安藤物語   作:てんぞー

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Vivid But Grey - 6

 また一人、力を無くすように崩れ落ちた。

 

 その姿はあまりにも憐れだった。限界まで力を振り絞ったかのように息を荒くし、大量の汗を掻き、そしてそれでも悔しさから吐血していた。涙の代わりに血が頬を伝い、下へと向かって流れている。全力、死力、そういう言葉に相応しいとしか表現の出来ない状態だった。そう、男は頑張った。限界を頑張った。それでももう現界で、そしてそれ以上の力はなかった。故にゆっくり、まるでスローモーションで映像が流れて行くように漢は倒れた。それが敗北者としての末路だった。

 

 そしてまた一人、その魔物に敗北する者が増えた。

 

「素晴らしく運がないな、君は。またきたまえ」

 

「あああぁぁぁ―――!! オアァァァァァァ―――!! ホァァオオオアアァァオアオアオアァァアア―――!!」

 

 血涙を流しながら武器の強化に失敗したアークスは煩く発狂していた。カウンターに頭をガンガンと何度も叩き付け、発狂アピールをしていた。それを眺めながら本日は発狂芸術の点数高いな……と、遠巻きに見ている連中で発狂具合を評価する。やがて、うざってぇ、と呟きながらやってきたゲッテムハルトに当身を喰らい、そのままショップエリアの端から市外へと投げ捨てられた。

 

 良くある光景なので誰もそこは気にしない。

 

「相変わらず強化に失敗した奴を見るのは楽しいな」

 

「お前今、すっげぇ酷い事言ってるぞ」

 

 ドゥドゥの前にまた新たなアークスが現れた。だがそのアークスはドゥドゥではなく、もう一人の強化担当であるモニカを頼んだ。その要請に応えて職務がモニカへとバトンタッチされ、アークスのサイフと、そして確率との戦いが始まった。その光景をアフィンと二人で並びながら眺める。モニカに強化を頼んだアークスはどうやら星9武器で強化に挑んでいる。

 

「大成功です大成功です―――あわわ、失敗しちゃいましたぁ……」

 

「アアァァァァァ―――!!!」

 

 数秒後、血涙を流しながら床にヘッドバンギングする姿がまた一人増えた。楽しそうだなぁ、と思いながら眺めていると再びゲッテムハルトが排除してくれる。もしかしてドゥドゥの新しいバイトか何かだろうか彼は。いや、それよりは悪ぶっているけど芯の部分では善人であるという可能性の方が高いだろうなぁ、とは思う。ともあれ、また一人消えたので、今度こそ前に出る。次は自分の番だった。

 

「という訳でドゥドゥさーん、いつものよろしくでー」

 

「ほほう、また来たかね。君は本当にお金を落として行ってくれるから助かるよ」

 

「ファック・ユー。オラ、これとこれを10503にするまで強化で」

 

 そう言ってインベントリの中からルインシャルムを3本、そしてフォシルトリクスを2本取り出した。それをカウンターの上へと叩き付けるとドゥドゥは任せたまえ、と声を残してそれをデータ化、まずは属性の強化を始める。その間にアフィンが武器を指差してくる。

 

「え、アレ、星10武器だよな……? なんでんなもん数本も持ってるんだよ。相棒運が良すぎないか……?」

 

「え、1週間毎日12時間ダーカーを優先的にぶち殺し続けた結果だけど? アイツら中々出てこないから最近夢の中でキュクロナーダ相手にマウント取って殴り続けてる夢を見てるぞ俺」

 

「ごめん、俺が悪かったよ。本当に俺が悪かった」

 

 マターボードが旧来のゲーム仕様としてアイテムのドロップを発生させる所まではいい。だがその可能性はかつてないレベルで絞られていた。それこそソシャゲでガチャを回しているような気分だった。一部優位事象獲得の為に出現するマターボード品はほぼ確定と言っても良い確率で出現してくるが、それが星10へと届く事は今の所ない。その為、自力で殲滅マラソンを開催しないとこういう武器が出てこなくなったのだ。最近、気が付けばひたすらダーカーを探してはぶち殺すからラヴェールというアークスから凄い信頼を受け始めた。ダーカーを殺せればそれだけでいいのかお前。

 

「この一週間で殺したダーカーの数は万を超えるぞお前。PSEバーストを狙って発動させて、出現させやすい地形に誘い込んでひたすらそれを処理し続けるアークスの気持ちがお前には解るの……? 終わりがないんだぞ? ぶっ殺してぶっ殺してぶっ殺してそれでもぶっ殺すんだぞお前……? マラソンには終わりないんだぞ……あ゛ぁ゛?」

 

「ほんとごめんなさいほんと自分が悪かったからほんと」

 

「光属性の50にし終わったぞ」

 

 流石に属性の強化では失敗の要素がない。属性がマックスになった対ダーカー用の武器を確認し、軽くうなずき、ここから勝負に入る。インベントリの中から強化成功率+20、そして強化リスク軽減を文字通り山ほど取り出し、それをテーブルに叩き付ける。ついでに潜在解放に使うフォトンスフィアもテーブルに叩き付け、ドゥドゥにオーダーを入れる。

 

「10503になるまでガン廻しで」

 

「ふふふ、気持ちの良い仕事が出来そうだよ」

 

「今、目の前で、恐ろしいものを見ている。というかどうやったらこんなに……」

 

「……」

 

 無論、それに答える事は出来ない。最初からインベントリにエクスキューブをガン積みしてあったとか言う事は出来ない。昔、まだクラフトとかがなかった時代の話だが、あの頃はそこそこエクスキューブが貴重だった。だがやがてエクスキューブの数はインフレを起こす。採掘基地防衛戦、その報酬に一度に二十の星10武器がドロップとして出現するようになると、簡単に星10のダブりが発生し、多くのアークスがエクスキューブを保有するようになる。それに加えマガツ討伐の緊急も出現し、更にエクスキューブを大量に所持する方法が出現したのだ。一回の出撃でエクスキューブが二十個、防衛戦は早ければ二周、三周は出来るから平均して四十、六十程度は集めることが出来る。

 

 それを毎日の様に繰り返せば、エクスキューブを五百個ぐらい集めるのは簡単だ。後はそれを大量のリスク軽減と強化成功率と交換すれば良い。此方でも割と高価なリスク軽減をそうやって市場に流す事によって、実は財布は結構温まっている。

 

「いいか、アヒン―――世の中固定値だ。ランダム要素とかいらん。確殺&確殺。それが素敵なんだ……」

 

「固定値信者……!」

 

 カウンターの向こう側へと視線を向ける。そこではドゥドゥが武器の強化を開始していた。成功、成功、成功、失敗、成功、失敗、と、ガンガンアイテムとメセタを消費しながら武器の強化を行っている。メセタがガンガン溶かされて行く音を聞いているとなんだか発狂しそうだが、星11や星12の強化と比べると全然安い。アレを一度経験してしまうとどうも、それ以下の強化が楽に思えてしょうがない。

 

「しっかし相棒ってほんとなんでも使うよな。ほとんどのアークスはずっと一つのクラスなのに……相棒はそこらへん、何でもできるというか……苦手なもんないんじゃないのかって思わせられるわ」

 

「そんなことないぞー? ガンスラ、ワイヤー、タリス、ウォンド、ランチャーにダブセ辺りは割と苦手だからなぁ、俺……そこら辺俺よりも上手く使える奴の事は結構羨ましい」

 

 ゲーム安藤だと全てのクラス、全ての武器をプレイヤーの実力次第ではあるが、どれも十全に使いこなすことが出来た。エーテル通信でダイブしてた時もその感覚の延長だった為、問題はそこまでなかった。だがリアル環境になると体の動き、感覚、それらが違いすぎてちょっと使いづらかったり、あまり好きじゃない武器と言うものはどうしても出て来る。ダブルセイバー辺りは使いこなせば非常に便利だし、使い続けているのだが、それでも苦手だと表現するしかない武器の一つだ。

 

 逆にこっちに来て馴染む武器もある。

 

 ロッド、ソード、ツインダガーがその筆頭だ。残念ながらデュアルブレードとカタナに関しては該当のクラスが存在しない為、使うことが出来ないという非常に残念なことになっている。だがたぶん、感覚的な問題がカタナは一番馴染むんじゃないかなぁ、なんて考えがあったりする。早くブレイバー実装してくれないだろうか、最高火力はあのクラスでしか出せない。あとバウンサー。バウンサーが来ないと空中散歩が出来ない。

 

「バリバリ使ってるのを普通は苦手って言わないんだよッ」

 

「いやいやいや、他の武器と比べて割と鈍ってるよ。特にワイヤーとダブセがちょい苦手なのが非常に辛い感じあるわ。広範囲にダーカーぶち殺すので近接クラスならワイヤーかダブセが一番なんだよな。だけどどっちも苦手なせいかたまーに一、二匹ぐらい纏めきれないんだよなぁ……苦手だから意識して使ってるけどどうしようもねぇ辺りほんと才能ねぇわ」

 

「相棒、ちょっと俺に謝らない?」

 

「えー……。まぁ、俺が強いってのは自覚しているよ。自覚している上で言うけど、俺あんまりズルってのはやってねぇからな? しいて言えばちょっと装備品が手に入りやすいってだけで、後はトラブとかガン積みしてるだけだし―――」

 

 肉体上、そしてシステム上は他のアークスと違いはない。それだけは検査によってチェックされているし、自分でもチェックした。自分の持ち込みのPAも無論、それはアークス船団の方へと公開し、全体と共有してある。その為、自分が持ち込んできたPAは既にアークス全体に広がっている。特に隠す理由はないし、いつの間にか広めた人間がシオンという扱いになっていた限り、あのメガネ女子の正体は全く見えない。

 

 ともあれ、

 

「アークスになった以上、この宇宙を守らなきゃいけないんだ……俺はなあなあでやり続けるつもりはねぇよ? 守りたい家族もいるし、その為には常に全力で休みつつ走るぜ、俺は」

 

 それが己のスタンスの全てだ。結局のところ自分の生活の根幹にあるのはマトイを守る事、という事にある。その気持ちがどこから来ているのかは解らないが、彼女を愛しく思うこの気持ちは嘘ではないと思っている。だからその為に全力でアークスとして頑張っている―――正直、地球の事に関しては今が楽しいし、そこまで深く悩んでいないというのが事実だ。なんだかんだでこちらにも自分の心配や、馬鹿に付き合ってくれる友人がいるのだから、それで結構充実している。

 

 悪いな西田、異世界トリッパーは一人までなんだ。

 

「―――これは中々いい仕事が出来たね」

 

 そんな言葉がカウンターの向こう側から聞こえた。その声に合わせて視線をドゥドゥの方へと向ければ強化値10、属性値50、そして潜在解放状態3、俗にいう10503状態のルインシャルム、そしてフォシルトリクスの姿があった。大きく減ってしまったリスク軽減と成功率強化には少しだけ頭が痛いが、エクスキューブさえ集めれば交換して直ぐにでも入手は可能なのだ―――そこまで重い問題ではない。

 

「全部合わせて267万メセタだよ」

 

「お、予想よりも大分安く済んだ。一括払いで」

 

「またきたまえ」

 

 ルインシャルムとフォシルトリクスを受け取り、それをインベントリの中へと放り込む。それを見ていたアフィンがなぁ、と声をかける。

 

「それって確かダーカーに対して強い武器だよな?」

 

「ん? あぁ、うん。ちょっと大物を想定して今の環境で取ってこれる一番使えそうなのを用意してたんだよ。アヒンも武器はなるべく強いのに切り替えた方が良いぞ。10%攻撃力上がるだけで火力がガラっと変わるからな」

 

「うん、まぁ、そうなんだけどさ……なんか、大丈夫?」

 

 心配してくれるアフィンに対して笑顔とサムズアップで返答する。実際のところ、ダークファルス対策に対ダーカー特効武器を集めている、というのは事実だ。【仮面】との戦いでフォトン弾、つまりは射撃関連の武装はほぼ意味がないと理解できた。だが同時に物理的な法則をある程度守っている、と言うのも確認できた。だとしたら後は対策を練るだけだ。おそらく狙い目は直接攻撃の類、そしてダーカー概念に対する特効武器。

 

 創世器は無理だが、ダーカー特効武器ならそこそこ数が存在する。それを持ち出すしかない。ゲームだったらマイショップで調達は一瞬で終わるが、今のマイショップを見ると少し信じられないレベルでの値段に設定されている。自分で調達して10503に強化する方が遥かに安上がりだろうと思う。

 

 今完成させたこのルインシャルムとフォシルトリクスも、消費した値段の数倍の価格で売れるだろうとは思っている。なにせ、この宇宙でダーカー特効と言うのはすさまじい価値を誇るのだから。

 

「ふぅ、まだ時間があるな―――ドゥドゥと戦って発狂するアークスの姿でも眺めて時間を潰すか」

 

「相棒、性格が最悪だって誰かに言われた事ない?」

 

 アフィンの冷静なツッコミを喰らいながらも、そのまま午後の時間を珍しく何の意味もない遊びで潰した。




 星11の10503を作るのに20m蒸発させた人のアカウントが此方です。あの時代はエリュシオンはElというクラスで呼ばれるレベルで強かったからしょうがなかったんや……エリュシオンの弱体化は見えてたけどそれでも仕方がなかったんや……。

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