ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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闇の印(後編)

 

 ダリア視点

 

何だか面倒な事態になった。

そう思っている私の視線を受けながらも、目の前のクラウチなる人物は捲し立てるように続けた。

 

「なんだその反抗的な目は!? お前達は犯罪の現場にいた! しかもルシウス・マルフォイの子供達がだ! お前達が犯人に決まっている! 言い逃れは出来んぞ!」

 

未だに私の『盾の呪文』が発動中であるため意味がないだろうに、それでも健気に私に杖を向けるクラウチ氏の表情はどこか狂気じみていた。余程私が現行犯でないと気が済まないらしい。

そしてその必死な表情を眺めているうちに、私はようやくこのクラウチ氏が何者であるかに思い至った。今の魔法界で、クラウチという家名を背負っているのは一人しかいない。

バーテミウス・クラウチ。成程。彼は『死喰い人』と戦うことで権力を手に入れ、そして身内にその『死喰い人』がいたことで何よりも欲しかった権力を失った。『死喰い人』であった身内がアズカバンで()()()()一度失った権力は戻らない。再び上にのし上がるために、今回のことを足掛かりにしたいとでも思っているのだろう。ご苦労なことだ。

しかし彼の事情に思い至った所で、私には何の関係もない話だ。マルフォイ家に盾突くゴミが何を考えていようとどうでもいい。

と言っても、私はこの事態を少しでも打開するため声を上げようとするが、

 

「……クラウチさん。私達は今回のことに何の関係もありません。そもそも『闇の印』を、」

 

「白々しい! この期に及んで言い逃れか!? さぁ、すぐに呪文を解くのだ! さもなければ力づくで連れていくぞ! 我々は強力な魔法使いだ! 逃れることは出来んぞ!」

 

一切取り合われることはなく、事態打開には何の役にも立ちそうになかった。それは同じマルフォイ家であるお兄様、

 

「おい! ダリアを疑っているのか!? ダリアは何もしていない!」

 

「そうです! それに『闇の印』が上がったのもここではなくて、」

 

「黙れ! お前達も共犯であることは分かっている! お前達も大人しくしていろ!」

 

そしてダフネも同様であるようだった。しかも今まであまりにもクラウチ氏の態度が強硬であったため気が付かなかったが、周りの連中も同様に私達のことを疑っている様子だ。クラウチ氏と『姿現し』してきた連中も、グレンジャーさん達三人が()()()()()()私達に敵意の籠った視線を送っている。彼女達が私の人質だとでも思っているのだろうか。目を向ければアーサー・ウィーズリーですら、私を子供達を人質にしていた凶悪犯であるかのような目をしている。もし本当にそうなのであれば、そもそも私からすんなり彼女達を救い出せたのはどういう理屈なのだろうか。

一体どうすればこの事態を打開できるか……。この場で彼らを無力化することは至極簡単であるが、そんなことをすれば事態は後で悪化するのは目に見えている。ダフネも連れていくことは許せないが、ここは大人しくついて行きお父様の助けを待つか、もしくは、

 

「違います! マルフォ……ダ、ダリア達は何もしていません! ずっと私達と一緒にいて、『闇の印』を打ち上げる時間なんてありませんでした! 私達も同じです! そもそも呪文すら知りません! あれを出したのは……あの木立の向こうに誰かいました。何か叫び声がして……たぶん呪文だと思います。そうしたらあそこから印が……。そ、そうでしょう、ロン、ハリー!」

 

「あ、あぁ……」

 

「そ、そうです。あそこに誰かいたんだと思います」

 

この中でクラウチ氏()()には疑われていない、グレンジャーさん達が証言するしかない。

グレンジャーさんの大声に全員の意識がそちらに向く。見れば必死な形相で私の無罪を訴えるグレンジャーさん。そしていつもは私に敵意を向けている二人も、今回ばかりは私が犯人でないことをその目で確認しているため、素直にグレンジャーさんの言葉に頷いている。

その様子に流石に彼女らも共犯だとは思わなかったのか、

 

「……ハーマイオニー。それにロン、ハリー。本当にそうなのかい? 脅されている……ということはないね? もしそうなら、」

 

「ウィーズリーさん! なんてことを言うの!? 私は脅されたりなんかしていません! ダフネとダリアは私の友達です! 二人は何もしていません! さっきも言った通り、向こうから『闇の印』が上がったんです!」

 

「……そうか。ハーマイオニーがそこまで言うのなら、本当にそうなんだろうね。()()()彼女達も無関係か……」

 

クラウチ氏を除く全員の視線から、()()()警戒の色が消えていった。クラウチ氏だけは、

 

「ふん……。誰が信じるものか。どうせ貴様らも共犯に決まっている」

 

やはり強硬にグレンジャーさんを含む全員の犯人説を唱えているが、別に大勢に影響が出るわけではない。役人の何人かが私に意識を向けながらも、杖をグレンジャーさんの指示した方に構え始めている。

そして更にそのうちの何人かが木立の向こうに消え、

 

「おい! 誰かがここに倒れているぞ! そうか! 先程の『失神呪文』が当たったんだな! ということはこいつが犯人か! ならば……な!? なぜこやつが!?」

 

疑念に満ちた声音がこちらにも届いたのだった。

向こうに行っていた役人が何かを腕に抱えた状態で戻ってくる。その腕の中には……

 

「……しもべ妖精?」

 

私の大切な家族であるドビーと同じ、魔法使いの家に代々仕える魔法生物『屋敷しもべ妖精』が、杖を手に持った状態で気絶したように眠っていた。

それは紛れもなく、クィディッチ・ワールドカップにおいて私の前に座っていた『しもべ妖精』に間違いなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハーマイオニー視点

 

「……ウィンキー?」

 

私は『屋敷しもべ妖精』という生き物を実際に見たことは一度しかない。その一度もドビーを除けば、今目の前で気を失い、魔法省の役人の腕の中で眠るウィンキーでしかないのだけど……別にしもべ妖精という存在自体を知らなかったというわけではない。

『屋敷しもべ妖精』。特定の魔法使いに仕え、その魔法使い家族の家事や雑用などを行う存在。『魔法生物学』の教科書にだって載っている生き物なのだ。その存在を、私は魔法界に入った段階から知っていた。でも、私が知っていたのはその存在だけ。彼らの実態については、

 

『エネルベート、活きよ!』

 

「……う、うん? こ、ここは?」

 

私はおそらく何一つ知らなかったのだろう。……私が『吸血鬼』について、何も知らなかったのと同じように。

ウィンキーは呪文により目が覚めたのか、その大きな茶色の瞳を開き、辺りを眠気眼で見回す。そして周りの魔法使い達が自分を見つめているのを見て、更に上に目を向けたところで、

 

「ひっ!」

 

空に浮かぶ『闇の印』を見つけ、小さな悲鳴を上げるのだった。

悲鳴を上げた後、狂ったように辺りを見回し、最後には身を抱え込むようにして啜り泣き始める。誰がどう見ても、彼女がこの状況に怯えているのは明らかだった。

でもそんなことをお構いなしに、彼女を抱えていた役人は彼女を放り出し、まるで犯罪者でも扱うような声音で詰問し始めたのだ。

 

「おい、しもべ! 状況は見ての通りだ! 今この空には『闇の印』が打ち上げられている! そしてその真下にいたのがお前だ! 何か申し開きがあるか!?」

 

「あ、あたしは何もなさっていませんです! や、やり方すら知りませんです! あたしは無関係にございますです!」

 

「嘘を吐くな! お前は見つかった時、杖すら持っていたのだぞ! これは明らかに『杖の使用規則』違反だ! 人にあらざる生物は、杖を携帯しても、ましてやそれを使ってもならない! これはお前の様な生き物が持っていていいものではないのだ!」

 

まるで彼女を物か何か……それこそ同じ生き物ととは認めていないような態度。

私はその態度に、ウィンキーと初めて会った時のことを思い出していた。

 

 

 

 

クィディッチ・ワールドカップ試合観戦中。彼女は私のすぐ後ろで()()で座っていた。しかもどこか怯えているのか、全身をブルブルと震わせた状態で……。私は気の毒に思い、彼女に話しかけたのだ。

 

『ねぇ、貴女大丈夫? 酷く震えているけど?』

 

それに対しての彼女の応えは、

 

『だ、大丈夫でございます! あたしめはただ高い所が苦手なだけでございますです! ですがここにいろというのがご主人様の御命令です! あ、あたしはここにいらっしゃらねばならないのです!」

 

予想の斜め上のものだった。何故高所恐怖症である彼女が、ご主人様の命令というだけで怖い思いをしなければならないのだろうか。

私が彼女の答えに驚いている間に、今度は隣に座っていたハリーが彼女に話しかけた。

 

『ねぇ、君は屋敷しもべ妖精だよね? 僕、ド……ひ、一人だけ君と同じしもべ妖精を知ってるんだ』

 

おそらく彼なりに彼女の気を紛らわしてあげようと、適当な世間話を振っただけだったのだろう。そしてその意図は成功したらしく、彼女は自分が高い所にいることも忘れた様子で話に乗ってきた。

しかし、

 

『そうでございます。あ、これは申し遅れましたでございます。あたしはウィンキーといいますです。貴方様はあたし達しもべ妖精のお知り合いをお持ちなのですね。なんというお名前のしもべでしょうか?』

 

『い、いや、それは……』

 

ハリーがドビーの名前を言えなかったことによって、

 

『……な、何かご事情があるのでございますですね。し、失礼したでございますです……』

 

再びウィンキーは現実に戻ったのか、体を震わせ始めたのだった。ハリーとしてはダリアの前でドビーの名前を出したくなかったのだろう。この時のダリアは何故かウィンキーの隣の()()をジッと見つめていたため、私達の会話に気が付かなかった様子だけど……もしドビーの名前が出ればこちらに意識が向いていたのは間違いない。そうなれば彼女があのドビーとの別れの瞬間を思い起こすのは、私にだって容易に想像できた。ハリーのように彼女が怒り始めるとは思わないけれど、彼女が悲しい気持ちを思い出すのは間違いない。だから私だってハリーの対応を批難するつもりは少しもなかった。

でも……それでも……。

 

『……いつになったら、彼女のご主人様とやらは来るのかしらね?』

 

この状況自体に、私が少しでも納得できることはなかった。

私達との会話が途切れたウィンキーはいよいよ高い所が怖くなったのか、手で目を完全に覆い始めている。そんな彼女を放置したまま、一向に現れようともしないご主人様。あまりに酷い主従関係に怒りすら湧いた。

 

 

 

 

そしてそれは、

 

「そ、そんな杖も、あたしはご存知ないのでございます! あたしは杖を盗んでなど、」

 

「ではどうして『屋敷しもべ』である貴様がこれを持っているのだ! 言え! 誰からこの杖を盗んだのだ!?」

 

今目の前でも繰り広げられていることであった。 

……何だか目の前の光景に酷く吐き気を感じ始める。何だか全てが矛盾していて、とてつもなく醜いものにさえ思えてくる。

しもべ妖精を劣った生き物として考え、何をしても、どんな傷つく言葉を投げかけても大丈夫だと思っている役人達。そして……ダリアを先程まであれだけ疑っておきながら、そんなことを忘れてしまったかのように……彼女が疑われるのは()()()()()()と言わんばかりに話を進める人間達が。

今目の前にいる人達が、何故かどうしようもなく今キャンプ場で騒いでいる人達と同じに見えていた。

私が心の内静かな怒りを湛えている間にも、事態はダリア達スリザリン組を置き去りにして進んでいく。

 

「あれ? その杖、僕のだ!」

 

「な!? なんだと、それは自白のつもりなのか!? 君がアーサーの息子の友人だからと見逃していたが、君はこれで『闇の印』を作った後投げ捨て、」

 

「おい、何を言っているんだ! この子は()()ハリー・ポッターなんだぞ! ハリーがそんなことをすると、君は本気で思っているのか!?」

 

「ハ、ハリー・ポッター! そ、そうか、君があの……。いや、すまない……。君がハリー・ポッターだとは知らなかったのだ」

 

どうやらウィンキーの持っていた杖は落としたはずのハリーの杖だったようで、一瞬ハリーが犯人として疑われかけるが、ウィーズリーさんの言葉に即座に役人の一人がハリーに謝罪する。同じく疑われたダリアにはまだ謝罪の言葉すらないというのに……。

そして、

 

「……いや、ハリー・ポッターもそうだが、そのしもべを疑うのも間違っている。そのしもべは……私のしもべ妖精なのだからな」

 

そこに更にとんでもない発言が投下されることで、事態はより一層混迷を極めていくのだった。

この場にいる全員の目が言葉を発した人間の方に向く。そこにいたのは……ウィンキーの登場から何故か黙り込んでいた、クラウチという役人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダフネ視点

 

正直、事態に正しくついていけているとは言い難かった。

ダリアに突然かけられた嫌疑。それはルシウスさんがあの『死喰い人』の集団に交じっていると疑われ……るどころか本当に交じっている以上、ダリアがここで何かしていたと疑われるのは仕方がないことなのかもしれない。しかも多少位置がずれていたとはいえ、私達はほぼ『闇の印』の真下にいた。『闇の印』とは、闇の勢力が誰か人を殺した後に打ち上げる忌まわしき印。役人が()()を疑うのは当然だ。

でも理解出来ると言っても、納得できるかといえば話は違う。

だから私は即座に声を上げた。ダリアの親友である私が、ダリアに謂れのない疑いをかけられて怒らないはずがない。

しかしそんな私の怒りを他所に、事態は凄まじい速度で進んでいくこととなる。

まずはダリアの無罪を主張したハーマイオニー達。そんな彼女達を、いとも容易く信じた馬鹿な大人達。更には『闇の印』の本当の真下にいた『しもべ屋敷』の持っていた杖が、私達と一緒にいたポッターだったというのに、あの『ハリー・ポッター』だという理由だけであっさり彼を信じる軽薄さ。そして……

 

「……いや、ハリー・ポッターもそうだが、そのしもべを疑うのも間違っている。そのしもべは……私のしもべ妖精なのだからな」

 

突然そんなことを言いだしたクラウチ氏によって、私の思考は完全に置いてけぼりになってしまったのだった。

こいつは何を言っているんだ?

そんな私の戸惑いを他所に、先程まであれ程威勢よくダリアに噛みついていたクラウチ氏は静かに語り始める。それは、

 

「私はそのしもべに試合の観戦後、テントから決して出るなと言い渡しておいたのだが……どうやらその命令をこのしもべは無視したらしい」

 

「な!? 貴方がウィンキーの主人だったのね! それになんてことを言うのよ! ウィンキーは高所恐怖症だったのよ! その上そんな命令まで! やっぱり貴方は酷い主人よ! 『屋敷しもべ妖精』を何だと思っているの!? 今キャンプ場では『死喰い人』達が暴れているのよ!? それを命令を無視したなんて……よくもそんなことが言えるわ! 貴方はウィンキーが踏みつぶされてもいいと言うの!?」

 

ハーマイオニーの怒りに満ちた言葉に遮られようとも続いた。クラウチ氏は怒れるハーマイオニーに一瞥もくれることなく、ただ淡々と……でもどこか()()()様子で続けた。

 

「だとしても、私の命令は絶対だ。私の命令を聞けないようであれば、それはもはやしもべ妖精などではない。だが……そんな愚かなしもべ妖精ではあるが、これだけは絶対だ。私のしもべ妖精が、あの『闇の印』を創り出せるはずがない。それとも何かね? この『闇の勢力』と戦い続けてきたバーテミウス・クラウチが、日常的に『闇の印』を出す練習をさせていたと……君達はそう言いたいのか?」

 

「そ、そんなことはないが……だが、クラウチさ、」

 

「そうだろうとも。おそらく『闇の印』を作り出した()()かは、あれを打ち上げたすぐに『姿くらまし』をしたのだろう。あとで足が付かぬよう、あらかじめ盗んでいたハリー・ポッターの杖を使った後でな……。私のしもべはその直後に、偶々杖を拾った……。そういうことなのだろうな」

 

……ウィンキーというしもべ妖精が登場するまで、あれ程必死に私達の有罪を訴えていた人物とは思えない。この場にいる全員がそう思っているのか、クラウチ氏のどこか只ならぬ様子に気圧されてすらいる。そんな中、彼はやはりどこか急いだ様子で言葉を紡ぎ続けていた。

 

「さて……このことで皆納得してくれたようだな。ではこのしもべのことは、私の家の問題ということでよいな? ウィンキー。お前は今夜、私が到底あり得ないと思っていた行動を取った。これは洋服を与えるに値する」

 

「な! ご、ご主人様! それだけは、」

 

「黙るのだ! もうお前の顔など二度と見たくない! ()()()どこかに行ってしまえ!」

 

そしてウインキーに、クラウチ氏は今しがたつけていた片方の手袋を投げ渡す。それは紛れもなく、しもべ妖精を家から解雇する時に行う行動だった。

辺りに奇妙な沈黙が舞い降りる。誰一人として急変する事態についていけていないのか、最大にして唯一の犯人に繋がる証人が泣き叫ぶのを見ていることしか出来なかった。

そうただ一人、

 

「いえ、お待ちください。ウィンキー……と言いましたか? 貴女にはまだ聞かねばならないことがあります。今すぐここを離れるのは待ってください」

 

こんな中でも冷静な思考力を持てるであろうダリアを除いて。

 

「……マルフォイの小娘。確かダリア・マルフォイと言ったか? お前がルシウス・マルフォイの娘であることは分かっている。お前の噂は私の元にも届いている。お前のような人間が私のしもべに指図など、」

 

「これは可笑しなことを言いますね? 貴方のしもべ? たった今、貴方自身がこの子を捨てたばかりではありませんか。もうこの子は貴方のしもべではないのでしょう? 何故貴方の命令を聞く必要があるのですか? 虫けらは黙っていなさい」

 

ダリアはクラウチ氏の抗議を無視し、そっとウィンキーに尋ねる。

 

「ウィンキー、教えてください。ワールドカップ試合の時……貴女の隣にいた()()()()()は、貴女の知り合いですか? それと……もしかして、その人物が『闇の印』を打ち上げたのですか?」

 

瞬間ウィンキーの……そして何故か、今まで冷静だったクラウチ氏の目が驚愕に彩られることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダリア視点

 

ウィンキーという『屋敷しもべ妖精』が現れてからというもの、事態は混迷を極めており、誰一人として事態の変化についていけていない様子だった。かくいう私もその例外ではない。

だが、だからと言って私は見逃しはしなかった。

 

『ま、まさか……あり得ない』

 

ウィンキーが現れた瞬間、今まで必死な形相で私達を責めていたクラウチ氏が明らかに狼狽していたのを。そして私だけがジッと見つめているのにも気付かず、ブツブツと何かを呟きながら木立の向こうを見つめたかと思うと、意を決したように、

 

『そのしもべは……私のしもべ妖精なのだからな』

 

そんなことを言いだしたのを。彼がウィンキーの存在に何かを察し、そして重大な何かを隠そうとしているのは火を見るより明らかだった。

そしてその隠し事とは、

 

「ワールドカップ試合の時……貴女の隣にいた()()()()()は、貴女の知り合いですか? それと……もしかして、その人物が『闇の印』を打ち上げたのですか?」

 

私の予想が正しければ、おそらくウィンキーの隣に座っていた透明人間のことだろう。

しかもその推察を、

 

「な、何を言っておるのだ! と、透明な人物? そ、そんな人間が私のしもべの隣に座っていた!? で、出鱈目だ! あの席は空席だったのだ、」

 

「クラウチ氏。何故先程の試合に現れもしなかった貴方が、ウィンキーの横が空席だったのだと分かるのですか?」

 

「そ、それは……」

 

クラウチ氏本人の反応が決定的に裏付けているのだから間違いない。

考えれば簡単なことだ。ウィンキーがクラウチ氏のしもべ妖精だとすれば、いくつか説明のつかない矛盾点が浮かび上がってくる。

そもそも、何故クラウチ氏はウィンキーを試合席に送ったのだろうか。グレンジャーさんの言葉が正しければ、彼女は高所恐怖症だ。よしんばそうでなかったとしても、別にウィンキーを態々観客席に送る必要性などない。指定席である以上、別にしもべ妖精に席取りさせる必要性すらないのだ。

そしてこのまるで最初からウィンキーの隣が()()()()は空席であることを予め知っていたような態度。彼がウィンキーの隣に座るつもりであったのなら、彼がここまでウィンキーを奴隷同然に扱うのはおかしい。ならば彼は本来ウィンキーの席に座るはず。だがそれが可笑しい以上、彼は本来本当は一人分の席しか取っているはずはなく、隣が空席であるかなど分かるはずがないのだ。

座らせる必要のない『屋敷しもべ妖精』に、いるはずのない透明人間。クラウチ氏のまるで何かを隠すような態度。

これらを考えるなら、彼がウィンキーを観客席にいた理由は一つだ。

彼は元から透明人間のことを知っていた。彼は透明人間を席に座らせ、そのお世話、もしくは監視のためにウィンキーを観客席に行かせたのだ。

そして私の予想が間違っていなければ……

 

「ウィンキー……貴女はもうクラウチ氏のしもべ妖精などではない。この男は、あろうことか()()である貴女を捨てたのです。だから教えてください。あの『闇の印』を打ち上げた人物は……試合で貴女の隣に座っていたのではありませんか? そうであるのなら、ポッターの杖が()()()()理由も分かる。彼の真後ろに、当の人物は座っていたのですから」

 

ポッターの杖を使った人物。つまり『闇の印』を打ち上げた人物も、その透明人間であるのだ。

私は少しでも()の情報を掴むために、ウィンキーに真実を尋ねる。

しかし彼女……そしてクラウチ氏から帰ってきた答えは、

 

「な、何を仰っているのでございます? あたしは誰も()()になっておりませんです……。い、言い掛かりは止してほしいのでございますです!」

 

「な、何を言うかと思えば……とんだ出鱈目だ。お前の論理は矛盾だらけだ! そもそもルシウス・マルフォイの娘が言うことなど、何の信憑性もあるものではない! さては言葉巧みに私達を惑わし、自分の父親から捜査の目を逸らす気だな! ルシウス・マルフォイの娘が考えそうなことだな!」

 

私の言葉を完全否定するものでしかなかった。クラウチ氏はともかく、ウィンキーはこの期に及んでも尚彼に忠誠心を持っているのだろう。

()()()()()()()()()。そのような嘘ではない言葉を言うことで……。

クラウチ氏が今しがた、彼のために行動していたウィンキーを捨てたというのに。家族であるはずのウィンキーを切り捨てたというのに。そう、ドビーを切り捨てた私の様に……。

それなのにこの『屋敷しもべ妖精』は……私の大切な家族であるドビーと同じく……。

先日見た悪夢の件もあり、闇の帝王に関わる不穏な事態について私はなるべく多くの情報を欲しいと思っていた。あれが現実であれ夢であれ、お父様の腕に『闇の印』が浮かび上がった以上、闇の帝王の復活の可能性は否定しきれない。今回空に打ち上がった『闇の印』も復活とは無関係なものであると断言できない。だからこそこうしてウィンキーに柄にもなく追及の言葉をかけたわけだが……一瞬思考に紛れ込んだノイズのせいで、私の追及は一時的に止まってしまった。

そしてその一瞬の隙を、クラウチ氏が見逃すはずはなかった。

 

「も、もうよい! お前のこれ以上の戯言に付き合うのはごめんだ! ウ、ウィンキーも、何をボさっとしているのだ! 私はもうお前の顔などもう二度と見たくないのだ! 早くどこかに行け! 今すぐに!」

 

「わ、分かりましたです……()()()()

 

私が黙り込んだ隙に、クラウチ氏が大声でウィンキーに再度命令する。その命令を受け、もはや彼のしもべ妖精でなくなったとしても……それでも彼に未だに忠誠心を持っているウィンキーは、涙を両目いっぱいに溜め込みながらも『姿現し』でどこかに消え去ったのだった。

最大で唯一の証拠であるウィンキーがいなくなることで、私はこれ以上『透明人間』のことを追求することが出来なくなる。そして周りの連中については、試合中ウィンキーに隣に座っていた『透明人間』をあの時感じ取っていたわけもなく、私の話をただ訝し気に聞いているだけの様子だった。クラウチ氏は腐っても魔法省の中のそこそこの実力者。そんな彼がウィンキーに対して行った私的な処罰を、

 

「……その娘が何を言っていたのかは分からないが、クラウチさん。あのしもべは今回の重要な証人だ。も、勿論貴方を疑っているわけではないが、このように勝手に処罰をされると、」

 

「何か問題があるのかな? ……先程も言ったが、あれは今回の『闇の印』とは無関係だ。……それとも、やはり君は私を、」

 

「も、勿論違いますとも!」

 

咎めきれるはずもなく、今回のことは最後には完全に有耶無耶にされてしまったのだった。役人の幾人かに至っては、今回のことはやはり私の偽装工作で、私が話したことはただクラウチ氏に疑いの目を向かせるためだけの狂言だったのではと考えている目をしている。

もはや万事休すだ。これ以上透明人間について追及しても私が得るものは何もない。私は小さく舌打ちをすると、隣で茫然と成り行きを見ていたダフネとお兄様に声をかける。

 

「お兄様、ダフネ。行きましょう。もうここにいる必要は無さそうです」

 

悔しいことではあるが、ここでこれ以上駄々をこねても仕方がない。それに『闇の印』が打ち上がってからというもの、キャンプ場からの騒音が()()()聞こえてきていない。ならばお父様主催のパーティーは終了したのだろう。闇の帝王が失踪した際は魔法省からすら逃げおおせた上、

 

「ま、待ちたまえ。君達にはまだ、」

 

「いいえ、もう話は終わりです。私達はそろそろ戻らせていただきます。それとも……私達を捕まえる、何か決定的な証拠でもお持ちなのですか?」

 

「……」

 

ここにいる役人達が私達を強制的に連行しようとしていないことから、お父様がむざむざ捕まったとは考えにくいがそれも絶対というわけではない。あの『闇の印』が実はお父様が企画した物である可能性とて完全に否定することは出来ない。グレンジャーさんの安全が確保された以上、私がすべきことはまずお父様達との合流だ。

そう意識を切り替えた私は、お兄様とダフネを引き連れキャンプ場の方へ引き返し始める。

その後ろ姿を心配そうに見つめるグレンジャーさん、未だにぬぐい切れない警戒を含んだ視線を向ける役人達、そして……()()()()()の視線を送るクラウチ氏を置き去りにして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後々、私は思う。

もし私がここで諦めずにクラウチ氏を追求し続けていれば。もし私がここで……木立の向こうに倒れていた奴を見つけ出せていれば。私が少しでも今年起こることの一端を掴んでさえいれば。

私は……()()()()()済んだのではないか? 怪物になる、その第一歩を踏み出すことは無かったのではないか?

そう、私は今年の最後に思ったのだった。

 

でも、こうとも思っていた。

 

もし私が気付いていても……私は結局彼を()()()殺すことになったのではないのだろうか?

義務感からでなくとも……その魂から湧き上がる衝動によって……。

私という怪物はどう足掻いても、どう運命に逆らおうとも……決して怪物であるという事実から逃れることは出来ないのだから。


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