安藤物語   作:てんぞー

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Violet Tears - 2

「あー……やる気でねぇ……」

 

 最近、暇さえあれば出撃しまくっていた事、そして時間改変とマターボードの乱用による同一時間軸による同時連続出撃がデータだけの状態で発見されてしまった。しかもちゃんとフィジカルの方にもそれが反映されてしまったため、オペレーターのベテラン、統括的立場にいるヒルダからしばらくは出撃禁止であると言われてしまい、アークス業に励むことが出来なくなってしまったのだ。レベルが全て60超えて、元々持ち込んでいた武装の大半、そしてクラフトサイキユニットも装備できるようになった。これで大体の状況―――それこそダークファルス以外―――相手ならどんな相手であろうと戦える自信はある。XH級のエネミーだけはやや不安が残るが、それでも火力に関しては及第点だ。

 

 六芒均衡のレギアスからハンタークラスでのカタナの使用許可も出た。カタナコンバットとかが存在しないのがカタナ構成としては非情に痛い所だから使ってはいないのだが、それでもカタナのPAが解禁された意味は大きい―――だがそれも出撃禁止で体を動かせないと腐るだけだ。

 

 出撃禁止で部屋の中でゴロゴロしているのもしまりが悪く、こうやってアークスシップ、ショップエリアの三階ベンチでぐだぐだしていた。結局やる事はぐだぐだごろごろなのだから、あんまり変わらない気がする。

 

「マトイも最近俺に厳しいしなぁー……反抗期かなぁー……」

 

 いや、反抗期というよりはフィリアと交流しているから健康管理とか栄養バランスとかそっち方面を気にし始めてオカン力が上がってきたというか、最大のオカンを俺は今、育て始めているというか、なんというか―――まぁ、花嫁修業だと思えばいいよな、マトイの。……という結論に達する。しかし花嫁修業か。性別が女である以上、自分もそこらへんを考えなくてはならないのだろうか?

 

 男相手に恋愛をする事を考える。

 

 ―――結論、気持ち悪さばかりで考えられない。

 

 女相手に恋愛をする事を考える。

 

 ―――結論、恋愛対象として見れない。

 

 うーむ、難しい話だ。まぁ、恋愛は義務ではないのだ。そして恋愛とかよりも美少女ときゃっきゃうふふしているのが現状は一番楽しい―――それよりもアークスとして戦っている瞬間が一番楽しいという部分もある。どうやらやや戦闘狂らしい部分が自分の中にはあるみたいだ。いや、そうでもなきゃ連日出撃続きなんて無理だろう。間違いなくバトルジャンキーの類だ。うむ……恋愛とかよりもやはり戦いが楽しい。

 

 体を駆け巡るフォトンの感覚、全力で大地を疾走出来る体の力強さ、現代の地球ではありえない武装と技術に触れられる事、そして明確に才能があったわけでもない自分が社会に対して貢献し、そして誰かの生活の為に、笑顔の為に役立っているという充足感。

 

 普通の大学生ならまず無理な体験ばかりがここでは行え、感じられる。それに夢中なのが原因か、ちょっと恋愛とか、そういう方面は正直ピン、と来ない部分もある―――まぁ、元から恋愛に関してはそこまで興味を持ったことがないのが原因かもしれないが。まぁ、まだ此方へと来てから二か月も経過していないのだから色々と考えすぎなのかもしれないが。

 

 と、そこまで考えた所で、たったそれだけの期間で物凄い馴染んでいるよなぁ、とは思う。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()様な気がする。体の違い、生活の違いだって一週間もすれば特に驚くこともなく、戸惑う事もなく出来る様になった。そこに特にストレスを感じる事も興奮を感じる事もない。最初は状況そのものに対して混乱しているから特に違和感を感じず受け入れてしまったのかと思ったが、そうじゃない。考えれば考えるほど、自分のこの体に対して心が()()()()()()()()()という点があるのだ。

 

「―――時間遡行、か」

 

 時間遡行―――即ち時間を遡るという能力。それはある意味、理から逸脱した行為であり、自然との対極にある行いだ。それはほぼ確実にシオンと、そしてそのマターボードのおかげで発生している。彼女の力でこれは発生している。だがSFやファンタジーもので時間遡行が関わるモノは()()()()()()()()()()が多いのだ。

 

 基本的にシナリオというものは()()()()()()()()のだ。山も谷もない人生は平凡であり平和ではあるが、物語としては四流にすら届かない。起伏があってこそ物語は成立するのだ。だから時間関係のSF小説はお決まりとして一回は失敗してそして時間を撒き戻したとか、やり直す為に巻き戻った結果バタフライエフェクトが発生した、とか、そういう風に実は既に時間による改変が行われていた、というのがお決まりのパターンである。

 

 その事実やヒントが読者に対して表示されない限りは改変前か改変済みか把握のしようがないのだから当たり前と言ってしまえば当たり前なのだが、いい感じにテンプレートとなっている。

 

 ここで問題なのは自分が()()()()()()()()()()()という事実であり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という点にある。これが初めてなのか、それともこれはン千回繰り返された時間軸なのか、それとも時間遡行によって改変された結果の時間軸なのか、時間遡行だけを行っている者からすれば確認する方法がない。ただ、自分の感覚を信じれば、

 

 たぶん()()()()()()()()()()という感じだ。妙な慣れ、存在しないはずの経験、鍛えた覚えのない技術、そして胸の内に広がる感情と思い。それはまるで他人の物の様で、何よりも自分の中に馴染む物の様に感じる。テンプレ的に考えれば―――こう―――。

 

 

 

 

「おーいー」

 

「んあっ……?」

 

 目の前で振られている手にぼんやりとしていた視線に焦点を合わせる。頭を軽く左右へと振ってから目頭を軽く指で揉み、正面へと視線を向ければ、覗き込んでくるように顔を近づける少女の姿が見えた。焦点が段々と合わさり、その姿は見たことのある人物―――茶髪の、アイドルのクーナである事が理解できた。

 

「うぉっ、クーナじゃん」

 

「こんちはー、って大丈夫? なんか魂が抜けたみたいにぼーっとしてたよ? お仕事の方を頑張りすぎてない?」

 

「うーん……少し働きすぎてるから今強制的に休みなんだよねぇー……」

 

 なんだっけ……何かを考えていた気がするのだが―――まぁ、忘れてしまったのなら大したことではないのだろう。もう一度だけ明るく頭を左右へと振るって眠気を飛ばして意識を呼び戻した。うっし、と自分の意識に活を入れる。それだけで大分頭が働くようになってきた。

 

「って、アレ、クーナちゃん何やってるの。お仕事?」

 

「オフだよ、オ・フ! まぁ、私も一応アイドルだからね? たまーにはちょーっと休日を貰っていないと怪しいというか顔が見える範囲で休日を取っている姿を見せていないと周りの人にブラック環境で働いていると思われちゃうから」

 

「まぁ、実際は違う意味でドブラックなんだが」

 

 虚空機関、裏切り者の粛正とかを行っている組織がブラックじゃない訳がない。だがそんな事を欠片も表情にクーナは見せなかった。そしてその代わりにと、はにかむような笑みを見せてくれる。

 

「まぁ、いろんな意味でそうなんですけど―――あ、いや、そうなんだけど! それよりも貴女は今暇? ここに事務所(ヴォイド)から休日用に貰った映画のチケットがあるんだけど……一人じゃ味気ないし一緒にどうかな?」

 

 少しだけクーナの頬が赤い―――こういう経験がないのだろうなぁ、とは容易に想像が出来た。考えてみれば幼少のころから虚空機関で検体として、粛正者として、始末屋として活動し、訓練していたらしいのだ。今更一般人……とは少し呼べないが、そういう類の振る舞いには経験が浅いのだろう。そう思うとなんだかクーナが更に可愛く見えてきた。

 

「勿論ご一緒させてもらうわ―――給料はクーナの方が多くもらってそうだしそっちのオゴリでなぁ!」

 

「まって、そっちの方がもっとメセタ貰ってるでしょー、もう!」

 

「悪いな、昨日800万をドゥドゥに奉納してきたんだ」

 

「それを聞いて私生活が不安になってきた……」

 

 そこら辺は大丈夫だ。アークス用の活動資金と、生活用のメセタとは別に管理している。マトイを養わないといけないのだし、お金が入ったらその何割かを生活費として貯金し、残ったのをアークス活動用に使っているのだ。こう見えて割と生活の方ではお金が余って余ってしょうがないのだ。マトイが本格的に料理を頑張っているし、もうちょっといい料理器具を購入してあげた方が良いのだろうか。あとできたらもっといい部屋に引越したい所だ。

 

 ただ引っ越し、割と難しい、という話は聞くからそこら辺はどうなのだろうか。

 

 そんな事を考えながらも、クーナに誘われて映画館へと向かう事になった―――リアルにアクションをしている環境だったり、映像なんて簡単に入手できる時代だし、そこらへんの産業が生きているのには少しだけ、驚いた。何せカジノすら存在していないのだ、遊び系の文化は大体死滅しているものだと思っていた。少なくともアークスにとっては。

 

 

 

 

 そうやってクーナに連れてこられた映画館で見るのはアニメーションの映画だった。内容は四十年前の、ダークファルス【巨躯(エルダー)】と呼ばれるダークファルス、そしてそれを倒した三英雄であるレギアス、カスラ、そしてクラリスクレイス。このアニメーション映画によればカスラもクラリスクレイスも代替わりしており、クラリスクレイスによれば既に三代目になっているのだとか。そういえば、三英雄は襲名制度だったなぁ、という事を思い出す。

 

 映画の内容はシンプルで、三英雄を筆頭としたアークス達が協力して、アークスシップに匹敵する巨体を持つ【巨躯】と戦い、そしてそれを撃退する内容だった。ちょっとしたロマンスが混じっていたりはしたが、だが大体の内容としてはアークスが宇宙の脅威に対して立ち向かい、そして見事滅ぼす事に成功した、という内容だった。久しぶりに見る映画だったが、割と楽しめて、思わず二人で食べるポップコーンが進んでしまった。最近では体を動かしてばかりだったし、こういう娯楽があるのならもう少し真面目に遊び場を探すのも悪くないかもしれない、そんな内容だった。

 

 映画を見ながらクーナは小さな声で、此方にのみ聞こえる様に呟いてきた。

 

「私ね、今度映画のお仕事を貰うかもしれないんだ」

 

 クーナは話を続けた。

 

「私の上司にちょっとセンスが五段階評価で0な奴がいるんだけど―――ソイツのせいでね、私、アイドルなんて始める様になったんだ。最初は何で私が、とか。意味なんてあるの? どうせヤラセで注目を浴びるんだとも思ったの。だけどね、全然そんな事はなかった」

 

 楽しかった、とクーナは言った。

 

「基本的にほら……誰も笑顔にさせられない事やってるでしょ? だから歌って踊って笑顔を振りまいて……それで見ているみんなが笑顔になってくれるのを見ると少しだけ、自分が生きてきた事に意味を見いだせたの。闇から闇へ、そうばかり思ってたのにそんな事もなかった。それに仕事も最初は事務所(ヴォイド)が引っ張ってきたけど、途中からは完全に私とマネージャーと実力で引っ張ってきてるんだよ?」

 

 だからね、

 

「貴女に感謝してるんだ。きっと、私がこうやって人並みの幸せ、楽しさを一人じゃなく誰かと共有出来ているのは貴女のおかげだから。あとついでにクソダサセンスな上司にもほんの少ーし、少ーしだけ、こんな私でも誰かを笑顔にさせられるという事を教えてくれたから感謝してもいいかもしれない」

 

 ありがとう、横でポップコーンを片手に、クーナはそう言った。

 

 

 

 

 こんなにも当たり前だと思える休日が当たり前じゃない人も、世の中には―――いるのだ。マトイはそもそもその世界に受け入れられる事もなく消えそうで、クーナはその世界を海の下から眺める様に、引き上げられなきゃ眺め続けるだけだった。

 

 探せばそれもそれなりに増えて来るかもしれない……まるで異世界の様だ。そう思ったところで実際にここは異世界だった、と、思い出す。

 

 あの頃、ネットゲームを遊んでいた大学生の時と、たった数か月しか経過していないのに、物凄く世界は変わってしまった、と思う。これからの流れは全く見えてこないし、何のために自分があるのかはわからない。それでも、

 

 出来る事だけは解っていた。

 

 ―――クーナと映画館へと出かけてから一週間後、

 

 ハドレッドを見つけたらしく、彼が浮遊大陸の奥地で待っている、とクーナは告げた。

 

 (ハドレッド)を終わらせる。彼女はそれを決意し―――見届けてほしい、そう自分に願った。




 風邪っぽく調子悪いので更新遅れ。

 という訳で、クーナ編クライマックスも近いという事で

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