ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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閑話 孤立

ドラコ視点

 

僕は……いや、僕達はどこで間違ってしまったのだろうか?

 

 

たとえ寒かろうが、雨が降り続けようが、そしてシリウス・ブラックが城に侵入しようが、決して第一回目のクィディッチ試合がなくなるわけではない。

試合に近づくにつれ着実に天候が悪くなっても、僕らスリザリンチームは激しい練習に明け暮れていた。

 

今年こそはクィディッチ優勝杯をスリザリンが掴むために。

今年はもう、全員に()()()()ために。

 

去年スリザリンチームは、父上から全員分のニンバス2001を与えられたにも関わらず、グリフィンドールに敢え無く敗北した。あんなこと本来ならあり得ないことだ。いくらスニッチを掴まれれば一発逆転されるとはいえ、あんなことがそうそう起こっていいはずがない。

だからこそ、()()()()チーム全員が思っているのだ。

 

次スリザリンが負ければ、ダリアに何をされるか分からない。もしマルフォイ家の期待に応えられなければ、ダリアに殺されてしまうかもしれない、と……。

 

馬鹿馬鹿しい。勿論()()、チームが負けてもダリアが()()()何かするとは思っていない。

だが……後がないと考えているのは僕も同じだ。ダリアが怒ることはない。それが分かっていても、僕の安心材料になるはずがない。なっていいはずがない。これ以上兄として……()()()()、ダリアに無様なところを見せたくなどない。今年はどのチームにだって負けるわけにはいかないのだ。

だから練習した。今までにないくらい、僕らは練習に明け暮れた。どんな天候だろうとも、多少大切な妹と過ごす時間が短くなろうとも……たとえダリアを怖がる下らない人間達との練習を強いられようとも、必ず初戦のグリフィンドール戦に勝つために。

全てはダリアの笑顔のために。

 

しかし……

 

「土曜日の試合だがな……今回はグリフィンドールと戦わないことにするぞ。あいつ等にはハッフルパフと戦ってもらう。俺たちは高みの見物だ」

 

初戦前最後の練習終わりで、キャプテンであるマーカス・フリントがそんなことを言い出したのだった。

チーム全員がグリフィンドールを叩き潰すために練習してきたのに、肩透かしを食らうような決断を下したフリントに全員が食らいつく。

 

「おい、どういうことだ!? 血迷ったのか!? 試合はもうすぐそこなんだぞ! 折角グリフィンドールを叩き潰すチャンスを!」

 

「そうだ! それに、マルフォイ()にはどう説明するんだ!? マルフォイ様だって、今回は観戦すると仰っていたんだぞ! もし俺たちの試合でなくなれば……」

 

途轍もない剣幕だった。全員が()()()()()()()()()かの如く、まさに唾を吐く勢いで怒号を上げている。

そんな中、フリントはあらかじめ反対を予想していたのか、あまり驚いた様子を見せずに言葉を発した。

 

「……理由は二つある。まず、この天気だ。このままだと、確実に試合の時も激しい雨になる。そうなればいくら箒の性能が相手より上回ってても、文字通りの泥仕合にもつれ込む可能性がある。不利になるのは俺たちだ。相手のポッターは……まぁ、そこそこの奴だからな」

 

フリントは僕に一瞬、意味ありげな視線を送ってから続ける。

 

「そしてこっちが最大の理由だが、俺たちが試合に勝っても負けても……日程上俺たちが次に戦うのはハッフルパフだ。しかもハッフルパフとの初戦。いつもならハッフルパフ如き警戒などしないんだがな、今年のキャプテンはあのセドリック・ディゴリーだ。あいつはキャプテンになるなり、チーム編成を全部変えてきやがった。今までのハッフルパフとはまるで違う可能性がある。いや、必ず違う。そこでだ……グリフィンドールにはまず、ハッフルパフに当たってもらおうじゃないか」

 

トロール並みの頭の癖にどこか目を狡猾に光らせながら、フリントは舌なめずりするように締めくくった。

 

「万が一のあるかもしれない試合を戦う必要なんてない。俺たちはスリザリンだ。勝つためならどんなことだってする。だから今回、グリフィンドールにはハッフルパフのカナリアになってもらう。そしてその後、どっちのチームも俺たちが潰せばいい。何か異論はあるか?」

 

実にスリザリンらしい狡猾な言い分だ。

()()()()を追求するのであれば、フリントの話に矛盾はない。

確かにフリントの言う通り、今回の試合を無理やり戦う必要などないのだ。別にクィディッチの相手はグリフィンドールだけではない。今後のためにも、チーム編成の変わったハッフルパフの戦い方を見ておいて損はない。相手が優秀なキャプテンであるのなら尚更だ。

全員の瞳に()()()()()納得の色が浮かぶ。……しかし、それでも未だに同意の声が上がることはない。何故なら、

 

「……フリント、お前の言い分は分かった。だがさっきも言ったが、マルフォイ様にはなんて説明するんだ? 又聞きだが、マルフォイ様も楽しみにしていると聞いたぞ? それに、グリフィンドールにハッフルパフとの初戦を押し付けるにしても、理由はどうするんだ? 理由がなければフーチも納得しないぞ?」

 

この計画には目的はあっても、そこに至る過程がないから。

ダリアのことに関しては、正直僕にとってはどうでもいい。皆ダリアが今回のクイディッチ戦を楽しみにしていると思っているのだろうが、ダリアの楽しみにしているのはクィディッチではなく僕の出場だ。楽しみにしているとはいえ、正直試合がなくなっても、僕の出番が消えていないのであれば、

 

『あぁ、そうですか。残念です』

 

くらいの感想しか出ないだろう。そこまでショックを受けるとは思えない。何か()()()()()を抱えている状態なら尚更だ。特別な説明などいらない。ただスリザリンの選択した戦略を説明するだけでいい。それでダリアなら納得してくれる。

そもそもダリアが試合の延長ごときで怒るという前提が間違っているのだ。僕が考慮する必要など微塵もない。

 

だがフーチに言う理由に関しては、チームメイトの反論は尤もだと思った。

まさか天候が悪いだの、ハッフルパフといきなり戦いたくないだのと言うわけにはいかない。そんなことで試合相手を変更できるのなら、スリザリンでなくても全チームが同じことをしているはずだ。

全員の視線がフリントに注がれる。それに対して奴は神妙な表情で、

 

「お前達の心配も分かるが、まずマルフォイ()の前で負ける方が問題だろ。今回こそ俺たちは負けるわけにはいかないんだ。それとフーチに対してだが……おい、ドラコ。お前確か、少し前に授業で怪我をしていたよな?」

 

何だか面倒くさいことになりそうな質問をしてきたのだった。

 

振り下ろされる鉤爪に、森に響き渡る生徒達の叫び声。そして僕を心配するダリアの表情……。

 

あまりいい思い出とは言えない話に、僕は苛立ち交じりに応えた。

 

「……あぁ、それがどうかしたか?」

 

我ながらキャプテンに対しての返答ではないと思う。

しかしそれに対する応えは、

 

「お前、それがまだ治り切っていないことにしろ。怪我のせいだって言えば、フーチは何も言えなくなる。治り切っていない証拠なんてどこにもないしな。それに、それならお前からマルフォイ様に説明しやすくなるだろう? お前はマルフォイ様の兄なんだから、そこらへん上手くやれよ」

 

もっと僕を苛立たせるものでしかなかった。

どこか僕を見下すような声音。でも同時に……どこか縋りつくような必死さを感じさせる声音。

フリントの言葉は、僕の神経を逆なでするには十分すぎるものだった。

 

マルフォイ家である分、そして()()()()()である分僕の方が僅かに上ではあるが、聖28一族である以上、僕とフリントは()()()()()()()ほぼ同格の存在だ。

そう、寮内においては……。クィディッチ内では少し事情が違う。

シーカーはクィディッチの中では花形であり、本来なら決して下に見られるようなことはない。だからこそ僕は去年シーカーを目指した。憧れていたポジションを得るということ以上に、寮内での立場を絶対の立場にし、その立場をもってダリアを守るために。

だが去年の敗北によって、僕はチーム内で最も下に見られるようになってしまっていた。

それでもどこか縋りつくような声音なのは、やはりダリアが僕の妹だからなのだろう。あまりに僕を下に見る言動をすればダリアに告げ口されるかもしれないし、ましてや今回は僕の口添えが欲しいと思っていることは明らかだった。僕が目の前にいる中でダリアを恐れる発言を繰り返していたというのに……本当に都合がいいことだ。

 

僕へ向けられる言葉の節々に、今の僕が……ダリアが置かれた状況が垣間見えるようだった。

僕は人知れず奥歯を噛みしめながら思う。

 

ダリアが寮内からすら恐怖される状況は、何一つ変わっていない。寧ろ酷くなっているとさえ言える。そして僕の無力さも……どうしようもなく変わっていない。

僕はシーカーになっても……結局何も変えることが出来なかったのだ。

 

初試合前にまざまざと見せつけられた現実に、僕は遂に湧き上がる苛立ちを隠しきれなくなる。正直もう我慢の限界だった。

必死に()()()()()()だと思って我慢してきたものが、試合の延長という決定で溢れ出してしまったのだ。

 

こんな奴らとこれ以上一緒にいたくないという思いが……。

 

「ふん、ダリアにそんなこと言えるわけないだろ。フーチにはそれで説明すればいいさ。でも、何で妹に態々見え透いた嘘を言わないといけないんだ? そんなことしなくとも、ダリアは納得する。嘘なんて言う必要はない。お前らはそんな簡単なことも分からないのか?」

 

僕の答えを聞き、フリントを含めた全員が驚愕の表情を浮かべる。

案の定、僕の言葉は彼らには届いていない。

僕はチームメイトを完全無視し、さっさと談話室に戻る準備を開始する。もう今日の練習は終わっているうえ、試合はこの土曜日ではなくなってしまった。こいつらとこれ以上ここにいる理由などない。

 

「ま、待て、ドラコ! まだ話は、」

 

「……フリント、分かっている。ダリアがお前らを怒らなければいいんだろう? それで満足なんだろう? 安心しろ。それくらいなら()()()()()出来るんだからな」

 

そして僕は更衣室を後にし、城への帰路に就くのだった。

すっかり暗くなった外は雨が降りしきっており、ただでさえ低い気温は更に低くなっている。吐き出される息は白く、僕の心の温度を表しているようだった。

まるで世界には僕しかいないような気分だ。

 

「まったく……僕もダフネのことをとやかく言えないな」

 

暗い帰り道、去年の出来事のせいですっかり周りに頑なになってしまった妹の親友を、僕は何とはなしに思い出す。

去年……いや、今も僕等にとっては、ホグワーツにいる連中は全員敵のようなものだ。ダリアを恐れようが、逆に崇めようが、それはダリアを『継承者』だと考えているということだから。

だが周りを敵と定め、攻撃的態度を取ることがダリアのためになるわけではない。それではダリアが余計に孤立してしまう。

だからこそ、僕はなるべく周りには去年同様の態度を貫いていたわけだが……

 

「僕はお前と同じだよ、ダフネ。お前と同じで、僕も周りを許せないし、ダリアを()()()()()と思ってる。だから……お前が思いつめる必要なんてないんだよ」

 

雨がにわかに強くなる。僕の呟きはひっそりと雨音にかき消されるばかりで、決して誰にも届くことはない。

ダフネやダリアにこんな話が出来ない以上仕方がないことなのだが……その事実が何故か無性に悲しかった。

 

「……早くダリアの所に帰ろう」

 

一頻り感傷に浸った僕は雨に打たれながら、ただひたすら城に向かって足を進める。

暖かい暖炉のある談話室に戻るために。そこで僕を待っていてくれる、二人の元に戻るために。

 

僕以上に()()しているダリアとダフネを、決して()()にはしないために。


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