ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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クィディッチ・ワールドカップ(後編)

 ハーマイオニー視点

 

最初に違和感を感じたのは、試合が終わり、いよいよ私達も寝ようとしていた時だった。

確かに今までのテントの外は、お世辞にも静かなものではなかった。勝利したアイルランド側のサポーター達が大声で歌を歌い、負けた側のブルガリアもお酒でも入っているのか楽しそうに騒いでいる。正直眠れるような環境ではなかったけど、その騒音が試合後の興奮であることは分るので、騒がしくも明るい環境に対して別にそこまで不快な気持ちにはならなかった。

でも……今この瞬間に外から聞こえる騒音は、明らかに先程までの物とは別物だった。

歌声は止み……代わりに聞こえてくるのは叫び声や悲鳴ばかり。外で何か起こっているのは確実だ。

そしてそれを裏付けるように、

 

「皆、起きるんだ! さぁ、起きて! 緊急事態だ! もう時間がない! 上着だけ着て外に出なさい! 森の中に早く逃げるんだ!」

 

ウィーズリーさんの切羽詰まった声が、テントの中に響き渡った。

未だに寝ぼけ眼を擦っているものの、父親の只ならぬ空気に何か良からぬことが起こっていることだけは察したらしい。ウィーズリー兄弟達は慌てた様子で上着を着ると、我先にと外に飛び出す。

そんな私達がまず目にしたのは……緑色の閃光に照らされる逃げ惑う人々。そして……遠くの方ではあるけど、空中にまるで()()()()()かのように漂う数人の人影だった。

 

「な、何が起こっているんだ!?」

 

フレッドの大声の質問に、ウィーズリーさんはただ一言だけ、唸るような声音で応えた。

 

「……『死喰い人』だ。あいつら、どこからかマグルを攫ってきて、ああして弄んで楽しんでいるんだ!」

 

その言葉にハリーを除く全員が息を呑む。目を凝らせば確かに宙を舞う人影の下にはフードを被った一団がおり、まるで髑髏のような仮面をしている姿が見えた。

それは私が以前本で読んだことのある、『例のあの人』の忠実な僕……『死喰い人(デスイーター)』の格好に間違いなかった。

『例のあの人』が消えたこの平和な時代、そしてこのクィディッチ・ワールドカップという最も警備が厳しいだろう時に、何故『死喰い人』なんかがここで暴れまわっているのかは分からない。でも確実に言えることは、あれが本物の『死喰い人』であろうとなかろうと、私達がここに留まるのは危険だと言うことだった。

そう思い至った瞬間、私は今まですっかり忘れていた手紙のことを思い出す。あの夏の昼下がり、バスを降りた直後の私に届けられた手紙を……。

 

『クィディッチ試合の後、絶対に一人にはならないように。試合の後、すぐに逃げなさい』

 

差出人も、何が言いたいのかもはっきりしない手紙。ただの悪戯である可能性や試合での興奮もあり、今まですっかり忘れていたけれど……

 

「このことだったのよ……。あの手紙を書いてくれた人……ううん、あんな警告を書いてくれるのは()()()しかいない。あの子はきっとこれを警告したくて、私に手紙を送ったのよ」

 

確証はない。私の都合のいい妄想かもしれない。でも私には、どうしてもあの白銀の髪をした少女のことを思い出さずにはいられなかった。今思えば彼女のあの表情や……

 

『より快適に試合を観戦するために、大臣に少し環境整理をお願いしただけですから』

 

ダフネや私達の突然の配置転換も説明がつく。彼女は自身の親友と、その親友の友達をより安全な場所に避難させようとしていたのだ。

しかし今まで謎だった手紙の差出人に思い至った所で、私達の置かれている状況に変わりがあるわけではない。

私達がこうして呆けている間にも、遠くに見える『死喰い人』の一団はこちらにゆっくりと近づいている。時々緑の閃光を辺りに飛ばしながら、テントに火をつけ、吹き飛ばして前に進む。しかも一団は『死喰い人』だけではなく、段々と()()()()()使()()も交じり始めているようだった。浮かぶ影を指さし、笑いながら周りの魔法使いが次々と行進に加わっていく。辺りに響く悲鳴の中、確かに彼らの奏でる下卑た笑い声が聞こえた気がした。

彼等は笑いながら……楽しみながら、罪もない人間達を嬲り者にしていた。

 

「正気じゃないわ……。あの人達は皆、狂っているのよ……。なんで笑いながら、あんなことが出来るのよ!」

 

「……あぁ、その通りだ。あいつらは獣だ……」

 

私の小さく漏らした呟きにウィーズリーさんは頷くと、周りの大混乱に負けじと大声で私達に指示を出した。

 

「ビル、チャーリー! すまないが援護を頼む! 後の子供達は急いで森に逃げなさい! ……森がすぐそこでよかった。お蔭で()()()()()()()()! バラバラになるんじゃないぞ! 片が着いたら迎えに行く! 私達は魔法省を助太刀する!」

 

そう彼は叫ぶと、名前を呼ばれたウィーズリー兄弟達と一団に向かって走り出す。見れば他の魔法省職員と思しき人達も、四方から飛び出し騒ぎの現場に向かっていた。

フレッドとジョージはウィーズリーさん達と戦いたそうにしていたけど、流石に私達の中にはジニーもいることから、ここで戦いに行くのは自分たちの役目ではないと思ったらしい。

 

「さぁ、行くぞ! ジニー! 手を掴むんだ! 他の奴らもはぐれるんじゃないぞ!」

 

フレッドがジニーの手を掴み、森の方に引っ張り始める。それにジョージが続き、その更に後ろを私とハリーやロンが走る。そして森の中に逃げ込み、周りが静かになり始めた辺りで、

 

「ハーマイオニー! 良かった! 貴女もちゃんと逃げていたんだね!」

 

今度はダフネが合流したのだった。彼女は試合前同様ウィーズリー兄弟の敵意を無視しながら、怪我の有無を確かめるように私の体のあちこちを触り始める。

 

「森に入ってきても貴女の姿が見えなくて心配したんだよ!? 私は試合直後にダリ……あの子に何だか不吉なことを言われていたから良かったけど、もしかしたら貴女は何も言われていないのかなって」

 

「……いいえ、大丈夫よ。ただ私がドジだっただけよ。それより、貴女のお父さんの姿が見えないのだけど、そちらこそ大丈夫?」

 

「うん、それは大丈夫だよ。試合直後、ルシウスさんから魔法省での仕事を言い渡されてたからそちらに行ったよ。パパは渋々って感じだったけど、後でルシウスさんに感謝すると思うな。私も帰れと言われたんだけど、流石にダリアを置いては帰れないよ……」

 

「そうね……」

 

その時、再び森の中にまで届く轟音が響き渡る。

ダフネに敵意を持っているどころか、彼女の父親もあの一団に交じっているのではと言いたそうなロン達も、これ以上ここに留まっているわけにはいかないと思ったらしい。ロンがダフネにも渋々と言った様子で話しかける。

 

「とにかく、話は後だ。先に進もう。ここはまだ危ない」

 

しかしそれに対し、

 

「私はここに残るよ。まだダリアがここまで辿り着いてないもの。ハーマイオニー……それにポッターにウィーズリー。貴女達は先に行って。私は大丈夫だけど、()()()()()危険だよ。私は後からダリア達と一緒に行くね」

 

ダフネはそんなことを言い始めたのだった。

今キャンプ場で暴れているのは『死喰い人』。どうして私が一番危険なのかは考えるまでもないけど、神経の高ぶっていたロンには突っかからずにはおられなかったのだろう。ロンがすかさず苛立ったようにダフネを問い詰める。

 

「それはどういう意味だ! ハーマイオニーがなんで危険なんだよ!?」

 

しかしそんなロンの質問に答えたのは、

 

「お前はそんなことも分からないのか、ウィーズリー。連中はマグルを狙ってるんだ。あそこで吊るされているのだって、どこからか攫ってきたマグル達だ。なら、グレンジャーが一番狙われるのは自明の理じゃないか」

 

更に合流した第三者の声だった。

私達がそれこそ一年生の頃から聞いてきた、どこか気取ったような腹立たしい声。私達がキッと振り返った先には、声の主であるドラコ、そして……。

 

「ダリア、ドラコ! よかった! 上手くたどり着けたんだね! 良かった! ()()()()()()()()()()心配したんだよ!」

 

「……心配をかけたみたいですね。大丈夫ですよ、ダフネ。少しだけ……思うところがあって……。あぁ、グレンジャーさんもいるのですね。……良かった」

 

綺麗だけどどこか冷たく……でも聞く者にとっては温かく聞こえる、彼女の声が響いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルシウス視点

 

「では、ダリア、ドラコ。お前たちはすぐに森の方へ。シシー。お前はすぐに帰りなさい」

 

「……はい、お父様。お父様もお気をつけて。お兄様もお早く」

 

「……あなた。やはりドラコ達も家に帰すわけには?」

 

「……私もそうしたいところだが、これは子供達に……特にダリアに疑いを向かせないための措置なのだ。ダリアは何かとダンブルドアなどに疑われている。それを回避するためには、ダリアが誰かに目撃されている必要があるのだ。我が家に帰ればそれも望めない。分かってくれ……」

 

試合終わりのテントの中、私は最後の最後までごねるシシーを説得する。

私とて、正直僅かでも子供達に危険があるやもしれない状況は好ましくはなかった。だが、ここでリスクを下げる努力をしてしまえば、それこそ一昨年の二の舞になってしまう。ダンブルドアの様な人間にダリアもこの場にいたのではと疑われてしまい、ダリアが余計に苦しい環境になってしまうだろう。

それに……ここで逃げたとしても、『闇の帝王』が生きていた以上、ダリアはいずれ()()()()()を進まねばならなくなるのだ。私と同じマグルや『穢れた血』を殺す、『死喰い人』としての道を……。

ならばせめて数年間は疑われない道を取るとしても、ここで我々の仕事を見せておくのも悪いことではない。思えば私は闇の魔術を教えても、実際に何かを殺す場面をダリアに見せたことはほとんどない。人間に至っては皆無と言っていいだろう。この際だ。ダリアのためにも、『死喰い人』として何を為さねばならないかを見せなければならぬ。

 

……そう、私は思っていた。思っていたのだ。

それなのに何故……私はこんなにも違和感を感じているのだろうか。

 

最初に違和感を感じたのは、

 

「わはは! 見ろ、ルシウス! あの女! 下着を見せまいと必死だな! 魔法も使えないなど、マグルはやはり下等だ! そうは思わないか!」

 

「あぁ……そうだな」

 

『死喰い人』特有の髑髏の仮面を被ったマクネアが、杖から宙に伸びた見えない糸でマグル女のネグリジェを捲っている光景を見た瞬間だった。

ダリア達と別れた後、私は同じく闇の帝王生存に少なからず()()()を感じていた連中と合流した。そしてあらかじめ捕まえておいたこのキャンプ場近辺に住むマグル一家を宙に浮かべ、我々はいよいよ自身が『死喰い人』である……まだ我々は『死喰い人』として矜持を失ってはいない、そう世間に思い知らせてやろうとしたのだ。

宙づりにしているマグルは三匹。一匹はまだ年端も行かぬ子供で、途中で意識を失ったのか力なく首をグラグラさせている。母親と思しき女は頻繁にひっくり返され、何度も何度も捲れたネグリジェからズロースをむき出しにしていた。

闇の帝王が健在だった時代であれば、何度も見たもはや日常的とすら言える光景。

 

それなのに……私は何故か、この光景にとてつもない違和感を感じていた。

私はダリアのためにも、この久しぶりな『死喰い人』としての生き方を示さねばならない。闇の帝王が生きていた以上、私は多少のリスクを負ってでも、自身が『死喰い人』であり続けていると暗に主張せねばならない。全ては家族の……ダリアのための行動。そのために私はこの魔法使いとしてごく当たり前の行動を……正義を行わなければならないのだ。それなのに、何故私は……。

 

周りから下卑た笑い声が響く。最初は闇の帝王を恐れての行動であったと言うのに、久しぶりに嗅いだ血の匂いに興奮しているのだろう。仮面の上からでも、皆が興奮したように笑い声を上げているのが見えるようだ。そしてそれは何も『死喰い人』だけに限ったことではない。闇の帝王が一度力を失おうとも、あのお方の示された道が否定されたわけではない。未だにマグルを排除せねばならない害虫と考え、純血こそが偉大であるという自然の摂理を理解している者は多い。今もこうして、

 

「はは! いいぞ! もっと足掻け!」

 

「マグルにはお似合いだな! 魔法を使えないなんて、本当に下等な奴らだ!」

 

自ら我々の輪に加わり、仮面をつけていないにも関わらずマグルに罵声を浴びせている魔法使いは大勢いる。純血主義とは何も我々闇の勢力だけの考え方ではないのだ。多かれ少なかれ、魔法界の人間は誰しもその考え方を持っている。ウィーズリー家のような『血を裏切る者』はいざ知らず、誰もがマグルのことを劣った存在……魔法界から排除すべき存在だと思っている。ただ我々『死喰い人』は、その考えを強く主張しているだけに過ぎない。そう、私は何も間違ってなどいない。これは魔法使いであるのならば誰しもが行わなければならない聖戦なのだ。そのように我がマルフォイ家の人間は……それこそホグワーツが造られる以前から教わり、そして次世代にも教え込んできた。

 

だがそんな当たり前の光景が、

 

「よし、今度はパンツも脱がせてやる! おい、このマグル女の下着の中身が見たい奴はいるか!?」

 

「おぉ、やってやれ、やってやれ! どこまでマグルが抵抗できるか見ものだぞ!」

 

今の私には、とてつもなく醜悪なものに見えてしまっていた。

あれだけ当たり前だった光景が、今の私にはとても受け入れがたい物になっている。昔の様に、このマグル達を人間扱いしないということに没頭出来ない。

こんな状況でも思い浮かぶのは……

 

『……お父様は、人を殺すのは楽しい……いえ、何でもありません。お父様、ご無事を祈ります』

 

去り際に見せた、ダリアのどこか物悲しい無表情だけだった。

テントがあちこちで燃え盛り、周りから興奮したような笑い声や叫び声が聞こえる中、私は一人静かな思考で考え続ける。

 

これしか道はない。これ以外の道など、私は知りはしない。これこそが私の取れる最良の選択肢であり、唯一の生存と幸福への道なのだ。それなのに何故……。

答えはない。()()()答えを与えてくれる者もいない。たとえ私の静かな問いに答えてくれたとしても、

 

「おら! もっと足掻け! もっと俺たちを楽しませろよ! それくらいしかお前らマグルには出来ないんだからな!」

 

私同様、これしか道を知らない者達でしかなかった。

 

 

 

 

結局この日、同じ『死喰い人』を集めはしたものの、私が一度たりともマグルに()()()使()()()()()()()()()。そのことに気が付いたのは……()()()が夜空に上がり、家に逃げるように姿現しした後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリー視点

 

こんな状況の時に、嫌な奴らに出くわしたと思った。

目の前にはロンにいつものように小馬鹿にしたような言葉を投げつけるドラコ。そしてグリーングラスと戯れながら、ハーマイオニーにこれまたいつもの冷たい視線を投げつけるダリア・マルフォイ。

ただでさえ目まぐるしく変わる状況に興奮しているというのに、こんな嫌な奴等から嫌な言葉をかけられればロンでなくとも腹が立つだろう。

案の定突然のマルフォイ兄妹の登場にいきり立つ僕らを代表して、ロンがドラコに殴り掛からんばかりの勢いで返事をする。

 

「ドラコ! それにダリア・マルフォイ! お前らがなんでこんな所にいるんだ! それに、今お前はハーマイオニーになんて言った!? ハーマイオニーは魔女だ! なんでハーマイオニーが一番に狙われるんだよ!?」

 

しかしそんなロンの怒りの声も、ドラコみたいな嫌な奴には届きはしない。ドラコはロンの言葉を受けても、心底馬鹿にしたような声音を崩さず続けた。

 

「お前がそう思いたいなら、勝手にそう思っているといいさ。だが連中が穢れた……マグル生まれを見つけられないとでも思うか? そう思うのなら、ここでじっとしていればいい。そうすればあそこでぶら下がっている人間がまた一人増えることになるだろうさ。空中で下着を見せびらかしたいならご随意に」

 

「この野郎! ハーマイオニーになんてことを!」

 

ドラコの心のない返事に、遂にロンの堪忍袋の緒が切れて飛び掛かろうとする。正直僕だって今がこんな状況でなければロンと同じ行動をとったことだろう。ダリア・マルフォイがこちらに杖を構えようと知ったことか。しかしこの状況を止めたのはそのダリア・マルフォイではなく、

 

「気にしないで、ロン! ドラコはただ……ダリアが言いたくても言えないことを言ってくれているだけだから。……私を心配してくれているだけだから」

 

当の罵倒を浴びせかけられたハーマイオニー自身だった。彼女は怒ることもなく、ただ真剣な瞳を浮かべながらドラコを見つめている。ドラコはそんな彼女が怒らなかったことが気にくわないのか、少しだけ苛立ったように舌打ちをした後、まるで吐き捨てるように続ける。

 

「……ふん。僕がお前みたいな奴のことなんて心配するもんか。寝言は寝て言うんだな。お前は大人しくもっと森の奥に逃げていればいいんだ。臆病者らしくな。そう言えばウィーズリー、お前のパパはどうしたんだ? お前らに隠れるように言った後、あの集団に向かっていきでもしたか? 本当に余計なことをするな、お前の愚かな父親は。自分の子供も守らずに……あのマグル達でも助けるつもりかい? いったい何を考えているやら」

 

今度こそ僕の堪忍袋の緒が切れた瞬間だった。僕等を逃がすために今戦っているウィーズリーおじさんが、こんな奴らに馬鹿にされたのだ。我慢なんて出来るはずもない。僕は沸き上がる怒りのままドラコに返した。

 

「そっちこそ、君達の両親はどこにいるんだ!? もしかしなくても、あそこの集団に交じっているんじゃないのか! あんな仮面をつけて……恥を知れ、マルフォイ!」

 

しかしやはりドラコに僕の怒りは通じはしない。ドラコは一瞬相変わらず無表情なダリア・マルフォイを見やってから、より一層平坦な声音で応えた。

 

「さぁ……どうかな。たとえそうだとしても、僕がお前なんかに教えるわけがないだろう、ポッター」

 

ドラコの態度に一触即発の空気が辺りに漂う。しかしそれも再度、

 

「いいから、ハリー! 行きましょう! こんな所で喧嘩している場合ではないわ! はやく行かなくちゃ……。ここにはジニーもいるの……あら? いないわね」

 

ハーマイオニーに遮られたのだった。しかも今回はとんでもない話付きで。ハーマイオニーの漏らした呟きに慌てて辺りを見回すと、確かにジニーどころかフレッドとジョージの姿まで見えなかった。思い返せば彼らがマルフォイ兄妹との喧嘩に参加してはいなかった。おそらく僕らがドラコ達の方に振り返っている間に、そうとは気づかず先に進んでしまったのだろう。

僕とロンはここに至って、ようやくここで時間を無駄にしてしまっていることを実感した。

慌てる僕らを他所に、ハーマイオニーがマルフォイ達に声をかける。

 

「まったくもう……ほら、行くわよ、ハリー、ロン。それにダフネにダリア……それとドラコも。貴女達も行きましょう」

 

お人好しにも程があると思った。あんなに馬鹿にされたにも関わらず、どうしてこんな奴らにも逃げるように言うのだろうか。それにどうせこいつ等の親はあの集団に交じっているのだ。こいつらが危険な状況になることなんてありはしない。寧ろ一緒に逃げるとしたら、

 

「……では、お言葉に甘えます。お兄様、ダフネ。さぁ、行きましょう」

 

「いいのか、ダリア? 正直お前からしたらこいつらはただの足手まといだぞ?」

 

「いいのですよ。寧ろ彼女といる方が、()()()()()()()()()()役に立つはずですから……」

 

キャンプ場で暴れている集団どころか、自分たちの背後を心配しなければならなくなる。こいつらが大人しく僕等についてくるなんてことはあり得ない。

しかしハーマイオニーはそうは思わなかったらしく、ダリア・マルフォイの言葉に何が嬉しいのか笑顔になりながら応えた。

 

「そう! よかったわ! それでは行くわよ!」

 

僕はそんなハーマイオニーに渋々付き従いながら、後ろを走るスリザリン三人組に聞こえないように話しかける。

 

「ハーマイオニー! いいの!? あいつらの親はあの中に、」

 

「いるでしょうね。少なくともルシウス・マルフォイは。だからこそ彼女は……。でも、大丈夫よ。彼女の家はともかく、彼女自身は本当にいい子だから」

 

返ってきたのはいつもの戯言。しかしそれを今議論している暇がないのも確かだ。何か不審な行動をとるようであれば、ハーマイオニーのためにも僕とロンがこいつらを叩きだそう。

そう決意する僕らの背後で再び轟音が鳴り響く。振り返れば、木々の間から相変わらず非人道的な光景が垣間見える。あんなことをしている奴らの子供が真面なはずがない。

僕は揶揄も込めて、ウィーズリーおじさんも言っていた言葉を繰り返した。

 

「……あいつらは獣だ。あいつらは皆狂ってる!」

 

僕はそう言って、後ろへの警戒を怠らないようにしながら走り続けた。

 

 

 

 

だから僕の言葉に対するダリア・マルフォイの、

 

「……()()()人間ですよ。彼らはそれしか生きる術を知らないだけ。まだ戻れる……。()()()()()……」

 

そんな意味不明な答えが、何故かどうしようもなく耳に残ったのだった。




長かったのでここまで。次回闇の印

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