ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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終わりの始まり

 

 ダリア視点

 

殺人鬼の再逃亡とルーピン先生の件で一時は城中大騒ぎであったが、試験期間中ということもあり騒ぎ自体はすぐに落ち着いていた。あれだけ朝食の席に舞い込んでいたフクロウ便も、抗議先の先生自身がいなければ意味はないと2日で収まった。今朝もいつも通りの静かな朝でしかない。

今まであれだけ先生の授業を楽しみにしていたくせに、狼人間だと分かった瞬間手のひらを返した生徒達でさえ、

 

「次の教師は一体誰が来るんだろうな?」

 

「……吸血鬼なんじゃないか? 狼人間でなければなんでもいいよ。狼人間に比べれば吸血鬼の方が有難いくらいさ。勿論どちらも願い下げだけどな。そんなことより夏休みはどうするんだ?」

 

「それこそ決まってるだろぅ! 今年はなんといってもクィディッチ・ワールドカップがあるんだからな!」

 

今では試験明けの夏休みの方が遥かに重要な話題である様子だ。

先生がいなくなったとしても、城の中には穏やかな時間が流れている。そして唯一残った『闇の魔術に対する防衛術』の試験も、

 

「ではこれより試験を開始します。幸いにもルーピン先生はここを去る前、私に試験内容を伝えて下さっておられました。皆さんには順番にこの試験を受けてもらいます」

 

特に問題なく執り行われるようだった。

試験だというのに何故か校庭に連れてこられた私達の目の前に、様々な障害物と思しきものが設置されている。水魔『グリンデロー』が入った深いプールに、赤帽のレッドキャップが潜む穴。ヒンキーパンクを躱した先には……いつぞや見たことのある震える洋箪笥。いい意味で前代未聞の授業ばかり執り行っていた先生だが、こうして残していった試験もまた前代未聞であった。

見たことも聞いたこともない試験を前に唖然とする生徒達をよそに、代理で今回の試験を行うマクゴナガル先生は少し興奮した様子で続け、

 

「試験内容は皆さんお察しのお通り、この校庭に設置された障害物を潜り抜けるという内容です。どれもルーピン先生の授業で取り扱ったものばかりだそうです。……先生はここを去りましたが、だからこそ貴方達はこの試験を立派に成し遂げなければなりません。大丈夫です。先生も、貴方達ならきっと最後までやり遂げられると仰っておられました。では、最初は……」

 

試験が始まったのだった。

マクゴナガル先生の開始宣言が終わると、次々と生徒達が障害物競争に挑んでゆく。

たとえ狼人間であることで嫌われたとしても、先生の成してきた功績が消えて無くなるわけではない。最終的な先生の評価とは裏腹に、皆この見たこともない形式の試験を特に問題なくこなしている。途中でリタイアする生徒も数人はいたが、それも極々わずかだ。多くの生徒は先生が教えてくださった通りに魔法生物を退けている。

そして遂に、

 

「ダリア! やったよ! マクゴナガル先生が私の点数は満点だって! ドラコも! 貴方の言った通り、もう私のボガードは()()()()()()()()()()! 取りあえず、昔の私に猫耳を生やしておいたよ! ……あれって似合う人と似合わない人がいるね。ダリアは似合うだろうね……。そ、それじゃあ、ダリア、頑張ってきて! その間、私はあそこでまだ落ち込んでいるグレンジャーにでも話しかけておくから!」

 

ダフネの順番が終わり、私の番が来たのだった。

ダフネは未だに、

 

「マ、マクゴナガル先生が! わ、私の試験は全部落第だって! あ、あぁ、どうしよう!」

 

「ハーマイオニー、落ち着いて! 君が会ったのはただのボガードだ! 本物のマクゴナガル先生はあそこにいるじゃないか!」

 

ボガードに受けたショックから立ち直れない様子のグレンジャーの下に向かう。その後ろ姿を眺めていた私に、()()()マクゴナガル先生が話しかけてくる。

 

「ミス・マルフォイ。次は貴女の番です。準備は出来ていますか?」

 

「……はい、勿論です」

 

私は合図と共に走り出し、障害物を次々と潜り抜けていく。幸い今の天気は曇り。日傘をさす必要性もないため、私は手袋をつけた状態での全力を出すことが出来る。

レッドキャップにグリンデローにヒンキーパンク。私も他の生徒同様、いやそれ以上の速さで切り抜ける。確かにそれなりに脅威のある生き物ではあるが、もとより私の敵ではなく、更にルーピン先生の授業を真剣に受けていた私にとって問題になるはずがない。先生がいなくなったとしても、先生の教えは確かに私の中にも生きている。ポッターを除けば、先生と最も長い時間を共有してきた生徒は私なのだ。そんな私がたかが魔法生物如きに手をこまねくわけにはいかない。

そう唯一、

 

「洋箪笥を見た時から嫌な予感はしていましたが……これだけは変わりませんね」

 

私が授業ですら撃退できなかった『まね妖怪』を除けば。

試験最後の関門。震える洋箪笥に入ると、中には外からは想像もつかない程大きな空間が広がっており、その真ん中にポツンと……やはりあのクリスマスの夜に見た私自身が立っていたのだ。

真っ黒な自分の杖をいじりながら、ぞっとするような笑みを浮かべている私自身。心の奥底にある望みを映す鏡で見た私自身が……。

 

「……あの様子だと、ダフネは自分自身の闇に向き合えたのですね。そして打ち勝った……。いえ、受け入れたというのが正解でしょうか。本当に……彼女は私には勿体ない程強い子です。でも私は……」

 

私はただ立ち尽くしながら、自身の恐怖と憧れを表した姿を見つめる。

先生は自身の体について、

 

『それがなければなかったことや、それがなければ出会えなかった人達』

 

と言っていた。

私だってそうだと思う。いや、他でもないルーピン先生の言葉だからこそ、私にもそうだと思えた。

思えばこの忌々しい体でなければ、私はマルフォイ家に預けられることもなければ、ましてやこの世に生まれることすら無かった。ダフネだって、こんなにも私に興味を持ってくれることなどなかっただろう。

どんなに否定しても、私のこの汚らわしさがなければ、私がもっと孤独であることは間違いなかった。

その点に関しては……私も自身の秘密についてまだ前向きに見る余地はある。どんなに異常なものでも、マルフォイ家やダフネと出会えた幸福さえあれば、少しは我慢してやろうという気持ちになれた。

 

でも、()()姿()()()()()()

この私の恐怖と憧れを煮詰めたような、この自分自身の成れの果ての姿だけは違うのだ。

この姿の私には、もはや大切な人達と共にある幸福感など存在しない。あるのは血に飢えた狂気のみ。到底前向きに考えることなど出来る代物ではない。

だけど……それなのに。私は決してこれを受け入れてなどいないし、こんなものに成りたくないと思っているというのに……何故かそれでも、心のどこかでこの姿に憧れている自分がおり、完全に否定しきれていないことが……『()()』になりたいと思っていることが怖くて仕方がなかった。

あのルーピン先生の記念すべき初授業と同じく、私は何も出来ずにただ茫然とボガードを見つめ続ける。あの時と違い、ダフネやお兄様が助けに来てくれることはない。

自身の闇を乗り越えたダフネや、そんな彼女を後押ししただろうお兄様と違い……私はどこまでも弱く……孤独だった。

しかも、

 

「私も知っていることでしょう? 何を驚いているの?」

 

あの時とは違い、今回は()()があったのだ。 

ボガードが突然話し始めたことに驚く私に、こいつはいつか見た夢と似通った内容を話し続ける。そして、

 

「だって、これこそが。貴女の本質なのだから。貴女はいつか絶対に、()()()()()()。どんなに否定したって、たとえ私が私だったから家族になれたのだとしても……」

 

最後に、()()()からそう思っているかのように……酷薄に笑いながら締めくくったのだった。

 

()()である私は、最後には必ず大切な人達でさえ殺してしまうのだか、」

 

『アバダケダブラ!』

 

 

 

 

この後、私がどのようにして洋箪笥から出てきたのか正直あまり覚えていない。

唯一分るのは……私は結局、ボガードを既定の方法では撃退することが出来なかったということだけだった。

内容こそ覚えていなくとも、通知された『闇の魔術に対する防衛術』の成績で、自己最低点を叩き出していることで……私は自身の失態に気が付いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリー視点

 

『闇の魔術に対する防衛術』の試験が終わってしまえば、僕以外の生徒が楽しみにしている夏休みまではあっという間だった。天気は比較的良かったし、学校の雰囲気もスリザリンが調子づいていること以外は最高だった。皆談話室や校庭で、試験終わりの解放された時間を思い思いの方法で過ごしていた。

そしていよいよホグワーツでの三年目が終わり、僕達は今特急に揺られながら一路ロンドンを目指している。ロンとハーマイオニーのいるコンパートメントの中、僕はやや上機嫌な心持で外を眺めていた。

思い返せば色々なことがあった年だった。いいことも悪いことも沢山のことがあった。でも最終的には、

 

「今頃シリウスはどこにいるのかしらね?」

 

「さぁ? でも、今頃バックビークと元気にやっているはずだよ。こんな手紙を送ってくれたくらいだしね」

 

やはりいいことの方が多かった年だったのだと、今なら思える。

何故なら今僕の手の中には、名付け親から届いた、

 

『わたくし、シリウス・ブラックは、ハリー・ポッターの名付け親として、ここに週末のホグズミード行の許可を与えるものである』

 

ホグズミード行きのサインが握られていたから。

僕はずっと、もうこの世の中にダーズリー家以外の家族など存在しないのだと思っていた。両親どころか、僕を良く思ってくれていた親戚は全てヴォルデモートに殺された。そうでなければ、僕がダーズリー家なんかに未だに預けられたままなのはおかしい……あんな地獄のような環境に置き去りにされているのはおかしい。そうずっと思い続けていた。

でも、それは大きな間違いだった。僕にはまだ、僕をずっと大切に思い続けてくれていた名付け親がちゃんと存在してくれていたのだ。謂れのない殺人容疑でアズカバンにいただけで、彼は決して僕を忘れたわけではなかったのだ。

そしてこれからも、シリウスは僕を愛し続けてくれる。彼はバックビークに乗って逃げる際、僕に別れ際こう言った。

 

『いつの日か、私が本当に無罪だと証明された時……その時は今一緒に暮らしている連中と別れて……私と一緒に暮らすつもりはないかい? 君がよければだが……』

 

彼の真実を知った後だからこそ思う。どうして僕はこんなにも優しい人のことを、恐ろしい殺人鬼だと信じて疑わなかったのだろう。あのいつも僕を見守ってくれていた黒い犬を、どうしてグリムなんかと思っていたのだろうか、と。

彼の言葉はそれくらい僕に対する思いやりに満ちており、彼が送ってくれたファイアボルトやホグズミード行きのサインよりも嬉しいものだった。

 

僕は今年、決して孤独ではないことを知ったのだ。

 

勿論シリウスの真実を知ったからと言って、一概に今年がいいことばかりの年だったと言えるわけではない。

今年の寮対抗の優勝杯は、結局クィディッチで優勝したスリザリンのものになってしまった。僕達がシリウスを救ったことは皆に秘匿されている。未だに彼の無罪が証明されていない以上、ダンブルドアも僕達に点数を与えることは出来なかったのだ。その上……

 

『闇の帝王は、夜もなく孤独に、朋輩に打ち捨てられて横たわっている。その召使は十二年間鎖につながれていた。今夜、真夜中になる前、その召使いは自由の身となり、ご主人様の下にはせ参じるであろう……。闇の帝王は、召使の手を借り、再び立ち上がるであろう。以前より更に偉大に、より恐ろしく……』

 

将来に不安が残る様な出来事もあった。

『占い学』の試験直後、部屋を出ようとした僕にトレローニー先生はいつもとは全く違った雰囲気で告げた。まるでいつもとは違い、本物の予言をしているかのように。

しかも挙句の果てに、本当にその夜ピーター・ペティグリューは逃亡してしまった。そのことを伝えた時、ダンブルドアさえ予言だと断言したのだから間違いないだろう。

 

それは紛れもなく、ヴォルデモートの復活が近い可能性を表していた。

 

正直不安でないと言ったら嘘になる。

僕は今まで散々ヴォルデモートと対決し、何とか最終的に生き残りはしたものの、奴が恐ろしい魔法使いであることは疑いようのない事実だ。僕は偶々運よく生き延びてきたにすぎない。

でも、それがどうしたというのだろうか。ホグワーツには今世紀最も偉大な魔法使いがおり、更に今年からは頼もしい名付け親が僕のことを遠くから見守ってくれている。僕は決して孤独なんかではない。僕には強い味方が大勢いる。その事実は、本当に起こるかも分からない予言に対する不安を打ち消すには十分なものだったのだ。今の僕は今年最初の気分とは違い、寧ろ晴れやかな気持ちですらあった。

僕は思わず表情を綻ばせながら、シリウスからの手紙を握りなおす。

 

……そう、そんな僕をどこか微笑ましそうに見ていたハーマイオニーが、

 

「あ、グリーングラスさん! どうしたの? あ! そういえばこの前はありがとう。私のこと慰めてくれて……。私ったら、偽物のマクゴナガル先生に取り乱してしまって……。ご、ごめんなさいね、私ばかり話して。このコンパートメントに何か用?」

 

突然入ってきた嫌な奴に声を上げるまでは……。

ハーマイオニーの声に視線を向けると、コンパートメントの入り口にダリア・マルフォイの取り巻き、ダフネ・グリーングラスが立っていたのだ。

 

「え、えぇ、ちょっと貴女に話があって……」

 

折角の晴れやかな気持ちに泥を塗られたような気分だった。去年もそうだが、こいつは何故いつもいつも最後のホグワーツ特急で僕らを訪ねてくるのだろうか。どうせ今年も訳の分からない言いがかりをつけてくるに違いない。

穏やかな空気は消え、僕も……そして先程までお菓子を頬張っていたロンも一気に臨戦態勢を取っている。そんな僕らの態度に頓着していないのは、僕らの警戒した視線を受ける当のグリーングラスと、

 

「はなし?」

 

この中で唯一、奴を警戒していないハーマイオニーだけだった。

ハーマイオニーにとって、あのバックビークの処刑を見物にすら来たダリア・マルフォイの取り巻きは未だに警戒対象ではないらしい。……たとえグリーングラスが処刑を止めたといっても、こいつが何故()()()()の意思に反してあんなことをしたのか分からない以上、警戒するに越したことはない。警戒を解くのは、こいつが何故あんなことをしたのかが分かってからだ。今までの行いを全て無視し、こいつが実は真面な奴だったという僅かな可能性を考慮したとしても、ダリア・マルフォイの意向で動いている可能性もある以上警戒しなくてはならない。しかし相変わらずダリア・マルフォイに対して無防備な様子のハーマイオニーは、

 

「……そう、ちょっと話をさせてくれないかな。ここではない所で……ちょっとこいつらには聞かれたくないの。ついてきてもらってもいい?」

 

「えぇ、いいわよ。そう言うことだから、ハリー、ロン。私は少し出てくるわね。少しの間クルックシャンクスを……あら、貴方もついてきたいの? ご、ごめんなさい、グリーングラスさん。この子も連れて行っていいかしら?」

 

「……まぁ、猫なら別にいいよ」

 

あまりにも能天気な声音で誘いに応えるのだった。

このままではハーマイオニーが何をされるか分かったものではない。僕とロンはそんな悲惨な未来を避けるため慌てて声を上げた。

 

「ちょ、ちょっと! ハーマイオニー、君は何を考えているんだ!? またそんな無警戒にこいつの話を聞いて! こいつはダリア・マルフォイの仲間だぞ! いつも言っているじゃないか!」

 

「そうだよ。君はあの夜のことを忘れたのかい!? ダリア・マルフォイとその兄は、あの夜バックビークの処刑を見物に来てたんだよ!? 処刑を止めると言っていたくせに! そんな奴らになんで君は、」

 

だがどうやら僕達の言葉は、やはりいつもの如く親友の耳に届くことはなかった。

ハーマイオニーは僕らの声を遮りながら、いつもの妄言を続ける。

 

「あら。ハリーこそあの夜のことを覚えているの? グリーングラスさんはあの夜、バックビークを助けに来てくれたはずよ? それにマルフォイさんだって処刑を見に来てはいたけど……最後にはバックビークのことを見逃してくれていたわ。あの件でマルフォイさん達を責める必要なんて無いはずよ。はい、この話はもう終わりにしましょう。ごめんなさい、グリーングラスさん、少し待たせてしまったわね。行きましょう。私も貴女達に話さないといけないことがあるし……」

 

そしてそう言った切り、ハーマイオニーは僕達の制止も聞かず、クルックシャンクスを引き連れてどこかに行ってしまったのだった。

しかも結局、彼女が僕らのコンパートメントに帰ってくることは無かった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハーマイオニー視点

 

グリーングラスさんが、

 

『ついてきてもらってもいい?』

 

と言ってきた段階である程度予想はしていたけど……

 

「お帰りなさい、ダフネ。随分時間がかかっていましたが何かありましたか? それにお兄様達にしばらくここに帰ってくるなとはどういう……どうしてグレンジャーさんも一緒にいるのですか?」

 

やはりと言うべきか、私が連れてこられたコンパートメントはマルフォイさんのものだった。グリーングラスさんはマルフォイさんの一番の親友。この二人が一緒でないはずがないと思っていたら案の定だった。

しかしどうやら、グリーングラスさんはマルフォイさんにすら私の来訪を伝えてはいなかったらしい。マルフォイさんがいつもの無表情ながら、どこか訝し気な仕草で私を出迎える。

そして私をここに連れてきた当のグリーングラスさんは、

 

「うん、ちょっとね。これから私がする話は、ダリアにも是非聞いておいてほしい話だから……。さぁ、グレンジャーも入って。他のスリザリン生なら大丈夫だよ。ドラコにもしばらくは帰ってこないように言っておいたから。きっと彼のことだから、多分私がそんなこと言い出した段階で、私のしたいことに気付いているはずだよ。だから早く入って」

 

そんなマルフォイさんにお構いなく、私をコンパートメントの中に誘い、私がおずおずと席に着いたタイミングでこれまた唐突に話し始めた。

 

「ごめんなさいね、態々ここまで来てもらって。でも、私……どうしても貴女に謝らなくてはいけないと思ったの。本来なら貴女の所に出向いてするべきだと思ったのだけど……ダリア以外の人間に聞かれたくはなかったから……」

 

「え? グリーングラスさんが私に謝りたいこと? わ、私、貴女に何かされたかしら?」

 

横から無言で突き刺さるマルフォイさんの視線と……突然のグリーングラスさんの謝罪に私はただ困惑する。謝りたいと言われても、私には心当たりが全くなかったのだ。

でもグリーングラスさんにとっては、そんな私の反応こそ予想外だったらしく、

 

「……え?」

 

「え? ほ、本当に何かあったかしら。私が()()()に何かしてしまったことはあっても、グリーングラスさんから何かされたことは無かったように思うのだけど……」

 

「……成程。そう言えば、貴女はそういう子だったね。まったく……敵わないよ、貴女には。でも、それでも私は……」

 

どこか遠い目を遠い目をした後、気を取り直したように続けた。

 

「……私が謝りたかったのは、今までの貴女に対する態度のことだよ。去年からずっと、私は貴女に酷い態度を取ってしまっていたよね……。本当にごめんなさい……。()()()気付いていたと思うけど……私、ずっと貴女に嫉妬していたの。自分に自信がないから、貴女にその自分の弱さをぶつけていたの。そのことを、どうしてもここで貴女に謝りたくて……。本当に、今までごめんなさい」

 

グリーングラスさんの言葉に、今度は私が慌てて応える。

 

「え!? あ、謝りたいってそんなことなの!? グ、グリーングラスさん! そ、そんなこと謝る必要なんてないわ! 貴女は嫉妬でやったと言うけど……そもそもその原因を作ったのは私なのよ! 私が去年あんなことをしなければ……。と、とにかく、貴女が謝る必要なんてどこにもなどこにもないわ! 寧ろ謝るべきなのは私の方よ! 本当に、ごめんなさい! グリーングラスさん! それにマルフォイさん!」

 

「……去年何があったのか知りませんが、何故私にも謝るのですか? それこそ身に覚えがないのですが?」

 

「な、何故ってそれは……。と、とにかく、悪いのは私の方だったの! 私の方こそ、本当にごめんなさい!」

 

何だかよく分からない状況になってしまった。私とグリーングラスさんはお互いに譲らず謝り続け、唯一事情を()()()()()()()()マルフォイさんは私達を交互に見つめている。しかも挙句の果てにマルフォイさんまで、

 

「……グレンジャーさん。私も貴女に……ご、ごめんな……。いえ、何でもありません。事情を言えもしないのに……本当に身勝手ですね、私は……」

 

何か謝ろうとし始めるのだから状況は混乱を極めていた。彼女が何を謝ろうとしたのかも分からない上に、後半何を言っていたのかもよく分からないけど……本当に私が何をされたのか見当もつかなかった。唯一考えられることは、彼女に図書館で襲われそうになったことくらいだけど、それもそもそも私が無自覚に校内を歩き廻っていたことが原因だ。よしんば私に原因がなかったとしても、あの後バジリスクから命懸けで守ってくれたのだから帳消しになるだろう。

私達三人の間によく分からない沈黙が満たされる。そんな状況を最初に打ち破ったのは、

 

「っぷ! あははは!」

 

突然グリーングラスさんが上げた笑い声だった。

突然の笑い声に訝しむ私達の視線を受けながら、グリーングラスさんはどこか晴れやかな表情で続ける。

 

「ごめんなさいね。でも、あまりにも私達が似た者同士だったから、つい可笑しくなってしまって! 私だけではなくて、皆同じように思っていたのね! あぁ、ドラコの言っていたことは全部本当のことだった! 結局私が持っていた感情は、誰もが持っているものだったのね……。今、ようやく実感出来たような気がするよ」

 

そして彼女は一頻り笑った後、

 

「ねぇ、グレンジャー。あの時の……医務室での返事を、今更ながらさせてもらうね……。私と貴女はスリザリンとグリフィンドール。多分滅多に友達同士になる関係ではないかもしれないけど……。私達、いい友達になれると思うんだよね。本当に今更だし、どの面下げてこんなこと言ってるんだと思われるかもしれないけど……私なんかでよかったら、()()()()()友達として付き合ってくれると嬉しいな」

 

そんな嬉しいことを提案してきてくれたのだった。

待ちに待った言葉の嬉しさよりも、急変し続ける事態に混乱してばかりの私をよそに、横で静観していたマルフォイさんが声を上げる。

 

「……ダフネ。処刑を貴女が止めたと言った時も驚きましたが、どうしてそこまでグレンジャーさんに拘るのですか? もし私のために無理をなされているのなら、それは思い違いです。私はグレンジャーさんのことを何とも思っては、」

 

「ううん。ダリア、違うよ。無理なんてしていないよ。この前も言ったでしょう? 私はもう、自分がダリアの親友でなくなるなんてことを欠片ほども疑っていない。だからもう、グレンジャーに嫉妬する必要なんてなくなったんだよ。それに、確かに私はいつだって親友である貴女のことを思っているけど、今回は違うんだよ。私は別に貴女のためじゃなくて、私のために、グレンジャーとこれから付き合っていきたいなと思ったんだよ」

 

マルフォイさんの言葉を遮って上げられた言葉に、私とマルフォイさんは再び黙り込むしかなかった。

何故なら……そう言い切って微笑むグリーングラスさんの表情は、本当に晴れやかで……見ていて眩しいものだったから。

 

そこには三年目最初、濁った瞳で私に変身したボガードを見つめる姿や、その後マルフォイさんをまるで捕まえるように抱き着く心の闇はどこにもありはしなかったのだ。

 

あまりに綺麗な笑顔を真正面から受け、マルフォイさんはしばらく無表情で茫然としていたが、ややあってどこか苦笑したような仕草で話し始めた。

 

「まったく……。貴女には敵いませんね。私も貴女の気持ちを分かっていたつもりでしたが、今ようやく自覚しました。あぁ、嫉妬というものはこういう感情なんですね……。貴女がグレンジャーさんと友達になりたいと言った時、私は確かに、僅かですが嫌だと感じてしまいました」

 

「……ごめんね、ダリア。勝手に盛り上がちゃった……。ダリアは反対? 私はダリアを苦しめたくなんて、」

 

「いいえ、反対しません。貴女がそうしたいと言っているのに、私にそれを反対することなど出来るはずがありません。それに、そんな晴れやかな顔をされてしまったら……反対したくても出来るわけがないではないですか。……貴女がようやく苦しまずにいられるというのに、私がそれを喜ばないはずがないではないですか。それに……私は何とも思っていませんが、グレンジャーさんは、そうですね……それなりに信用できる人物だとは思います。別に私は交友関係を持つつもりは一切ありませんが。私にはダフネだけいれば十分です。……私を理解してくれるのは、貴女しかいません」

 

「……本当にダリアは頑固だね。でも……ありがとう。いつか絶対、ダリアが素直になれるよう私も頑張るね」

 

まだ彼女達と共に過ごした時間など無かったと言っても過言ではないため、彼女達が話している内容を本当に理解したとは言えないけど……どうやら彼女達の中である程度の結論は出たらしい。しかも私にとっては嬉しい方向に。

ここまで来てようやく思考が事態に追いつき始めた私に、グリーングラスさんが再び話しかけてくる。

 

「ごめんね、グレンジャー、放っておいてしまって。……返事を聞かせてもらってもいいかな?」

 

……正直、この申し出に素直に頷いていいものなのか悩んでいる。

何故なら私は、未だに自分が去年行ったことを自分でも許せていない。グリーングラスさんの方が先に謝っていたけど、そもそも彼女にあんな強硬な態度を取らせてしまったのは私であることに変わりはない。本来まず謝るべきだったのは……他でもない私の方だったのだ。

それなのに、私は未だに一番の被害者であるマルフォイさんにすら真面に謝れていない。彼女に真実を伝えることで、私が一時的とはいえ彼女を寮にさえ帰れない程傷つけたのだと……決して知られるわけにはいかなかった。私はここまで来ても、どうしようもなく臆病者でしかなかった。

 

でも……それでも私のとった選択肢は結局、

 

「本当に……私なんかでいいの? 本当に、貴女は無理をしていないの? 私は貴女達の事情を理解……しようとは思っているわ。だから、貴女達が私を警戒するのは当たり前だと思っている。でも、それでも……私を友達だと思ってくれるの?」

 

自分に都合のいいものでしかなかった。

私が彼女達の立場なら、きっと激怒すらしていただろう。なんて身勝手な人間なのだと、本来なら怒られても仕方がない。

しかし……グリーングラスさんの応えは、

 

「……ねぇ、これからはハーマイオニーって呼んでいい?」

 

やはりどこまでも優しいものだった。

あぁ、私は何故彼女達に……グリフィンドールと対を成すスリザリン生の彼女達に、どうしてここまで惹かれていたのか改めて理解した。

スリザリンだとかグリフィンドールだとか……勉強熱心で気が合いそうだとか……そんなことはどうでも良かったのだ。

 

私はただ……この人達の底なしの優しさに触れ、そんな彼女達の優しさに惹かれていたのだ。

ハリーやロンが持つ、いやそれ以上の優しさに私はずっと憧れを抱いていたのだ。

 

あまりの嬉しさに涙を流す私は、一時的に自身の中に燻ぶる罪悪感を無視して声を上げる。

 

「えぇ! 勿論よ! 私も……ダフネって呼んでいいかしら!? それに……マルフォイさんも、ダリアって呼んでも……?」

 

「うん、いいよ、ハーマイオニー!」

 

「……まぁ、それくらいなら、()()()()()()()()

 

 

 

 

罪悪感に塗れた感情の中、何か……本当に大切な何かが始まったような気がした。

今までずっと停滞していた何かがやっと……。

そこからは、全てがあっという間だった。最初はどことなくぎこちなかったのに、

 

「あ! そういえばまだ授業のことを伝えていなかったわ! 私、今年で『占い学』と『マグル学』を止めることにしたの! 結局どの科目もいっぱいいっぱいで、成績が軒並み落ちてしまったから……」

 

「そうだね。その方がいいよ。『闇の魔術に対する防衛術』はともかく、いくつかの科目で私が貴女に勝てたのはそれが主な理由だろうからね。貴女が万全な時に勝たないと意味ないよ」

 

「そうね。だからごめんなさい、ダフネ。これから『マグル学』の授業は一人で受けてもらわないといけないの……。大丈夫かしら?」

 

「大丈夫だよ。いざとなればダリアが殴り込みに来てくれるはずだから。……でもダリア、今度は絶対に怪我した時には言うから、その時は必ず一度深呼吸をしてね」

 

「……善処します。それより……グレンジャーさんはマグル学も受けていたんですか? あれは確か数占いと同じ時間なのでは?」

 

「あぁ、それはね……」

 

いつの間にか……それこそまるで最初から同じ寮で過ごしていたのかと思えるくらい、私達の会話は弾んでいたのだった。

楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってゆく。

ダフネはともかく、ダリアはまだ私を認めたとは言い難い。私とダフネの話に参加することもあまりなく、どちらかと言えばいつの間にか彼女の膝の上に乗っていたクルックシャンクスと戯れていた時間の方が長かったかもしれない。しかしそれでも、私にはこのようやく手に入れた時間がとても楽しくて仕方がなかった。

 

こうして私は、ダフネ……そしてダリアとの友情の()()()()()()()にようやく立てたのだった。

 

そう、今年が彼女にとって……だとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダリア視点

 

ダフネとグレンジャーさんの話はともかく、可愛い猫と存分に戯れていた私は少しだけ無表情を緩ませながら汽車を降りる。何だかダフネやグレンジャーさんから生暖かい視線を送られているような気もするが、今はそんなことも気になることはない。

何故なら汽車を降りた私の視界の端には、

 

「あ、ダリア。あそこにルシウスさん達がいるよ。なら、私達はここでお別れだね。ダリア、今年もまた毎日手紙を書いていい? ワールドカップの話もしたいしね!」

 

「えぇ、勿論大丈夫ですよ。私も手紙を書きます。()()……。では、ダフネ……グレンジャーさん。ここで一旦お別れです。特にグレンジャーさんはすぐにここを離れた方がいい。……お父様達に見つかる前に」

 

私の大切な家族が映っていたのだから。

私はようやく、また愛するマルフォイ家の下へと帰ってこられたのだから。

 

私の言葉に、グレンジャーさんは潮時を悟ったのか別れの挨拶を始める。

 

「そうね……。えぇ、そうよね。そ、それじゃあ、ダフネ。ダ、ダリア。またね! 私も夏休みの間手紙を、」

 

「ダフネへはともかく、マルフォイ家への手紙は止めておいた方がいいかと」

 

「そ、それもそうよね。分かったわ! でも、機会があれば会いましょう! 実は私もロンに誘われて、クィディッチ・ワールドカップに行くかもしれないの! 二人も来るのなら、是非折を見て会いましょう! そ、それじゃあね、二人とも! 特にダフネ! 今年は負けちゃったけど、来年こそは勝ってみせるわ!」

 

「えぇ、楽しみにしてるよ!」

 

「……グレンジャーさん。またどこかで」

 

そして遠くでこちらの様子を窺っているポッター達の下に戻っていくグレンジャーさんに続き、今度はダフネが私に別れを告げる。

 

「ハーマイオニー、行っちゃったね」

 

「えぇ、どうでもいいことですが」

 

「ふふ、その割には寂しそうな表情をしているよ」

 

「そんなことはありません。たとえそうであったとしても、私は貴女と別れることが辛いだけです」

 

「……そうだね。そういうことにしておくよ。でも、いつかは……。では、またね、ダリア! 手紙の件もそうだけど、ワールドカップでまた会おうね! ()()()!」

 

私の答えを聞くことなくダフネが去ることで、その場には私だけが残される。そこにどこからともなくお兄様が現れ、

 

「ダリア。よかったな」

 

そんなことを言い始めたのだった。

何が良かったと言いたいのか、別に問いただすまでもない。

ダフネもそうだが、何故お兄様までグレンジャーのことをそんな風に言うのだろうか。やりたいことと、出来ることは全く違うものだというのに。私には、グレンジャーさんと親しい間柄になる権利などないというのに……。

しかしそれを私が指摘しようとしても、

 

「……お兄様。私はグレンジャーさんとは別に、」

 

「ふん。そうであればどれだけいいことか。何であいつなんかを……。でも、お前がそんな表情をするなら、やはりお前には必要なのだろうな。まったく忌々しいことだ」

 

これまたダフネと同じく、私の意見に取り合うことなく歩き始めたのだった。

私はどこか釈然としない気持ちで、汽車の窓ガラスに反射するいつも通りの無表情を眺めた後、前を進むお兄様に続いて歩き始める。

そしてそんな私達を、すぐそこまで来ていたお父様達が温かく迎えて下さる。

 

「ダリア、ドラコ。良く戻って来たな。今年のことは聞いている。スリザリンが見事に優勝杯を掴んだそうだな。ダンブルドアめ、流石に今年はグリフィンドールを贔屓することは出来なかったとみえる。それとダリア……今年も素晴らしい成績を収めたそうだな。流石我がマルフォイ家の娘だ。『闇の魔術に対する防衛術』だけは去年程の成績を振るわなかったと聞くが……お前が躓くのだ。きっと何か試験の方に問題があったのだろうな」 

 

「ルシウス、それくらいにしましょう。二人とも疲れているのだから、続きは帰ってからに。二人とも、おかえりなさい」

 

私の無表情が、()()()()本当に私も自覚できるほど綻んだのを感じた。

そうだ。この家族との時間こそが私の幸せ。そこに加わるのは後にも先にもダフネだけ。私にはそれ以上を望む権利などありはしないのだ。

私は少しの寂寥感と、それを上回る圧倒的な幸福感を胸に答える。

 

「はい、お父様、お母様。ただいま帰りました!」

 

そう、これが私の三年生の終わり。

親友の成長と、新しい交友関係の予感。そして何よりこれからも続く私達マルフォイ家の家族愛。

そんな中、ようやく私の三年目のホグワーツ生活は終わりを告げたのだった。

 

 

 

 

……私の幸福な日常と共に。

 

「さぁ、帰るぞ。あぁ、そうだダリア。家に着くまでに我儘を考えておきなさい。あの夜は結局お前の我儘を聞くことは出来なかったからな……」

 

「……はい、お父様。ですが……我儘ならもう考えおりますので大丈夫です。魔法省高官であるお父様に、一人()()()()()してほしい方がおりまして」

 

「……驚いた。お前がそのような我儘を言うとはな。よかろう。家に帰った時、それが誰なのか教えなさい。では、私の腕に」

 

「はい。お兄様も」

 

本当に何気ない仕草だった。

私達が駅から家に帰る時に、『姿現し』をするお父様の腕を掴むだけのただの動作。

いつもなら掴んだ瞬間、私が待ち望む我が家に辿り着く。

 

しかし今回は、

 

「ッ! な、なんだ!」

 

「お父様?」

 

「いや、何か痛みが……」

 

そうはならなかった。

私が腕を掴んだ瞬間、お父様が突然痛みを感じたように自身の腕を掴み、袖をめくる。

 

そこには……()()()()()()()()()()()()()()がうっすらと……しかし確実に浮かび上がっていたのだった。

それは世間一般で……『闇の印』と呼ばれるものだった。

 

「な、何故今頃になってこれが……。ま、まさか、い、生きておられたのか? 闇の帝王が!」

 

幸福な日常が終わる。

終わりの足音は、すぐそこまで迫っていた。


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