ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
シリウス視点
憎かった。ただ憎くて。憎くて憎くて仕方がなかった。
今だって、私はあの日のことを鮮明に覚えている。どんなに吸魂鬼に幸福感を吸われようと……いや、幸福感を吸われたからこそ、あの人生最悪の日のことを何度も思い出した。
あの、
『ジェームズ! リリー! 無事か!? 返事をしてくれ!』
大切な親友を、一夜にして二人も失ってしまった日のことを。
瞳を閉じれば、あの時の光景が目に浮かぶようだ。
『秘密の守人』であるピーターの隠れ家に行ってみれば蛻の殻。しかも争った形跡もない。嫌な予感がしてジェームズ達の家に行ってみれば、そこには必死に抵抗した様子のジェームズ、そして子供を守ろうとしたのであろうリリーの……無残な死体があったのだ。
永遠に続くと思っていた日々が、唐突に終わりを告げた瞬間だった。
許せなかった。許せるはずがなかった。
何故私はあんな奴を親友の一人だと思っていたのだろうか。何故あいつに『秘密の守人』を任せたりしたのだろうか。私が予定通り『秘密の守人』をやっていれば、親友二人が死ぬことはなかったというのに……。
だから私は恨み続けた。
たとえ奴の策略にかかり、アズカバンに長年収監されようとも……あいつの消息がチラリとでも聞こえれば、必ず奴を今度こそこの手で殺してやろうと思った。
……そうでなければ親友たちは浮かばれない。あの日は間違ったまま。
そして遂に奴がウィーズリー家の息子のペット鼠として潜伏していると知り、奴を追ってホグワーツに忍び込んだ時、私は確信したのだ。これで止まっていた時計の針が再び動き始める。奴を殺すことで、初めて私が殺してしまったも同然の親友達を救うことが出来るのだと。
私達の青春の思い出が詰まった『叫びの屋敷』に潜伏し、やけに賢い猫の力を借り、ようやく奴を引きずり出すことに成功した。リーマスだって、ピーターの生存を知れば即座に真実に気付いてくれた。後は実行に移すのみ。途中『忍びの地図』でリーマスの向かう先を知ったセブルス・スネイプが乱入したりと邪魔こそ入ったが、極々些細な問題だ。あんな屑の様な奴に私の邪魔が出来るはずもない。
私はようやく、かつての親友の一人だったピーター・ペティグリューを殺すことが出来る。
そう、私は思っていた。
しかし、
『止めて! 殺しては駄目だ! 殺してしまえば……シリウスは今度こそ本当に殺人者になってしまう! だから駄目だ!』
結局奴を殺すことは出来なかった。
この世界に唯一残った親友との繋がり……彼の息子であるハリーがそんなことを土壇場で叫んだから。
ハリー・ポッター。他でもない私が名付け親になった、親友達の残した忘れ形見。10年以上アズカバンにいた私からですら、吸魂鬼が吸い切れなかった幸せの形。
私はアズカバンにいたため、何一つとして彼に名付け親らしいことはしてやれなかったが、それでも彼に対する愛情だけは溢れていたと思う。ピーターへの恨み以外の感情を持っていたとすれば、おそらく彼に会いたいという思いだけだろう。思い返せば私が犬に変身してアズカバンを抜け出した時、真っ先に行ったのはピーターの居場所などではなく、ハリーが今住んでいるプリペット通りだった。ピーターへの恨みを募らせている間にも、気付けばハリーを陰ながら見守っていたり、彼へのプレゼントとして『ファイアボルト』を注文したりしていた。誰が何と言おうと、私のハリーに対する愛情は本物だ。
だからこそ彼が叫んだ時、私は一瞬躊躇ってしまったのだ。ピーターを殺さねばならないという考えがなくなったわけではない。しかし彼の言うように、もしピーターを殺してしまえば、私は無実を証明する手段を失い、永遠にハリーと共に暮らすことが出来なくなってしまうかもしれない。そんな風に、一瞬だけ躊躇ってしまったのだ。
そしてその一瞬の躊躇いが致命的だったらしく、
『……いいだろう。本当に決める権利があるのはハリー、君だけだ。両親をこいつに殺された君だけに、彼を殺すかどうかを決める権利がある。残念だがシリウス……ここまでだよ』
ハリーに続き、リーマスがそんな発言をしたことで……私はついぞ永遠に復讐の機会を失ったのだった。
……正直、あの時の選択を後悔していないかと聞かれれば、私は間違いなく後悔していると答えるだろう。あいつは今もノウノウと生きている。あいつはリーマスが狼人間になった一瞬のすきに、再び鼠に変身して逃げ去った。もし私とリーマスがきちんと奴を殺してさえいれば、あんな奴が再び野に放たれることなどなかっただろう。後悔しない方がどうかしている。
しかし、だからと言って今の私の心が以前の様に暗いものなのかと言えば、そういうわけでもなかった。寧ろ晴れ渡っているような気さえする。
原因は勿論、
「……バックビーク。今頃ハリーはどうしているんだろうな? きちんと私からの手紙は届いたのだろうか?」
私の復讐を阻止した、ハリー・ポッターその人に他ならない。
アズカバンでこそほとんどの思考は復讐に占められていたが、いざ外に出て、今まで心の奥底で大切に守っていたハリーに会えば、彼への思いを抑えきれなくなったのだ。
私は同じく逃亡者であるバックビークの嘴を撫でながら、一人月夜を見上げてハリーを思う。
彼は無事に日々を過ごせているだろうか。私が不甲斐ないばかりに、彼は意地悪な親戚の家に住まわされているらしいが……きちんと食事は摂れているのだろうか。私が保護者であれば、あんなに痩せた状態になどしないというのに。真実を知ったダンブルドアが今度こそ私の無罪を証明をしてくださったなら、その時は必ずハリーを迎えに行こう。今まで名付け親として不甲斐ない人間だったが、その時こそ私はハリーを……ジェームズの忘れ形見を守るのだ。
だから今は……何としても生き延びようと思った。
今までの様に復讐のためだけに生きるのではない。これからはハリーのためにこそ生きるのだ。
あの日の間違いを正せないのならば、せめてハリーだけは守らなくては……ジェームズやリリーに今度こそ顔向けできないから。
「さぁ、行こう、バックビーク。ここもじき居場所が割れる。次の場所に行こう」
私はバックビークに跨り、脇腹を踵で締める。巨大な両翼が振り上げられ、私達は月夜に向かって羽ばたくのだった。
ルーピン視点
「リ、リーマス・ルーピンです。こちらに来るよう言われていたのですが……」
「あぁ、入りたまえ」
おずおずと地図に書かれた場所に出頭し、これまたおずおずとドアをノックすれば、冷たささえ感じられる硬質な声音で招き入れられる。
中にいる人物が私に良い感情を持っていないのは火を見るよりも明らかだった。
やはり今回の出頭命令は狼人間に関わることなのだろう。私は何もしていないが、狼人間であるというだけで、何かしらの事件における犯人として扱われることはよくあることだ。
私は思わずため息を吐きそうになるのを我慢しながら、重たい心持で『闇祓い局』のドアを潜るのだった。
来るべきではなかった……とは言わない。というより言えない。ずいぶん昔のことであるが、以前にも同じようなことはあった。突然の闇祓いからの呼び出し。行ってみれば謂れのない言いがかりと容疑者扱い。理由を聞いてもただ、
『お前が狼人間だからだ! お前がやったのだろう! 罪を認めたらどうだ! お前ら狼人間は、存在そのものが罪なのだ!』
と言われるのみで、真面に私の反論が受け取られることは無い。結局事態をどこからか聞きつけたダンブルドアが助けて下さって、私は何とか事なきを得たが、あのまま誰も助けに来てくれなかったらどうなっていたことか。そしてそれはおそらく出頭しなかった場合も同じだろう。いや、命令を無視すれば余計に疑いを強めることとなり、事態は更に悪化するのは目に見えている。
だからこそ、私は嫌々ながらここまで足を運び、こうして闇祓い局長の話を聞いているわけだが……
「……私はルーファス・スクリムジョール。ここ闇祓い局の局長をしている。……正直な話、私はそこまで暇な人間ではない。結論が決まっているものにあまり時間をかけている暇はない。だが、面接を行わずに
どうやら今回に関しては、犯罪者として呼び出されたわけではなさそうだった。
どの道意味わからないことに変わりはないが。
就職? 確かに未だ仕事が見つからずにいるが、だからと言ってここに就職希望を出した覚えはない。局長が何の話をしているか全く分からない。
私は突然の頓珍漢な物言いに首を傾げながら、目の前に座るスクリムジョール局長に疑問をぶつける。
「……あの、申し訳ありません。話が全く見えないのですが……。何故私は面接されているのでしょうか? ここに就職希望を出した覚えがないのですが……」
しかしどうやら私の質問は、逆に局長のただでさえ悪い機嫌を更に下げたらしく、
「今更白を切るとは。そちらがそのつもりなら、私も単刀直入に聞くとしよう。……一体何のつもりだ? 何故お前はここに来たのだ? 一体ルシウス・マルフォイからどのような指令を受けて、ここに来たというのだ!? たとえ奴の様な魔法省高官からの推薦状があろうとも、私には人々の安全を守る義務がある! どんな脅しにも屈しはしない! お前は
そんなことを大声で言い始めたのだった。
話がますます見えなくなってしまった。もはや自分がどのような事態に陥っているかもよく分からない。
私が弁解しようとしても、
「ル、ルシウス・マルフォイ!? な、何のことか益々分かりません! 私は奴と何の関りも、」
「まだそのような嘘を! 正直に言わぬのなら、アズカバンに行ってもらうことになるぞ!」
局長は少しも私の話に耳を傾けようとはしない。
そしていよいよ事態は二進も三進もいかなくなり、私は……おそらく局長自身もこの状況に混乱しきったあたりで、
「スクリムジョール局長。何をそんなに大声を出されているのですか? 外にまで漏れています……ん? リーマス? 何故ここに君がいるんだ?」
ようやく話が分かりそうな人間が登場したのだった。
声のした方を振り返ると、そこにはブラウン色の瞳をした、背の高い男が立っていた。私は知り合いの登場に大きな安堵感を覚えながら、どこか人を落ち着かせる雰囲気のある声を上げる彼に返した。
「あぁ、キングズリー! そう言えば君も闇祓いだったね! よかった! いやね、私もよく事情が呑み込めていないんだよ。ここに突然呼び出されたかと思えば、局長が突然就職がどうのと言い始めてね……」
「ほう、君も闇祓いになるのか! それはいい! 君が入ってくれば百人力だ! 常々君が仕事についていないことは間違いだと思っていたんだ!」
私のつたない説明に喜びの声を上げるキングズリーに、私は僅かに苦笑を浮かべる。
キングズリー・シャックルボルトとは、昔いつもの如く狼人間であるというだけで犯人扱いされた際、私を偏見のない思考で助けてくれた時からの知り合いだった。あれから私の何が気に入ってくれたのかは分からないが、私に時折連絡を取ってくれる数少ない友人だ。私自身も彼の正義感が強く、どこまでも公正に物事を判断できる人間性を気に入っている。ヴォルデモートが猛威を振るっていた時代、彼がもしもっと年齢を重ねていたのなら、私は間違いなく彼の類まれなる才能も合わせて『不死鳥の騎士団』に勧誘していたことだろう。
そんな彼から手放しに頼ってもらえるのは素直に嬉しいことだ。
しかし当然、
「……キングズリー。この男は君の知り合いなのかね?」
彼の明るい声音は局長の鋭い声音に遮られるのだった。
益々意味が分からんと言わんばかりの局長に、キングズリーもどうやら状況がそう簡単な話ではないと悟ったのか訝し気に応える。
「はい局長。彼とは昔からの知り合いです。彼はあのダンブルドアからも一目置かれている、実に優秀な男です。彼が中々職に就けないことはどうかしていると思っていたのですが……。局長がスカウトしたわけではないのですか?」
「……いや、私ではない。正直、私も今何が起こっているのかよく分かっておらんのだ。最初はこの男には絶対に何かあると疑っていたが……キングズリーの昔からの知り合いであれば、闇の魔法使いとも思えんな。私の思い過ごしなのか……?」
キングズリーの登場によって、多少なりとも私への警戒心が薄れた様子の局長が一枚の羊皮紙を差し出しながら続けた。
「もしかしたら、実は君も被害者なのかもしれんな。その様子だと、本当に何故ここに呼び出されたのかも知らんらしい。……私が君を呼び出したのはこの推薦状が届いたからだ。この日に面接を行うよう態々指定までつけてな。差出人は……あの悪名高きルシウス・マルフォイからだ」
「あのルシウス・マルフォイから……」
話の流れから予想はしていたが、本当にルシウス・マルフォイからの推薦状が届いていたらしい。羊皮紙を受け取り、キングズリーと二人でのぞき込むとそこには、
『私、ルシウス・マルフォイは、昨今の闇祓い局における人手不足を鑑み、リーマス・ルーピンなる男を推薦するものである。かのものは
等と書かれていた。内容は本当に推薦する気があるのかも怪しい物であったが……。節々から本当は推薦などしたくないという気持ちが垣間見えるのは気のせいだろうか。
局長は私達が手紙を読み終わるタイミングで、再び話し始める。
「内容はあべこべだが、推薦状の態を取られれば一応面接をするしかない。……忌々しいことに、奴は魔法省高官であるからな。無視すればどのような手段をとるか分かったものではない。だが採用するかは別だ。私としては、ルシウス・マルフォイの手下である人物を闇祓いなどに入れるつもりはなかった。君がここに来ると分かった際、君のことは色々と調べさせてもらったよ。幸い……と言えば君に失礼だが、君は狼人間だ。それを理由にしてしまえば、君を追い返すのは容易だ。奴が何故このような見え透いた手を使ってきたのかさえ聞き出せば、体よく君を不採用にしようと思っていたのだよ」
しかし、と局長は続ける。
「しかし、キングズリーや……あのダンブルドアが人間性や能力を認める人間であるのなら、私としては是非とも欲しい人材ではある。ルシウス・マルフォイなどに指摘されるのは癪だが、実際闇祓いは人手不足であることに間違いはない。猫の手も借りたいと言うのが今の現状だ。もし君が良ければだが、これも何かの縁だ。本当にここに勤めてもらいたいと思っている」
「……お言葉は嬉しいのですが、私は狼人間です。局長も仰っていたではないですか。狼人間を闇祓いにするわけにはいかないと」
「いや、それは君を断るための建前でしかない。『脱狼薬』が無かった頃ならいざ知らず、今はかの薬によって狼人間も理性を保つことは出来る。狼人間だからと言う理由で、有能な魔法使いを排除するなど愚の骨頂だ。薬のサポートも、ここ闇祓い局でなら十分に可能だ。聞けば君はまだ仕事がないと聞く。臨時要員としての採用であるが、君としてもこの話は渡りに船だと思うのだが?」
「……え、えぇ、それは勿論。私としては些か急な話ではありますが、嬉しい話であることには変わりありません。実際生活にも困っていたものですから……」
「そうであろう。それにもしよければ、そのまま君には闇祓いの仕事を手伝ってほしいとさえ思っている。キングズリーの人柄は私もよく知っているからね。だが、勿論それは本当にルシウス・マルフォイとの繋がりがないことを証明してからだ。……あの狡猾な男が、無条件に君の推薦をするなんてことはあり得ない。もう一度聞くぞ、リーマス・ルーピン。君は本当に、ルシウス・マルフォイと繋がりはないのか? どんな些細なことでもいい。何か心当たりがあったら是非教えてもらいたい」
私は必死に考える。私とルシウス・マルフォイとの繋がり。奴は今でこそノウノウと魔法省高官をしているが、ヴォルデモートが健在の頃は『死喰い人』として働いていた。お互いあまり前線に立つことはなかったが、顔を合わせた回数はゼロではない。言葉を交わした仲ではないが、決して仲がいいと言える関係ではないだろう。そんな彼と私との接点など……。
そう考えていた時、ふと白銀の髪をした無表情の女の子のことを思い出した。
そう言えば、一つだけ彼に繋がるような間接的な接点を私は持っていた。ルシウス・マルフォイとは接点がなくとも、あるいは彼女であれば……。もし彼女の意見ならば、あのどこか推薦する気があるのかも怪しい推薦状の意味も理解出来る。そして別れ際に彼女が呟いた言葉、
『ですがいくら友達との仲が戻ったとしても、職を失うことに変わりはありません。ここを出てからはどうするのですか? そのお友達の所でお仕事を?』
私の仕事を心配するような言葉を思い出せば、自ずと今回の件が誰の発案であるかは分かってくる。
私と悪名高きルシウス・マルフォイとの唯一の接点。こんなことを考えるのは、あの無表情とは裏腹に、どこか優しい心根を持ち合わせているダリア・マルフォイ以外にあり得ない。
まったく……最後の最後まで私はあまりいい教師であったとは言えないのに。彼女はこんな私のどこをそこまで気に入ってくれたというのだろうか。
私はたった一年の……しかしどうしても忘れられそうにない教え子を思い出しながら、局長の質問に返した。
「……思い当たることが一つだけあります。私の経歴を調べられたのなら、私が去年までホグワーツの教師をしていたのは御存知ではありませんか? 私はそこで……マルフォイ家の娘を個人的に教える機会があったのです」
「娘……? 確かダリア・マルフォイと言ったか? その娘は闇祓いの中でも有名な娘だ。一部の純血貴族が……とりわけかつて『死喰い人』であった奴らの中で有名な人物だからな。まだまだ13歳の娘とはいえ、その筋では要注意な人間であることに変わりはない。その娘がどうしたというのだ?」
「……ここでもそうなのか。学内だけではなく、こんな魔法省内でも。まったく、あの
「何か言ったかね?」
「……いえ、何でも。と、とにかく、私はそのダリアに『守護霊の呪文』を教える機会があったのですが、その際いたく彼女に気に入られたようでして。おそらく私がルシウス・マルフォイにこの仕事を推薦されるとすれば、それが原因でしょう。……彼女は見た目や評判に反して、ただの優しい女の子でしたから」
私が言い終えると、室内は奇妙な沈黙で満たされる。
局長……どころかキングズリーさえ、まるで私が『服従の呪文』でもかけられていることを疑うような視線を送ってきている。しかし、どうやら最終的には私とルシウス・マルフォイとは直接の関係を持っていないと判断したのか、
「……まぁ、いいだろう。どの道最初から正規の闇祓いとして雇う気など無い。ルシウス・マルフォイのような男が、娘が多少世話になったくらいで態々このような推薦状を書くとは思えんが……これ以上君を追及しても何もではすまい。君が優秀な以上、私がこれ以上何か言っても始まらん」
そう言って、私がずっと悩み続けていた就職問題はあっけなく終わりを告げたのだった。
どこからか、
『先生の未来に祝福を。どうかこれから、少しでも先生が心穏やかに過ごせますように。……たった一年でも、先生との出会いは何物にも代えがたいものでした』
表情同様冷たい……だがその表情からは想像もできない程の優しさを内包した、かつての教え子の声が聞こえた気がした。
これが私の『闇祓い』としての第一歩。
私のある意味で第二の人生の始まりの瞬間。仕事面でも……そして、
『わ、私、トンクスと言います! ニンファドーラ・トンクス! でも、ニンファードラという名前はあまり好きではないので……トンクスと呼んでくれると嬉しいです!』
その他の面でも、私の人生が再び歩き始めた瞬間だった。
ピーター視点
私にとって最も幸福な時代はいつだったかと言えば……おそらくホグワーツにいた時こそだったと思う。
ジェームズにシリウスに、そしてリーマス。昔から落ちこぼれだった私には不釣り合いな程輝いていた友人達。何をするにも派手だった彼らは、当時の私には光り輝いて見えていた。
いつだって輝いていて、いつだって楽しくて仕方がなかった時間。
リーマスが狼人間であると分かった時こそ、
『リーマスは馬鹿だなぁ。お前はちょっと毛深いだけじゃないか。そんなことで、僕らがお前を怖がるわけないだろぅ? な、そうだよな、シリウス』
『当たり前だろう、相棒。我ら『悪戯仕掛け人』はそんなことを恐れたりしないさ。ピーター! お前はどうなんだ!?』
『も、勿論僕も……』
正直内心では怖くて仕方がなかったが、それだって友人達と共に『動物擬き』になることで払拭された。
私が一番『動物擬き』になるのが遅かったというのに、
『まったく、お前はいつも本当にとろくさい奴だな。俺たちがいないとお前は何も出来ないな! ほら、こうやってやるんだよ! お前が早く習得しないと、リーマスが可哀想だろう!』
何だかんだいって僕の手助けまでしてくれた。口では色々言われていたが、
嬉しかった……。こんな私でも、彼らといれば光り輝くことが出来る。私だって、彼らと一緒にいさえすれば主人公になれる。
そう思っていたのだ。
そう、
『……お前がピーター・ペティグリュー……奴等からはワームテールと呼ばれているのであったか? ふふふ。まさに呼び名に相応しい奴だな。一層憐れになる程弱弱しい男よ』
あの恐怖を具現化したような、闇の帝王その人に出会うまでは。
戦いなど怖くて仕方がなかったが、友人達が入るならと参加した『不死鳥の騎士団』。戦う能力に乏しかった私は、それでも必死に皆の役に立とうと自分なりに頑張っていた。
しかし、突然私の前に現れた闇の帝王を見た時、私は確信してしまったのだ。
あぁ、この方には誰も敵わない。抵抗など無意味だ。抵抗しても、それは何の意味もない死でしかない。
私は最初から……『不死鳥の騎士団』なんかに入るべきではなかったのだ。そもそも騎士団に入った理由だって、
『不死鳥の騎士団! いいじゃないか! ヴォルデモートだって、俺たちの力さえあれば倒せる! そうだろう、相棒!』
『ああ! おい! ピーター! お前も当然加わるよな! もしかして、お前はそんな腰抜けなんかではないよな!?』
『も、勿論だよ、シリウス……』
心の底では嫌で仕方がなかったのだ。
それなのに、私は何故戦わないといけないのか。何故無駄死にしなくてはならないのか。
私は闇の帝王に対する恐怖と共に、どこか怒りの感情さえ持ちながら項垂れる。私にはもう、『不死鳥の騎士団』として戦うつもりなど欠片ほどもなくなっていたのだ。私はここで、誰にも助けられることなく死んでゆくのだと思った。
しかし……その瞬間が訪れることは無かった。何故なら、
『……ふん。殺す価値もない男だが……俺様に逆らわないという点においては賢い選択をしたと言える。どうだ。その様子だと……ほう、お前は友人達に誘われて、この俺様に逆らう愚か者共の仲間入りをしたのか。俺様には
闇の帝王は
唖然とする私に、闇の帝王はやはりどこか優し気の声音で続ける。
『どうだ。そんなお前に一つ提案だ。お前は今後、俺様に騎士団の情報を流すのだ。何、ほんの些細な情報で構わぬ。お前の友人に対する細やかな復讐だと思えば良いのだ。……やらぬというなら、ただここで殺すだけだ。俺様の寛大さが、そう易々と与えられると思わぬことだな』
そして私は結局……その申し出に頷いてしまったのだった。
最初は友人達に申し訳なく思った。私は彼らを裏切っている。あの場で生き残るためとはいえ……流している情報も、なるべく大勢には影響しない小さなものばかりとはいえ、私は確かに闇の帝王に情報を流している。そのことが、私にはどうしようもなく後ろめたく思えて仕方がなかった。
しかし、それでも私が闇の帝王に情報を流し続けていたのは……
『お前の大切にしていた友情など、所詮まやかしにすぎぬ。事実……今お前が窮地だと言うのに、
あの言葉に、私はどこかで……共感を感じていたからなのだろうか。
そしてあの日。あの運命の日、私はシリウスの、
『おい、ワームテール! この前話していた『秘密の守人』の件だがな……俺ではなくて、お前にやらせることに決めたぞ!』
騎士団の中にスパイがいることがいよいよ露見し始め、私が内心の罪悪感に押しつぶされそうになっていた矢先……私はシリウスとジェームズ。そしてリリーによって呼び出され、開口一番にそんなことを言われたのだ。
唖然とする私にシリウスは何でもないことのように続ける。
『なに、本当は俺の方が適任なのだろうけどな、敵も俺が『秘密の守人』であることは当然予想しているだろう。あいつらは全力で俺を狙ってくる。だから……『秘密の守人』はお前がやるんだ。愚図なお前なら、誰だってその役目を負っているとは思わない。お前はいつも通り、コソコソ適当な場所に隠れておけばいい。今まで足を引っ張ってばかりだったんだ。それくらいは役に立ってくれよな!』
その言葉に、私にあった何かがはち切れる音がした。
何が、それくらいは役に立ってくれ、だ! 私が今までどんな思いをしてきたと思っているんだ!
それにジェームズやリリーだって、
『そうだな。ワームテール。確かにシリウスの言う通りだ。だから僕らの『秘密の守人』になってくれないかい? 君なら、隠れ潜むことくらいは出来るだろう?』
『お願い、ピーター。
どうしてシリウスの言葉を否定してくれないんだ! 狙われるのは私なんだぞ! 守られる立場にありながら、どうしてノウノウと僕にそんなものを押し付けようとするんだ!
これではまるで……私はただの捨て駒でしかないではないか。私は今まで……彼らに本当に友人として扱われていたのだろうか?
彼等が私に求めていたのは、彼ら
私が彼らを友人だと思っていたとしても……実は彼らは私のことを友人だと思っていなかったのでは?
そう思った瞬間には、全てが遅かった。
まるでこうなることを狙いすましていたかのように、再び私の元に闇の帝王が現れたこともあり、私は全てが信じられなくなり……気が付いた時には、私は
そして……自身が何をしてしまったかを、
『ピーター! お前! お前がジェームズとリリーを殺したんだ! お前がヴォルデモートに二人を売り渡したんだ! お前の様な卑怯者のせいで、二人は死んだ!
二人の死を受け、裏切り者である私を殺しに来たシリウスの言葉で知ったのだった。
私にはもう……かつて友人達と過ごした幸福な時間を思い出すことは出来なくなっていた。
思えば、あの日から私は真面に食事を摂っていない。
ウィーズリー家にネズミとして隠れ潜んでいたこともあるが、人間に戻ってまで食事を摂りたいとも思えなかったのだ。
もはや自分が生きているのか、それとも死んでいるのかもよく分からない。
思い浮かぶのは、私を最初に裏切ったかつての友人達への怒りと……そんな彼らに対する罪悪感、そしてどうしようもない程の死への恐怖。
しかしこうも思うのだ。
私はきっとあの日……怒りに任せて友人を売った日。彼らが死ぬと同時に、
私は彼らを殺すことで、その実生き残ったのではなく……
何故こんな簡単なことを誰も教えてくれなかったのか。誰かを殺すと言うことは、自分自身を殺すことと同義だということを。
結局私は……寧ろ辛いだけの選択を選んでしまったのだ。
だから必死に否定し、自分が生き残ることだけを考え、今まで生き続けていた。恥やプライドなんて考えはもう私の中にはない。一番大切にしていたものを、自身の手で自分ごと壊してしまった私には、もはや何もかもが価値のないものだった。
ただ死が恐ろしく……
そうでなければ……
だから私は……
「……俺様の下に最初にはせ参じるのが、まさかワームテール。貴様だとはな。だが……よかろう。それがたとえお前の生きぎたない感情によるものだとしても、俺様はそれを許そう。復活の暁には真っ先に殺してやろうと考えていたが……これで俺様の役に立てば、貴様のせいでこのような有様になっていることも許してやろうではないか。俺様は寛容だからな」
「……は、はい、ご主人様。なんなりとご命令を」
今日も生きるために必死に行動し続ける。
せめて自分が、今も生きているのだと証明するために。