IS~陽に魅入られた者~   作:ミツバチ

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俺の部屋は……

〈一夏side〉

 

「うう………」

 

放課後、俺は机の上でぐったりとうなだれていた。

 

「い、意味がわからん……。なんでこんなにややこしいんだ……?」

 

とにかく専門用語の羅列なのだ。辞書でもなければやっていけない。だがISの辞書など存在しないので、つまり俺は今日一日殆どまったく何もやっていけなかった。

 

ちなみに放課後とはいえまったく状況は変わっていない。また女子が他学年・他クラスから押しかけ、きゃいきゃいと小声で話し合っている。

 

(うぐ……。勘弁してくれ……)

 

昼休みも、それはもう地獄だった。俺と祇鳴が学食に移動するとゾロゾロと全員ついてくるのだ。大名行列じゃないっての。しかも学食ではまたモーゼの海割りで、俺はちょっとしたガリバー状態だった。はじめて日本に来た珍動物かよ。そういえば昔ウーパールーパーって流行ったらしいが、どういう生き物なのか名前からはまったく想像がつかん。

 

ちなみに当事者である祇鳴はチャイムが鳴るなり何処かへ行ってしまって影も形もない。忍者かよ。消えんならついでに俺も攫っていってほしかった。

 

「ああ、織班くん。まだ教室にいたんですね。よかったです」

 

「はい?」

 

呼ばれて顔を上げると、副担任の山田先生が書類を片手に立っていた。どうでもいいけどこの先生、やっぱり身長低い印象受けるな。実際は平均くらいっぽいけど。

 

「えっとですね、寮の部屋が決まりました」

 

そう言って部屋番号の書かれた紙とキーをよこす山田先生。

 

そう、ここIS学園は全寮制なのだ。生徒はすべて寮で生活を送ることが義務づけられている。これは将来有望なIS操縦者たちを保護するという目的もあるらしい。確かに、未来の国防が関わっているとなると、学生の頃からあれこれ勧誘しようとする国がいてもおかしくない。──というか、実際どこの国も優秀な操縦者の勧誘に必死だ。

 

「俺達の部屋、決まってないんじゃなかったですか?前に聞いた話だと、一週間は自宅から通学してもらうって話でしたけど」

 

「そうなんですけど、事情が事情なので一時的な処置として部屋割りを無理矢理変更したらしいです。……織班くん、そのあたりのことって政府から聞いてます?」

 

最後は俺にだけ聞こえるように耳打ちしてきた。

 

ちなみに、政府って言うのはもちろん日本政府。何せ、今まで前例のない『男のIS操縦者』だから、国としても保護と監視の両方をつけたいようだった。

 

ちなみにあのニュースが流れてから自宅にはマスコミだの各国大使だの果ては遺伝子工学研究所の人間までやってきた。『是非とも生体を調べさせて欲しい』って。誰が頷くか、馬鹿。あまりにもしつこい輩もいたが、その時は千冬姉が文字通り叩き返していた。

 

「そう言うわけで、政府特命もあって、とにかく寮に入れるのを最優先したみたいです。一ヶ月もすれば個室の方が用意できますから、しばらくは相部屋で我慢してください」

 

「……あの、山田先生、耳に息がかかってくすぐったいんですが……」

 

というか、いつまで耳打ちしてるんだこの人。クラス内外の人間がますます興味津々の顔をしてるじゃないか。

 

「あっ、いやっ、これはそのっ、別にわざととかではなくてですねっ……!」

 

「いや、わかってますけど……。それで部屋はわかりましたけど、荷物は一回家に帰らないと準備できないですし、今日はもう帰っていいですか?」

 

「あ、いえ、荷物なら──」

 

「私が手配しておいてやった。ありがたく思え」

 

ああ、この声、絶対千冬姉だよ。すでに俺には無条件でダースベイダーの曲が流れていた。ちなみにもう一曲流れることがあるが、そっちはターミネーターの曲だ。

 

「ど、どうもありがとうございます……」

 

「まあ、生活必需品だけだがな。着替えと、携帯電話の充電器があればいいだろう」

 

すげぇ大雑把。確かにその通りだけど、人間には日々の潤いも大事だと思うんです、姉さん。

 

「じゃあ、時間を見て部屋に行ってくださいね。夕食は六時から七時、寮の一年生用食堂で取ってください。ちなみに各部屋にはシャワーがありますけど、大浴場もあります。学年ごとに使える時間が違いますけど……えっと、その、織班くんは今のところ使えません」

 

「え、なんでですか?」

 

俺、大浴場って好きなのに。

 

「アホかお前は。まさか同年代の女子と一緒に風呂に入りたいのか?」

 

「あー……」

 

そうだった。ここ、俺以外は女子しかいないんだった。

 

「おっ、織班くんっ、女子とお風呂に入りたいんですか!?だっ、ダメですよ!」

 

「い、いや、入りたくないです」

 

どんな目に遭うかわかったものではない。というか、普通にダメだろ。倫理的に。

 

「ええっ?女の子に興味がないんですか!?そ、それはそれで問題のような……」

 

どうしよう、この人結構人の話を聞いてない。

 

きゃあきゃあと騒ぐ山田先生の言葉が伝言ゲーム的に伝播したのか、早くも廊下では俗に言う『婦女子談義』とやらが花咲いていた。

 

「織班くん、男にしか興味がないのかしら……?」

 

「それはそれで……いいわね」

 

「中学時代の交友関係を洗って!すぐにね!明後日までには裏付けとって!」

 

なんの話だ、なんの。

 

「そういや部屋のこと、祇鳴の奴に伝えなくていいんですか?」

 

あいつここに居ないし。まさかあいつだけ帰宅とか。

 

「あ、そう言えば…」

 

お〜い…副担任がそれでいいのか……

 

「あいつには私から後で伝える。気にするな。」

 

わぉ……さっすが千冬先生、お優しい……その優しさを少しは俺に分けてくれ。

 

「えっと、それじゃあ私たちは会議があるので、これで。織班くん、ちゃんと寮に帰るんですよ。道草くっちゃダメですよ?」

 

校舎から寮まで五十メートルくらいしかないのに、どうやって道草をくえというんだこの人は。

 

そりゃ確かに各種部活動、ISアリーナ、IS整備室、IS開発室などなどいろんな施設・設備があるIS学園だが、今のところはそれらに用はない。いずれ見て回らなければならないだろうが、今日のところはとにかく休みたかった。というより、女子の視線から解放されたかった。

 

「ふー……」

 

千冬姉と山田先生が教室から出て行くのを見送って、俺はため息混じりに立ち上がった。

 

また教室内外であれこれ騒がしい声が聞こえるが、もう今日のところは無視を決め込んで部屋に行こう。ここよりはたぶんマシだ。

 

〈一夏side end〉

 

───────────────

 

〈祇鳴side〉

 

ザッ…ザッ…ザッ…ザッ…

 

学園のとある場所で砂を擦る音が規則的に響いていた。

 

放課後。

 

俺はトレーニング(という名の退避)のために、IS学園の端の端、末端の末端。おそらく誰も訪れることがない程の領地の端まで来ていた。

 

一斉に視線を送られれば誰だって身の危険を感じるというもの。一夏には悪いが早々と退散させてもらった。

 

いやはや女子の好奇心って凄いね、まったく……

 

そうそう。俺がこんな学園の端の更地(文字通り砂と雑草しかない)にいる理由は二つある。

 

まずもちろんのこと、ゴシップに目がない女子たちから逃げるためだ。

 

正直言って、かなり神経擦り減ってます…

 

五反田が乙女の花園であるこの学園に行けることを心底羨ましがっていたが、その認識は誤りだ。真相は見た目は美少女、頭脳はおばちゃんの修羅場であり、しかも世界屈指の戦闘力を誇る女性たちである。半日もいれば視線と口だけで人一人ぐらい殺せそうだ。そんな場所が花園な訳がなく、増してや何故羨ましがられるのか到底理解に苦しむ思考である。

 

今からでも遅くない。五反田よ、代われ。

 

「………ッ!」

 

竹刀で素振りをする俺に近づいてくる気配を感じ、そちらに向き直る。

 

そう、二つ目の理由がこれだ。

 

敵、かもしれない者の誘き出し。

 

何故かこの学園に、というより入学試験を受けた時からずっと俺に張り付いている視線がある。

 

これは明らかにISの力だ。しかも、かなり洗練された。

 

まず常人にはこんな芸当が出来る力の証明は成されていないし、そもそもそんな非科学的な理論は誰も信じないだろう。それに俺や千冬姉さんでなければ気付かないほど、気配を希薄に出来る者が常人なはずがない。

 

この学園の試験で俺が出逢った女性は十人。そのうち、そんなことが可能な実力の者は二人だけだった。何故そんなことが分かるのかって?企業ヒミツだよ。

 

一人は山田先生。試験場にある相手の姿が見えないよう特殊加工されたガラス窓の向こうで試験官をしていた。というか、投げ飛ばした試験官ていうのが山田先生なんだけど……

 

まあ、今日の反応を見ている内では山田先生は白だ。あの性格であのストーカーまがいの盗撮盗聴は無理がある。いつか絶対ボロを出すから。主に着替えのあたりで。

 

と、なると残るはもう一人──────

 

「……誰?」

 

「あらあら、気づかれちゃった。」

 

物陰から現れたのは、予想通り試験会場で会った少女だった。

 

全体的に余裕を感じさせる態度。たが、浮かべた笑みはイタズラっぽく、落ち着かない気分にさせる。そして何処から取り出したのか、一つの扇子がその口元にあてられていた。

 

あ、リボンの色が黄色だ。どうやら二年生らしい。

 

「これ、あんたの仕業?」

 

「あら、何のこと?」

 

しらばっくれるらしい。この状況でいきなりこんなこと言われても、そりゃこんな反応だろうよ。

 

だから、俺は無造作に手に持った竹刀を振り抜く。何の型もなく。ただ、淡々と。

だが、その竹の刃は確実にそこにあるものを捉えていく。

 

これまで、俺を見続けていた小さな機械──────目に見えぬ程に小さいナノマシンが全て叩き落とされた。

 

そこで初めて、少女の表情に変化が生じる。

 

何処かからかっているような笑みから、動物が獲物を前にした時のような獰猛な笑みに。

 

「アラ、ナンノコト?」

 

「何その超不自然な棒読みは!?」

 

しかも、ちゃっかりしらばっくれてるし。何?この人……さっきの獰猛な笑みは何だったんだろうか……

 

「お姉さんの小粋なジョークよ♪」

 

「あんた初対面の人間に何やってんの!?」

 

何?何なの?この人、アレなの?

 

「……それで、あなたは誰ですか?」

 

もう、疲れました……

 

「うふふ…まあまあ、焦らない焦らない」

 

「むしろ、あなたが焦ってください!」

 

初対面の人間にここまでフレンドリーで自由人な人、初めて見たよ!

 

「私の名前は更識楯無(さらしき たてなし)。君たち生徒の長をしているわ。以後、よろしく」

 

「自己紹介してもらったところ申し訳ないですが、普通に出来んなら初めからそうしろよ、おい!」

 

というか、生徒会長がこれでいいのか!?

 

「あら、随分な言い草ね。初めにしかけて来たのはあなたでしょ?」

 

ああ……確かにそうですね。ですけどね…

 

「ナノデバイスで人のプライベート覗き見てたことを棚に上げて何言ってんですかね!?」

 

「それはそれ。これはこれよ」

 

「総合的に見ても同じ話題だし全面的に原因はあなたの言動ですよね!?」

 

責任転嫁も甚だしいな、おい!

 

「それで?」

 

「謝罪の一言すら無し!?」

 

もう嫌この人、全体的に相性が悪すぎる……

 

「うふふ、冗談よ。あなたのプライベート覗き見したことは謝るわ、翔河祇鳴くん。」

 

ああ……夢にまで見た普通の会話……やっぱり人との会話はこうでなくては。

 

「君…今、失礼な事考えたでしょ……」

 

……なんで、わかったんだろうか?ISの乗る人物はみんな読心術でも学んでいるんだろうか。無駄にハイスペックな学園だこと……

 

「それで、今日はどんな要件ですか?」

 

「うん?今日はただの顔合わせ。あなたの姿を一度この両の目で見て起きたかったのよ。」

 

「そうですか。それはご苦労様です。」

 

生徒会長がわざわざ会いに来るほど珍しいものなのだろうか、男性って。

 

「それじゃ、今日はこれで。次会う時は、一度お手合わせ願うわ。」

 

「…………お手柔らかに。」

 

「うふふ……じゃね♪」

 

何処か意味深な笑みを浮かべ、毅然の我が生徒会長は去っていった。嵐の如く大災害を残して。主に被害は俺の精神なんだけど。

 

生徒会長限定の台風襲来予報装置でも作られないものだろうか。

 

「そんなものではあいつは防げんぞ?」

 

「ですよねー……」

 

いつの間にか、背後に現れた千冬姉さんに驚きもせず(そして、また心を読まれていたことにも驚きはせず)、新たに増えた心労に乾いた笑いを浮かべるだけであった。

 

そして、心身共に疲れきった俺に優しい言葉など一切掛けずに、突如決まった部屋割りを定時連絡の如く淡々と伝え、世界最強のお姉様は颯爽と去っていった。

 

千冬姉さん……こういう時ぐらい優しさって有ってもいいと思うんだよね……

 

〈祇鳴side end〉

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