ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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閑話 近くて遠い僕の友達

 ロン視点

 

物心ついた時には、既に僕は家族の中で最も()の存在だった。

兄貴達は皆優秀で、ママとパパの視線をいつも一身に集めている。ホグワーツで優秀な成績、それこそ主席を取り、卒業後も凄い職業についていく。2歳年上のフレッドとジョージも成績こそ上の兄達程いいものではなかったが、決して悪いと言うわけではなく……寧ろ上位に食い込むほどの物であり、彼らの人生をかけて行っていると思われる悪戯に至っては決してただの馬鹿には出来ない代物ばかりだった。

 

つまり……全員が全員僕がどんなに逆立ちしたって、決して超えられない存在ばかりだったのだ。

 

僕も努力しなかったわけではない。僕にだってウィーズリー家の、それこそ兄達と同じ血が流れている。ならば僕にだって出来るはずだ。ホグワーツに入る前から優秀である片鱗を見せ、必ずや学校で主席になり、いつかは兄達と同じ素晴らしい職業に就くのだ。そう信じ、ホグワーツに入る前だというのに努力した時だってあった。

 

……でも駄目だった。

努力すればする程、僕は気付いてしまったのだ。僕には兄達の様な才能なんて欠片ほどもなかった。

ビルやチャーリーの様に頭も良くない。パーシーの様に真面目でもない。フレッドとジョージの様に周りをあっと言わせる程の発想力もない。

何をやっても兄達のようには出来ない。どんなに努力しても、僕は彼らと並ぶことなどない。

僕は兄達の様に、優秀さをもって両親の関心を集めることが出来ない。いつだって僕に回ってくる物は兄貴達のお下がり。いつまでたっても、僕はウィーズリー家の目立たない末弟でしかない。

それこそ僕の中で唯一誇れる程力をつけたのは、チェスの才能なんて実生活には何の役にも立たないものだけだ。しかもそれも一般人に多少毛が生えたようなものでしかないだろう。兄達の様に第一線で活躍出来るようなものではない。何をやってもからっきし。()()()()も二流。そもそも兄貴達のように没頭できるものが見つけられない。それが僕が努力して得た、覆しようのない答えだった。

 

だから僕はよく思ったものだ。ここまで多くの兄達がいるのだ。きっと兄貴達は母の腹から才能を掻っ攫い、一番下の僕にはその才能の欠片すら残さなかったに違いない。

つまり僕はウィーズリーの出涸らし。

そう幼い頃の僕は優秀な兄達を見つめながら、そんな諦観にも似た感情を抱いていた。

 

しかしその考えが違うと、僕は一つ下の妹が成長するにつれて気付くこととなる。

……勿論悪い意味で。

ジネブラ・ウィーズリー。僕の一年後に生まれた妹。このウィーズリー家で唯一の女の子のことを、僕が物心がついた時には既に両親や兄達は目に入れてもいたくない程可愛がっていた。それこそ僕も含めて。初めてできた年下の女の子のことが僕だって可愛くないはずがない。

でも()()()()()。初めてできた女の子だから可愛がられているだけ。決して才能からではない。たとえ才能どころか性別でさえ何の面白みもない僕が彼女の下に見られていようとも、それは決して才能が彼女よりないからという理由ではない。純粋に性別の問題。ただそれだけによって、僕は妹より可愛がられない存在……この家族で最もつまらない存在になっただけなのだ。

そう心の奥底で……それこそ自分ですらよく分かっていない感情の奥で考え続けていた。

 

そしてその考えが間違えだったと……ジニーが成長するにつれて僕は気付くこととなる。

何故なら妹は天才だったから。兄弟の中で唯一どこか引っ込み思案な性格ではあったものの、やることなすこと全てを何だかんだ言って要領よくこなしていた。それこそ兄達が小さかった頃以上に。……僕が努力して出来るようになったこと以上に。

僕はジニーが成長するにつれて気付いてしまった。

 

妹は天才だ。つまり兄貴達はその才能の全てを、別に両親から奪い取っていたわけではなかった。

つまりウィーズリー家の中で才能がないのは……()()()なのだと。

 

その事実に気付いた瞬間……僕は心の奥でどうしようもない程嫉妬心を抱いた。

勿論両親や兄貴達、そして妹のことを愛していないというわけではない。寧ろこんなに素晴らしい家族を持って、僕はなんて幸福なのだろうと常日頃から思っている。カッコいいビルにチャーリー、口うるさいけど何だかんだ優しいパーシー、そして愉快なフレッドとジョージに、可愛い妹であるジニー。僕なんかには勿体ない程素晴らしい家族達。家が貧しかろうと、そんなことは関係ない。ウィーズリー家こそがこの世界で最も最高の家族なのだ。

でも……だからこそふと思ってしまうのだ。

どうして僕は……そんな素晴らしい家族の中で、唯一何の取柄もない人間なのだろうか、と。

そんな何の益体もないことを僕は時々考えてしまうのだった。一度感じてしまったどうしようもない嫉妬の炎を、僕はどうしても消しきれずにいたのだ。

 

……そう、()と会うまでは。

 

それはいよいよホグワーツに入学すると決まり、いざ城に向かう特急に乗り込んだ時のことだった。

 

『じゃあな、ロン! 俺たちはリーの所に行くから、お前は自分でコンパートメントを探すんだぞ! それともロニー坊やは寂しがり屋だから、俺たちの部屋に来たいのかな?』

 

『そ、そんなわけないだろう! 自分のコンパートメントくらい自分で探せるさ!』

 

兄貴達と別れ、誰もいない……若しくは同い年くらいの子がいるコンパートメントを探している時、

 

『ね、ねぇ、ここいいかな? 他は何処もいっぱいで……』

 

『あ、うん! 大丈夫だよ!』

 

僕は彼と出会った。

彼は丸眼鏡を掛け、クシャクシャな黒髪のくせ毛が後頭部の方でピンピン跳ねている。一見どこにでもいそうな特徴のない……とはその鮮やかな緑の瞳から言えないが、一見するとあまり目立たない容姿の男の子だった。その特徴のない容姿もあり、どこか大人し気な印象を抱かせる。それが僕が最初に抱いた彼の第一印象だった。

しかしそれは大きな間違いで、

 

『ありがとう、僕はロン。ロナウド・ウィーズリーさ。多分同い年……今年ホグワーツに入学するんだよね? 気軽にロンって呼んでよ』

 

『うん、分かったよ、ロン。あ、僕はハリー。ハリー・ポッターだよ』

 

彼は目立たない存在などでは到底無かったのだ。

目の前で名乗られた、魔法界では誰も知らない人間などいない名前に僕は目を見開く。確かに入学する直前、彼が今年ホグワーツに入学するというニュースは新聞に連日載っていた。しかしまさか目の前にいる男の子が、『闇の帝王』を赤ん坊にして倒した件の有名人だったとは思っていなかった。

 

『ハ、ハリー・ポッター!? じゃ、じゃあ、あ、あるの? その……』

 

『あ、あぁ、傷? ほらここに』

 

しかも彼の最大の特徴である額の稲妻型の傷を見れば信じるしかない。

思えばこの瞬間から、僕はこの兄貴達なんかより遥かに注目の的の少年に魅入られていたのだ。

 

それからの日々はあっという間だった。最初の出会いこそマルフォイの奴に水を差されてしまったけど、初対面から感じていた彼に対する親しみやすさが消えたわけではない。

そう、僕とハリーは不思議な程馬が合っていた。魔法界で一番有名な人間にも関わらず、それを鼻にかけないどころか自分に自信が持てずにいるハリー。そして優秀な兄貴達の下で、心のどこかに劣等感を感じ続けていた僕。そんな僕らが親友になるのに、そう多くの時間は必要なかった。

……有名なのに、名前に反比例して魔法界のことを何も知らないハリーに、何のとりえもない僕が色々なことを教える。そのことに多少の優越感を感じていたことは否定しない。でもそれ以上に初めてできた同年代の友達と共にいる時間が楽しくて仕方がなく、彼と共にいる時間が何よりも素晴らしいものだったのだ。

しかもその輪の中にいつの間にかハーマイオニーが加わり、僕らはいつでも仲良しこよしの三人組となった。最初こそどこか高圧的にものを話す上に……僕とは違い最初から何でもそつなくこなしているハーマイオニーのことが嫌いだったけど、彼女がただ人付き合いが不器用なだけだと、そして彼女が人並み以上に努力しているのだと知ってからはそんな嫌悪感はなくなっていた。

 

僕等はどこか何かが欠けている故に、どこまでも相性のいい三人組だった。まるで昔ながらの友達であるかのように、僕らはお互いにとってとても必要で、とても大切な存在だったのだ。

 

そしてそれはどんな苦難が僕らに待ち受けていようと変わることは無い。

一年は賢者の石にまつわる事件、二年はマルフォイ()()()()()()()秘密の部屋事件、そして去年はシリウスの脱走から始まった騒動。平凡なのにトラブルだけは引き寄せるハリーと共に、僕らは様々な難解事件を解決してきた。三人で力を合わせ、その時々で必死に事件を乗り越えた。誰か一人でも欠けていればそれも叶わなかっただろう。

気が付けば僕ら三人は、この学校で様々な難事件を解決した英雄になってすらいたのだ。家で優秀な兄貴達を見上げるばかりだった僕が、いつの間にか兄達すら成しえなかったことを成していた。それこそ特別功労賞を貰ったのは兄弟の中でも僕だけだ。

だからこれからだってそれは変わらない。ハリーは類まれなるトラブルメーカーだけど、きっと僕等ならこれからだって試練を乗り越えていける。ハリーにハーマイオニー、そして僕。僕ら三人ならどんな困難だって超えていける。僕等は強固な友情で結ばれている。だからどんなことがあったって大丈夫だ。これまでも、そしてこれからも三人で乗り越えていくのだ。

 

そう、僕は固く信じ切っていたのだ。

なのに、

 

「どうして僕には言ってくれなかったんだい? 僕らは親友じゃないか。いつだって僕らは三人でやってきたじゃないか。なのにどうして……君は言ってくれなかったんだ?」

 

僕はどうしてこんなにも、今その親友に対して醜い感情を抱いているのだろう。

僕はハリーの名前が『炎のゴブレット』から出てきた時思ってしまったのだ。

 

僕はハリーに裏切られた。僕はハリーに……置いて行かれてしまった。

 

その考えが間違っていることは僕だって分かっている。いつもトラブルに巻き込まれるハリーのことだ。どうせまた厄介なことに巻き込まれているに違いない。それにハリーが代表選手に憧れていたのだとしても、必ず名前を入れる時は僕を誘ってくれる。名前を呼ばれた時の青ざめた時の表情からも、彼がこの事態を予期していたとは到底思えない。

なのに僕は何故か、

 

「ロン、皆にも何度も言っているけど、僕はゴブレットに名前を入れていないんだ。他の誰かがやったに違いないんだ……」

 

「……僕にも言えないってことか? ふん、それならいいよ。あぁ、そうだ、君は早く寝た方がいい。明日は写真撮影とかで忙しいだろうしね」

 

そんな自身でも間違っているとしか思えない言葉しか言えなかった。

僕はベッドに潜り、自分の醜く歪む表情を隠しながら思う。

 

何故僕はここまで怒っているのだろう。何故僕はここまで……以前感じていた、あの懐かしい()()()に苛まれているのだろう。

 

そんな考えを抱きながらも、やはり僕は最後までハリーに謝罪も、そして()()()()()()()()()()()()()()()心配の言葉もかけてやれなかったのだった。


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