安藤物語   作:てんぞー

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In To Blackness - 3

 ―――女は黒いメガネと白衣を装着していた。

 

 だがそれ以上に気になるのは彼女の手足だった。透き通る青色はまるで命のある星の海を思わせる物であり、彼女が純粋な人間ではない事を証明していた。彼女はまるで待ちわびていたかのように此方へと視線を向け、静かに此方の事を待っている。その視線を受け、ゆっくりと、彼女の前へと向かって進む。不思議と、恐怖も嫌悪感もなかった。ただ、彼女の存在に感じたのは懐かしさと優しさだった。安心する。それが彼女を見て思った事だった。

 

 その胸には半透明のIDが表示されており、オラクルの言葉でそこには”シオン”と書かれてあった―――つまり、この白衣の女はシオンというらしい。

 

 彼女の前に立ち、足を止める―――空間が少しだけ変質した様な気がする。

 

「―――私達と私はずっとこの時を待っていた」

 

 シオンが口を開いた。

 

「貴女の認識における領域で優位の事象の取得が行われる。優位事象内で行われ、得た物は貴方以外では得られない物となる。貴方が手にする武器は私達と私は知らない。知らない。知りえない未知。だがそれを私と私達はずっと待ち続けていた―――」

 

 シオンが海の腕を前へと出す。そこには光の塊が集まっていた。その動きを理解し、此方も腕を前へと出せば、シオンの手から離れた光の塊が此方の手へと移り―――データとして登録された。自動的にメニューが更新、項目にマターボードという物が追加された。

 

「可能性とは常に不定で不安定で形を成さない見えない武器。しかし優位事象を集め、それを形として形成し必然を成す―――そのものをマターボードという」

 

 シオンの言葉は続く。

 

「私は知らない。私達は知らない。ただ、それが何時かの貴方にとって必然の事象である事は私は知っている―――わたしの名はシオン。私は謝罪する―――」

 

 そこまで言葉を放ち、シオンの姿がノイズと共にかき消えて行き、消滅した。周りへと視線を向けるが、誰も気にする事無く、誰も気づくこともなく歩き、それぞれの目的を果たそうとしていた。まるで最初からシオンなんて存在しなかったような、最初からここでは何も起きていなかったような、そんな態度だった。だがメニューを確認すればそこにはちゃんとマターボードが存在した。頭を掻きながらつぶやく。

 

「……俺の解る言葉で喋ってくれ……」

 

 割と切実に。ただマターボードを確認すると、そこには優位事象の破片、と書かれたものがいくつか存在し、それを保有している存在も書き記されている。そこには様々な指令の様なものがボードに書き込まれており、それをこなす事で事象を集めることが出来る―――らしい。あまり良く解らない。目の前に浮かべたホロウィンドウを見て軽く首を傾げていると、

 

「お、さっきぶりだなアキナ」

 

「ん? あ、ゼノじゃん」

 

 ちっす、と片手で挨拶するとゼノが手を振り返してくる。そしてそのまま、どこかへと歩き去って行く。まるでそれに反応したかのようにマターボードが輝き、そして今まで空位だったスペースに事象が記入された。それを見てなるほど、と呟く。

 

「とりあえずやってみりゃあ解る、か。他にヒントもないし。それにお使いクエストには慣れているし―――RPG的に考えて」

 

 マターボードを確認し直す。その中の大半はエネミーを討伐して指定の物品を回収せよ、というものだった。つまり出撃許可が出ない限りはマターボードを埋める事は出来ないようだ。だがその代わりにいくつかのアークスに対して接触する、という条件の物もあった。それぐらいなら割と簡単に出来るな、と判断する。ともあれ、優位事象とやらが一体何なのかは良く解らないが、それでもあのシオンとかいうミステリアスゴーストが頼んできたのだ。

 

 たぶん、悪い事じゃない。

 

 なぜなら彼女の声にはどこか、必死な感じがあったから。

 

「―――んじゃ、ちゃちゃっと埋めてみるか……」

 

 

 

 

 そこから数時間ほど、アークスシップを駆け巡るハメになった。アークスシップ内の探索、場所の把握、アークスの顔を覚えたりするのには便利と言えば便利ではあったが、それでも全体的に疲れたという事は否定できなかった。だけど、そのおかげでアークスシップ内で埋める事の出来るマターボードの内容は埋めることが出来た。その内容をショップエリアにてシフタドリンクを片手に整理してみる。

 

「―――基本的に聞いた話の内容は昨日の事ばかりだったな……」

 

 走りまわって話す事十人程。その内容はどれも昨日のナベリウスに出現したダーカーの話だった。誰が聞いても先日のダーカーの出現は急すぎる物であり、そして通常で考えるとありえない事だったらしい。

 

 なにせ、事前に最終試験の為にダーカーを排除して、出現しない様に気を使ったのだ。その上でダーカーが該当エリアに出現したのだから、そりゃあ話題にも上るというものだろう。故に話題の方向性は一つ、ダーカーがナベリウスで突然大量発生した事だった。そしてもう一つ、それはナベリウスで犠牲になった人たちの話題だった。数人のアークス候補生たちが犠牲になり、そして無関係な一般人もなぜか死亡していたという報告である。

 

 それとはまた別に、仮面を被った存在も確認されている。

 

 ―――つまり、【仮面】が市街地から追っかけてきているのかもしれないのだ。

 

 そうやって今回の情報を纏め、マターボードを進められるところまで進めてしまうと、脱力する以外の選択肢が自分にはなかった。チェリーソーダの様な味のシフタドリンクを飲みながら、溜息を吐く。座っている場所はショップエリアのステージ近くのベンチ、そこからはアークスシップの市街地が良く見える。アークス達はこの景色を守る為に戦っているんだよなぁ、なんて事を考えながら眺める。

 

「結局のところ、この体もシオンもなんなんだろうなぁ……」

 

 漫画とネットとビジフォン知識で体の事はゴリ押すからそれはそれでいいとして、割と楽しんでいるし―――それとは別にシオン、そしてこの状況に関しては混乱ばかりでどうしようもない。こうやって一人、冷静になって考える時間があるとどうしても嫌な事ばかり考えてしまう。たとえばリアルでの体はどうなっているのか、とか。大学の単位は大丈夫かなぁ、とか。心配するだけ無駄だというのは解っているのだが、考えなければいいと言うのもわかるのだが、

 

 それでもどうしても考えてしまうのは性分というものなのだろう。

 

「ブレイバーもバウンサーもなしなのは戦力的にキツイしなぁ……まぁ、やる事がいっぱいあるのは嬉しい悲鳴でもあるんだけどさ……それでも限度ってもんがあるからなぁ……」

 

 やりがいがあるのは間違いはないし、マターボードの追求というのも事実、楽しい事だ。段々と盛り上がってきているのを肌で感じ取っている。だけどそれとは別に、不安は隠し通せるものではない。どんなに武装して、ユニットを装備しても、それでも心だけは守れない。心だけは鎧を着ることが出来ないのだ。心を守る方法があるとしたら、それはきっと……馬鹿になる事なのだろう。少なくとも、自分はなんでも耐えられるほど心の強い人間だとは思っていない。

 

「―――ここ、いいかしら?」

 

 一人で考えに没入していたせいか、誰かの接近に気付けなかった。はっと、しながら驚いて顔を持ち上げればテラスの入口にハートブレイカー姿のポニーテールの子が立っているのが見えた。その子は対面側の席を指差している。特に占領しているわけでもないのでどうぞ、と短く返答すると、

 

「ありがとう。ふぅー……全く、アイツったら人使いが荒いんだから! もう、自分の足で調査して走り回るのってどれだけめんどくさいのかアイツッたら解っていないのよ―――って貴女に愚痴ってもしょうがないわよね。私はサラ、よろしくね、お姉さん」

 

「お、おう……まぁ、事情は解らないけどお前にしか出来ない事ならそりゃあきっと見込まれている、って事なんだろうな。俺は明菜、よろしく」

 

 手を出して握手する。割と人懐っこい少女だったらしいのか、或いは任務で疲れて愚痴りたいのかは解らないが、対面側に座った彼女は仕事仲間の愚痴を延々と続け始めるのだった。最初は若干引いたりもしたが、やがて誰かとの交流に飢えているような感じを見て、彼女が吐き出す様に言い続ける愚痴を相槌を打ちながら聞いて行く。マターボードに反応がないという事は関係のない人間なのだろうが、マターボードやクエストに関係ある人間だけと交流を持つのもなんか機械的でつまらない。

 

 降って湧いた幸運とでも思って楽しもう、と判断した。

 

 それから一時間ほど、サラの話を聞いていた。彼女もそれだけ話をすると満足したのか、愚痴の数が減っていた。

 

「あーあ、マリアもシャオもどうにかならないかなー。特にマリアよ、マリア。かなりいい加減なんだから……キャストって普通もっと几帳面なタイプなんだけどなぁ……っと悪いわね、なんか私ばかり話を押し付けちゃった感じで。話しやすいからどんどん押し付けちゃったし」

 

「聞いているこっちでも割と楽しい話だったし、そこまで気にすることじゃないよ。それに俺も割と今は暇にしていたしねー。怪我をして今日は出撃出来ないからさ、時間を潰すアテもなくてなぁー……」

 

「あ、そうだったの? だったらもっと早めに言えばいいのに。何といっても私は船団生まれの船団育ちのアークスっ子よ、ちょっとした暇つぶしや遊び場で言えば結構詳しいわよ、私。予算ってどれぐらいあるの?」

 

「あー……DF【不運】(ドゥドゥ)との対決用に5M……500万を残すとして、生活費に100万残して、コスとかアクセに80万……大体遊べるお金は20万かあ?」

 

「うわ、結構お金持ちじゃない貴女。マリアもシャオも滅多にお小遣いくれないのよね。欲しいものがあったら現物で支給するってタイプだし」

 

「いい保護者じゃないか。俺とかショップ覗いててあ、これ欲しいって思ったらソッコで資産蒸発させるからな」

 

「……あぁ、うん。なんかそういうタイプに見えるわね」

 

 おい、と言うとキャー、と言われ返された。そのリアクションに多少苦笑していると、さあ、とサラが言いながら席を立った。

 

「とりあえずナウラ三姉妹の隠し店舗へと行きましょうか! 基本的に場所を公開しない、客への宣伝を行わない、見つけ出した者のみが利用できる秘密のお店よ! 私、前々から行きたかったんだけどお小遣い持たせてくれないからいけなかったのよねー。貴女の財布に余裕があるのならこれはワンホール行けるわね」

 

「俺の奢りかよ! まぁ、いいんだけどさぁ!」

 

 少しだけしんみりとした午後になる―――と思っていたがそんな事はなく、

 

 その日は夜まで、サラと歩き回ったり騒いだりで時間を過ごした。




 サ゛ラ゛ち゛ゃ゛ぁ゛ぁ゛ん゛。彼女との時間軸上の最初のエンカウントは10年前の双子襲撃なのである。マトイの事をしっかり覚えていた辺り、サラちゃんそこら辺はかなり義理堅い子だったんだよなぁ、と。

 マリアさんは私生活絶対ズボラだと思うの……。

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