安藤物語   作:てんぞー

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Violet Tears - 3

 マイシップが徐々に宇宙空間からアムドゥスキアの上空へと移動して行くのがマイシップの窓から見えて来る。フォトンドリンクを片手に、それを呑みながら少しずつ下降して行く様子を眺め、小さいアラート音に情報の更新が入ったのを確認する。手元に転送されてきたファイルを確認すれば新たな座標軸が表示されており、それをマイシップに入力する。それに従い、マイシップが移動する。飲み終わった空っぽの容器をダストビンにシュートしながら、軽く息を吐き、

 

 そして背中に背負った二刀の刃を抜く。忍刀みたいに細く、短い、見た目は頼りなさそうな実体刀の様に見えるが―――その実は環境でもトップの攻撃力を誇る武器、ニレンカムイだ。PSO2というゲームは上位の武器のほとんどには潜在能力が設定されており、ドゥドゥに賄賂を送る事によってそれを覚醒、運用することが出来る。ニレンカムイの潜在能力は【暗心舞踏】、PPが半分以下の場合に攻撃力が飛躍的に上昇するという潜在能力であり、フォトンアーツを連打すれば簡単にPPを蒸発させることが出来るゲームの仕様上、恐ろしい程に使いやすく、威力の出る武器だった。

 

 そのアホみたいな使いやすさはオラクル環境に変化しても変わらない。過剰ともいえるフォトンの量を体に感じ、ほぼ無制限にフォトンアーツを放つ事が出来る。だが逆にそれを体から追い出す様にすれば、体内のフォトン量を調節する事も出来る。それで無理やり【暗心舞踏】を発動させることが出来るのは既に確認済みだ。特殊能力も追加されている所謂完成品のこのニレンカムイはまだゲーム時代だった頃にマイシヨップで数百万で購入したものだ―――これをこっちで売り払おうとしたらマイショップでは無理で、おそらくオークションでも多額の金額が設定されるだろうなぁ、とは思う。

 

 武器回りの環境の変化には驚きつつも、これは本気装備とも言える武器だ。星11が伝説級とも認識されそうな現在のオラクルの武装環境においてニレンカムイを持ち出せば、いらない注目を浴びる事になるから持ち出す事はなかったのだが―――今回ばかりは事情が違った。

 

 マイシップがやがてアムドゥスキアの上空で停止し、テレポーターが解禁される。セットされた座標に対する入口が開き、今日はヘッドフォンなし、ヒーローマフラーとアイエフブランドのみの姿でそのまま、ニレンカムイを背負ったままテレポーターの中へと飛び込む。落下する様な浮遊感にはもう慣れきっており、最初は感じた違和感はもうない。一瞬の転送と共に体はしっかりと大地を感じ取る様に着地し、

 

 アムドゥスキア上空、浮遊大陸へと到達する。

 

 正面に広がる浮遊する大地の奥に見えるのは、神殿の様な空間だった。青い幾何学模様の刻まれたキューブが形を作る神殿の様な、遺跡の様な空間が見え、遠くにそこに近寄ろうとしない龍族の姿が見える。いや……近づこうとし、躊躇する姿だろうか。その姿を見てから横へと視線を向ければ、いつの間にか、音もなく、虚空から滲み出すように出現する、ゼルシウス姿の彼女が―――クーナがいた。

 

「今日は私の為にありがとうございます―――ハドレッドはこの先、龍族達にとっては神聖とも言われる場所、龍祭壇の一部を占領する形で居すわっている……いいえ、此方を待っています。聡い子なのでたぶん覚悟も理解もしているんです……終わりが近い事を」

 

 そこでクーナは言葉を区切り、歩き出す。

 

「行きましょう。あの子を終わらせに……」

 

「あいよ」

 

 流石に今日ばかりは茶化す気にはなれなかった。クーナを先頭に、浮遊大陸を進んで行く。覚悟を決めた様子で前に進むクーナの後ろ姿を見て、ハドレッドを終わらせるという言葉が本気であるのが理解できた。そこに自分の存在が必要かどうかは―――まぁ、呼ばれたからには必要なのだろう。気持ちは解らなくもない。何か、大きなことを成すとき、人生の分岐点に立った時、その時は妙に不安で、誰かの存在を感じたくなる。

 

 つまりはそういう事なのだろう。

 

 ややピリピリした雰囲気のクーナが一緒にいるせいか、龍族は出現せず、ダーカーの気配は一切ない―――或いはハドレッドが既に全て喰らってしまったのかもしれない。少々珍しい、完全に平和な浮遊大陸エリアの姿がここにはあった。特に会話をすることもなく、無言で奥へ、龍祭壇へと向かって進んで行く。

 

 そうやって歩き続けて十分程、沈黙に耐え切れなくなったのか、クーナの方から切り出してきた。

 

「―――聞かないんですか? どうなったか、とか」

 

 振り返る事無く問われてきた言葉に対してそうだなぁ、と言葉を置き、返答する。

 

「まぁ、興味はある。それに知りたいとも思っている。そうじゃなきゃここまで手伝ったり付いてこないし―――」

 

 だけどそれとは別に、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()な。俺達の付き合いはそんなに長くはない。だけど俺はクーナを友達だと思っているし、自惚れじゃなきゃそう思われていると思ってる。だとしたら俺とお前で立場は対等だろ? 始末屋だとかアークスだとか実力とか、そう言うのを抜きとして友人として対等な立場だろ? ―――だったら頭ごなしに教えろ、関わらせてくれ、解決させてくれ、って突っ込んでくのは間違いだろそりゃあ」

 

 そりゃあ市街地のドームの件ではとてもだが耐えられない―――というか突っ込んでいなきゃクーナが死んでいた事だから自分から踏み込んだ。だけどそれとは別に、基本的に他人の意見を尊重する事にしているし、自分が強いから、特別だから、アークスだから、年上だから、とか、そんな理由で誰かを下に見たりするのは嫌だと思っている。

 

 我は我、彼は彼。しかし、同時に同じ一人である。

 

 故に一人と一人、我らは対等である―――それだけの話だ。

 

「まぁ、困って困って余裕がないけど助けの声を出さない―――って時は流石にこっちを向けよぉ! って顔面掴んでこっちに向けさせるけどさ。そうでもなきゃ俺、待つぜ? クーナも割と今は張りつめているけど()()()()()()()()()()だろ? だったら納得した時に話してくれるだろうし、それを待つさ」

 

 まぁ、その代わりに、

 

「俺がどうしようもなく困った時とかは容赦なく助けてくれ。俺、かっこつけて助けを呼ばないから」

 

 クーナはその言葉を聞きながら足を止めて、少しだけ、呆けたような表情を浮かべていた。しかし、直ぐにその表情は崩れて何かを言おうとして、そして小さな、呆れたような表情へと変わる。溜息を吐きながら此方を見て、

 

「なんというか……私生活が心配になってくるレベルでどこか適当ですね」

 

「あ゛ぁ゛!? こう見えても俺はマイルームでは家事を一切やらない怠け者の兄ちゃんなんだぞ!! ―――アレ、反論できてねぇや。チ、仕方がないなぁ……今回は負けた事にしておこうか」

 

 そう答えるとクーナがジト目を此方へと向けてきた。少しだけふざけすぎたかな? なんて事を考えたが、溜息を吐きながら振り返るクーナの姿、小さくだがそこには笑みの姿が見えた。笑えるならまだいい。大丈夫だろうそう思いながら歩き出せば、前よりは空気は幾分かやわらぎ、そしてクーナの声が聞こえて来る。

 

「実は私、実験体に選ばれていたそうなんです」

 

 そう切り出した。

 

「透刃マイ―――創世器であるこれを扱える人間は本当に少ないらしく、虚空機関内で実際に振るえる人間は私一人でした。ですから私はそこまで酷い実験に巻き込まれる事はなかったんですが……そんな私に対して実験の手が伸びて来たらしいです。その内容もシンプルなものでダーカー因子の投入による人為的な肉体の強化、半ダークファルス状態とも呼べる人間の生成らしいです」

 

 横へと視線を向ければ風に乗って飛翔するクォーツ・ドラゴンの姿が見えた。煌めきながら飛行するその姿が此方を見て僅かに光ったような気がする―――もしかしてコ・レラなのかもしれない、そんな事を考えながら段々と浮遊大陸の大地の感触から、硬く冷たい遺跡の感触へと変わって行く足場を進んで行く。

 

「こうやって私を見れば解るかもしれませんけど、私がその実験の対象になる事はありませんでした―――ですがその代わりにハドレッドが庇うように実験の対象となりました。後は大体想像できると思います」

 

 ハドレッドの体内のダーカー因子を感知できる為、そして今までの物語の流れを見ていれば大体察せる事だ。ハドレッドの実験は失敗した。大量のダーカー因子を宿したハドレッドは暴走、そして研究所を脱走した。それに便乗して多くのクローム・ドラゴンが脱走し、クローム・ドラゴンはアークスの敵となった。事情を一切知らされていなかったクーナはそのまま、ハドレッドが裏切りものとのみ知らされ、その始末を実行しようとしていた。

 

 最初から最後まで虚空機関の掌の上で踊らされていたのだ、クーナは。

 

 ―――ドームでハドレッドと共倒れしていたクーナの姿を思い出すと、やはり、あの時クーナが死んでいた理由は虚空機関のように思える。貴重な創世器の使い手を実験材料に使おうとするのは少し、理解できない行動だ。そしてハドレッドの失敗を見れば()()()()()()()()()というのも解る事だ。なのに、クーナという貴重な検体を利用しようとしたのだ。やはり、虚空機関はあらゆる意味できな臭い。

 

「ハドレッド……本当なら助けてあげたかったんですけどね……もう、アークスに何度も襲われて、追い詰められて、それで限界みたいなんです。たとえここで何らかの奇跡があってダーカー因子を取り除く事が出来ても―――」

 

「―――アークスの敵としてクローム・ドラゴンという種族が登録されてしまっているから結局襲われてしまう、か」

 

「えぇ、ですから、ハドレッドを私が―――終わらせます」

 

 もはやそれ以外にハドレッドに道は残されていなかった。たとえ時間を撒き戻しても、虚空機関からハドレッドとクーナの二人を連れ出したとしても、救う事は出来ないのだろう。裏切り者として始末屋に追われる日々が始まるのだから。だからクーナを生かす為にはこれが最善で、そしてハドレッドを救う方法は()()()()()のだ。なんともまぁ、歯がゆい話だ。無敵最強のご都合主義―――安藤をめざし、なろうとしても世の中、どうにもならないことがある。

 

 クーナにとってハドレッドは家族だった。彼女を支える存在だった―――それを救いたいとただの友人が願うのは果たして傲慢な事なのだろうか……? それを口にすることはなかった。ただクーナの口から零れて来る言葉に耳を傾けて、そして前へと進む事だけを続けた。

 

 やがて浮遊大陸の土の大地は終わる。

 

 そしてその代わりに遺跡の大地へと足元は変わる。龍族の気配はここに来ると激減し、生体反応も最奥に待ち受けるハドレッド以外は自分とクーナ、二人分しか残らなかった。進んで行くたびに今までは静かだったが、音が響く材質なのか、やけに足音が反響して奥まで届いている様な、そんな場所だった。

 

 ゲーム時代に何度も訪れた龍祭壇だったはずなのに、状況も、目的も変わってくるとなぜこうも心境が変わってくるのだろうか……そんな事を思いながら、長い、長い通路を歩いて抜けて行く。段々とハドレッドに近づいて行くにつれ、高まって行くダーカー因子を肌で感じ始める。ダークファルスには届かない脅威だが、それでも並のアークスからすれば絶望的なレベルだろうとは思う。それを感じ取りながら先へと進んで行けば、

 

 やがて最奥へ、邪魔される事無く到着する。

 

 一際広く、大きい部屋だった。青いキューブ状の石に囲まれており、逃げ場が入口以外に一切存在しない、そういう場所だった。クーナと横に並んで中に入れば、この空間に似つかわしくない白く、鋭利な、刺々しい体を持った造龍の姿が見えた。

 

 広間の中央で、静かに待ち受ける様に目を閉じ、その角に黄色い布を巻いた、ハドレッドの姿がそこにはあった。




 今回は短め、本番は次回からという事で。

 安藤さんの許せないものナンバーワンは涙らしい。

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