安藤物語   作:てんぞー

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The Garnet Sky - 5

 ゲッテムハルトの怨嗟と殺意が絶叫と共に響き渡った。そしてそれが消えれば、

 

 出現するのは黒い姿だった。黒い、見たことのない衣装に包まれた巨漢、オールバックの髪型をした褐色の男だった。見たことのない、男だ。しかし、その紫色の髪色だけは見たことがあった。そう、あのダークファルス【仮面】と全く同じ色の髪だった。だがそんな共通点は必要なかった。ただそこにいる、それだけで全細胞が、体中のフォトンが叫んでいるのが理解できた。コイツだ、コイツがダークファルスだ、と。あの【仮面】とは格が違う。こいつこそが本当のダークファルスだ、と。そう本能が、フォトンが荒れ狂う様に叫んでいた。

 

 事実、出現してから指を一本すら動かせずにいた。目を伏した立ち尽くすダークファルスの存在はそれだけで威圧感に溢れていた。言葉も視線も必要がない。ただただ、そこに強大な質量が存在していると、そう自覚させられる存在だった。これがダークファルスだった。これこそがダークファルスだ。生物として表現する事も烏滸がましい。やはりゲッテムハルトは馬鹿だ―――勝てる訳がない、こんなバグの塊に。

 

 どうするべきか、足を動かせ、どうやれば生き残れる、足を動かすべきだ、生き残る可能性はどれぐらいある、足を今動かさなくては死ぬ―――そう考えている間にゆっくりとだが、巨漢のダークファルスは目を開いた。その視線は自分と、そしてゼノへと向けられた。

 

 ―――動かなきゃ死ぬ。

 

 直感的にそう感じ、セイメイキカミを投擲した。それは賭けだった。成功するかどうかなんて解らない。だが開始で戸惑っていたら間違いなく殺されるだけ。それを覚悟し、セイメイキカミを投げながら祈った。動くな、慢心しろ、興味を持ってくれ。行動を待ってくれ。投擲されたセイメイキカミはダークファルスの顔の横を抜けて行く。

 

 ―――慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ―――!

 

 祈りが通じたのかどうかは別として―――笑みを浮かべたダークファルスは行動を起こさなかった。心の中で祈りが通じたことを神に感謝しつつ、セイメイキカミが背後に抜けた所でゾンディールを発動させ、即座に切る。

 

「むっ―――」

 

 ダークファルスの体はそれに引き寄せられることはなかった。だがその代わりに、その奥にあったものはゾンディールに引っかかり、中央へと向かって吸い寄せられ、キャンセルされたが為に慣性に任せて此方へとダークファルスの頭上を越えて飛んでくる。細長いそれを片手でキャッチし、即座に光と氷属性のテクニックを発動、それをフォトンフレアで強化しながらテルクゥにフォトンブラストでケートス・プロイを発動させ、全身全霊、用意できるだけのフォトンをありったけ用意し、そして片手で握ったそれに、

 

 ―――クラリッサに全力で注ぎ込んだ。

 

「フゥ―――」

 

「ほぉ……?」

 

「―――バァァァランツィィオオオオ―――ン―――!」

 

 踏み込みながら凍った光の剣をクラリッサに纏い、光の刃を全力で踏み込みながらダークファルスの急所―――首へと叩き込んだ。その肉体はゲッテムハルトの物だが、彼のフォトンは感じられず、感じられるのはダークファルスとしての圧倒的存在感だけ。もはや余裕なんて概念は消し飛んでいた。殺す、殺せないと死ぬ。それだけがこの場における真実だった。故に踏み込みながら一本にまとめたバーランツィオンの刃を全力で振りぬいた。それが一瞬で人間を殺すのを超えて蒸発させるのに十分すぎるほどの威力を出すのを見て、安心は生まれるどころか不安が増していた。

 

「クククク―――」

 

 首を裂かれても、笑い声を零すダークファルスの姿がそこにあったからだ。血の代わりにダークフォトンの霧をバラ撒くその姿はもはや人として説明する事は出来ない存在で、そこに立っているだけで恐怖と絶望が心の中に入り込んできていた。だけどそれでも止まる訳にはいかなかった。何よりも、ここにはゼノとメルフォンシーナがいた。ゼノは既にメルフォンシーナを確保する動きに入ってくれている。ありがとう。動いてくれてありがとう。感謝しながらも、

 

 まだマトイとクーナに会いたいんだ。死ねないのだ。

 

「落ちろォ―――!」

 

 二撃目、三撃目を叩き込む。それが創世器であるクラリッサの恩恵なのか、フォトンは途切れるどころか普段の数倍と言える量で体に漲り、バーランツィオンが本来を超える威力を発揮している。そしてその上でダークファルスという存在にダメージを発生させる事に成功している。それだけでも凄まじい成果だろう。だけど、それでも、

 

 力が足りない。数が足りない。大海に壺一つ分の毒を混ぜようとも大海に影響はない。解り切った結果だったはずなのに、

 

「良き闘争心である。故に返礼である。我が名と共に刻み耐えてみよ」

 

 バーランツィオンではどうあがいても殺しきれなかった。そしてそれに対してダークファルスが拳を握り、それを振るってくる。テレフォンパンチ、つまりは見えている攻撃だ。避けられる。故にいつも通り、反射的に回避を取る為にギリギリを見極め、タイミングを合わせてミラージュエスケープ、無敵の混じった回避動作で回避に入る。これなら拳を受けない、と、

 

 ―――が、悪寒を感じる。

 

 本能的な恐怖に従ってクラリッサを引き寄せ、盾の代わりに前に出し、両手で押さえていた、ミラージュエスケープの最中であろうと構わずに。

 

「―――我が名はダークファルス【巨躯(エルダー)】」

 

 拳が迫った。慣れた回避方法は無敵時間を冷静に見極めた、的確に回避するというスタイル、それがテクニック職としては当然の方法だからだ。だが、今、この瞬間、その方法を間違えたという絶対的な事実に気づいてしまった。あぁ、これはヤバイな、と走馬灯が頭の奥で巡り始めるのを気合いで無視し、冷静な思考を取り戻す―――いや、こんな、絶望の淵にあるからこそ、冷静さを取り戻した。ある意味後がない、これ以上は悪くはなれない。そんな極限の状態だからこそ、

 

 なにかがぶちり、と千切れたような気がした。

 

 ―――高速でレスタを発動させながら素早く圧縮空間からトリメイトを取り出し、手を使う事無く口の前へとそれを転送させた。口に咥えた瞬間が、残された時間の最後だった。【巨躯】の放った拳は的確に此方の姿を捉え、無敵なんて設定は知らないと言わんばかりにミラージュエスケープを貫通し、そして防御に回したクラリッサに届いた。そしてその衝撃はクラリッサに耐えられても、それを支える両腕には不可能だった。

 

 まず最初にクラリッサを支える両腕が粉砕される。血管が千切れ、皮膚がズタズタになって剥がれながらレスタによる数瞬遅れの回復で治癒と破壊を断続的に高速で繰り返す。だが握力は一瞬で消え失せ、手の中からクラリッサははじけ飛ぶ。拳の動きはそこで()()()()()が、その衝撃は終わらなかった。

 

 その衝撃を表現するとしたら、()だ。星の様な質量が人の形をしてぶつかってきた。トラックぶつかってミンチとか、そういう領域を逸脱していた。拳のその衝撃だけで死を確信した―――事実、一瞬で心臓が破裂する様な痛みを感じた。一瞬でモニターされているバイタル値が0へと突入し、意識だけを残して肉体が吹き飛ばされる。手足は完全に砕けきってもバラバラにならないのはフォトンが最後の仕事を果たしているのだろう。そしてそのおかげで()()()()()()()()。死にながらも意識は残る。

 

 故に、殴り飛ばされながら、

 

 スケープドールが砕け散って、蘇生が開始される。

 

 衝撃は残ったまま、体が殴り飛ばされ、大地に叩き付けられ、小型のモニュメントを粉砕する様に投げ出され、それでも勢いは消えない。残された衝撃に肉体が破壊されながら、スケープドールが死から生の状態へと肉体を引きもどす為に無理矢理フォトンの活性化と治癒を行い、再生と破壊のペースを等速へと追い込む。死すら覆す最強の蘇生手段スケープドールを持って漸く、死に辛いという状況へと復帰できる。その中で必死に口に咥えたトリメイトのパウチを噛み千切って飲み込み、レスタを発動して無理矢理肉体とフォトンを回復させる。

 

 剥き出しになった神経に直接針金を打ち込んで電気を流したような、剥き出しの激痛が体を流れる。それを血を吐いて気道を確保し、酸素を求める様に荒々しく呼吸し、何度も大地に叩き付けられ、体を跳ねながら―――漸く、体の動きが停止する。

 

 再生途中にある両腕と足は変な湯気を発しながら急速に再生を行い、血を零しすぎたのか、視界が真っ赤に染まっている。だが生きている。生き延びる事に成功した。

 

 生きている―――なら次がある。

 

「おぉぉぉぉ―――アァァァァァ―――! らぁぁぁ―――!!」

 

 咆哮を響かせながら無理矢理体を起き上がらせる。全身から血が吹き出し、ふらっと倒れそうになる。それを無理やり無視して体を絶たせながら、トリメイトを三つ一気に取り出し、袋を噛み千切ってその中身を喉の中へと流し込む。激痛は消えない。だがそれでも肉体は既に損傷に勝って再生を始めていた。

 

 普通はトリメイトを三つも呑み込めば過剰回復で肉体が爆発するらしいが、これぐらいで今回は足りないぐらいだったらしい。もう一度トリメイトを飲んで、そしてレスタとシフタとデバンドを発動させようと圧縮空間からロッドを抜こうとして、

 

 折れたロッドが出現した事に舌打ちをした。確認すると持ち込み武器は()()()()()()()()()()。たった一撃、ヒットすらしていない。寸前で止められただけの一撃―――それだけでこんなにもボロボロだった。本気でもなく、寝起きの戯れだったと思う。なのにこのざまだ。

 

「ゼノ、シーナ―――」

 

 残された二人をどうにか、絶対に助け出さないと駄目だ。自分で勝てないならゼノもメルフォンシーナも絶対に勝てない。スケープドールがあっても生き延びるイメージが見えない。勝てる事を想定した様な存在じゃない。これがゲームだったら即座に運営に修正を頼むレベルの出来事だが、これはゲームじゃない。

 

「―――マターボードで時間を戻しても助けられる自信はない」

 

 いや、そもそも時間を撒き戻す事を前提に考えて行動すること自体が間違っているのだ。現在は現在だ、後でどうにかなるかもしれない、なんて思考で考えて行動している限り勝利は絶対にこない。あの化け物は絶対に殺し、二人を助けなくてはならない。

 

「おえっ―――」

 

 内臓をひっくり返す様な感覚と共に血反吐を吐き出す。倒れそうになる体を根性で支え、レスタを唱える。直後、周囲でダーカー因子の高まりに呼応してダーカーの姿が出現するのが見えた。正面、ディカーダが出現する。その姿が踏み込んでくる前に跳び込んで逆に此方から踏み込み、拳を腹に中に叩き込んで貫通させ、そのまま内部ラ・フォイエを放ち、体内から爆発させる。

 

「武器がなくても俺は強いぞオラ……マトイが家で待ってんだ、無事……とはいかないけど、帰らなきゃならないんでな。早く死んで新しい武器を落として【巨躯】への道を開けろ雑魚共」

 

 そんな人の言葉が理解できるはずもない。ケートス・プロイから一気に殲滅しようかとマグを確認し―――テルクゥが破損していて実行不可能だと気付く。舌打ちをするつもりで血反吐をまた新しく吐き出しながらイル・メギドを放つ。

 

「レスタやトリメイトでもどうしようもねぇダメージか―――怖いなぁ」

 

 一撃では殲滅しきれない。もう一撃イル・メギドを放ち、ダーカーを殲滅する。フォトンフレアのスイッチを入れるほどの体力も残っていない。もう一度トリメイトに手を出そうとするが、手が震えて、口へとそれを運ぶことが出来ない。あの時、【仮面】にボッコボコにされた時よりもダメージがヤバイ。これが死ぬという感覚なのだろうか、そう思いながらも最後の矜持だけで意識は保っていた。

 

「あー……やばい。マトイに会いてぇ」

 

 ふら、っとする体に力を込めようとして、それをするだけの血液が足りない事に気が付いた。やべぇ、と思いながら体は後ろへと向かって倒れて行く。ここで倒れたらダーカーに喰われるなぁ、

 

 そう考えながらも、視界の中に入ってきたのはポニーテールの少女の姿だった。

 

 その姿を見て、まだツキはある、それを確信し、素直に倒れる事にした。




 惑星パンチ!

 まぁ、ダークファルスって凄まじいダークフォトンとダーカー因子を圧縮して詰め込んだ存在らしいし、質量的に考えると今まで削った量も考えて、ダーカー何万匹分なんだろう……? と考えるとパンチ一発でミンチなりそうだなぁ、と。皆ァ! スケドは持ったかァ!

 という訳でEP1もクライマックスな事で。

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