安藤物語   作:てんぞー

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In To Blackness - 2

 むくり、と目が覚めた。

 

 ソファから上半身を持ち上げ、そのまま数秒間ぼーっとしてからかけっぱなしの音楽に、軽く意識を取り戻す。寝汗と疲労で体がドロドロな感じがする。欠伸を漏らしながらソファから降りる。ネクタイを引っ張り、シャツに手をかけて一気に引っこ抜いて床に脱ぎ捨てる。ブーツも足を揺らして蹴り飛ばす様に壁に叩き付けて脱ぎ捨てて、スカートのホックに指を合わせて床に落とす。そのまま背中に指を回してブラジャーのホックを外し、そしてショーツを蹴り飛ばす様に脱ぎ捨て、シャワーボックスを設置して風呂場に設定した三つ目の部屋へと進む。

 

 欠伸を漏らしながらシャワーボックスへと近づき、水圧と温度を外側のスイッチで調整する。軽く手をシャワーボックス内部へと突っ込み、心地よい熱さがそこにあるのを確かめてから手を抜き、入ろうとしたところで足を止め、横へと視線を向けた。

 

 バルコニー側、そこは設定によって扉が排除されて窓のみとなっており、その窓に反射して自分の姿が映っている。そこに見えるのは裸のローゼンロングテール2の髪型をした女の姿だった。窓に映るその女の姿を見て動きを完全に停止させ、数秒間、動かずに眺め、反射して映るその姿に手を振る。当たり前の様に、反射された姿は振り返してくる。その姿を見てから下、自分の体へと視線を向け、

 

 そっと、両手で顔を覆う。

 

「……どうやって洗うんだろこれ……ビジフォンで調べるか……」

 

 

 

 

 アークスって食事どこでするんだ? と思ったりもしたが、ゲーム内で表示されているショップエリア、カジノエリア、ロビーエリア以外にも行ける場所は多くあった。ただ単純にそれしか表示されていないのはゲームとしての都合だったっぽく、ビジフォンから食べる場所を検索すればアークス向けの超巨大フードコートが存在するのを発見した。当たり前の話だが()()()()()()なのだ。そう、船団という大規模で宇宙を彷徨っているのだから、そこらへんの施設とか充実していない理由がないのだ。

 

 そういう訳で朝、割とショッキングな経験を済ませるとフードコートに顔を出した。凄まじいと表現できるレベルで広く、全部で三階まで存在する、そういう規模のフードコートだった。存在する店舗も凄まじく多く、アークスの場合は割引が利くらしいので、朝から大量のアークスが朝ごはんを食べる為に集結しているのが見える。そして並びながら踊っているのを見るとアークスはいつも通りなんだなぁ、と思えてしまう。

 

 ともあれ、こんな場所で食べるのは初めてで、何を食えばいいのか若干困ってしまう。朝の衝撃的な光景を脳内から洗い流す為にも、適当に見廻し、そしてランダムに選んだ場所で朝食のセットを購入した。

 

 ―――その結果、からあげがくっついてきたバターチキンカレーを購入する事になった。

 

 ルゥの中央にバターライスが存在し、その色が黄色い事から多分サフランライス的なアレだと思う。店舗としてそこに存在するという事はまずいという事はないのだろう、チャレンジャー精神でライスを崩してルゥと軽く混ぜ、口の中へと運ぶ―――美味しい。朝からカレーはちょっとヘヴィなんじゃないか? と思ってしまったが良く考えればアークスは体を大量に動かすし、何より今は腹が減っている。

 

 気が付けばあのソファで丸一日熟睡してしまったし、晩御飯、朝ごはんを一緒にしたと思えば丁度いいのかもしれない。このラッピーのカレー屋さん、という店舗の名前をしっかりと脳内に刻み、次回はキングラッピーカレーと言うものにでも挑戦しよう、と硬く心に誓う。

 

「ほむ―――触覚・味覚・聴覚・嗅覚・視覚……全部がちゃんと感じられる、か―――」

 

 五感すべてが機能しているのを自覚し、スプーンを口に咥えたまま、頬杖を付いて考える。バイトを紹介した阿呆曰く、

 

『―――現実とバーチャルの差だって? それはとても簡単だよ。それは()()()()()()、だよ。解りやすく言えばバーチャルはどんなに便利であってもその情報密度では現実へと届かないんだよ。より密度の薄いバーチャルだからこそ僕たちは数値や機器を使って改変、介入することが出来るんだよ。それが現実では通じないのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からなんだよ……解るかい? 逆に言えばバーチャルの情報密度を現実と等価の物にすればバーチャルは現実たりえるんだ―――そしてエーテルにはそれを成し遂げる可能性がある―――』

 

「VRMMOの状態で触覚や味覚が不完全だったのはその情報密度が足りなかったから、か? となると五感が全て完全な状態で感じられる今、ここにある情報は現実と等価である―――と言いそうな事だなぁ」

 

 まぁ、正直難しすぎる話だ。ゲームだと鈍感に思い込むのも限界があるし、そろそろ次のステップ―――これはそういうもんだ、と適当に流しておくべきことかもしれない。それはそれとして、このボディを日常生活で扱えばいいのか、そこら辺は割と困っている部分があるからやはり勉強だろうか。ここら辺、ソロで学ぶ以外には怪しいだろうな―――。

 

「女のソロプレイって発言はなんか凄まじく艶めかしいぞ……!?」

 

「朝からなに劇画風に表情作りながらアホな事言ってるんだよ」

 

 よ、という軽い声と共に声の方向へと視線を向ければ、赤毛のアークス―――ゼノの姿がそこにはあった。此方とは違ってゼノの朝食はパンケーキのセットとコーヒーらしく、それを二人分トレイに乗せて運んできていた。対面側を顎で指してくるので、どうぞ、と軽くカレーを前に引き寄せながら答える。

 

「おう、サンキュー。昨日見た感じ割とボロボロだったけどもう大丈夫か?」

 

「一日ぐっすり眠ったからな。まぁ、今日はお休みかなぁ。気が付いたら資産の7割が吹っ飛んでたからちょっと首を吊りにナベリウスへと行きたかったんだけどなぁ……」

 

「なにがあった」

 

 何があったかと言えば―――色々あったとしか言えない。思い出せば思い出すほど鬱になりそうなので、それを忘れる様にカレーを口の中へと運ぼうとすると、ゼノの横に座り込んでくる女性のアークスの姿が見えた。

 

「あ、こら、ゼノ! さっさと進まないでよ! もぉ、一瞬見失っちゃったじゃない!」

 

「悪い悪い、ちょっと知り合いを見つけちまったもんでな。っとそうだ、このすっとろいのがエコーで」

 

「コール・ミー・安藤」

 

「いや、お前の名前はアキナだろ」

 

 教えてないはずなのに―――と思ったが、そう言えばパートナーカードを受け取っていた。ならそれで向こうも此方の情報をチェックできるようになっている筈だし、それで解ったのかもしれない。まぁ、隠す事等欠片っもないのだから別に調べられようとも何も痛くはない、というかガンガン調べて帰り道を教えてほしい。いや、無理なのは解るのだが。

 

 まぁ、痛くもあるが楽しい未知の環境だ―――割と戻らなくてもいいんじゃないかなぁ、とか思っているのも事実だ。

 

 ただの大学生よりはこっちの方が遥かにドラマティックで、楽しいし。

 

「ま、元気そうなのが見れて良かったわ。昨日は息も絶え絶えって様子だったからな……結局どうしてあんなボロボロだったんだ?」

 

「あー、仮面被ったダーカー? そんなのと戦ってたんだけど見切られるわボコられるわぁで惨敗したからなぁ。まぁ、なんかこうきっと素敵な主人公補正というべきもので逃げ切れたし、そこらへんはまぁ、いいんじゃないかなぁ」

 

「ものすっごい適当だなぁ、おい! まぁ、仮面のダーカーか……ちょっと警戒しておくわ」

 

 真面目な性格しているなぁ、とは思うが、同時に面倒見もいいと思った。先輩アークスとしてこういうタイプの人間がいれば、きっと後輩としては頼りに出来るのだろうな、と。そのまま十分ほどゼノとエコーと中身のあるようでない雑談を朝食ついでに行い、先にこちらの方が食べ終わったので運んできたトレイを片づけてフードコートを去る。その凄まじい広さ故、コンプリートするには数年単位でかかりそうだなぁ、と思わざるを得なかった。

 

 ともあれ、食べ終わったところで向かうのはアークスシップ―――ロビーだ。ゲームの頃、自分の知っているPSO2と全く違う事になっているのは、もはや理解している事だった。今日は出撃せず、体を休めながら良く利用する施設を調べておこう、そういう考えだった。ともあれ、まずはアークスロビーに到着し、コフィーの所へと向かう。

 

「あ、アキナさんですね。試練の方のオーダーのデータをいまからお送りします。メディカルセンターの方から今日は絶対に出撃させるな、と念を押されていますので、今日は出撃の許可を出せません。試練の方に挑戦がしたければまた明日、お越しください」

 

「うっす」

 

 コフィーに軽く頭を下げ、クライアントオーダーのデータを受け取り、とりあえず表示されたウィンドウを閉じる。ロビーに中央の方へと視線を向ければまたアークス達が踊っているのが見える。その方向へと向けて踊りを返せば、それでコンタクトが完了する。連中も中々充実したアークス生活を送っているようだ。同じアークスとして嬉しい事だ。踊りで別れを告げ、その足のまま、今度はクラスカウンターへと向かう。

 

 今度調べるのはクラスの状況だ。

 

 此方へと漂着、とでも表現すべき現象が発生してステータスを確かめた所、バウンサーは存在しない、と表示された。そうなってくると非常に恐れた事態が発生している可能性がある。

 

 故にクラスカウンターへと赴き、自分と現在のクラス状況を確認する―――その結果は、予想通り、悲惨の言葉に尽きた。基本クラスであるハンター、レンジャー、そしてフォース。レベル制限がかかっている事からキャップのレベル30までレベルが落ちており、その状態で止まっている。溜めこまれた経験値のオーバーフローなんてものは発生せず、おそらくは制限を解除してもレベル30のまま、再びレベルを上げる必要が出て来るだろう。

 

 だがそれ以上に悲惨だったのは上位、或いは派生扱いされているクラスだった。テクター、ガンナー、そしてファイター。この三つの内二つ、テクターとガンナーはそもそも未取得扱いとなっており、レベルが1、クラスの選択不可能に設定されている。その上でサブクラスに愛用していたバウンサーは存在せず、そして奥の手、()()()()()()()()()()ブレイバーもバウンサー同様、存在しないクラスとして扱われていた。つまり現在使っているクラスであるファイター、そして残りの基本の三クラスを除けば他のクラスは全滅している、という酷い様子だった。

 

 倉庫の中身ロストに続き今度はほぼ初期化―――頭が痛くなってくる状況だった。だがインベントリのヒャッカリョウランとカタナが消えていないあたり、おそらくいつか、ブレイバーとバウンサーが実装されるという事なのだろうとは思う。それが何時かは解らないが、ともあれ、最優先で今はすべてのクラスの取得、レベル制限の解除、そしてレベルのカンストを目指すのが最優先かもしれない。少なくともレベル75で【仮面】と戦って敗北したのだ、今かち合うような事があれば間違いなくミンチにされる。

 

「―――ぐぬぬぬ、なんというか、うーん……まぁ、代償と考えておこう」

 

 歯ぎしりしながら、この面白状況に突入するコストとして支払った、と自分に言い聞かせる。あえて言うなら強くてコンティニュー、そういう類の感じの状況だ。そうやって自分に言い訳して、納得できる言い訳で心を落ち着かせる。今の所、レベルの制限を解除しなければどのクラスになっていても変わりはしない―――クラスはこのままファイターで放置するとして、レベル制限が解除されたら素早くどこかに籠って限界までレベリングというコースだろう。

 

「んじゃ次はショップを見て回るか―――」

 

 アークス向けのショップエリア。それは大魔王ドゥドゥと二代目魔王モニカが存在する地獄のエリア。基本的にそこ以外があまり利用しないのだが、リアル環境となってくるとメンテナンスやクリーニングとか、そういう事で訪れる回数は増えたり、利用者も増える―――と、ビジフォンで調べた。まぁ、装備がほとんど初期化されてしまった今、残りの7Mの内5Mはおそらく装備の強化費用でここ数日中に蒸発するだろうなぁ、とあたりをつけている。

 

 そんな事を考えながらトランスポーターに騎乗し、アークスロビーからショップエリアへと転送を行う。ショップエリア一階部分、中央西側から出現し正面、中央テーブルの前へと視線を向けると、

 

 そこには静かに、目を閉じて佇む白衣の女の姿があった―――。




 アークスならとりあえず踊るという思考。だけどよく考えるとエルダーでも仇花でも暇な待ち時間は踊っているアークスがいるから割とこれで間違っていない気がする。ボス戦の合間に踊る姿はまさしくアークス……そう……アークスの採用試験にはダンス部門があるのだ……。

 なんだかんだで全知ぃぃぃぃだからシオンさんいれば何とかなるという思考。実際正体を考えると色々と介入出来そうよなぁ。

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