ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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暴かれた秘密(後編)

 

 ハリー視点

 

シリウス・ブラックが捕まらない限り、ホグズミードに行くことが出来ないのだと……今年はずっと、こんな惨めな気持ちで過ごさなくてはいけないのだと、僕はこの日までずっとそう思っていた。

たとえルーピン先生に慰められ、先生に『吸魂鬼』に対する対抗手段を教えてもらおうとも、その事実は決して変わらない。そんなことを、僕はずっと思い続けていたのだ。

 

そう、この日までは……。

この日、僕を取り巻く状況は一変することになる。

いい意味でも……同時に、悪い意味でも。

 

僕はこの日、喜びを手に入れると共に……とてつもない憎悪も知ることになるのだから。

 

 

 

 

いよいよクリスマス休暇間近になった週末。つまり今日は()()()の生徒達が待ちに待った、学期最後のホグズミード行きの日だ。もうすでに城にはほとんどの生徒が残っておらず、城の中は完全に静まり返っている。

今年何度も感じた、まるで僕一人が城の中に取り残されたような気分だった。

 

「はぁ……新しい箒でも選ぼう」

 

もう三回目とはいえ、この置いていかれる感覚に慣れることはない。

僕は独り言ちながら、暇つぶしにとウッドから渡された『賢い箒の選び方』を片手に廊下を歩く。目指す先は談話室。皆が楽しい時間をホグズミードで過ごしている中、僕は一人寂しい時間を談話室で送るため、静かな廊下をひた歩いていた。

 

しかし、結局僕が談話室に辿り着くことはなかった。

四階の廊下に差し掛かり、背中に瘤のある隻眼魔女の像前を通りかかった時、

 

「ハリー! こっちだ!」

 

像の後ろから突然声がかかったから。

目を向けると、そこにはホグズミードに行っているはずのフレッドとジョージが立っていたのだ。

 

「フレッドとジョージ!? 何してるんだい、こんなところで!? ホグズミードに行ったんじゃ?」

 

「こら! 大きな声を出すんじゃない! いいからこっちに来いよ!」

 

そして慌てた様子で僕を近くにあった空き教室に誘うと、フレッドはにっこり笑顔で、

 

「よし、ハリー! ホグズミードに行く前に、君にお祭り気分を少し分けてやろう! 一足早いクリスマス・プレゼントだ!」

 

僕に()()()()()()()()羊皮紙を差し出したのだった。

二人の登場で生まれていた僅かな期待感が急速に萎んでいく。

……またフレッドとジョージの冗談か。別にこんな時に……こんな気分の時にしなくてもいいのに。

僕は少し苛立つ気持ちを抑えながら、二人に少し剣の籠った声音で尋ねる。

 

「これは一体何だい? 僕にはただの羊皮紙にしか見えないのだけど?」

 

しかしそんな僕の苛立ちに頓着することなく、二人はどこか誇らしげな様子で続けた。

 

「ただの羊皮紙だって!? そんなわけないだろう? これは成功の秘訣さ! これさえあれば何でもできる! 誰にも見つからずに夜出歩くことも出来るし、逆に夜出歩いている人間を見つけることも出来る! 去年言っただろう? ダリア・マルフォイが夜出歩いていることを、僕らは知っているって! それは何を隠そう、この羊皮紙があったからこそさ! 僕達はダンブルドアよりも早く、あいつが『秘密の部屋』に関わっている証拠を掴んでいたのだよ!」

 

「そうさ! これは本当に凄いものなんだぜ! 本当は君にやるのはおしい! だが、今これが必要なのは僕等ではなく君だ! それに、僕達はもう内容を暗記しているしな!」

 

僕が黙っている間にも、二人の意味不明な言葉は続く。

この時の僕は、正直二人の話をあまり真面目に聞いてはいなかった。羊皮紙は何処からどう見てもただの羊皮紙でしかなく、どう考えても二人の質の悪い悪戯にしか思えなかったのだ。

だから僕は声を荒げて二人の言葉を遮ろうとした。

そんな時だった、

 

「二人とも、僕を励まそうとしてくれるのはありが、」

 

『われ、ここに誓う。われ、よからぬことをたくらむ者なり』

 

ただの羊皮紙だった物に変化が現れたのは。

僕が何か言う前に、ジョージが杖を取り出し、羊皮紙に軽く触れる。そして合言葉と思われる言葉を言い放った瞬間……今までただの羊皮紙だった物に、文字が浮かび上がってきたのだ。

 

『ムーニー、ワームテール、パッドフット、プロングズ。我ら『魔法悪戯仕掛け人』の御用達商人がお届けする自慢の品。()()()()()

 

それは……ホグワーツ城と学校の敷地全体を記した地図だった。

 

 

 

 

この瞬間から、僕の皆を待つだけだった日々は終わることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダリア視点

 

学期末最後のホグズミード行き。

雪雲によって日光は完全に遮られており、天気の状態としてはほぼ完璧と言える。

しかし共にいるメンバーはと言えば……完璧とは程遠いものでしかなかった。

降りしきる雪の中。興味深く()()を眺めている私の後ろから、パーキンソンの世迷言が聞こえてくる。

 

「ねぇ、ドラコ。私、これ以上ここにいるのは怖いわ。だから、ね? 次は()()()『マダム・パディフットの店』に行かない? そこでゆっくりお茶を飲みましょう? ね、()()()()()()

 

「……僕はあんなピンク色の店には入らないぞ。いくなら一人で行け」

 

耳に入るのは、思わずため息が漏れそうになる会話。よくもまぁここまで明け透けな媚びを売れるものだと、ある意味感心すらしてしまう。

しかし、この後ろで繰り広げられている光景は、決して他人事というわけではなかった。私にもお兄様に助け舟を出している余裕などない。何故なら、

 

「なら、ダリア。僕等は僕等で『マダム・パディフットの店』に行きませんか? あそこなら、温かい飲み物もありますし。ダリアとなら、僕はあの内装にも我慢できますよ」

 

「ダ、ダリア様が行くなら俺も」

 

「お、俺も」

 

私も同じような状況に陥ってしまっているから。

パーキンソンとブルストロードはお兄様に纏わりついているが、その他の連中は私に纏わりついているのだ。日傘を持っているため距離はそこまで近くないが、纏わりつかれて鬱陶しいことに変わりはない。唯一この状況を打開できるダフネも、今は()()()()()行くと言ってここにはいない。結果、私は全く楽しくない連中とこうして話す羽目に陥っていた。

 

「……いいえ。ダフネとはここで待ち合わせしていますので、先に行くことは出来ません。もうすぐ来るはずですから、もう少しだけ待っていましょう」

 

私は内心の苛立ちをひた隠し、なるべく普段の声音に聞こえるように意識しながら返事をする。

先程からやたらと私とお兄様を連れ込もうとしている『マダム・パディフットの店』は、ピンクを基調とした、フリルで所狭しと飾っているような少女趣味の喫茶店なのだが……同時に、カップル御用達の店としても有名な場所だった。そんな場所に、こんな家柄目当ての連中とで行けるわけがない。行ったら最後、これ幸いにと良からぬ噂を広げられるのは目に見えていた。

それに……誘われた場所がたとえカップル御用達の店でなかったとしても、私は今ここから動く気などない。ダフネがここで待ってくれと言っていたのなら、私はここから動くべきではないのだ。

 

ダフネのいないホグズミードなど何の価値もない。下手に動いてしまえば、それだけダフネと共にいない時間が増えてしまう。なら、私が取るべき行動など一つしかない。

 

私は尚言いつのろうとする連中を無視し、再び遠くにそびえ立つ『叫びの屋敷』に視線を戻す。

村はずれの小高い場所に建っている屋敷は、窓には板が打ち付けられており、遠目からでも薄気味悪い雰囲気を垂れ流している。話によれば未だに強力な呪いがかけられているという、実に興味深い建物とのことだった。ダフネのことがなかったとしても、一人でずっと見ていたいような建物だ。どんな呪いがかけられているのか考えるだけでワクワクしてくる。

しかし、どうやら周りの連中は同じ考えではなかったらしい。ダフネが帰ってくれば、私が今度は彼女に夢中になることに気が付いているのだろう。私の周りをうろつきながら、やはり頻りに別の場所に連れ込もうとあれやこれやと話しかけてくる。

 

「な、なら、『三本の箒』ならどうですか? あそこなら、ここへの通り道にありますし。ダフネが通りがかったらすぐ見つけることが出来ますよ!」

 

「ダ、ダリア様が行くなら俺も」

 

「お、俺も」

 

雪が静かに降りしきる中、ひたすら私を誘うブレーズと、これまた壊れた蓄音機のような豚二匹の声だけが聞こえてくる。

そんな時だった。

 

「げっ! なんでお前らがここに……」

 

「あっ! マルフォイさん!」

 

彼女達がやってきたのは。

突然聞こえてきた声に、私を含めた全員が振り向くと……そこにはロナルド・ウィーズリーと、グレンジャーさんが立っていた。

ウィーズリーとしては私達を見た瞬間踵を返そうとしていたのだろうが、思いのほかグレンジャーさんが大きな声を出してしまったのだろう。ウィーズリーは今まさに逃げ出そうという格好で、そしてそんな彼に引っ張られるような形でグレンジャーさんが立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリー視点

 

『いたずら完了!』

 

合言葉と同時に今までホグワーツの()()()映し出していた地図が、フレッドとジョージに手渡された時と同じ、一見何の変哲もない羊皮紙に戻っていく。

僕は興奮と歓喜を胸に、ここにはいない二人に感謝の言葉を漏らす。

 

「ありがとう、フレッド、ジョージ。正直、二人を疑っていた。二人の言う通り、これは凄い地図だよ!」

 

僕はもう、この薄汚れた羊皮紙のことを馬鹿になどしていなかった。二人がフィルチから盗んだというこの()()は、ホグワーツのありとあらゆる部屋や廊下、それどころか今ホグワーツにいる人間がどこにいるかも映し出す素晴らしいアイテムだったのだ。そしてその中には、

 

「これでホグズミードに行くことが出来る!」

 

『吸魂鬼』に見つかることなくホグズミードに行ける抜け道すら記されていたのだ。

僕は地図をポケットにしまい、僕をホグズミードに辿り着かせてくれるだろうトンネルを歩み続ける。

トンネルは『秘密の部屋』までの道と同じくらい暗く、あれに比べて遥かに狭いものだった。でも、それでも僕の興奮は止まることはない。この道を行けばホグズミードに行けるのだと考えただけで、寧ろこの狭さすら愛おしく思えてくる。

 

そして……ついにその時がやってきた。

 

急にトンネルが上り坂になったかと思った矢先、道の先に観音開きの撥ね戸が見えたのだ。

僕は恐る恐る戸を開けると、そこは木箱やケースがぎっしりと置かれた倉庫だった。箱には様々な種類のお菓子の名前が書いてある。

そこはフレッドとジョージの言っていた通り、『ハニーデュークス』の地下倉庫で間違いなかった。

 

「やった! やったんだ! 僕、本当にホグズミードに来れたんだ!」

 

小さい声ではあるが、思わず口から歓声が漏れ出てしまう。

ずっと来れないと諦めかけていた所に辿り着けたのだ。思わず喜びが出てしまうのは仕方がないことだった。

でも、別にここがゴールというわけではない。ホグズミードに来たからには、一刻も早くロンやハーマイオニーと合流しなければ。

僕は一頻り喜びを発散した後、再び行動を開始する。『透明マント』を被ると、すばやく、しかし慎重に倉庫から階段を上がり、店のカウンター裏を通り過ぎる。

そしてカウンターを通り過ぎると、そこには、

 

「す、すごい!」

 

今まで見たどの光景より素晴らしいものが広がっていた。

棚という棚に並べられた色とりどりのお菓子。それに群がる生徒達。お菓子を食べなくても、見るだけで楽しい気分になってくるような光景が、今目の前には広がっていた。

 

「……ロンの言う通りだ。こんな楽しい場所、他のどこにだってありはしないよ!」

 

周りを見渡しても、どの生徒の表情も笑顔一色。近くにいたネビルは、買ったばかりと思しきキャンディを幸せそうに頬張っており、そのさらに横のシェーマスも蜂蜜色のトッフィーを嬉しそうに平らげている。彼らだけではなく、僕の見える範囲の全員がその表情を幸せで満たしていた。

一人で城にいた時には感じられなかった、まさに幸せを具現化したような光景だった。

この光景を見ているだけで、ホグズミードに来れたことが嬉しくて仕方がなくなる。先程も一頻り喜んだというのに、僕は『透明マント』の中で再び喜びを爆発させた。

 

はやくロンやハーマイオニーと合流して、僕もこの幸せの輪の中に加わるんだ! だって僕は、ようやく『吸魂鬼』に見つからずにホグズミードに来ることが出来たのだから! もう僕は独りぼっちではないのだから!

 

僕は逸る気持ちを胸に、人混みをかき分けるように店の出口を目指す。何人か透明な僕にぶつかり訝し気な表情を浮かべていたが、今の僕を止めることなどできなかった。多少肩がぶつかったくらいで、僕の興奮は抑えることが出来なかったのだ。

 

しかし……それがいけなかった。店を出た直後、事件は起こった。

 

「きゃッ!」

 

それは店を出た直後のことだった。僕は勢いのまま店を出た瞬間、まだ入り口付近にいた一人の女子生徒を思いっきり後ろから突き飛ばしてしまったのだ。

やってしまったと思った時には、その女子生徒の持っていた大量の()()()()()の包み紙が雪の上にぶちまけられ、その子自身も床に倒れ伏した後だった。

 

「ご、ごめん。ぼ、僕……」

 

僕は『透明マント』に隠れているというのに、思わず駆け寄り声をかけそうになる。でも、それも寸前の所で止まった。何故なら、僕が今誰にも見つかってはならない状態であることに気が付いた……わけではなく、

 

「あいたた……。な、なにが起こったの?」

 

突き飛ばしてしまった生徒が、僕の最も嫌いな人間の一人だったから。

雪の上に転んでしまった金髪の女子生徒が、痛みに表情を歪めながらゆっくりと顔を上げる。

女子生徒は……僕の最も嫌いなスリザリン生の一人、ダフネ・グリーングラスだった。

 

手を伸ばした状態で固まる僕に気が付くことなく、グリーングラスは訝し気に辺りを見回し……数秒後、辺りに一面に散らばった真っ赤なキャンディをギョッとした表情で見つめたかと思うと、猛然とした勢いで回収し始める。そしてあれよあれよという間に回収し終えたかと思うと、まるで逃げるようにその場を後にしたのだった。

 

 

 

 

残されたのは、僅か数秒の出来事に茫然とする僕と……ぶつかった時に、『透明マント』の下に潜り込んでしまったのだろう赤い包みに入ったキャンディだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダフネ視点

 

「結局、さっきのはなんだったんだろう? 後ろには誰もいなかったし……何か躓くような所あったかな?」

 

私はダリアが待っているであろう『叫びの屋敷』を目指しながら、先程あった出来事を思い返していた。

店を出た直後、ダリアへのお土産を大量に買い込めたことを喜び、思わず綻びそうになる表情で袋をのぞき込んでいた時……何か透明なものに後ろから突き飛ばされたかのように、私は盛大に転んでしまったのだ。そのせいでドラコと共同出資で買ったキャンディを辺り一面にまき散らしてしまった。奇跡的に()()()()()()()()()()()タイミングだったからよかったものの、もし誰かにこのキャンディを見られたらと考えると肝が冷えるような気持だった。

 

「何に躓いたかは分からないけれど、次はこけないように気を付けて行動しないと……」

 

たとえ小さな失敗だったとしても、それがダリアの秘密にどのような影響を及ぼすのか分かったものではない。生徒はともかく、ここにホグワーツの教師だって足を運んでいるのだ。どこからダンブルドアに情報が伝わるか分からない以上、慎重に行動するに越したことはない。

私は再度気を引き締め直すと、再び足元に気を付けながら歩みを進める。

……しかし、すぐに意識が足元ではなく、遠くにいるダリアの方に流れて行ってしまう。美しい茅葺屋根の家や身を通り過ぎている間にも、私はそんなものに目もくれず、ただこの先にいるであろう親友について考え続けていた。

 

今頃ダリアはどうしているだろうか。彼女がパンジー達を引き付けている間に、彼女の()()()のキャンディを買ったはいいけど……果たして彼女は楽しく過ごすことが出来ているだろうか?

 

ダリアと離れていた時間は僅かだというのに、彼女と一緒にいないというだけで不安な気持ちになってしまう。特にこんな雪の日は尚更。

私の知らない間に、彼女にイレギュラーが起こっているかもと考えただけで、私は何だか去年のことを思い出してしまうのだ。

 

雪が降りしきる冬の日。ふとした出来事でダリアが私達の元を去った、最低最悪のクリスマスのことを。

 

そしてその不安は、あながち間違ったものではなかったのだった。

ホグズミードの見どころの一つ『三本の箒』を通り過ぎ、周りの建物がまばらになってきた時、その光景が見えたのだ。

ダリアを取り巻くパンジー達と、ウィーズリー、そしてグレンジャーが険悪な空気を垂れ流しながら睨み合っている光景が。

私が少し目を離したすきに、ダリアが面倒な事態に陥っていたのは明白だった。

私が近づく間にも、彼らから大きな声が聞こえてくる。

 

「なんでこんな所にウィーズリーと『穢れた血』がいるのよ!」

 

「僕らがどこにいようと勝手だろう! なんでお前らなんかにとやかく言われないといけないんだ! お前らこそどこか違うところに行けよ! どうせ内心ではここが怖いんだろう! こんなに大勢でここに来て、恥ずかしくはないのか!?」

 

「な、何よ、生意気ね! 目上の人間に対する言葉遣いも知らないの!? たかがウィーズリーのくせに! 住んでいる家は、あの屋敷よりもみすぼらしいくせに!」

 

「なんだと!」

 

実に頭が痛くなる光景だ。こんなにも嫌いあっているのなら、お互い無視すればいいのに。いや、無視とまではいかなくとも、少なくともダリアに迷惑をかける行動は慎んでほしかった。何故私が少し目を離したすきに、ここまでカオスな空間を作り上げることが出来るのだろうか。

私は軽くため息を吐いた後、なるべくこちらを凝視しているグレンジャーを無視しながら、ダリアの方に何気ない風に近づいた。そして私の登場に唖然とする連中に、私は捲し立てるように宣言し、

 

「ダリア、ドラコ……それと皆、待たせちゃったね! ほら、ダリア! これあげる! ドラコと一緒に買ったものだから、()()()()()()()()! さ、もうこんな所にいても仕方がないね! じゃあ、そろそろ行こうか!」

 

ダリアの手をそっと引き始めるのだった。

折角雪雲のお蔭でホグズミードに来れたのに、こんな連中のせいでホグズミード行きが台無しになったのではダリアが可哀想だ。ダリアが来れる回数が有限である以上、少しでも一回一回を楽しんでほしい。

しかし、そんなことを思っていたのは、どうやら私とドラコ……そしてグレンジャーだけらしかった。私の勢いに唖然としていたパンジーが再び口火を切り始める。

 

「ダフネ! ようやく帰ってきたと思ったら、なんで貴女が仕切り始めるのよ!? ここを出て行くべきなのはこいつらの方よ! 貧乏人と『穢れた血』は、大人しく私達純血の言うことを聞いていればいいのよ!」

 

「黙れ、パーキンソン!」

 

醜い言葉の応酬が再開する。果てはパンジーを皮切りにミリセントまで参戦し始め、より事態は混迷を極め始めた。セオドールやザビニは参加こそしていないけれど、そのウィーズリーとグレンジャーを嘲笑したような表情から、少なくとも止める気がないことは確かだった。参加していないのは私とダリア、そして面倒くさそうな表情を浮かべて黙っているドラコと、こちらを相変わらず凝視しているグレンジャーだけだった。

事態は刻一刻と混迷を極めていく。そしていよいよこの場にいるのが馬鹿らしくなり、私は純血貴族との繋がりなど無視してドラコとダリアを連れ出そうと思い始めた矢先、

 

「ふん! でも、生意気な態度が取れるのももう少しだけよ! だって、パパが言っていたわ! もうすぐしたらあの()()()()()()が……な、なに!? 誰よ!? 今雪を投げてきたのわ!?」

 

それは起こったのだった。

突然パンジーの顔に雪玉が投げつけられたのだ。パンジー達が急いで辺りを見回しても、周りには私たち以外の人影はない。それどころか更に誰もいないはずの虚空から雪玉が投げつけられる。今度はクラッブの横顔に命中し、彼の顔にハッキリとした恐怖が浮かんでいた。

 

「一体何!? 誰がやっているの!?」

 

「あそこから来たぞ!」

 

パンジーはほぼ恐慌状態に陥り、ミリセントを盾にするように縮こまっている。クラッブとゴイルに至ってはそこら中をキョロキョロ見回しながら、同じところをグルグル回り続けていた。グリフィンドール勢を含めて、誰一人として犯人を見つけられず、各々があちらこちらに首を振り続けている。

そんな中、唯一ダリアだけは、

 

「別に呪いの仕業……というわけではなさそうですね」

 

と、一人冷静に呟きながら、ある一点だけを見つめ続けていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリー視点

 

「なんてすごい地図なんだ! フレッドとジョージめ! なんで僕にくれなかったんだ!? 僕は弟なのに!」

 

『三本の箒』で『忍びの地図』についての一部始終を話すと、ロンが憤慨したように大声をあげた。

僕はそんな彼に苦笑しながら、大ジョッキに並々と注がれた『バタービール』を一口飲む。かじかんだ体が、一口飲むだけで隅々まで暖まる心地だ。僕はこんなに美味しいものを、今まで飲んだことがない。

やはりここに来れてよかった。『忍びの地図』がなければ、僕は今頃ホグワーツ城で一人寂しく過ごしていたことだろう。この『バタービール』一つとっても、僕は地図をくれたフレッドとジョージに感謝の念を禁じ得なかった。

しかし……どうやらハーマイオニーは違う意見を持っている様子だった。ハーマイオニーは店奥にある小さなテーブルを囲む僕ら三人の中で、唯一難しい表情を浮かべながら話し始める。

 

「ねぇ……私だってハリーと一緒にホグズミードを周れて嬉しいし、出来ればこんなことを貴方に言いたくはないわ。でも……ハリーはシリウス・ブラックに狙われているのよ? 彼がもし今日ホグズミードに現れたら……。それにその地図も、ちゃんとマクゴナガル先生にお渡しするのよね? 地図には他の抜け道も書かれているわ。もし、それを使ってブラックが侵入しているとしたらどうするの?」

 

実にハーマイオニーらしい意見だった。

僕のことを心配して言ってくれていることは分かる。でもこんな素晴らしいものを、シリウス・ブラックなんかのせいで見す見す奪われるわけにはいかない。

ロンもそう思ったのか、正気を疑うような視線をハーマイオニーに送りながら応えた。

 

「気は確かかい!? こんなにいい物を先生に渡せって!? そんな馬鹿なことがあるかい! いいか、ハーマイオニー! これを渡したら、先生にどこで手に入れたのかを言わないといけないんだぜ! 君はフレッドとジョージを先生に売り渡すつもりかい!? それにホグズミードへの抜け道だって、シリウス・ブラックが使っているはずがない! 一本は出入口の真上に『暴れ柳』が埋まっていて、もう一本はさっきハリーが通ってきた『ハニーデュークス』の倉庫行きだ。そんなもの、店のオーナーが物音に気が付かないはずがないぜ! だからあいつはホグズミードにはいない! いたとしても、こんなホグワーツの生徒だらけの中ハリーを見つけるのは無理だろうさ!」

 

捲し立てるように話すロン。それに対し、ハーマイオニーは尚何か言おうとしたのだが、

 

「……それはそうかもしれないけど。でも……」

 

「はい! この話は終わりにしよう! いいじゃないか、ハーマイオニー! もうすぐクリスマス! ハリーだって楽しまなきゃ!」

 

ロンの更なる言葉に遮られたのだった。

ロンは心配そうな表情を隠しもしないハーマイオニーを無視し、興奮したように先程あった出来事について言及し始める。

 

「それにしても、あいつらのあの表情は傑作だったな! パーキンソンなんて半狂乱だったし、ドラコもダリア・マルフォイの後ろで青ざめた顔をしていたぜ! ダリア・マルフォイ本人は……まぁ、いつもの無表情だったけど。でも、あいつにも雪玉を投げつけていれば、あの無表情だって崩れただろうさ! なんであいつにも投げなかったんだ? そうすりゃ、もっとあいつ等をコテンパンにしてやれたのに」

 

ロンは自分も最初は僕の仕業とは分からず、半ば恐慌状態に陥っていたことを忘れているらしい。

しかし僕はそんな野暮なことには突っ込まず、僅かに苦い気持ちを抱きながら答えた。

 

「……僕も最初はあいつにも投げてやろうと思ったよ。でも、投げられなかったんだ。あいつ、ドラコとグリーングラスを庇うように立ちながら、じっと僕の方を見つめていたんだ。僕はあの時透明だったというのに……。流石に僕がやっているとは気が付いていないだろうけど、あいつは僕の位置を正確に見抜いていたんだ。本当にあいつは……」

 

透明になっているはずなのに、それでもジッとこちらを見つめ続けるダリア・マルフォイ。正直あの時は恐怖でしかなかった。もしあいつに……あいつの兄や一番の()()()()であるグリーングラスに雪玉を投げつけていれば、あいつが何をしてきたか分かったものではない。パーキンソン達が逃げ去った後、ドラコやグリーングラスをまるで庇うように()()()()()どこかに歩き去ったから良かったが、正直あいつが僕の方を見つめ始めてからは生きた心地があまりしなかった。

僕は思い出してしまった苦い感情を飲み干すようにバタービールを口に含む。ロンも僕の言葉に何か思うところがあったのか、何か複雑な表情を浮かべながら、黙ってバタービールを飲み始める。

そんな中声を上げたのは、

 

「マルフォイさんならそれくらい出来るでしょうね。やはりマルフォイさんは凄い子だわ」

 

この中で唯一あいつに対して正常な考えを持っていないハーマイオニーだった。

唖然とする僕とロンを放置し、ハーマイオニーの言葉は続く。

 

「それにしても……今日のマルフォイさんはいつもの表情だったわね。私、このホグズミードなら彼女も笑顔になれるんだと……ここでなら、彼女も城での嫌なことを忘れられるのだと思って、彼女の笑顔を期待していたの。でも、今日はいつもの表情だった……。流石に『叫びの屋敷』は笑顔になる程のものではなかったからかしら……。それとも、今回一緒にいるメンバーが問題だったのかしら。だから、あんな風に彼らと別れるために……」

 

ハーマイオニーの意味不明な言動は続く。僕とロンはそれに対し、僅かに首をすくめるだけだった。こうなってしまえば、ハーマイオニーはどこまでも妄言を重ねていくだけになってしまう。いくらダリア・マルフォイが危険だと説明しても、この状態のハーマイオニーは僕達の意見を一向に受け入れようとはしないのだ。ある程度放っておいて、元の状態に戻ってくるのを待つしかない。

僕とロンは手持無沙汰になり、やはり何とはなしにバタービールを飲み続ける。そしてこれまた何とはなしに、僕はバタービールのつまみ代わりに、先程グリーングラスが落としていったキャンディをポケットから出し……()()()()()

 

その瞬間、口の中に異様な味が広がる。

それは紛れもなく、()()()だった。

 

「おぇ! な、なんだこのキャンディ!」

 

僕は思わず口に運んだキャンディを吐き出し、勢いよくバタービールを飲み干す。

無意識内の行動だったとはいえ、僕は内心このお菓子に少しだけ期待していた。グリーングラスはダリア・マルフォイの取り巻きであり、ジニーに意味不明な言いがかりをつけてくるような奴だ。でも、そんなスリザリン生のあいつは、マルフォイと同じ純血のお金持ち。悔しいけれど、奴のような人間はさぞいいお菓子を買っているに違いないと期待し、僕は人の買った物だと僅かな罪悪感を持ちながらも奴の落としたキャンディを頬張った。

それなのに……

 

「ハリー。これ……()()()キャンディよ。きっと『吸血鬼』用ね。どこでこんなものを拾ったのよ」

 

何故、こんな()()()()()()()()ではなかったのだろうか?

訝し気に残りのキャンディを観察するハーマイオニーに、僕はバタービールで口をゆすぎながら応える。

 

「さっき、ハニーデュークス前でグリーングラスとぶつかった時に拾ったんだ。ぶつかった拍子に、いくつか『透明マント』の中に紛れ込んでた。まさかあいつに返すわけにもいかないと思って、こうして持ってきたんだけど……」

 

「なんでそんなものをグリーングラスが買ってるんだ?」

 

僕の応えに、ロンも不思議そうな表情を浮かべる。唯一ハーマイオニーだけは、

 

「……ぇ? グ、グリーングラスさんが? だってさっき彼女は……」

 

驚愕としか言いようのない表情を浮かべていたけれど。

この時の彼女は、明らかに何かに気が付いた様子だった。

 

 

 

 

……僕がハーマイオニーの話をきちんと聞いていれば、僕だってあいつの秘密にたどり着けたのかもしれない。

でも、僕は聞かなかった。尋ねなかった。

それはこの次の瞬間、

 

「メリー・クリスマス、ロスメルタのママさん! ラム酒を一杯貰えないかな? ミネルバとハグリッドはどうするかね?」

 

「私はギリーウォーターのシングルを」

 

「俺はホット蜂蜜酒の4ジョッキ分を」

 

魔法大臣コーネリウス・ファッジやマクゴナガル先生、そしてハグリッドが店になだれ込んだせいだった。

そして急いで隠れた僕の近くで話された、

 

「大臣! よくものこのこ顔を出せましたね! 最近『吸魂鬼』がここにも顔を出すようになってから、商売あがったりですわ! 一体全体どういうおつもりなのですか!?」

 

「し、しかたなかろう。これも全て、ハリーをシリウス・ブラックから守るためなのだよ……」

 

僕には隠されていた、シリウス・ブラックの秘密があまりにも衝撃的な内容だったから。

僕はこの日、ホグズミードに来るという楽しみと引き換えに知った。シリウス・ブラックがかつて起こした事件の真相を。

奴はかつて父や母と親友であり、僕の名付け親であったこと。そんな奴はヴォルデモートから狙われた父と母を隠すため、『忠誠の術』で『秘密の守人』となり、二人の居場所を知る唯一の人間になったこと。それなのに……その秘密を、あっさりヴォルデモートに暴露したこと。挙句の果てに、裏切りに気が付いたもう一人の親友、ピーター・ペティグリューを指一本だけ残して吹き飛ばしたことを。

そんなあまりに衝撃的で、今まで感じたことのない程の憎しみを抱かせた内容に……僕はハーマイオニーに尋ねることを忘れてしまったのだ。

 

だから気が付かなかった。

僕が暴いた秘密は、シリウス・ブラックのものだけではなく……ダンブルドアが最も警戒する、ダリア・マルフォイについての秘密もだったことを。

 

でも、僕は気が付かなかった。

唯一彼女の秘密にたどり着いたのは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハーマイオニー視点

 

皆が寝静まった寝室。

今日もホグズミードで目いっぱい楽しんできたのだろう。ルームメイトのラベンダー達は、如何にも幸せそうな表情で眠りについている。

 

でもそんな幸せそうな寝息の聞こえる中で、私だけはどうしても眠りにつくことが出来ずにいた。

何故なら……

 

「何故今まで気が付かなかったのかしら……。今までヒントはいくらでも転がっていたのに。私は彼女が苦しんでいる姿を、今までずっと見ていたというのに……」

 

私はようやく、()()()秘密に気付いてしまったから。

確かにシリウス・ブラックについての事実も十分衝撃的で、ブラックのせいで親を失ってしまったハリーのことを思うととても悲しい気持ちになる。でも今の私にとって、それは残念ながら二の次でしかなかった。それくらい私が気が付いてしまった彼女の秘密は衝撃的で……悲劇的なものだったから。

 

「ようやく分かったわ。何故あの子があんなにも他人を拒絶しているのか。あんなにも……悲しい瞳をしているのか。あぁ……それなのに、私はなんて馬鹿なことを。グリーングラスさんが怒って当然だわ……」

 

私は一人涙を流しながら、以前読んだ教科書のあるページを見つめ続ける。

私の開いているページには、血に飢えたように牙をむき出し、今まさに恐怖に震える人に襲い掛かろうとしている恐ろしい生き物の挿絵が描かれていた。

 

思えばいくつもヒントはあったのだ。

彼女は一年生の頃、『闇の魔術に対する防衛術』の授業で異様な程顔をしかめていた。彼女と授業で一緒になることはほとんどなかったけど、クィレルの担当する授業だけはずっといつもの無表情ではなく、ひたすら不快としか言いようのない感情をその顔に表していた。

そして彼女が抱える最大の障害と言うべき、日光に一切当たれない体。

私は……いや、このホグワーツにいる全員が、それを彼女の病的なまでに白い肌のせいだと思っていた。でも違ったのだ。彼女は肌が白いから日光に当たれないのではなく……。

 

正直、これだけでも十分な証拠だったと思う。

一つ一つ、彼女が()()だと分かっていれば、そうとしか思えないような情報ばかり。解ってしまった今となれば、何故気付かなかったのかと……何故秘密を抱える彼女に、あんなにも無神経な言葉を吐き続けてしまったのかと頭を抱え込みたくなってしまう。

でもようやく気が付くことが出来た。思いがけず、最大の証拠を手に入れてしまったから。

 

『これあげる! ドラコと一緒に買ったものだから、()()()()()()()()!』 

 

あの時、『叫びの屋敷』前でスリザリン生と喧嘩していた時、グリーングラスさんは確かに彼女にそう言っていた。

ハリーの話が確かなら、グリーングラスさんが買っていたのは血の味キャンディだ。それを彼女に渡すと言うことが意味することは……もはや一つしかなかった。

 

点と点が繋がり、全ての事実が線として描かれていく。

描き出されたのは……決して素晴らしい真実ではなかったけれど。

 

「マルフォイさんは……純血ではなかった。彼女は……『吸血鬼』なんだわ」

 

私はこの日、マルフォイさんの秘密の()()を知ってしまったのだった。

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