安藤物語   作:てんぞー

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Vivid But Grey - 7

「―――おー、やっぱ眺めがいいねぇ、ここは」

 

 両足を岩場から突き出た崖の上から降ろし、その先の景色へと視線を向ける。そこに広がっているのは空だった。そう、空、そしてそこには浮かび上がる様に大地が点在している。浮遊大陸、それがこの場所の名前だった。アムドゥスキアの上空に存在する浮遊大陸には美しい色の水晶と、そしてその色を得た竜族が存在している。竜族にも細かな部族による違いも存在し、地上とはまた別のグループがこの空にはいる。だが個人的にそこら辺はどうでもよかった。重要なのはこの景色だった。

 

 空に浮かび上がる、光の粒子に包まれた浮遊大陸。

 

 森林、凍土、火山、遺跡、祭壇、それらはまだある程度地球でも見れる光景だ。だがこれは違う。この景色だけは絶対に地球で見る事の出来ない光景だった。それが今、どこまでもリアルでクリアに広がっているのだ。美しく、そして神秘的な、そんな空に浮かび上がる幻想の大陸―――この風景が好きだった。そして今も、多分、1,2を争うレベルで好きなのだと思う。パラレルエリアを入れれば少し迷うが、それでもここは好きなのだ。純粋にこうやって眺めているだけで時間は過ぎ去って行く。チームとかに所属せず、チームルームを使わなかった自分はこうやってエネミーの出現しない場所へと移動し、そこでこうやってぶらぶら足を降ろしながら浮遊大陸を眺めてたりした。

 

 ―――うん、今も好きだな、この景色。

 

 浮遊大陸を眺めながらそう思った。PSO2と言えば戦闘、強化、アクション、そういう方向性に流れてばかりだが、こういう世界観、グラフィックもまた凄まじく美しい―――今はリアルなのだが、他の人達には余裕をもってこの景色を楽しんでほしいと思う。それを受け入れられるだけで大きく世界観は変わってくると思う。

 

「―――うっし、そろそろ行くか」

 

 体を前へと押して、大地から空へと飛び降りる。その瞬間に背中に背負っているルインシャルムを抜き、ライドスラッシャーを発動させてその上に乗る。即座にフォトンの波を形成し、それに浮かび上がりながら前進、地形を無視して空を進み、反対側の陸地へと着地する。

 

「本日もアークス活動を頑張りますかねぇ。頼むぞ? 超頼むぞ? 祈ってるからなマターボードちゃん……!」

 

 本日のクラスはHuFi、目的は無論マターボードの埋めだった。というか最近の活動はそれがメインになっている。マターボードを無視して活動すると()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。逆にマターボードを利用すると誰かと会ったり、誰かがトラブってたり、なにかしらのイベントが発動するのだ。このマターボードを利用し続けている中で、段々とだがその意味と機能を理解しつつある。

 

 つまりマターボードとは可能性なのだ。目で見えない縁や可能性、それを引き寄せる為の道具なのだと思う。そしてそれを集める事で優位事象―――つまり可能性の欠片を集めて、固定化させ、それで鍵を生み出すのだ。その鍵が扉が閉められている故に入る事の出来なかった運命のもう一つの道を開くことが出来るのだ。シオンはおそらくそうやって何か、致命的な失敗を回避しようとしているのではないかと思う。

 

 実際、既に同じ展開を3回ぐらいループした経験がある。全く同じ動き、同じ発言、同じ状況の発動には発狂しそうなものがあった。もう二度とそういうのは止めてほしいとは思う反面―――このマターボードを見て、対応できるのは自分一人だけ。きっと、そこに何か意味があったのだと思いたい気持ちもある。が、ともあれ、マターボードを使用しての出撃、何もない訳がない。

 

 そういう覚悟をしながら、浮遊大陸の大地を歩く。

 

 ここにいる多くは竜族であり、アークスに対しては中立的な立場だと言える。中立的と言っても干渉しないから干渉するな、というタイプが大半でありお世辞にも良好な関係とは言えない。まぁ、そこら辺はアキの仕事だろう。自分の仕事ではない。第一、ダークファルス対策を考えなくてはいけないので割と忙しいのだ、こう見えて。

 

 そんな事を考えながら出現したダーカーを一瞬でルインシャルムで両断する。久しぶりに使うソードだが、その感触は悪くなかった。ずしり、と両腕にかかる武器の重みは振るっているという感触を実感させる。これが意外と楽しいのだ。そのままダガンを両断してからステップ、サクリファイスバイトで迫ってきたディカーダの頭にソードを突き刺し、ダークフォトンをフォトンへと変換させ、一時的に力を上昇させる。そのまま、

 

 正面にいるダーカー達をオーバーエンドで一気に一掃する。オーバーエンドによって形成されたフォトン刃を砕けさせながら、ルインシャルムを背に戻す。やはりソードは解りやすいし、使いやすいな、というのが素直な感想だ。重く、強い、シンプルであるが故に使いやすい武器だ。ダブルセイバーが苦手なのはここら辺が原因なのかなぁ、と個人的には思っている。自分が知っている中でダブルセイバー程複雑でめんどくさい武器は存在しない。

 

 ちなみにワイヤードランスもそこに匹敵する。見た目からしてめんどくさいと思う。まぁ、それでもいつか使うかもしれない可能性があるのだから、しっかりと練習しておいて損はない。一応ワイヤードランスも10503のものを持ち込んできている。クラフトさえ解禁されればクラフト10503の赤武器を用意してくるものだが、それが出来ないのが辛い。

 

「そこそこダーカーの反応があるな。軽く絶滅させながら探索すっか」

 

 マターボードはこの浮遊大陸にいる誰かを示している。それに会いに行かなくてはならない。それがなんであるかは解らないが、とりあえずとしては進み続ければ解る事だ。そう思いながら武装をダブルセイバー―――強化されたばかりのフォシルトリクスへと切り替え、テールバインダーの様な形状へと変化させて腰の裏、横で浮かべて待機させる。そのまま、ダーカーの気配を求めて浮遊大陸を歩いて進む。

 

 血気盛んな竜族が時折襲い掛かってくるが、殴り飛ばして冷静になるとそれで落ち着きを見せるので、それもまた、まぁ、特に問題はないともいえる。いつも通りと言ってしまえばいつも通りなのだから。そうやって出来事一つ一つ、時たま発生する(エマージェンシー)トライアルに対応しつつ、アークス業にいつも通り集中する。

 

 

 

 

 浮遊大陸、その浮かび上がる大地を眺めながら歩いていると、やがて耳に聞こえて来るものがあった。耳を澄ませ、集中してみればそれが人の声であるのが解った。美しく、透き通るような声が風に乗せて歌を響かせていた。どこかで聞いた事のある声だっただけに、興味が湧く。歌の聞こえる方へと、邪魔をしない様に音をなるべく殺しながら近づいて行く。

 

 すると、浮遊大陸の中に花畑を見つけることが出来た。その中央にはアムドゥスキアでよく見かけられる遺跡の一部らしい青いキューブが存在し、その上には黄色のゼルシウスを装着した、前、ダークファルスとの戦いで命を助けてくれた彼女の姿を見た。パティエンティアの二人組……いや、パティの話を鵜呑みにするなら、彼女がきっと、最近パティがやけに気にしている始末屋なのだろうとは思う。

 

 だが静かに風に歌を乗せて響かせる彼女の姿は凄く、穏やかだった。それを楽しんでいるのかどうかは素人である自分には解らない。ただ彼女が歌っているその声には、心というべきものが捧げられていた。誰かに届かせたいという気持ちの乗った歌であるのが良く聞こえ、理解できた。歌っている彼女を邪魔する気にはなれず、元々邪魔をするつもりもなく、そのまま浮遊大陸の花畑で歌う彼女を眺め続けた。

 

「―――、―――っ。―――」

 

 まるで一人で歌姫のライブを独占しているような気分だった。彼女も此方へと一度視線を向けた辺り、しっかりと此方の事は認識していたらしいし、そのはずだが、それを一切気にする事無くたっぷり十分間ほど、彼女は歌い続け、しっかりと最後までそれを果たした。終わったところでゆっくりと、小さく拍手しながら近づく。

 

「素敵な歌だったよ。ライブを開くようだったら是非とも呼んで欲しいかな」

 

「もう既……いえ、それよりも人が悪いですね―――いや、悪い人ですね、でしょうか。妙な所で会いますね、貴女とは。貴女も薄々とは私の正体を解っている筈ではないでしょうか?」

 

 彼女のその言葉に腕を広げて肩を揺する。

 

「いやぁ、俺が知っているのはちょっと始末屋風だけど恥ずかしい格好をしているだけのアークスっぽい歌姫ちゃんだよ」

 

「そういう所を悪い人って言うんですよ」

 

 たっぷり、溜息を込めてそう言われてしまった。おかしい、今のはかっこいい! 素敵! と、惚れる場面ではなかったのだろうか。いや、待て、そう言えば今は性別で言えば女だったはずだ。となると失敗するのも当たり前だ。女性と女性では恋愛は成立しないのだ……なんて事だ……これは酷すぎる。あんまりにも酷すぎる。

 

「それにしても貴女という人は本当に不思議ですね。一応人払いと気配断絶を使用している筈なのですが、まるでそれが意味をなさないかのように近づいてきましたし。私が知る以上、そんな事を成し遂げた人は未だかつてあの所長を含めて存在しない筈なんですが」

 

「綺麗な歌が聞こえてきたらそれに引き寄せられただけなんだけどねー。俺としては特に特別な事をやっているつもりはないんだよね、これ」

 

 それに()()()()()()()()()()()()()()。つまりこれは獲得すべき優位事象外の出来事らしい。まぁ、となると純粋なリアルラックだった、という話なのだろう。ドスケベ衣装系美少女とお近づきになれるのは精神的に非常によろしい事だ。これはこれでいい事なのではないだろうか。

 

「記録を見る限りマイの透過も意味を成していないようですし、貴女が事も無げにやった事は凄い事なんですけどね……。この気持ちが伝わらないのは少々残念です……なによりマイを使っても―――」

 

「ん?」

 

「いえ、何でもありません。それよりも浮遊大陸へはどのような用事で?」

 

 最後の言葉、それはやや消え入るようで聞こえなかった。しかしそれを気にする必要はないように彼女が振る舞う。そうしている以上、此方も蒸し返すわけにはいかず、そのまま適当に答える。ぶっちゃけた話、マターボードに従って適当にぶらついているだけなのだから、特にコレ、と言った目的は存在しないのだ。だから特に目的はないと告げると、彼女がそうですか、と言葉を吐き、座っていた石の上から降りて立ち上がる。

 

「最近はここらで出現するダーカーも若干の上昇傾向にあるようです……それでは私はこれで―――と、そうでした」

 

 去ろうとしていた体を止め、振り返った。

 

「クローム・ドラゴンという竜をご存知ですか? もし見かけたらその時は―――……全力での、討伐をお願いします。それでは」

 

 そうとだけ言葉を残して彼女は跳躍し、一気に距離を稼いで離脱した。その後ろ姿を眺めて、軽く頭を掻く。

 

「ケツの部分スケベすぎるからゼルシウスは止めた方が良いと思うんだけどなぁ……」

 

 そんな言葉を口にしてみるが、胸の中のもやもやは晴れる様子を見せない。あの始末屋の少女も、彼女も彼女で何かを抱えているようで、実にめんどくさそうだった。たぶんそれも相当()()様に見えた。まぁ、暗部とか言われてしまうと全く何もできなくなるのが困った事なのだが。だから軽く頭を掻く。しかしクローム・ドラゴン、か、と小さく呟く。また珍しい生き物を探しているものだ。そう言えばクローム・ドラゴンは造竜と呼ばれる人工生物って西田辺りが言っていたような、そんな記憶がある。

 

「……ま、マターボードを進めてればその内出会えるだろう」

 

 ふぅ、と息を吐いて、ダーカーの気配のしないこの花畑で軽く休んで行くか、そんな事を考えていると背後の方から近づいてくるアークスの反応があった。これがあるから彼女はさっさと消えてしまったのだろうか? そう思いながら振り返るとゼノ、そしてエコーの姿を見つける。軽く二人の姿へと手を振れば、手を振り返され、そのまま近づいてくる。しかしゼノがエコーを置いて走り寄ってくる辺り、地味にエコーへのダメージが大きそうだ。

 

 女心を少しは理解する努力が出来んのか、あいつは。

 

 という訳で近づいてきたゼノの脛に思いっきり蹴りを入れる。ゼノが突然の事に目を丸くして驚き、そのまま顔面から花畑の中へと倒れて行く。それを見てエコーへとサムズアップを向ければ、エコーも満足そうな表情でサムズアップを返してくる。エコーの想いは割と見ていてわかりやすい。少なくとも俺は応援しているので頑張ってほしい。

 

「俺が何をしたってんだ……」

 

「んー、致命的に空気が読めない感じが悪いのかなぁ……」

 

「……?」

 

「そこで首を傾げるから貴様は駄目なのだ。フラグ管理を完璧にこなしてこそ安藤だぞ」

 

「その安藤ってのはだから何なんだよ」

 

「この宇宙に風穴を開ける者の称号?」

 

「すげぇな安藤!」

 

「いや、なにマジになって信じてるのよ……。ほんとごめんねウチのゼノが……」

 

「大丈夫、安藤だからな」

 

「安藤ってすげぇ!」

 

「それしか言えないの君達!?」

 

 安藤には大体不可能はない。大体は。そんな言葉を放ちながらゼノとエコーと合流する。マターボードの反応を確認する限り、今回のマター回収はこの二人と共に行うらしい。はてさて、どんなことになるやら、なんて思いながら花畑を三人で去って行く。

 

 彼女が歌っていた歌を軽く、口ずさみながら。




 ちょくちょく出現する3位さん。ドラマCDによると安藤にガチ恋するらしいけど、EP1辺りでの接触回数あれだけでそうなるの……? とは若干思う所に。それはそれとしてゼノさんは浮遊大陸で馬に蹴り落とされて落ちて滅べ。

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