ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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ホグズミード

 

 ダンブルドア視点

 

「申し訳ありません、ダンブルドア。私のせいで貴方にご迷惑を……」

 

「よい、よいのじゃ、リーマス。寧ろ謝るべきはワシの方じゃ。セブルスにもっと強く言うておけば、このような事態にならずに済んだのじゃ。本当に、すまなかったのぅ」

 

生徒が寝静まった時間。校長室に真剣な表情で入ってきたリーマスの話を聞き、ワシは内心頭を抱え込みたい気持ちを堪えながら話していた。

セブルスがリーマスを追放したがっておる。そのことにはずっと前から気が付いておった。セブルスは今、シリウス・ブラックに対する憎しみで我を失っておる。そしてその憎しみが、嘗てのシリウスの友人であったリーマスに向く恐れがあると、ワシはリーマスを教員にする以前から予想はしていた。

じゃが、まさかここまで強硬な手段を取ってくるとは……。しかもよりにもよって、

 

「しかし……まさかダリアにお主の秘密を洩らすとはのぅ」

 

彼女を選択するとは

認識が甘かったとしか言いようがない。ハロウィーンの時のように、適当に話を聞いておけばセブルスを抑えられると考えておったのじゃが……実際はもうあの時点でダリアに秘密を漏らしておったとは、ワシにも予想外の出来事じゃった。

確かにセブルスはただ薬の調合と運搬を依頼しただけ。一般的な生徒であれば、そのようなことでリーマスの秘密にたどり着くことは出来ん。『脱狼薬』はつい最近発明された薬じゃ。生徒の中でその存在を知っておる者など片手で数えられる程しかおらん。

じゃがその数人の中に、ダリア・マルフォイが含まれておることは間違いなかった。学年どころか学内で最も優秀な彼女が、最新の薬とはいえ、『脱狼薬』の存在を知らぬとは思えん。

そしてその予想は当たっておった。

 

ダリアは、リーマスが『狼人間』だと気づいておる。

リーマスの機転により、ダリア本人がそれを()()したのじゃから間違いはない。

……状況は考えうる限りで最悪の物じゃった。

よりにもよってダリアに露見してしまうとは……。

 

「まずい状況になったのぅ……」

 

ダリアが……トムと同じ空気を持った少女が、このような秘密を知って何もしてこないとは考えにくい。()()()()()彼の兄どころか、ワシを未だに学校から追放したがっておるルシウスが黙っておることから、彼女が周囲にリーマスのことを漏らしておらんことは分かる。じゃが、それもいつまでもつかは分からん。今はリーマスに謎の取引を持ち掛けるだけで終わっておるが、いつ彼女の気が変わるかなど分かったものではない。そうなればリーマスは良くて学校から追放させられ、悪ければ社会的に抹殺されてしまうことじゃろう。理事を解任されたとはいえ、ルシウスはそれだけの影響力を未だに持っておる。ワシも多少保護者から文句を言われるやもしれんが、リーマスが負うやもしれん苦しみに比べれば些細なことじゃ。

自身の失態がリーマスを追い詰めてしまったと考えると、ワシは彼に対して申し訳ない気持ちで一杯じゃった。

しかし、

 

「……私はどうすればよろしいのでしょうか?」

 

そんなワシの不安と後悔を、これ以上リーマスに見せるわけにはいかなかった。

ワシの呟きを聞いていたリーマスが、内心の不安を隠しきれない様子でワシに尋ねてくる。

失敗じゃった。今本当に不安な思いをしておるのは、ワシではなくリーマスの方じゃ。今ワシが不安な表情をしていて、一体誰がリーマスを安心させられるというのじゃ。

そう思いなおしたワシは、彼に対しなるべく安心できるような表情を作りながら応えた。

 

「……大丈夫じゃ。お主が心配するようなことは何もない。幸い、まだダリアがお主のことを周りに漏らしておらんことは間違いない。何故彼女が『守護霊の呪文』を、君に取引を持ち掛けてまで習得しようとしておるかは分からぬが……少なくとも彼女が呪文を()()()()()()()猶予があるはずじゃ」

 

「ということは……私は彼女の話に乗ればよろしいのですか? 私が彼女に『守護霊の呪文』を教えれば?」

 

ワシはリーマスに頷きながら続けた。

 

「そうじゃ。というよりも、それしか道はない。それに、これは見方によって好機なのじゃ。ワシらはダリアのことを()()()()()()。彼女の人となり、彼女の()()()()()、そして『秘密の部屋』に彼女がどのように関わっておったかまで……彼女について、ワシらはあまりにも知らぬことが多すぎる。じゃからのぅ、リーマス。彼女のことを、お主に調べて欲しいのじゃ。彼女はワシのことを警戒して、ワシにその心の内を見せようとはしてくれん。ワシはお主がダリアのことを調べておる間、お主のことが露見した時に備えて理事達に根回しするとしよう」

 

これがただの気休めだということは、言葉を口にしたワシにも分かっておる。しかし、リーマスを元気づけるためとはいえ、まったくの出任せというわけでもなかった。実際、これは好機はじゃとも思うておった。

『守護霊の呪文』には、人それぞれの幸福の記憶が必要になる。そしてその記憶の形に合わせ、その人物特有の形をした動物が現れる。

授業をしてくれと頼む以上、リーマスがダリアの幸福の形を知る機会は山ほどあることじゃろう。それは間違いなく……彼女の人となりを知る切欠になるであろう。

 

あるいは彼女が優秀であるにも関わらず、『守護霊』を()()()()()程危険な人物だという事実を……。

 

ワシは未来のために知らねばならん。

彼女の本質を。彼女の望みを。そして……彼女の本当の危険性を。

ワシは子供たちの未来のため、決して第二のヴォルデモートを生み出すわけにはいかぬのじゃから。

 

「分かりました……。貴方がそう仰るのなら」

 

ワシの言葉が功を奏したのか、先程とは違いどこか安心したような表情を浮かべるリーマスに頷きながら、ワシは何とはなしに校長室の窓の外を見やる。

時間もかなり遅いため外はすっかり暗くなっていたが、それを差し引いても外が暗くなっていることが分かった。

星すら覆い隠している曇り空を眺めながら、ワシは静かにこぼす。

 

「……この時期は天気はようないのぅ。この分じゃと、今週末のホグズミード行きも曇りになりそうじゃ」

 

外にはワシらの未来を暗示するような、暗澹たる曇り空が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダフネ視点

 

遂に……遂にこの時がやってきた。

グリフィンドールの敗北から数日。ようやくやってきた週末に、私は思わず鼻歌を歌いそうな程興奮している。

何故なら今日は、

 

「外は寒いですね。ダフネ、よろしければ……手をつないでもらってもいいですか? そちらの方が温かいはずですから……」

 

ダリアと行く、初めてのホグズミード行きなのだから。

日光は厚く空を覆った雲に遮られているとはいえ、念のため日傘をさした状態のダリア。髪や肌とは対照的な黒色の服を着こみながら、私に少し恥ずかしそうな無表情で手を伸ばしてくる。

……いけない、あまりの可愛さに鼻血が出そう。

私は飛びつくようにダリアの手袋をはめた手を握り返しながら思う。

 

あぁ……これが幸福なのだ。ダリアは私といることこそが幸せと言っていたけど、それは私も同じなのだ。

大好きな親友と他愛もない会話をし、共に時間を過ごす。これを幸福と言わずに、一体何を幸福と言うのだろうか。

 

私は小さくも確かな幸福を噛みしめながら、手を繋ぐことで少し表情を綻ばせているダリアに応えた。

 

「勿論だよ、ダリア! ほら、こうやって手をつなぐと温かいよ! それにしても、今日は曇ってよかったね! これならどこにでも行けるよ!」

 

普通の生徒にとって、前回のような晴れの日こそが、最高のホグズミード日和なのだろう。周りの生徒達は少しだけ不満そうな表情を浮かべ、灰色に染まった空を見上げている。

でも、ダリアと私、そしてドラコにとっては違う。日光に当たれないダリアにとっては、この日光の届かない曇り空こそが最高の天気なのだ。

まさに今日こそが絶好のホグズミード日和と言えた。いつもドラコやダリアに纏わりついているメンバーは、今日という日を完璧にしたいドラコの()()で別行動。ダリアも今朝()()()()()()()()()()()()()手紙を読んでから機嫌は良さそうだし、ドラコはドラコでそんな上機嫌なダリアの様子に頬を綻ばせている。

全てが完璧なロケーション。きっと天気とは裏腹に、今日は一点の曇りもない日になることだろう。

 

そう、

 

「……ダフネ、お兄様。私の後ろにいてください」

 

ここを通り抜けさえすれば。

ダリアが静かな、でも緊張を孕んだ声音で私達をさとす。彼女の視線の先にはそびえ立つような黒い影。

ホグワーツからホグズミードに行く道には、『吸魂鬼』が見張りとして立っていたのだ。

ダンブルドアの脅しが効いているためか、汽車の時のように襲い掛かってこそこないが、それでも私達の幸福感を吸い取ろうと虎視眈々と狙っていることだけは分かる。いつもの冷気を垂れ流しながら、私達の方を物欲しそうに見つめていた。

『吸魂鬼』が近づくにつれ、私達同様、周りの生徒達も段々と表情が青ざめていく。ここを通り抜けさえすれば楽しいホグズミードだと言うのに、心を強く持たねば思わず引き返してしまいそうになる。倒れる程ではないとはいえ、決して気分がいいものではなかった。

しかしそんな中で、

 

「本当に忌々しい生き物ですね。いつもいつも私のことを……」

 

前回と同じように、ダリアだけが、いつもと変わらない無表情を浮かべていたのだった。

まるで『吸魂鬼』に()()()()()()()()()()()かのように……。

ダリアは『吸魂鬼』に対して忌々しそうな呟きを漏らしながら、私とドラコを支えるように歩みを進め続ける。そして奴らの脇をようやく通り過ぎ、冷気を感じない辺りにたどり着いた時、

 

「お兄様、ダフネ。ごめんなさい……私の『守護霊』が完成していないばっかりに。下手に刺激すると、逆にお兄様達を危険に晒してしまうかもしれませんので……。ご気分はいかがですか?」

 

やはり苛立った様子で尋ねてきたのだった。

勿論、彼女の怒りが私達に向いていないことは分かっている。彼女は私達を守れなかったこと、そして『吸魂鬼』の影響を受けなかったことに苛立っているのだ。

 

……私達が無力なせいで、ダリアの大切な一日に傷がついてしまった。

 

これ以上ダリアの意識を『吸魂鬼』に向けさせないために、気分が段々と戻ってきた私とドラコは即座に応える。

 

「だ、大丈夫だよ。ほら、もうこんなに元気だよ! ドラコもそうでしょう?」

 

「あ、あぁ! あんな奴らのこと、僕は何も怖くないさ! そ、それより、ダリア! どこか行きたい場所はあるか? 前回行った時に下見は済ませているからな! 行きたい場所があるなら、どこでも連れてってやれるぞ!」

 

かなり無理のある話だったかもしれない。ドラコのものに至っては、本当かどうかも怪しい。前回のホグズミード行きで、ドラコは誰よりも早く談話室に帰ってきた。宣言通り、ただダリアのためにお菓子を買いに行っただけだったのだろう。そんな彼がホグズミードの下見を済ませているとは思えない。

しかしそんな嘘をついてでも、ダリアのホグズミード行きに傷をつけたくないという思いだけは伝わってきた。ダリアは日光の関係で、次もホグズミードに行けるか分からない。こんな曇り空という絶好の機会を、『吸魂鬼』や不甲斐ない私達なんかに潰されてなるものか。

そしてそんな思いが伝わったのかは分からないけど、

 

「……そこまで話せるなら大丈夫そうですね」

 

ため息一つ吐いた後、ダリアも苛立った表情を引っ込めてくれたのだった。ダリアは黙って私達にチョコレートを手渡してから続ける。

 

「行きたい場所ですか……。正直二人と一緒に行ける場所ならどこでもいいのですが……。そうですね、ではまずハニーデュークスに行きましょう。……そこでしたらお兄様も行ったことがあるでしょうし」

 

最後は小声だったため聞こえなかったが、これで最初の行き先が決まった。

 

「うん! ハニーデュークスだね! じゃあ、ドラコ! 案内よろしく!」

 

「ふん。お前に言われるまでもない。さぁ、ダリア、行くぞ」

 

私とドラコはダリアを引っ張るように歩みを進める。

全員の顔に、先程まであった青ざめた表情や苛立ったものは浮かんでいない。

私達は明るい表情をしながら、まるで『吸魂鬼』から逃げるようにホグズミードに向かうのだった。

 

 

 

 

……私達は少しだけ浮かれすぎていた。

初めて行く親友とのホグズミード。その事実に、私とドラコ……そしてダリアも少しのぼせていたのだ。

『吸魂鬼』をやり過ごせば、もうこれ以降私達の障害となるものは何もない。そんな思い違いをしてしまっていた。

私達が警戒すべきなのは、別に『吸魂鬼』だけではなく……周りにいる生徒達もだというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドラコ視点

 

前回もそうだったが、ここハニーデュークスは非常に混雑する。入り口付近に至っては、もはや人が多すぎて真面に歩くことすらかなわない。

それもそのはず。ホグズミードには見どころが沢山あるが、その中でもここは生徒全員が必ずやってくる場所なのだ。

何故ならここには、

 

「……本当に色々なお菓子がありますね。これなど見たこともないものですが、マグルが売っている物でしょうか?」

 

魔法界どころかマグル界のものも含めて、ありとあらゆるお菓子が揃っているのだから。

お菓子に対し然程興味を持っていないだろうダリアも、流石に所狭しとお菓子が並んだ光景に驚いた様子で辺りを見回している。

ねっとりしたヌガー、ピンク色に輝くココナッツキャンディー、蜂蜜色のトッフィー。何百種類のチョコレートに、百味ビーンズや、炭酸キャンディーが詰まった大きな樽。

他にも『特殊効果』と書かれた看板の向こうには、食べれば愉快なことになりそうな名前のお菓子が立ち並んでいる。

当により取り見取り。目を輝かせているのはダリアだけではなく、ホグワーツから押しかけて来た生徒全員が、涎を垂らさんばかりに棚にへばり付いていた。

僕はダリアとはぐれないように、ダフネとは反対側の手を握りながら話す。

 

「ここは人が多いな。ダリアは特に菓子を買う予定はないだろう? なら、奥の方を見てみよう。奥の方なら人も少なそうだしな」

 

別にダリアは観光でここに寄っただけ。お菓子に然程興味がないのなら、態々人が多い空間に居続ける必要もない。

奥の方は一般的なお菓子ではなく、そもそも食べられるかどうかも分からないものが並んでいるため、生徒達の姿もまばらだ。

そう思い、僕はダリアを奥の方にいざなったわけだが……

 

「……異常な味?」

 

行ってすぐに、僕は自分の決断を後悔することになる。

『ゴキブリ・ゴソゴソ豆板』というそもそも食べる奴がいるのかも怪しいものの詰まった瓶の横に、()()()あった。

ダリアの読み上げた看板の下に、試食用と思われるキャンディが入ったお盆。キャンディはまるで()()()()()赤色をしており……一目で()()()()のものであることが窺い知れた。

 

「血の味がするキャンディですか……」

 

キャンディに複雑な視線を送るダリアを横目に、僕とダフネはアイコンタクトをする。

言葉がなくとも、お互いに言いたいことは分る。僕らは同時に、一刻も早くここからダリアを連れ出した方がいいと考えたのだから。

 

ダリアの中には半分だけ『吸血鬼』の血が流れている。それをダリアは、自分がマルフォイ家の人間ではない証だと考え、自身の秘密を知った幼い頃から複雑な思いを抱え込んでいた。

だからだろう。自身が『吸血鬼』であると思い出した瞬間、ダリアはいつも少しだけ悲しそうな無表情を浮かべる。そう今この時だって……。

 

僕とダフネは意志を視線で交わし合うと、即座にダリアの注意をそらすため声を上げようとした。

『吸魂鬼』が校門にいた時から、今日はこんなことばかりだ。だが、やらないわけにはいかない。今日と言う日を、ダリアにとって最高の一日にするために。

しかし、

 

「さ、さ~て、そろそろ外に出ようか! ホグズミードで行くべき所はここだけじゃないからね!」

 

「そうだな! ダリア、次は『三本の箒』に行くぞ! 雪が降る時期はもう少し先だが、今日も外は寒いからな! 『バタービール』でも飲んで、」

 

「ダフネ……。お兄様……。いいのですよ。そんなにお気になさらなくて」

 

ダリアの静かな言葉によって遮られたのだった。

慌てて目を向けると、そこにはどこか決意を固めたような無表情をして、やはり血のような赤色をしたキャンディを見つめるダリアがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダリア視点

 

今日は私にとって人生()()()()ホグズミード行き。そして同時に、私の人生で()()()ホグズミード行きである可能性がある。

流石に後4年以上もある学生生活の中で、この一回しかホグズミードに行ける天気の日がないとは思っていない。だが、次がいつあるのか分からないのは確かだった。日光が当たる可能性が全くない天気の日などそう多くはないのだから。

そしてそれはお兄様達も分かっているのだろう。数少ないホグズミード行きを、精一杯私に楽しんでもらおうという気遣いが随所に見られた。いつも私達と行動しているパーキンソン達を別行動にさせたのだって、私が少しでも周りを警戒しなくて済むようにというお兄様の優しさだ。

 

本当にいい()だった。今朝ルーピン先生から授業をしてもよいという返事を受け取ったこともあり、私のホグズミード行き()()気分は最高潮の物だった。

 

それなのに……、

 

「さ、さ~て、そろそろ外に出ようか! ホグズミードで行くべき所はここだけじゃないからね!」

 

何故こんなことばかり起こってしまうのだろうか。

『吸魂鬼』が校門の辺りにいることは、あらかじめ予想できていた。あいつらはシリウス・ブラックを捕まえるためにホグワーツに来たのだ。ブラックが捕まっていない以上、あいつらがあそこに居座っているのは当然のことだ。

だから『守護霊』を完成させていない以上、私は『吸魂鬼』のことについては半ば諦めるしかない。お兄様達を守れないどころか、逆に私の方が気を遣われてしまう。それが分かっていて、私は『吸魂鬼』を通り過ぎさえすれば素晴らしい一日になると自分を誤魔化していた……のだけれど。

 

「そうだな! ダリア、次は『三本の箒』に行くぞ! 雪が降る時期はもう少し先だが、今日も外は寒いからな! 『バタービール』でも飲んで、」

 

お楽しみに水を差してしまったのは、一度ではなかったのだ。

私は自らの表情の変化を激しく後悔した。

『吸血鬼』用と思われるキャンディ。それを見た私の表情が僅かに歪むのを、お兄様達に見られてしまった。当然、私の表情を読み取れるお兄様達が気を遣わないはずがない。どこか必死な様子でお兄様達は言葉を紡ぎ始める。『吸魂鬼』の時同様、必死に私の注意を逸らそうとする言葉を……。

別に気遣いが嫌なわけではない。ただ私のせいでお兄様達がホグズミードを楽しみ切れていないことに我慢できなかったのだ。

 

何とかしなければ。折角お兄様達がおぜん立てしてくださったのに、このままだと全てが台無しになってしまう。これ以上、お兄様達に気を遣わせてはならない。

私は意を決してお兄様の言葉を遮った。

 

「ダフネ……。お兄様……。いいのですよ。そんなにお気になさらなくて」

 

そして周りに人影がないことを確認した後、件の血の味キャンディを睨みつけたのだった。

今なら……『吸魂鬼』と違い、まだこちらは挽回できる。『吸血鬼』だからなんだ。確かにその事実は、私にマルフォイ家の血が一滴も流れていない証拠であるが……私はそんなものなんかより、もっと()()()()秘密を抱えているではないか。ダフネはずっと私が『吸血鬼』だと知っていながら、それでもずっとそばに居続けてくれた。『秘密の部屋』では、それでも私のことを友人だと言ってくれた。お兄様だって、『吸血鬼』である私をそれでも家族だと言い続けてくれた。勿論他人に自身の体についてバレるわけにはいかないが、幸い周りに生徒の姿はない。

なら、私はこれ以上二人の前で『吸血鬼』であることを悩む必要はない。

 

私が悩むべきなのは、もっと()()()()なのだから。

これ以上、お兄様とダフネの楽しみに水を差してなるものか。

 

私は驚いた様子のお兄様達を横目に、自分を誤魔化しながらキャンディの一つを取る。

血のような赤色をした、見るからに()()()()()()キャンディを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハーマイオニー視点

 

「ハリーへのお土産は何がいいかしら。前回とは違うものがいいわよね」

 

「そうだな。それなら、今回は少し奥の方のコーナーで買おう。少し食べられるか怪しいものもあるけど……まぁ、お土産としてなら大丈夫だろう。ハリーを元気づけないといけないからな、少し刺激のあるものの方が元気になるだろうさ」

 

私達は曇り空の下、ハリーのお土産を買うためにハニーデュークスを目指す。まだまだホグズミードで行かなければいけない場所は山ほどあるけれど、今回もここを外すわけにはいかない。

ハニーデュークスのお菓子は本当に沢山の種類があるため、一度行っただけでは到底楽しみ切れないのだ。

……ハリーのことを思うと、少しだけ申し訳なく思う。色々と悩み事の多いハリーを置いて、二人だけでホグズミードを楽しむなんて……。

でも、それが分かっていても、やはりホグズミードが楽しいという気持ちは衰えることがなかった。

だから私のロンに対する言葉も、内容とは裏腹にどこか浮かれているものだった。

 

「ロン。あまり変なものを買ったら、それこそハリーがショックで死んでしまうわ。変なものを買うのは次回辺りにしましょう。今のハリーはとても不安定なんだから。さぁ、早く行くわよ。行くべき所はいくらでもあるわよ」

 

私達はそんな他愛のない会話をしながらホグズミードの中を歩く。

周りには私達と同じく浮かれた表情の生徒達。三年生以上のほぼ全校生徒が来ているのだろう。360度どこを見ても、ホグワーツの生徒の姿を確認することが出来た。

何より、この天気ならおそらく()()も……。

私の歩調が知らず知らずの内に軽いものになってゆく。()()()()抑圧された生活を送っているであろう彼女が、今日だけは城の外で楽しめているかもしれない事実が、私は何だか無性に嬉しかったのだ。

 

 

そしてその予想は……ある程度は正しかった。

彼女は楽しんでいたことだろう。彼女が大好きな兄と親友。そんな二人と一緒に過ごすホグズミードは、彼女にとってさぞ楽しい空間だったに違いない。

でも……私は彼女の()()までは予想出来てはいなかった。

私はこの日、彼女の新しい表情を知ることになる。

 

 

「おい、あれは……誰だ?」

 

「い、いや、誰って……。いや、でも……あいつ、なんであんな表情をしているんだ?」

 

「あいつ……あんな表情も出来るのか……」

 

異変は突然の出来事だった。

いよいよハニーデュークスにたどり着くといった時、周りのざわめきが消え、生徒達が突然ひそひそ話を始めたのだ。

皆一様に驚愕したような表情で店の入り口を見つめ、中には()()()()()()()()生徒までいる。

前で何かが起こっていることは間違いなかった。

 

「ん? ハニーデュークスで何かあった……の……か?」

 

そして訝しがって顔を上げた私達の目にも……それは映ることになる。

周りの生徒同様、私とロンも目を見開いて驚く。

 

何故なら……ハニーデュークスの入り口には、マルフォイさんが立っていたのだ。

しかも……今まで見たこともない程の、飛び切りの()()を浮かべながら。

ボガートが浮かべていたような酷薄なものではなく、少女が本当に嬉しい時に浮かべる様な()()()()笑顔を。

 

「……え? マ、マルフォイさん……?」

 

あまりの事態に、私は時間が止まったようにマルフォイさんを見つめ続ける。

それだけ彼女の笑顔が衝撃的だった。

 

マルフォイさんは周りから非常に恐れられている。それは彼女の家がマルフォイ家だということもあるのだろうけど……おそらく、彼女がいつも無表情なことが一番の理由だ。

とてつもない美人だけど、彼女のまるで人を石ころか何かのように思っている視線に皆恐怖を感じていたのだ。

だからだろう。いざ彼女がいつもの無表情ではなく、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべていた時の破壊力は凄まじいものだった。

 

マルフォイさんの笑顔を見てしまった私達は、まるで金縛りにあったように動くことが出来ない。

この世のものと思えない程の美しさに、私達は何も言えなかった。

 

そんな中、

 

「……お兄様、ダフネ。早く次に行きましょう」

 

マルフォイさんの声だけが辺りに響き渡ったのだった。

私達と同じく頬を真っ赤にしたグリーングラスさんとドラコを連れ、マルフォイさんがまるで()()()()()()ハニーデュークスから離れてゆく。

その場には、ただ茫然とマルフォイさんが消えた方を見つめ続ける私達だけが残されていた。

 


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