安藤物語   作:てんぞー

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The Garnet Sky - 7

「たーだーいーまー」

 

「おかえり……ってわわ、どうしたの? ぼろぼろだし真っ赤だよ!?」

 

「ん……? あっ」

 

 マイルームの扉を開き、そしてマトイに指摘されて漸く自分がダークファルスに殴られてから一切着替えや掃除の類をしていない事を思い出してしまった。ぶっちゃけ、アークス全体がそれどころではない状況で忙しいから仕方がない、と言ってしまえば仕方がないのだが、姿に割と気を使っている安藤としてこれはファッション安藤失格なのではないだろうか? 等というくだらない考えが刹那で思いついた。安藤という言葉の万能っぷりには驚くしかない。

 

「あー……大丈夫大丈夫、メシ食って元気になったし。という訳で俺は―――」

 

「ダメ。まず何をするにしても最初はお風呂だからね」

 

 めっ、と言いながら人差し指を此方に近づき、突きつけて来る。それで怒っている姿をアピールしているつもりなのだろうか、上目づかいで若干睨んでいるのは解っているが、ベースが可愛すぎる為にもはや完全に可愛いだけだった。マトイに怒っている姿とか、泣いている姿とかはつくづく似合わないよなぁ、と思ったところで、同時にこの子には心情的に勝てないなぁ、とも思ってしまった。だから両手を持ち上げる。

 

「はいはい、俺の負けですよーだ」

 

「うん、宜しい。それじゃあ早く汚れを落としてね」

 

 汚れというよりは血なのだが、まぁ、フォトンクリーナーを使えば簡単に血を服から剥がせるし、修復自体も一瞬で終わるからそう心配する事じゃない。まぁ、それでも体の汚れは別だ。普段はフォトンに保護されているから平気だが、今回は【巨躯】パンチで一回、昇天してしまっている。その為、フォトンによる防護や加護が完全に剥がれている為、この惨状だ。素直にマトイのいう事を聞くこととして、さっさとマイルームにご帰還する。

 

 そのまま風呂場へと向かいながらアイエフブランドの上着を脱ぎ捨て、別パーツの腕部分を脱ぎ投げて、そして既にボロボロで最低限の役割しか果たしてないトップスを脱ぎ捨て、ホットパンツを蹴り飛ばし、そして靴も脱ぎ捨てる。

 

「相変わらず脱ぎ散らし方が汚い」

 

「……安藤だからな!」

 

「なんでも安藤と言えば許されるわけじゃないんだよ……?」

 

「ヒャッホォゥ!」

 

「あ、逃げた」

 

 説教なんざ付き合ってられるか、と体で表現する様に下着を蹴り脱ぎながらそのまま風呂場へと突撃する。そのまま風呂の中へと突撃しようかと思ったが、予想外に血で髪が凝り固まっていたり、体が泥だらけだった。そういえば数えるのが面倒になるぐらい地面をバウンドしていた事を思い出し、改めて生き延びたことを実感する。そう、生き延びたのだ、あの化け物を相手に―――あんな気まぐれは二度とないだろうなぁ、と思う。

 

 それでも勝てなきゃ死ぬだけなのだが。

 

 そんな事を考えながらシャワーの設定を終わらせてお湯を流す。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」

 

 暖かい湯って気持ちいいなぁ、皮膚に引っ付いていた泥と汗と血の塊が湯に流されて排水溝の中へと消えて行く。湯気によって悪くなって行く視界の中で、無言でそれを眺めながら考えを全て頭の中から追い出し、呆然と、動くこともなく、そのままじっと何もせずに立ち尽くす。

 

「……」

 

 ただただ流れる湯の感触を体で感じ取り、シャンプーに手を伸ばす。なんだったか、終わったらリンスを使え、だったっけ。確かマトイにそこらへんの知識を教えられた気がするが―――めんどくさい。そのまま普通に髪を洗う事にする。無心のままわしゃわしゃといつも通り髪を洗えば、泥の塊や血の塊が髪に引っかかっているのが解り、もう少しだけシャンプーの量を増やして、少しだけ丁寧に汚れを落とす事にする。とりあえず鏡に映っている分、髪が綺麗になったっぽいのを確認してからお湯で泡を流し、自分の体を見る。血と泥の姿は見れない……ボディソープとか一々使うのめんどくせぇよなぁ、とだけ考え、

 

 シャワーを切って湯船に浸かる。

 

 バスタブの名前はなんだったか―――調べるのがめんどくさい。ただ花弁が浮かんでるから確かエレガントバスタブか、そんな感じだった気がする……まぁ、そんな細かい事はさておき、体をどっぷりと肩まで浴槽の中に沈めて、足を真っ直ぐ伸ばす―――それぐらい風呂は広い。浮かんでいる花弁を湯ごと手で掬って持ち上げてみて、それをそのまま下へと流す。無言でそれを眺めてからゆっくり、肺の底から吐き出す様に息を全部吐く。

 

「ふぅー……生きて戻れたかぁ……」

 

 肺の中に新鮮な空気を送り込みながら、こうやって今、生きていられる幸運を噛み締める。とはいえ、あまりにも運が良すぎると()()()()()()()()()()()と考えてしまいそうだが。マターボードがあるから特別……なんて考えを持っていたらいつか本当に死にそうだからあんまりそういう風に考えたくはない。謙虚、謙虚でいるぐらいがちょうどいいのだ。

 

「んー……傷が増えたな」

 

 湯船の中から足を伸ばして持ち上げる。突き出された白く、細い、女の足はパっと見、すべすべしていて綺麗の様に見えるが、顔を近づけてみれば目立たないレベルでたくさんの傷が刻まれている。特に本日の一件で刻まれた新しい傷跡は治らなかったらしく、裂傷の痕がしっかりと足に残されている。たぶん殴り飛ばされた時、転がっている間に切ったのだと思う。逆側の足、手、と確認するが今日の一戦で新しく刻まれた傷跡が多い。なまじフォトンが足りなかっただけに、そのまま残されてしまうのだろう。

 

「―――システム的なもんはとことん信用ならない相手、か」

 

 ゲーム的な信頼は全て捨てたうえで相対しなくてはダークファルスの相手は務まりそうになかった。いや、それでさえどうにかなるかなんて不明だった。勝率が0の相手と命を賭けて勝負、なんて事は人生で初めての経験だった。当たり前だ、地球の頃はただの学生だったのだから。なぜオラクルに、こんな女の体で、自分は命を賭けて戦っているのだろうか―――。

 

「―――あ、やっぱり髪を上げてない。もぅ」

 

「ん、マトイか」

 

 一緒に風呂に入る気満々なのか、服を着ていない全裸のマトイが風呂場に入ってきた。既にこうやって一緒に風呂に入るのは一度や二度の事じゃないから別に驚きはしないのだが、こうやってマトイが隠す事もなく裸姿を見せて、一緒に風呂に入ろうとするのを見る度に自分が女である事を自覚して、少しだけ心が痛い。裸だ! やったぜ! ……と喜べなくなり、普通に対処する様になったこの感覚も女のそれに近い。ドンドン元の自分からズレているなぁ、と感じるも、あまりそこに恐怖は感じない。

 

「ほら、もっと前に詰めて。髪を上げるから」

 

「えー……めんどい……」

 

「ダメ」

 

 シャワーでまずは汗を流すマトイの押しの強い言葉に少しだけ笑う。最初の頃はただの流されるだけのオドオドとした被害者だった。だがそんな子も日常生活を続けている内にこんな押しが強くなってしまった。あの時からあまり時間が経過していないのに、こんなにも簡単に人は変われるのだ、自分の起きた変化も、まぁ、そんなものなんだろうなぁ、という気持ちだった。まぁ、こういう事は考えるだけ無駄だというのも良く理解しているから、あまり深く考えない事にする。その時の状況、勢いで考えなんてものは変わるのだから。

 

 とか考えている内にマトイがシャワーを終わらせて近寄ってくる。入る場所を作る為に前の方へと進めば、後ろの方から入り込んでくる。髪を上げるとか言ってたし、これでいいのかなぁ、と思ったが正解だったらしい。サクサクと風呂の中に入ってきたマトイがそのまま後ろから湯に浸かって広がっていた髪を集め、水を切りながらそれを纏めて行く。慣れているその動作に流石中身まで完璧に女の子だなぁ、と評価するしかなかった。

 

「もぉ、駄目だよ? 髪の毛を浸けっ放しにすると痛むし、重くなるし、乾かす時が凄く大変なんだよ?」

 

「えー、軽く乾かしたらそのまま放置でいいじゃん」

 

「それで濡れた床を掃除するの私なんだよ……? 本当にアキナってデコボコだよね。服とかアクセサリーには気を遣ったりしてるのに、それが美容とかになった途端に無頓着になるというか……まるで男の人みたい」

 

 元男だからそこらへんの知識や経験があやふやなのだ、と言い訳したい所だが、このオラクルの中でそう言って信じてくれる人間はおそらくシオンだけなのだろうと思う―――いや、待て、そもそもシオンは人間なのかアレ? 手足が宇宙になってるし、人間として表現するには些か無理がある気がする。という事は人間で信じてくれそうな人物がいない事になる。

 

 ……まぁ、もう、別にどうでもいいことなのだが。

 

「はい、出来た」

 

「お?」

 

 ホロウィンドウでミラーを生み出し、それで横から頭の裏を見れば、白い長髪が一纏めにされており、アップに固定されていた。器用だなぁ、と思うしかなかった。こういう細かい作業が自分は苦手だ。

 

「さんきゅさんきゅー……あー……気持ちいいー……」

 

「あわわわ、こっちに寄りかからないでよー」

 

「ふはははー、潰れろ潰れろー」

 

 後ろへと寄りかかり、浴槽と背中でマトイを軽くだが押しつぶす様に寄りかかる。焦った様な声をしているが、実際はそこまで焦ってはいないだろう。少しだけ楽しんでいる色が声にあるのが解る。だからそれを理解してこちらも少し遊ぶように振る舞える。ただ後ろで少しだけはしゃぐようだった声がマトイから消え、

 

「どうした?」

 

「うん……背中に傷が……」

 

「あー……今日は派手にやらかしたからなぁ」

 

 さっさと向き合う様に位置を入れ替えておくべきだったかなぁ、と思いつつマトイに寄りかかるのを止めて、距離を開ける。背中に暖かい指の感触を感じ、少しだけくすぐったさを感じる。その指先が震えているように感じる。

 

「ねぇ、アキナ……本当に大丈夫? 今ダークファルスが来ているんだよね? ここにいるって事は出撃しないんだよね……?」

 

 不安そうな、しかし肯定して欲しいという意志が見える声で、マトイが此方へと言葉を送った。少しだけ、申し訳なく感じ、よっと、声を零しながら湯船の中で反対側へと向き直り、浴槽の反対側からマトイへと視線を正面から向ける。

 

「残念ながらダークファルスは来る。俺が帰ってきた時点であと6時間ほどで到着……だからあと5時間もあればオラクル船団に到達するんじゃないかな、アイツ。……俺も特攻野郎(キチガイ代表)(アークス)チーム連中とダークファルスを殴りに行く予定だから、残念ながら一緒にいてやることは出来ないんだ、悪いな」

 

 マトイが返答に顔を伏せて黙った。本当に可愛い奴だなぁ、なんて思いながら両手でマトイの頬を挟んで、タコの口になる様に潰した。

 

「ぶにゅ」

 

「なんて顔をしてやがる」

 

「それ、今貴女がやったんだよ?」

 

 そうでなくてもだ、と言葉を置く。だからいいか、と言葉を置く。両手を解放して、同意をマトイから得る。だから最後に一度だけいいか、と言葉を置いた。

 

「―――俺はアークスだ」

 

「うん」

 

「俺は戦う義務がある」

 

「うん」

 

「俺達アークスは様々な特権の代わりにダーカーと戦わなきゃいけない」

 

「うん」

 

「ダーカーと戦う為に俺達アークスが存在する」

 

「うん」

 

「俺達が戦う事で多くの人が救われる」

 

「うん」

 

「俺達が戦わなきゃ大勢死ぬ」

 

「うん」

 

「―――だけどな、そんな事は別にどうだっていいんだよ」

 

「……え……」

 

 マトイの困惑した様な言葉に詰め寄り、笑顔を浮かべたまま、額をこつん、と軽く合わせ、目を閉じる。

 

「いいか、マトイ。俺は知らない誰かの為に戦うんじゃない。俺がアークスとして戦っているのはそれが楽しいからって理由は確かにある。体を動かすのは楽しいし、フォトンを操るのは凄いし、俺は強いから皆俺を尊敬してくれる。俺が戦う事でみんなが俺を必要としてくれる。だからアークスってのは楽しいんだ」

 

 だけどな?

 

「それ以上に俺が今、アークスとして、ダークファルスを戦おうとするのは俺の日常の為なんだよ」

 

「日……常……」

 

 そうだ、日常の為だ。

 

「アヒンの野郎は何時も必死に家族を探しているからそれを手伝わなきゃいけない。コフィーさんには何時もお世話になってるから元気でいてほしい。オーザとマールーの二人には仲好くなってほしい。ロジオさんには研究が上手く行ってほしい。フーリエにはまたリリーパとの交流がある。ゼノニキには世話になったお礼をしなきゃいけない。クソザコエコーは鍛えなきゃいけない。ゲッテムハルトの馬鹿は正気に戻してやらないといけない。シーナちゃんはお尻ぺんぺんして反省させなきゃならない。クーナとはまた、遊びに行って色々と教えてあげたいし―――マトイ、君を守りたいんだ」

 

 この宇宙全体を守りたいのではない。

 

「知らない数百万の誰かじゃなくて、知っているただ一人を俺は助けたいんだ。全部終わらせて、帰ってきた所にお前が笑顔でいてくれれば、それだけで俺は頑張れるんだよ」

 

「……そんな言葉、卑怯だよ……そう言われたら何も言えないよ……」

 

 額を離し、サムズアップを向ける。

 

「第一俺を誰だと思ってやがる―――安藤だぜ? 負ける事はあっても最後の最後で勝つのはこの俺だ」

 

 その言葉を受け、マトイの目の端には涙があるが、それでも笑顔は戻り、

 

「―――うん! だから絶対に帰ってきてね。私、貴女を信じてるから」

 

 声が戻ってきた。その表情と言葉だけで力が湧いてくるのだから、覚悟が決まるのだから、

 

 自分とは、何とも簡単な生き物だと思う。




 次回、特攻野郎Aチーム!!

 Aは安藤、アークス、阿呆と読む!!! イカレたキチガイ共を紹介するぜ……次回な!!

 というわけで次回は出撃準備という事で。

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