ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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友情の在り方(前編)

 

ダリア視点

 

スリザリンの勝利から数週間。スリザリンの馬鹿騒ぎと、他寮の葬式のような空気はしばらく続いていたが、試験が本格的に迫ってくると流石に既に終わったクィディッチ杯のことをいつまでも話してはいられなくなる。いつもは閑散としている図書室も段々と人気が増していき、最終的には席の取り合いすら見られる様相を呈している。あの勉強嫌いのパーキンソン達ですら、私に勉強を教わりに来ていない間は図書館に籠っているようだった。

しかし私とダフネに関しては、特段いつもと変わらない生活を送っていた。そもそも試験勉強などしなくとも、いつも授業終わりに勉強会を開いているのだから今更慌てる必要などどこにもない。

試験前だろうと変わらぬ日常。宿題の量が多少増えようが、周りから質問される機会が増えようが、決して私とダフネの生活が変わるわけではない。

そう、私達の日常が変わることは決してない。

 

ただ一つ……ダフネが最近、どこか余所余所しいことを除いて。

 

別に去年の私がダフネにしていたように、私が避けられているというわけではない。寧ろダフネとの距離は()()()に近いとさえ言える。ここ最近私が談話室にいると、いつの間にか私の真隣りに腰掛け、

 

『……ねぇ、ダリア。こっちに来て』

 

等と言って私を抱き寄せ、私の頭を自身の肩に乗せるのだ。私の方からよくやっていたこともあるが、今年になって私達の背丈に()()()()()()()()()のもあるせいか、ダフネの中ではどちらかと言うと私の方が甘えるポジションになっているのだろう。別にそれに対しての文句は一切なく、寧ろこうしてダフネの方から私を求めてくれるのは嬉しいことだ。

しかし……

 

『ダリア……。私は……貴女の重しになっていない?』

 

なんて聞かれれば、話は少し違ってくる。呑気にダフネに身を委ねている場合ではない。

私はそう聞かれる度に慌てて返事をする。

 

『そんなはずがありません! ダフネが重みになるなんて、そんなこと絶対にあるわけない! 貴女がいるから、私はこうして幸せを感じられるのです! 貴女が傍に居てくれるから、私は安心して毎日を過ごすことが出来るのです! だから、そんなことを言わないで下さい!』

 

そう返せばダフネも、

 

『……ありがとう。安心したよ』

 

と返してくれるが、私はそれでも安心することは出来なかった。

こんなにも近くに、それこそ触れ合える程近くにいると言うのに……何故かダフネがとてつもなく遠い場所にいるような気さえする。

正直、原因が分からない。いや、正確にはどのタイミングから、どの発言によってダフネがこんな態度になってしまっているかは分かっている。最近の出来事の中で変わったことなど、グレンジャーさんのお願いとやらをお兄様の口から聞いたこと以外にあり得ない。明らかにあの出来事があってから、ダフネがこんなにも不安そうな表情を度々浮かべているのだ。

だが私には、あの出来事の何がそんなにもダフネに不安を与えているかが分からなかった。

あのお願いがお兄様のものではなく、グレンジャーさんのものであることは明白だった。ならばグレンジャーさんをこれ以上私に懐かせないために……そしてダフネの前でこれ以上グレンジャーさんへの憧れを見せないためにも、あのお願いを断ることこそが正解だったのだ。それなのに何故ダフネは……。

 

時間だけが徒に過ぎていく。ダフネはやはり時折不安そうな表情を浮かべており、私は私で臆病にもダフネが不安を感じている理由を聞けずにいる。ただダフネの気が済むまで抱き枕にはなっているが、それでも一向に改善しない状況に悩むばかりだった。

そしてそれはこの日も……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダフネ視点

 

試験期間が遂に始まり、既に半数の科目は終了した。

私は今日の『マグル学』をやり終わりさえすれば、数日後に『闇の魔術に対する防衛術』の試験を控えるのみだ。実に順調なペースで試験は進んでおり、内容自体も自信を持って去年より素晴らしいものだと言い切れる。これも全てダリアとの勉強会のお蔭だろう。

 

しかし勉強以外の面も順調かと聞かれれば……残念ながら違うと答えるしかない。

ダリアが私の独占欲に気が付いていたと知った時から、私の心の中は不安でいっぱいだったのだ。

 

思考が上手く纏まらない。ダリアへの羞恥心、親友である私が彼女の行動を制限してしまっている罪悪感、そしてグレンジャーに対しての名状しがたい感情。色んな感情や思考が混じり合い、結果私の中にはただ漠然とした不安だけが残されていた。

しかも挙句の果てに、

 

『ダリア……。私は……貴女の重しになっていない?』

 

等と更にダリアの負担になるようなことまで口走ってしまうのだから質が悪い。こんなことを聞けば、ダリアが困惑してしまうのなんて少し考えれば分かることだ。事実ダリアは猛然と反論しながら、その綺麗な瞳の中に困惑の色を浮かべていた。

 

私の余計な一言が、ダリアにも強烈な不安感を与えているのは明らかだった。

 

試験は順調に終わっているというのに、肝心のダリアとの関係がどこかギクシャクしたものになっている。どうにかしようという思いはあるのだけど、そもそも私が何を感じているのか、私が本当はどうしたいのかすら自分でもよく分かっていない。こんな状態でダリアと話せば……私は今以上に彼女を悩ませるかも、彼女に嫌われてしまうかもと思うと、私はどうしても前に進むことが出来なかった。

だからだろう、

 

「グ、グリーングラスさん。マグル学のテストお疲れ様。テ、テストはどうだった? 私実はさっき……多分貴女の時間なら今現在『占い学』のテストを受けたばかりなの。何が『内なる目』で未来を見る、よ! あんなの出任せに決まって、」

 

「テストのことはどうでもいいよ、グレンジャー。特に『占い学』のことなんてね。それより午後には処刑の時間でしょう。まだ時間があるとはいえ、貴女は行かなくてもいいの? 処刑を止められなかった私が言えたことではないけど……。ドラコを傷つけたとはいえ、貴女の大切な友達のペッ……友達なのでしょう? だったらこんな所で油を売ってないで、すぐに行ってやりなよ」

 

グレンジャーに対して余計なことを言ってしまったのは。

処刑の阻止を断ったというのに、グレンジャーは未だに私に対して明るい口調で話しかけてくる。しかもダリアに対しても、特に何の悪感情を持ち合わせていない様子だった。

私がダリアの発言を伝えた時も、

 

『そうなの……なら、残念だけど仕方がないわ。無理を言ってごめんなさい。今考えれば、そもそも貴女達に責任を押し付けようとしたことが間違っていたのよ。ドラコはともかく、貴女達にこれ以上無理をさせることなんて出来ないわ。ただ……相談に乗ってくれて、ありがとうね』

 

なんて発言をするものだから、もう意味が分からない。

今回だって私が余計なことを言ってしまったというのに。グレンジャーは気にした風でもなく、寧ろ私に心配されたとでも思っているような表情を浮かべながら応える。

そこには私への敵意など微塵も見受けられなかった。

 

「ありがとう……。そうね、貴女の言う通りだわ。でも大丈夫よ。処刑の時間は日没だもの。それに、今私はテストを受けている時間だから、今ここから離れるわけにはいかないの。心配してくれて……ありがとう」

 

途端に、私の精神状態は更に不安定なものとなる。

以前の様にグレンジャーに対して叫び出したいという感情はない。でも、この感情を何と呼んでいいのか分からない点は共通していた。

そんな私が捻りだせたのは、

 

「そう……」

 

そんな何の変哲もない一言くらいのものでしかなかった。

私は逃げるようにその場を後にする。これ以上ここにいたら、私は本格的に自分自身が何をしたいのか分からなくなってしまうから。

その場に残されたのは、こんな私でも心配した表情を浮かべてくれているグレンジャーだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハーマイオニー視点

 

「それじゃあ行くわよ。せめて最期くらい、私達も一緒にいるべきよ……。それが何も出来なかった私達に出来る唯一のことよ……」

 

いよいよ日が沈み、辺りが暗くなり始めた時間。

私達はハリーの『透明マント』を被り、薄暗い校庭を突き進む。お互いに会話はない。ハリーも『占い学』のテスト後何か言いたそうにしていたけど、今はそれどころではないと真剣な表情で押し黙っている。皆一様に暗い、自らの無力さを噛みしめるような表情を浮かべているのだ。

それもそうだろう。だって、

 

「ハグリッド、私達よ。中に入れて。貴方が一人で死刑執行を待つなんて、そんなことさせられないわ」

 

私達は結局、バックビークの処刑を止めることが出来なかったのだから。マルフォイさんに頼むことくらいしか、馬鹿な私には方法を思いつけなかったのだから。

 

私達はハグリッドの小屋に辿り着くと、ドアを静かにノックする。それに対しハグリッドは、

 

「……お前さんらも来てくれたのか。バックビークの最期に……」

 

やはり私達と同じく、静かな口調で応えた。

クィディッチ杯が終わった直後も暗い空気だったけど、今はそれ以上に暗いものが私達の間に漂っている。それは私達が中に入ってからも続き、小屋の中はただ沈黙だけで満たされる。私達はこの期に及んでハグリッドに何と言っていいか分からず、彼は彼で茫然自失しているのか、ただ空中を眺めるばかりで何も言おうとはしない。ようやく沈黙を破ったとしても、

 

「ハ、ハグリッド。バックビークはどこなの?」

 

などという、気遣いも何もない言葉でしかなかった。

バックビークがどこにいるかなんて、少し考えれば分かることなのに……。

まずいことを聞いてしまったかなと青ざめる私に、ハグリッドが震える声で応える。

 

「お、俺は……あいつをカボチャ畑に繋いでいるんだ。あいつはあそこが好きだった。だから、あいつが好きな場所で木やなんかを見た後で……そ、その後で……」

 

ハグリッドの言葉はそこまでだった。

より一層手が震えたかと思うと、手に持っていたカップを取り落とし、そのままサメザメと泣き始めてしまう。私が声をかけたところで、

 

「あ、新しいお茶を出すわ。ハグリッド、だから、」

 

「もうおしまいだ! もうどうにもなんねぇ! ダ、ダンブルドアだって、ルシウスの奴が決めた決定を覆せない! あの方は偉大だ。それでもバックビークの最期には一緒にいてくださると言っていた。俺が不甲斐ないばかりに、ダンブルドアに迷惑をかけたというのに……。俺はそれに比べて、なんて情けない奴なんだ! あぁ、バックビーク! なんて可哀想なんだ!」

 

もはや私達の声が届いているかも怪しかった。

ここまで来たのはいいけど、本格的に身の置き場が分からなくなってしまう。ハリーやロンに至っては、ここに来てから一言も発していない。

かくいう私もいよいよハグリッドに何と声をかけていいのか分からず、カップを取り落としてしまった彼に黙って次のお茶の支度を始める。

 

その時だった。

私が何気なくミルク入れを取り上げた時、中にネズミが入っているのを見つけたのは。

そのネズミが、

 

「きゃ! し、信じられない! ス、スキャバーズよ!」

 

クルックシャンクスに食べられたと思っていた、ロンのペットだと気が付いたのは。

 

「何を言っているんだい? そんなわけ……って、スキャバーズ!」

 

そしてそれは私の錯覚ではなく、彼と十年以上寝食を共にしていたロンも認めるものだった。気まずい空気から逃げるため私の叫び声に飛び付いたロンが、私の抱えるネズミを見た瞬間同様の叫び声を上げる。流石に飼い主だけあり、前より痩せこけ、毛が所々抜け落ちていても……()()()()()()()()()()()()()、スキャバーズだと即座に気が付いたのだろう。

ロンはジタバタ暴れるスキャバーズを鷲掴みにしながら続ける。

 

「よかった! もう大丈夫だぞ、スキャバーズ! ここにあの猫はいない! ここにはお前を傷つけるものなんてなんにもない! だからそんなに暴れるな!」

 

思いがけない再会に、一瞬だけ小屋の中の空気が和らいだ気がした。

私も私で、あれだけ騒いだのにスキャバーズが生きていたことに少しだけ釈然としないものを覚えたけど……生きていないよりかは、生きていた方が遥かにいいことであるのは間違いなかった。皆が一瞬だけ、どこか優しい視線をロンとスキャバーズに送る。

でも……

 

「あぁ……来おった……。ダンブルドアと……あいつは処刑人のマクネアか……。それとルシウス・マルフォイとコーネリウス・ファッジに……くそ! ドラコに()()()()()()()()()()()来てやがる! あいつらバックビークの処刑を見世物にするつもりだ!」

 

その時が遂に来てしまったのだった。

ハグリッドの声に急いで窓の外を見ると……そこには彼が言った通りの人影があった。

 

先頭にダンブルドアと魔法大臣らしき人物。その後ろに大鎌を持った人物とルシウス・マルフォイ。

そしてそんな一行に続くように、ドラコ・マルフォイと……薄暗くなった校庭でも光り輝いているように見える、白銀の髪をしたマルフォイさんの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリー視点

 

「くそ! やっぱりだ! やっぱりマルフォイ家の奴は皆狂っているんだ! 何が自分が止めるだ! 何がダリア・マルフォイに伝えるだ! あいつらは最初からバックビークの処刑を止めるつもりなんてなかったんだ! 挙句の果てに、ああやって態々処刑されるところを見に来てるんだ! 本当に腐った連中だよ! 期待を持たせるようなことを言って、僕らが苦しむのを見て楽しんでたんだ! グリーングラスだって同罪だ! あいつだって、今から処刑を楽しく眺めるに違いない!」

 

ロンの叫び声が『透明マント』の中に響く。声の大きさから、もしかしたらマントの外にだって漏れ出しているかもしれない。

でも、僕にはそれを止めるつもりなんて少しもなかった。

何故なら、僕だってロンと同じ気持ちだったから。

僕の中には、今まで感じたことのない程の怒りが渦巻いていた。

 

『僕からも父上に掛け合っておくさ』

 

ドラコが以前言っていた言葉を思い出す。

何が掛け合うだ! 

結局、あいつにバックビークを助けようなんてつもりは微塵もなかったのだ。僕等が手をこまねいているのを眺めながら、スリザリン生らしく楽しんでいたに違いない。

その証拠に、あいつはこの処刑のタイミングで妹と共に現れた。もし本当に止めるつもりが……ダリア・マルフォイを説得するつもりがあったのなら、このタイミングで現れるはずがない。きっとハグリッドやダンブルドアの悔しがる顔を見に来たのが関の山だ。

しかもそれはドラコやダリア・マルフォイだけに言えたことではない。ダフネ・グリーングラスも同じ穴の狢だ。僕等が裏口から出たタイミングで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()グリーングラスを、僕らは『透明マント』の中から見たのだ。ハーマイオニーだけは頻繁に小屋の方を振り返っていたから気付かなかった様子だけど、僕とロンはあいつの姿をはっきりと捉えていた。きっとバックビーク事件の当事者でないことから、あいつは処刑に立ち会う許可は下りなかったのだろうが……それでも一つの尊い命が奪われるところを楽しむつもりなのは間違いなかった。そうでなければ、あいつだってこのタイミングで来るはずがない。

 

本当に性根が腐った奴らだ! スリザリンの奴なんて、皆狂っている!

 

僕は未だにダリア・マルフォイの登場に困惑した様子のハーマイオニーを引っ張り、ひたすら城に向かって足を進めていく。背後にはダリア・マルフォイ達が入って行ったハグリッドの小屋。僕等はただ湧き上がる怒りを抑えこみながら丘を登っていく。ハグリッドに追い出される様に裏口から出たけど、正直あのまま残っていたらドラコ達に殴り掛かっていたことだろう。気付いた時にはもう遠かったけど、もし近くにいたらグリーングラスに呪いの一つでもかけていたことだろう。

 

しかしどんなにここで怒り狂っていたとしても、

 

「あぁ……今、ハグリッドの小屋のドアが開く音がしたわ!」

 

裁判の結果が変わることは決してない。

僕らはいよいよホグワーツに辿り着こうとした辺りで、小屋の方から男たちの話し声が漏れ聞こえてくる。何だか()()()()()()()()()()()みたいだけど、いよいよ処刑が始まるのだ。

 

僕らはマントを脱ぎ捨て、ハグリッドの小屋の方に振り返る。

辺りに響くのは、ロンの手の中で喚くスキャバーズのキーキー声のみ。夜の校庭はゾッとする程静まり返り、森から聞こえる鳥の鳴き声すらここまで届くようだった。

そしてそんな静寂の中に、

 

シュッ! ドサ! ザシュ! ドザ!

 

何かが切り落とされる音が()()響いたのだった。

 

「本当に……本当にやりやがった!」

 

「あぁ……なんてことなの……」

 

太陽が沈み血のような色をした空の下、僕らはただ茫然と立ち尽くす。

お互いに言葉はない。ただただ真っ白になった頭で、茫然とハグリッドの小屋の方角を見つめ続ける。

 

 

 

 

それはこの後、スキャバーズが突然ロンの手の中から抜け出し………それを追った先にあの真っ黒な犬、『グリム』を見つけるまで続いたのだった。


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