「お、これうまいな」
「そうだね」
「…………」
今は入学式翌日の朝八時、一年生寮の食堂だ。朝起きて俺と一夏は食堂に向かう途中で箒に会って『同門で幼なじみのよしみ』とやらで、三人で朝食を取っている。
ちなみに布仏さん、通称のほほんさん(俺命名)は未だに爆睡中です。後で朝食を持っていってあげた方がいいかな。いくら起こしても起きる気配がなかったし…
一夏からしたら、まだ馴れない女子の中にいる身として知り合いがいるのが助かるんだろうね。箒はよしみと言わずに純粋に一緒に食事がしたいって言えばいいのに……ちなみに席は一夏が真ん中に座って、左に箒、右に俺が座っている。
「ねえねえ、彼が噂の男子だって~」
「なんでも千冬お姉様の弟らしいわよ」
「えー、姉弟揃ってIS操縦者かぁ。やっぱり彼も強いのかな?」
昨日に引き続き、周りでは女子が一定の距離を保ちつつも『興味津々ですよ。でもがっつきませんよ』というむず痒い気配の包囲網。
女尊男卑な今でこうして見下すことなく見てくれるのは俺たちにとってはよかったかもしれない。もし学園内でも女尊男卑があったら、俺たちはパシリの様に使われたかもしれないな。
ま、そんなことしたら、俺と箒も武力(という名の腕力)を行使してそれを許さないだろうな。
「翔河くんは布仏さんと同じ部屋らしいわ」
「え〜、いいなぁ……」
「私、昨日メルアド交換しちゃった♪」
「ちょっとあなた、なに抜け駆けしてるの!?私にも見せなさい!」
そういえば昨日、一年生が九名、二年生が十三名、三年生が二十九名の計五十一名が自己紹介に来たっけ。覚えるだけで一苦労だった。今の正答率は八割ってところかな。
てか、みんな手に持った、或いはテーブルに置いたトレーの上にあるメニューが少ない。飲み物一杯にパン一枚、おかずが一皿(しかも量が少なめ)だ。ホントにそれだけで足りるんだろうか。欠食してないだけマシだが、ダイエットを考えてるならしっかり食べた方がいいぞ?欠食はダイエットには逆影響だ。
ちなみに、健康や体型維持にオススメなのは、朝は多めに昼夜を少なめにが一番効果的だ。これが家庭に関わってきた者の知恵である。
ぐだぐだと無駄な妄想をしていると、突然手を叩く音が食堂に響いた。
「いつまで食べている!食事は迅速に効率よく取れ!遅刻した者はグランド十周させるぞ!」
千冬姉さんの声がよく通る。途端、食堂にいた全員が慌てて朝食の続きに戻った。IS学園のグランドは一周五キロあるんだからな。箒と俺はもう殆ど食べ終わっていて、一夏は半分くらいで急いで食べていた。
ちなみに千冬姉さんは一年生寮の寮長も務めているらしい。いつ休んでるんだろうね、このハイスペックなお姉様は。
(まあ、今は来週のセシリアとの戦いに集中するか)
俺はそう考えていた。
────────────
忘れてた、コイツの存在を……
キーンコーンカーンコーン
「あっ。えっと、次の時間では空中におけるIS基本制動をやりますからね」
三時間目が終わった。IS学園では実技と特別科目以外は基本担任が全部の授業を持つらしい。休み時間十五分のために毎回職員室に戻らないといけない先生達は大変だ。
だが今のところ、そんなことはどうでもいい。
今、最も処理しなければならない難題が隣にいる。
その隣にいる
こいつほんとにISを動かしたんだろうか。今となっては確かめようのない過去ではあるが……頼めば作ってくれないかな、タイムマシン。
「ねえねえ、織斑くん達さあ!」
「はいはーい、質問しつもーん!」
「今日のお昼ヒマ?放課後ヒマ?夜ヒマ?」
昨日の様子見は終わりを告げたのか、山田先生と千冬姉さんが教室を出るなり女子の半数がスタートダッシュ、俺たちの席に詰めかける。今、『もう出遅れるわけにはいかないわ!』とか聞こえたのは、錯覚じゃないんだろうなぁ……
「いや、一度に訊かれても───」
対応に困って女子たちの後ろに目を逸らすと、なんか整理券を配っている女子がいた。しかも有料。商売をしない、商売を。
「…………」
そして心中穏やかではない箒は、一夏を囲む集団を自分の席からじっと見ていた。
嫌だったら追い払えばいいのに……あ、目を逸らした。
パアンッ!!
なんかもう開始二日目で既に聞き慣れたものとなった音が背後から聞こえたので振り向くと、一夏の後ろに出席簿を手にした千冬姉さんが立っていた。何があったんだろうね?
「休み時間は終わりだ。散れ」
千冬姉さんの言葉で一夏を囲んでいた女子が自分の席へと戻る。これぞ正に鶴の一声。まあ鶴じゃなくて鬼だと思うけど。
パアンッ!!
すいません。
「ところで織斑、お前のISだが準備まで時間がかかる」
「へ?」
「予備機がない。だから、少し待て。学園で専用機を用意するそうだ」
「???」
一夏がちんぷんかんぷんでいると、教室がざわめいた。
「せ、専用機!?一年の、しかもこの時期に!?」
「つまりそれって政府からの支援が出てるってことで……」
「ああ~。いいなぁ……。私も早く専用機欲しいなぁ」
一夏、絶対今の状況わかってないでしょ……
全く意味がわからないという顔をしていると、見るに堪えかねたという感じで千冬姉さんが溜め息混じりに呟く。
「教科書六ページ。音読しろ」
「え、えーと……『現在、幅広く国家・企業に技術提供が行われているISですが、その中心たるコアを作る技術は一切開示されていません。現在世界中にあるIS469機、その全てのコアは篠ノ之博士が作成したもので、これらは完全なるブラックボックスと化しており、未だ博士以外はコアを作れない状況にあります。しかし博士はコアを一定数以上作ることを拒絶しており、各国家・企業・組織・機関では、それぞれ割り振られたコアを使用して研究・開発・訓練を行っています。またコアを取引することはアラスカ条約第七項に抵触し、すべての状況下で禁止されています』……」
「つまりそういうことだ。本来なら、IS専用機は国家あるいは企業に所属する人間しか与えられない。が、お前の場合は状況が状況なので、データ収集を目的として専用機が用意されることになった。理解できたか?」
「な、なんとなく……」
簡単に要約するとこうなる。
1.ISは世界に467機しか存在しない。
2.コアは篠ノ之博士以外作れない。博士はコアをもう作っていない。
3.一夏が特別待遇。ただし実験体。
うん、我ながら上出来。
「あの、先生。篠ノ之さんって、もしかして篠ノ之博士の関係者なんでしょうか……?」
女子の一人がおずおずと千冬姉さんに質問する。だいたい苗字でバレるよな、そりゃ。
──────
「そうだ。篠ノ之はあいつの妹だ」
って、おい教師。個人情報バラしちゃってよかったのか?ちなみに束さんは今超国家法に基づいて絶賛手配中である。IS技術の全てを掌握している束さんが行方不明というのは各国政府、機関関係者とも心中穏やかではないらしい。
まあ、当の本人はどうでもいいんだろうけど……
「ええええーーーっ!す、すごい!このクラス有名人の身内が二人もいる!」
「ねえねえっ、篠ノ之博士ってどんな人!?やっぱり天才なの!?」
「篠ノ之さんも天才だったりする!?今度ISの操縦教えてよっ」
授業中だというのに、騒ぐクラスの女子。少し落ち着け。
(それに、箒はそう見られるのが嫌いなはずだし)
「あの人は関係ない!!」
案の定、大声を出してしまう箒。箒に群がっていた女子は大声で何が起きたのか解らない様子で唖然としている。
「……大声を出してすまない。だが、私はあの人じゃない。教えられるようなことは何もない」
そう言って、箒は窓の外に顔を向けてしまう。
「さて、授業を始めるぞ。山田先生、号令」
「は、はいっ!」
山田先生も箒が気になるようだけど、そこはやっぱりプロの教師。ちゃんと授業を始めた。
────────────
「安心しましたわ。まさか訓練機で対戦しようとは思っていなかったでしょうけど」
そうですか、お嬢様。
昼休み、早速一夏の席にやってきたセシリアは、腰に手を当ててそう言った。
好きなのかねぇ、その格好。どうでもいいけどさ。
「まあ?一応勝負は見えていますけれど?訓練機ではさすがにフェアではありませんものね」
「?なんで?」
「簡単なことだよ一夏。この人は現時点で専用機を持ってるってこと」
「へー」
「馬鹿にしていますの?」
「いや、凄ぇなと思っただけだけど。どう凄ぇのかはわからないが」
「それを一般的に馬鹿にしていると言うでしょう!?」
両手で机を叩くセシリア。はいはい、落ち着きなさい。ノート落ちるから。
「さっき授業でも言ったように、世界でISは467機。つまり、その中でも専用機を持つ者は全人類六十億超の中でもエリート中のエリートなのですわ」
「そ、そうなのか……」
「そうですわ」
「人類って今六十億超えてたのか……」
「そこは重要ではないでしょ!?」
再度、セシリアが机を叩く。あ、一夏の教科書が落ちた。
「よかったね一夏。エリートになれるよ」
「なぜこのような男が!?」
耳元で叫ぶな、五月蝿い。
「だって専用機持ちはエリート中のエリートなんだろ?一夏は専用機持ちになるんだからエリートってことでしょ?」
苦虫をかみつぶしたような顔をするセシリア。自分でそう言ったから返せないよな。
「ま、まあ。どちらにしてもこのクラスで代表にふさわしいのはわたくし、セシリア・オルコットであるということをお忘れなく」
ぱさっと髪を手で払ってきれいに回れ右、そのまま立ち去っていった。モデルでもやってんのかねぇ……
「箒」
「………」
「……篠ノ之さん、飯食いに行こうぜ」
さっきの一件で妙に浮いているの見過ごせない一夏は箒を昼飯に誘う。
「……私は、いい」
箒も素直じゃないねぇ……この唐変木にうじうじしてても逆効果だぞ?
「そう言うなよ。他に誰か一緒に行かないか?」
「はいはいはーいっ!」
「行くよー。ちょっと待って!」
「お弁当作ってきてるけど行きます!」
おお、まさに女の子の入れ食い状態。だけど、クラスメイトを誘ったせいで明らかに箒の不機嫌度が上がった。
「祇鳴も行くだろ?」
「……箒だけにすればよかったのに……」
「えっ……?」
「何でも無い。」
俺の小声は聞こえなかったようだ。
「……行くなら早くしようよ」
「そうだな。ほら、立て立て。行くぞ」
「お、おいっ。私は行かないと───う、腕を組むなっ!」
強引な行動で箒を動かせようとするか。というか、箒も満更でもなさそうだけど。
「なんだよ歩きたくないのか?おんぶしてやろうか?」
「なっ……!」
ボッと顔を赤くする箒。うん、さすがに好きな一夏からそう言われたらそうなるよな。ちなみに一夏、女の子にその発言はセクハラだからね?
「は、離せっ!」
「学食についたらな」
「い、今離せ!ええいっ───」
箒の腕に絡ませていた一夏の腕が、肘を中心に曲げられ、一夏は床の上に投げ飛ばされた。うわぁ…痛そう……
「……いっつう……」
「見事に投げ飛ばされたな、一夏」
俺はしゃがんで一夏に言う。ザ・他人事、だ。
「それにしても箒は強いねえ」
「ふ、ふん。こんなものは剣術のおまけだ。こいつが弱くなっただけだ」
古武術を「おまけ」で習得している女子はきっと日本でお前だけだよ。
一夏は起き上がりながら言う。俺もそれに伴い立ち上がる。
「え、えーと……」
「私達はやっぱり……」
「え、遠慮しておくね……」
集まってくれた女子が蜘蛛の子を散らすように退散していった。
箒は「私は悪くないぞ」と言いたげに、腕を組んでそっぽを向いていた。
「箒」
「な、名前で呼ぶなと───」
「飯食いに行くぞ」
がしっ。一夏が箒の手を強引に掴む。俺は箒の後ろに回って背中を押した。
「か、祇鳴!お前まで」
「いいから、行こ行こ」
「お、おいっ。いい加減に───」
「黙ってついてこい」
「む……」
一夏がにべもなく言って、箒はされるがままについて行き、俺は背中を押すのを辞めて黙ってついて行った。
─────────
そして無事に食堂に到着。混んでるけど、三人座って昼飯を取るくらいは出来るだろう。
「箒、お前も日替わりでいいな」
「……あ、ああ」
「それじゃ、俺もそれで」
何でも良かったので、適当に選ぶ。それよりも今は一夏たちの方だ。
「───お前、あの態度は無いだろ。友達出来なかったらどうすんだよ。高校生活暗いとつまんないだろ」
「わ、私は別に…頼んだ覚えはない!」
「俺も頼まれた覚えがねえよ。あ、おばちゃん、日替わり三つで。食券ここでいいんですよね?」
俺と一夏はプラスチックの食券をカウンターに置く。その間ずっと箒は一夏と繋がれている手をチラチラと見ている。
「いいか?頼まれたからって俺はこんなこと、普通はしないぞ?箒だからしてるんだぞ」
「な、なんだそれは……」
「なんだもなにもあるか。おばさん達には世話になったし、幼なじみで同門なんだ。これくらいのお節介はやらせろ」
「…………」
箒はむすっとした顔で視線だけ天井に逃がす。まあ幼なじみで同門なのは箒だけだから、喜んでもいいんじゃない。
「そ、その……ありが───」
「はい、日替わり三つお待ち」
「ありがとう、おばちゃん。おお、うまそうだ」
「うまそうじゃないよ、うまいんだよ」
恰幅のいい食堂のおばちゃんはにかっと笑う。いい人なんだけど……何だろうね、このタイミングの悪さは。
「箒、テーブルどっか空いてないか?」
「…………」
「箒?」
「……向こうが空いている」
箒は不機嫌顔で一夏の手を払って、自分の分の日替わり定食を手にすたすたと歩き出す。
「ほら、行くよ」
「……なあ、なんで箒怒ってんだ?」
「……タイミングが悪かったね」
「?なんのだよ?」
ホント、一夏と一緒にいると退屈しないな。
とりあえず箒を追って、空いていたテーブルにつく。
「そういやさあ」
「……なんだ」
味噌汁に口を付けながら返事する箒。対する一夏も程よく焼けた鯖の身をほぐしながら続ける。
「ISのこと教えてくれないか?このままじゃ来週の勝負で何も出来ずに負けそうだ」
「くだらない挑発に乗るからだ、馬鹿め」
それ言ったらお終いじゃん……その通りだけど。
「それをなんとか、頼むっ」
箸を持ったまま、手を合わせて拝む一夏。
「………………」
しかし箒は、一夏を無視した挙句、黙々とほうれん草のおひたしを食べている。
さっき一瞬バツが悪そうな表情が見えたがどうしたんだろうか。まさかとは思うけど、ISの操縦が苦手、なーんてことはないよね?ただ単に素直じゃないだけだよね?ね?
「箒が嫌なら俺が代わりに教えようか?」
「おぉ、そりゃ助かる」
「…………ッ」
俺の言葉に箒がピクッと反応。
「いい、一夏には私が教える」
そして矢継ぎ早にそう言ってのけた。よかった、俺の取り越し苦労だったみたいだ。
………………よかったのかな?
「なんだ?」
「なんだって……いや、教えてくれるのか?」
「そう言っている」
初めからそう言いなよ、箒。相変わらずのツンデレっぷりだ。デレが一夏の前で出たことはないけれど。
「今日の放課後」
「ん?」
「剣道場に来い。一度、腕がなまってないか見てやる」
「いや、俺はISのことを──────」
「見てやる」
「……わかったよ」
箒はとりあえず、今の一夏の実力を調べる気らしいが……驚くぞ?
────────────
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「ね?弱いでしょ?」
「……ここまでとはな」
放課後、場所は剣道場。どこから情報が漏れたのか、明らかに剣道部員以上のギャラリーが満載(おいコラ、部活はどうした、部活は…)。そして予想通り(できれば予想通りであってほしくはなかったが)、箒は一夏の弱さに呆れていた。
手合わせを開始してから十分。結果は見事に一夏の一本負け。面具を外した箒の目尻はつり上がっている。ああ…箒が怖い……
「どうしてここまで弱くなっている!?帰宅部でも素振りなどは出来ただろ!?」
「三年間ずっとバイトしてそんな時間無かったからな。竹刀を握ること自体久しぶりだったしな」
そういや、三年連続皆勤賞だったけ?よっ、健康優良児の鏡。
「もう少しまともに出来ると思ったが……いいだろう、鍛え直す!これから毎日、放課後三時間、稽古を付けてやる!」
「え。それはちょっと長いような…」
箒の無茶な発言に一夏は異を唱える。だけどね、一夏。
「それぐらいじゃないと間に合わないよ?それと稽古の後はISの基礎知識だからね?稽古だけでへばらないでよ?」
「お前、鬼か?」
失敬な。俺は歴とした人間である。千冬姉さんと一緒にしないで欲しい。
「織斑くんてさあ」
「結構弱い?」
「ISほんとに動かせるのかなー」
ひそひそと聞こえるギャラリーの落胆した声。五月蝿いよ、憶測だけで人を語るな。
「一夏、今が最低辺なら後は上がるだけしかないよ。」
「……そうだな」
「よし、トレーニングを開始する」
「おう、とことんやってやるよ!」
一夏が覚悟を決めたらしい。剣道をやっていた頃の、覇気の満ちた顔付きが戻って来ている。
(こりゃ、負けてられないなぁ……)
ま、負けないけどさ。
─────────