「この本丸に、監視カメラ?」
光忠と大倶利伽羅が長谷部の部屋で、驚いた声を上げた。
「庭はもちろんだろうが、部屋の中にもか?」
「ああ、本部が決めたらしい。あと、ドローンというものも飛ばすそうだ。」
「ドローン?」
「ま、空飛ぶカメラだと思ったらいい。」
長谷部の言葉に、光忠と大倶利伽羅は顔を見合わせた。
「まぁ、隠すことはないから別に構わないけど…。なんだか、恥ずかしいものがあるなぁ。」
大倶利伽羅が呟いた。光忠が長谷部に尋ねた。
「どうしてそうなったんだ?」
「2代目「大倶利伽羅」達がウィルスと戦って消えた事件が、結構本部でも問題になっていたらしい。その時カメラさえあれば、2代目達が秘密裏に行動して、消えてしまうことはなかったかもしれない…というのが、本部の判断だ。」
「…確かにな。」
「ただ、カメラの映像は、リアルタイムでは転送できないんだそうだ。」
「どうして?」
「次元の壁ってやつだ。いったん保存されたものを送ることはできるから、1時間ごとに映像を自動的に保存して、自動的に本部に送られるようになっているそうだ。」
「へぇぇ」
2人は感心した。
「その映像は俺たちは見れないのか?」
「それはできないようになっている。それをすると、意図的に映像を消されるかもしれないってことでね。」
「なるほどな。…2代目達の時にカメラがあったとしても、4代目が消しただろうな。」
「そういうことだ。」
「じゃぁ、その映像は本部だけが見るってわけか?」
「いや、希望する主にも届くんだそうだ。ただ、本部の検閲が終わった後だから、1日遅れるそうだが。」
「…うちの主は、絶対に希望を出すな。」
「ああ。」
3人は、ふと顔を見合わせて笑った。
「そうか…主が見てくれるなら、それもいいか。逆に、そのカメラを利用する手もある。」
そう言う大倶利伽羅を、2人が不思議そうな目で見た。
「利用?」
「そうだ。今まで、主に短刀達のダンスとか、わざわざここのビデオカメラで撮って送ってただろう?その監視カメラの映るようなところで踊って、自動的に送ってもらうってわけだ。」
「それいいな!」
「あーやっぱりだめだ!」
大倶利伽羅が頭を抱えた。
「?どうした?倶利伽羅?」
「練習風景も見られてしまう…」
「あーーー…」
長谷部と光忠が、同時に手を目に当てた。
「サプライズが、できなくなるな。」
「ま、早速、短刀達にも言っておくよ。もうすぐ、新しいダンスの練習時間だからな。」
大倶利伽羅が、立ち上がりながら言った。
「ああ、倶利伽羅頼むよ。」
長谷部の言葉に、大倶利伽羅は手を上げて部屋を出て行った。
光忠が、うつむきながら言った。
「しかし、2代目達の事が…本部を動かすとはね。」
「…うちの主が働きかけたのかもしれない。」
「主が?」
光忠が、驚いた眼を長谷部に向けた。
「カメラを設置しろって言ったわけじゃないとは思うが「こんな事が2度と起こらないように、防御の体制を強くしてほしい」と本部に通達しておくって、言ってたからな。」
「へぇ…。うちの主、結構、本部に口が利けるんだな。」
「そもそも、本丸に直接訪問できる主は、数人だけなんだそうだ。」
「えっ!?」
光忠が、驚いた声を上げた。
「えっえっ!?皆、来てるんじゃないのか?」
「ほとんどの主は、パソコンの外から覗くだけだ。」
「そうだったのか…。えっじゃぁ、どうしてうちの主はそんなことができるんだ?」
「主の勤めている会社が、今、俺たちのいるような2次元の世界を作る会社らしい。その中で、主は「長」のつく役職にあるそうだ。」
「…主って、あれで結構すごい人なんだな。」
「「あれで」はよけいだ。」
長谷部が、苦笑しながら言った。光忠は口を手でふさいだ。
「…仕事の流れだと言っていたが、たまたま、本部がテスト段階だった「次元移動装置」というのを、主が見つけてしまったそうだ。…というより、主はそれを自分で作ろうとしていたらしい。そうしているうちに、行き当たってしまったというわけだ。」
「主が作ろうとしてたってのも、すごいな…」
長谷部が、うなずいた。
「主は、それを本部に報告した。本部はかなり慌てたそうだが、主からこう提案したそうだ。「決して外部に漏らさない代わりに、自分の体をテストに使ってほしい」って。」
光忠は、目を見開いた。長谷部が続けた。
「正直、次元を超えること自体、主の本体…つまり現世にいる体にどんな影響を及ぼすかわからない。幽体離脱と同じらしいからな。」
「なるほど、幽体離脱か。」
「その幽体離脱が長く続きすぎると、本体が死んでしまうのだそうだ。」
「えっ!」
「…だから今は、訪問時間が「48時間」までとされている。」
光忠は驚いて、身を乗り出した。
「ちょっと待て、長谷部。それじゃ、主をあまり本丸に来させないほうがいいんじゃないのか?」
「回数の制限は今のところないそうだが…。来るなと言っても、あの主の事だ。自分から来るだろう。」
「…まぁ、そうだが…」
「本部が監視カメラをつけたのは、それもあるんだと思うんだ。次元を移動できる主達の体の負担を減らすために…。」
「!そうか。わざわざ主が来なくても、映像で俺たちの様子を確認できるからな。」
ほっとした様子の光忠に、長谷部が微笑みながら言った。
「だから、さっき倶利伽羅が言っていたように、カメラを逆に俺たちが利用して、主を喜ばせてやろう。」
「よし。俺も、短刀達のダンス練習に行ってくるか。長谷部は?」
「俺は、まだ事務仕事が残ってる。それが終わったら行くよ。」
「わかった。」
光忠は、長谷部に敬礼して、部屋を出て行った。
……
長谷部は、主から届いたビデオレターを見ていた。
「ごめんねぇ!長谷部君。こんなことになるとは思ってなかったのよ!」
女主(あるじ)が、そう言ってこちらに向かって手を合わせている。こんなことというのは、もちろん監視カメラの事だ。
「私は、ファイアーウォールとかをもっと強固にしてほしいって言ったつもりだったんだけど、まさか監視カメラとは…」
そう言って、主が両手を口に当てている。長谷部は、苦笑しながら見ていた。
「…参ったわぁ。これってさ、私が行った時も撮られてるってわけでしょー?今迄みたいに、皆に抱き付いたりできないわぁ。」
その言葉に、長谷部は「あっ」と思わず言った。確かにそうだ。
「…でも、抱き付くけどね。ひひひっ」
主が下品に笑っている。長谷部は思わず吹き出していた。
「ただね、監視カメラは付けても、本部は付喪神達の生き死にには関わらないんだって。」
「!…」
主が表情を曇らせて言った言葉に、長谷部は目開いた。
「本部が関わるのは、前のようにウィルスが流れ込んだり、明らかに本部の責任と言えるものだけってこと。私たち主が無茶な出陣させて、付喪神達が重傷を負ったり…というのは主の責任ということで、付喪神達が瀕死の状態としても、一切手を出さないそうよ。ま、それは確かに私たちの責任だから、仕方ないといえば仕方ないけど…。でも、私たちに映像が届くのは1日後でしょう?…どうにもしてあげられないのは…ちょっとねぇ。」
目に手を当てて悩む様子を見せる主の姿に、長谷部は胸が痛んだ。
「…でね、やっぱりお守りを買おうと思うの。」
長谷部は目を見開いた。…主が本丸を立ち上げたとき、最初は人数が少ないこともあって、必ず1体に1個守護札が配られていた。だが、それは主に負担をかけるものだと知っていた長谷部は、ある時期から断った。実は、出陣が減ったのはその時からだった。
「ちょっと今、人数が多いから、1人に1個というわけにはいかないけど、とりあえず出陣の分と、遠征の分で12個、万屋で買っておくから、長谷部君保管しておいてくれないかしら。」
「主!それは…」
長谷部が思わず声を上げたが、もちろん、ビデオの主には届かない。
「明日にも届くと思うから、お願いね。念のため金庫にしまっておいた方が、いいかもしれない。」
長谷部は腰を上げたまま、その場に固まっていた。
「じゃね。ちょっと今、詳しいことは言えないけど、仕事が忙しいのよ。会社に泊まり込んだりもしてるくらいなの。だから、休みがいつ取れるかわからないけど、決まったらすぐに連絡するからね。」
「主!」
「じゃねー。また明日ねっ!」
主がそう言った後、こちらに向かって「ちゅっ」と投げキッスを送ってきた。いつもなら面食らうところだが、今はそれどころではない。
長谷部は、慌てて返信メールを打った。
……
翌日-
「カメラって、いつ付くんだ??」
大倶利伽羅が立ち上がり、自室の天井を見渡しながら言った。
光忠が、畳に片膝を立てて座ったまま答えた。
「もう付いているよ。俺達には見えないんだってさ。」
「えっ!?」
「外に飛んでる「ドローン」ってやつも、見えないようにしてあるんだそうだ。じゃないと、壊す輩がいるかもしれないって理由でね。」
「あー…なるほどな。それじゃぁ、ダンスとかどこでやればいいのかわからないなぁ。」
「ま、至るところに設置してあるらしいから、どこでもいいんじゃないか?念のために、俺たちのビデオカメラでも撮っておいたらいい。」
「うん、そうだな。」
大倶利伽羅が、安心したように自分も座った。
……
「長谷部君、私の負担なんて気にしなくていいのよ。」
ビデオレターの主が、微笑んでいる。
「あなたたちの命が消えることに比べれば、安いものよ。そのうち、全員に行き渡る様にちゃんと揃えるからね。」
長谷部は、黙って主の顔を見ている。届いた守護札12個は、長谷部にしか開けられない金庫の中にしまってある。今後、出陣あるいは遠征に行く時に、1人1つ必ず持たせるようにとの主命だ。
「でも、出陣も遠征もさせる予定はまだ考えてないの。ま、単なる私の気休めだと思っておいて。」
気休めにしては、高い買い物だ…と、長谷部はビデオの主の顔を見ながら思っていた。
「あ、それで、昨日、本部からドローンで撮られたビデオ届いたのよ。」
長谷部は目を見開いた。
「倶利伽羅君から、「大広間」の映像は見ないでほしいってことだったから、ドローンが撮った映像だけにしたの。ドローンは、部屋には入れないからね。それでも、えらいデータ量だったけどね。」
長谷部は、苦笑した。
「短刀君達が遊んでる姿見て安心したわー。そのドローンってね、永続する音に反応して映像を撮るんだって。だから、必ず誰かが映っててね。飽きないわぁ。」
主が頬を両手で挟んで微笑む姿に、長谷部も、ほっとして微笑んだ。
「じゃ、また明日ね。」
主がまた、こちらに向かってチュッと投げキッスをした。長谷部は苦笑した。
(このメールも本部が検閲してるって、わかってやってるのかな…)
そう思いながらビデオレターを閉じた時、獅子王が自分の名を叫びながら駆け寄ってくる足音がした。そのただならぬ様子に長谷部は立ち上がり、ふすまを開いた。
「獅子王、どうした!?」
「大庭に竜巻だ!」
「竜巻!?」
「それも、ただものじゃない。かなり強大な奴だ。」
「何!?」
「たまたま1部隊の短刀達と外にいたから、皆を宿舎の大広間に閉じ込めた。今、光忠と大倶利伽羅に短刀達を守ってもらってる。」
「確かに大広間は宿舎の中心にあるが…宿舎は大丈夫なのか?」
「ああ、念のために石切丸に札を書いてもらったら、竜巻が宿舎の外で立ち往生してな。」
「!札が利くということは…」
長谷部の言葉に、獅子王がうなずいた。
「おそらく妖魔だ。俺も札を持っていたから、本舎(こっち)へ来れたんだ。」
「まさか、またウィルスじゃないだろうな!」
「わからない。だがそうだとしたら、かなりやっかいだ。前のように増殖されたら、どうにもならなくなる。」
長谷部は、唇をかんだ。
(これじゃ、何のために2代目達が命をかけてまで守ったんだ!本部は何をしている!)
獅子王が、長谷部の肩を叩いて言った。
「長谷部!今は悩んでいる場合じゃない。とにかく石切丸が書いたこの札を、第2宿舎まで届けてくれ。本舎の分はここへ置いておく。」
「!お前の分はあるのか!?」
「俺の分は、第3宿舎に持っていく。」
「!わかった。第3宿舎についたら、外へ出るんじゃないぞ!」
「ああ、長谷部も気を付けて!」
「ああ!」
獅子王が縁側から飛び降り、第3部隊の宿舎へ向かった。
長谷部も部屋を出ようとした時、パソコンからメールが届いたチャイムが鳴った。
「!本部からか!?」
長谷部はパソコンの前に戻り、メールを開いた。
確かに本部からだった。
『緊急事態
現在新種のウィルスが、次元移動できる審神者の本丸のみに出現している事象を確認。
各本丸の近侍は、付喪神達の安全を確保し、現状を報告願う。 』
長谷部は「くそっ」と呟くと、札を握りなおし縁側から飛び降りた。
『新種のウィルスが、次元移動できる審神者の本丸のみに出現』
第2部隊宿舎に向かう長谷部の脳裏に、その言葉だけが残っていた。
……
長谷部は、短刀達を宿舎の中央の大部屋に移動させた。
「ここにいれば、大丈夫だから。石切丸のお札が守ってくれるからね。」
長谷部は、不安そうな短刀達に笑顔を見せて言った。短刀達がうなずいた。
「長谷部様!」
2代目五虎退が、部屋を出ようとする長谷部を呼び止めた。長谷部は足を止め、振り返った。
「ん?どうした?」
「長谷部様も、出たらだめです!」
「え?」
「だって長谷部様、お札持ってないでしょう?」
「……」
長谷部は微笑んで「大丈夫だよ。心配ない。」と言い、部屋を出た。
自分の名を呼び続ける短刀達の声を後に、長谷部は厳しい表情で玄関に向かった。
(前もそうだった…。本丸(ここ)から主のいる現世に続く道にウィルスが出たんだ。…それを繰り返しているのだとしたら…)
長谷部は、玄関の前で立ち止まった。
(…主は、もうここへ来られないかもしれない。)
長谷部の目が、怒りでつり上がった。右手に出現した本体を目の前にかざし、両手でつかむ。そして、ゆっくり鞘を払った。
刀身が現れ、光り輝いた。
長谷部の脳裏に、2代目「大倶利伽羅」達が消える前に遺したビデオレターの1シーンが蘇った。
……
2代目3代目4代目「大倶利伽羅」が横並びに正座し、言葉を繋いでいる。
『俺達「大倶利伽羅」3人は、これから出陣します。場所は言えません。ただ、もう戻って来れません。』
『俺達、この本丸に生まれて幸せでした。きっと、どこの大倶利伽羅よりも幸せだったと思っています。』
『だから俺達の命と引き換えに、この本丸を守り抜きたい。』
『それが、俺達を最後まで育ててくれた、皆様への恩返しだと思っています。』
『これまで、本当にお世話になりました。』
……
(2代目達の死を無駄にはしない。俺が、これで最後にしてやる。)
長谷部は刀を一振りすると、玄関を開いた。
竜巻が、長谷部に向かって来ている。長谷部の髪が、風で逆立った。
長谷部は玄関を閉じ、近づいてきているその竜巻を睨み付けながら、刀を逆手に持ち直し片足を下げて構えた。
(刀で斬れるかどうか…しかし、俺にはこれしか…)
長谷部は、いったん目を閉じた。
(主、お許しを。)
長谷部は覚悟を決めると目を開き、得意の機動で竜巻へ瞬間移動した。
「長谷部様!!」
宿舎から、短刀達が飛び出した。
「!!!」
あまりの風の強さに、短刀達はお互いの体を抱き合い、その場に座り込んだ。
………………
…………
……
「ん?」
短刀達をかばうように抱いていた大倶利伽羅が、何かに気づいて顔を上げた。光忠も、顔を上げている。
「…風の音が止んだんじゃないか?」
「そうだな…」
短刀達も顔を上げた。大倶利伽羅が、不安そうに自分を見る今剣(いまのつるぎ)の頭を撫でてから、光忠に向いた。
「光忠は、ここにいてくれ。俺、ちょっと外を見てくる。」
「…わかった。念のために、札を持って行け。」
「札はここになきゃだめだ。」
大倶利伽羅は光忠にそう言うと、不安そうにしている短刀達に向いて「大丈夫だよ」と微笑んで見せてから部屋を出た。
廊下を抜け、庭に通じる縁側へと向かう。
風は止んでいた。
(消えてくれたか…)
そう思いながら、縁側に出た。
空は晴れている。あたりを見渡して見た。竜巻の姿もなかった。
大倶利伽羅は、ほーっと息をついた。
「なんだったんだろうな、結局。」
そう呟いて、念のために裸足のまま庭へ降りた。
「?」
倒れた木の傍に、何かが見えた。
「何だ?……!!」
人の足だとわかったとたん、大倶利伽羅は戦慄して駆け寄った。
「…長谷部…?」
長谷部が、傷だらけの姿で倒れている。
「!!長谷部っ!!」
大倶利伽羅は、ぐったりとして動かない長谷部の上体を抱き上げた。
「長谷部っ!!!目を開けろっ!!」
大倶利伽羅は、長谷部の頬を叩いた。だが、長谷部は目を覚ます様子がない。
「光忠っ!!長谷部が…光忠っ!!」
大倶利伽羅は宿舎に振り返り、涙声で叫んだ。