安藤物語   作:てんぞー

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Blue Sky Blue - 5

―――まだだ、まだ君が倒れるには早すぎる―――

 

 声がした。聞いた事のない、少年の声だった。それは焦ってるようで、しかし、どこか確信を抱いたような、安心した様な、そういう少年の声だった。聞いた事のない少年の声が聞こえるが、視界はノイズとモノクロに完全に染まっており、それ以外の全てが見えなかった。ただ肌に突き刺さるような、そんな殺意の感覚はなく、自分という存在そのものがあやふやな感じがしていた。

 

―――近くて遠い未来で再び会おう、その時を待っている―――

 

 訳の分かる言葉で喋って欲しい。本当に、意味の解らないことばかりだ―――理解しようとしない自分が一番悪いのかもしれないが。だけど仕方がないじゃないか。考えるのは面倒なのだから。人生、ちょっと鈍感で馬鹿の方が楽しい。ゲームを遊ぶならそれぐらいがちょうどいいのだ。脳死プレイ、悪くないと思います―――そのせいで死にかけたような気もするが。ああ、なんだろう、なんといえばいいのだろうか……感想が見つからない。

 

 そう、なんて言えばいいのか、なんて思えばいいのかが解らない。混乱しすぎているのだ。だけどなぜか、一連の流れを通して必要以上に取り乱さない自分を見て、どこかでこうなる事を予感していたのではないかとも、考え始める。

 

 ノイズが走る。世界がグレーに染まる。徐々に、徐々にだが世界がねじ曲がり、そして変わって行く。事実は変わっていない。変わっているのはあるべき場所だ。直感的にそう感じる。そうとしか感じられなかった。なんでそんな事が解るのだろうか。だけど、そう、なぜだろうか。不思議と思い出すのはあの白衣の女性の事だった。あそこへと案内された以上、彼女とあの仮面の存在はグルなんじゃないかと思えそうなのだが、不思議と彼女を疑う気持ちにはなれなかった。それよりも、

 

 彼女に感じたのは―――。

 

 

 

 

From A.P.228 To A.P.238

 

ずっとこの日を待っていた

 

 

 

 

「―――」

 

 一番最初に感じたのは日向の暖かさだった。先ほどまで感じていた人工的な、調整された温度ではなく、日光を浴びて感じる陽射しが体を温めている。背中に感じるのも硬い瓦礫の感触ではなく、しっかりと体を支える大樹の感触だった。緑の匂いが肺を満たし、それがやんわりと痛みを刺激した。

 

「―――い。―――か―――」

 

 頭が若干フラつく。体が痛みを訴えるが、それも徐々に薄れて行く。流石アークス、流石フォトン。なんでもありだぜ、と一人、空しく心の中でツッコミを入れながら少しだけ、目を開けて―――直ぐに閉じる。目の中に入り込んだ光がまぶしく、開けるのが辛い。ぐっ、とうめき声を漏らしながら少しずつ光に慣れる様に、瞬きを繰り返しながら目を開けて行く。眩しい、が、それを遮る様に誰かがいる。

 

「おい―――ぶか?」

 

 口の中を切っているのか、血の味がする。横へと視線を背けてから口の中に溜まった血の塊を唾と共に吐き捨てる。まだまだ痛みが体に残っていて、全身が痛い。だけど痛いという事は痛みを感じられる程度人は生きているという事の証明でもあった。馴れていない痛みという環境なはずなのに、妙に懐かしさ、そして慣れを感じる。

 

「おい、アンタ大丈夫かよ? モノメイト飲めるか?」

 

「ぐ……」

 

 ゆっくりと目を空ければ、正面、黄色い服装……確かブリッツエースだったか、それを着ている童顔の青年が膝を折る様に立っていた。その手にはモノメイトのパウチが握られており、痛みを訴える体を無視しながらそれを受け取り、キャップを噛み千切ってから口の中へと一気にモノメイトの中身をぶちまける。口の中が切れているから痛いかと思ったが、口の中に入り込むのと同時にモノメイトの中に練り込まれたフォトンが傷口の修復を行い、痛みもなくドリンクを飲むことが出来た。

 

 体内にじわり、と広がるフォトンの感覚は言葉では表現しづらかった。ただそれがフォトンなのではあると、言葉では表現できない何かがあった。そしてそこまで来ると大分目が光に慣れて来る。モノメイトを飲んだことで体力や傷口も回復し、立ち上がれる程度には活力が戻っていた。アークスの技術は凄いなぁ、と思いながらゆっくりと、大樹を背に寄りかかる様に立ち上がる。

 

「お、っとっと……支えてもらって悪いね」

 

「いやいや、いいんだよ。というか……その、大丈夫か?」

 

「ちょっと辛い」

 

 活力は戻ってきても全体的に体がぼろぼろだった。割と真面目に早く、休める場所へと移動したいのが本音だった。でも今のこの状況、無駄に考えなくて済むのは幸いだった。あまり、現実とかゲームとかの事に関しては()()()()()()()からだ。畜生、と小さく息を漏らしながら、よろりと両足で立ち上がる。

 

「えーと……ここは……ナベリウスか。となると君はアークスかな」

 

「あ、いや、うん。一応アークス、なのかな? これが採用試験の最後だから」

 

「あー、はいはい。なるほどなるほど。じゃあ君も立派なアークスという事だ。うんうん、やっぱ宇宙のヒーローなら倒れている人を助けずにはいられないよね。俺もそうする」

 

 ふぅ、と息を吐いて心を、そして体を落ち着ける―――ゲームだ、ゲーム。熱くなりすぎるな、もっとフラットに、鈍感になって深く考えない様にして―――自己暗示の様に自分にそう言い聞かせながら武器を装備しようとするが、それに反応してエラーが発生する。即座に正面にホロウィンドウが出現する。

 

『Error―――能力値が足りません。バウンサーというクラスは存在しません。マグの使用許可が下りていないので機能をロックします』

 

「ふぉぁ!?」

 

 驚きのエラー内容だった。何事か、と即座に自分の状況(ステータス)を確認しようとすると、サブクラスに設定していたBoが消滅しており、そしてメインクラスに設定していたFiもレベルが30まで下がり、その状態でキャップが設定されていた。それ以上は経験値を取得しても成長を起こさない、そういう状態へと弱体化されていた。しかもレベルが足りない場合、それを補うためのマグまで装備できないのでいるのだ。嘘だろお前、としか呟くことが出来なかった。

 

 苦労して強化したヒャッカリョウランがゴミとなった瞬間であった。

 

 数M貯め込んでドゥドゥと勝負した日々とは一体なんだったのだ……。モニカスも許さない。

 

「心が折れそう……」

 

「おい、目が死んでるけど本当に大丈夫か……?」

 

 たぶん、と答えながらインベントリの中を軽く探る。現状、持ち込みの装備は全て能力差のせいで装備が出来ない。マグによる補正は装備できないから駄目だし、サブクラスが消えてしまっている以上、完全に駄目になっていた。その代わり、市街地緊急で拾っていたいくつかのゴミ武器であれば装備できる。後で売る為に適度に拾っておいてよかったな、と口に出さずに思いながら、ヴィタTブレイドを装備する。

 

 強化が施されていないクソザコ武器である事実に泣きそうだった。だがそれでも戦える。ヴィタTエッジを両手に握り、両腕を軽く動かし、体を動かす。夏はあるが、十分に動けそうだった。

 

「助かった。アークスの明菜ってんだ、よろしく」

 

「あ、俺アフィン。よろしく……先輩?」

 

「もっと砕けた感じでいいよ。畏まられても困るだけだし。それにアフィンは命の恩人だしな! 割と真面目にメイト全部切らしてピンチだったんわ」

 

 あの仮面のダークファルス相手に。しかもサブのバウンサーが消えたとなるとレスタを使えない様になってしまう。そうなると自己回復手段が本当になくなってしまうから、アフィンに助けられなかったらおそらく原生生物の餌になっていたのではないだろうか。そういう訳で、まじめにこの青年は命の恩人なのだ。

 

「いや……まぁ、うん。お前がそういうならそれでいいよ。俺もなんかアキナとは初めて会った気がしないし……ちょっと待ってて。今教官にどうするか聞いてくるから―――あ、ヒルダさん」

 

 アフィンの声と共にホロウィンドウが出現する。そこに表示されるのは男前、と表現できそうな短いけどふわっつぃた髪の持ち主―――オペーレーターのヒルダだった。自分の知る限り、アークスをサポートするオペレーターの中でも一番経験が豊富な人物で、リーダー格だったはずだ。ホロウィンドウに登場したヒルダが口を開く。

 

『此方の方でも確認した。悪いがアキナにはアフィン候補生と共に最後まで進んでほしい。此方で転送して回収してもいいが、想定外の状況に対処するのもまたアークスに必要な事だ』

 

「りょ、了解しました! ……という訳でよろしく頼むぜ相棒(アキナ)。あ、なんかノリで言っちゃったけど大丈夫?」

 

「問題ない問題ない。こちらこそよろしくな。ただ、まぁ……まだまだ体がアチコチ痛いから足を引っ張るかもしれないし」

 

『終わったらメディカルチェックの準備をしておこう。それでは以上だ』

 

 ホロウィンドウが消失、通信が切れる。ヒルダの顔が見れて少しだけほっとしたのは秘密だ―――少し前までは市街地にいた筈なのに、今ではなぜかナベリウスの森林にいる。その事がどうしても不思議で仕方がない上に、自分では色々と説明できそうになったからだ。原因のアレコレを考えるよりは、流れに任せて進める所まで進んだ方がきっと建設的に違いない。

 

 ―――こういうのを調べるのは、本当に落ち着いた時にやるのだ。今の心境じゃ到底不可能だ。

 

 歩き出す。

 

「ところでどこへ向かうんだ?」

 

「うん? あぁ、うん。この先のエリアにいるウーダンの群れの討伐が俺の試験なんだよ。トラブルが発生した場合はそのトラブルに対処して、その対応とちゃんと動けているのか、それを判断してアークスとしてやっていけるか最終的な通知をするんだって。……もしかして相棒って用意されたサクラとかじゃないよな? こう、トラブルの対処を見る為のなんというか」

 

「いやいやいや、そんな事はないから大丈夫。ちょっくら強いダーカーとタイマンしてたんだけど全く歯が立たなくてな。誰かが逃がしてくれたのか、今の所へと気絶している間に飛ばされたみたいなんだよなぁ……」

 

「うへぇ、ダーカーは嫌だなぁ……でもなぁ、アークスである以上ダーカーとの戦いは避けられないんだよな?」

 

「むしろ対ダーカーの方が遥かに回数多いんじゃないかなぁ……俺とか数えきれない数ぶっ飛ばしてるぞ」

 

 一回の緊急任務で数百はダーカーを殲滅する。特にPSEバーストが発生するとゾンディール等で固めながら無限湧きするダーカーをひたすら虐殺する時間に突入する。これを考慮に入れるとキルスコアは確か数十、数百万単位に突入していたりする筈。少なくとも自分が知っている上位のプレイヤー、つまり廃人クラスの連中は億単位のダーカーをぶち殺していた筈だ。改めてその数を考えると軽くキチガイって領域に突っ込んでいるよなぁ、と思える。ダーカー殺すのライフワークになっているの? って聞きたくなるレベルだ。

 

 森の奥へと向かって進んで行く。

 

 惑星ナベリウスは自然の豊かなエリアだったはずだ。森林エリア、氷雪エリア、遺跡エリア、そして壊世エリアという風にエリアが大きく分けられている。今のいる場所は森林エリアで、出現する原生生物もダーカーも、弱いのばかりしか存在しないエリアとなっている。確かにアークスの適性試験等を行う場合、弱いエネミーしか出現しないこの森林が一番安全だろうな、とは思える。少なくとも特殊な緊急クエストでもない限り、出現するエネミーのレベルは低い。

 

 時折、ガルグリフォンとかいう怪物が現れるが。

 

「ま、気負わず進もう。俺も戦える分には手伝うからな」

 

「ううーん、頼りたいけど頼っていたら試験で落とされそうなんだよなぁ―――」

 

 アフィンがそう呟いた直後、アラームが発生する。聞きなれた緊急通信のアラームへと耳を傾けるのと同時に正面、何もなかった空間に黒い歪みが発生する。その中から出現するのは最弱のダーカーとして有名で、毎回アークスに殺されているダガンだった。だがまだ正式なアークスにすらなていないアフィンにはどうやら恐怖の相手だったらしく、一気にパニックし始める。

 

 それを横で眺めながら笑う。

 

「余裕そうだなぁ!!」

 

「実際余裕っすわ。俺だけじゃなくてアヒンでもいけるぞ」

 

「アヒンってなんだよ!」

 

「負けてアヒンアヒン言わされそうだからアヒン」

 

「畜生、こいつ性格悪いぞ!」

 

「はっはっはっは―――」

 

 正面、ぞろぞろと出現したダーカーを前に、TD(ツインダガー)を両手、逆手に握ってやや前傾姿勢になる様に構える。

 

「ほら―――アークスとダーカーは不倶戴天の敵だぞ? 宇宙のゴミなんだからちょちょいであの世へダンクしてやらないと」

 

「ほんと気楽に言うなぁ、もう!」

 

 そう言ってアフィンもAR(アサルトライフル)を実体化させ、それを構えた。しっかりと訓練を受けているのはその構えがブレていないのを見れば解る。少し怯え、そして情けなさそうだが、それでも見習いアークスだ―――彼も戦える。それを確信しながら、

 

 まだまだ続きそうな、この長い一日の前に立ちはだかるダーカーへと向かった。




 実装状況、及び解放状況はEP1へ。ベータで遊んでいただけにてんぞーとしてはこのころは凄く懐かしい。今はBrが初期からあるけどあの時代はHuFoRaだけで、それぞれに対応するクラスを上げないと上位クラス解放できなかったのよね……。

 ほんとあの頃と比べると超変わったわなぁ、ぷそにーは

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