安藤物語   作:てんぞー

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Fear The Crimson - 1

 ―――アークスとは宇宙のヒーローである。

 

 そして真のヒーローはその体だけではなく、心まで救ってしまうのをヒーローと呼ぶのだ。日常的に戦い続けるのは誰かを守りたいからなのだ。そしてそうやって戦い続け、自分が傷ついている姿を相手に見せる事は決して相手の心を救う行為だと呼ぶことはできない。誰かを救うという事はまず()()()()()という事でもあるのだ。つまり、傷だらけのヒーローに誰かの心を救う事は出来ない。ヒーロー自身が元気で、そして傷のない姿を見せなくてはならない。それでこそ希望として目に映るのだ。

 

 つまり、何の話かと言うと、

 

 ―――今日はマトイとお出かけ、完全にオフな日である。

 

 普段出かける時は動きやすさを考慮してアイエフブランドやポップスコア等の動きやすい格好を装備する事を意識している。個人的にはスカートよりもホットパンツの方の類の方が動きやすいし、そういう事もあってアイエフブランドを着ている方が回数が増えてきている。ゲームだった頃は胸が大きいと服装の胸部分が乳袋みたいに強調されるのがちょっと……という感じではあったが、リアル環境化するとそういう不自然さはなくなる。その為、違和感なく貧乳向けだった服装にも手を伸ばせる様になった。

 

 だが本日は完全なオフだ―――戦ってばかりいるとマトイを心配させるし、彼女を引き取ったという事実と責任が保護者である自分には存在する。その為、定期的に完全にオフな日を作って、丸一日戦闘なし、強化なし、アークス業から放れる日を作っている。精神的には完全にお兄ちゃんなので、お兄ちゃんとしてマトイの面倒を見ている反面、戦いは楽しくてもそれが続くとストレスで倒れそうになってしまいそうで、息抜きという目的もある。真の宇宙のヒーローはちゃんと、他人だけではなく自分の健康管理も行い、無事な姿を見せ続けるのだ。

 

 もはや一種のロールプレイに達しつつあるが、今の人生は最高に楽しいという事実もある為、のめり込んでいるのもまた、事実だ。

 

 そういう事もあって本日はアクセサリー全て解除、服装も完全にオフの日仕様、それもお出かけ用にメトリィ・アシンへと変えてある。マトイの服装も流石にミコトクラスタは色んな意味で目に悪すぎる―――というかアークス達からしても割と視線がヤバイので、着替えとしてハートウォーミングコーデを渡して、それに着替えてある。ミコトクラスタは言葉で表現すると色々とヤバイ。股、太もも、胸のガード、全ての領域において本当にヤバイ。アレで戦闘服らしいのでデザイナーは本当に正気かどうなのかを知りたい。

 

 ともあれ、そうやって二人でお出かけ用の服へと着替えれば、準備は完了する。

 

「マトイー、準備終わったかー?」

 

「うん、今行くよー」

 

 白髪ロリ系美少女ってだけで宝だよなぁ、なんて事を考えながら走り寄ってきたマトイと軽くハイタッチを決め、そのままマイルームを出る。マイルームの外に出て自動ロックが起動し、その先へと進むとテレポーターがある為に、それに乗って移動を開始する。それでどこへと向かうか、と言われるとフードコートのエリアになる。アークスシップは基本的にアークスの為のシップであり、一般的に娯楽と呼ばれるような施設は存在しない為、遊びの実を目的とすると他の大型シップ、一般市民が住んでいるようなところへと移動する方がオススメされる。だがそれには色々と申請やら面倒があるので、そこそこ店舗が存在し、見て回れるフードコートが便利だったりする。

 

 それ以外にもショップエリアもあるし、割とそれで満足は出来る。

 

 そういう訳でマトイと二人でフードコートへと転送してきた。ぶっちゃけた話、生活用品も家具も、大体のものはビジフォンを通して気軽に売買を行えるおかげで、大きな店舗を開く必要が一切ないのだ。なにせ、千を超える商品を簡単に電子的に保存でき、それでいてスペースを取らないビジフォンによる売買と、リアルにスペースを取って店舗で販売する形式、どちらが利便性が高いかを比べれば一目瞭然となる。

 

 それにオラクル船団、アークス船団は宇宙船だ。スペースは拡張しない限りは限られており、拡張するのだって資材とメセタがかかる。その為、大きな店舗を出すよりはビジフォンを通した商売の方が推奨されているのだ。

 

 まぁ、それを入れてもこの世の中には物好きもいて、普通に店を開いていたりするのだが。

 

 そういう所が遊び場だったりするのだ。

 

 テレポーターから出て相変わらず人の多いフードコートを見て、そして隣のマトイへと視線を向ける。どこか見たいものはあるか、と聞くが特にそういうものはないので、歩いてみて回りたい、という返答が返ってくる。相変わらず基本的に省エネな子だと思いつつ、フードコートの探索を二人で進める。本当に迷子になりそうなレベルで広く、ところどころに案内の為に雇われたバイトがいるぐらいには広い。万単位で存在するアークスシップの住人達を支える巨大な厨房だと思えば、それぐらいは当たり前なのかもしれない。故に見て歩いているだけで割と楽しいものは多い。

 

「お、ラッピースーツ、こっちじゃあんまり見ないから久しぶりに見たな」

 

「可愛いね。私、ラッピー可愛いから好きかな」

 

 いつの間にか部屋の中にラッピーグッズが増えてる事からマトイのラッピー好きは解っていた。苦笑しながらラッピースーツが宣伝している方に近寄ろうとすると、今度はリリーパスーツの姿が出現する。どうやらリリーパスーツの方もどこかの宣伝をしているらしく、それを見たラッピースーツが、

 

「チッ……」

 

「ペッ……」

 

 露骨に舌打ちをし、そしてそれに対応する様にリリーパスーツが唾を吐くようなアクションを取った。直後、何が起きるのかしっかりと予測したので、片腕でマトイを持ち上げて別の方向へと視線を動かし、そのまま両手で耳を覆う。直後、ラッピースーツとリリーパスーツが殴り合いをはじめ、他の場所で宣伝をしていたラッピースーツやリリーパスーツが合流、ラッピーvsリリーパ、血まみれのナックルファイトが開始される。この地獄絵図はマトイに見せられないなぁ、と想いながら、軽く振り返る。

 

「何がりー! だよてめぇ! ぶち殺されてぇのかこのげっ歯類! 最近しゃしゃり出てきやがった砂の惑星のゴミ生物がぁ! 鉄くずと一緒に朽ちてろよ! ギルナッチに捕まったまま滅ぶ事すらできねぇのか? あ゛ぁ゛!?」

 

「鳥類のゴミ屑め! なにがきゅいきゅいだよ? 頭沸いてるんじゃねぇの? 戦闘領域であからさまに眠りやがって……なに? 狙ってるの? そうすれば可愛いとでも思ってるの? 馬鹿じゃねぇの? お前らは所詮ダーカーの餌だよ! 宇宙の! ゴミの! クズ共の! エサなんだよぉ!」

 

「殺す」

 

「殺す」

 

「あ゛ぁ゛!?」

 

 あまりにも醜すぎる争いだった。鎮圧に入るアークスをラッピースーツとリリーパスーツが素手で殴り殺している辺り、あの中身のアークスは相当ハイレベルというかカンスト級のベテランアークスではないかと、その動きを見ながら思う。マトイにこんなものは見せられないなぁ、とどんどん乱闘に集まるアークス達の姿を見て思い、

 

 マトイの耳を塞いだまま、その背中を押しながらフードコートから速やかに脱出する。

 

 

 

 

 そうやって結局行き着いたのはショップエリアだった。運良くナウラ三姉妹の出店にもエンカウント出来たため、試作品のアイスクリームを二人分購入し、ショップエリアの三階部分、中央リング、全体を見下ろす事の出来る場所で二人で並んで、ゆっくりとアイスにかじりつく。あまり女の子と外出したりする経験が無い為、こういう時、どういう話題を振っていいのか、最初は困っていた部分もある。だけどそこまで深く考える必要はない、と最近は気づかされている。なんだかんだでマトイとは一緒にお風呂に入るぐらいには仲がいいし、要は家族に対して接する様に接すれば良い、それだけの話だった。

 

 それを意識してからは特にふざけながら話す必要もなくなった。煽ったり、冗談を言ったり、馬鹿をやったりするのはどうやって話せばいいのか解らないのを誤魔化す為の物でもあったりする。相手からそうやってリアクションを引き出せれば会話が続く……その為のコミュニケーション手段でもあるのだ。

 

「この前な、実はスーツじゃない、本物ラッピーをナベリウスで見かけたんだ」

 

「え、本当?」

 

「おう、ほんとほんと。しかもダーカー因子に汚染されていない個体でさ、そういう個体って結構大人しいんだよ。フォトンのおかげというのかな? 特にダーカーに汚染されていない原生生物ってアークスに対して敵対的ではないというか……やや友好的な種が多いんだよネ。リリーパも最初はアークスを怖がっていたりしたけど交流し始めると懐いてきたし」

 

「ねぇ、さっきの―――」

 

「それでな? このラッピーさ、実は黄色くないんだよ」

 

「え、ほんと?」

 

 ほんとほんと、と答えながらフードコートの出来事から話題をそらせて良かったと思った。ラッピーの話は若干危なかったかもしれない。そう思いつつ、マトイに話を続ける。エッグ・ラッピーやフログ・ラッピーの存在を、そしてまた最近出現し始めた超時空エネミーであるニャウの存在を。マスコットの様にしか見えないラッピーやニャウの存在を説明して語ると、マトイがやや目を輝かせ始める。

 

「いいなぁ、アキナだけそういう経験を出来て。私もアークスになれたら見に行けるのかな?」

 

「どうだろうなぁ……アークスも命がけで戦ってるからな。正直マトイにはあんまり危険な事をして欲しくないんだけど……俺がやっているのにお前はダメ、って言うのは卑怯だよな」

 

「うーん……困らせちゃった?」

 

「いや、そんな事は気にしなくていいさ。俺の方が遥かにお兄ちゃんで、そして頼られる事は嬉しい事なんだよ。ガンガン困らせてくれ。その代わりにガンガンからかわせてもらうからな!」

 

 マトイのほっぺを片手でむにむにと弄ると、もう、と少しだけ可愛らしく怒るポーズをとる。小さく笑い声を零しながら解放し、アイスクリームを軽く食べ進める。もしかして今、地球にいた頃よりも充実した生活を送っているんじゃないだろうか、と考えてしまった。体はこうなってしまったし、ダーカーと戦う義務がある。だからよく考えてみよう。

 

 (メセタ)は割と大量にあるし調達は難しくはない。料理も様々な物があって飽きる事はほぼないし、自由に自分の部屋を弄ることが出来る上に一部からは信頼されていて、そして美少女の義理の兄になって今、宇宙を守る為に生きているのだ。

 

 ―――もうこれ地球に帰る事とか考えなくても良くない……?

 

 むしろ地球に帰ろうとする理由がなんだ。両親に会う事だろうか? 息子が娘になりましたよ! とか言った日には多分憤死するだろうから無理だ。それ以外には―――特に理由が思い至らない。

 

 さようなら地球。脳内から帰還という概念が消え去った瞬間だった。地球とかもういらねぇ。

 

「どうしたの?」

 

「ん? いや、ちょっと馬鹿な事を考えていただけだよ―――」

 

 マトイにそう告げて視線を逸らす。その視線の先、そこにいたのは茶髪、ラフツインテールで毛先を青くグラデーションにしている少女の姿だった。どこか既知感を誘う彼女は私服姿にトリリアムマリーを着ており、数秒間、眺めていると彼女が誰であるかを思い出した。

 

 最近売り出された新人アイドルのクーナだ。まだ大型のライブが出来るほど知名度がないややアングラなアイドルではあるが、それでも彼女の歌声を聴いて一発でファンになるという人間は少なくない―――自分もその一人だ。私服姿を見ると彼女もオフなのだろう。オフの日にアイドルに対して話しかけるのはファンとしてのマナーがなっていない。見なかったフリをして視線をそらすのが賢い選択だ。

 

 アキナはクールにアイスを食べ続けるぜ、そう思ってマトイへと視線を戻そうとしたところで、クーナが此方へと視線を向けてきた―――そのまま此方へと手を振り、近づいてきた。

 

「ふぁ!?」

 

「ん、どうしたの?」

 

 マトイが此方のリアクションを見て、それからクーナの存在に気付いた。知り合い、と問われるがそれに答えることが出来ない。その間にクーナは近づいてくる。この場合、どういうリアクションを取ればいいのだろうかと一瞬悩んでしまうが、その前にクーナが挨拶をしてくる。

 

「こんちゃーっす! 元気ー?」

 

「げ、元気っすー」

 

「アキナ、なんか声が震えてるよ」

 

 六芒均衡のヒューイ相手には割と普通に接することが出来たが、芸能人に対する耐性なんてものはない。割と頭の中がしっちゃかめっちゃかになり始めた頃、クーナがふふふ、と少しだけ怪しげに声を溢し、

 

「まだ小さなライブしか開けてないけどライブに何時も来てくれてるのちゃーんとみてるからね。ありがとう。今度は妹さんと一緒に来てね? ばいばーい!」

 

「ば、ばいばーい……」

 

 握手をしてもらい、去って行くクーナの姿に手を振り、サヨナラを告げる。その背中姿を眺めながらマトイが呟く。

 

「アイドルの人……?」

 

「うん、俺の一押しアイドルのクーナちゃん……なんだけど……」

 

 ―――どこかで会った様な、そんな気がする。

 

 どこかの誰かと似たようなフォトンをしているというか……やや言葉で説明しづらい感覚があって困る。とはいえ、クーナのライブには何度か行っているのだし、それが原因なのかもしれない。それに今日は休日だ、あまり難しい事を考えるのは止めようと決め、

 

 そのまま、マトイと休日の残りを楽しんだ。




 3位のアイドル……一体何者なんだ……という日常的なアレ。もっともっと日常的なアレが欲しかった感じだけど全体的にメインストーリーの帰還が短い上に内容詰め込みすぎで……。

 公式のハドレッド関連、出すタイミング間違えてね? アレ?

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