ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
???視点
そんなあたしが入学してから
「どうしよう! このままだと私……ダリア・マルフォイに殺されてしまうわ!」
それは落ち着いた空間には相応しくない、恐怖に彩られた声音だった。
あたしが突然の物音に驚き『ザ・クィブラー』から顔を上げる間も、上級生の叫び声は続く。
「グリーングラスを医務室に運んだ時、マダム・ポンフリーに詳しい事情は言わなかったけど……あいつが目覚めたら、必ずダリア・マルフォイに事情を話すわ! 全部自分に都合のいいことを! 私はダリア・マルフォイに暴れる口実を与えてしまったのよ!」
なんだ、いつものことかぁ……。
あたしが興味を持って聞いていたのはそこまでだった。あたしは再びパパの書いている雑誌に目を戻しながら考える。
ダリア・マルフォイがそんなこと、
あたしはまだ少ししかホグワーツにはいないけど、その短い間でもあの人の名前を聞く機会は星の数ほどあった。特に去年はあの人が『継承者』だと
皆がダリア・マルフォイを『継承者』だと恐れる理由。それはあの人が純血主義筆頭のマルフォイ家であるということ以上に、あの人が恐ろしい程に無表情だということが主な理由である
でも……あたしはいつだって、皆の話に納得することはなかった。
だってあたしには……あの人の表情が完全な無表情には見えなかったから。
親友のジニーからまるで
確かに遠目から見たあの人の表情が豊かだったかと聞かれたら、それはあたしだって違うと答える。
見たこともない美人ではあるけど、表情が乏しく、あの人が何を考えているか
でも、表情が本当にまったくないかと言えば……あたしは違うと思っている。
あの人は表情こそ乏しくても……別に感情がないわけでもなく、寧ろ
友達や家族が傷つけば怒り、一人で学校をさまよっていた時は寂しそうな表情を浮かべ……表情は乏しいのに、その実どこまでも感情豊かな人だった。
そんな人が生徒を喜んで襲う人物だとは、あたしにはどうしても思えなかった。
「……そんなことないもん。あの人、すっごく綺麗なんだもん」
あたしはそう呟きながら、再び『しわしわ角スノーカック』についての記事を読み始める。
しかしそんな私の読書を、
「……何よ、何か言った!? 変わり者の
先程から談話室で騒いでいた上級生が邪魔してきたのだった。しかもあたしの呟きを聞きとがめて大声を出してきたものの、あたしに構っている余裕はないと言わんばかりにそのまま寝室の方に歩き去ってしまう。怒ったように、恐れるように……逃げるように。
叫んでいた彼女とその取り巻きが消え、談話室には何だか釈然としない気分になってしまったあたしだけが残された。
ハーマイオニー視点
医務室の中は気まずい空気で満たされている。
私もグリーングラスさんも、お互い見つめあうだけで中々話し出そうとしない。
私は受けなければならなかった授業のことも忘れ、ただ怪我をしたグリーングラスさんに何か話さなければならないと思ってはいたのだけど……彼女に嫌われていると思えば、どうしても話し始めることが出来なかった。そして当のグリーングラスさんはグリーングラスさんで何か思うところがあるらしく、私の顔を気まずそうに見つめるばかりで中々話そうとはしなかった。
ただ気まずい時間が徒に過ぎ去っていく。
そんな中、ようやく沈黙を破ったのは、
「……ごめんなさい。あまり覚えていないのだけど……あの時私を庇ってくれたのは、もしかして貴女なの?」
グリーングラスさんの方だった。
流石に怪我をしたことで気が動転している上に、気を失っていた彼女はあの時の記憶が曖昧なのだろう。彼女はいつも私に向ける敵意を抑えながら私に尋ねてくる。
でもこんな時でさえ、私の応えは決して彼女にただ感謝されるばかりのものではなかった。
今までと同じ、彼女やマルフォイさんを傷つけ続ける言葉でしかなかった。
「……ええ。貴女が階段から転げ落ちた時、私が貴女を抱きとめようとしたの……。でも、ごめんなさい。今考えると、もっとやりようがあったはずだわ。自分で突っ込むより、魔法を使っていた方が遥かに貴女を安全に元に戻すことが出来た。それに何より……」
私はより一層気まずい気分になりながら続ける。
「何より……私はもっと早くに貴女を守るために行動すべきだった。あのレイブンクロー生が貴女に話しかけた時に、私はすぐにでも介入すべきだったんだわ。いえ、それよりも……私は貴女が授業で孤立しているのに気が付いた段階で、貴女にもっと話しかけるべきだったのよ。そうすれば、貴女はこんな風に階段から落ちずにすんだのに……。ごめんなさい。私には勇気がなかったの。貴女が孤立していることを知っていて、それでも私は貴女に話しかけることすら出来なかった。本当に……ごめんなさい」
ようやくグリーングラスさんと会話が出来ているというのに、私の口から洩れ続けるのはどこまでも懺悔でしかない言葉の数々。言葉にすればするほど、自分の中にため込んでいた罪悪感が溢れ出していくようだった。
私はいつだって手段を間違える。
ハリーの箒の件だってそうだ。彼に送られた箒に呪いがかかっていたかもしれないのは、今だって信じて疑わない事実。でも、もっとやり方があったのは間違いなかった。ただでさえ落ち込んでいた彼にもっと寄り添えていれば、彼やロンと喧嘩することなどなかった。本人たちの前では意固地になっているだけで、私だって謝りたいという気持ちはある。
そして今回の件も同じことだと思う。そもそも私がグリーングラスさんをもっと早くから庇っていたら、こんなことにならずに済んだのだ。私にグリーングラスさんに感謝される資格なんかない。グリーングラスさんを庇ったのは咄嗟の行動であったし、何より感謝されるためにとった行動などではない。それを差し引いたとしても、私が彼女にしてきたことを考えれば、私が感謝される資格などないのは明白だった。
こんなこと今更言っても仕方がないのに、私はただ謝罪の言葉を垂れ流し続ける。これがただの自己満足でしかないことを分かっていながら、私はどうしようもなく身勝手な言葉をグリーングラスさんに浴びせ続けることしか出来なかった。
だからだろう。そんな私に返ってきた言葉は、
「何よ、それ……。なんで、貴女がそんなことを言うのよ!」
怒りに満ちたものでしかなかった。先程まで忘れていた怒りを取り戻したように、グリーングラスさんが大声を上げる。
……ただ想像と違ったのは、その怒りの矛先は私ではなく、
「私は貴女を遠ざけていたのよ! 貴女のやったことに怒っていたし、貴女のことが……怖かったし、何より私は貴女に酷いことを言ったのよ! それなのに……それなのに、どうしてそんなこと言うのよ!」
彼女自身に対してだったけれど。
「そもそも、どうして貴女が私を庇う必要があるの! 私は貴女にとって、もうただの嫌なスリザリン生でしかないはずなのに! ダリアとの仲を邪魔する、嫌な奴でしかないのに! それでも尚、どうして貴女は私を庇ったりしたのよ! そうすれば……貴女はこんな風に傷つくことなんてなかったのに!」
静かにあるべきはずの医務室に、まるで泣いているような叫び声が響き渡った。
私達の間には様々な溝が横たわっている。
スリザリンにグリフィンドール。純血にマグル生まれ。そして……被害者に加害者。
たとえ知っている者と知らない者という溝が埋まろうとも、未だ残る溝はどれもどうしようもない溝ばかりで……これからもそれらが決して消えないことは確かだった。
でも……それでも私は……。
ダフネ視点
意味が分からなかった。グレンジャーの言うことが、私には少しも理解出来なかった。
私は彼女に嫌われているはずだ。いや、そうでなければおかしい。
何故なら、私はダリアのためという名目で……その実自分のためだけにグレンジャーを遠ざけていたのだから。
それなのに何故、彼女は私を庇い、そして私を守りたかったなどと言うのだろうか。
私にはそれがどうしても理解出来なかった。ダリアに対してならいざ知らず、私にこんなことを言うなんてどう考えてもおかしい。
「私は貴女にとって、もうただの嫌なスリザリン生でしかないはずなのに! ダリアとの仲を邪魔する、嫌な奴でしかないのに! それでも尚、どうして貴女は私を庇ったりしたのよ! そうすれば……貴女はこんな風に傷つくことなんてなかったのに!」
私は感情のまま大声を出し、更にグレンジャーを……自分自身を詰ろうとする。
しかし、
「こらっ! 何を騒いでいるのですか! ここは医務室ですよ!」
私の大声が聞こえてしまったのだろうマダム・ポンフリーが、隣の部屋から怒鳴り込んできたのだった。
「怪我人は大人しく寝ていなさい! これ以上騒ぐようでしたら、騒げないようにするお薬を飲ませます! スネイプ先生とマクゴナガル先生にはもうあなた達のことは伝えました! お二方とも快くあなた達がここに泊まることを了承してくださいましたよ! ミス・グレンジャーが気にしていた授業も後日補習を行うことになりましたし……ミス・マルフォイについても、スネイプ先生よりお伝えして下さるとのことです。ですから、私は今日あなた方をここに縛り付けておくことだって出来るのですよ!?」
「す、すみません……」
「……ごめんなさい」
マダム・ポンフリーは私達が静かになったことを確認すると再び隣室へ戻っていく。残されたのは冷や水を浴びせられたように黙り込む私達だけだった。
再び医務室には気まずい空気が流れる。そして今度沈黙を破ったのは……グレンジャーの方だった。
「ご、ごめんなさい。私が余計なことを言ったばっかりに……」
「べ、別に……」
でもそれも一瞬。再びお互い黙り込んでしまう。
いつもであれば、私は自分の中に生まれた僅かな罪悪感を無視し、グレンジャーにそっぽを向いて終わるのだけど……今回は助けられてしまったこともあり、何故かそうすることが出来なかった。
私は内心のよく分からない感情にさとされるまま、意を決したように話し始める。
「……授業って、どういうことなの? だって、私達の受けた『マグル学』が今日最後の授業でしょう? あの後に授業なんてないよ」
口にしたのはただの世間話のようなもの。ただ沈黙を埋めるためだけの言葉。正直、感謝や謝罪の方が先だとは思う。私はまだ助けられたことへの感謝も、いきなり怒鳴ってしまったことへの謝罪もしていない。でも、どうしてもグレンジャーに素直になることが出来なかったのだ。
『貴女は用済みなの。貴女はもう、ダリアにとっての唯一でも、一番でもなくなったのよ』
脳裏にまね妖怪の化けた姿を思い出している私に、グレンジャーが意を決したように応える。
本来であればスリザリン生なんかに話さないであろう、彼女の抱える秘密を……。
「私……全部の授業を受けているの。貴女と一緒の『マグル学』や『魔法生物飼育学』は勿論、『古代ルーン文字学』に『占い学』、それに『数占い』も全部」
「え? 何を言ってるの? だって、『マグル学』と『占い学』『数占い』は一緒の時間だよ? そんなこと不可能だよ?」
「いいえ、可能なのよ。この『タイムターナー』を使えば」
そう言ってグレンジャーが懐から取り出したのは、真ん中に砂時計がついたような形をしたネックレスだった。
「これを使えば時間を巻き戻すことが出来るの。本来であれば私なんかが使えるものじゃないのだけど……マクゴナガル先生が魔法省と掛け合って下さったの。私が模範生だから、勉強以外には絶対使いませんって説得して……。私はこれを使って、同時にいくつもの授業を受けているの」
多分今の私の顔は驚愕に彩られていることだろう。
私だって『タイムターナー』のことは知っている。あまり詳しいことは知らないけど、何でも時間を巻き戻すことが出来る道具だとか。でもその危険性のため、魔法省の『神秘部』という所で厳重に管理されており、魔法省の特別の許可がなければ使用はおろか、持ち出すことすら許されない。グレンジャーの言う通り、本来では一学生が持っていていいものではない。それに、
「……ここまで聞いて悪いんだけど、それって私に言っていいことなの?」
サラリとした口調で語ってはいるが、そんなものを持っているということを私なんかに言っていいはずがない。私がスリザリン生だからということもあるが、本来なら同じグリフィンドール生にすら話してはならないことだろう。実際、
「ええ。本来なら話してはいけないことよ。これを受け取った時、マクゴナガル先生と誰にも言わないって約束したわ」
グレンジャーの応えも肯定のものだった。
私は表情を驚愕から訝し気なものに変えながら尋ねる。
「……なら、なんで私に言ったの?」
それに対し、グレンジャーは固い決意を滲ませた表情で答えた。
「だって……私は貴女を信用しているから。私はマルフォイさんだけではなく……貴女とも友達になりたいと思っているから」
「……はい?」
叫び出さないまでも、グレンジャーの言葉に私の思考は今度こそ完全に停止した。
先程の言葉もそうだが、グレンジャーの私への態度の意味が理解不能だ。彼女にとって、私はダリアとの障害物でしかないはずなのだ。いつだって二人は根幹の部分で惹かれ合っているのに、それを一々邪魔をするお邪魔虫。私さえいなければ、二人はもう今の段階で友達にすらなっていたかもしれない。二人とも強い好奇心と、それを満たすだけの才能を持っている。二人は何事もなければきっと素晴らしい友人関係を築けていた。それだけ二人の相性は、私から見ても抜群のものだ。でも、それを邪魔しているのがこの私。グレンジャーにとってさぞ邪魔で仕方がない人間であることは間違いなかったし……その上、その邪魔している理由が私自身のためなのだから猶更だ。
グレンジャー本人だって、
「こんなこと、貴女に言ってごめんなさい……。こんなこと突然言われても、貴女が困ることは分かっているの。でも私……今言わないと……。私……知っているわ。ううん、気が付いているわ。貴女がマルフォイさんに対して独占欲を持っているって。貴女の『まね妖怪』が言っていた意味を……私は理解しているつもり。貴女は……私がマルフォイさんを奪ってしまうことを恐れていたんでしょう?」
そのことに当の昔に気が付いている。ダリアはともかく、彼女に近づこうと必死だったグレンジャーが私の『まね妖怪』を見て気が付かないはずがない。
それなのに、
「でも、それでも私は構わないと思ってるの。マルフォイさんのこ……貴女達の去年の状況を考えると、それも仕方がないことだと思うわ」
ダリアのことで何か言及しようとしていたものの……やはり彼女の声音は、どこまでも優しいものでしかなかった。
「貴女達は去年あんなにも理不尽に追い詰められていた。それは今年も同じ。私達はジニーのことを守るために、未だに『継承者』だと疑われているマルフォイさんを放置してしまっている。こんな状況で、貴女達が自分たち以外を信用することなんて不可能よ。貴女がマルフォイさんを独占したい、マルフォイさんとだけ仲良くしていればいいと思うことは当然のことよ。……ううん。それがなくたって、自分の友達を独占していたいという気持ちは、決して貴女だけが持つ感情ではない。私だって少なからずそんな感情を持っているわ。だから私はそんなことで、貴女を責めるつもりなんてないの」
事態を飲み込めずにいる私に、グレンジャーは更に続ける。
「私は確かに……一年生の頃はマルフォイさんとだけ友達になりたいと思っていたわ。その感情に気が付いたのは去年のことだったけど、私は確かにそう一年生の頃思ってた。でも、今は違うの。今は私……貴女と友達になりたいと、マルフォイさんに対してと同じくらい思っている。私は貴女からマルフォイさんを横取りする気も、ましてやマルフォイさんが
……より一層意味が分からなくなった。
彼女の言っていることに、私の思考が中々追いついてこない。私が彼女にしてきた所業と、彼女の私に向けてくる感情が一切釣り合っていない。
それに何より、私は彼女のことを、彼女が私に対して向ける程信頼してはいない。
結果私が取った行動は、
「……長々と話しているところ申し訳ないけど。何が言いたいのか、私にはさっぱり理解出来ないよ。そろそろ本当にマダム・ポンフリーが来そうだし、私はもう寝るね。明日は早く帰らないとダリアが心配するだろうしね……」
逃亡でしかなかった。
私はベッドに横になり、グレンジャーとは反対の方に寝返りを打つ。少し動くだけで体中が痛かったけど、そんなことを気にしている余裕などありはしなかった。
これ以上この子と話していると、私自身が何を考えているか分からなくなってしまう。
そう思い私は今度こそ、
「……でも、取り合えずお礼だけは言っておくね。助けようとしてくれて……ありがとう」
素直に言えなかった言葉を口にして、瞼を閉じたのだった。
……何故グレンジャーに対してこんなにも自然にお礼の言葉が出せたのか、自分自身でも分からぬまま。
そして……そう言えば彼女の話をまともに聞いたのは久しぶりだったな、という薄っすらとした思考を抱きながら。
ハーマイオニー視点
夜が明け、ようやく待ちに待った朝が来た。
マダム・ポンフリーが私達の体を隅々まで調べながら言う。
「……問題はなさそうですね。いいですか? 何か体に異常を感じたらすぐに医務室に来るのですよ?」
そしてどうやら問題ないと判断されたらしく、私とグリーングラスさんはようやく医務室から解放されたのだった。
私は出口を目指しながら、横で私から目を逸らすように歩くグリーングラスさんに声をかける。
「よかったわ。これで今日はきちんと授業を受けることが出来るもの。私、正直昨日の夜は頭が可笑しくなりそうだったの。でも補習もして下さるというお話だし、これで元の生活に戻れるわ」
「そう……よかったね」
しかしグリーングラスさんの返事は本当に素っ気ないものだった。
昨夜も結局あの私の告白の後、私とグリーングラスさんが言葉を交わすことなどなかった。グリーングラスさんは明らかに拒絶の意志を示していたし、私も私であれ以上何をグリーングラスさんに話せばいいのか分からなかった。今まで話す前に遮られていた物をようやく彼女に伝えるチャンスだと思っていたのだけど、真性の口下手である私にはあれ以上上手く言葉にすることが出来なかったのだ。
今だって、私達が流暢に会話しているわけではない。私達の間には、相変わらず気まずい沈黙が横たわっていた。
でも……今までのものよりかは遥かにマシな空気だ。
今までだったら、そもそも私が話し始めることすら、グリーングラスさんは許してくれなかったことだろう。
勿論彼女の私に対する不信感が消え去ったわけではない。彼女は以前私のしたことを完全には許していないだろうし、マルフォイさんを奪うかもしれない人間として恐れている。そしてよしんば私を恐れていなくとも、彼女がマルフォイさんのために私を近づけないという論理には間違いなどない。彼女が私がマルフォイさんの秘密に気が付いていることを知らないのなら、彼女は自分自身のためにも、そしてマルフォイさんのためにも私に気を許すわけにはいかないのだ。
でも、少なくとも私の話を聞いてくれるようにはなった気がする。少なくとも、今までの問答無用の態度ではなくなっていた。
その証拠に、
「……ねえ、『マグル学』の時、また話しかけてもいい?」
「……勝手にすればいいよ。私が返事をするとは限らないけど」
グリーングラスさんの返答は素っ気なくとも、別に否定と言い切れるものでもなかった。
私はほのかな満足感を感じながら、若干早歩きになっているグリーングラスさんに続く。
……今回の事件で、もう一波乱起こり得る可能性があるとも知らずに。
私から逃げるように先を歩くグリーングラスさんが、医務室のドアを押し開ける。
そしてその先には……いつもの薄い金色の瞳をしたマルフォイさんが立っていたのだった。
驚く私達に彼女は一目散に駆け寄ってくる。
「あぁ、ダフネ! 心配しましたよ! どこも怪我はありませんか!? もう治っているのですか!」
マルフォイさんの表情はいつもの無表情だけど、その仕草からグリーングラスさんを本気で心配していたことが伺えた。彼女はマダム・ポンフリー同様グリーングラスさんの体のあちこちを触りながら続ける。
「昨日貴女があまりにも帰りが遅いから、スネイプ先生に聞いたのです! そうしたら貴女が階段から落ちたって聞いて……。あぁ、無事でよかった……。どこも痛い所はありませんか?」
「……ううん。大丈夫。ありがとうね、ダリア。心配かけちゃったね……。それに、勉強会もしそこねちゃったし」
「いいのですよ、そんなこと。貴女が無事ならそれでよかったのです」
傍から見ているだけでも、二人が本当にお互いのことを大切に思っていることが手に取るように分かるようだった。
二人は私が若干の羨ましい視線を向ける中、お互いの無事を確かめ合うようにじゃれつき合っている。そんな中、ようやくマルフォイさんが私の存在に気が付いたのか、
「……そう言えば、グレンジャーさんはどうされたのですか? 昨日の『数占い』にも出席されていなかったようですし、体調でも優れなかったのですか?」
私に訝し気に尋ねてきたのだった。
それに応えたのは、
「マ、マルフォイさん、私は、」
「彼女は私が階段から転げ落ちたところを庇ってくれたんだよ。
私ではなくグリーングラスさんの方だった。
どうやらマルフォイさんには彼女が転んだのではなく、半ば落とされたという事実を伝えないつもりらしい。
マルフォイさんはグリーングラスさんの応えに、少し驚いた無表情で続ける。
「……そうですか。グレンジャーさん、ありがとうございます。ダフネを助けてくれて。……貴女も怪我をされたようですが、大丈夫ですか? 貴女が『数占い』に来なくてしんぱ……不思議だったのですよ?」
「え、えぇ、大丈夫よ!」
「……そうですか。それは良かったです」
そして少し心配気に歪んでいた無表情を、いつもの完全な無表情に変えながら、
「では、私達はこれで失礼しますね。ダフネ、お兄様も大広間で待っています。まずは朝食を食べに行きましょう」
これまたいつもの拒絶的な態度になるのだった。
流石に、どうせ私も大広間に行くのだから一緒に行こうとは……今の私に言うことは出来なかった。
「……うん、そうだね、そうしよう! ……じゃあね、グレンジャー」
「う、うん」
私は手を繋いだ状態で歩き始める二人の大分後ろに続き、大広間に食事を摂るために足を進めた。
これが、
『バックビークが裁判にかけられることになった。本当は俺も裁判にかけられそうだったんだが、ダンブルドアが庇って下さって……。俺はバックビークのために証言台にたたなきゃなんねぇ。ハーマイオニー、お前さんにこんなことを言っても困るだけとは思うんだが、頭の悪い俺には他に方法なんて思いつかねぇ。相談に乗ってはくれねぇか? ハリーは今年こんなこと以上に大きな問題を抱えちょる。出来れば、あいつには伝えないでおいてくれねぇか?』
という、大粒の涙で濡れた手紙が届く少し前のことだった。
ダフネ視点
グレンジャーからの視線を背中で感じながら、私はダリアと手を繋いで大広間を目指す。
そんな中、
「……ダフネ。グレンジャーさんと医務室で何かあったのですか?」
突然ダリアがそんなことを尋ねてきたのだった。
私は内心ドキリとしながら応える。
「な、何もなかったよ。……どうしてそう思ったの?」
「……いえ、何もなかったのならいいのです。それに、グレンジャーのことなどどうでもいいことですしね」
私の質問に返ってきたのは、いつものグレンジャーを否定する言葉。
いつもであれば……いや、今年の私であれば、このダリアの発言を内心喜んでいたことだろう。何故突然、私の独占欲に気が付いていないだろうダリアがこんなことを聞いてきたのかは分からないけど……私はこのグレンジャーを近づけまいとするダリアの発言に、心の奥底で暗い喜びを感じていたことだろう。
でも……何故か今は違った。
確かにダリアを独占できているという喜びは感じている。でもそんなあさましい考えと同時に……今は少しだけ、ダリアの発言が何だか
……私はグレンジャーのことが嫌いだった。
彼女はダリアを傷つけたし、何より私からダリアを奪うかもしれないと思えば彼女のことが憎く、そして恐ろしくて仕方がなかった。
だから私はグレンジャーをひたすらダリアからひたすら遠ざけていた。
グリフィンドールとスリザリンといった関係以上に、私達との間には大きな溝が横たわっていたのだ。
でもそれが変わり始めたのは、おそらくこの時だったのではと、後から思った。