ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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クィディッチ・ワールドカップ(中編)

 

 ハーマイオニー視点

 

魔法界において最も人気のあるスポーツといえば、誰もがそれはクィディッチだと答えるだろう。

元々魔法界で育ってきた人は勿論、ホグワーツに入るまでクィディッチのクの字も知らなかった人でさえ、今ではこのスポーツの魅力に取りつかれている。かくいう私も、この野蛮極まりないスポーツ自体はあまり好きになれなくても、クィディッチの試合観戦は別に嫌いではなかった。寧ろ人生で初めて楽しいと思えたスポーツ観戦かもしれない。

寮対抗クィディッチ試合での熱狂。いつもはあまり大きな音が好きでない私でも、試合観戦に行かなかったことは()()()()()()。寮の仲間と共に精一杯応援し、勝てば皆で喜び、負ければ皆で悔しがる。勉強の息抜きという意味以上に、私のホグワーツ生活において欠かせない物ですらあった。

そしてそれは寮対抗試合ではなく、ワールドカップという場においても変わらない。

去年あまりにも多くの課目を選択していた私は、その実あまりにも広大な範囲の勉強をしなければならず逆に成績が落ちてしまった。ダリアとの差は広がるばかり。いくつかの教科に至っては、ダフネに追い抜かれてすらいた。だからこそ私は、この夏休みの間も寝る間を惜しんで勉強をしなければならない。だというのに私は今勉強もせず、試合会場に向かうと言って歩くアーサー・ウィーズリーさんに続きながら、隣で大騒ぎしているハリー達の話に聞き入っている。

 

「絶対アイルランドだ。準決勝でペルーをペチャンコにしたんだからな。あんなに強いチームは他にないさ」

 

「でも、ブルガリアにはビクトール・クラムがいるぜ? 彼は最高のシーカーだ!」

 

「確かにクラムは素晴らしい選手だ。それは認める。だが、それだけだ。アイルランドには彼クラスの選手が七人いる。個人で勝っていても、チームでは負けたも同然さ」

 

「だけど……」

 

キッパリとアイルランドの勝利を断言するチャーリーとビルに、それでも尚クラムと言う選手の素晴らしさを言い募るロン。周りにいるハリー達も、

 

「クラムってそんなに凄い選手なの?」

 

「凄いなんてもんじゃないさ! 史上最高のシーカーさ! 天才なのさ! ハリーも直ぐに分かるぜ!」

 

三人の話に加わらないまでも、同じように今回のワールドカップについて話している。

フレッドとジョージはハリーに滔々と、ロンと同じようにクラムの素晴らしさを語っており、ジニーはそんなハリー達の周りをウロチョロしている。

試合に向かう直前に、

 

『まったく! どんな理由があってワールドカップ試合会場に、このウィーズリー・ウィザード・ウィーズの品物を持ち込むの!? こんな物を作っているから、『O・W・L試験』の点が低かったのよ!』

 

そんなウィーズリーさんとのやり取りがあったなんて今では思いもよらない。家を出た直後は()()を捨てられたことで不機嫌だったフレッドとジョージも、今ではそんなことを忘れたように興奮した様子だった。

早朝で空気が綺麗な上に、今日は曇りとは言えないまでもそこそこ空に雲のかかった当に絶好の観戦日和。試合は夜ではあるけど、()()()この天気なら今日の試合を存分に楽しむことが出来るだろう。私もハリー達の話に参加しないまでも、この試合が楽しみであることに変わりはなかった。

私達は皆、どこか明るい心持を隠すことも出来ず歩き続ける。それはたとえ日も出てない早朝に家を出たにも関わらず、何故か日が昇るまで坂を登り続けていても変わらない。

いつまでも沸き上がる興奮のまま私達は歩き続ける。しかし物事には限度があり、皆の息が苦し気なものに変わり、そろそろ誰かが不平不満を漏らし始めるのでは思い始めた所で……

 

「アーサー、おはよう! 随分遅い到着だな! 私と息子がもうとっくに()()()()()()()()!」

 

「すまない、エイモス! なに、家を出る前にひと悶着あってね……」

 

ようやく私達はゴールに辿り着けたのだった。誰もそこが本当にゴールだと気づかぬうちに。

何もない草むらの中、まだまだゴールは先なのだろうなと思い始めていた私達の前に、二人の人物が現れる。一人は褐色のゴワゴワした顎髭を生やした、血色の良い顔の魔法使い。そしてもう一人が、

 

「……セドリックだ。相変わらず憎たらしい程爽やかな顔してやがる」

 

ハッフルパフのシーカー、セドリック・ディゴリーだった。去年グリフィンドールが優勝できなかった最初の理由を造ったためフレッドは敵視しているけど、彼はあまり他寮の男子生徒を知らない私でもいい噂しか聞かない生徒だ。それも当然。絵に描いたようなイケメンである彼は、勉強も出来る上にハッフルパフのシーカー。女子生徒の中ではカリスマ的な人気を誇っている。私は()()()()()()()()()()()()()()()()()()けど、彼がいい男であることは認める所であった。 

そんな彼と私達が挨拶を交わしている間に、大人たちの会話は続く。

 

「ずいぶん疲れた様子じゃないか! まさか歩いてここに来たのか!?」

 

「あぁ、子供達はまだ『姿現し』が出来る年ではないからね。出来る年の子は直接会場に行くんだよ。幸い遠いとはいえ、ここは歩ける距離であるからね。そういうエイモス達はどうしたんだ?」

 

「私は『姿現し』で来たよ! 息子が『姿現し』の試験を受けていれば良かったのだが……いや、勿論私の優秀な息子であれば、試験さえ受けていれば問題なく受かっただろうけどね。……これ以上は愚痴だな。と、とにかく、君が間に合ってよかった! 君の後ろにいるのは皆君の子供かい?」

 

「まさか、赤毛の子供だけだよ。後の二人はロンの友達さ。ハーマイオニーに……あのハリー・ポッターだ」

 

「なに!? ハリー・ポッター!」

 

そこで初めてハリーの存在を知ったらしいセドリックのお父さんが、この中で唯一赤髪ではない男の子を見つめる。

 

「おぉ! 君がハリー・ポッターだったのか! 君のことはセドから聞いているよ! 何でも君も寮対抗戦のシーカーなんだとか。だが、私の息子は君に勝った! セドはただの事故だと言っていたが、セドは謙虚な男でね! 息子は実力で君に勝ったんだ! あの生き残った男の子にだ! 君もそう思うだろう!?」

 

一瞬気まずい空気が辺りに流れたような気がした。

ウィーズリー兄弟は勿論のこと、セドリック本人でさえ微妙な表情を浮かべている。ハリーは勿論先程とは打って変わり仏頂面。唯一笑顔を保つことに成功したウィーズリーさんも、表情とは裏腹にどこか慌てたような声音で話題転換を図る。

 

「おや、そろそろ時間だ! さて、エイモス。今回の『移動キー(ポートキー)』はどこかね?」

 

苦し紛れなものではあったけど、時間がないこと自体は本当のことだったのだろう。ウィーズリーさんの言葉に対し、まだ息子自慢を続けたい様子だったディゴリーさんも渋々応えた。

 

「……あぁ、確かに時間だな。今回の『移動キー』はこれだ。まったく、いくらマグルの目に触れないようなものにするとはいえ、こんな汚い物にするとはね」

 

そして彼は……黴だらけの古いブーツを掲げたのだった。

ウィーズリーさんとそれを見つけていたディゴリー親子、そして『移動キー』が何なのかを知っている私以外は、古びたブーツを不思議そうに眺めている。私はそんな彼らに僅かに呆れながら、それについて解説を始めた。

 

「……『移動キー』は定められた時間に、定められた場所に到着できる魔法具よ。おそらくこれはワールドカップ会場に飛べるよう設定されているのね。この形をしているのも、マグルがうっかりこれを触らないための仕掛けよ。よく考えられているわ」

 

しかしどうやら彼等にとって分かりやすい説明ではなかったらしく、皆一様に未だ不思議そうな表情を浮かべている。

私は更に詳しい説明をしようとするが……時間切れのようだった。

 

「ほう、君はこれのことを知っているのかい? だが、君の解説を聞いている時間はないのだよ。さぁ、あと一分しかない。皆の衆、この『移動キー』に触れるんだ。なに、指一本でも触れていればそれで事足りる。急ぐんだ!」

 

だだっ広い草原にディゴリーさんの大声が響く。そして彼の掛け声に半信半疑ながらブーツに触れるウィーズリー兄弟達。そして、

 

「三……ニ……一……来たぞ!」

 

突然臍の裏を引っ張られたような感覚を覚えたかと思うと、気が付いた時には……

 

「よし、到着だ! ようこそ、クィディッチ・ワールドカップへ!」

 

あちこちにテントが立ち並ぶ空間に立っていたのだ。

しかもただの一つも真面なテントなど立っていない。明らかに()でできた素材のピラミッド型テント。アイルランドの紋章である三つ葉のクローバーがこれでもかと飾られたテントに、逆に、

 

「これが例のクラムっていう選手?」

 

「そうさ! ビクトール・クラム! ブルガリア最高のシーカーさ!」

 

「……なんだかとっても気難しそうな顔ね」

 

「気難しい!? そんなことどうだっていいさ! 彼はとにかく凄いんだから! 今晩見たら分かるよ!」

 

植物こそ生えていないものの、自国の選手のポスターを所狭しと貼っているテント。マグルのテントなら、こんな風に真っ黒なゲジゲジ眉の、不愛想を絵に描いたようなポスターを貼っていることなどない。全てが魔法使いの非常識なテントであることは間違いなかった。

 

「ではね、アーサー! 私達は競技場の方なんだ! バグマンに息子が優秀なシーカーであることを話したら、快く競技場近くの場所を紹介してくれてね! これでテントからすぐに競技場に行くことが出来るよ! やはり持つべきは優秀な息子だな! 君達は()()だろう!? ここでお別れだ!」

 

そして最後まで無自覚に息子自慢を垂れ流すディゴリーさんと別れると、私達は自分達に割り振られた端っこの方の区画に向かって歩き始める。

私としてはとくに立地に問題はなかったのだけど、どうやらウィーズリー家的には問題だったらしく、

 

「……いや、本当はもっと競技場の近くにテントを張る予定だったんだ。観戦席もバグマンのコネで貴賓席を取れたし、テントもそのついでにという話だったのだが……つい先日、急に()()()()()()()()()()()()()()()()言われてね。バグマンに聞いてみても、ただ()()()()()()だとしか言わないんだ。……大方ルシウス・マルフォイあたりの嫌がらせだとは思うがね。……観客席を移動させられなかっただけマシなのかね」

 

そう語りながら歩くウィーズリーさんの背中は、どこか哀愁の香るものだった。

ウィーズリーさんとしても立地に対しては文句はないのだろうけど、突然何者かの意向によって変更されたことが気にくわないのだろう。

 

 

 

 

でも、それでも私にとっては、

 

「あれ!? ハーマイオニー! 久しぶりだね! 貴女もここの区画なんだ! 良かった! ダリアは競技場の近くらしくてね、丁度寂しかったんだよ!」

 

問題ないどころか、寧ろ嬉しいものでしかなかった。

煙突が生えていたり、城の様な豪華絢爛なテント……には見えない城が聳え立っている摩訶不思議な空間を通り過ぎ、いよいよキャンプ場の端に辿り着いた時、そこに彼女が立っていたから。

金色に輝く髪に、美人というより可愛いといった表現が似合うパッチリとした目。しかし夏休み前と比べてどこか急に成長した様子のダフネ・グリーングラス……私の新しい友達がこちらに手を振っていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダフネ視点

 

「いよいよだね、ハーマイオニー! これでやっとダリアに会えるよ!」

 

「えぇ、そうね。……私はあまり長時間彼女と話すことは出来ないでしょうけど、それでも観戦する席は一緒だから近くにいることは出来るわ。彼女のことだからまた一段と綺麗になっているのでしょうね。貴女も少し見ないうちに随分大人びてきたし」

 

太陽が地平線上に沈み、いよいよ試合開始の時間が近づいてきた頃。私とハーマイオニーは連れ立って一行の先頭を歩いている。私達のすぐ後ろでは、

 

「こうやって話すのは初めてですな、ウィーズリーさん。……マグル製品不正使用取締局局長に就任されたとか。そちらの方はどうですかな?」

 

「……えぇ、順調ですよ、グリーングラスさん。そ、それより、バーサの方はどうなっているのですか? まだ見つかっていないと聞いていますが?」

 

「……まだですよ。今魔法省はどこも人手不足ですからな。まぁ、バーサは元々フラフラ動き回る魔法使いでしたから、その内戻ってくるでしょう」

 

どこかぎこちない会話を繰り広げているパパとウィーズリー氏。そしてその更に後ろからはウィーズリー兄弟やポッターからの敵意の籠った視線を感じるが、そんなことはどうでもいいことだ。ジネブラ・ウィーズリーに至っては私のことを恐れているのか、ポッターの陰に隠れてしまっている。が、私はそんな()()()()人間達の反応に頓着することなく、ただハーマイオニーのみに意識を向けながら話し続ける。

 

「そ、そうかな。で、でも、ハーマイオニーだって綺麗になったよ! 何だかいきなり成長したみたいで、最初に会った時は何だかビックリしちゃった!」

 

「そうなの? 本当にそうならいいのだけど……。でも、本当に楽しみだわ。家の事情を考えれば、私から彼女に手紙を送ることも出来ないし、彼女からも私に手紙を送ってくることはなかったから……」

 

「ま、まぁ、()()そうだね。でも、いずれはね……」

 

何だか……とても楽しかった。

私達はお世辞にも、今まで決して仲のいい関係ではなかった。私は一方的に彼女を敵視し、ダリアに決して近づけないようにしてすらいた。当にグリフィンドールとスリザリンが取るべき模範的な関係。振り返れば、それが私のハーマイオニーにとっていた態度だったのだ。

でも、今は違う。色々な悩みを乗り越え、ようやくダリアの本当の友達として自分を認めることが出来た私は、もうハーマイオニーに対して何も恐れを抱く必要はない。私はもう……彼女に対して抱いていた仲間意識を否定する必要がなくなったのだ。

だからこそ、

 

「本当に楽しみだね……。ちなみにハーマイオニーはどこのチームを応援するの?」

 

「そうね……私としてはここに来れただけで満足なのだけど、どちらかと言えばアイルランドかしら」

 

私達はごくごく自然な形で手を取り合い、ようやく近くに見え始めたスタジアムに向かって歩き続ける。

それはスタジアムが近づくにつれ、周りにたくさんの魔法使い達がひしめくようになっても変わらない。周りから笑ったり歌ったりと大きな声が響く中、私達も負けじと大きな声で取り留めのない話を続ける。

 

今まで止まっていたものを、今こそ取り戻そうとするように。今度こそ、私達が本当の友達になれるように努力するように。

……ダリアを守る仲間であることを、お互い再確認するように。

 

そして私達は遂にスタジアムに着くと、一番近くの入り口に向かって歩く。そこには魔法省の役員だと思われる魔女が立っており、私達の姿を見つけると切符を出すようにさとしながら言った。

 

「おや、アーサーに……グリーングラスさんじゃないか! あんたらが一緒にいるなんて珍しいね! ルシウスさんみたいに喧嘩している所は見たことないけど、別に仲良くもないだろう!? おっと、そんなことを話している場合じゃなかったね! ほら、特等席だよ! 最上階貴賓席! まっすぐ上がって、一番高い所だよ!」

 

観客席への階段は深紫の絨毯が敷かれていた。私とハーマイオニー、そして後ろに続くパパやウィーズリー一家はひたすら上を目指して足を運ぶ。周りにいた他の観客が、一人、また一人とそれぞれのスタンドへ消えていき、

 

「わ~! す、すごい!」

 

「本当に広いのね!」

 

私達はそこに辿り着いたのだった。あまりの光景にウィーズリー一家やポッターでさえ、私とパパへの敵意も忘れて辺りを見回している。

そこは小さなボックス席で、紫に金箔の椅子が20席程並んでいた。見ただけでそれが高級であると分かる席。そしてその席から一望できるのが……10万人の魔法使いがひしめく、楕円形の競技場内部だった。両サイドの三本のゴールポストは勿論のこと、ここからは360度全ての方向の観客席も一望できる。まさに特等席に相応しい席だ。試合も楽しみだけど、この光景だけでも十分に楽しめるだろう。実際ウィーズリー一家は、いつもは見ないであろう高級な光景に興奮しっぱなしだ。

 

……しかし、私とハーマイオニーはただこの光景に興奮しているわけにもいかない。

私達がここに来た目的は、別に試合観戦だけというわけではなく……

 

「……おやおや、これはこれはアーサー。君がここの席を取ったという眉唾な噂を耳にしていたわけだが……本当のことだったとは思わなかった。一体何をお売りになったのかな? 君の貧相な家を売ったとしても、ここのチケット代にはならないと思うが? それに……グリーングラス。君のことだから偶々共にいただけだとは思うが、一緒にいる人間は選んだ方がいい。……君の娘は私の娘の友人なのだ。あまり品位のない人間とつき合わせないでもらいたいね」

 

たった一目だけだったとしても、彼女と会うことなのだから。

未だ屋敷しもべと思しき観客しかいないボックスを見渡す私達に、突然冷たい声音が浴びせかけられた。突然の罵声に、私達の一行は一斉に振り返る。ウィーズリー家とポッターは敵意を込めて、そして私とハーマイオニーは……馬鹿にされたにも関わらず、期待を込めた表情で。

そこには案の定、青白い顔にプラチナ・ブロンドの髪と瓜二つの父と息子。ブロンドで背の高い美人である、昔お茶会で遠目に見たナルシッサさん。

そして……

 

「……お父様。それは杞憂です。ダフネやグリーングラスさんは、()()ウィーズリー氏のテントの近くだったというだけですから」

 

家族の誰とも似ず……かつ、まるで()()()()()()()()()()()()、去年とまったく同じ美しさを湛えた私達の親友が立っていたのだった。

 

 

 

 

折角のクィディッチ・ワールドカップであり、親友との再会であるにも関わらず……どこか悲壮な決意を湛えたような無表情を浮かべながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリー視点

 

ワールドカップの明るい空気が一瞬にして壊されたような気分だった。

もはや敵と言ってもいい一家の登場に、僕らはこぞって暗い気持ちになっていた。一年生の時から敵同士であるドラコに、二年生の時にはホグワーツを恐怖に陥れたルシウス・マルフォイ。元は美人なのであろうが、どこか不快気な表情で僕らを見つめているせいで、その美貌を損ねてしまっているドラコの母親と思しき女性。そして……

 

「……お父様。それは杞憂です。ダフネやグリーングラスさんは、()()ウィーズリー氏のテントの近くだったというだけですから」

 

ダンブルドアに最も警戒されながら、未だにその悪事の全貌を掴ませないダリア・マルフォイが現れたから。

競技場の明かりに照らされる流れる様な白銀の髪。そしてその髪と同じくらい真っ白な肌をした彼女は、その美しくも、どこまでも冷たい美貌を湛えながら……夏休み前と全く同じ姿形で、これまたいつも通りの無表情で立っていた。

いかにも高級な観客席に、今にも喧嘩が始まりそうな空気が流れる。マルフォイ家の登場を喜んでいるのは、

 

「ダリア! やっと会えたね! でも、よく分かったね! 私と……ええと、()()()()()()()()()テントが近いって! なんか昨日、魔法省から()()()()()()()()()()()()()言われたんだ! ダリアにはスタジアム近くのテントを確保してたって伝えてたはずだけど?」

 

「……偶々ですよ。ただ……小耳にはさんだもので」

 

僕達一行の中で唯一敵側の人間……ダリア・マルフォイの取り巻きであるグリーングラス一家と、何故か最近突然彼女達と仲良くなった様子のハーマイオニーだけだった。ダフネ・グリーングラスは勿論、今までウィーズリーおじさんと話していた父親も、どこか決まりが悪そうにルシウス氏の横に歩き出す。そしてハーマイオニーは何も言わないまでも、先程からチラチラとあいつの方ばかり見ている。前からダリア・マルフォイ達に理解不能な憧れを持っていることは分かっていたが、やはり去年のホグワーツからの帰り道に何かあったのだろう。『隠れ穴』にいた時も、時折ダリア・マルフォイやグリーングラスを褒め称える話をしていたのだから重症だ。

でも……いかにハーマイオニーが奴らに気を許そうとも、決して現実が変わるわけではない。今だって、

 

「……ダリア。それにミス・グリーングラス。積もる話はあるだろうが、とりあえず席に着こうではないか。これ以上、お前たちを愚かな連中とつき合わせるわけにはいかんからな」

 

ルシウス・マルフォイが嫌味なことを言いながら、ウィーズリー一家、僕、そして……ハーマイオニーをも見下したような目で見まわしたのだから。しかもハーマイオニーがマグル生まれだと知っているのか、彼女に対してはより一層目を冷たく光らせたのだから質が悪い。この反応にはいくらダリア・マルフォイに幻想を抱いているハーマイオニーも、僅かに怯んだような表情を浮かべた後、キッと強気な顔で睨み返していた。

そしてその態度にルシウス・マルフォイが何言おうとしたところで、

 

「おや、これはこれは皆さんお揃いだな。ハリーにアーサー、赤毛の子は皆アーサーの子供たちかな? それに……あぁ、ルシウス。君ももう着いていたのか。一家お揃いかな?」

 

第三者の登場によって、あわや一触即発の事態は避けられたのだった。

見れば魔法省大臣、コーネリウス・ファッジが今しがた到着したと言った様子で、こちらに親し気な挨拶を送っていた。今まで険悪な態度を取っていたが、流石に魔法省大臣の前で同じ態度を貫くことは出来なかったのだろう。ルシウス・マルフォイはどこかぎこちない笑顔を取り繕いながら応えた。

 

「あぁ、ファッジ。お元気ですかな? 妻のナルシッサは初めてでしたな?」

 

「これはこれは、お初にお目にかかります」

 

「それと、息子のドラコと娘のダリアだ。この子達とは一度会っていますな?」

 

「あぁ、覚えているとも。特に娘さんの方は……」

 

目の前で繰り広げられる官僚同士の挨拶。

しかしそこで魔法省大臣は一度言葉を切り、奇妙な会話を始めた。

 

「ミス・マルフォイ。あの時は急いでいた故、あまり話が出来なかったね。ただ、君のことはよく聞いていたよ。純血の皆さんの間でも、君は非常に優秀だと有名だ。そんな君と一度は話してみたいと思っていたのだが……まさか()()()()()連絡を送ってくれるとはね。突然の手紙で驚いたが、他ならぬ()()()()()。あれで良かったのかな?」

 

「……えぇ、十分です。突然な上に、あのような内容で心苦しかったのですが……大臣が快諾して下さって本当に嬉しく思っております。本当にありがとうございました」

 

何故か僕達の方にチラチラ視線を送ってくる魔法省大臣に、その大臣の言葉に淡々と答えるダリア・マルフォイ。

意味が分からない会話だった。会話からダリア・マルフォイが大臣に何かを頼んだということだけは分かるが、彼女が一体何を頼んだのかは一切分からなかった。しかもそれは僕達だけではなく、

 

「……何の話かな? ダリア、大臣に何を頼んだというのだ?」

 

「いえ、大したことではないですよ、お父様。……ただ、より快適に試合を観戦するために、大臣に少し環境整理をお願いしただけですから。お兄様達にはより楽しく試合を観戦してほしいですからね」

 

彼女の父親であるルシウス氏も同様であることから、もう意味が分からない。

どこか人の好さそうなファッジ大臣の関わっている話だから、そこまで悪い話をしているとは思いたくないけど……相手はあのダリア・マルフォイだ。こいつがどんな悪巧みをしているか分かったものではない。しかも実際、

 

「そ、そうだな。この話はここまでにしよう! なに、ルシウス。私はただ君の娘さんの、ちょっとした人間関係について配慮してあげたまでのことだよ。年頃の女の子なのだ。きっと色々思うところがあるのだろう! では、私はここで失礼させてもらうよ! この席も今からドンドン観客が入るだろうからね! おっと、噂をすればだ! パイアス! 君もここの席なのかね!?」

 

ファッジ大臣はあからさまに話を逸らし、どこか逃げる様な態度で他の観客への挨拶回りに行ってしまったのだった。怪しいにも程がある。

その後ウィーズリー家は勿論、マルフォイ家やグリーングラス家の奴らも自分達の席に着いてしまったため追及はされなかったが、このどこか疑わしい会話が僕の中で少しだけひっかかり続けた。

 

 

 

 

だからだろう。

 

「……ダリア。どうして……()()()()()()()()()()?」

 

隣でハーマイオニーが、ダリア・マルフォイの背中を見つめながら呟いているのに気が付かなかったのは……。

しかもそのすぐ後に、唯一の『しもべ妖精』の観客であるウインキーとの会話や、いよいよ始まった試合のこともあり、僕はそもそもダリア・マルフォイの存在をすら一時的に忘れてしまったのだった。

悲劇はもう既に始まっていることに気付かないまま……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダリア視点

 

上手くいくかは正直賭けだった。

 

『魔法省大臣。突然の手紙、申し訳ありません。大臣に是非お願いしたいことがあり、このような手紙を書かせていただきました。今回のクィディッチ・ワールドカップの件なのですが、数人程()()()()()()()()()()()頂きたい人がいるのです。大臣にこのようなことをお願いするのは不躾であると思うのですが、大臣しか頼れる方を知らないのです。実は学校での人間関係に少し悩みを抱えております。それが、』

 

グレンジャーさんのことはともかく……ダフネのことを悪く書くなんて、私にはとても耐えられるような作業ではなかった。しかも相手は魔法大臣。何故知りもしない第三者に、私とダフネは実は仲が悪いなんて大嘘を書かなくてはならないのだ。思い出すだけで悍ましい。

しかし……ダフネや、()()()()()であるグレンジャーさんを守るためには、こうするしかなかったのも事実だ。

 

『ダリア、ドラコ。試合の後、私は昔の仲間達と共に少々……何と言えばいいのか、そう、少々()()()()()を執り行う予定だ。しかしお前達をそこに参加させるわけにはいかない。お前たちは先に()()しておきなさい』

 

お父様の昔の仲間達。『死喰い人』と呼ばれる彼らが集まってすることなど簡単に想像がつく。

……私はそのために造られた存在なのだから。

ならば大切な友人を、私は少しでも安全な場所に移さなければならない。

ダフネに関しては私の傍に置いて守ることも考えたが、それでは全てが終わった時()()()()疑われることになってしまう。『死喰い人』としてお父様が動く以上、お父様は勿論、その家族である私が疑わるのは必定だ。そんな私と共に行動していた純血貴族の女の子。疑われないはずがない。

私は……ダフネをそんな立場にすることなど許せない。出来るなら、ダフネには常に安全な立ち位置にいてほしい。ダフネが安全でない状況など、私に許容できるはずがない。

 

「ままならないものです……」

 

「ダリア? 何か言った? ……それに、どこか体調が悪いの? 何だか表情が、」

 

「いえ、ダフネ。何も言っておりませんよ。それに、表情は特に動いてはいません。貴女の見間違いですよ。ほら、貴女の言っていたクラムが出てきますよ」

 

私達の眼前では、今スタジアムに集まった観客たちの大歓声……そして色黒で黒髪の痩せた選手、まるで育ちすぎた猛禽類のような姿をしたビクトール・クラムを含めた選手達が、箒に跨った状態で勢いよく競技場に飛び込んできている。見れば全員がファイアボルトを使っているのか、まるで彗星のような速さで飛び続けている。ホグワーツにおける寮対抗戦とはレベルの違う動きに、しもべ妖精とその隣の()()()()()の前にいるウィーズリー一行も興奮した様子だ。視界の端には、あのいつも冷静沈着なグレンジャーさんさえ立ち上がって拍手している姿が見える。

まさに今の平和な時代を象徴するような光景。誰もかれもが目の眩む様な光景に興奮し、平時ではあり得ない程の声援を上げ続けている。

 

しかし……そんな中、私達マルフォイ家、そして事情を知らないまでも、私の表情から何かあると察した様子のダフネだけは、どこか不安な表情を浮かべながら試合を観戦していた。

 

あぁ、私はダフネにこんな顔をさせたくなどなかった。彼女だけは何も知らず、ただこの晴れやかな試合を観戦していてほしかった。だからこそ、私は今こそこの自由に動くことのない表情筋を動かす必要があったのだ。ダフネが安心できるよう、この試合風景に相応しい本当の笑顔に。

でも、実際に私の表情がそんな風に動くことはない。

 

何故なら……今日、試合が終わった後、()()()()ことになるかもしれないのだから。

知りもしない誰かが死ぬことなど、正直どうでもいいことだ。だが今日の人死が帝王への変わらぬ忠誠を示す意味があるのだとすると……私はどうしても憂鬱にならざるを得なかった。

闇の帝王が生存していた以上、マルフォイ家が取れる行動が少ないことは分かっている。でも、私は……。

 

「この時間がずっと続けばいいのに……」

 

いよいよ試合が始まり、ファイアボルトに跨った選手たちが縦横無尽に飛び回っている。私が今まで見たこともない程ハイレベルな試合。誰もかれもが幸せな表情を浮かべる時間。でもそんな時間にも終わりがある。私がどんなに願おうとも。

170対10とアイルランドがリードしたタイミング。もはやアイルランドのリードは変わらず、ブルガリアに逆転の目がないと分かり始めた状況で……せめて散り際は美しくあろうとするように、ビクトール・クラムがスニッチを掴んだのだから。

 

幸せな時間が終わる。今から始まるのは、誰もが予想していなかった地獄の一幕。皆の幸福を、一瞬にして絶望へと叩き落す悪趣味な()

でも、それでも……

 

「絶対に……守ってみせる」

 

惨劇の夜がもうすぐ始まろうとしていた。

私の予想とは違い、もう()()()()()を交えた状態で……。


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