイ)は少し恥ずかしそうにはにかみながら上目遣いに視線を向けて来る。そこで数秒間、頑張る様に言葉を紡ごうとして、

 

「た……ただいま、アキナ」

 

「お兄ちゃんでも安藤でもいいんだよ!」

 

「そこはお姉ちゃんじゃないの……? というか安藤って何?」

 

 困った様な、だけどどこか楽しそうなマトイの表情を見ながら、ちょっとした安心感を心に抱いていた。彼女をササッと部屋の中に入れたら扉を閉めて、そのまま自由に部屋の探索を開始させる。時間がある時にマイルームは更に拡張して色々と増やしたため、更に快適な空間となっているのだが―――それはともかくとして、マトイが若干楽しそうにマイルームの捜索を始めているのは良かった。

 

 その背中姿を眺めながら思い出す―――。

 

 

 

 

「―――バイタルに一切の問題は見当たりません。ですが、その代わりにどうやら記憶喪失なようで……所属、親類、そういう事に関するデータを調べても一切出てきません。現状、記憶喪失の謎の少女としか判断できません」

 

 メディカルセンターに眠り姫(マトイ)を預け、ナースのフィリアから返ってきた言葉がそんなものだった。それこそ頭を抱えそうになる事態だった。それだけならまだいいが、眠り姫を預けた後にシオンを探せば、即座に新しいマターボードを渡してくれた。それも割と渡してくれるのが嬉しそうに見えた感じ、やった事は彼女の希望通りだったらしい。という事は先ほどの時空の改変? おそらくそんな感じの出来事は彼女を、眠り姫を助ける為だったのかもしれない。ただその結果彼女が記憶喪失だったとか、どう判断しろと。

 

 まるでゲームのシナリオの様だ―――いや、実際にゲームではあったのだが。

 

「眠り姫ちゃんの記憶、どうにかならないの?」

 

「一応催眠治療が方法としては確立されていて軽く試してみましたが一切効果がなかったですね。ここまで来ると記憶喪失というよりは消去という方の可能性が高くて……その場合になると逆に思い出させる方が危険なんじゃないかなぁ、と。」

 

 あ、ただ、とフィリアは呟いた。

 

「寝言でアキナさんの名前を呟いていました……何か心当たりあります?」

 

「寝ている間に耳元で自己紹介しまくった」

 

「相手は病人なんだから洗脳染みたことはやめてください!!」

 

 無論、それは嘘だ。咄嗟に思いついた事だし、今まで自分が潜り抜けてきた状況を説明しなくてはならないだろう。何故だか解らないが眠り姫を妙に守りたいという感情が自分の胸に在った。その由来を知る事はないが、それでもなぜか、絶対に手放してはならないという強い気持ちがある。それに、なんだか教えても話したこともないのに名前を呼ばれた、というのはどこかロマンを感じさせるものもあった。故にそこで即座に判断したのだ。

 

「じゃあウチで預かりますわ」

 

「えっ」

 

「いや、だからウチで預かりますわ。保護者なし、立場なし、メセタなし、知り合いなし。だったら見つけた俺がちゃんと最後まで面倒を見なきゃそりゃあ責任の放棄じゃないか? こう見えて割と小金持ちだし、少女の一人を養う程度は割と余裕なんだが―――まぁ、最終的には起きた彼女次第なんだけどな」

 

「うーん……」

 

 そこから数日間、眠り姫―――マトイは検査等でメディカルセンターを抜けることが出来なかった。しかし面会できるようになってからどうするかを質問した所、若干迷うような様子を見せてからマトイは話に乗った。その結果、彼女と一緒の生活が始まる事となった。

 

 

 

 

 そして今、マトイがマイルームを見て回る様に探検している。

 

「色々とあるんだね」

 

「まあな。基本はベッドルームと風呂場を挟むように中央がリビングと遊び場を兼任してるよ。まぁ、それでも若干スペースが足りないからダーツセットとかをベッドルームに設置しちゃったけどな。あとベッド、二つ入れると一気に狭くなるからダブルベッドを二人で共有する形だけど大丈夫だよな?」

 

「あ、うん。私は特に問題ないかな。置いてもらっているから文句も言えないし」

 

 マトイのその言葉にNO、と言葉を放ち、指を横へと振る。いきなりの声にマトイがびっくりしたのか、ビクっと反応を見せた。それがなんだか可愛らしかった、というか小動物チックとでもいうのだから。背が低く、そして互いに髪色が同じ事を考えるとまるでそこは姉妹の様だよなぁ、と客観的に容姿で判断する。

 

「いいか、マトイ。今日からここがお前の家だ―――家って規模にしちゃあ若干狭いような気もするけど。というか三部屋じゃなくて本当は六部屋ぐらい欲しいんだけどまぁ、それは今回オラクルの彼方へと捨てておこう! 俺が拾って、俺が引き取った。そしてマトイはそれをオッケーした。つまりウィー・アー・ファミリー、家族だオーケイ? 俺がお兄ちゃんでマトイが妹だ。家族だからちゃんとかさんとかは必要ない。アイ・アム・安藤。大丈夫?」

 

「むしろそっちの方が大丈夫……? あと安藤って何……?」

 

「それだけ言えるならコミュ不足とかはなさそうだな」

 

「あの、安藤って……」

 

「問題ないな!」

 

 マトイが若干ジト目で此方へと視線を向けて来るが、それを無視して笑う。早くもこのノリに慣れて来たのか、マトイは呆れたような溜息をもらしてから、小さく、楽しそうに笑った。その姿を見て心の中に安堵が広がる。それを感じながらリビングに設置してあるジュークボックスへと近づき、一発蹴りを入れて音楽を流させ始める。そのままその横の冷蔵庫へと移り、その中から一つの箱を取り出す。それを素早くリビングではなく、その外のバルコニーへと運び、そこにあるテーブルの中央に置く。

 

「じゃんじゃじゃーん―――ナウラ三姉妹特製ケーキー。アークス向け、それも戦闘用エリアでしか販売されていない限定チーズケーキ―――マターボードを埋めている時に遭遇したから購入したんだけど一緒に食べようぜ。飲み物は好きに冷蔵庫から取り出して。遠慮とかいらないから」

 

「あ、うん……いいの? 高そうだけど」

 

「いいのいいの、たったの160メセタぽっちだし」

 

「そ、それ高級品だよ!」

 

 基本的に食費は安い。人工的に生み出せるし、量産できるし、何より自然あふれている惑星から大量に食材を調達することが出来るからだ。アークス船団だけではなく、オラクル船団全体から見ても食費は割と安くなっている。一回の食事を外食してそれが2~30メセタで、日本の安いランチ、大体400円辺りとするだろう。このケーキは一つ160メセタ、つまり一回の食費数倍を超える値段を持っている。

 

 それを大量に一気に購入できるのは金銭関係をインフレさせているアークス達ぐらいだろう。

 

 金銭的な格差はアークスと一般人の間では存在する。だがアークスは無敵ではないし、そもそも日常的に命を賭けて戦っている。その分メセタを稼いでいると考えれば割と納得は行くかもしれない。

 

 ちなみにこれは調べた事だが、スケープドールは超貴重品であり、それこそオークションで出品されるクラスのレアアイテムとなっているらしい。一回だけ当人の死を覆す事の出来るアイテムだと考えれば納得の行く値段なのだろうが、それでもスケープドール一個で値段が80Mに到達するのは少々、頭がおかしくなりそうなインフレだった。やはり課金による安価な入手法が存在しない分、そして課金という概念が存在しない分、此方では色々と物品の価値観が変わってきている。

 

「まぁ、お兄ちゃんは結構というか凄いレベルでお金持ちだから気にせず食べていいよ。冷蔵庫の中にはそれぞれを五個ずつ保存してあるし」

 

「えぇ……一個160メセタのケーキなのに……」

 

「金があって贅沢をしないのは間違っているんだよ。アークスによる金銭の大量消費もオラクル船団全体での経済を回すことに必要な事だから、お金を持っている場合はそれを貯めこまずに消費するのが正しいよ……まぁ、そんな真面目な話はいいんだよ! ほら、座れ座れ」

 

 バルコニーのテーブル前の椅子に座り、その反対側を指差す。少し遠慮がちだがマトイは反対側に座る。それに合わせてテーブルの上にラッピーの絵が描かれた皿を二枚召喚し、ナイフで箱の中のチーズケーキを切り分け、それを手掴みでそれぞれの皿の上に乗せ、そのまま手で掴んで食べる。

 

 言葉で表現が出来ないのが惜しい―――それほどまでに、美味しい。千数百円クラスのチーズケーキは伊達じゃなかった。しかしよく考えるとパンプキンパイとかの季節物は300メセタではなかっただろうか? ……今度見かけたら購入しよう、そう心に強く誓う。

 

 おろおろとフォークと探すマトイの姿を観察しながら考える。彼女は明確に160メセタを高い、として認識した。つまり貨幣に関する知識を保有しているという意味でもある。意外と記憶喪失が綺麗に自分自身の処のみを抜かしている辺り、非常に作為的なものを感じる。それに自分の中にあるこの守りたいという気持ちも、一体どこから来ているのだろうか―――それを調べるにはやはり、手元に置くのが一番わかりやすい所だろう。

 

「しっかしあんっむ……人生分からねぇな。俺がCV雨宮〇で安藤やってそれでお()ちゃんやってるんだから……んー、美味しい」

 

「うー……手で食べるのって行儀悪くないかなぁ? うーん……良し! ―――美味しい!」

 

「だろ? 家にいる時は別に他人の目とか行儀とかそういうのを気にしなくていいんだよ―――俺も最近は部屋にいる間は下着姿で徘徊しているし」

 

「それは止めようよ……」

 

「見せる相手がいないんだからいいんだよ! それが我が家ってもんさ」

 

 ともあれ、チーズケーキを食べながら話を続ける。

 

「だけど我が家にタダメシを食う奴を置いておくことはできぬぅ! ―――という訳でマトイには我が家にいる間には洗濯、掃除、後料理を担当してもらおうかと思います! 明日あたりキッチンが運ばれてくるからそれで料理な!」

 

「え、私料理なんて―――」

 

「―――と、言うと思って実は先に話をフィリアさんに通して、俺が出撃中の間は料理教室を開いてくれるってよ」

 

「に、逃げ場がない」

 

 マトイが衝撃的な報告に驚き、完全に動きを停止している姿を見て、小さく笑みを零す。引き取られた時からの一連の流れで、すっかり記憶喪失やら過去無き存在である事を忘れて、焦りまくっているのが見える。この調子である程度仕事を押し付けて忙しくさせれば、不幸な背景なんて簡単に忘れられるだろう。

 

 まぁ、そんな使い古されたヒロインの設定なんて必要ない。ヒーローの条件とはその体だけではなく、その心までをも救ってしまう事だ。そして宇宙のヒーローであるアークスは―――安藤は、きっと誰かの心まで守ってあげられるそれはそれは素敵な事なのだろうと、自分は思っている。だからマトイは助ける。

 

 シオンも助ける。

 

 アフィンも助けるし、

 

 ゼノも助ける。

 

 だが【仮面】、お前は駄目だ。何時かリベンジしてその仮面をはぎ取る。

 

 だけど今は、出撃する日常の中の短い休暇を精一杯味わいたい―――なぜだか解らないが、マトイとこうやって過ごせる時間がとてもとても貴重に思えるのだ―――。




 マトイちゃんがマイルームに住み着きました。あまりに空気でヒロインできてないから出来る様にすりゃあいいんだよ! と言うお話。なんだか設定を見るに安藤が忙しいからフィリアがあずかっていたらしいし、安藤でも預ければいいんだよという結果。

 エプロンマトイちゃん……。

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