ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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クィディッチ・ワールドカップ(前編)

 

ハリー視点

 

あの悪夢を見てしばらくの間、僕はあまり陽気とは言えない生活を送っていた。

ダドリーのダイエットにダーズリー家総出で付き合わされていたこともあり、僕に十分な食料が与えられていなかったこともあるが……やはりあの夢をどこかただの夢と断じきれないことが大きな原因だった。

椅子に座るヴォルデモート。見たこともない老人の殺害。そして……()()()()()()

あれから額の傷が無性に痛む。こんなことは一度もなかった。あいつが傍にいる時にしか痛まなかった傷が、どうしてこうも痛んでいるのだろうか。何か……何か悪いことが、僕の知らない所で起ころうとしている。

そんな不安な思いが僕の中に生まれては消えていく。相談しようにも、誰に何と相談していいのかさえ分からない。親友であるロンやハーマイオニーに話しても、こんな夢か現かも分からない内容を聞かせたら心配させるだけだ。一番頼りになるダンブルドアにだって同じこと。僕は誰にも相談できず、ただ徒に不安を募らせる毎日を過ごしていた。

 

でも……今日は違う。

今日だけは、日々不安な気持ちを隠しきれていなかった僕も、ヴォルデモートのことさえ忘れることが出来ていた。

何故なら、

 

「よく来たわね、ハリー! 待っていたのよ!」

 

「ウィーズリーおばさん! 少しの間お邪魔させていただきます」

 

「お邪魔だなんて! ハリー、貴方はここを自分の家のように思ってくれていいのよ。こんな小汚い上に……『O・W・L(ふくろう)試験』そっちのけで、下らない悪戯玩具ばかり作っているような息子達がいる所でよければですけど。まったく、なにが『ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ』ですか……」

 

僕は今日ようやくダーズリー家から解放され、世界で一番好きなウィーズリー家にやってきたのだから。

暖炉から出る僕を笑顔で出迎えるウィーズリーおばさんの後ろには、僕の親友であるロンをはじめ、おばさんの小言に居心地の悪そうな表情を浮かべているフレッドにジョージ、顔を赤らめた末妹のジニーがおり、

 

「やぁ、君がハリーかい? 君のことはいつも弟達から聞いているよ。俺はビル。今はグリンゴッツで働いているんだ。よろしくな」

 

「俺はチャーリー。と言っても、君とはノーバードの時に色々あったから、あまり初対面な気がしないな」

 

今まで会ったことのなかった長男と次男もいたのだった。いないのは去年魔法省に入職したパーシーだけだ。きっと彼のことだから、こんな時でも仕事をしているのだろう。

僕は初対面のウィーズリー兄弟と握手を交わした後、こちらに笑顔で手を振っているロンに話しかける。

 

「ロン! 元気にしてたかい!?」

 

「あぁ、もちのロンさ! 何と言ってももうすぐクィディッチ・ワールドカップだからね! これが元気でないはずがないさ! 寧ろ君はよくここに来れたね。こんなチャンス逃す手はないと思っていたけど、正直君の……親戚の人達がここに来ることを許すのか疑問だったんだ。まぁ、許されなかった場合は、去年みたいに無理やり連れ去る予定だったけどね。何はともあれ、平和的に解決できてよかったよ。何せ今はママが兄貴達のせいであまり機嫌がよろしくないからね……。一体どうやって説得したんだい?」

 

「……シリウスが名付け親だと言ったら、二つ返事で了承してくれたよ。()()()()彼が無実であることは話し忘れたけど。きっと僕が幽閉されていると知ったら、大量殺人犯が家にやってくるとでも思ったんじゃないかな」

 

「成程! そりゃいいや! 今後も困った時はそれを使っていこうぜ!」

 

シリウスのことは僕とロンやハーマイオニー、そしてダンブルドア校長だけの秘密であるため小声で話していたが、それでも僕とロンが和気藹々と話しているのが分かったのか皆笑顔でこちらを見つめていた。

本当に素晴らしい一家だと思う。ここにいるだけで、僕の中の不安が洗い流されていくようだ。僕を家族として暖かく迎えてくれるこの空気に、僕はどうしようもなく幸せを感じることが出来るのだ。

あまりの生活の落差に少しだけ涙が出てしまいそうだ。そんな僕に、今度は僕と同じく暖炉から帰ってきたウィーズリーおじさんが話しかけてくる。

 

「おや、ハリー。まだこんな所にいたのかい?」

 

「あ、ごめんなさい。それと、僕を態々迎えに来てくれてありがとうございます。でも……随分戻ってくるのに時間がかかってましたけど、まさかダーズリー叔父さん達が何か迷惑を?」

 

「いや、それがね、私も早くお暇した方がいいとは思ったのだが、何だか面白そうなものが一杯あってね。そう、プラグ……と言ったかね? あの()()なるものを使う。実は私のコレクションの中にプラグがいくつかあってね。この機会に使い方を教えて頂こうと思ったのだよ。……まぁ、実際は空振りに終わってしまったがね。あのダドリー君には悪いことをしてしまったよ。始終お尻を抑えて怯えてばかりだった……」

 

一瞬叔父さん達が何か失礼な態度を取ったのかと思ったけど、どうやら()()()()酷い態度は取っていないようだ。いつも通りのおじさんの様子に、僕は更に明るい気分になる。

しかしそんないつも通りのウィーズリーおじさんの姿が気に入らないウィーズリーおばさんは、

 

「まったく! またそんな迷惑をかけて! アーサー! そんなのだから、この子達が人様に迷惑をかける生き方をするんです! フレッドとジョージがあぁなのも、貴方がきちんと言わないから!」

 

大きな声で何故かウィーズリーおじさんと共に、フレッドとジョージまで叱りつけ始めたのだった。

ここに到着したすぐといい今回といい、どうやらフレッドとジョージが何かやらかしたのは間違いなさそうだ。

突然始まったお説教に当惑する僕に、ロンが小声で再び話しかけてくる。

 

「と、とにかく、僕の部屋に行こうか」

 

「う、うん。そうだね」

 

確かにこれ以上ここにいても仕方なさそうだと思い、僕は素直にロンやジニーに従いキッチンをそっと抜けた。

そしてグラグラする階段を抜け、キッチンに声が聞こえないくなったあたりで二人に尋ねた。

 

「おばさん不機嫌だったけど、何かあったのかい?」

 

僕の質問に、ロンとジニーは笑いながら応える。

 

「えっと、ママがフレッドとジョージの部屋を掃除した時、二人が発明したものの価格表が出てきたんだ。昔から何か作っていたのは知っていたけど、それが全部悪戯道具だと思わなかったな~。それでママが『O・W・L試験』であまりいい点を取らなかった原因はそれだと思ったらしくて……」

 

「でも、二人が作ったものは本当に凄いものなのよ。『だまし杖』とか、『ひっかけ菓子』とか、ちょっと危険だけど本当に面白いものばかりなの」

 

 

 

 

ウィーズリー家での時間がゆっくりと過ぎ去っていく。

和気藹々と空気が家全体に満ちており、たとえ喧嘩をしたとしても、根底にある家族同士の信頼関係が揺らぐことは無く、少しすれば再び楽しい空気に戻っている。

僕がもう一生取り戻すことの出来ない……家族達との絆。

それでも……決して僕は彼らウィーズリー一家の一員でなかったとしても、それでも僕を家族の様に扱ってくれることに、僕はたまらく幸せを感じていた。

そうだ、彼らと一緒にいれば……そしてまだここにはいないハーマイオニーを含めた親友達と一緒にいれさえすれば、ヴォルデモートなんて恐れるに足りない。更にホグワーツには今世紀最も偉大な魔法使いがおり、シリウスまで今年から僕を見守ってくれている。僕はもう、孤独ではないのだから。

そう思い僕は少しだけ軽くなった気持ちで、間近に迫ったクィディッチ・ワールドカップについて思いを馳せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハーマイオニー視点

 

私は今『隠れ穴』近くに向かうバスに揺られている。

窓の外はまさに夏真っ盛り。忌々しい程の日光がこれでもかと言わんばかりに降り注いでいる。バスの中は適温に保たれているけど、一歩でも外に出れば灼熱の炎天下であることは間違いなかった。

私はもうすぐバスから降りなければならないことを憂鬱に思いながら、つい先日ロンから届いた手紙を開く。

 

『ハリーは無事にこちらに来れそうだよ。去年のことがあるから、もしかしたらハリーの親戚に断られるかもしれないと思ったけど、ハリーが何とか許可を取り付けたみたいだ。ハリーの家には僕のパパが迎えに行くよ。ハリーの家は事情が事情だからね、特別に煙突飛行を使えることになったんだ。一時的だけど、ハリーの家と煙突ネットワークを繋げれたみたいだよ』

 

それはハリーが無事『隠れ穴』に来れることを示した手紙。この手紙通りに物事が進んでいれば、ハリーは今頃既にロンの家に到着していることだろう。

ハリーはクィディッチのシーカーであるため、クィディッチ・ワールドカップをとても楽しみにしていた。そんな彼が試合を観られないなんてあってはならないと考えていたのだけど……どうやら大丈夫みたいだ。私は初めて観戦することになるプロのクィディッチ試合に興味はあるものの、ハリーやロン程楽しみにしているわけではない。でも、ホグワーツで出来た友人達と共に夏休みを過ごすイベントという意味では、今回のことは非常に楽しみなものであった。これで皆で試合を観戦することが出来る。そう、ハリーやロン、ウィーズリー家の皆、そして、

 

「これで皆試合に行けそうね。()()()も……ダ、()()()も」

 

去年できた、初めてのスリザリンの友人達と。私はまだ呼び慣れない名前を小さく口の中で繰り返す。

私がずっと憧れ……そして去年やっと交友を持つことが出来た人達と、私はようやく同じ時間を過ごすことが出来るのだ。

勿論彼女達……というよりダフネが私のことを許してくれたからといって、私が彼女達と常に一緒にいることは出来ない。彼女達は私の友達であっても、ハリーやロンの友達というわけではない。未だにダリアのことを警戒している様子のハリー達は、その友人であるダフネのことも疑い続けている。バックビークの件があったとしても、あまりにもスリザリンらしくない行動に困惑しはすれ、警戒を解くわけにはいかないと考えているのだ。

彼等が私のためを思って、あんなにも彼女達のことを警戒していることは分かっている。冷静に考えればダリアはマルフォイ家の娘であり、その表情も常に冷たい無表情で固定されている。それに彼女も決して周りに対して友好的な人間とは言えない。寧ろドラコやダフネに対してのみ友好的であり……周りの人間、それこそ同じスリザリン生……そしてダフネの友達である私にさえ拒絶的な態度を取り続けている。あのダンブルドアでさえ疑っているのだから、二人が彼女を警戒するのは極々普通な反応なのかもしれない。

でも、私はそれが分かっていても……彼らの誤解を解くことが出来ない。それも当然。私は……彼らに何故ダリアがそんな態度をとり、決して誤解を解こうとはしないのか、いや()()()()()()知っているから。根底にある原因を()()()()()私に、ハリーやロン、そしてダンブルドアを説得など出来はしなかった。

情けない話だと思う。私はあんなにもダリアのお世話になっておりながら、かつてない程彼女に近づいた今になっても、私が彼女の助けになることは出来ていない。今回のことだって、もし私がしっかりしていればダリアは私やハリー達と同じ時間を過ごせていたかもしれないのだ。確かに私がどんなに努力していても、

 

()()()()()()()! これが記念すべき初めての手紙ですね! でもそんな初めての手紙で悪い報せです。私も貴女と同じ貴賓席を取って、ダリアも同じ席が取れたことを確認したのだけど、おそらく長時間貴女と話すことは出来ません。ダリアも試合を観戦しに来るけど、それは両親と一緒にみたいだから。ルシウスさん達も貴女とダリアが話すことにいい顔をしないし、ダリアも両親や()()()不快な思いをさせたくないと思うだろうから』

 

結局はダリアの両親の意向で私達と一緒に過ごすことは出来なかったかもしれないけど、それでも私は悔やまざるを得なかった。

私がもっとしっかりしていれば……。私がもっと早く彼女と近づいていれば。一昨年彼女にあんなことをしでかさねければ……。

後悔はつきない。戻れるならば、彼女の無罪を証明しようとするばかりで、その結果に一切目を向けようとしていなかった以前の私を引っ叩いてやりたい。

でも、

 

「……そんなこと考えている暇があるなら、これからのことを考えないとね。折角、ダフネが私に与えてくれた機会なのだから……」

 

私はもう、後ろばかりを見ていられないのだ。だってようやく、前に進む道が開けたのだ。去年の様な堂々巡りの思考に囚われているばかりではいけない。これからは、私は前に進まなくてはならない。

これからダフネの本当の友達になるために。……これから、『吸血鬼』であるがために孤独でなければならないと思っている、ダリアの平穏を少しでも守るために。

私は再度決意を固め、丁度『隠れ穴』近くのバス停に停泊したバスを降りる。

バスを降りれば案の定外は灼熱の炎天下。見上げれば雲一つない青空が視界一面に広がっている。ロンの家はマグル対策のため、ここからまたしばらく歩いた所にあると考えると、この晴れやかな青空と反比例して暗い気持ちになるけど……これからの楽しい時間を考えるとそんなことも言っていられない。私は暑さにうだる感情と共に、これからのことにどこか明るい気持ちを持ちながら前に歩き始めたのだった。

 

 

 

 

そう突然、

 

「わ! な、何!? フクロウ!? て、手紙!?」

 

その手紙が届くまでは。

『隠れ穴』に向かって歩く道すがら、突然見たこともないワシミミズクが私に飛び掛かってきたのだ。そのフクロウの足にはたった一枚の小さな羊皮紙が括りつけられており、私がそれを手紙だと認識し解くと同時に再びどこかに飛び立っていく。マグルの世界を離れたと同時に襲い掛かった事態に困惑する私は、炎天下の中一人手紙を開く。

この慌てよう、そして魔法界において私に手紙を送る人間なんてハリーとロン、そしてダフネくらいしかいないなと思いながら。

しかし手紙には差出人の名前はなく、ただ、

 

『クィディッチ試合の後、絶対に一人にはならないように。試合の後、すぐに()()()()()

 

そんな短い文章が綺麗な文字で書かれているのみだった。

 

私は()()()()、この何も遮ることのない日光が嫌いだ。

その晴れやかな日差しの中、これから行われるイベントとは裏腹に、どこまでも不吉な手紙にただ立ち尽くすのであった。

私の与り知らぬところで……何か良からぬことが起きようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルシウス視点

 

夏休みに入ったことにより、我がマルフォイ家の誇る二人の子供達が家に帰ってきている。

一人は私とシシーの()()子供であるドラコ。当の本人には絶対に言わないことであるが……母親より私に似た、実に誇らしい息子である。まだまだ未熟であり、誇りあるマルフォイ家に相応しくない言動をとることも多い我が子であるが……それでも将来的には我がマルフォイ家の当主として相応しい人間に成長するであろうという確信があった。

 

そしてもう一人の子供こそが……赤ん坊の頃から闇の帝王より預かることになった、我が愛する娘、ダリア・マルフォイだ。

私とシシーの実の子でなくとも、それでも今では私達の子供だと断言できる愛娘。その類まれなる優秀さもあって……いや、たとえ優秀な子供でなかったとしても、もはや我がマルフォイ家の一員であることに何の異論もない子供だ。

私はダリアの将来が楽しみで仕方がなかった。ドラコの未来も楽しみであるが、それ以上にダリアのこの先の未来が楽しみで仕方がない。勿論ダリアの将来は、闇の帝王によって『死喰い人』と()()()()()()()。たとえ闇の帝王がいなくなろうとも、将来的にダリアが『死喰い人』以外の道を進むことを私は()()()()()()()()()()()()()()()。しかし、闇の帝王が()()()()()()()()()今、()()としての『死喰い人』は役割を終えているのだ。純血主義の象徴たる死喰い人としての信念さえ持ってくれれば、どのような職業についてくれてもいい。そうたとえ私を散々苦しめてきた闇祓いにとて。私は長い年月で自身をそう納得させていた。

ダリアは一体何になるのであろうか?

ホグワーツ在学生どころか、もはや闇祓いにすら勝てる程の能力を持った子供だ。戦闘能力もさることながら、『闇の魔術に対する防衛術』以外の課目でも最高の成績をたたき出し続けている。将来は教師か研究者か、はたまたドラコと同じ魔法省高官……いや、魔法省大臣だろうか。マルフォイ家の歴史においても、魔法省大臣にまで上り詰めた人物はそこまで多くはない。きっとダリアのことだ。その優秀さにより、今までで最も偉大な大臣になることが出来るだろう。

何と言っても……ダリアは私とシシーの()()()()なのだから。

 

私は娘と息子の将来を考えると、いつだって明るい気持ちになることが出来る。たとえウィーズリーの馬鹿共と関わらねばならん不愉快な時間においても、娘たちの将来のためだと思えばこそ我慢できた。

まさに私の人生は、この愛する子供たちのためだけにあったのだとさえ思える。

だからこそ、私はいつだって子供達がホグワーツから家に帰ってくる瞬間が楽しみだった。シシー程表情に出すことなど、誇りあるマルフォイ家当主として出来はしなかったが、正直内心ではこれ程嬉しい瞬間などありはしなかった。

いつもは表情同様冷静沈着なダリアが、その表情とは裏腹に全身で嬉しさを表しながら私やシシーに抱き着く。そしてそんな妹の姿を見守るドラコは、いつもの年相応な子供らしさは鳴りを潜め、どこか大人の様な表情を浮かべる。そして家に帰れば、再び子供らしい様子で学校でのことを話し始めるドラコに……そんな息子を窘めるようで、やはり時折興奮したように、楽しそうに話をする愛娘。

これが幸せなのだと思う。『死喰い人』として活動していた私が、その誇りある活動の傍らで守り続けてきた日常。子供達が家にいるこの日常こそが、私の守るべきものであり、最も幸福を感じられる時間なのだと疑いもせず思っていた。

 

しかし……

 

「一体……私は何を間違ったのだろうか? いや、分かり切っている……。あの日、私が闇の帝王を死んだものと考えていなければ……こんなことにはならなかった」

 

その日常は、一瞬の内に崩れ去ってしまったのだった。

あの日から……あの今まで消えていた『闇の印』が再び腕に浮かび上がった日から、私は不安で夜も眠ることが出来ない。子供達が折角家に戻ってきているというのにだ。子供達が……特にダリアが私の不安を感じ取ったのか、私と同じように不安そうな無表情を浮かべているというのに、私はどうしても自身の不安な心情を抑えることが出来ない。

 

私は……自身の決定的な間違いによって、他でもない愛する子供達を危険に晒しているかもしれないのだから。

 

私は今まで、闇の帝王は亡くなったものと考えていた。

話によれば、闇の帝王は当時まだ赤ん坊だったハリー・ポッターに対し『死の呪い』を放ったらしい。そしてその呪いが何故か帝王自身に跳ね返り、あのお方は忽然と魔法界から消えた。『死の呪い』には決して対抗呪文などありはしない。相手に必ず永遠の死を与える絶対の呪文。それが跳ね返ったのだ。いくら闇の帝王とて、決して死から逃れることは出来なかったのだろう。あの日以来一切の消息を絶ったのだから猶更だ。

そう私は考えたからこそ、私はいち早く闇の陣営を離れ、魔法省に自身が『服従の呪文』にかけられていたのだと説明した。

全ては家族を守るために。

しかし……結果はどうだ。闇の帝王は……実際には死んでなどいなかった。たとえ死んだも同然な程弱っていたのだとしても、こうして再び『闇の印』を浮かび上がらせる程の力を取り戻しつつある。この腕に刻まれた『闇の印』は、闇の帝王が生きていたことを示す証拠そのもの。どんなに否定したところで、この印が意味することは一つなのだ。もはや闇の帝王の生存、そして復活は疑いようのない事実だった。

 

もはや一刻の猶予もない。まだ()()()()こそないものの、日を追う毎に印は嘗ての輪郭を取り戻している。いつ帝王が『死喰い人』の印に触れることで、我々()()()()たちを呼び出すか分かったものではない。もし呼び出された時、まだ日和見な態度を取り続けていたと知られれば……私だけではなく、私の家族さえ恐ろしい罰を受けることになるだろう。

闇の帝王は決して裏切り者を許すことは無いのだから。絶対的な力をお持ちになっているあのお方に逆らうなど愚の骨頂だ。

何か……私が未だに『死喰い人』であり、闇の帝王への忠誠を決して失ってはいないことを示す何かを行わなければ……。

 

「私は何をすれば……シシー、ドラコ……ダリアを守るために、私は一体何をすればよいのだ……」

 

私の呻くような声が書斎に響く。

いままでの夏休みであればこの時間ダリアとドラコの話を聞いているというのに、私はただ書斎にこもり、こうして堂々巡りの思考に囚われ続けている。まるで底なしの沼に入り込んでしまった気分だ。

そしてたとえ答えを出したとしても、

 

「そうだ……クィディッチ・ワールドカップ。確かに警備は厳重だが、穴は必ずある。いや、私なら作り出すことさえ出来る。もしそこで『死喰い人』は滅んでなどいないと示せれば……全世界に帝王の存在を思い出させることが出来る。そうすれば私は……()()()()ダリアを守ることも……」

 

それは決して……正解とは言えない代物でしかなかったのだった。

 

 

 

 

クィディッチ・ワールドカップが近づいている。

世間のお祭り騒ぎとは裏腹に、どこまでも暗い決意に満ちた運命の日が……。

 

間違いを正すために……更に間違いを重ねる日がすぐそこまで迫っていた。




旅行に行くため、少し投稿遅れます。

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