安藤物語   作:てんぞー

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Violet Tears - 1

「すまんな! クラリッサを盗まれちまったわ!! はっはっはっはっは!」

 

 無言でジグ―――刀匠のキャストの腹に拳を叩き込んで床にノックダウンさせた。黒いキャストの姿が床に沈み、無言で腹を抱えながら蹲るその姿を見て、豚を見るような視線をジグへと向けながら口を開く。

 

「弁明を聞こう」

 

「まぁ、待て、待つんじゃ」

 

 ジグが腹を抱えながら立ち上がった。言い訳タイムに入るらしく、凄まじいまでに足を震えさせながら立ち上がる。若干内股になっている辺りが面白い―――キャストでも内股になったりするんだなぁ、と思った。ともあれ、ジグの弁明に耳を傾ける。

 

「先ほど市街地での襲撃があったじゃろ? アークスではないから儂も避難しなくてはならない。という訳でクラリッサを置いて一時的に避難してたんじゃが……なんか帰ってきたら消えてたわ!」

 

「ちなみにクラリッサの保管方法は」

 

「ん? テンション任せで三徹してそれをテーブルの中央で浮かべて酒を飲みながら飾ってたから保管なんぞしてないわ」

 

 無言の腹パンがジグを襲う。小さい呻き声を零しながらジグが再び床に倒れる。養豚場で処刑される豚を眺めるような慈悲深い視線をジグへと向けつつ、拳を合わせ、それで音を何度か響かせる。周囲にいるアークスが怖がって離れて行くが、それを一切気にする事無く、そのまま、ジグへと視線を向ける。

 

「辞世の句をどうぞ」

 

「まぁ、待て。ダーカーの襲撃なんぞ来るとは流石に思わんじゃろ……? じゃろ……?」

 

「だけど創世器だぞ創世器! アレは創世器級の物になるっていったじゃん!!」

 

「せやな」

 

 立ち上がったジグの腹にもう一発叩き込んで床に転がす。本気で一瞬だけ殺意が湧き上がったが、これでも現環境最強の刀匠であることに間違いはないのだ。これ以上老人に対するむち打ちは止めておくか、と思いながらも静かに舌打ちをする。クラリッサ―――それは集めてきた三つのパーツをジグに渡す事によって判明した武器の名前だった。当初の予想通り、アレは三つに分割された武器であり、くすぶっていたジグはそれを見る事によって失っていた情熱を取り戻した。

 

 それまでに複雑で、凶悪で、そして珍しい物だったらしい。完全に修復されればそれこそ創世器へと届くと、創世器のメンテナンスを定期的に行っているらしいジグ本人の口から聞く事が出来た。そして修復されたクラリッサはロッドになるらしい―――つまりニューマンという自分の種族の力を最大限の形で発揮する事の出来る武器だ。現状、ブレイバーとバウンサーが存在しない以上、最強火力はフォースとテクターで属性ツリーを最大限まで強化して放つ複合テクニックだ。

 

 特にバーランツィオン、光属性の複合テクニックは光属性が苦手なダーカーに対しては即死級とも表現できる大ダメージを叩き込むことが出来る。クラリッサという創世器級のロッドが存在すれば、おそらくはダークファルスの特殊防壁を突破する事も出来るだろうとは考えている。少なくとも、漸く【仮面】に対する対抗策が生まれるのだ。ちなみにフォメルギオンが魅せ札なのは属性的な問題で警戒心を薄くさせる意味がある―――誰に対する魅せ札かは知らないが。

 

 たぶんそうやって警戒しているとかっこいい。

 

「はぁー……ダークファルスに対する対抗策が早々に潰えるとかどうしようかなぁ……」

 

「なんじゃ、面白そうな事を呟きおって。ほれ、儂にちょっと話してみよ」

 

「今ジグ爺さんの信用がストップ安なんだけど。飾らず倉庫にでも突っ込んでおけばおそらくパクられなかったんですけどねぇー」

 

「さあ、話そう! 話そう! 事情を話してみよう!」

 

 必死になって自分を株を上げようとする老キャストの姿を見て苦笑しながら、他の誰にも―――それこそマトイにも話せない事を、相談する事にする。現状、ジグは完全な間抜けではあるが味方であるのはハッキリしているし、何より六芒均衡から創世器のメンテナンスを任されているという事は信用に値する実績だった。どこか抜けているが、その知識と技術に関しては他の技術者では決して及ばない領域にあるのだから、相談する価値はあると思った。一応回りにアークスがあまりいないのを確認してから話し始める。と言ってもその内容は多くはない。

 

 ダークファルス【仮面】という存在を確認している事。それを既に報告している事。何度か遭遇している事。戦った経験がある事―――そして自分の持っている武器では一切恐れず、創世器級の武器に対して明らかな回避動作、忌避の動きを見せた事を。明確に此方の動きを理解し、見切っているという点とダークファルスとしての質量を抜きにすれば、【仮面】と自分の間の力量差はそこまで大きくはないと思っているのだ。それこそスケープドールがあれば一回自殺覚悟で相打ち出来るのではないかと思うぐらいには。

 

 ともあれ、ダークファルスに対する対抗手段がほぼ存在せず、またエンカウントしたら今度こそ死ねるという点をジグに告げた。それを受けてふむ、とジグは呟く。

 

「そうじゃの―――【仮面】というダークファルスの話は初めて聞いたが、ダークファルスという存在が普通の武器ではどうあがいても傷つけられぬという話であれば実際に資料と記録として閲覧した事があるの。明確に判明しているのは六芒均衡が保有する創世器、それが発生させる特殊な波長がダークファルスの持つ力を削いで、フォトンによる浄化効率を凄まじく引き上げる様に出来ている」

 

 ジグはそこで言葉を区切る。

 

「儂はそれを聞いて、実際に創世器を手に取った時、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()様な気がしてならんかったの。創世器という武器のあらゆる機能がダーカーを殺す為だけに存在し、ダークファルスの力を削ぐ機能まで備わっている。故に儂は創世器はフォトナーがダークファルスの出現を予想して用意したものだと思っておる」

 

「フォトナー?」

 

 聞きなれない単語だった。聞き返すとそうじゃの、とジグが言葉を置く。

 

「儂もあまり詳しい事は知らん。だがかつての宇宙の支配者だったらしい。そして儂らの技術の大半もフォトナーによって生み出されたものとかなんとか……。創世器もフォトナーによって生み出された物が故に儂もその名に関しては少しだけ知っている。とはいえ、この程度なんじゃが」

 

 そこでジグがともあれ、と言葉を区切る。

 

「お主がクラリッサを欲していた理由はダークファルスに対する対抗策としてか……」

 

「うん……サテカぶっ放して無傷で出てきたのを見た時本能的にこれは超あかんなぁ、と思った。専用対策必須って時点で生物としてクソ・オブ・クソじゃね? とも思ったわ。ダーカー殺すべし、ダークファルス滅ぶべし」

 

「殺意高いのう! まぁ、気分は解らなくもない。しかし、そうか、ダークファルス対策か……ふむ、簡易的ではあるが儂の方で用意できなくもないぞ?」

 

「えっ」

 

 ジグの意外すぎる言葉に目を剥く。ジグは此方のリアクションを楽しむように小さく笑い声を零すと、言葉を続ける。

 

「ぶっちゃけた話、儂、創世器作れる」

 

「クッソポンコツなクセしてすげぇなジグ爺さん」

 

「ポンコツは余計じゃ。まぁ、と言ってもクラリッサの修復でその内部構造を見てある程度その機構に対して理解を得られたからなんじゃけどな。ラビュリスだと外装ばかりで内部構造に関してはお手上げじゃったから、バラバラに解体されているクラリッサはいい研究材料にもなったわ。おかげで前々から作成を考えておったが情熱とやる気と腰痛の問題で着手できなかった儂特製のファーレンシリーズの開発に手を出せそうじゃ」

 

 ―――ファーレンシリーズ。それはPSO2に存在するプレイヤー専用と説明文に書いてあるシリーズの事である。いくらか面倒な手順が存在するが、運要素なしで星11ユニットと武器をセットで入手することが出来る為、レベル60からの初心者向け入門防具と言われている。

 

 現状、星10でさえレアで、星11や12が幻と呼べるようなレベルで珍しく、マイショップどころかオークションでさえ見かけない状況において、ファーレンシリーズが手に入るのはかなり悪くない事だった。ユニットはサイキシリーズを揃えているからファーレンのユニットはそこまで欲しいとは思わないのだが、武器とセットで装備する事によってファーレンシリーズはかなり高い能力を発揮する事が出来る。

 

 ジグが自信ありげにふっふっふ、と腕を組みながら笑みを零す。

 

「お主の様にまんべんなく得意で万能な奴には作る物に困るんじゃがの、だからあえてそこまで突き抜けず、妥協した範囲でなら色々と用意できるそうじゃの。クラリッサの件はお主専用にファーレンを創り上げるからそれで許してくれぃ」

 

「まぁ、反省してるならそこまで言わないけどさ……」

 

「なぁに、安心せい。ファーレンには儂の考えたダークファルスへの対抗策を仕込んでおこう。それでなら満足じゃろ? クラリッサを弄ったおかげか妙にこう、モチベーション? 的なもので胸が溢れていてのう。ふむ。こうやって話していたらむくむくと胸の内でまた欲求が上がってきたな―――ちょっと工房行ってくる。じゃあの」

 

 そう告げると既に老人のクセして、足元からブースターを噴射しながら軽快なダッシュと跳躍で植木を飛び越えて行き、そのまま工房へと向かう為にテレポーターへと突っ込んで行った。アレで本当に老人かよ、と疑いたくなってくる。下手すりゃエコーよりも元気じゃないか、アレ。というかエコーが動かなさすぎなのだが。

 

 そんな事を考えていると、

 

「―――トゥッ!」

 

 空から馬鹿が落ちてきた。

 

 華麗に空中で回転を決めながら着地したのは青い髪をツンツンに逆立てた男のアークス―――その衣装、ヒーローズクォーターには六芒星を象ったエンブレムが刻まれている。即ち、六芒均衡の所属。

 

「この俺、疾風のヒューイ、参上ッッ!」

 

「ヒューイさん、二つ名とか称号って自分で言うとすっげぇダサく感じますよ。あと疾風ってなんか中ボス臭い……」

 

「本当かっ! じゃあこれからはポーズを決めた後に相手側に名乗らせよう! 称号もそれ採用でッ!」

 

 この人頭、大丈夫なのだろうか、と思わず心配したくなるこの人こそが六芒均衡の六、ヒューイ。六芒均衡という身分の中で一番気さくで、付き合いやすく、そしてもっとも精力的にフィールドで困ったアークスを助けている為に一番人気の高い六芒均衡でもある。ただし本人だけではなく全員がこう認識している。

 

 頭の良い馬鹿だ、と。

 

 そして馬鹿であると。

 

 たぶん、話していて一番楽しいタイプの人物でもある。

 

 そんなヒューイだが、割と日常的に惑星を変えてアークスの姿を探し回っている為、ほぼ毎日フィールドに降り立つ自分ともエンカウント率が高く、そこそこ交流があったりする。他の六芒均衡が総じてあまり認識されていない中、この男だけは知名度がかなり高かったりするのだ。

 

「うん? ジグ殿に創世器のメンテナンスとチェックを頼もうと思っていたのだが、いずこへと行ったか知らないか?」

 

「情熱を取り戻したからスキップしながら工房へと突撃してった」

 

「時に職人の情熱は見ている者をドン引きさせるなぁ!」

 

「大体みんなヒューイさんにドン引きッスよ」

 

「マジかァ!」

 

「マジッスよォ!」

 

「じゃあもう少し落ち着くか」

 

「そこで素に戻るのか……」

 

 唐突なマジレスと素に戻ったヒューイに対して困惑が隠せない。というかそのタイミングで戻るのか、と、ある意味芸人すぎるヒューイの存在に戦慄していると仕方ない、とヒューイが軽く肩を揺らしながら去ろうとし―――足を止めた。そうだった、と振り返りながら此方へと視線を向けて来る。

 

「最近、ところどころで嫌なフォトンの流れを感じる。なんというか表現は出来ないが―――そう、嫌な予感とも言う奴かもしれないな。最初見かけた時とは違い、遥かに強く、そして驚くほどの成長を遂げた君に対しては余計な言葉かもしれない。しかし、気を張っておきたまえ、不測の事態でこそ我々アークスが輝くのだから。それではさらばだ!」

 

 そう言うと笑い声を残しながらヒューイが跳躍し、市街地の方へと飛び降りて行く。

 

「いやなフォトンの流れ、か……ヒューイさん、フォトンに関してはニューマン以上に敏感な部分あるからなぁ……」

 

 人が困っているフォトンがする、とか言って実際に困っている人を見つけ出すレベルなのだ。そこらへん、割と信用してもいいかもしれないとも思っている。だからヒューイの言葉を胸に刻みつつ、いましばらくはシオンがマターボードを更新してくれるのと、クーナからの連絡を待つしかない。

 

 それまでは、短いが休暇だ。




 六芒均衡の中での愛されるバカ、ヒューイ。初期の頃からめっちゃクチャキャラが経っている上に動きがフリーダム。お前、特に縛り説かないんだからダークファルス戦で顔を出せよォ! と思う。

 短い休暇ですよ(グラインダー握りながら

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