ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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見え隠れする彼女の影

 ロン視点

 

「ねぇ、ロン。いい加減にハリーと話をしなさい。貴方の悩みも分かるけど、そこでうじうじしていても決して前に進めないわ。ハリーだってそれを待っている。ハリーにだって、今貴方が必要なのよ」

 

グリフィンドールの皆が周りで騒いでいる中、一人暖炉の火を眺めていた僕にハーマイオニーがそんな言葉を投げかけてくる。

でも僕は彼女の言葉に答えることなく、ただジッと火だけを見つめていた。見つめるしかなかった。

……僕にだってハーマイオニーが正しいことを言っているのは分かっている。ここ最近のハリーは明らかに憔悴しきっている。リータ・スキーターとかいう新聞記者の、ゴシップ記事としか思えない内容の三文記事。スリザリン生が作ったと思しき妙なバッジ。そしてそれを胸に身に着ける生徒達。グリフィンドール生は着けていないけど、それ以外の三寮はほとんど全員が身に着けている。いつもであればグリフィンドールと仲のいいレイブンクローやハッフルパフも例外ではない。ハリーの味方は今やハーマイオニーだけと言っていいだろう。

 

その上これからある試練の内容は……あの()()()()と戦うことなのだからもう目も当てられない。

ハリーがこの情報を知ればさぞ肝を冷やすことだろう。

 

僕がその情報を手に入れたのはハグリッドの差し金だった。僕とハリーがまだ四六時中一緒にいると疑わないハグリッドが、

 

『ロン、お前さんに見せたいものがある。きっと驚くぞ。本当はハリーも一緒に呼んでやりてぇんだが、多分前情報なしに会ったらハリーは腰を抜かすだろうからな。それに、お前さんの兄貴も来とる』

 

朝食会場でこっそり僕に囁いてきたのだ。そして夜中ハグリッドについて禁じられた森に踏み入れば、そこにいたのは確かに僕の兄であるチャーリーと四匹のドラゴン。三大魔法学校対抗試合にドラゴンが使われるのは火を見るより明らかだった。

ドラゴンは生半可な魔法では対抗できない生き物。しかもその口は人を一飲みに出来る程大きく、周りの物を全て焼き尽くせる程の炎を吐き出す。到底魔法を学びたての学生が太刀打ちできるような代物ではない。()()()()()()()()()()()()()()()……何の覚悟も出来ていないハリーにこれと戦えと言うのはとても残酷な仕打ちに思えて仕方がなかった。

 

でも、僕はそこまで分かっていて……結局未だにハリーにこの事実を伝えられずにいる。試練がドラゴンと戦うことだと早く知れば知る程対策を取りやすくなるというのに……。

 

話さなければならない。()()()()()()()()。そう思っているというのに、結局僕はこの事実をハリーに自分で伝えられずにいたのだ。

ハリーが自分で名前を入れたわけではないと、自分でも分かっている。それなのに僕は未だに、自分のこの醜い劣等感に苛まれているのだろう。この劣等感が邪魔をして、どうしてもハリーと面を合わせた時に僕の素直な気持ちを伝えることが出来ない。

だからこそ、

 

「……ハーマイオニー。君からハリーに伝えてもらえないか? ハグリッドの所に行けって。それで最初の試練が何か、ハリーも知ることが出来るから」

 

僕はこんな選択肢しか取ることが出来なかった。

でもハーマイオニーにはそんな僕の気持ちなどお見通しらしく、

 

「……別に私は構わないけれど、貴方が言った方が貴方が楽になると思うわよ。ロン、私は知っているわよ。今日貴方、あのふざけたバッジを着けるスリザリン生と喧嘩したそうね」

 

相変わらず僕の今言われたくないことを指摘してくるのだった。

今日バッジ片手に馬鹿笑いしているスリザリンの集団に思わず突っかかってしまったのは確かだけど、辺りにグリフィンドール生がいないことを確認してからしたはずだった。僕がハリーのために怒ったと知られないために。でもどうやらハーマイオニーには筒抜けだったらしい。

何故いつもいつも彼女は僕の気持ちを、僕以上に知り尽くしているのだろうか。

僕はどこか気恥ずかしい思いを抱きながら、彼女に背を向けて一方的に告げる。

 

「……放っておいてくれ。僕が何をしようが君には関係ないだろう。ほら、いけよ。……ハリーにちゃんと伝えてくれよ」

 

しかしやはりハーマイオニーはすぐには僕の傍から離れず、一つ大きなため息を吐いた後、どこか呆れたような……でもどこか温かさを感じさせる声音で続けた。

 

「本当に男の子って不器用ね。心配なら心配って言えばいいのに。それに貴方が怒っているのも、ただハリーに嫉妬したからではないのでしょう? 貴方はただ……。まぁ、これは私が言っても仕方がないわね」

 

そう言って出て行った彼女に、僕はやはり自分がどんな顔をしているか分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリー視点

 

命の危険がある試練だということは分かっていた。特に僕は他の選手と違い17歳未満だ。他の選手よりかかる危険度は大きい。そんな僕が油断など出来ようはずがない。おそらく危機感だけなら他の代表選手を上回っていることだろう。

 

……でもだからと言って、まさか初めの試練がドラゴンを出し抜くことだなんて誰が想像できるだろうか。

 

ハーマイオニーの言付けに従いハグリッドの小屋に行ってみれば、いきなり透明マントを被るよう指示され、何故か森の方にズンズンと進んでいく。おまけにマダム・マクシームとまで合流し、そこで見たのが四匹のドラゴン。中にはハンガリー・ホーンテールなんていう、それこそ尻尾まで刺塗れの見るからに危険なドラゴンまで交じっていた。チャーリーとハグリッドの話を盗み聞くに、僕達代表選手はあれらのドラゴンを出し抜かなければならないという。途中コソコソしているカルカロフ校長も見かけたことから恐らく代表選手の()()()()が第一の課題の内容を知ることになるのだろうけど、一体どういう対策を取ればいいのか僕にはさっぱり分からない。どう足掻いてもあの鋭い刺に刺殺されるか、口から吐かれる灼熱の炎に焼き殺されるとしか思えなかった。

僕は逃げるように走り、少しでも早く談話室に駆け戻ろうとする。ハグリッドに別れの挨拶をしていないけど、ドラゴンとマダム・マクシームに夢中な彼は僕の不在に気が付くことはないだろう。

それに僕は一刻も早くドラゴンのいない空間に戻りたいというだけで、こうして急いで談話室に駆け戻っているわけではない。

何故なら僕は今日、

 

「ハリー、久しぶりだね」

 

「シ、シリウスおじさん!」

 

久しぶりに、世界で唯一残った僕を心配してくれる名付け親と会う約束をしていたのだから。

誰もいないはずの談話室の中。突然聞こえてきた声に振り返れば、暖炉の中にシリウスおじさんの生首が浮いていた。僕は思わず悲鳴を上げそうになるのを何とか抑え込み、暖炉の中のシリウスに近寄る。

彼から急に夜中の談話室で待つよう手紙を送られた時は、一体どういう手段でこちらに来るのだろうと思ったけど……まさかこんな方法で連絡を取りに来るとは。

 

「……シリウスおじさん。それ、どうやってるの? それにどうして僕のことを?」

 

シリウスは僕の質問に、以前会った時より肉付きの良くなった笑顔で応える。

 

「なに煙突飛行の応用さ。今とある魔法使いの家に忍び込んでいてね。少し暖炉を拝借させてもらっているんだ。そして君の現状をどうやって知ったかだが、日刊予言者新聞を読めば分るさ。毎日のようにリータ・スキーターが君のことを騒ぎ立てているからね。ほとんど嘘ばかりだろうが。だが分かる事実もある。……三大魔法学校対抗試合の代表選手に選ばれたって?」

 

……僕は本来ならここで、

 

『大丈夫、心配ないよ』

 

と言わなければならないのだろう。シリウスおじさんから連絡が来た時も思ったけど、本来であれば彼は僕に構っている余裕などないのだ。何せまだ彼の無罪は世間的には証明されておらず、未だに彼は魔法省から追われたままだ。彼が捕まってしまえば、今度こそ『吸魂鬼』にキスされかねない。だからこそ僕は本来であれば今ここでシリウスおじさんを追い返し、自分は大丈夫だということを示さなければならなかった。

でも実際に僕の口から飛び出したのは、

 

「……そうなんだ。僕、名前を入れていないのに」

 

結局彼を更に心配させるような言葉でしかなった。

まるで堰を切ったように言葉が口から零れ始める。自分の意思でゴブレットに名前を入れていないのに、それを言ってもハーマイオニー以外誰も信じてはくれないこと。リータ・スキーターが日刊予言者新聞に僕について嘘八百を書いたこと。廊下を歩くたびに、皆が僕に向かって下らないバッジを見せつけながら揶揄ってくること。僕を揶揄ってこそこなくても、親友であるロンも僕の味方として傍に居てはくれないこと。

そして、

 

「それに……今しがたハグリッドに教えられたんだ。第一の課題は……ドラゴンを出し抜くことなんだって。僕……あんな怪物に勝てっこないよ。僕はもうおしまいだ」

 

最初の課題ですら僕には絶望的な内容であることを。

意思に反して全てを吐ききってしまった僕を、シリウスおじさんは憂いに満ちた目で見つめている。そしてしばらく悩んだ素振りを見せた後、おもむろに話し始めたのだった。

 

「……ハリー。君が今本当に辛い思いをしているのはよく分かった。一つずつ話していこう。まずドラゴンだが……何とかやりようはある。確かにドラゴンは強いし、強力な魔力を持っているからたった一つの呪文でノックアウトすることは出来ない。だが弱点がないわけではない。目だよ。ドラゴンは目だけは固い鱗に覆われていない。君は試練の時ドラゴンの目を狙いさえすればいい」

 

目を狙えだなんて無茶を言ってくれる。ドラゴンは巨体とはいえ、別に動きが鈍いわけではないのだ。目を狙っても呪文が当たる保証なんてどこにもない。

僕はそうシリウスおじさんに反論しようとした。しかしどうやらシリウスの伝えたい本題は違う所にあるらしく、僕が反論する前に急いで次の話題に移るのだった。

 

「だが今はそのことを長々と語っている暇はないんだ。先程も言ったが、今私は他人の家に忍び込んでいる身分だからね。家の主がいつ戻ってくるか分からない。だからその前に、君に警告しておかねばならないことがあるんだ。……それが二つ目のこと。君が誰に名前を入れられたかということだよ」

 

そして表情を更に真剣なものに変え、シリウスおじさんはおもむろにその名前を告げた。

 

「カルカロフ」

 

ムーディ先生が言っていた通りの名前に驚く僕に、シリウスはやはり表情同様真剣な声音で続ける。

 

「あいつは『死喰い人』だった。一時は捕まったんだが、仲間を売ることを条件に魔法省と取引してね。それで釈放されてからはノウノウとダームストラングの校長なんてしているのさ。おまけに自分の学校に入学する者には全員に『闇の魔術』を教えているときた。アズカバンにいる『死喰い人』から嫌われているとはいえ、奴が何かしてもおかしくはない。奴自身が何もしていなくとも、生徒に何かをさせている可能性もある。私は君の名前を入れたのは奴だと思うね。それを分かっているからこそ、ダンブルドアはムーディをホグワーツに呼んだんだ。それに……」

 

「それに?」

 

考え込むように言葉を切るシリウスおじさんをさとすと、今までも憂鬱になりそうな話題だったのに、更に気分が悪くなりそうな話が語られ始めた。

 

「……最近よくない噂ばかりを聞く。『死喰い人』が最近活発化してきたり、噂好きで有名な役人が、ヴォルデモートが潜伏していると噂される森で消えたり……ホグワーツ赴任直前にムーディが襲われたり。もし消えたバーサ・ジョーキンズが三大魔法学校対抗試合のことを知っていたとすれば、全てが繋がるかもしれない。ムーディが襲われたのも、おそらく敵の計画を邪魔されないためだ。つまり何が言いたいかというと……今ホグワーツでは何か恐ろしいことが起きているのかもしれない。()()()()()()()()。試合で事故に見せかけて君を殺すのは、忌々しいが実にうまい手だ。だからこそカルカロフやダームストラング生に気をつけなさい」

 

そこまで聞いて、僕は名前がゴブレットから出てきた直後ムーディ先生が言っていたことを思い出していた。

 

『ポッター……カルカロフと()()()()()()()()()には十分気を付けるのだ。奴らはお前の命を狙っているに違いないからな』

 

シリウスおじさんは知らないのだ。この学校には元死喰い人であるカルカロフ以外に、()()()()危険人物がいるという事実を。

ムーディ先生があいつを疑っている理由は『年齢線』を容易く超えたという噂があるからなのだろうけど……おそらくそれがなかったとしても、この学校にいる全員があいつのことを疑ったことだろう。ジニーを操り『秘密の部屋』を開ける()()()()()()あいつのことだ。今度はヴォルデモートの指示に従って僕を殺そうとしていてもおかしくはない。それに今考えればあいつが『年齢線』を超えたのだって、自分の名前をゴブレットに入れるためではない。()()()()()()()()ためだった可能性がある。

確かに全ては憶測でしかない。僕が得ている証拠は何一つないと言っていいだろう。でもダンブルドアに呼ばれたムーディ先生があいつのことを警戒し、そしてあいつこそが犯人なのだと断定している。僕にはそれこそが疑いのない証拠に思えて仕方がなかった。

そしてそう思っているのは、

 

「シリウスおじさん……実はムーディ先生にも言われているんだ。カルカロフを警戒しろって。でも……先生はもう一人警戒しろと言っていたんだ」

 

僕だけではないのだった。

僕はシリウスおじさんにダリア・マルフォイという同年代の女生徒について話す。スリザリン生であること。マルフォイ家であること。いつも冷たい表情で周囲を見ている嫌な奴であること。二年生の時に学校を恐怖のどん底に陥れたこと。そして……ムーディ先生どころか、ダンブルドアにも警戒されていることを。

僕の話を聞き終えたシリウスおじさんは最初こそ半信半疑な様子だったが、ダンブルドアやムーディ先生の話になった時にはもう、

 

「……ダンブルドアが警戒するなら間違いないだろうな。それにムーディもかつては本当に優秀な闇祓いだった。彼の嗅覚に引っかかるんだ。そのダリアとか言うスリザリン生は本当に危険な人間なのだろう。……思えばスネイプもそうだったしな。あいつも学生の頃から既に『闇の魔術』にどっぷりだった。あいつに俺達がどれだけ呪いをかけられたことか……。スリザリン生なんてそんな奴らの集まりさ。今でこそホグワーツの教員をやっているが、あいつだって死喰い人だったこともある」

 

彼も僕と同じくあいつのことを警戒した様子だった。

しかし彼が更に僕に警戒をさとそうとしたところで、

 

「まずい! 今家主が帰ってきた! ハリー! いいかい! ムーディの言っていたように、カルカロフとそのスリザリン生に警戒するんだ! そして試練はただ生き残ることだけを考えるんだ!」

 

遂に時間切れとなったのだった。

ポンという音共に暖炉に浮かぶ生首は掻き消え、談話室の中には僕だけが残される。

そして残された僕は……結局ドラゴンに対しての有効な対策を聞けずじまいだったことを、今更ながら気付いたのだった。

 

 

 

 

……しかも、

 

「セドリック……第一の課題はドラゴンだ」

 

「え?」

 

「ドラゴンだよ。四頭いるんだ。多分一人一頭。僕達はドラゴンを出し抜かないといけないんだ」

 

試練とは別に、どうやら僕の知らない所で違った事態も進んでいる様子だった。

それはただの気まぐれ。ただ他の三人は試練の内容を知っていて、セドリックだけは知らないなんてフェアではない。セドリックは僕とは違い正式に代表選手に選ばれた人間だ。それなのに僕が内容を知り、彼が知らないなんてどう考えてもおかしい。そんな思いを感じた僕は、彼が一人でいるタイミングでこうして話しかけた……わけだけど。

 

「そうか……。ということは、彼女は嘘を言ってはいなかったのか。本当に……何故あの子は僕に。それに僕の()()……?」

 

僕に話しかけられたセドリックは何故かどこか訝し気な表情でブツブツ呟いた後……おもむろに顔を上げ答えたのだ。

 

「ありがとう、ハリー。君も今は辛いだろうに、こうして僕を気遣ってくれたんだね。流石グリフィンドール生だね。でも……実は僕ももう最初の課題の内容を知っているんだ。……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。君にも教えた方がいいとは思っていたのだけど、君に言われるまで正しい情報だという確信が持てなかったんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダリア視点

 

もはや闇の帝王の生存……そして私が見た夢が現実であったという事実は疑いようのないものだった。

本来であればゴブレットから出てくるはずのないポッターの名前。こんな異常事態が発生して尚、呑気にあれは夢だったのだと思う方がどうかしている。

しかし闇の帝王が生きており、今年何かしらの計画のためポッターの名前をゴブレットに入れたのだと分かった所で……私の出来ることはそう多くはない。

何故なら帝王の目的がいまいち判然としないためだ。

順当に考えれば帝王の目的はポッターを事故に見せかけて殺すこと。いくら老害が安全対策を講じようと、試練に多少の危険性が生まれるのは必定だ。よしんば試練で死ななかったとしても、事故に見せかけて直接的に殺す方法など幾らでもあるだろう。ポッターが赤子の頃に闇の帝王は敗れたのだ。権威復活のために彼を殺そうとするのは極々当たり前のことだ。

 

しかし私は思う。

本当に闇の帝王の目的は……ポッターを殺すことだけなのだろうか?

 

正直な話、私にとってポッターが殺されることはさしたる問題ではない。彼が生きようが死のうがどうでもいい。彼が死んだところで、闇の帝王の()()が多少復活するだけだ。帝王自身の力が戻るわけではない。帝王の鬱憤が晴れるならお好きにどうぞ。それくらいの感想しか湧いてこない。

だからこそ思うのだ。ポッターが試練で死んだところで、闇の帝王が復活するわけではない。そんな手間の割には効果が薄いことを、果たして闇の帝王が良しとするのだろうか。

ポッターの名前がゴブレットから出てきた以上、彼の名前を入れた犯人がこの学校のどこかに必ず潜んでいる。元死喰い人……ビクトール・クラムを使って私に何故かやたらと取り入ろうとしているカルカロフが最有力候補だが、先入観は判断を鈍らせるだけだ。彼を疑う理由が他に動機のありそうな人間がいないという消去法でしかない以上、彼に拘り他に目を向けないのは愚か者のすることだ。だがどちらにしろ、敵が異常な執念を持ってこの城に忍び込んでいることに変わりはない。それくらいあの老害を出し抜くということは難しいことなのだ。そんな努力をしてただポッターを殺すだけなど、努力に結果が一切見合っていない。

それに、

 

『すべては俺様の手中にある。ダンブルドアが必死に守っているハリー・ポッターとて、計画が上手くいけば……俺様の忠実なる僕が戻り、仕事を完遂すれば……必ず俺様の下に()()()()()

 

あの夢の中で、闇の帝王はそんなことを言っていた。如何せん夢であるため段々と記憶が朧気なものになっているが、あの発言だけは今でも鮮明に覚えている。『届けられる』という言葉がどのようなことを意味しているのかは分からないが、ただ殺すことが目的でないことは間違いない。それが何かは今の私にはさっぱり分からないわけだけど……。

 

現状で取りうる手段がほとんどないことに心底イライラする。

ポッターを守ることも考えたが、それはそもそも老害たちが対策していることだろう。それに老害達は勿論、ポッター自身ですら私のことを警戒しているのだから、私が近づけば事態を余計にこじらせるだけだ。

逆にポッターを敵の手に渡る前に殺すことも考えたが、それは後々マルフォイ家の迷惑になる以上最後の手段だ。

だからこそ私が出来ることは、現状この三大魔法学校対抗試合を全力でかき乱すことくらいのものだった。

ポッターに試合中に起こり得る状況は四つ。一つは途中で殺されること。二つ目は途中で攫われること。三つめが無事に試合を終えるが、健闘虚しく他代表選手に負けること。そして四つ目が……彼が()()()()()()

最も可能性があるのは二つ目であり、これに関しては老害達に頑張ってもらうしかない。そして一つ目と三つ目に関しては、正直そうなればそうなったで肩透かしの結果に落ち着くだけだ。帝王が復活しないのならなんだっていい。しかし最も可能性が低いとはいえ……四つ目の状況に何か隠された目的があるのなら、その僅かな可能性を潰すことこそが、私のすべきことだ。

そのためには私はポッター以外の代表選手に、なるべく優位になる情報を与えなければならない。幸い試練の内容自体は既に決まっている様子だ。お父様に尋ねれば、試練の細かな内容自体は分からずとも、物資や人の流れからある程度何が使われるかまでは推測することが出来る。

そして私が選ぶべき代表選手だが……接点の取りやすさや安全性を考えると、ホグワーツの正式な代表選手であるセドリック・ディゴリーが最善だろう。ボーバトンの選手は時折私の方に対抗心むき出しの視線を送ってきているし、クラムは背後にいる人物を考えると必要以上に近づくことは寧ろ危険だ。それにディゴリーだけは誰からの支援も受けられそうにないことから、私が手助けした時により彼の信頼を得られやすいように思われる。

 

……私の秘密が露見する可能性があるため本来なら他人に近づくことは危険な行為なのだが、この緊急事態に多少のリスクを負う覚悟はしなければならないだろう。

何しろこのまま手をこまねいていれば闇の帝王が復活してしまう可能性があるのだ。闇の帝王が戻ってきても尚、私のこの愛する平穏が保たれる可能性は皆無。であるならば私はとにかく行動をしなければならない。思いつく限りの、今できることだけでも。

 

だがそれが分かっていても、現状私が取れる手段がこれだけという事実に対する苛立ちは消えることはない。

寧ろ今やっていることが何の意味もないやり方である可能性の方が高いくらいだ。私というイレギュラーが行動することで、相手が予想していた試合の流れを変える。正直ただの嫌がらせの域を出ないことだと自分でも分かっているのだ。しかもあまりに強硬な手段を使っても、それが何の効果もなく闇の帝王が復活した場合……今度はマルフォイ家全体が帝王によって()()()()になる可能性だってある。強すぎもせず、だからと言って弱すぎるわけでもない。そんな微妙なバランスが求められる作業をせねばならない。

 

私は内心の苛立ちを隠すようにため息を吐くと、すっかり寝静まる寝室の中を見回す。

寝室には寝息が3人分響いている。私のことを心配してくれたのか、いつの間にか私のベッドに潜り込んでいたダフネも今は静かな寝息を立てるばかりだ。

私はそんなダフネの頬を撫でながら、一人寝室の中で呟く。

 

「大丈夫。私はやるべきことをするだけです。それに彼を手なずけておけば、後々何かの役に立つかもしれない。私はただ彼に情報を流すだけでいいのだから……」

 

そして私は自分の中に感じた僅かな()()()を押し込めると、静かに目を閉じベッドの中に再び潜り込むのだった。

 

 

 

 

第一の課題の日は、もうすぐそこまで迫っていた。


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